「遂にこの日が来たわね………!」
春の桜が舞う横須賀の鎮守府庁舎の前で、荷物を背負った長い緑の髪を三つ編みに結んだ少女が立っていた。
制服は、白のブラウスから赤紫色のミニスカワンピを着用し、首元にエメラルドグリーンのリボンを結んでおり、下は白いストッキングとハーフブーツを履いている。
彼女は夕雲。
夕雲型駆逐艦の1番艦であり、今日付けで横須賀鎮守府に配属された艦娘だ。
「舞鶴鎮守府では妹達と訓練と簡単な実戦に明け暮れていたけれど………、今、様々な深海棲艦に対抗する為に、各艦娘の強化をそれぞれの鎮守府で行っているんだっけ。」
その中で駆逐艦………比較的小柄な艦娘達を集めているのがこの横須賀鎮守府だ。
新米駆逐艦の例に漏れず、そこで更なる練度の強化の為に転籍する事になった夕雲は、妹達に先駆けて提督に挨拶をする為に、一便早い電車を乗り継いでやってきたのだ。
「さてと………個性的な妹達だし、失礼のないようにしっかりと挨拶しないとね。」
コホンと咳払いをして門を叩こうとした夕雲は………、いきなり開いた扉に思いっきり頭をぶつけた。
「うわ!?ごめん!大丈夫!?」
「え、ええ………すみません、こちらこそ………。」
突然の衝撃に頭の上をひよこ等色々と飛び交ったが、頭を振って取り払うと目の前に現れた艦娘を見る。
綺麗な黒髪を結んでなびかせたその人物は………。
「あ、貴女は………「佐世保の時雨」!?………あ、失礼しました!」
「いやいいよ。見かけない顔だから新任の駆逐艦かな?」
「今日付けで横須賀に配属された夕雲型駆逐艦、夕雲です!妹共々お世話になります!」
「夕雲型か。陽炎型に続く新規の艦娘達が来るとは聞いていたけれど、君がそのネームシップだったんだね。」
「佐世保の時雨、呉の雪風」と呼ばれる程、この目の前の艦娘の武勲は知られている。
数々の任務に赴き、駆逐艦でありながら、それ以上の深海棲艦達を屠って来た。
正に、駆逐艦娘の中の英雄の一人と言えた。
その佐世保鎮守府の英雄がこの横須賀に来ているという事は………。
「やっぱり色んな鎮守府の駆逐艦が練度強化の為に集結しているのは事実なんですね。」
「うん、僕以外にも様々な駆逐艦の顔が見られるよ。」
そう言うと、時雨は鎮守府庁舎の中に手招きする。
「お詫びとして僕が提督の執務室まで案内するよ。付いてきて。」
「はい、ありがとうございます!」
夕雲はより一層気を引き締めながら時雨の後を追った。
――――――――――――――――――――
規模の大きな鎮守府というだけあって、庁舎の中も広い。
その長い廊下を時雨に案内されながら歩んでいく夕雲は、思わずその雰囲気に飲まれそうになる。
「凄く広いですね………流石一番の規模の鎮守府。」
「僕も最初に来た時は驚いたよ。………さて、着いた。」
執務室に着いた時雨は扉を叩き、失礼しますと挨拶。
すると中から美しい海色の髪の駆逐艦が出てきて、笑顔で挨拶をする。
「いらっしゃい、時雨。何か用?あ、そっちの子はもしかして………。」
「やあ、五月雨。新しい艦娘が着任したよ。」
「夕雲です、宜しくお願いします。」
「貴女が………!秘書艦の五月雨です。どうぞ、中に入って。」
そうして笑顔の五月雨に案内されるままに入ると、中には帽子を深く被った男性………横須賀の提督が事務仕事に追われながら座っていた。
「夕雲型一番艦、夕雲………舞鶴鎮守府より転籍し、着任しました!」
「話は聞いている。流石にネームシップというだけあって、敬語が使えるな。」
「え?………あ、いえ、敬語を使わない艦娘がいるのですか?」
「よくいる。だが、最前線で死闘を繰り広げる娘ばかりなのだ。それ位ノビノビしていても、特に営倉送りにはしないさ。」
そう言うと提督は十数枚の書類を取る。
写真の内容を見る限り、夕雲を始めとした夕雲型の情報を確認しているようだ。
「お、大らかな方で安心しました。」
「どうやら、夕雲型も他の例には漏れないみたいだな。」
「は、はい………その、ノビノビとしているっていう妹も居ますので………。」
半分ホッとした様子で、そして半分申し訳なさそうに言う夕雲の姿に、提督は特に顔色を変えず、書類を置き面と向き合って言う。
「妹共々、歓迎しよう。現時刻を持って、駆逐艦夕雲を横須賀鎮守府所属の艦娘に任命する。」
「ありがとうございます!」
「………さて、早速話になるが、今、横須賀、呉、佐世保、舞鶴等の各鎮守府では、勢力を増していく深海棲艦に対抗する為、各艦娘の練度を上げる事を重視している。ここでは最も数が多いとされる駆逐艦が主な強化対象となっている。そこで聞きたいのだが………。」
「何でしょうか?」
「夕雲が憧れを抱いている艦娘はいるか?そうだな………駆逐艦ならば、猶更良い。」
「憧れですか?陽炎型駆逐艦1番艦陽炎さんです!」
即答した夕雲の言葉に………提督は固まる。
いや、提督だけでなく、執務室の扉の前に控えていた五月雨と時雨も。
「………何か、おかしな事を言ったでしょうか?」
「い、いや………そ、そうか………。その、なんだ?どういう所に憧れを持ったのだ?」
「それは勿論、あの第十四駆逐隊をまとめ上げた事です!そのリーダーシップと戦果!夕雲型ネームシップとして尊敬します!」
「……………。」
無言で両肘を机に突き思わず唸る提督に、夕雲は首を傾げる。
自分は何かおかしな事を言っただろうか?
そもそも第十四駆逐隊とは、当時はぐれ者だった艦娘達を集めた欠番だった駆逐隊だ。
そこに当時落ちこぼれや問題児だった皐月、長月、霰、潮、曙の5人が組み込まれ、その面々を纏める事になったのが陽炎である。
彼女はその艦隊を見事に纏め上げ、数々の場所で戦果を上げ、6人所属の駆逐隊として最高の練度に纏め上げた功績がある。
「それだけの功績、普通に素晴らしいと思うのですが………。」
「いや、事実だ………。事実だが………何というか………。」
提督は頭を押さえ観念したような顔をすると、立ち上がりハッキリと言う。
「実は現在、陽炎は………いや、第十四駆逐隊は、全員営倉入りをしている。」
「え………?」
「6人纏めて牢屋に放り込まれている。案内しよう。」
より直球に言い直した提督は、五月雨と時雨を連れ立って、夕雲を営倉へと案内した。
――――――――――――――――――――
うす暗い営倉の中へと進んでいった提督はその問題の駆逐隊がぶち込まれているらしい牢の前に立っている、長身の黒髪と金髪の揃いの制服を着た艦娘に話しかける。
「様子はどうだ、高雄、愛宕。」
名前を呼ばれた高雄と愛宕………重巡洋艦の二人は慌てて敬礼をすると、ふうっと溜息を付き答える。
「全員無言です、提督。」
「もう………喧嘩をするとすぐこれなんだから。」
夕雲が牢の中をのぞき込むと、そこには6人の艦娘が背中合わせで円を作って座っていた。
全員機嫌は悪そうであり、特にオレンジ色の髪のツインテールの娘と紫色のサイドテールの髪の娘は頬を膨らませていた。
第十四駆逐隊の陽炎と曙だ。
更に、発育の良さそうな濃い青色の髪の娘と下ツインテールの黄色の髪の娘は拗ねたような表情をしており、夕雲と同じような緑髪の娘と煙突帽子を被った娘は我関せずと言わんばかりに正座をしてお茶をすすっていた。
順に潮、皐月、長月、霰。
本当に、第十四駆逐隊の面々が勢揃いしていた。
「あ、あの………何で営倉入りに………?」
「任務で深海棲艦の群れと対峙して蹴散らしたのだが、調子に乗って残党に追撃を仕掛けたら、「姫」クラスの深海棲艦に待ち伏せされていたらしい。こちらも何とか沈めたらしいが、艤装が全員ボロボロになって修理が大変な状態に陥った。」
「だったら船渠(ドック)入りして………。」
「もうして、高速修復材(バケツ)も使用した。只、エースクラスの駆逐隊だからこそ、軽はずみな行動は慎まないといけない。そういう意味を込めての営倉入りだ。」
「か、艦娘たる者、駆逐艦と言っても深海棲艦を一匹でも多く仕留めるのは任務では………?」
その戸惑った夕雲の言葉を聞いたのか、曙が反応する。
「ほら!だからアタシが言った通りじゃないの!その娘の言う通り、深海棲艦を追いかけたのは正解だったのよ!」
「それで艦隊が危なくなったら元も子も無いでしょ!高速修復材(バケツ)だってタダじゃないのよ!?」
それに応えるように陽炎が反応し、2人の言い争いがヒートアップする。
しかも、口論だけでは飽き足りないのか、その内に殴り合いに発展する。
「曙ちゃん、もうやめようよ。殴った所で………。」
「文句あるわけ!?」
「痛ッ!?………曙ちゃんのバカーーーッ!!」
「あーあ。潮も怒らせちゃったら………って、ボクも殴ったね!?」
あっという間に喧嘩が激しくなり、4人での乱闘に。
慣れているのか、長月と霰は尚もお茶を静かに飲んでいたが………。
「アンタ達も傍観者決め込むなーーーッ!」
「うお!?」
「わ………!?」
あっという間に喧嘩の渦に引きずり込まれ、結局6人で大乱闘。
殴り合いの発端を作ってしまった夕雲は唖然として周りを見てしまう。
提督は目配せで高雄を見ると、彼女は深いため息を付いてパンパンと手を叩いて言葉を発する。
「はい、そこまで。いい加減喧嘩を止めないと………。」
6人は依然、ギャーギャーワーワー言いながら殴り合っている。
「………鉛球ぶち込むわよ?」
『すいませんでした!!』
高雄の低い言葉にビシッと背筋を伸ばして敬礼をする第十四駆逐隊の面々。
その姿に高雄は少しだけ拗ねたような顔をしながら言う。
「冗談なのに………。」
「高雄が言うと冗談に聞こえないって!!」
曙のツッコミが飛ぶ中、提督は牢屋の鍵を開き命令を下す。
「いつまでもエース格が営倉入りは笑えないだろう。鎮守府を1周して頭を冷やしたら、艤装の修理をしている明石や夕張にカレーでも作って食わせてやれ。」
『はーい。』
答礼をして次々と牢を出ていく6人だが、そこで初めて陽炎が夕雲に気づく。
「司令、そう言えばその娘は?」
「あ、はい!夕雲型1番艦夕雲です!宜しくお願いします!」
「成程。貴女が、転籍されてきた新しい艦娘ね!私は陽炎!ネームシップ同士仲良くしましょう!」
白手袋を外し笑顔で握手を求める陽炎に、応える夕雲だったがその表情は複雑そうだった。
それを気にした様子もなく、陽炎は軽く挨拶をすると営倉から出ていく。
残りの5人もそれぞれの挨拶をして、同じように出て行った。
「………とまあ、こんな感じでな。若干だが血の気が多い駆逐隊みたいでな。」
「あの人が陽炎さん………。アレが第十四駆逐隊………。」
「………同情する。」
憧れに反した陽炎達の現実を見せられた夕雲は、只々呆然としていた。
着任前に抱いていた憧れは、早くも崩れ去ってしまった。