燃える駆逐艦魂を抱えて   作:擬態人形P

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第16話 巻雲~慟哭~

自室に戻っていた夕雲は、電気も付けず一日着た制服を着替えようともせず、只そのまま膝を抱えて暗い部屋の窓際に座っていた。

月明かりが差し込んでいたが、その光すら拒むように顔を膝に埋め込んでいる。

 

「夕雲姉さん、お茶を飲みますか?そのままだと冷えてしまいますよ?」

「……………。」

 

同部屋の巻雲が夕雲を気遣うが、彼女は無言を貫いたままだ。

夕雲が任務中に何をしでかしてしまったのかは、巻雲達は無線を通した報告で既に知っていた。

その普段の立ち振る舞いからは信じられないような命令違反に、最初は、巻雲達は本当の事なのかと疑ったものだ。

だが………冷静になった時、彼女達は悟った。

これが、今の彼女の………長女としての焦りだったのだと。

 

「大丈夫ですよ。」

 

敢えて安心させるように巻雲は夕雲に話しかける。

 

「これ位で私達は夕雲姉さんに失望しません。だってほら、夕雲姉さんは常に努力してますし………私達の追いかける背中に変わりはない………。」

「勝手に知ったような口を利かないで!!」

 

バチィン!!

 

巻雲は左の頬を抑える。

夕雲は立ち上がり、巻雲を思いっきりはたいていたのだ。

そのエメラルドグリーンの目は、今は思いっきり濁っており巻雲を睨みつけていた。

 

「姉………さん………?」

「貴女に何が分かるの!?私がやらかした事の重さも知らずに!!そうやって盲目的に崇拝するような眼を向けて!!」

 

夕雲の失態はネームシップにあるまじき物だった。

改二の力に自惚れ戦闘中に慢心した。

その力を正しく使えるように指導してくれた敷波を大破させた。

風雲のミスを誘発させて落ち込む原因を作った。

治るとはいえ電の片腕が吹き飛んでしまった。

岸波に至っては、磯波がいなければ確実に轟沈していた。

この全ての罪が夕雲にある。

 

「そ、それでも姉さんはネームシップで………!」

 

バチィン!!

 

今度は巻雲の右の頬が思いっきりはたかれていた。

夕雲の怒りは止まらない、自分でコントロールが出来ない。

 

「私が模範!?私がネームシップ!?バカ言わないで!!そんなの貴女達が勝手に決めた事じゃない!!結局私なんか1番艦なんて無理だったのよ!!」

「自棄にならないで下さい!姉さんは………姉さんは………!!」

「もう姉さんって呼ばないで!!」

 

バキッ!!

 

夕雲は巻雲の左の頬を右拳で殴りつけていた。

彼女の眼鏡が吹き飛び、力なく倒れる。

 

「あ………。」

 

その姿を見て、ようやく夕雲は自らのしてしまった事を悟る。

怒りをコントロールする事ができず、あろうことか、献身的な妹に八つ当たりしてしまったのだ。

また自分は失態を犯してしまった。

また………。

 

「あああ………。」

 

今すぐ逃げ出したい。

ここにはいられないと本能で思ってしまった夕雲は部屋の出口へと走る。

しかし、その扉は鍵が掛かっていないのに、固く閉ざされて開かない。

 

「なんで!?なんでっ!?」

 

実は、部屋の外にいた長波が、ここで逃がしたら本当にダメだと思い、押さえつけていたのだ。

気が動転した夕雲は早く開けようとして混乱してしまい、果てにはガンガン扉を叩く。

 

一方で巻雲はゆっくりと立ち上がっていた。

そして、眼鏡を拾う事もせずゆっくりと夕雲の方を振り向くと、自分の甘えんぼ袖を可能な限りまくる。

振り返った夕雲はそれこそ、信じられない物を見てしまった。

彼女はその愛らしい顔を歪め、精一杯夕雲を睨みつけていたのだ。

 

「ま、巻雲………さ………。」

「うわああああああ!!」

 

バキィッ!!

 

夕雲は壁際に吹っ飛んだ。

巻雲はさっきの仕返しと言わんばかりに思いっきり右拳で夕雲を殴り飛ばしたのだ。

それでも飽き足らず、夕雲に飛びつくと彼女の顔を何度も叩きつける。

 

「ま、巻雲さ………!?」

「このっ!!このぉっ!!」

「いいか………げんにぃっ!!」

 

完全に頭に血が上った夕雲はもう心のブレーキが完全に壊れてしまい、巻雲に反撃する。

しばらく、部屋の中は乱闘騒ぎになった。

 

残念ながら喧嘩の強さは巻雲より夕雲の方が圧倒的に上だった。

夕雲が本当に我に返った時、彼女は巻雲の上に馬乗りになり何度も顔面を殴り飛ばしていた。

その愛らしい顔はあざだらけになっており、口からは血を流していた。

 

「わ………たし………。」

 

散々暴れまわった疲れと戻れない所まで醜態を見せた後悔から、夕雲は涙を流す。

自分は何をやっているのだろうか。

いっその事、魚雷で一思いに沈めて欲しいとすら感じた。

だが、その夕雲を見上げながら巻雲はゆっくりと言う。

 

「夕雲「姉さん」。」

「違う………私は………。」

「姉さんなんです。それが呪いの言葉でも、姉さんは1番艦である事実は覆せないですから。」

「こんなに醜いネームシップなんて………。」

「醜くても………いいじゃないですか。」

 

巻雲の言葉に夕雲は思わず見下ろす。

彼女は穏やかな笑みを浮かべていた。

何処となく目が虚ろなのは、やはり夕雲と取っ組み合いの喧嘩をしたからか。

それでも彼女はあの時と同じように………夕雲に前を向いていて欲しいと言った時のように笑ってみせた。

 

「私達にとっての姉さんは、慢心しても醜態をみせても暴力を振るってもいいんです。勝手にその背中を追いかけるって言ったのは私達なんですから。」

「よく………ないですよ。」

「そして、イヤだったら今みたいに殴り飛ばして怒って下さい。ボコボコにされても、それは私達が招いた事ですから文句は言えません。」

「そんな1番艦なんて………。」

「案外、姉さんが憧れていた陽炎さんとかもそうだったんじゃないんですか………?」

 

そこで夕雲はハッとする。

合同演習の後の反省会で、彼女は、自分はあまり強くないと言っていた。

あの時は半信半疑で聞いていたが、よくよく思い返せばアレは、陽炎自身がネームシップに相応しい力を持っているのか?と悩んでいた事になる。

 

「確か、第十四駆逐隊も、姉さんが来た時に大乱闘してたんですよね?多分、何処の1番艦も変わらないんです。悩んで悩んで、悩みまくって………時には喧嘩をして成長していくんですよ。」

「巻雲さんは………私を………こんな醜い私を受け入れてくれるんですか?」

「醜くていいって言ってるじゃないですか。」

 

恐る恐る問いかけて来た夕雲に対し、さも当然のように巻雲は言う。

嘘偽りの無いその言葉に、夕雲は今度こそ後悔を覚える。

この娘は喧嘩が弱いのを承知した上で夕雲に殴り掛かってきたのだ。

夕雲の向けようの無い負の感情を自分が受ける為に。

夕雲が折れそうになるのを防ぐ為に。

敢えて、自分がサンドバックになる道を選んで………。

 

「私………私、本当に何て事を………。」

「1番艦を支えるのが2番艦の務めです。むしろホッとしました。姉さんが身勝手に怒る事が出来て………。」

「ごめんなさい………ごめんなさいっ!!」

「謝罪の言葉は………明日、敷波さん達にしましょう。だから………。」

「う………うああああああああああっ!!」

 

遂に夕雲は慟哭した。

力の無くなった巻雲を抱きしめ、声を上げて泣き叫ぶ。

小さくて優しくて力強い駆逐艦娘の想いに感謝をしながら思いっきり。

 

巻雲は誓う。

どんな事があってもこの1番艦の支えになる事を。

そして………自分自身がもっと強くなる事を。

別に改二になれなくてもいい。

只、それに伴う練度を手に入れて。

いつかは夕雲と並んで戦える日を掴み取るために。

 

(待っていてくださいね、姉さん。)

 

そう思いながら、黙って抱きしめられていた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………。」

 

部屋の外では長波が扉にもたれかかって静かにその慟哭を聞いていた。

その近くには船渠(ドック)と高速修復材(バケツ)で修復を終えた敷波と岸波、そして看病をしていた朝霜がいる。

この声量だと近くの部屋で休んでいる夕雲型全員に届いているだろう。

彼女達はこの長女の魂の叫びを聞いて何を思ったのだろうか。

長波自身は………。

 

「弱いな………田中少将には今の長波サマの姿、見せられないぜ………。」

 

巻雲には本当に悪い事をした、と付け加えて俯く。

その長波の肩を敷波がポンポンと叩きながら言う。

 

「まあ、2番艦なんてそういうもんだよ。同部屋になる事も多いし、時には自棄になった1番艦と殴り合ってもバチは当たらないんじゃない?」

「それって………その………綾波さんもそうだったのか?」

「そーだよ。任務で改二の力に慢心して大失敗して戻って来たら、今の夕雲みたいになっちゃってさ………、アタシに噛みついて来た。」

 

普段の呑気さからは信じられない位………それこそ鬼神にでもなったかのような怖さだったと敷波は笑った。

そして、彼女はしんみりした顔で長波に言う。

 

「アタシが改二の力を手に入れた夕雲を見た時さ、やっぱりいつかはこうなるんじゃないかなってどこかで思ったんだ。そしたら何か………放っておけなくってさ………。」

「長波サマ達含め、改二だけでどうにかなるわけじゃないって伝えたかったんだな………。相手が駆逐水鬼で夕雲姉が大胆過ぎたのは予想外で………。」

「だから正直こう言うのもなんだけど、轟沈してもアタシは夕雲を恨まなかったね。」

 

サバサバと本心からの言葉を告げた敷波は、岸波と朝霜の方を見る。

轟沈未遂を味わった岸波は敷波の言葉に何かを感じ取って目を伏せており、朝霜はそもそも夕雲を過度に追い込んでしまった事を恥じて声を殺して涙を流していた。

 

「朝ちゃん………ちゃんと受け入れないとダメよ………。」

「分かってるよ………受け入れたつもりだったんだ………でも、ここまで夕雲が苦しんでたなんて………ぐすっ。」

 

鼻をすする朝霜にティッシュを貸しながら、岸波は敷波に静かな声で聞く。

 

「夕姉は巻姉のお陰でどうにかなりそうだけど………、風姉はどうするの?」

「アタシ、夕雲型全員のオカンじゃないよ?」

「長姉はどう思う?電の腕を派手に吹っ飛ばす原因を作ったし、自分で立ち直れって言うのは無理だと思うんだけれど………。」

「うーん………仕方ねえ、こうなったら長波サマが一肌脱いで殴り合って………。」

「それには及びません。」

『え?』

 

4人は別の所から掛かった声の主に、驚きの表情を見せた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

部屋の中の風雲は壁にもたれかかっていた。

制服は既にスペアの物を着込んでおり、身だしなみは整っていた。

だが………その心は何処かここにあらずって感じだ。

 

(ここに来てから空回りばっかり………。)

 

思えば合同演習で完全敗北を喫して泣き出してしまった。

その後の特別演習で文句を言ってしまい長月にフォローされた。

今回の出撃では視認不足と焦りから電の大破を招く直接的な原因を作った。

そして、知らない内にストレスを溜めていた夕雲の面倒を巻雲に任せてしまった。

 

(私………「風雲」って艦娘に相応しい振る舞い出来てないよね………。)

 

艦娘の才能、無いのかなとすら思った。

そんな時、不意に部屋の扉が叩かれる。

 

「長波?ごめん、今は………。」

「風雲ちゃん、宜しいでしょうか?」

「!?………電!?」

 

声を聞いた途端、思わず飛び上がり慌てて扉を開ける。

そこには右腕を毛布で隠した電が笑みを浮かべて立っていた。

 

「電!腕………右腕は!?」

 

電は静かに毛布の下を見せる。

そこにはちゃんと右腕が元に戻っていた。

只、まだ上手く動かせないのか、垂れさがったままだ。

 

「電………。」

「しばらくすれば慣れてくるのです。それよりも………。」

 

電は左指で口を押えていたずらっ子のように言う。

 

「実はここに来る前に当直の漣ちゃんにお願いして窓の鍵を1つ開けて貰いました。………外に出て散歩しませんか?」

 

電は、目をパチクリとする風雲の腕を引っ張ると、廊下を軽やかに歩き始めた。

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