風雲が電に連れられて外の岬へ赴くと、春の海風が心地よく感じた。
空はまだ黒が大半を占めていたが、夜明けが近いのか水平線の向こうが若干オレンジに染まり始めていた。
「今日は晴れていますから、綺麗な朝日が見れますよ。」
「電………。」
左隣で動く腕で髪をかき上げる艦娘の姿に、風雲はどうすればいいか分からなくなる。
任務中の自分の軽はずみな行動を謝罪しなければならない。
だが………それは謝罪という行為で済まされる事だとは思えなかった。
それでも何かしないといけないと思った風雲は、もういっそ土下座しようとして………。
「謝らなくていいですよ。」
「え?」
しかし、そんな心の内を読んだかのように電は水平線を見ながら呟く。
動揺する風雲を横目で見て電は少しだけ呆れたように笑った。
「仲間を助けたいという闘争本能は駆逐艦ならではです。その感情に従っただけならば、謝る必要はありません。土下座なんて持っての他です。」
「で、でも………私のせいで電の腕は吹っ飛んで………。」
「もう………それでは電が沈むと思っていたって事じゃないですか。」
「う………。でも、あの状況だと本当に………。」
失礼だと思いながらも、風雲は正直に電に話した。
実際、風雲には走馬灯のような物が流れたのだ。
咄嗟に自分を庇った電が沈んでもおかしく無かっただろう。
「あの後も動揺しちゃって………長波に叱咤されなかったら電の言いつけすら守れなくて………。」
「だから風雲って名前に相応しい艦娘か悩んでるんですね。」
「うん………って、何でそこまで分かるの!?」
「電は秘書艦を経験した事もあるのです。艦娘同士の駆け引きや腹芸はある程度は出来るつもりなのですよ。」
「そ、そうなんだ………。」
長月の件で見た目や艤装の性能で侮ってはいけないと心に留めて置いたはずだが、やっぱり自分は電という艦娘を侮っていたのだろうかと風雲は思ってしまう。
彼女はとてつもなく強い………改二になれなくても遥かに強い。
まるで、富士山の根本から山頂を見上げる位には。
「やっぱり私、艦娘向いてないのかな………。」
「電もそう思った時期がありました。」
「え?」
更に落ち込む風雲に対し、電は苦笑しながら………何かを思い出すように語り出す。
「電を始め、暁ちゃん、響ちゃん、雷ちゃんを含めた第六駆逐隊は、ヒヨッコの集まりでしたから。」
「ヒヨッコ………ヒヨッコーーーっ!?」
「分かりやすくて清々しいのです。」
「だ、だって電は勿論、雷だって涼波たちとの訓練を全然苦もしない顔でこなしてるわよ!?実戦だってとんでもない戦果を上げてるって聞くし!?」
「それは勿論、今の風雲ちゃん達のように訓練を積んだからです。………電はあの中でも一番落ちこぼれだったかなぁ。」
「落ちこぼれ………。」
駆逐水鬼やフラッグシップ級等6隻の敵艦を次々と沈めた艦娘の言葉とは思えなかった。
電は風雲の方を振り向き見据えるとハッキリと言う。
「電は………第六駆逐隊が揃う前………初期艦の中でも一番の落ちこぼれでした。」
「えっと、他は吹雪と叢雲と漣と五月雨だったわよね………。」
「でも………「ある事」が切っ掛けになって電は強くなると誓いました。」
「力が欲しくなった………って事?」
「はい。」
その理由を電は語らなかった。
だが、その瞳に宿る意志の強さから、相当な物であったのだと風雲は悟る。
「それで………どうしたの?」
「幸運にも、第六駆逐隊入りを果たした電には力強い嚮導艦がいてくれました。天龍さんと龍田さんです。」
「確か………軽巡洋艦の………。」
天龍と龍田は軽巡洋艦の中でも変わり者の存在だ。
接近戦用の武装を備え、独特の戦闘スタイルを持っている。
また、特に天龍はかなりのスパルタであるとも聞いたが………。
「その中で訓練をして………実戦を重ねて………時には失敗をして庇われて怒られて………その繰り返しでしたね。」
「………感謝してるんだね、鬼クラスを倒せる位に一人前になれたから。」
「半人前です、天龍さん達に比べれば………まだまだ。」
電は目をつぶり静かに言いきると、再び風雲を見上げる。
「これは秘密ですよ。風雲ちゃんは改二の才能を秘めていると思います。」
「え?」
「多分、巻雲ちゃんも今の時点ではそうじゃないでしょうか?他の夕雲型の艦娘にも、その才能が有りそうな娘がいる気がします。」
「ど、どんな判断基準で………!?」
「直感です。」
ガクッと風雲は項垂れる。
つまり根拠は無いという事だ。
だが、歴戦の強者になっている電の言葉ならば、信じられると思った。
けれど………。
「仮にそうだとしても、それに慢心したらダメだよね………。」
「当然なのです。勇気と無謀は違いますからね。だからこそ、努力で無謀を勇気に変えて下さい。」
「そうだね。………電って、嚮導の才能あるんじゃないのかな。」
「経験はありますが、天龍さんからは威厳が無いと言われました。艦娘になると成長が止まると聞きますが、電はこの幼い身体を少し悔やんでます。」
「あはは………。」
その時、水平線の向こうに輝く物が見えた。
朝日が昇り始めたのだ。
その綺麗な陽光を受けながら、風雲と電はしばらく見つめていた。
「電………私、もっと強くなるよ。電が強くなれたのならば、私も強くなれるよね。」
「勿論です。」
「強くなって強くなって、風雲の名に似合う艦娘になる。………多分、それが庇ってくれた電の想いに応えられる事に繋がると思うから。」
「その途中で沈まないで下さいね。他の皆さんが悲しみますから。」
「沈む………あ、そう言えば………。」
あの旗風という少女はまさか………と思い振り向いた風雲に対し、電は左の人差し指を口に当てて黙っていて欲しいとお願いする。
「話は陽炎ちゃんがしてくれると思うのです。今は呉鎮守府に長期出張中だから戻ってくるのは夏頃になるでしょうけれど………。」
「ん、分かった。それと電………謝罪がダメなら、これだけは言わせて。」
そう言うと、風雲は満面の笑みを浮かべて電を正面から見つめた。
「助けてくれてありがとう!電は私にとって、最高の先輩よ!!」
その笑顔は朝日に照らされて最高に眩しかった。
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「そうか、旗風を助けてくれたのか………。感謝する。」
「その言葉は電とかに言いなさいよ、クソ提督。アタシ達は迎えに行っただけなんだから。」
「………俺への差し入れの菓子を摘まむのは、素行の悪い艦娘の特徴なのか?」
執務室で提督はボリボリと音を立てて菓子を頬張る曙の行為に呆れていた。
その隣では、五月雨が相変わらずの笑顔で彼が書類と格闘するのを手伝っている。
部屋には他に不知火と長月がいて、2人は何やら特殊な書類を見ていた。
「旗風………神風型5番艦ですか。不知火達と比較しても相当な古株みたいですね。」
「帰還したという話を聞いて横須賀の訓練学校で一時預かりとなっている神風型の4人が飛んで来たよ。文字通り、泣いて喜んでいた。」
「良い話です。」
不知火が少しだけ微笑んだ後、厳しい目つきに変わる。
「それで、彼女は「艦娘に戻る」のですか?」
「俺としてはそっとしてやりたいのだが………。」
「上が認めてくれないですよね。」
言葉を引き継いだのは五月雨。
彼女は旗風関連の書類、初風型関連の書類、色んな物を分けながら呟く。
その瞳に憂いの物が浮かんでいるのは気のせいだろうか。
「前も言っていたが………上層部にとって艦娘は只の戦う道具なのだろう?人権なんて生易しい言葉は通用しないさ。」
「一度砲と魚雷を持って海に飛び込んで貰えば嫌でも分かると思うけどね。言う事を聞かせたいならアタシが同行して砲で脅してこよっか?」
「その場合、司令官は責任を押し付けられて左遷されて、威厳だけで現場を知らない無能が鎮守府に着任するだろうがな。」
「やーね、冗談よ冗談。ブラックジョーク。」
「第十四駆逐隊に所属すると時たま冗談か本気か分からない事を呟くのは伝統行事なのか?」
長月と曙の腹黒い会話に、提督はここにはいない陽炎の姿を思い浮かべながら溜息を付く。
多分、彼女の影響ではない………と思いたかった。
「ところでさ、五月雨もいるから聞くけれど、「あの事」は陽炎の口から言わなきゃダメなの?アタシや長月の口からでもいいんじゃない?」
「曙の説明だと分かりにくい。長月の説明だと古めかしい。何より時期尚早だと思ったからな。戻ってくる夏まで練度向上を待った方がタイミング的にいいと考えた。」
淡々と答える提督は隣の五月雨を見る。
彼女は表情を変えずに書類作業に従事していたが、やはりその瞳には影があった。
その様子を曙も確認したのか、それ以上詮索はしなかった。
話題を変えようとしたのか、不知火が口を挟む。
「何にせよ、今回の報告書は特殊な出来事が起こった故に膨大な量になります。曙と長月も無駄話をしてないで手伝って下さい。」
「………だそうよ。長月、事務仕事は出来る方?」
「霰や潮に比べるとどうにもな………。それに、今日の訓練が………。」
「夜中にみんなで帰投を待ってたから、今日は臨時休暇貰ったって雷から聞いてるわよ。不知火、遠慮なく長月にも押し付けていいから。」
「お言葉に甘えさせて貰います。」
「………これなら深海棲艦の魚雷や砲弾を受けた方が数倍マシだな。」
嘆息する長月を含め、執務室にいる5人は様々な書類の束との格闘を再開する。
その一番上の表紙には、「神風型5番艦「旗風」・奪還(ドロップ)」と書いてあった。
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こうして季節は移り変わる。
夕雲型の面々は、夕雲を始め各自が練度向上を目指し訓練や実戦に赴く形になった。
一朝一夕では彼女達の実力は変わらない。
だが、繰り返し努力を積み重ねていった事で、確実に強さを手に入れていった。
そして、春の暖かな気候は梅雨を経て初夏の眩しい日差しが照り付ける暑さへと変わる。
ある晴天の日の事だった………。
「あ~づ~い~よ~………。」
バシー島沖へと出向いていた巻雲は甘えんぼ袖を限界までまくりながら項垂れていた。
初夏とはいえ南側に遠征すれば、暑さが強くなるのは言うまでもない。
しかし、それでも汗だらけになって文句を言いたくなるのは少女としての魂の名残か。
「水着になりましょうよ、朝潮さーん………。」
「情けない事言わないの。水着になったら只でさえ薄い装甲が更に脆くなるでしょ?」
「そういう問題では無いと思うんですけどー………。」
単縦陣の先頭を走る、黒髪ストレートの委員長タイプの艦娘が真面目な回答をする。
彼女は朝潮型1番艦である朝潮。
綾波、陽炎、そして夕雲と同じネームシップの艦娘であった。
「でも………島風さんは水着ですよねー………。」
「オウッ!?しまかぜはこれがデフォルトだけど!?」
「島風は参考にしちゃダメ。今は夏で南だからいいけれど、冬になったら凍えているんだから。」
「あー!それは言わない約束でしょ、優等生!?」
そう腹を立てて巻雲や朝潮に腕を上げて抗議するのは最後尾に付ける島風型1番艦の島風。
「連装砲ちゃん」と呼ばれる自立行動型の愛らしい顔つきの旋回砲塔を従えているのが武装面での特徴なのだが、一番驚きなのは巻雲達が言う通り、その恰好。
大きなウサ耳リボンに超ミニスカート、果てには見せ下着とあざとさ全開の装備である。
これでオーパーツを組み込んで量産化に失敗した高性能駆逐艦なのだから分からない物だ。
「そんなに言うならみんなで私の恰好する!?スペア貸すよ!?」
「う………それは………。」
「流石に………。」
「待って………!」
3人の会話を止めたのは大人しそうな浜波。
彼女はいつになく真剣な顔をすると装備している電探を操作し、敵影の情報をキャッチする。
艦隊は朝潮が旗艦であり、以下巻雲、高波、浜波、清霜、島風である。
彼女達は、このバシー島沖に出現したという「鬼」クラスの撃沈任務へと赴いていた。
「き、来たよ………。報告にあった、空母棲鬼………。アレ………?」
「どうしたの?浜波?」
清霜の疑問の言葉に浜波は左側を指刺しながら呟く。
「水着だ………。」
「水着………かも、ですか!?」
高波の驚きの言葉が出ると同時に南の海に巨大な駆逐艦の口に乗った深海棲艦が出現する。
多数の砲塔に加え、左右の攻撃機用の発着用のカタパルト。
そこまでは普通通りの空母棲鬼であるのだが、そこに乗っているヒューマノイド型の深海棲艦は麦わら帽子を被り、砲塔やカタパルトには色とりどりの花を添えていた。
果てには黒のビキニアーマーを着てのんびりとくつろいでいる。
『……………。』
一瞬だが、6人の艦娘はその姿に沈黙した。
「ほ、ほら、水着………。」
「本当に水着かも………。」
「水着よね………。」
「しまかぜと違ってスタイルいい………。」
口々に駆逐艦達が呟く中、護衛の深海棲艦が現れる。
朝潮はコホンと呟くと言った。
「え、ええっと………以後敵艦を「空母夏鬼」と仮名!各艦、攻撃準備!!」
空母夏鬼から攻撃機が発艦されていく。
更には戦艦クラスの主砲も発射されていく。
しかし、それに負けない声で怒号が響き渡った。
「何で………何で!そっちはよりにもよってビキニなのーーーっ!!」
一番暑さに文句を言っていた巻雲は、思いっきり腹の底から怒りの声を出した。