「さて、自己紹介も終わったし………抜錨ね!」
神風型の嚮導になった風雲は、早速訓練海域に降り立ち、海の上に立つ。
サポートに回る電も同じように軽やかに抜錨をした。
「じゃあ、続いて!」
風雲は振り向く。
しかし、真っ先に神風が抜錨したのに、残りの4人は海を只、黙って睨みつけている。
「どうしたの?」
言葉が無い。
その妹達の様子を見て思わず神風が叫んだ。
「みんな早く抜錨して!神風型が臆病者だって思われちゃうじゃない!」
だが、それでも朝風も春風も松風も旗風も抜錨しない。
もしかして………。
「みんな………海が怖いの?」
風雲の言葉に、神風がハッとなってこちらを見る。
彼女を含め、神風型5人は過去に人類の敵と戦う為に海に出て深海棲艦に轟沈させられた。
その海に再び出るのだ。
過去のトラウマが蘇ってもおかしくない。
「ねえ、神風………。」
「な、何!?」
「答えられる範囲でいいから答えて。貴女は自発的に再び艦娘になる事を志願した?」
「当然でしょ!深海棲艦を沈めるのが艦娘よ!」
「じゃあ………あの4人は………?」
「……………。」
神風は無言で風雲から視線を逸らす。
提督の更に上にいる上層部にとって、駆逐艦娘は腐るほどある道具だ。
その人間達は、奪還(ドロップ)によって戻って来た艦娘を快く思っていない。
もしも奪還(ドロップ)の事が一般社会に流布されれば立場その物が危うくなる。
そうでなくても、深海棲艦になったかもしれない艦娘なんて不気味なものだろう。
だから、上層部は戻って来た艦娘が人間に戻る事を許さない。
相当なトラウマを抱えているにも関わらず………。
(予測はしていたけど………ここまでとはね………。)
風雲は彼女達がいざ、沈めた深海棲艦と対峙した時の事を懸念していた。
だが、それ以前に海に出る事自体が彼女達にとって恐怖であったのだ。
「どうした………ものか。」
練習メニューは風雲が自由に決めて良かった。
最初は長月や雷のメニューを習って、的当てや陣形練習等を行って基礎を復習しようと思っていたが、これではそれすらも危うい。
やる事があるとすれば………。
「電………悪いけれど、神風と的当ての訓練していてくれる?私はあの4人とカウンセリングする。」
「分かったのです。」
「あ………。」
心配そうに妹達を見つめる神風は何かを言いたそうになるが、そのまま電に肩を叩かれ連れていかれた。
――――――――――――――――――――
訓練海域に残った風雲は、自分だけ海面に立って神風型の4人を岸の地面に座らせる。
彼女達は情けないと思っているのか、無言である。
「単刀直入に聞くわね。貴女達………深海棲艦としての記憶はあるの?」
その言葉に全員の肩がビクっと震えると一斉に首を横に振る。
「本当にホント?」
「ほ、本当よ!」
思わず朝風が叫んだ。
その瞳に嘘偽りは無い。
だが、何か含みのあるような所を見て、風雲はある懸念を抱く。
「という事は、轟沈した後、深海棲艦から奪還(ドロップ)されるまでの記憶は無い………と。」
「記憶は無いけど、悪夢は見ていたかな………。」
尚も続く風雲の質問に、今度は松風が答える。
「具体的には覚えてないけど………何かどす黒い物に染まってうなされるような感じさ………。」
頭をかく彼女の額には脂汗が出ていた。
朝風はその言葉に、思わず身震いをしている。
「言葉に表せない位、嫌な感覚だったんでしょうね………。」
「失礼だけど、キミには理解できないよ。今でも寝る時にうなされる事があるんだから………。」
「ま、トラウマは誰にだってあるわよね。私も未だに視認不足で庇ってきた電の腕が吹っ飛ぶ夢を見るし。」
「そ、そうなのかい………?」
嚮導になった以上は艦隊の一員だ。
どんな事であれ余程の事が無い限り、隠し事をしたくは無かった。
驚く松風の言葉を特に気にする事なく風雲は続ける。
「正直言って………海にはもう出たくない?」
その質問に、無言で春風と旗風が恐る恐るではあったが、手を上げた。
朝風と松風は少し悩んだ後で告げる。
「覚悟は決めていたつもりよ。でも………いざ海を見ると足が竦んで………。」
「情けないね………艦娘なのに何もできないなんて………。」
「そっか………。」
本当にこれは困ってしまったと風雲は思った。
身体が竦んで動かない以上、何かしらの起爆剤が無いと実際に海に出る事は無理だろう。
海に出られないという事は、比較的安全と言われる遠征にすら行けないという事だ。
(ここでお手上げって言ったら提督に申し訳ないし………そもそもこの艦娘達がどうなるかすら分からないし………。)
項垂れる4人の艦娘達を見て、風雲は頭を悩ませた。
――――――――――――――――――――
しばらくして、電と神風が戻って来た。
電の報告によれば、神風の命中率は9割以上で、実戦レベルで十分通用するという話だった。
風雲は朝風達の事情を電に説明すると、訓練をここで中止する事を提案する。
というのも、トラウマは艤装を付けているだけでも刺激されるらしく、既に旗風に至っては疲労困憊だったからだ。
「とりあえず今日は座学に切り替えようと思う。実戦に関しては明日から。」
「何か案があるのですか?」
「一応………ね。準備が必要になるけれど………それに………。」
風雲は電の隣に立っていた神風を見る。
「な、何………?」
「カウンセリングは貴女とも行いたいから。」
「別に必要無いでしょ!?私は………!」
「逃げないで。私と相対するのがそんなに怖い?」
「怖くないわよ!………いいわよ、そんなに言うなら!」
「じゃあ、艤装を置いたら私の部屋に行こう。今は、同部屋の長波は訓練中だし。」
「え?何でそんな所で………。」
風雲は電に後を託し、疑問を抱く神風の手を引っ張り装備品保管庫へと向かった。
――――――――――――――――――――
風雲は自室に神風を連れ込むと、部屋の扉を閉じて鍵を閉める。
そして窓際に椅子を置き座らせると話を始める。
「違ってたらゴメンね。神風………貴女、轟沈した後、奪還(ドロップ)するまで、深海棲艦だったの?」
「!?」
声を潜めた風雲の問いに、やはり神風の肩がビクッと震える。
風雲を見据えていたその目は恐怖に見開かれ………慌てて背けられた。
図星だった。
神風は妹達と違い、深海棲艦その物だったのだ。
そう、あの五月雨と同じく………。
「わ、たし………。」
「詳しくは言わなくていいわ。五月雨からそれがどういう事なのかは嫌という程聞いているから。」
「何で………何で分かったの………?」
「貴女の拒絶するような態度と深海棲艦を是が非でも沈めたいという強い想いと恐怖に怯える妹達との対比と………色々あるわね。」
深海棲艦になっていたという事は、彼女もまた破壊を楽しんでいたのだろう。
人類の敵となり大量殺戮を繰り返し、恐怖を振りまいて来た。
だからこそ、我に返り艦娘に戻った時、人の為に戦うと誓った。
それが彼女なりの贖罪であり、その為にも早く実戦に出たかったのだ。
「おかしいと思ったのよ。幾ら私が新米だからって、あんなに噛みつくような態度を取ってきたのが。貴女は………本来はもっと優しい艦娘のはずよ。」
「別に………私は………。」
「焦ってたのね。もっと凄い嚮導が欲しかったのにやって来たのは新米。肝心の妹達は優しいけれど、海を恐れてしまっている。だから………。」
「分かったような口を利かないで!」
思わず神風は自分の頭を押さえ、かぶりを振る。
そして、弱々しい声で呟く。
「私の弱みを握ってどうしようっていうの………。」
「別にどうする気は無いわ。只、今後の為に確かめたかっただけ。だけど………残酷だけど、電のように勘のいい艦娘はもう分かっていると思うし、貴女を救ってくれた艦娘達は知ってるはずよ。」
「じゃ、じゃあ………陽炎達は………。」
「第十四駆逐隊ね。五月雨の件もあるから、あの人達なら大丈夫なはず。」
「何が大丈夫なのよ!?みんなで私の秘密をばらす気なんでしょ!?そして、私を………私を………!!」
「神風!」
椅子を倒して立ち上がり、頭を振って何かを取り払おうとする神風の肩を風雲は押さえる。
疑心暗鬼になっているこの娘の信頼を得たかったが、それだけの時間も対価も風雲は持っていなかった。
多分、絶対に黙っているって言ってもこの娘は信じてくれない。
何もかも信じられず恐怖に陥っているからこそ、あのような態度に繋がっているのだ。
この場合、一番良い方法は………。
「じゃあ、神風。貴女の願いを1つ叶えてあげる。明日、私が貴女の妹達を抜錨させたらとりあえずは信用してくれる?」
「信用!?みんな海を怖がってるのよ!?それを無理やり………!?」
「自発的によ。………出来たら信用してくれる?」
「出来なかったら………。」
「大人しく嚮導を止めるわ。提督に土下座してベテランの艦娘を探して貰う。」
「……………。」
風雲は神風の目をじっと見つめた。
彼女の恐怖を形作っている根本を取り払う手段ではない。
でも、段階を踏んでいかなければ成果は出ないだろう。
神風も風雲の覚悟を分かってくれたのか、今回は頷いてくれた。
「分かったわよ………その約束、守ってくれるのよね?」
「指切りげんまんする?」
「いい………。もういいでしょ?自分の部屋に戻るから………。」
「ん、付き合わせてゴメンね。」
足早に部屋の扉の鍵を開けて去って行く神風を見送りながら風雲はさてと………と腕まくりをする。
そして、彼女も部屋を出ると執務室へと向かう。
(資料がもっと欲しいわね………神風型に関する資料が。)
電にも伝えたが手段はあった。
だが、それは自分1人では達成不可能であった。
その為にも五月雨や陽炎に頼んで色んな資料を見たかった。
そして………。
「散々舞鶴で付き合わせて貰った分………たまには私の無茶を聞いて貰うわよ、秋雲!」
握りこぶしを軽く突き上げると風雲は廊下を歩いて行った。
――――――――――――――――――――
『……………。』
次の日、艤装を装着して訓練海域まで出てきた神風型5人は唖然とする。
そこには一足早く抜錨した風雲が仁王立ちをしていたからだ。
少し離れた所には電が珍しく微妙な顔をしている。
「な、なんだい………その、精巧なお面は?」
「何って勿論、軽巡ツ級のお面よ。」
何とか言葉を紡いだ松風に対し、お面を被った風雲はさも当然のように語る。
実はこのお面、訓練が終わった後の秋雲に半ば強引にお願いして作って貰ったのだ。
風雲は駆逐艦娘であったが、スレンダーで長身であった為、軽巡のツ級のお面は意外な程似合っていた。
その姿が滑稽だったのか、朝風が片手で頭を押さえながら言う。
「ねえ、嚮導の権利があるからって、ふざけてるの………?」
「ふざけてないわ。よく聞いて………今から私は「駆逐風鬼」よ!!」
『駆逐風鬼!?』
いきなりとんでもない事を言ってのけた風雲に、神風達5人は素っ頓狂な声を上げた。