「その………風雲さん………駆逐風鬼とは………何でしょうか?」
いきなり妙な事を宣言した風雲に、流石にいつも落ち着いている春風も動揺した表情で問いかける。
風雲は………内心、実は凄く恥ずかしかったが、それを表に出す事は無く堂々と言う。
「今から私は深海棲艦の鬼役って事!さあ、遠慮せずに5人掛かりでかかってらっしゃい!」
「え、遠慮せずにって………わたくし達、その海が………。」
旗風がおどおどと海面を見つめる。
海が怖い以上、海上に立つ風雲ならぬ駆逐風鬼には挑めない。
だが、そんな5人に対し、風雲は………それこそニヤリと笑みを浮かべてやった。
「来ないなら………こっちから行くわよ!!」
『え?』
神風達が驚き身を動かすよりも早く、風雲は彼女達の立つ岸の手前………海岸線ギリギリに主砲を連射する。
バッシャアッ!!
「きゃあっ!?」
「ああっ!?」
「うわっ!?」
「いやぁっ!?」
模擬弾とはいえ、連装砲の威力により派手に水がまきあがり、波となって神風型に襲い掛かる。
朝風は塩水を飲み、春風は尻餅を付き、松風は頭に被っていた帽子が飛び、旗風に至っては轟沈のトラウマを思い出しジタバタもがいている。
「いや!?いやーーー!?」
「旗風さん、しっかり!?」
「ちょっと、何してくれるのよ!?」
「キミは鬼か!?」
「鬼よ!」
全身ずぶ濡れになって、口々にパニックになったり文句を言ったりする面々に対し、風雲はハッキリ言ってのける。
「今の私は鬼だもの!いい、深海棲艦は明確な殺意を持って相手の弱点を容赦なく攻めてくるわ!海が苦手だって知ったら波を被せる事位、平気でやってくるわね!だって、沈める気満々だもの!」
『……………。』
風雲の言葉に神風型の面々は何も言えなくなる。
そう、深海棲艦はそんな恐ろしい存在なのだ。
そんな彼女達に尚も追いうちを掛けるように主砲を今度はゆっくりと構える風雲を見て、松風は怯み、朝風は思わず逃げだし、春風は未だにパニックになっている旗風を庇うように覆いかぶさる。
「いい加減に………しなさいよ!!」
そこに、今まで黙っていた神風が声を荒げる。
妹達を自発的に抜錨させると約束したのに、これでは只の憂さ晴らしのパワハラだ。
風雲の身勝手な行為に怒りを爆発させた長女は水面に飛び込むと、主機を全開にする。
「妹達をよくもやってくれたわね!絶対に………絶対に許さない!!」
そして、そのまま模擬弾の詰まった主砲を一斉射する。
神風型の主砲は連装砲ではなく単装砲だ。
手にピストル型の物を持っている他、艤装の底部に設計された身体を包み込むような凹型フレームの両側にも同じ物が備えられている。
全て同時に炸裂させれば相応の威力は発揮するはずだった。
「やっと来たわね………。さあ、かかって来なさい!」
しかし、風雲は資料で予め武装の事を研究していた為、身を低くして横滑りしながら全て避ける。
尚も、神風は加速しながら単装砲を撃ってくるが、怒りで狙いが中々定まらないのか、それとも装備個所の問題なのか、フレームの両側の砲門は狙いが明後日の方向に飛ぶ。
「訓練での正確な射撃はどうしたのかしら?」
「貴女は直接、ぶん殴る!!」
だが、それは風雲を囲い込む為の戦術であったらしく、神風は張り付く距離まで接近すると、主砲を投げ捨て、左拳を振り被る。
だが、風雲は右手の砲塔で受け止めると咄嗟に左手でその頭を掴み、水面に叩き込む。
「きゃ、ああああああああ!?」
風雲は頭を掴んだまま後ろに微妙にバックをして、突っ込んできた神風の勢いを抑える。
しかし、そのまま今度は砲塔を左手に持ち換えて神風の背中の艤装を右手で力いっぱい押さえつけた。
神風は水面にうつ伏せに突っ伏した状態で固定されてしまう。
「な、何するの………モガモガ!?」
脱出しようとジタバタもがくが、小柄な神風と長身の風雲では肉体のパワーが違った。
もがけばもがくほど口の中に海水が入って来て、酷い事になる。
「姉貴!?」
「止めて下さい、風雲さん………!海に入れないわたくし達が悪いだけで、神風御姉様には関係ありませんわ!?」
「隊である以上、連帯責任よ!嚮導に逆らったからには頭を冷やして貰う!」
「そ、そんな………!?」
「ひどすぎるわよ、そんなの!?」
ツ級のお面を被った風雲は、抗議する陸の上の4人を目で睨みつける。
神風を解放するつもりは無く、その彼女は必死にもがいて苦しんでいる。
「知性のある深海棲艦はね、絶対的な恐怖と敗北を相手に植え付けるのよ!五月雨達からレ級の話は聞いてるでしょ!?貴女達を苦しめる為なら大切な妹想いの姉の無様な姿を見せつける真似だってやってのけるわ!」
風雲の言葉は厳しい。
それこそ、本当に鬼になったかのように低く轟いていた。
だが、言っている事は事実なのだ。
深海棲艦は、実際にそれだけの事をやってのけるだけのどす黒さを持っている。
「さあ、貴女達は姉を見殺しにするの!?姉がこのままどんな事をされても黙って見ているの!?貴女達神風型の絆は、そんな物なの!?」
悔しそうに風雲を睨みつける4人を見て、彼女は左手に持った砲を無抵抗な神風に突き付ける。
「うるさいからそろそろ眠って貰おうかしら?頭に模擬弾を叩きこめば………。」
「待てっ!!」
力の限り響いた声に、風雲は振り向く。
松風だった。
彼女は手を伸ばして待ってくれと言わんばかりに静止の合図を出すと、頭に手を置いて笑い出す。
「参ったよ………キミ、天才だ。そんなえげつない事をされたら………。」
松風は隣の朝風を横目で見つめる。
彼女も頷き………2人して風雲に怒りの目を向ける。
「嚮導とはいえ………ぶっ飛ばすに決まってるでしょう!?」
「姉貴を………!」
「神風姉を………!」
『離せーーーっ!!』
その瞬間2人の神風型駆逐艦娘の闘争本能が全開になる。
海への恐怖は吹き飛び、一気に飛び込むと主機を全開にして風雲へと突進する。
風雲は歪んだ笑みを浮かんで神風を摘まみ上げると、ずっと近くで待機をしていた電へと投げ飛ばす。
「う、わ………!?」
「よく見ているのです。」
電に背後から艤装を抱えられる形で受け止められた神風は見る。
雄たけびを上げながら風雲に単装砲をガンガンぶっ放す妹2人の姿を。
風雲は連装砲を朝風の足下に炸裂させて波を起こしてひっくり返すが、それでも彼女はすぐに起きると身だしなみが崩れる事も構わず主機を再び全開にする。
松風は自分の単装砲で風雲を殴ろうとしてチャンバラになり、側頭部を殴り飛ばされ倒されるが、やはりすぐに起き上がると果敢に風雲に挑んでいく。
それを、岸で腰を抜かしていた春風と旗風は唖然とした様子で見ていた。
「……………。」
「ど、どうしましょう………春姉さん………。」
「……………。」
おどおどする旗風の疑問に答えず、春風は立ち上がると後ろに下がり、木陰に置いてあった日傘を手に取る。
そして、戻ってくると旗風に告げた。
「………ごめんなさい、旗風さん。」
「は、春姉さん?」
「わたくしも………もう、我慢の限界みたいです!自分がここまで情けない存在だとは、思っていなかった!」
そう珍しく悔しそうに叫ぶと、その傘を馬上槍のように構え、海に飛び込み主機を全開にして風雲へと突っ込んでいく。
朝風と松風を千切っては投げ千切っては投げと繰り返していた風雲は、予想外の武装に主砲を弾き飛ばされる。
それでも、傘を両手で掴むとそれごと春風をぶん投げた。
派手に着水して水しぶきを上げる春風であったが、再び傘を掴むと風雲へと挑んでいく。
その様子を見て、旗風は静かに自分の頬を強く叩いた。
「神姉さんを………神姉さんを………!」
海は怖い。
深海棲艦も怖い。
でも、それでも………。
「侮辱………しないでーーーっ!!」
誇りある姉を侮辱した敵は絶対に許せない。
神風型5番艦の旗風もまた主機を全開にして海に抜錨し、風雲へと突撃していくと、艤装の重さを活かし飛びかかって抑え込もうとする。
予想外の攻撃に風雲はのしかかられるが、腹を蹴り飛ばし何とか体勢を立て直す。
旗風は咳き込んだが、闘争本能をむき出しにして、再び風雲へと挑んでいく。
「み、みんな………。」
「これが、神風型駆逐艦達の本気なのです。みんな………姉を侮辱した深海棲艦を許しては置けないのです。」
「……………。」
電に抱えられていた神風は、しばらくその様子を見ていた。
自然と涙が出ていた。
妹達は臆病者では無かった。
むしろ、ここまで勇猛果敢で姉想いで力強くて………。
「みんな、トラウマを抱えてるのに………海が怖かったのに………謝らなきゃ………私………みんなに………。」
「そうですね、後………風雲ちゃんとの約束、ちゃんと守って下さいね。」
「………うん。」
長女の為なら恐怖心なんてかなぐり捨ててやる、と言わんばかりの風雲への猛攻。
その闘争本能の矛先が向くことを自ら受けて出た嚮導の姿に、神風は心の中で感謝した。
風雲と神風型4人の大乱闘は、しばらくの間続いた。
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どれだけの時が経ったのだろうか?
風雲はボコボコに殴られ、ずぶ濡れになって海面に浮かんでいた。
その周りには同じように朝風、春風、松風、旗風が倒れて肩で息をしている。
我ながらブランクがある艦娘達とは言え、4人相手によくここまで持ったものだと風雲は密かに自分を褒めたくなっていた。
「みんな………立てる?」
風雲の言葉で、自身を含め5人は海面に立つ。
フラフラではあったが、しっかりと姿勢を保つ事が出来た。
「これで、第一関門突破ね。」
「あの、風雲さん………。」
「ん?」
ボロボロなのにも構わずご機嫌な様子の風雲に対し、旗風が恐る恐る聞いて来る。
「わたくし達、どんな罰を受けるのでしょうか?」
「罰って………何で?」
「みんなで嚮導に逆らいました。その………頭を冷やす必要があるのでは?」
「ああ、別に気にしてないわよ。というか、みんなをけしかけたのは私だし。だから、神風を含めてゴメンね。」
『……………。』
そう手を合わせて謝る姿に、電に連れられて近づいて来た神風含め、みんな何とも言えない顔をする。
駆逐風鬼の演技も含め、全ては海に出られない朝風達を自発的に引っ張り出す為の作戦だった事は分かっていた。
しかし、怒りに任せてみんなで殴りまくったのは事実だ。
そんな妹達を代表してか、神風が風雲の元に来る。
「あの、風雲………。」
「あ、私の事初めて名前で呼んでくれたね。後………貴女は私の事、まだぶん殴る権利があるから何発か顔にぶち込んでもいいわよ。」
「ううん、いい………それよりも………。」
神風は敬礼をすると自分より背の高い風雲を見上げて言う。
「妹達の面倒を見てくれてありがとう。以後、神風型は貴女を嚮導として訓練に励むわ!」
「うん………宜しくね。」
完全な信頼はまだ得られていないだろう。
それでも、とりあえずは信用してくれた事に感謝しながら、風雲は答礼をした。