「春風………あの、私………その………。」
「ごめんなさい、神風御姉様。」
「え?」
撒き散らされる砲弾の雨を防弾性能のある日傘で防ぎながら、春風は神風に告げる。
敵の攻撃を防ぐ為に前を見つめていたが、その表情は真剣な物であり………多少の後悔が含まれているのだと神風は分かった。
「わたくし達が奪還(ドロップ)された時………真っ先に喜んで、真っ先に泣いて下さったのは神風御姉様でしたのに………一瞬とはいえ恐怖の目を向けてしまいました。」
「そ、それは私が………。」
「わたくし達が深海棲艦を恐れ、情けない戦いをしていたからです。だから………そんなに自分を責めないで下さいませ。」
「でも、私は深海………。」
深海棲艦と呟こうとしたその口に朝風が指を当てて塞ぐ。
その顔は次女ではあったが、慈愛に………深海棲艦の物とは違う、本物の慈愛に満ちていた。
「神風姉は艦娘よ。少なくとも私達にとって誇り高い神風型の艦娘。」
「……………。」
「証拠なら、ほら、そこにいるじゃない。」
神風は見る。
旗風が丁寧に風雲を………その身を挺して自分を守ってくれた嚮導を横たえるのを。
「風雲さんは、ずっとわたくし達を鼓舞してくれました。」
「私はその信頼を裏切り続けて………。」
「それ位で見限る位の狭い心の持ち主だったら、ここまでしてまで神姉さんを守りません。」
神風は改めて虫の息である風雲を見る。
だが、妹達の会話が聞こえているのか、その表情は何処か満足しているようにも見えた。
「ウォアアアアアアアアアア!!」
『!?』
そこで更に聞こえてきた先程よりも獣のように荒々しい叫びに、一同は見る。
錨でひしゃげた左腕の顔を再生させながらこちらを睨みつける軽巡棲姫の姿を。
絶対にお前達だけは沈めてやるという強い意志を。
「アイツ………!?」
「やろうぜ、姉貴。」
「松風………?」
「神風型も出来るって事を誇り高き嚮導に示してやるんだ!………今度は僕達で風雲を守ろう!!」
その言葉に朝風も春風も旗風も神風を見つめる。
迷っている時間は無かった。
いや………もう………。
「迷わない!!全艦、雷撃戦用意!!………春風!!」
「はい!!」
神風が春風の肩を叩いた事で、彼女は傘を閉じ思いっきり投げつける。
その投げ槍のような一撃は軽巡棲姫の左肩に突き刺さり、激痛を与える。
「アアアアアアアアアアッ!?」
軽巡棲姫は砲撃や魚雷を放つが、痛み故にあさっての方向に飛んでいく。
神風は風雲の前に立つと両脇に春風と旗風、そして朝風と松風と並ばせて壁を作る。
「1本ずつ連装魚雷、撃つわよ!用意!!」
「駆逐艦娘共メェェェェッ!!」
「てぇっ!!」
基部ユニットに備え付けられた4本の魚雷の内の1本が撃ち上げられ着水し、一直線に軽巡棲姫へと飛んでいく。
「確かに………私はあっち(深海棲艦)側だったわ………!」
1本目は左脚に当たり、バランスを崩す。
「その事実は一生消えない!一生背負って生きていかないといけない!」
2本目は左腕の口に命中し、魚雷発射管を誘爆させて派手な炎を上げる。
「でも………私は1人じゃない!背負ってくれる姉妹が、仲間が、何より嚮導がいる!!」
3本目は再生しようとする左腕に炸裂し、風雲の仕返しと言わんばかりに木端微塵に吹き飛ばす。
「だから、今の私は………駆逐艦神風は………こちら(艦娘)側よ!!」
「ウ………アアアアアアアアッ!?」
最後の1本が寸分違わず軽巡棲姫に炸裂し、その身体を爆発させて沈めていく。
それが、最後の1隻であったらしく、敵艦は全滅をした。
「や………やった………。」
「何だ………みんな………出来る………じゃないの………。」
「風雲!?」
勝利の余韻に浸る暇も無く、背後から掛かった弱々しい声に神風達5人は集まる。
風雲はボロボロの身体で笑みを浮かべながら呟いていた。
「これ………で、もう………大丈夫………ね………。」
「待って!?まだ私達、貴女に大切な事、いっぱい教えて貰ってない!?」
「後………は、神風………貴女………が………。」
「ダメ!ダメぇ!………風雲ーーーっ!!」
意識が無くなった風雲の姿を見て、神風の叫びが夜の海に木霊した。
――――――――――――――――――――
「で………駆逐艦風雲は二階級特進で讃えられる事になったとさ………だったら、ベタ過ぎて同人誌として面白くならないから治って良かったね。」
「秋雲にまで心配されるなんて相当な物だったのね………。こういうの、怪我した本人って全然記憶が無いから正直、自覚が持てないわ。」
「そりゃ片腕が吹っ飛んで、魚雷の破片が全身に刺さって、死んだように意識を失って帰って来たら、秋雲でも船渠(ドック)にすっ飛んでくるよ。」
風雲が意識を失ってから数週間後、秘書艦室では風雲と秋雲が会話をしていた。
その風雲の身体は高速修復材(バケツ)によって、腕を始めしっかりと治療されており、もう意識通りに動かせる状態になっていた。
と言っても、帰って来た時は本当に危ない状態で、実際数日は目を覚まさなかったのだ。
神風を始め、神風型や夕雲型の面々は本当に祈る思いで、毎日交代で看病をし続けた物である。
「一応言っておくけど、生きてる事が奇跡だと思っといてよ。幾ら嚮導だからってあそこまで無茶したら普通は死ぬから。」
「だって神風を連れ戻したかったんだもん………。」
「はぁ………本当に不器用で真面目だねぇ。そういや、神風はよく営倉入りにならなかったね。脱走なんて下手したら裁判沙汰なのに。」
「その為に敢えて出撃メンバーに私や秘書艦補佐の陽炎を巻き込んだんだよ。有耶無耶にしちゃえば後始末が楽だって深雪は最初から踏んでたんだ。」
別の方向からこの部屋の主である秘書艦五月雨の声が掛かってくる。
彼女はいつものような柔和な笑顔で、隣に座っている陽炎と共に書類の束と格闘をしている。
実は秘書艦室には、4人以外にも駆逐艦娘が集まっていた。
夕雲、巻雲、長波、長月、初風、深雪、雷、電である。
部屋はそれなりに広いとはいえ、流石に椅子の数が足りないので病み上がりの風雲に、無理やり座らせていた。
「深雪もワルだねぇ………。咄嗟にそんな事考えるなんて。」
「流石に深海棲艦の束と海戦を繰り広げるとは思ってなかったけどな。ま、神風達も頑張ったお陰で、鎮守府近海にはびこる深海棲艦の緊急掃討任務に置き換えられたってわけだ。」
「その為に提督が苦労した事を忘れないでね?」
「後、みんなで始末書を書いた事もしっかり覚えておいてよ。」
「す、すいませ~ん。」
五月雨達の釘をさすような言葉に笑顔が凍り付く深雪。
緊急事態だったとはいえあれだけ身勝手な立ち回りをした為、出撃メンバーはみんな膨大な後始末を提督に言いつけられてしまった。
勿論、営倉入りをしないだけマシなのだが。
「でも………風雲が無事で良かったよ。命を落としたら本当にみんなが悲しんだし。」
「巻雲姉さん………。」
「事態が事態だったから今回は仕方なかったけど、今度からは長波サマ達にも相談しろよ?」
「………………。」
長波のいつもの頼りになる言葉に………しかし、風雲の顔が曇る。
集まった面々は何事かと思い五月雨達を見たが、彼女達は風雲の言葉を待つばかりだ。
「言ってくれませんか?風雲さん。貴女が私達を集めた理由を。」
「うん………。」
優しく夕雲が話しかけてきた事で、意を決したように風雲は1枚の紙を懐から取り出す。
それは、命令書であった。
「んん………?宛名が神風宛になってるねぇ。許可貰って借りて来たのぉ?」
「そう………ほら、ここに書いてあるでしょ、「第五駆逐隊の幌筵泊地への転籍」って。これが、神風型5人に出されたの。」
『……………。』
風雲の言葉に一同は理解する。
幌筵は現在最北端に位置する対深海棲艦に対抗する為の拠点だ。
そこにはキス島と呼ばれる島を含めた海域が存在しており、何故か羅針盤と呼ばれる現象によって駆逐艦以外は自由に航行が出来ない。
それ故に、練度とチームワークの高い駆逐艦は、喉から手が出る程求められる存在であった。
上層部の思惑は分からなかったが、神風型5人にそれが出たという事は………。
「風雲さんはどうするつもりなのですか?」
「今は、私はこの中には含まれて無いわ。夕雲型だから。」
「だから正式に第五駆逐隊に入って、一緒に行くのですね。」
「………うん。」
風雲は目を覚ました時の事を思い出す。
あの時はまるで奪還(ドロップ)して帰って来た時のように、5人掛かりで涙を流しながら嬉しそうに抱き着かれたものだ。
そして、神風を先頭に皆に頭を下げられた。
(こんな迷惑を掛けてばかりの駆逐艦だけど………出来る事ならば、これからも嚮導として色々教えて欲しい!………お願いします!!)
その言葉が風雲の頭から離れなかった。
同時に彼女達をもっと鍛えないといけないと思った。
そして、風雲自身も………。
「陽炎が教えてくれたんだ。幌筵には軽巡の阿武隈さんや木曽さん。それに潜水艦のまるゆもいるって。きっと彼女達と関わる事でもっと強くなれるって。だから………。」
「貴女が決めたのならば私達は止めませんよ、風雲さん。」
「怒らない………の?」
「長月さんが過去に言っていましたよね。いつか私達が主力になった時、一緒にはいられないって。その時が一番早く来ただけですよ。」
「夕雲姉さん………。」
「秋雲としてはアシスタントが居なくなるのは厳しいけどねぇ………!ま、巻雲に頼めばいっか。」
「ええ!?それなら冬に直接会いに行ってよ!!………これが永遠の別れじゃないんだからさ。」
「理由はともかく巻雲姉の言う通りだな。長波サマ達ももっと強くなって会いに行くから、それまで訓練サボってるんじゃねぇぞ!」
「秋雲………巻雲姉さん………長波………。」
夕雲型の絆の強さに風雲は熱い物がこみあげてくる。
しかし、それを堪えると今度は静かに立ち上がり、これまで鍛えてくれた嚮導達を見て敬礼をした。
「長月、初風、深雪、雷………そして、電、今まで本当にありがとう!風雲はこれからも、貴女達の教えを胸に精進します!」
「秋雲では無いが、本当に不器用で真面目だな。北の海は大変だとは思うが、沈むんじゃないぞ。」
「私は別に嚮導として頼まれただけだから気にしなくていいわよ。………でもまあ、付いてきてくれた事、感謝するわ。」
「初風はホント、素直じゃねえな。………挫けるなよ、風雲。いつか深雪さまの前で風雲スペシャルを見せてくれ!」
「貴女は立派な嚮導になれるわ。私の妹がいつも自慢してたもの。最高の後輩だって………ね?」
「もう、雷ちゃんは一言余計なのです。でも、電を最高の先輩と言ってくれた風雲ちゃんは、何処に行っても応援します。」
「はい!私、本当に一人前になって、いつかみんなに逞しい姿を見せるよ!」
それぞれしっかりと答礼してくれる嚮導達に、風雲は感謝した。
ここから先は夕雲型としては一人旅だ。
でも、それは決して寂しい道では無い。
風雲は………第五駆逐隊の一員になれたのだから。