まだ病み上がりの風雲への提督なりの計らいか、幌筵へは船をチャーターして貰った。
勿論、有事の際は護衛をしたり艤装を付けて自力で航行したりする必要はあったが、少なくとも途中の大湊までは確実に比較的楽が出来る。
また、幌筵には何故か現地の知識を持っている第十四駆逐隊の霰も転籍する事になっていた為、いざという時はそこまでは風雲達を守ってくれると約束してくれていた。
(いたせりつくせりだな………。)
そう思った風雲は乗船口の前で、神風型の面々と一緒に並んでいた。
荷物と艤装はもう積み終えており、後は彼女達を待つのみとなっていた。
風雲達の前には沢山のお世話になった人達が並んでいる。
流石に皐月や潮、曙といった風雲が寝込んでいる間にまた転籍を命じられた艦娘達はいなかったが、それでも夕雲型の面々や嚮導艦等、かなり集っていた。
6人は1人1人、その人々と静かに抱き合う。
そして、提督とは握手を交わした。
「あの………今更ですけれど………。」
そう言ったのは、提督に握手をしようとして思わず引っ込めそうになった神風。
「私の事、司令官は平気なんですか?」
提督は黙ってその手を掴み、固く握手をして意志を示すと簡潔に言う。
「これでも一応「艦娘」を管轄しているからな。」
「司令官………。」
風雲はその隣で五月雨が微笑むのを見逃さなかった。
そこで初めて気づく。
もしかしたら五月雨は………。
「風雲、最後に代表して挨拶をしてくれ。」
「あ、はい。」
提督に促され、風雲は神風達を、横一列に並べて敬礼をする。
そこにいる皆が答礼をした。
「集まって下さりありがとうございます!これより、第五駆逐隊は幌筵へと赴きます!」
そこで風雲は夕雲と秋雲が前に出てくるのに気づく。
夕雲は何かを抱えていた。
「夕雲姉さん………?」
「開けてみて下さい。」
開いてみるとそれは色紙だった。
秋雲を含めた夕雲型全員の激励の言葉が書かれており、その中央には彼女お手製の集合絵が描かれていた。
満面の笑顔を浮かべる風雲を中心として………。
「秋雲………。」
「どう?秋雲の自信作!驚かせてやろうと密かにみんなで準備してたんだよ………って、うわっ!?」
自慢げに語っていた秋雲が驚く。
風雲の瞳から自然と涙が溢れていたからだ。
彼女はその色紙を胸に抱くと、ずっと我慢していた思いのたけを吐き出す。
笑顔で別れようと思ったのに、結局最後は泣いてしまった。
泣かずにはいられなかった。
「ごめんね………ありがとう………秋雲………!」
「ま、まあ気が向いたらいつか立派になって秋雲のベタ塗りまた手伝って頂戴よ!」
「後者はともかく前者は必ず守るよ………!」
「風雲さん………貴女のペースでいいんです。幌筵での活躍、楽しみにしてますね。」
「夕雲姉さんも………絶対に手紙送るから………絶対に!」
もう一度2人と固く抱き合うと、風雲は今度こそ神風型5人と一緒に船に乗り込む。
先に乗船していた霰の指示で、船のタラップが外されて汽笛と共に出港する。
夕雲型の面々はみんないつまでも手を振ってくれていた。
風雲もいつまでも………。
「ねえ、霰。幌筵ってどんな所?」
遠ざかっていく横須賀を見ながら風雲は霰に問う。
「寒い所………。」
「簡潔ね。」
「でも、住んでいる人達の心は………とても暖かい………。」
「そっか。」
北の僻地故に苦労する事もあるだろう。
今の状勢、どんな深海棲艦が待ち構えているかも分からない。
それでも………。
「みんな………付いてきてくれる?」
「もちろんです!」
真っ先に笑顔で答えたのは旗風。
「キミは僕達の嚮導だからね!」
独特の帽子を掴みながら、松風も笑う。
「風雲さんは………これからも風雲さんでいて下さいませ。」
いつもの日傘を持ちながら、春風も笑みを浮かべる。
「頼りにしてるわよ!ね、神風姉。」
朝風はニカニカとしながら神風を促す。
「ええ、貴女はこれからも………私達が見習うべき誇り高い駆逐艦娘よ!風雲!!」
最後を引き継いだ神風の満面の笑みで紡がれた言葉に風雲も笑う。
「じゃあ、これからも宜しくね!みんな!!」
嚮導艦風雲を含む勇猛な艦娘達は、横須賀を旅立つ。
新たな想いを胸に………もっと強くなる事を誓って。
――――――――――――――――――――
季節はまた移り替わる。
夏の暑い日差しはやがて終わりを告げて、秋の木枯らしが吹く。
夕雲型の面々は旅立った仲間達の面影を胸に、更に修練を積む。
それは彼女達にもう、新米の面影が無くなってきた頃の………ある秋の日の出来事であった。
幌筵泊地よりも南にあり………それでも秋でも極寒の気温で出迎えてくる北の大湊警備府から1隻の船が出港する。
それはF作業………秋の味覚である秋刀魚漁を行う船であった。
その甲板の上で5人の艦娘がライフジャケットを着て釣り竿を垂らしながら、のんびりと会話していた。
「ああ………岸波は幸せです。ぼの先輩との約束を果たせただけでなく、こんなにもF作業に愛を注ぐ艦娘達と話し合えるなんて………!」
貴重な同志達と共に秋刀魚釣りに勤しむ事が出来る事が余程嬉しいのか、思わず歓喜の声を上げるのは岸波。
それを見て、隣の曙は呆れたように言う。
「アンタ………そこまでF作業ガチ勢だとは思わなかったわ………。」
「ぼの先輩!他にもこんな艦娘はいるんですか!?」
「そ、そりゃ、駆逐艦や釣り専門以外で数えればもっといるわよ?前にあきつ丸を誘った時は、網を持参して使ってたし………。」
「流石です!流石ぼの先輩の友人です!」
「ちょっと!?アンタはアタシを何だと思ってるのよ!?」
岸波のいつも以上に熱意のある視線を受けて、思わず曙は抗議する。
とはいえ、耐寒対策を徹底しておりサビキ釣り用の竿を持ち込んでいる所を見ると、この中では一番ガチ装備であり、岸波が模範にするのも仕方ないと思えた。
一方でその隣で芦黄色の長いツインテールと駆逐艦娘の中では潮並の胸部装甲を持つ艦娘が、秋刀魚の代わりに何故かアジを釣りあげながら憮然とした表情で会話に加わる。
「曙さんは可愛い後輩が出来て羨ましいな~。村雨も、秋刀魚専門じゃなくてアジ釣りならば負けないんだけど………。」
「だったら練度を上げなさい、練度を。」
「村雨も練度結構上げてるよ~?ライフジャケットも新調したし。」
彼女は白露型3番艦の村雨だ。
呑気に呟いているが、曙よりも早く改二になれるようになった駆逐艦娘である。
普段は左腕に鎖付きの小型の錨を巻いており、武装がかなり攻撃的であった。
「大潮は皆さんの事、参考にさせて貰いますね~!沢山釣って、しれーかん達を驚かせましょ~!」
「そうね………ていうか、何か知らないけど、艦娘は秋刀魚好きが多いわよね。」
「ぼの先輩は好きじゃないんですか?」
「どちらかといえば、アタシは釣りとか作る専門よ。………意外と潮はよく食べてたわね。」
続いて会話に加わったのは小柄な薄群青色の髪をツーサイドアップで纏めている煙突帽子を被った艦娘。
朝潮型2番艦である大潮である。
この艦娘も改二の力を持っており、小柄な見た目に反して練度はかなり高い。
ここら辺は、1番艦を支える2番艦としての苦労を色々知っているからかもしれない。
「大潮………見習うのはいいけど、村雨や響はやめときなさいよ?」
「失礼だな。私の恰好も結構ガチの部類に入ると思ってるのだが。」
「アンタの恰好は寒冷地仕様のワカサギ釣りでしょ!?アイスドリルを持って来てどうするのよ!?深海棲艦が出てきたらぶっ刺すの!?」
「必要があるのならば。使える物は使うのが艦娘だよ。」
最後に冷静な言葉で会話に加わったのは腰まである銀髪が特徴である、大潮並に小柄な駆逐艦娘。
暁型2番艦の響だ。
一見幼く見えるが、この中では最初に改二に目覚めており、その練度は凄まじく高い。
尤も、彼女の場合少し特殊な改二になるのだが………。
「皆さん凄いですね………!海戦もF作業も改二としての力を持っているとは………!」
「ねえ、岸波さん。ぼの先輩はともかく、村雨達は普通にため口でいいよ?」
「そ、そう………ではお言葉に甘えて。」
「それに、岸波も「擬似改二」が使えるようになったじゃないですか!もう5分以上は姿を保てるんですよね?横須賀に来て半年でこの成果は大潮もビックリです!」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ。」
擬似改二とは、改二になれない練度の高い艦娘が一時的に改二並の力を発揮する時の呼称だ。
今まで不完全な改二という中途半端な呼称で呼んでばかりいた為、いい加減に統一しようと提督や艦娘の間で一致させる事になったのだ。
岸波を含め、夕雲型の艦娘達は秋までの訓練の成果が出て擬似改二に目覚めていた。
「………高望みはしないんだな。」
「え?」
「こう問われると、やっぱり本物の改二になりたいって言う娘も多い。擬似改二は吐血等のリスクが伴うから。」
「そうね………でも、純粋に強くなれるならば、今のままでもいいって私は思ってる。」
それは嚮導である長月や初風の姿を見て育ってきたからだろう。
無理に改二の姿を追い求めるよりは、今出来る事をして練度を上げていった方が生存確率は高く、また仲間を確実に守れると岸波は思っていた。
いや、それは岸波だけでは無い。
夕雲を始めとした艦娘達の経験を共有した夕雲型艦娘達全体の想いでもあった。
「無欲よね~。一緒に乗船している朝霜は改二に目覚めたのに。」
「勿論、朝ちゃんに先を越されて悔しく無いと言えば嘘になりますけれどね。」
朝霜は船内で曙達が釣った秋刀魚等を、法被を着て調理をしている。
こうして釣った船上で真っ先に食べる事が出来るのは、釣り適性のある艦娘の特権であった。
「ま、地道に努力していきなさい。アンタもいつか改二になれるかもしれないんだし。」
「はい!ぼの先輩を見習って精進します!!」
『いや、それはダメだと………。』
「アンタ達全員しばくわよ!?」
村雨、大潮、響の3人によるツッコミが入った事で曙が遂に怒り出して立ち上がる。
しかし、そこに警報が響いて来た。
『深海棲艦警報!?』
慌てて釣りを中断し、船内に入り艤装を装着する一同。
岸波が咄嗟に携帯していた電探を装備すると、前方にかすかだが敵影が見えた。
「おいおい、敵のお出ましか!?」
「朝ちゃん、船の秋刀魚漁は!?」
「網を下ろしていてすぐには引き上げられねぇぞ!?」
「じゃあ、逃げる選択肢は無理ね………。」
唯一制服に着替えて飛んできた朝霜に艤装を背負うように岸波は指示を出すと、曙達に敵の構成を伝える。
「どんなお客様が来たのかしら?姫クラス?鬼クラス?」
「フラッグシップ級の輸送艦ワ級2隻と戦艦タ級2隻、エリート級レ級2隻。」
「え?最後もう一度………。」
「エリート級レ級!………ぼの先輩にとって因縁の敵の強化版です!」
「マジ!?」
嘗て五月雨が相打ち覚悟で葬ったレ級のエリート級。
その存在が2隻もいるのだ。
「高速の航空戦艦と戦艦がいるという事は、輸送艦はオイルタンカーの役目を果たしているのかもしれない。」
「どうします?あの構成じゃレ級の攻撃機もアゲアゲで飛んできますよ?」
「タ級の偵察機による弾着観測射撃も怖いよね。結構厳しい戦いかも。」
「だからって、このまま船を沈められないわ!アタシ達の秋刀魚が全部パーよ!!」
「あ、曙………。あたい達、幾ら船団護衛をする為に乗ってるとはいえ何か目的が違ってない?」
「いえ、朝ちゃん。ぼの先輩の言う通りよ!楽しい秋刀魚漁を邪魔する敵は徹底的に叩かないといけないわ!!」
魚雷などを装着する中で、会話を最後に引き継いだ岸波が珍しく力拳を握りしめながら叫ぶ。
その瞳の中にメラメラと炎を燃やす岸波の様子を見て、曙はチラリと村雨と大潮と響を見て頷く。
「岸波。アンタ、旗艦やりなさい。」
「え………?」
「初風の元で経験は豊富なんでしょ?サポートしてあげるから、アタシ達を率いてみなさい。」
「ぼ、ぼの先輩達を!?」
「アンタの秋刀魚に対する熱意………活かしてみる気は無い?」
「……………。」
岸波は唖然とする。
朝霜を含め、改二になれる艦娘ばかりを自分が率いていいというのだ。
それはとても光栄な事であり、滅多にない機会である。
「相手は強敵。だからこそ燃えるのが駆逐艦………違う?」
「ぼの先輩………分かりました………全艦抜錨!この岸波に続け!!」
だからこそ成長する機会に繋がる。
そう思い旗艦を譲ってくれた曙の想いに感謝しながら岸波は戦闘モードになる。
こうしてF作業モードの艦娘達が海へと飛び込んでいった。