「………ん?この音は………?」
合同演習当日、夕雲は不思議な音と共に目覚める事になった。
何か愉快そうで熱く心に響く綺麗な音色………これは………。
「楽器………?」
意識が完全に覚醒した夕雲は巻雲を起こさないように気を配りながら、服を着替えて音の聞こえる方向………屋上へと向かっていった。
「おはよう、夕姉。いい夢は見れた?」
「すげえぜ、アレ。楽器を吹く艦娘なんて初めてだ。」
「岸波さん、朝霜さん………。貴女達も起きていたのですね。」
駆逐艦寮の屋上には既に岸波と朝霜が同じように登ってきており、朝日に照らされて鎮守府全体に向けて楽器を吹く艦娘を見ていた。
その艦娘は、昨日当直だった敷波。
そして、吹いている楽器は木管楽器の1つであるアルトサックスであった。
やがて、その音色が止み、演奏が終わる。
夕雲型の3人は思わず拍手をした。
既にその存在には気付いていたとは思うが、敷波は照れたように頭をかくと、夕雲達の所に歩いてくる。
「敷波さんは、毎日こうして朝に演奏をしているのですか?」
「いやー、毎日じゃないよ?特別な日………例えば合同演習とかそういう日かな。寝坊する艦娘がいないように司令官にお願いされてる。」
楽器ケースから道具を取り出して手入れを行いながら、彼女は説明する。
この楽器は倉庫で見つけた物だという事。
そして、ジャズの演奏の録画を見て、演奏してみたくなったという事。
提督から条件として、バンドメンバーを集めるように頼まれているという事。
「まだ募集中だよ。いつもは夜間練習や朝練があるから大変だけど、興味があるなら一声かけてよ。」
「ジャズですか………ってあら?」
夕雲が隣を見ると目をキラキラ輝かせている朝霜と何やら考え込んでいる岸波の姿。
どうやら、この二人はジャズにかなり興味があるらしい。
「ま、今すぐ決めなくていいよ。演習頑張ってね!後、駆逐艦娘達にはそこまで気を遣わなくていいから。アタシも呼び捨てでいいよ。」
「おう!ありがとな、敷波!」
「では、私も遠慮なくそうさせて貰うわね、宜しく敷波。」
親睦を深める妹艦達を見て、夕雲も心が温まる物を感じた。
――――――――――――――――――――
合同演習は鎮守府のすぐ近くの海域で行われる事になっていた。
夕雲型の演習に参加する面々は、昨日の内に届いた艤装をそれぞれが装着し、異常が無いか確認をする。
これはかなり大切な事で、いざという時に発射不良等に陥ったら致命的な隙が出来る為だ。
幸い、砲も魚雷も艤装も問題は無かった。
ここで、風雲から質問が出る。
「夕雲姉さん、私達の演習の順番は?」
「一番最初みたいですね。今回の演習では無線は使えないみたいです。………ですから、事前の手筈通りに早速抜錨しましょう。」
夕雲達が鎮守府から見て左側の海域に出ると、ギャラリーの艦娘達からおおっと歓声が上がる。
特に駆逐艦娘達はこういう催しは大好きである。
それを除いても、最新の夕雲型の艤装には興味のある面々が多かった。
「巻雲姉さん達は………何処だろう?」
「時雨さんと雪風さんが案内役を買ってくれました。ほら、あそこ。」
夕雲に言われた通りに早霜達が見ると、そこには夕雲型が時雨達に案内されて席に座っていた。
「迷子とかの心配は無いので、私達は集中しましょう。」
「そう言ってる内に来やがったぜ。陽炎さん達だ!」
鎮守府から見て右側の海域に陽炎を始めとした第十四駆逐隊の面々が抜錨してくる。
夕雲型と違って、個性豊かな………というかバラバラの艤装をしている彼女達は比較的リラックスした顔で雑談をしている。
陽炎はこちらを見ると手を振って叫ぶ。
「今日は宜しくねーーー!遠慮はいらないからガンガンやって頂戴ーーー!」
その姿に夕雲達6人は礼をすると、お互いの顔を見合って、再度作戦を思い描く。
狙いは陽炎只一人。
そのターゲットをもう一度確認するように、6人はストレッチをしている陽炎の姿を見る。
すると………。
『第十四駆逐隊、頑張れー!』
見れば向こう側のギャラリーの駆逐艦達から、「第十四駆逐隊」の旗が掲げられていた。
応援していたり、旗を振っていたりする艦娘達は、彼女達の仲間であるらしい。
確か、陽炎や霰と同じ駆逐隊に居た不知火や霞、皐月や長月と同じ駆逐隊に居た文月や水無月、そして、潮や曙と同じ駆逐隊に居た漣と朧である。
「陽炎………相手が誰であれ、油断せず。」
「不知火、アンタ硬すぎだって。霞も何か言ってよ!」
「バカだけはやらないでよ、バカだけは!」
「霰!霞がいじめてくる!」
「当然の事だと思う………。」
こちらは第十八駆逐隊の面々。
「皐月と長月もギッタンギッタンにやっちゃえ~!」
「水無月!文月が暴走しないように抑えておいてね!」
「ふにゃ!?あたし信用無い!?」
「そりゃ、ふみちゃんは怖い事言うから………。」
「何にせよ、全力は出すさ。心配はいらん。」
こちらは第二十二駆逐隊の面々。
「潮!ぼのぼの!頑張れー!」
「ちょっと!?朧、その「ぼのぼの」って呼び方どうにかならないの!?」
「………「お嬢様」の方が良かった?」
「あー、ぼのぼのでいいわよ。漣の「ご主人様」癖どうにかならないのかしら?」
「曙ちゃん………みんな曙ちゃんの事を心配しているだけだから。」
こちらは第七駆逐隊の面々。
いずれもリラックス………というかかなり肩の力を抜いている。
(やっぱり格下と思われているわね………。)
明らかに強敵と対峙した時の姿でないと悟った夕雲達は、だからこそ一泡吹かせてやろうと、白手袋をはめ直している陽炎を見る。
そうこうしている内に、提督が秘書艦の五月雨と共にやってきて、用意された椅子に座る。
「いつでも始めてくれ、那珂。」
「はーい!それじゃあ、開始合図は艦隊のアイドル那珂ちゃんが行うからねー!」
お団子ヘアである軽巡洋艦である那珂がピストルを持って中心のラインに立つ。
それぞれの駆逐隊は両端の旗が立っている停止線まで下がる事になる。
そこがスタート地点だった。
「じゃあ、横一列に並んでねー!」
那珂の言葉で夕雲型は右から夕雲、岸波、朝霜、早霜、長波、風雲という順番に並ぶ。
一方で十四駆逐隊は、夕雲達から見て、右から陽炎、曙、霰、潮、皐月、長月と並ぶ。
(駆逐艦の砲と魚雷は射程が短いわ。速力を活かしてまずは最短距離で接近しないと。)
夕雲はそう思いながら陽炎を見つめた。
全員の位置を確認した上で、那珂がピストルを構える。
――――――――――――――――――――
「ゆ、夕雲姉さん達、頑張れ!………ど、どうなるでしょうか、時雨さん!?」
「うーん、そうだね………。」
両手………というより余った袖をバタバタさせながら応援する巻雲の姿に、時雨は苦笑しながら夕雲達と陽炎達を見比べる。
その細かい様子までしっかり確認した上で彼女は言った。
「悪いけれど、今回は陽炎達の完全勝利かな。」
『え?』
その言葉に巻雲を含む観戦している夕雲型全員が振り向いた。
――――――――――――――――――――
パァンッ!!
那珂の構えたピストルが高らかになり演習が始まる。
すぐさま旗艦の夕雲は左に振り向き、指示を出す。
「全艦、単横陣!一斉に距離を詰めてT字有利に持ち込んで………!」
「夕姉ッ!?」
だが、その指示が終わる前に岸波の叫ぶような声を聞き、えっ?と思った夕雲は前を向く。
その額に………演習用の模擬弾が直撃し、一瞬だが意識が飛ぶ。
「わ、たし………?」
「指示は止まって………しかもよそ見して出す物じゃないわよ?駆逐艦の砲は射程が短いとは言うけれど、射角を変えれば遠くの動かない的には十分当てられるんだから。」
気が付けば夕雲は仰向けに倒れており、血を流していたその額に砲が………全力で前進してきた陽炎の砲身が突きつけられていた。
余りの電光石火の展開に唖然とする残りの夕雲型の5人。
「は………離れろ!」
慌てて岸波が陽炎に自身の砲を向けるが、その横っ腹に曙の飛び蹴りが刺さり、吹き飛ばされて海面を転がって、夕雲と同じように砲身を向けられ動きを封じられる。
「岸波………!?」
「各艦応戦しろ!各個撃破されるぞ!!」
それでも思いっきり残りの4人に指示を叫んだ岸波。
口の中に曙の砲身を突っ込まれるが、鋭い目で彼女を睨みつける。
曙はその燃えるような視線を受けて、満足そうな顔でニヤリと笑う。
「岸波だっけ?いい度胸してるわね、アンタ。夕雲と合わせてきっと将来、いい嚮導艦になれるわ。」
一方で、最初の作戦が潰された夕雲型の艦娘達は、右往左往していた。
「何でこっちの射程外から向こうは弾をガンガン飛ばしてこれるんだよ!?」
中距離で砲が届かないギリギリの射程で霰と対峙していた朝霜は、正確無比な彼女の射撃に悲鳴を上げながらとにかく応戦していた。
魚雷を使うという手段もあったが、外れた時の隙が大き過ぎる為、迂闊に使用できなかった。
しかし、そうこうしている内に焦りで狙いがどんどんずれていって、霰の接近を許してしまう。
「ああ、くそ!?何か手段は………!?」
「んちゃ。」
「あ………うわぁっ!?」
いつの間にか正面に霰が砲塔を構えて待機している………そう気付いた時にはもう遅く、朝霜は一撃で吹き飛ばされる。
「魚雷………使うしかない………。」
早霜は、中距離に潮がいる内に、リスクを負ってでも最初から魚雷を使う選択肢を選んでいた。
発射管から4発の魚雷が放たれるが、何と潮も同じように4発魚雷を発射し、全部相殺してしまう。
「きゃ………!?」
2人の中心で派手に水柱が上がり、海面がめくり上がって早霜の視界が塞がれる。
だが、その中から飛び上がるように潮が突進してきた。
「嘘………!?」
「ごめんな………さい!」
そのまま側頭部を砲塔で殴られ、潮に支えられる形で早霜は昏倒する。
「長波サマ舐めんなよ!突撃する!!」
長波は左手の砲から模擬弾を撃てるだけ撃ちながら、右手で爆雷を掴み、近距離で皐月に向けて投げつけてばら撒く。
「お、いい方法だね!」
流石に爆雷が当たるほど皐月は甘くは無いが、爆発で進路が限られる為、煙から出てきた時に砲身の狙いが付けやすくなる。
しかし、その煙の中から飛んできたのは同じ爆雷の雨。
「し、しまった!?その手があったか!?」
「迂闊に相手の視界を消すのは良くないかもね。こういうのは後出しじゃんけんの方が有利だし!」
爆発から逃げようとしてバランスを崩した長波は皐月の接近を許し、腹に一発殴られて倒れる。
「こんな事って………こんな事って!」
呆気無く料理をされてしまった5人の同胞達を横目で見ながら最後になった風雲は長月に対して闘志を燃やしていた。
このまま、完全敗北だなんて夕雲型のプライド以前に駆逐艦魂が許さない。
せめて一発だけでもいいから対峙する敵に撃ち込まなければ気が済まなかった。
「このままじゃ………終われない!!」
魚雷発射管を切り離し、爆雷も捨てて身軽になった風雲は、ジグザグに動きながら長月に迫る。
長月の砲が何度も風雲をかすめるが、それでも前に進み、インファイトの距離にまで持ち込む。
「当たれぇっ!!」
そのまま右手の甲を突き出し、長月の顔面に模擬弾を撃ち込む。
だが………長月は身をよじり、その至近距離の弾を涼しい顔で回避する。
「あ………。」
「見事な駆逐艦魂だ。称賛する。」
「何で………何でーーーッ!?」
「その悔しさも………いずれ糧となる。」
逆に至近距離で長月に砲身を突き付けられた風雲は、呆気ない幕切れに泣き出してしまう。
再び那珂のピストルが鳴り響き、演習終了の合図が響いた。
妹達の様子を、仰向けで浮かびながら、呆然と眺めていた夕雲は、陽炎に手を取られ、起こされる。
「……………。」
「旗艦である私を集中砲火して、隊を混乱させようとしたでしょ?」
「どうしてそれを………?」
「そりゃ、全員で何度も私を睨みつけていれば嫌でも分かるわよ。だから、私は陣形に拘らず、各艦の自由砲撃に切り替えて速攻で攻めたわけ。」
「今回の演習で無線は………使えませんよね?」
「そんなの手旗信号やアイコンタクトで幾らでも代用出来るわよ。………でもまあ、いい作戦だったわ。狙いも悪くなかったし。」
多分、褒めてくれているのだろう。
そう思ったが、夕雲を始め、6人の新米艦娘達は浮かばれなかった。
これが実力の差だ。
横須賀に来ての最初の演習は、相手の………第十四駆逐隊の完全勝利に終わった。