「ゆ、夕雲姉さん………。」
沖から上がった夕雲達に、巻雲が心配して声を掛けに来る。
しかし、演習に参加した6人は、誰も返事をする気力が無かった。
それも仕方がない、幾ら練度の違いがあるとはいえ、完敗だったのだから。
「まあ、気にしない方がいいよ。最初は誰だってこんな物だし。………それより、だからこそ、今から行われる「特別演習」は見ておいた方がいい。」
「特別………演習ですか?」
時雨の朗らかな笑顔に夕雲が何とか顔を上げて首を傾げる。
見れば、同じく岸に上がろうとしていた十四駆逐隊の面々を、雪風が止めていた。
そして、夕雲側の岸から、昨日出会った重巡洋艦………高雄と愛宕が抜錨していた。
「………あの、司令官。これは?」
突然の展開に疑問を覚えた陽炎が提督に聞く。
見れば、提督はいつの間にか椅子から立ち上がり、海の前までやってきていた。
「新人教育だけでは物足りないだろう。エース駆逐艦ならば、それ相応の力を示してやる必要がある。」
「えーっと………。」
「今この場で、高雄と愛宕と特別演習を行ってみろ。」
『ええっ!?』
これは流石に予想していなかったのか、陽炎を始め第十四駆逐隊の面々は驚く。
ギャラリーの艦娘達の娘達もざわつき始める。
それはそうだろう、6対2とはいえ、駆逐艦と重巡洋艦という違いがあるのだから。
しかも、恐らく夕雲型のように練度の低い2人では無い。
「し、司令官………高雄さんと愛宕さんとやるっていうのはその………重巡棲姫2隻を相手にするよりもキツイ気がするんだけれど………。」
「勝てば、褒美に俺が間宮の羊羹をお前ら全員に奢ってやる。」
『え?』
しかし、この予期せぬ提督の言葉に今度は陽炎を始め、第十四駆逐隊全員が声を上げる。
夕雲の頭には、間宮の羊羹は、誰もが欲しがる程の絶品の味だと記憶されている。
それがタダで貰えるという事は………。
「………ホント?」
「嘘をついて何になる?」
「ホントにホント?」
「俺は提督だ。」
「……………。」
「どうだ?第十四駆逐隊嚮導艦、陽炎。」
「………やります!………やるわよ、みんな!間宮の羊羹をこの手に掴むわよ!!」
食欲という本能の欲求を前に、陽炎を始め、おーっ!とガッツポーズを上げるエース6人。
その熱さに満足した提督は、幾つか特別演習に伴っての追加ルールを上げる。
停止線の間合いは、重巡洋艦の2人に会わせて先程よりも離す。
無線は今回も使えないが、事前に作戦会議をする事は許される。
そして………。
「改二の使用を認める。」
「OK!その条件で、演習を行うわ!!」
「改二………?」
「そう言えば夕雲達はまだ知らなかったね。」
時雨はそういうと、陽炎達をよく見るように言う。
すると、長月以外の陽炎達の姿がスパークしたかと思ったら、何とその艤装を始め、姿が変わった。
特に陽炎はその変化が激しく、艤装がメカニカルな箱型から、煙突と電探檣の付いた機関部型に変化している。
「な、なんだぁ!?」
長波が仰天して思わず声を上げたが、夕雲型全員が同じ感想だった。
いきなり陽炎達が変身してしまえば、普通は驚く。
そんな彼女達に時雨は苦笑しながら説明する。
「改二っていうのは一時的に戦闘力を向上させる艦娘の切り札の1つだよ。練度を高めた特定の艦娘達が使えるんだ。」
「特定って………。」
「その条件は分からない。ほら、長月だけ改二になってないだろう?彼女は練度を高めているけれど、まだ改二の姿になれないんだ。」
「……………。」
質問した風雲がその回答に、何かを考えるような顔をする。
そんな中で、陽炎達は輪になって話し合いを行い、色々と意見を出し合っていた。
しかし、やがて纏まったのか、陽炎が代表して手で合図を送ると少し離れた停止線に並ぶ。
同じように離れた停止線に高雄と愛宕も並ぶと、演習の準備が整う。
提督が椅子の上に座ると、那珂が同じようにピストルを構えた。
「それじゃあ、よーい!」
パァンッ!!
その途端、高雄と愛宕の連装砲の砲門が一斉に火を噴いた。
距離が離れているにも関わらず、その砲は空気を切り裂き、陽炎達の所まで届く。
だが、陽炎達は素早く左右に避けると複縦陣で突撃する。
愛宕側に前から陽炎、皐月、潮。
高雄側に前から長月、霰、曙だ。
「改二になれてない長月さんが先頭………?」
「何か考えてるみたいだね、ほら。」
先程から長月に何やら注目している風雲に対し、時雨が説明していく。
見れば、長月の艤装の背部から煙が出始める。
煙幕を張って敵から隠れようというのだ。
「そういうので………!」
だが、高雄は3つの連装砲を全て煙に向けると、一斉に6門の砲火を放つ。
それは、煙を切り裂き、その内の1発が先頭の長月に命中する。
『あ!?』
「成程ね………。」
夕雲型の面々が驚く中で、時雨だけが得心がいったような顔をする。
「どうして時雨さんは落ち着いてられんだよ!?」
「想定内なんだよ、この被弾は。」
「へ?」
思わず怒った朝霜は時雨の言葉に訳が分からない顔をして、もう一度長月達の方を見る。
すると、長月は何と顔と左胸を防御して庇いながら、一直線に高雄に迫ろうとしていた。
霰と曙は、その後ろに隠れるような体勢で、被弾を防いでいる。
つまり………。
「長月さんを盾にしてる!?」
「うん。ほら、長月は魚雷発射管も爆雷も放棄してるだろう?誘爆を防いで完全に後ろの2人の壁になる選択肢を選んでいるみたいだ。」
思わず立ち上がった風雲に対し、時雨はあくまで冷静に状況を解析して説明していく。
それを高雄も悟ったのか、後ろに下がりながら順々に連装砲を撃っていく。
長月はどんどん被弾していくが、速度は一向に落ちない。
よくよく見れば、後ろの霰と曙が2人掛かりで長月を押している。
「長月………大丈夫………?」
「損傷率46%………くっ、61%………!心配するな、睦月型の執念と私の運を信じろ、遠慮なく押せ!!」
「その覚悟気にいったわ!霰!機関最大よ!!」
止まらない長月を見て、流石に高雄は焦ったのか、愛宕を見る。
「愛宕、長月を………余裕なさそうね。」
「も~!陽炎ちゃん達、ねちっこ~い!」
愛宕の方は連装砲を順々に撃って狙おうとしていたが、ターゲットである陽炎達はジグザグに動きながら愛宕に迫っていた。
それだけならば対応できるのだが、皐月が小形の船………大発動艇を次々とばら撒いていた。
これは、地上攻撃用の船で、皐月の大発には更に小型の戦車が置かれている。
その戦車から砲弾が発射され、愛宕を狙っているのだ。
「どれから狙えばいいか分からないわよ!」
大発を連装砲で破壊しないといけない分、陽炎達に割ける連装砲は減り、隙が出来る。
そうこうしている内に、彼女達が距離を詰めてくるので結局愛宕も下がっていく。
『第十四駆逐隊頑張れ~~~!』
ギャラリー………とりわけ駆逐艦の面々の応援が大きくなる。
駆逐艦が重巡洋艦を引かせているのだ。
これ程面白い演習は無い。
夕雲達も、思わず息を呑んでしまっていた。
「連装砲が防がれるなら………!」
高雄は一旦連装砲の発射を停止し、6門の砲門を全部長月に向ける。
そして、多少の隙は覚悟の上で、一斉に全部の砲に次弾を装填したのを確認して発射する。
「霰、曙!後は任せた!!」
『了解………!!』
6門の砲を受け、長月は吹き飛ぶが、その横から霰と曙が飛び出し、速力を活かし距離を詰める。
「次弾装填は………!くっ!?」
高雄は更に下がりながら次弾の狙いを付けようとするが、その連装砲の1つが破壊される。
見れば霰も大発を発射しており、戦車の弾が炸裂したのだ。
「落とすのは3つ!?でも、連想砲は2つ!?」
高雄は後退を止めると、素早く転進する。
咄嗟に狙いを大発と霰に狙いを定め、発射する。
「曙………!」
「後はアタシに任せて休んでなさい!」
距離を詰めた分、大発は破壊して霰も吹き飛ばすが、その間に高雄と曙との距離が更に詰まる。
高雄は砲身を向けるが、曙は魚雷を捨てて身軽になり、更に接近を試みる。
次弾装填が先か、曙の肉薄が先か………。
「間に合って!!」
高雄の連装砲がギリギリで発射される。
しかし、曙は身を屈めて自身の艤装の浮力を切ると、何と水中に潜り連装砲を回避する。
「潜った!?」
「体張った2人に比べれば、水を被る事位、何て事無いわ。」
気付けば、高雄の真正面に全身ずぶ濡れになった曙が出現しており、独特のライフルのような砲門を突き付けていた。
それを見て、高雄はふう………と溜息を付き、両手を上げて一言。
「愛宕、ごめんなさい。私は戦闘不能よ。貴女は………こっちの方がマシみたいね。」
「あ~ん!みんなひど~い!」
愛宕の方はというと、結局大発を交えた陽炎達の動きを封じきれずに、魚雷の射程内まで接近を許してしまい一斉発射を浴びた上で、更に接近を許し砲で撃たれてボコボコにされたらしい。
ボロボロになって泣き出していた愛宕を哀れに思いながら、そんな彼女に(若干困惑した顔で)砲身を向けながら、所々服や艤装が焦げている陽炎達を見て高雄は言った。
「私達の負けよ。特別演習終了ね。」
那珂のピストルが鳴り響き、ギャラリーから歓声が沸いた。
特に駆逐艦娘達は、熟練の重巡洋艦2人を戦闘不能に追い込んだ事から、称賛の声が上がる。
勿論、夕雲達もその駆逐艦魂に恥じない戦いぶりに、熱い物を感じていた。
だが………。
「何よ!?これ!?」
突如非難の声が上がったのを見て、全員の目が集中する。
夕雲が驚き、声の主を見て更に目を見開く。
声を上げたのは風雲だったのだ。
「風………雲………?」
「あ………。」
思わずしまったと風雲も慌てて口を塞ぐが、注目されてしまった視線は元に戻らない。
「………続けて。」
その風雲に声を掛けたのは、陽炎だった。
彼女を始めとした第十四駆逐隊は改二の姿から元に戻ると、興味深そうに風雲を見つめる。
ここまで来たら、戻れないと思ったのか、風雲は意を決して立ち上がる。
「お、おかしく………ないですか!?」
「私達の戦い方が?」
「そうです!何で改二でない長月さんを盾にして接近を強行する手段を選んだんですか!?」
その言葉を聞き、夕雲はハッとする。
確かに長月は只1人改二では無い。
性能は第十四駆逐隊の面々では一番劣るだろう。
だから、盾役にして他の改二の面々を守る道を選んだ。
それが風雲にとっては許せなかったのだ。
「耐久力だって一番劣るのに………!只でさえ睦月型なのに………!」
「風雲………。」
「風雲だったか。悪いがその作戦を発案したのは私だ。陽炎では無い。彼女を責めないでくれ。」
意外にも答えたのは風雲の言葉を受け止めていた陽炎では無く、横で霰と皐月に支えられて並んでいた長月であった。
彼女は模擬弾とはいえ、艤装や制服にかなりの損害を受けていたが、しっかりと言葉は紡ぎ出していた。
「何でそんな作戦を自ら………。自分から捨て艦になっているじゃないですか………。」
「一番この演習で勝利を目指せる作戦を選んだ。それだけだ。」
「あ、霰さんが大発を使えるなら、陽炎さん達みたいにジグザグ戦法で………。」
「生憎、他の5人程速力に優れているわけでは無いんだ。それでも足手纏いになる道だけは選びたくなかった。」
「………………。」
淡々と言葉を発する長月に、風雲は俯き何も言えなくなる。
その様子を見て、彼女はそこで笑みを見せて言う。
「ありがとう、風雲。」
「………え?」
「お前は私を心配してくれたんだな。そういう仲間意識が強い艦娘は有難い存在だ。先程の演習での最後の意地といい、将来いい嚮導になれるだろう。」
「私は………。」
「だが、だからこそ1つだけ訂正してくれないか?」
顔を上げた風雲は見た。
ボロボロになりながらも、霰と皐月に断り、二の足で水面に立ち上がった長月の姿を。
彼女は力強く踏みしめ言う。
「睦月型は世界一の艦だ。」
『!?』
その寸分の迷いもない言葉に風雲はおろか、夕雲達全員が驚かされる。
睦月型は初期の頃に作られた艦娘だ。
性能面で見れば、夕雲型とは比較できない位劣っている。
しかし、それでも………。
「少なくとも私や皐月はそう思っている。その証拠に………私は高雄さんの砲撃から仲間を守りきった!」
その力強い言葉にギャラリーの駆逐艦娘………特に睦月型からは歓声が上がる。
圧倒されるような言霊に、風雲は押し倒されそうになった。
これが………。
「これが………睦月型………!?」
その視線は、いつまでもこちらに対して優しい笑みを浮かべている長月に向けられていた。