翌日、4つの艦隊はそれぞれの覚悟を胸に抜錨する。
戦艦水鬼と共にいる駆逐古姫2隻のレーダーに察知されるのを防ぐ為に、母港から二手に分かれて航行していく。
正面からぶつかって北側におびき寄せるのは、風雲率いる第五駆逐隊と沖波率いる大湊防衛隊だ。
彼女達は単縦陣2つで航行していた。
「あの、すみません………私が旗艦でいいんですか?」
「アンタを漢にしてあげるわ!」
「私、女なんですが………。」
「ま、それは冗談として………ちゃんとした理由はあるのよ。」
大湊防衛隊の旗艦を務める事になった沖波に対し、曙は説明をする。
今回、長時間に及ぶ戦いになる為、最初から時間制限のある改二には頼れない。
その為、本当に大事な時に全員が改二や擬似改二になって歩調を合わせる必要があった。
この中で改二時間が一番短いのは、沖波と風雲率いる第五駆逐隊の面々。
10分ちょっとの時間を本当に大事にする為に、その指示を沖波に任せる判断にしたのだ。
「逆に言えば改二無しでヲ級改の攻撃機や戦艦水鬼や駆逐古姫の砲撃や雷撃に耐えないといけないんですよね。」
「できれば駆逐古姫も撃沈しておきたいのが村雨達の希望かな?」
「改二にならず撃沈………ですか。嚮導から習った事を最大限に活用するしか無いですね。」
「………少し変わったね、沖波。」
「はい?」
隣を走る風雲がクスリと笑いながら沖波を見る。
意味が分からず首を傾げる沖波。
「前までならば、「ごめんなさい、無理です」って言っていた所なのに。」
「え?ま、まあ………曙さんと同じ部屋で過ごしていると何か………。」
「それどういう事よ?まあいいわ………方法があるんでしょうね、そんな海防艦みたいに爆雷を身体にグルグル巻きにしていて。」
曙の言う通り、沖波は爆雷を身体中に巻いていた。
彼女はその意図と考えている事を隊内無線で皆に伝える。
「意外とエグイ事を考えるな。曙、何を教えた?」
「沖波まで脳筋になったら大潮、ツッコミが持ちません。」
「アンタ達は本当に………でも、確かに言っている事は的を射ているわね。」
その説明に納得する大湊防衛隊の面々。
只、霰が少し考えて意見を具申する。
「でも………その為にはヲ級の攻撃機が邪魔………。」
「はい。ですので、風雲姉さん達の第五駆逐隊には、その迎撃を集中的に行って欲しいのですが………。」
「OK、その手で行きましょう。幸い、いざとなればこっちには春風特性の日傘があるからね。」
一方で風雲達の第五駆逐隊は全員が春雨の日傘を装備していた。
防弾性能のあるそれは、ある程度の砲撃などを防いでくれるので駆逐古姫の砲撃位ならば何とかしてくれる。
更には閉じる事で鋭利な投げ槍や馬上槍のような使い方も出来るので、片手で扱う近接武器としてはかなり便利な物であった。
「わたくしの傘が役に立って嬉しいです。どうですか、持ってみた感触としては?」
「旗風です。流石春姉さんの傘だけあって持ち心地抜群です!」
「松風だよ。ちょっと変わったセンスかな?」
「朝風よ。松風………変な帽子被ってるくせによく言うわね。」
「神風。駆逐艦流の使える物は使えの精神ならば、最高の傘ね。」
「というわけだから、こっちは大丈夫。先行して敵攻撃機を対処するわ!」
12人の意見が一致した所で彼女達は白い霧の向こう側へと足を踏み入れていった。
――――――――――――――――――――
武蔵率いる決戦艦隊と早霜率いる不死鳥艦隊は単縦陣2つで北側から回り込んでいた。
途中、深海棲艦の群れに1回出くわしたが、軽く掃除をしておく。
幸い練度の低い艦隊だったので、早霜達だけでも梅雨払いを行う事ができた。
「あらかじめ指定された砲撃ポイントまで到達したら待機だ。艤装が凍りつかないように各艦注意をしろ。清霜と睦月と菊月は偵察を任せる。」
「了解です!睦月ちゃん、菊月ちゃん!ソナーや電探はしっかり担当するから迎撃お願いね!」
「にゃは!睦月にお任せにゃ!」
「任せろ。刀の錆にしてくれる。」
決戦艦隊に所属する駆逐艦娘達はやる気満々であった。
特に清霜は敵に察知される危険性があるから長距離通信は行わない物の、ソナーや電探が凍らないように細心の注意を払いながら航行していた。
一方で瑞鶴はくしゃみをしていた。
「うう………寒。ここまで寒い海を経験する事はあんまり無いかも………。加賀さんも寒くないですか?」
「五航戦と一緒にしないで。………カイロは常備してるわ。1ついる?」
「一言余計です。後、カイロ下さい。………あー、ありがとうございます、温まります!」
「工廠で貰った物よ。横須賀に戻ったら聞いてみるといいわ。」
加賀から貰ったカイロで温まった瑞鶴は弓の弦に着いた氷を払いながら艦載機の発艦に備える。
戦艦水鬼達を射程内に捉えられれば後は武蔵の砲撃と合わせて殲滅するだけだった。
単純だが相手に悟られてはいけない作戦。
とはいえ………。
「相手も馬鹿ではない。何か策を持っているかもしれないから清霜の役目は重いぞ。」
「分かっています!それに、早霜姉さんや秋霜姉さん達もいるから、心強いですよ!」
「ありがとう、清霜さん………。そう言って貰えると有り難いわ。」
「うちらだって出来る所、見せてやりますよ!」
話題を振られた早霜と秋霜は笑みを見せて清霜に応える。
しかし、水無月、薄雲、狭霧、峯雲の4人はやはり硬くなっていた。
梅雨払いは行ったとはいえ、冬の海戦に対する恐怖心等はあるはずだ。
「大丈夫………みんなで帰るから………ね。」
「早霜………水無月達は………ううん、そうだね。」
「私達の力が少しでも艦隊の役に立つのならば………!」
「そうそう!凱旋目指してがんばろ!!」
「秋霜ちゃんの笑顔は心が癒されますね。」
「しっかり基礎を活かせば私達でも何とかできますし、頑張りましょう!」
ここに来る前よりも数段モチベーションが上がった不死鳥艦隊の様子を見て、武蔵も笑みを見せる。
この誇り高い駆逐艦達の心を無駄にしてはいけない。
だからこそ、何としても作戦を完遂させなければならないだろう。
彼女は旗艦として………何よりキーパーソンとして守る事を誓った。
――――――――――――――――――――
第五駆逐隊と大湊防衛隊の12人は、白い霧の中から黒い巨人の影を見つける。
それはみるみる内に大きくなり、戦艦水鬼の形を成す。
同時にその両翼から駆逐古姫の姿が2隻現れ、ヲ級改が3隻攻撃機を発艦していく。
「第五駆逐隊、輪形陣!迎撃行動開始!」
「大湊防衛隊、単縦陣!事前の作戦通りでお願いします!」
風雲と沖波の声が掛かる中、ヲ級改の攻撃機が多数迫る。
風雲達は連装砲や単装砲、対空気銃をとにかく撃ちまくり、自分達と沖波達に爆撃を落とそうとする攻撃機を防いでいく。
その一方で沖波は面舵と取舵を繰り返して戦艦水鬼達の砲撃を躱しながら、身体中に巻いた爆雷を数個取り出すと駆逐古姫の1機へと迫る。
(魚雷は浮いている腕には当たらない………だから、よーく狙って………。)
そのタイミングで駆逐古姫が先制で魚雷を撃ってきたので、ギリギリのタイミングで横に逸れて回避。
そして、爆雷をその武装やレーダーが集中した巨大な口になっている左腕に投げつける。
爆雷は寸分たがわず腕の砲門や魚雷発射管などを破壊する。
「グァァァァッ!?」
「再生はしない………なら!」
そのまま左腕の横を通過するついでに左ふくらはぎの魚雷発射管をその巨大な口の中に放り込む。
「曙さん、お願いします!」
「任せなさい!」
そのまま沖波は後ろの曙に叫ぶと、曙は沖波が口の中に放り込んだ魚雷発射管に向けて連装砲を叩きこみ起爆。
派手な爆発と共にレーダーごと左腕が吹き飛ぶ。
「ゥガァァアアアッ!?」
「大潮、トドメ!」
「了解です!」
そのまま痛みに悶える駆逐古姫に飛びつくように大潮が押し倒すと喉元に連装砲を連射して沈めていく。
あっという間に1隻仲間が倒された事でもう1隻の駆逐古姫が驚きの表情を見せる。
「少し風雲姉さん達を楽にします。」
そのまま戦艦水鬼の近くをカーブするついでにヲ級改に対し爆雷を次々と投げつけていって怯ませた沖波は、そのままもう1隻の駆逐古姫にも爆雷を複数投げつける。
しかし、今度は自分の左腕が狙いだと分かっていた為に、駆逐古姫は後ろに下がって回避する。
「流石に2回も同じ手は通じませんね………。村雨さん!」
「村雨にお任せ!」
そのまま通過しようとする沖波に魚雷発射管と砲門を向けようとした駆逐古姫に、隊列を入れ替えて前から2番目になった村雨が、鎖付きの錨を投げつけて拘束させる。
「ナ、何ダト!?」
「霰さんの魚雷は浮いている腕にも突っ込めるよね?」
「はい………大丈夫です。」
そのまま3番手の霰が左手に持った魚雷発射管を大きな口の中に突っ込み一斉発射する。
離れた途端、大爆発が起きもう1隻の駆逐古姫のレーダーを含めた左腕も破壊される。
「チィッ!?」
「ヴェールヌイ………宜しくね。」
「大丈夫だ。」
4番手になったヴェールヌイは巨大な錨を取り出すと回転しながら振り回して、隙だらけの駆逐古姫の心臓を抉るように錨のツメをぶつける。
駆逐古姫は吹き飛びながらあっという間に沈んでいった。
「これ、全部今まで私達がやった戦術や夕雲達が見聞きした戦術の応用だっていうから笑えないわよね………。」
「曙さん、ここからが大変ですから無駄口は控えて下さい。」
「アンタも言うようになったわね。………ま、成長の証としてガマンしてあげるわ。」
曙がニヤリと笑うと戦艦水鬼が巨大な腕を動かしながら歩き始める。
駆逐古姫のレーダーによる援護が無くなった事でより確実に命中させられる距離を掴もうとしているのだろう。
艦載機を飛ばして弾着観測射撃を試みようともしていた。
風雲が皆を代表して言う。
「さあ、ここからが大変よ。ヲ級改の攻撃機を撃ち落としつつ不利な振りをしながら戦艦水鬼を北側まで連れて行かないといけないんだからね。」
「下手に改二を使うと怪しまれますからね………限界まで取っておきませんと………。大潮さん、遠距離通信お願いします。」
「任せて下さい!しばらく対空迎撃お願いします!」
「じゃあ、後はしぶとさを見せる時ね!朝風、春風、松風、旗風!力を貸して!」
『了解!』
誘導する2つの艦隊の仕事は、第二段階に入った。
――――――――――――――――――――
「そうか………駆逐古姫を撃沈したか。スムーズに行く所は流石だな。」
指定の砲撃ポイントへと到着した武蔵達は、念入りに武装を確認していた。
特に武蔵は砲門が凍り付いたら意味が無いので睦月や菊月にも手伝って貰いながら艤装が凍りつくのを防ぐ。
「清霜、今の所はどうだ?」
「電探、ソナー共に異常なしです!逆に静かすぎて怖いですね………。」
「そうだな、その警戒感を常に保つ事が大切だ。早霜、前方から何か見えるか?」
「まだです………。改二無しで攻撃を凌ぎながら誘導を行っているから、蓄積ダメージや燃料の残りが心配になりますね。」
「だからこそ、私達がしくじると全滅する。それだけ重い役目だ。」
武蔵はそう言うと一度艤装の氷落としを中断し、精神統一を行う。
その様子を振り返って見ながら清霜が問いかける。
「武蔵さんも………怖いと思う事はあるんですか?」
「ああ。特に今の様な状況だとな。全員の命が私の肩に乗っているんだ。緊張しない方がおかしい。」
「そう………ですか。」
それでも信じて戦ってくれている駆逐艦達を沈めるわけにはいかない。
だからこそ、武蔵は気丈に振る舞っているのかもしれないと思った。
「先輩として振る舞う心意気は狭霧が良く知っているだろう?」
「わ、私ですか………!?」
急に話を振られた事で、狭霧はビックリしたように武蔵を見る。
武蔵は頷くと彼女を讃えるように優しく言う。
「曙が言っていた。未帰還に………沈む最後の瞬間まで、お前達は駆逐艦娘として強かったと。」
「私は………天霧さん達がいたからですよ。」
少し寂しそうな笑みを浮かべる狭霧。
彼女は潮や曙と一緒に船団護衛に赴いた際に、彼女達を残して天霧達と轟沈した。
それは彼女にとっては苦い記憶だ。
しかし、どんなに絶望的な戦いでも屈しなかったのは尊敬に値すると、武蔵は思っているのだろう。
「だから………今度は艦娘として生きたまま見せてくれ。水無月も薄雲も峯雲も。本当に頼りにしているんだ。だから………な。」
「武蔵さん………。」
驚く不死鳥艦隊の面々と見比べていた清霜は気づいてしまった。
僅かだが、武蔵が震えているのを。
(武蔵さんも………恐怖に震えるんだな………。)
考えてみれば当たり前だと思った。
自分だったらみんなの命が掛かっている場面だとどうなるか分からないのだから。
艦娘達は、来るべき決戦に備えて身構えていた。