清霜の発言に周りは固まっていた。
舞鶴ではアホの子と言われていた彼女である故に、その言葉は夢想から生まれた物だと思ったからだ。
だから武蔵は言う。
「清霜………ふざけるな。私は言ったはずだ。お前が………。」
「今はふざける場面じゃないです!………分かっています。私がそんな事をしたら、身体がバラバラになると。でも、睦月ちゃんと姉さん達を全員助ける方法はもうそれしかないです!」
「……………。」
真剣な瞳で自分よりも遥かな火力を持つ武蔵に対し、正面から意見をする清霜。
その姿を見た武蔵はしかし、被りを振る。
「ダメだ。お前が壊れたら戦艦の夢どころではない。ここはやはり私が………。」
バチン!!
『!?』
突如響いた衝撃に駆逐艦娘達や瑞鶴、更には加賀まで驚く。
あろう事か、清霜が武蔵の頬を殴ったのだ。
彼女はその叩いた手を隠す事もせずにハッキリ言う。
「現実を見ていないのは誰ですか!?その身体で確実に姉さん達を巻き込まずに戦艦水鬼を狙い撃てるのですか!?そう思っているのならば、私は貴女を軽蔑します!!」
「お前………。」
駆逐艦が戦艦に手を上げるなんて、普段は絶対あってはならない事だ。
だが、清霜はよりによって憧れである武蔵を殴り恫喝したのだ。
それがどれだけ失礼な行為であり、そしてそれ以上の覚悟があるのかは誰もが分かった。
「………私は清霜に賛成する。」
「菊月?」
その覚悟を受け、最初に賛同したのは菊月だった。
彼女は血を流す睦月に膝を貸しながら冷静に呟いていた。
「清霜の言っている事に嘘は無い。練度の高い私が艤装を背負うという選択肢も考えたが………覚悟が数段違う。武蔵さんの艤装を背負うならば、清霜が相応しい。」
「だ、だが………。」
「武蔵さん、艤装を外します。加賀さん、反対側を持って下さい。」
「分かりました。」
「瑞鶴!?加賀!?」
武蔵の巨大な艤装を2人で協力して外す正規空母の姿に武蔵は更に驚く。
2人は武蔵の艤装をチェックすると無事だと清霜に言う。
そして………。
「武蔵さん、私なら今は清霜の方に賭けます。役立たずになったのは辛いけど、少しでも支えになりたいから!」
「私も同じ意見ですね。正直に言いますが、これではどちらが駄々をこねているか分かりません。」
一方早霜達は前方を見ていた。
ヲ級改がこちらに余裕を向けられるようになったのか、攻撃機が多数飛んできていたからだ。
「きよきよが正確に撃つにはアレ、邪魔だねー。」
「ええ………。撃破しておきましょう。」
「秋霜、早霜………お前達も妹が壊れるかもしれない選択肢を選ぶのか!?」
「だって、誰かが沈むの見たくないですしー。みんなで生きられる道が一番に決まってるじゃないですか!」
「私も清霜さんの覚悟に応えます………。みんなが幸せになる唯一の道ですから。不死鳥艦隊の皆さんもいいですか?」
「水無月。久々に武者震いがしたよ!清霜を全力で援護する!」
「薄雲も清霜さんの想いと覚悟に感動しています。だから………!」
「狭霧です。清霜ちゃんは、あの時の天霧さん達並の想いがあります。」
「峯雲も清霜さんの助けになりたいです。今の彼女になら、全てを預けてもいい………!そうですよね?」
最後に応えた峯雲が遠距離通信を行うとどんどん声が聞こえてくる。
「こちら風雲!清霜には終わったらお腹いっぱい奢ってあげるからって伝えといて!」
「神風です!私もみんなと一緒に作戦継続をするわ!清霜さん、一発ぶっ放して!」
「朝風よ!いい考えじゃない!春風も遠距離通信機が壊れているけど賛成だって!」
「松風だ!キミ、最高にカッコイイよ!こうなったら僕らも心燃やさないとね!」
「旗風です。これ位の傷、擬似改二を使えばまだまだいけます!清霜さん、頑張って!」
「沖波です!大湊防衛隊のみんなも笑顔です!私も思わず笑顔になりますよ!」
「曙よ!薄雲、狭霧先輩!お願い、清霜を助けてあげて!アタシ達も本気になるから!」
「村雨だよ!あは♪清霜さんにみんなの命預けちゃうけど、受け取ってね!」
「大潮です!こうなったらみんなで帰りましょう!改二を発動します!」
「響だ。清霜が戦艦水鬼を射程に捉えられているのならば、ヲ級改の足止めに力を注ぐ。」
「霰………。今の清霜………凄く逞しく見えるから………期待してる………!」
最後の霰の通信が終わると共に、巨人の傍で複数の青白い光が一斉に見える。
12人の艦娘達が全員改二や擬似改二を発動させたのだ。
仲間を逃がす為でなく、清霜に全てを賭ける為に。
「……………。」
「武蔵さん。」
「清霜、本当に………いいのだな?」
「はい。私に艤装を貸して下さい。」
「……………。」
もう一度清霜は武蔵の目を見る。
武蔵は少しだけ目を伏せると自分の手袋を外しだした。
「武蔵さん?」
「餞別………というには小さすぎる物だが、この手袋を付けるといい。耐熱性だ。」
「ありがとうございます!」
そのぶかぶかの手袋を、しかししっかりと付けた清霜は武蔵と場所を入れ替わり、手でハンドルを握る。
そして足を広げて立つと、加賀と瑞鶴を見る。
「行くわよ………!」
合図を受け取った2人は、清霜に武蔵の艤装を装着させる。
その瞬間………。
ビキィッ!!
「!?」
「清霜!?」
思わず両膝を付き四つん這いになった清霜を見て、武蔵が近寄る。
清霜は嗚咽と共に口から大量の血反吐を吐き出す。
艦種の違う艤装を装備しただけで、文字通り内臓がやられたのだ。
「ダメだ!1回外して………!」
「大………丈夫………です!」
清霜は右手で武蔵を制すると身体をスパークさせて擬似改二を発動させる。
強化された能力で無理やり身体に力を入れ、片足を地面に付けると加賀と瑞鶴に支えられながら、何とか立ち上がる。
しかし、頭の割れるような強烈な頭痛と意識の混濁に襲われ、清霜はふらつく。
睦月を寝かせた菊月が血反吐を被る事すら構わず前から押さえに入るが、清霜は上手く艤装の砲門を動かせない。
(狙い………は………。)
ぼんやりと黒い巨人が見える。
だが、これでは狙いが絞れるわけが無い。
副砲を合わせて一度に十数門の砲門の狙いを付けないといけないのだ。
例え、1発まぐれで掠っただけでも意味は無い。
(こん………な………作業………駆逐………艦………じゃ………やらな………かった………なぁ………。)
武蔵が指示を出し、菊月に清霜の脚を押さえさせて立ち位置を固定させる。
その上で砲門の角度をどうすればいいか言ってくるが、ぼんやりとした頭には何も入ってこない。
砲門がぐらつき、身体が倒れそうになる。
(武蔵………さんは………こんな………大きな物………を………操って………。)
艦種の違う艤装を装着した反動は全身に広がり、身体中から血が噴き出し始め、もう持たない………と清霜は思った。
所詮ちっぽけな駆逐艦が戦艦になるなんて無謀な話だったのだろうか?
誰もが言う通り、夢物語でしか無かったのだろうか?
自分は………戦艦にはなれないのだろうか?
(私は………戦艦なんかに………。)
だが、そこで目を落とした清霜は見る。
倒れて寝転んで血を流していた睦月が、こちらを見て優しく笑いかけていたのを。
瀕死なのに、自分を信じてくれているという事実を。
(違う………!)
そこで清霜は自分の頭に描いていた夢想をかなぐり捨てる。
自分は戦艦になる為に今この艤装を背負っているわけでは無い。
この肩に背負っているのは何だ?
武蔵、加賀、瑞鶴、睦月、菊月、早霜、秋霜、水無月、薄雲、狭霧、峯雲、風雲、神風、朝風、春風、松風、旗風、沖波、曙、村雨、大潮、ヴェールヌイ、霰………みんなの想いと命では無いか。
(それ………を………無下にするのは………艦娘………として………駆逐艦娘として………許せない!!)
「う、うあああああああああああああ!!」
清霜は天を見上げ咆哮した。
そして、唇を噛みしめると前をしっかり見つめる。
前線の部隊が清霜の為に照明弾を使ってくれているのか、戦艦水鬼の影がさっきよりハッキリと見えるようになっていた。
清霜は主砲と副砲を順番に、1門1門狙いを合わせていく。
射角の修正を叫ぶ武蔵の声が聞こえてきた。
必死に鼓舞する加賀や瑞鶴、菊月の声も。
「私は………戦艦に………なれなくてもいい………!」
知らぬ内に清霜は叫んでいた。
「この一撃が………成功するのなら………そんな夢………ここで全部………叶わなくなってもいい………!」
その気合が清霜の全神経を集中させ、全ての砲門が敵戦艦へと向いていく。
「みんなで………生きて帰られるのならば………私は………!なぜなら………!」
砲身がブレているのを見て最後に武蔵が踏ん張り、腹から血を流しているのにも関わらず、加賀と瑞鶴の間に立って艤装を抑え込む。
岩礁の上に立っている清霜はハンドルをしっかりと握り、静かに目を閉じる。
その様子に気づいた峯雲が、遠距離通信で前線部隊に射線を開けるように伝える。
全ての準備が整って………清霜は目を見開いた。
「撃て!清霜!!」
「私は………私は………!大駆逐艦清霜!だからよーーーっ!!」
その咆哮と共に、全ての砲門が一斉に火を噴く。
一瞬、海域から全ての音が消失した。
そして、輝かしい光と大量の煙と共に………。
………ドゴォオオオオオオオオオンッ!!
凄まじい地鳴りのような轟音。
放たれた十数発の砲弾は同じく轟音を立てながら射線上のヲ級改の攻撃機を衝撃波で吹き飛ばし、そして驚いた様子の戦艦水鬼の頑丈な巨人の腕を、顔を、更に本体の鬼女の身体を易々と貫いていった。
「ギャァァァアアアアアアアアアアッ!?」
予想していなかった砲撃に、意表を突かれた戦艦水鬼は悲鳴と共に黒い血を撒き散らしながら沈んでいく。
その凄惨な姿を見たヲ級改達は恐怖に駆られ、残った攻撃機を捨てて一目散に逃げていく。
敵空母を今は誰も追いかけていく余裕は無かった。
「勝った………のでしょうか?」
「勝ったのよ!やったわ、清霜!敵大将撃沈よ!!」
沖波が茫然と呟き、風雲が喜ぶ中、しかし清霜からの返事は無い。
彼女は全身から血を吹き出した状態で武蔵の艤装を背負っていたが、やがて静かに前に倒れ込んでいく。
「清霜!?ぐ………!?」
菊月が支えようとするが、艤装が重すぎて一緒に倒れ込んでしまう。
慌てて加賀と瑞鶴がその艤装を外した。
武蔵は気を失っている清霜の身体を菊月の上からどけて仰向けにすると、脈を確認する。
弱々しかったがまだ生きていた………が、その顔からは血の気が引いていた。
「清霜!清霜!………マズイ!このままでは………!早霜!!」
「速く曳航しましょう………!加賀さんと瑞鶴さんもお願いします。」
「分かったわ。」
「急いで幌筵に戻らないと!峯雲、高速修復材(バケツ)頼んで!」
「はい!」
加賀と瑞鶴が武蔵を、菊月と早霜が睦月を、秋霜と峯雲が清霜を支えながら幌筵を目指していく。
風雲や沖波の艦隊は燃料が少なくなっていた為、速力は出せなかったがゆっくりと後を付いていく事は出来た。
こうして海戦はひとまずは勝利の形で終わり、24人全員で帰還する事を達成する。
1人の駆逐艦娘の意地と気合と想いと駆逐艦魂が決め手となって………。