「今宵は我が横須賀鎮守府が主催するパーティに出席して貰い、誠にありがとうございます。ささやかではありますが、皆様が楽しめるような食事等を用意しましたので、心行くまでお過ごしください。」
正面の段上で横須賀の提督が挨拶をすると、周りから拍手が鳴り響く。
部屋の隅でその挨拶を聞いていた敷波達と共に挨拶を聞いていた岸波は、同じく拍手をしながら体裁を保つのも大変だなと思う。
少なくとも今までの横須賀での対応を見る限り、この提督は眼前で上品に振る舞う上層部の面々を好ましく思っていない。
勿論その理由は幾つもあるし、岸波達も納得できる部分はあるのだが、それでも感情をコントロールできるのは素直に尊敬できた。
やがて、挨拶を終えた提督がこちらに戻ってくる。
「さて………俺は漣を連れて挨拶回りだ。すまんがしばらく宜しく頼む。後………悪いが、今だけは第二十六駆逐隊の旗艦は岸波か野分という事にして貰えないか?」
「なんだよー、提督アタシ信頼してない?」
「その喋り方の時点でアウトだ。上に対しては堂々とした敬語が必須だからな。宜しく頼む。」
「分かりました。野分、サポートお願いね。」
「ええ。」
本来の旗艦である敷波がブーブー文句を言っていたが、提督の言葉は理解しているようで、ふうとため息をつくと岸波と野分に宜しくと目配せする。
一時的に旗艦代理になった岸波は、とりあえずプログラムを確認し、演奏の準備を行おうと皆に指示を出し楽器の手入れを行い始めた。
「それにしても………オーケストラだっけ?凄く豪勢な曲が流れてるよな。」
「ああ、それは俺も思った。流石プロだな。」
「きっと、私達よりも凄く頑張って練習してるんだろうなぁ………。」
粛々と準備をする朝霜達が目の先に映っていたのは、部屋の隅で演奏を披露する楽団の姿であった。
彼等の演奏レベルは当然と言えば当然だが凄まじく高く、艦娘として出撃の合間に練習している岸波達よりは遥かに音質が違っている。
「いずれは私達もああなりたい物ね。」
「ほう………私の楽団に興味があるのかね?」
「どなたでしょうか?」
彼女達に掛かって来た男性の声は提督の物ではない。
見れば、ニコニコと笑みを浮かべながら大柄な男性がこちらに近づいてきていた。
岸波は1人前に出ると応対を始める。
「何、あの楽団の所有者だと思って貰えばいい。彼等をあそこまで鍛えるのは苦労したが、感想はどうだ?」
「演奏をしている者の端くれとして、とても素晴らしい方々だと思いました。可能ならば、私達もいずれはあの練度にまで達したい物ですね。」
楽団の「所有者」か………と話しながら岸波は自身の中で警鐘を鳴らす。
この目の前の男は、人を物と扱う危険人物だと頭の中で理解をした。
故に、岸波は更に1歩前に出て後ろの5人を守るようにする。
幸か不幸かどうやら岸波1人に好奇の目を持っているらしく、男はそのまま彼女に語り始めた。
「ならば後ろの娘共々、私の元に来ないか?」
「………と、いいますと?」
「私は君達の提督よりも上の権限を持つ存在だ。故に、艦娘としての苦労もそれなりには知っているつもりだ。君達は駆逐艦という艦種なのだろう?」
「はい。小さな身体ではありますが、敵陣に乗り込んだり、小回りを活かして偵察を行ったりして大型艦のサポートをします。」
「故に轟沈しやすいと聞く。私はそんな生活を送る君達が嘆かわしいと思っている。」
男は如何にも大仰に悲しい事のように唸りながら静かに言う。
岸波は至って冷静に接する。
下手な対応をしたら横須賀の仲間の身が危ないのだ。
故に、心を動かす事無く次の言葉を待った。
「もしも君達が望むのならば、私が君達の提督に頼んでこちらに引き取ろう。戦いの日々からは別れを告げ、私の元で一人前の楽団を目指す。それも素晴らしい道では無いか?」
その瞬間、岸波は心の中で溜息を付いた。
この男は取り繕ってはいるが、要は艦娘の楽団という希少な存在を自分のコレクションにしたいのだ。
更に言えば駆逐艦という存在をこの男は自分の価値観だけで嘆かわしい物だと勝手に決めている。
小さな身体に備えられた駆逐艦魂は、大型艦も褒めてくれるほどの誇りある物なのだ。
だから、岸波はハッキリと告げた。
「お誘いは嬉しいですがお断りします。私達は人々の為に戦う事に誇りを持っていますし、駆逐艦という艦種にも満足しています。恐らく貴方の期待には応えられないでしょう。」
「………ふん、所詮は演奏の真似事をしていても艦娘は脳筋か。」
その瞬間………男の顔が変わった。
慈愛に満ちた顔から虫を蔑むような顔に代わり、提督が散々言っていた上層部としての側面を出す。
(本性を現した………って所ね。)
岸波は身長差から見下す男の視線を、しかし冷静に受け止める。
男は一転して憮然とした表情を出すと岸波に言ってのける。
「私が折角譲歩してやったというのに………それを踏みにじるとは。その気になれば、貴様らのような豆粒等、激戦区に送る事も出来るんだぞ?」
「お言葉ですが………深海棲艦から勝利を掴み取り、平和を願う艦娘にしてみれば激戦区で戦う事に異を唱える者はいません。それに、私達は真似事レベルであっても楽団です。その激戦区で苦しむ人々や艦娘を鼓舞する演奏が出来れば満足です。」
「少しばかり顔が整っているからって調子に乗って無いか?………私は知ってるぞ?その服、夕雲型だな?」
岸波の制服を見て上層部の男は鼻を鳴らす。
本当は朝霜も同じ服を着ていたのだが、頭に血が上っているのかそちらには目が行っていない。
「夕雲型をご存じですか?」
「化け物に付き従う、人類の敵よ。」
「その化け物とは………奪還(ドロップ)で戻って来た艦娘の事ですね?」
それに対し、あくまで冷静に………冷静に岸波は対応をする。
この男は自分を怒らせたいのだろうと思った。
「もしかして貴方なのですか?北方や南方に奪還(ドロップ)で戻って来た艦娘の転籍命令を出しているのは?」
「その1人だと言ったらどうする?」
「別段何とも………。只、先程の言葉に対して言わせて貰えば、私は海の底から戻って来た艦娘達と共に歩もうとする姉や妹を誇りに思っています。これまでもこれからも。」
「ハハハ………!貴様も人類の敵か!?その発言は深海棲艦に味方するようなものだぞ!?」
敢えて周りに聞こえるように叫ぶ事で男は、周囲の人々をざわつかせる。
好奇や軽蔑の目が岸波に集中するが、彼女は心を落ち着かせ耐えた。
とはいえ、実は困っていたのも事実だ。
この状況をどう乗り切るべきか浮かばなかったからである。
だがそこに………。
「私の所属の艦娘達に何をしているのでしょうか?」
「ふん!横須賀の青二才が!化け物を秘書艦に据えているだけあって、この娘も言う事が達者なものだ!」
横須賀の提督が漣と共に現れる。
磯波も一緒にいる所を見ると、どうやら岸波が対応している内に彼女が呼びに行ってくれたらしい。
(助かった………わね。)
ホッと息を吐く岸波であったが、すぐにそれが間違いだと気付かされる。
提督は眉を吊り上げると拳を握り締め、上層部の男に向かってゆっくりと歩き始めたのだ。
「な、何だ!?」
「誰が化け物だって………?」
「わ、私を誰だと………!?」
「訂正しろ………。」
「お、おい!?」
「彼女は………彼女は………!」
そのまま殴り掛かりそうになった所で岸波は止めようとしたが、その前に提督が後ろに倒れる。
漣がすかさず足を後ろから払ったのだ。
「ご、ごめんなさい!ご主人様ったら、お酒の飲み過ぎで酔っ払っちゃったみたい!失礼しましたー!」
それだけを言うと目で合図をする。
野分、嵐、朝霜、敷波がすかさず提督を4人掛かりで抱えると一斉に出口に向かいパーティ会場を飛び出す。
岸波と磯波は呆気に取られる上層部の男に頭を下げると追っていった。
――――――――――――――――――――
「ご主人様~?岸波が耐えに耐えていたのに、何一発でブチ切れてるの?」
「すまん………。本当にすまん………。」
通路で座らせられた提督は腰に手を当て説教をする漣の言葉に意気消沈していた。
その漣の後ろには岸波を始め6人の艦娘達が集まっており、何とも言えない表情をしていた。
「な、なあ………岸波………大丈夫か?」
「ええ、心配してくれてありがとうね、朝ちゃん。」
朝霜からタオルを貰った岸波はそれで顔を拭くと息を吐く。
確かにあの好奇や軽蔑の目を向けられた時、ドス黒い物をたっぷりと感じさせられた。
アレが上層部から見た艦娘という存在の縮図なのだろう。
とはいえ、今気になる事は………。
「提督。悪いと思っているのならば、1つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「提督が怒ったのは秘書艦………五月雨に対してですよね。まさかと思いますけれど、彼女の事………。」
「……………。」
提督は静かに懐から何かを取り出す。
それは四角いケースであり、開くと指輪が出てきた。
「ま、まさか………五月雨にケッコンカッコカリする気なのか!?」
「いや、何度も指輪を送ろうとして断られている。」
「え?」
嵐の言葉に被りを振る提督。
意外にも、そこで言葉を発したのはそれまで後ろで傍観していた磯波であった。
「提督は………昔から五月雨ちゃんといい関係だったんだよ。」
「マジっすか!?」
「でも………五月雨ちゃん、1回轟沈しちゃってね………。その時、自分の本当の気持ちに気づいた提督はしばらくお酒に入り浸っていたの。」
「沈んで初めて自分の本心に気づいたって事なのね………。」
磯波や敷波はかなりの古参だ。
故に、五月雨が轟沈してしまった時の事や奪還(ドロップ)で戻って来た時の事もある程度は知っているのだろう。
磯波の話はさらに続く。
「五月雨ちゃんが戻って来た時、提督はもう後悔しない為に彼女に指輪を送ろうとしたの。でも………五月雨ちゃんは、自分は人殺しだって言って受け取らなかったんだ。」
「そんな調子で2人の間では定期的にずっと同じ問答が続いてるんだよね。………多分、五月雨は最期の瞬間まで、指輪を受け取らないんだと思う。」
引き継いだ敷波の言葉を聞いて、岸波達は更に何とも言えない気分になる。
自身の過去を戒めとした時もそうだったが、五月雨は罪の意識に縛られ、自身の幸せを封印してしまっている。
それはとても悲しい事だと思えた。
「そんなにお前達が落ち込むな。………単純に俺が嫌いな可能性の方が高いんだからな。」
提督が自嘲気味に言ってのけたが、それならばそもそも秘書艦をこんなに長く続けようとしないだろう。
五月雨も本当は轟沈と奪還(ドロップ)、それに深海棲艦としての記憶が無ければ幸せになりたいのだ。
「何とか出来ない物なのかな………。」
「朝霜、お前は優しいな。だが………これは他人がとやかく言う問題ではない。」
「分かってるよ。でもさ………何かあたい達も悲しくて………。」
「悪いが気持ちを切り替えてくれ。あの空間には居たくないとは思うが、そろそろ戻って演奏の準備をして貰えると………っ!?」
その次の瞬間であった。
船が激しく揺れる。
岸波達8人が急いで戻るとパーティ会場ではざわついていた。
敷波がすかさず無線を取り出して外の霞達に問う。
「霞!何があったのさ!?」
「敵襲よ!客船の周りにエリート級ヌ級改の夜偵艦載機が飛んできてる!」
突然の深海棲艦の襲撃に、パーティ会場は悲鳴と恐怖に包まれた。