燃える駆逐艦魂を抱えて   作:擬態人形P

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第66話 早波~交錯する想い~

「マズハ、早波!浜波!仲間ニシテアゲル!!」

 

深海玉棲姫の歓喜にも似た叫びと共に、シルクの布の先に付いた主砲と魚雷発射管がそれぞれ早波と浜波を狙う。

 

「どきなさい!」

「きゃ!?」

「ああもう、動いて!」

「わ、わ………!?」

 

だが、放たれた砲弾を早波を体当たりで突き飛ばした雷が肩の装甲版で弾き、浜波の前に出た漣が放たれた魚雷を主砲で次々と撃ち落としていく。

しかし、主砲の威力は雷の装甲版を破壊して、魚雷の欠片は漣のフリルのエプロンを切り裂く。

 

「な、何て威力なのよ!?」

「あーもう、お気に入りだぞ、こら!」

 

雷と漣は思わず早波と浜波を見るが、彼女達は2人を見ていなかった。

只、何かに憑かれたように深海玉棲姫を見つめている。

 

「ちょっと、いつまでぼーっとしてるの!?沈みたいの!?」

「だって………だって、玉波お姉ちゃんは故郷に帰ったはずなのに!?」

「で、でも!?アレはたーちゃんで………間違いない!?間違える、はずない!?」

「オイ待て!どういう事なの!?」

「皆さん、撤退を始めて下さい!第二十六駆逐隊のみんなが!?」

 

萩風の忠告で敷波達が、護衛の空母棲姫やレ級、ネ級改と交戦を始めているのに雷達は気づく。

しかし、その暴力的な力の前には駆逐艦だけでは太刀打ちできず、逃げ回って何とか回避に専念するのが精一杯だ。

上空には攻撃機も飛び回っており、朝霜が必死に対空迎撃で対応している。

 

「とにかく逃げるわよ!言う事を聞きなさい!!」

「で、でも………!玉波お姉ちゃんが………!」

「貴女達は仲間を沈めたいの!?」

 

早波が抗議するが、雷が凄まじい剣幕でその言葉を封じる。

ここら辺、強引ではあったが正に雷が落ちたような威圧感に、敵艦に魅了されていた早波と浜波は僅かながらハッとさせられる。

だが………。

 

「雷さん!藤波さんが!?」

「!?」

 

藤波は何と呆然としながら無防備に深海玉棲姫に近づいていた。

彼女はうわ言のように呟いていく。

 

「玉ちん………だよね?何で………?何で玉ちんが深海棲艦なんかに………?」

「ウフフ………コチラ側ニ来タラ、分カルワ!」

 

その瞬間シルクの布が飛び交い藤波に襲い掛かる。

雷は咄嗟に藤波の前に出て庇った。

シルクの布は彼女の右腕に絡みつき、がんじがらめに縛ってしまう。

 

「くっ………!?」

「か、雷!?」

 

慌てて藤波が主砲でシルクの布を切ろうと連射するが、再生能力を備えた布は、千切れない。

それどころか、どんどん腕に絡みついて、雷を引っ張り込もうとしていく。

 

「この………!」

 

雷は左手で背中の錨を取り出して斬ろうとするが、その錨もシルクの布に包まれて手から抜けてしまう。

必死に後退しようとしたが、雷はその怪力の前に前に引きずられていく。

彼女は咄嗟に自分の砲門の位置を確認したが、暁型は右肩に付いており手首を狙う事ができない作りだ。

このままでは………。

 

「か、雷………!?ダメだ、玉ちん!この人は………!」

「………腕を撃って、藤波。」

「え?」

「私の腕を撃ちなさい!」

「そ、そんな事したら!?」

「私の腕を吹っ飛ばしなさい!旗艦命令よ!藤波!!」

「う、うあああああああ!!」

 

その嘗てない嚮導としての迫力を前に、藤波は半ば錯乱したように雷の右腕に連装砲を連射する。

既に根本近くまで絡みついていた布は、藤波の砲撃により、雷の細い腕ごと千切れて海の藻屑になる。

当然、雷の右肩からはおびただしい血が流れ、その凄惨な姿が藤波、更には早波と浜波を正気に戻す。

 

「か、雷………ゴメン!大丈夫!?」

「っ………!漣!萩風!逃げるわよ!敷波達が危ない!!」

 

雷は藤波の言葉に応える事はせず、彼女を残った左腕で強引に引っ張ると戦域からの離脱を図る。

同じように漣が浜波を、萩風が早波を無理やり引っ張っていく。

 

「逃ガスカ!」

「玉波お姉ちゃん!?お姉ちゃんが!?」

「今は逃げる事に専念して下さい!妹艦の岸波さんや朝霜さんも危ないんですよ!!」

「………っ!」

 

思わず声を荒げた萩風の言葉に何も言えなくなった早波は、ここでようやく方向転換をし、逃げる選択肢を取る。

浜波や藤波もそれに従った。

 

「こちら、敷波!魚雷を撃ち尽くした!逃げるよ!各艦状態は!?」

「磯波だよ。攻撃機の爆撃の破片を身体に受けたけど、航行には問題ないよ!」

「朝霜だ!ゴメン、磯波!落としきれなくて………!くそっ!!」

「岸波よ………!ネ級改の尻尾で殴られて左腕が折れたみたい………。」

「大丈夫!?野分よ!右肩の高角砲のアームがレ級に食べられたわ!」

「嵐だ!爆雷使い切っちまった!魚雷も後2本!煙幕使うぞ!!」

「とにかく一目散に逃げる!追いかけられても逃げる!全員耐えて!!陽炎達との約束を守って!!」

 

敷波の必死な声と共に第二十六駆逐隊の面々が一目散に後退していく。

空母棲艦とレ級2隻とネ級改2隻の執拗な追撃が迫る中、声が響き渡る。

 

「逃ガサナイ!ミンナ、ミンナ!逃ガサナイ!!私ヲ忘レタ夕雲型ノミンナハ!!」

 

深海玉棲姫の怨嗟の声。

それは、戦闘海域全体に木霊していた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「……………。」

 

遠距離無線でその様子を聞いていた陽炎は真っ青であった。

声だけでは敷波達や雷達がどうなったか分からない。

だが………間違いなく危機的状況を迎えていたのは確かであった。

そして、何より問題なのは………。

 

「涼波………。」

「玉だった………。」

「深海玉棲姫よ。アレは………。」

「玉だよ………。間違いなく玉の声だった。玉が………みんなを呪ってた。」

 

最悪のパターンに遭遇し、知らぬうちに椅子に座り込んでいる涼波の姿を見て、陽炎は何て言えばいいか分からなくなる。

彼女は震える手で顔を覆うと、涙を流し出す。

冬から分かっていたとはいえ、実際にその怨嗟の声を聞くとショックでしか無かった。

 

「どうしよう………本当に玉は艦娘の………人類の敵になってる………。みんなを傷つけて………苦しめてる………。」

「しっかりして………これは現実よ。逃げても覆せない………。」

「あたし………どうすればいいんだよ………!」

 

陽炎は自身も辛い状況ではあったが、今は涼波を優しく抱きしめてその不安を少しでも和らげてあげる。

頭の中がグチャグチャになってしまった涼波は、彼女に抱き着くとわんわんと泣いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

その頃、病院では五月雨が静かに提督の看病をしていた。

彼は手術を受けた後、身体の至る所を包帯で巻かれてベッドに横たわっており痛々しい姿だ。

五月雨は何も出来ない自分の無力さを呪っていた。

 

「………ここは?」

「提督!?目が覚めましたか!?私が分かりますか!?五月雨です!」

 

思わず大声を出してしまった五月雨はハッと口に手を当てて、声を小さくする。

他の部屋にも患者がいるし、今の提督に大声は毒だと思ったからだ。

 

「ごめんなさい………。」

「ずっと看病してくれていたのか?」

「はい………。」

「そうか。優しいな、お前は………。」

 

その言葉に五月雨はズキリと胸が痛む。

 

「優しく………無いです。」

「五月雨………?」

「優しい艦娘は人殺しなんかになりません………。優しい艦娘は提督を守れなかった未熟さを照月のせいにして八つ当たりなんかしません………!優しい艦娘は………怒りで我を忘れて暴力を振るいません!」

 

また大声が出てしまったが、五月雨は我慢が出来なかった。

照月は必死に横須賀を守ろうとしたのに、提督を守れなかったと知ると思いっきり殴り掛かってしまった。

電達が止めてくれなければ、自分はどれだけ醜い事をしてしまっていたのだろうか。

そう思うと身震いがする。

 

「私は………優しくも強くも無い………!だから………だから、貴方の指輪なんか………!」

「指輪か………。」

 

提督はベッドの傍を見て、焼け焦げた箱が置いてあるのを見る。

それは指輪が入っている箱で、彼が常に持ち運んでいる物だった。

彼は震える手でその箱を開けると中身を見る。

指輪は煤だらけになっており、所々熱によって変形して奇妙なオブジェのようになっていた。

 

「何故だろうな………こんな姿になったのに………妙に親近感が沸く。」

「え………?」

「提督だろうが………上層部だろうが………艦娘だろうが………心の底に闇を持っていない存在はいない。綺麗で真っ白な存在なんて………それこそ夢物語でしかない。」

「提督………。」

「傲慢さ、劣等感、焦り、怒り………様々な負の感情が人という存在の中を渦巻いている。だが、それこそが人間のあるべき姿であり………同時に人の持つ輝かしい側面を引き立てている。」

「人の輝かしい側面………長所ですか?」

「ここだけの話だ………。だからこそ俺は、絶望的な戦いや理不尽な命令を何度も経験しても………全ての人間を守るこの提督業を誇りに思っている。」

「……………。」

 

他の艦娘の間では恥ずかしくて言えないがな………と付け加えて少しだけ提督は笑った。

そして、彼は震える手でその指輪を取った。

 

「そして、その人間の中には俺も含んでいるらしい………。俺は弱くて………醜くて………脆くて………だが、しぶとくて………綺麗で………強くて………何より強く惹かれてしまったからお前を愛している。この本心を自覚するまでに………お前を1回沈めてしまったとんでもない愚か者だがな………。」

「私は………。」

「お前は俺に別の幸せを求めている………だが、不器用でもある俺は………多分、お前と添い遂げる事しか………自分の愛を表現できないだろう………。」

「……………。」

「素直に答えてくれ………。五月雨、俺の事が嫌いか?」

 

五月雨は提督の言葉に、思わず目から大粒の涙をこぼす。

そんなの、とっくの昔に決まっていた。

でも、深海棲艦としての自分の罪が、自分の感情を………幸せを封じていた。

けれど、もう我慢が出来ない。

だから………心の底からの想いをぶちまけた。

 

「愛しています………提督。私は貴方の事………ずっとずっと………!でも………!」

「だったら………俺達の居場所を………守ってくれ………!横須賀の………鎮守府を!」

「横須賀………を?」

 

五月雨の脳裏に自分の感情の後押しをしてくれた陽炎の姿が思い浮かぶ。

暴走する自分を止めてくれた電の姿が思い浮かぶ。

こんな自分に理不尽に殴られても、最後まで提督を守れなかった事を謝ってくれた照月の姿が思い浮かぶ。

他にも大切な様々な人達がいる横須賀の鎮守府が………。

 

「陽炎の事だ………絶対に無茶をして提督代理なんてやろうとして身体を壊しているだろう?少しでもサポートをしてやってくれ………。お前は初期艦なんだから………!」

「でも、提督を置いていったら………。」

「だったらこれを俺だと思ってくれ………。」

 

提督は震える手で変形した指輪を五月雨に伸ばす。

五月雨は意を決すると自分の左の薬指を差し出した。

指輪は何とか彼女の指に収まった。

 

「頼んだぞ………俺の愛する………五月雨。」

「………はい。」

 

静かに頷く五月雨の言葉を聞いて安心したのか、提督は目を閉じて眠り出す。

五月雨は静かに自分の左の薬指にはめられた愛の証を見る。

煤だらけで変形している姿はまるで、自分の罪を表しているようだった。

だが………その全てが自分の軌跡なのだ。

罪から目を背けない覚悟はしていたが、提督の覚悟からは目を背けていた。

それを受け入れる事は、決して弱さではないはずだ。

 

「行ってきます。………私の愛する………提督!」

 

そう言うと、五月雨は丁度訪れた看護師の方に提督をお願いすると、病院を飛び出していった。

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