しばらく時間が経った後、涼波は玉波と共に立ち上がろうとする。
だが、艤装が限界を迎えていた為、結局2人ではバランスが保てずおぼつかない。
だから、夕雲と球磨が彼女達を更に両脇から抱え込んだ。
「あの………陽炎さんでしたっけ。」
「何?玉波。何か気になる事でもある?」
「戻ったはいいけど、私………どうすればいいんでしょうか?私は人類の敵です………このまま帰っても………多分極刑ですよね?」
玉波の言葉に涼波だけでなく、他の連合艦隊の皆も反応する。
上層部の奪還(ドロップ)で戻って来た艦娘に対する扱いは辛辣だ。
不当に激戦区へと送り込み、再び沈んで貰いたい位には邪魔者ではあった。
増してや玉波は横須賀を襲い、守りの要である提督に傷を負わせた。
極刑に処されてもおかしくは無いだろう。
「玉………。」
涼波としても、それは阻止したい想いだ。
だが、彼女の権限では防ぐ事なんて出来はしなかった。
この中で一番玉波の未来を左右できる存在がいるとしたら、それは提督代理の陽炎だ。
だが………。
「ゴメン、玉………。陽炎も実は相当疲れてるんだ。ここ数日、色々あり過ぎたから………。」
「そう………そうよね………。」
「こらこら、涼波。何を勝手に決め込んでるの?陽炎を舐めてるワケ?」
「無理は良く無いですよ、陽炎さん。提督が戻って来ても対処が難しい問題ですから。」
「夕雲まで………もう………。僅かな可能性だったとはいえ、奪還(ドロップ)した時の事を考えてなかったと思ってたの?」
「え………?」
「いいから陽炎に後は任せて、しばらくは艦娘に戻れた事を心の底から噛みしめなさい。」
そう言うと陽炎は前を見る。
痩せ我慢だとは誰もが気付いていた。
それでも陽炎は玉波達の為に全力を尽くす覚悟ではあるらしい。
連合艦隊の皆にしてみれば、それは有難い事であった。
「それより、ちょっとこの声聞いてみない?」
「声………ですか?」
陽炎はニヤリと笑って無線を取り出すとまた振り向き涼波と玉波の耳に当てる。
すると、泣きそうな声が幾つも聞こえてきた。
「す、涼ちん!生きてる!?」
「あ、うん………生きてるよ。藤?だよね。」
「陽炎から聞いたけど、玉ちんを取り戻したってホント!?」
「藤波さん………?私を待っていてくれたんですか?」
玉波が思わず会話に参加した事で、無線の向こうで喝采が響き渡る。
多分、後方支援に回っている照月の無線を皆が借りているのだろう。
次の瞬間、次々と涙ぐんだ声が聞こえてきた。
「良かった………涼波お姉ちゃんも玉波お姉ちゃんも戻って来たよ………!」
「早波さん………貴女は………。」
「た、たーちゃん!浜波が分かる?か、艦娘として………ちょっとは強くなったよ!」
「浜波さんまで………!みんな………!」
「待ってるから!13人で戻ってきてね!藤波達、みんな待ってるから!!」
素直に喜びの言葉を爆発させる妹艦達に、玉波は涙が止まらない。
こんな敵として襲い掛かった自分の事を、彼女達は仲間として受け入れてくれていた。
「ありがとう……みんな、ありがとう………。」
「まずは戻ったら盛大にパーティを開きましょ?そして、皆の帰還を喜ぶの。お祭り好きな駆逐艦ならではの………ね。」
陽炎はそう語るとウインクをする。
そして、再びその為の相談を無線で始める。
勿論、艤装を直す工廠(こうしょう)や、船渠(ドック)入りと高速修復材(バケツ)の注文も忘れてはいない。
てきぱきと提督代理として準備をしていた。
そして、そうしている内に連合艦隊は横須賀の桟橋に戻ってくる。
姿が確認できたのか、藤波、早波、浜波を始めとした面々が大きく手を振っていた。
その手に陽炎を始め、伊勢、日向、高雄、愛宕、龍鳳、那珂、球磨、電、五月雨、夕雲、涼波、そして玉波が応える。
横須賀を守った英雄達の帰還に、歓喜の輪が広がった。
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パーティは鳳翔や、龍鳳から戻った大鯨が中心となって準備をしてくれた。
流石にケーキとか派手な物は用意できなかったが、それでも鳳翔のサービスでお店の物を幾つか提供して貰った。
更に、そのパーティはアイドルの姿に戻った那珂のライブや、敷波率いる第二十六駆逐隊の演奏等が盛り上げてくれていた。
五月雨は陽炎にとある事を頼まれた事もあって、入院中の提督に報告に向かっている。
また、陽炎は漣等にも協力して貰い、とある署名の書類を艦娘達に書いて貰った。
涼波と玉波は、迷惑を掛けた艦娘達に1人1人謝って回っていた。
勿論、全ての艦娘が即座に受け入れてくれるとは限らなかったが、丁寧に謝る姿に一定の理解をしてくれたし、ベテランの娘に至っては玉波の手を労わるように取ってくれていた。
「うんうん、みんな盛り上がるのはいい事ね。」
「陽炎さんは、参加しなくていいんですか?」
「私はちょっとまだやる事あるからね。後、ゴメンね、付き合わせて。」
「いえ、気にしないで下さい。」
一方で陽炎は夕雲と電を伴い、秘書艦室へと戻ってきていた。
彼女は椅子に腰かけると、即座に電話を掛ける。
まずは呉鎮守府から。
「大淀さんいますか?」
「はい。こちらは敵戦力を片付けました。漣さんから聞いていますが、横須賀も上手くいったみたいですね。」
「ありがとうございます。それで今回の事に付いてちょっと協力して欲しい事があるのですが………。」
「既に手配を始めていますよ。………こちらも署名しか出来ませんが、出来る事はやりますから。」
「そう言って貰えると助かります。じゃ、またお願いしますね。」
そう陽炎は言うと、大湊の涼風にも同じ電話を掛ける。
彼女達の方も深海棲艦を殲滅したらしく、無事であると伝えられた。
そして、「署名」に協力して貰うように頼みこむ。
程なくして涼風の方もOKを出してくれた。
「これで、とりあえずは大丈夫ね………と。」
陽炎は立ち上がろうとしたが、そこでふらつく。
咄嗟に電に支えられるが、バランスを崩しそうになり嘆息を付く。
「まだまだ私には重い役職ね………提督代理って。」
「陽炎ちゃん………少し休んだらどうですか?」
「こういうのはスピードが命なの。もたもたしてたら先手を打たれるわ。小回りを利かせるのは駆逐艦としての練度だけじゃないのよ。」
「………身体、気を付けて下さいね。」
陽炎は自分の頬を叩いて気合を入れ直すと、2人にも書類を渡し署名をお願いする。
そして後日、その書類を見た上層部の面々が殴り込んでくる事になる。
――――――――――――――――――――
「どういう事だ………この署名は!?」
「ご覧の通り、今回の襲撃に当たり横須賀、及び呉、及び大湊から速達で取り寄せた物です。艦娘だけでなく提督や秘書艦の物もしっかり揃えております。」
真っ赤に頬を紅潮させた上層部の面々の姿に、陽炎は物怖じせず答えていた。
涼波は疲れもあった為に秘書艦代理からは今は外しており、代わりに五月雨と電に任せている。
その3人は真顔で上層部が運んできた山のような書類を見ていた。
「艦娘玉波の横須賀鎮守府入りの転籍の推薦状だと!?あの深海棲艦を貴様等は傍に置いておくというのか!?」
「仮に上層部皆様お得意の激戦区送りを採用するにしても、練度が無い状態では戦力にならないでしょう。それともさっさと処刑して深海棲艦共に彼女をお返ししますか?」
陽炎は、3つの鎮守府と警備府の面々に頼み込み、先に推薦状を書いて貰っていたのだ。
勿論、それはその気になれば紙切れ程度の効果しか持たない。
だが、全ての艦娘と提督達が署名した事が重要なのだ。
「ああ、それとも生意気な署名をした私達を激戦区送りにしますか?その場合、横須賀からは艦娘が居なくなって、上層部の皆様は丸裸になりますが?」
「こ、この小娘が!ちょっとばかり名の知れた、ならず者の駆逐隊の嚮導だからって調子に乗るな!!」
「私は事実を言っているまでですよ。ちゃんと全員分、署名を用意したんです。この意味を少し考えて貰えると有り難いのですが………?」
「ぐ………こんな物に意味など………。」
思わず言葉が詰まる将校に対し、陽炎は敢えて真顔で仕方ないですね………と呟く。
そして、彼女はあらかじめ用意していた妥協案を呟いていく。
「では、こういう事にしましょう。こちらで駆逐艦玉波の練度強化を図ります。戦力として成り立つだけの力を手に入れたら、現在建設中の新設した泊地に転籍させるのはどうですか?少なくともそれで署名した面々は納得できますし、貴方達の顔に泥を塗る事も無いでしょう。」
「我々に譲歩しろというのか!?」
「譲歩しているのはこちらですが?それともやはり極刑にしますか?深海棲艦に戻った玉波は、今度はどんな姿で誰を恨むでしょうね?」
「この………お、覚えていろ!貴様も只では済まさないぞ!!」
捨て台詞を吐いて去って行く上層部の将校達に対し、礼儀正しく敬礼をした陽炎達は荒っぽく扉を閉められるまで待っていた。
そして、完全に去って行ったのを確認した上でふうと陽炎は椅子に座り込む。
「陽炎、あの条件で良かったの?」
「玉波と事前に話はしたわ。やっぱり心を落ち着かせる為には新しい泊地の方が楽だからね。心の底では横須賀に申し訳ない想いも抱えてるみたいだし。勿論、その時は涼波も一緒に転籍させる。」
「陽炎ちゃん自身がどうなるか分かりませんよ?」
「激戦区ならば、第十四駆逐隊で幾らでも経験があるわ。まあ、玉波達と一緒に送られるのならば、それはそれで新しい楽しみを見つけるわよ。だから………。」
「っ!?陽炎!!」
そこで陽炎はふらつき、椅子から横に倒れる。
慌てて五月雨達が押さえに掛かるが、彼女は呆然とした顔で天井を見上げていた。
溜まった疲労がピークに達してしまったのだ。
「ゴメン………ちょっと寝る………後、任せていい………?」
「うん。お休み陽炎………。」
それだけを言うと、陽炎は寝息を立てて泥のように眠る。
多分、久々にゆっくりと熟睡できるだろう。
五月雨達は提督に代わって横須賀を背負ってくれた艦娘に感謝をしながら、就寝の為の布団を用意し始めた。
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更に数日後、桟橋では涼波、玉波等、本来横須賀にいる夕雲型の面々が全員揃って立っていた。
自分達の面倒を見てくれた球磨が舞鶴に帰還するからだ。
「球磨さん、本当にありがとうございます。」
「玉波には幸せになって欲しいクマ。苦しんだ分、その権利はあるクマ。」
「………球磨さんは、これからどうするんですか?」
「大波と清波を探そうと思うクマ。」
「あ………。」
「生憎、球磨の仕事はまだ終わってないクマ。でも、玉波を見て希望が持てたクマ。これからは………罪を受け入れて夕雲型が揃うように球磨も戦っていくクマ。」
そう言うと、球磨はここに来て初めて笑顔を見せた。
球磨型本来の強気で優しい笑顔。
それを見せる余裕が今の球磨にはあった。
「球磨さん………スズからもお礼を言わせて下さい。球磨さんが最後いなかったら………あたし、本当に一生後悔してたから。」
「涼波も玉波を支えて欲しいクマ。みんながいれば、きっと乗り越えられるクマ。じゃ………提督と五月雨にも宜しくクマ!」
そう言うと、球磨は抜錨して横須賀を去って行く。
いつまでもその彼女の姿を涼波や玉波達は見守っていた。
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そして、それから数週間後。
退院をした提督は、簡単な退院パーティを開いた。
実は、それは上層部の目を誤魔化す為の五月雨とのケッコンカッコカリ記念のパーティでもあり、横須賀の誰もが祝福をした。
五月雨は相変わらず煤だらけの変形した指輪を付けていたが、一生の宝にする事に決めていたらしい。
長い年月を掛けて、ようやく思いを受け入れられた2人の姿を見ながら、パーティ会場の一端で涼波と玉波は会話をする。
「いやー、良かった良かった!何か欠けていたピースがようやく全て埋まった感じだよ!」
「涼………陽炎さんから聞いたけれど、貴女も私が将来転籍する事になった際に付いてくるって志願したのは本当?」
「あ、うん。本当は藤、早、浜も志願したんだけど、流石に夕雲型を5人も一緒に動かせないからって言われたからね。代表してスズが動く事にしたのさ。」
「後悔はしない………?」
「別に?1年以上付いた嘘に比べれば軽い物さ。だからさ、玉………これからも親友でいようね!」
「うん………私達、いつまでも親友よね、涼!」
2人はグラスを持つと、乾杯をしてこれからも苦難を共にしようと誓った。
横須賀の桜はもう葉桜になっていたが、力強く緑の葉を広げていた。