悪魔姫と魔槍騎士   作:松山主水末吉

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童貞を捨てる第二話

【1】

 

「起きて、勇一。もう朝よ」

 

 リアス・グレモリーの声と、髪を撫でる優しい手つきで、木倉勇一は目を覚ます。

 リアスはベッドの端に腰掛けて、勇一が目を覚ました後も髪や額、頬などを指先で撫で回す。

 豊かな紅色の髪をアップにまとめているので、真っ白な背中やヒップが丸見えだった。

 しかし腰元にはリボン状の結び目がある。エプロンを着けているのだ。

 早い話が、裸エプロンである。

 

 裸エプロンである。

 

「おはよーございます」

「おはよう勇一。朝御飯はもう出来ているから、先に顔を洗ってらっしゃい」

「うっす」

 

 しかし勇一は、すっかり慣れましたと言わんばかりの平常心である。

 実際慣れた。

 ジオティクス・グレモリーから鎧の魔槍を授かった後、取り扱い説明書ももらったのだが、悪魔の文字はちんぷんかんぷんだ。それでリアスが日本語に翻訳してくれる事になり、翌日翻訳済みの説明書を勇一の住むマンションに持って来たのである──自身の荷物と一緒に。

 

「一人暮らしは何かと大変でしょうから、私がお世話をしてあげるわ」

 

 リアスはにこやかに言った。

 なお、勇一の両親への説得は既に終わっているらしい。住所を調べるところも含めてとんでもない早業に、勇一はちょっぴり恐怖を覚えた──が、美人の上級生との二人暮らしは男子高校生にとって余りにも魅力的過ぎて、断る気にはなれなかった。

 そうして始まった二人暮らし。

 狙っての事なのか天然なのか、いささかスキンシップが過激なきらいはあるものの、三日もすれば裸エプロン程度には慣れてしまったのである。

 今日の朝食は白御飯と味噌汁、塩鯖に昨夜のおかずの残りである煮物と、和風メニューだった。

 

「ねぇ勇一。もうすぐ春休みも終わってしまうわね」

「そっスね」

「新学期が始まったら、クラブ活動をやってみない?」

「クラブ?」

「そう。私、眷属たちと一緒にオカルト同好会をやっているの。まだメンバーは私含めて三人だけだから、部として認められてはいないのだけれど、新学期になればもう二人の眷属も高等部に来るから、正式に部として認められるようになるの」

「で、俺も入れと?」

「そう」

「──他の人たちって、もう悪魔に転生済みなんですよね。俺、みんなの邪魔になりませんか?」

 

 悪魔の駒(イーヴィル・ピース)と、その駒の力で悪魔に生まれ変わった転生悪魔──眷属──の話は既に聞かされている。つまり今のメンバーと新たに入部が決まっている二人とやらは、転生悪魔ということだ。

 オカルト同好会も、どちらかと言えば眷属同士で集まるための名目という意味合いが強いだろう。兵士(ポーン)一個分にも満たない自分がそこに入ったとして、果たして何かしら貢献出来るのだろうか?

 

「そうね、活動内容は基本的に悪魔のお仕事だから、あなたに任せられる事があるとすれば下働き程度かも知れないわね。でも、将来私の眷属になるのだから、今からみんなと親睦を深めておくのも大切な事よ?」

「……先輩がそう言うんなら、お世話になります」

「決まりね。新学期が楽しみだわ!」

 

 リアスはパッと笑顔を咲かせた。

 

【2】

 

 春休みが明けて、新学期になった。

 二年生に進級した勇一は、新学期が始まってから一週間ほど経ったある日の放課後、リアスに案内されて学園の敷地内の裏手にある旧校舎へ連れて行かれた。

 林を突っ切るように伸びる未舗装の道の先にある、古びた三階建ての建物がそうだ。

 中に入ると、廊下の照明は電灯ではなく蝋燭の灯火。

 一階の廊下の奥にある理事長室が、オカルト同好会改めオカルト研究部の部室である。

 室内で、部員たちが出迎えてくれた。

 黒髪をポニーテールにした、リアス以上の存在感を誇るバストの持ち主『姫島朱乃』。彼女が副部長で、グレモリー眷属内では女王(クイーン)の立場にある。

 金髪の美少年は『イケメン王子』の渾名で有名な木場祐斗。駒は騎士(ナイト)

 銀髪に黒猫の髪飾りを着けた小柄な女子は塔城小猫。駒は戦車(ルーク)

 

「……あれ? 確か一年生はもう一人いるって聞いてましたけど……風邪ですか?」

 

 リアスから聞いていた話と人数が合わないため、勇一はそう尋ねる。

 

「その子は凄くデリケートで、高等部に進学したばかりの状況にまだ馴染めてないの。落ち着いたら改めて紹介するわ」

 

 リアスはそう説明した。

 勇一も部員たちに自己紹介をした後、その日は同好会から正式な部に昇格出来たお祝いとして、お菓子とジュースで簡単なパーティーを行った。

 本格的に部活動を始めたのは翌日からだが、やる事は基本的には二つ。

 悪魔を召喚する魔法陣が描かれたチラシの配布。

 悪魔と契約した人間の元へ行き、願いを叶える。

 勇一は──旧校舎に残って鎧の魔槍を使いこなすための練習を、リアス直々に命じられた。

 悪魔の寿命は非常に長い上に、魔力で若さを保つ事も出来る。人間からすればほぼ不老不死なのだ。悪魔に転生出来てからでも遅くはないとの事だった。

 旧校舎の裏庭で、鎧を装着した勇一に向かって、リアスは魔力で精製した光の玉を、あらゆる方向からぶつけてくる。魔力弾は速さも大きさもまちまちで、それらを勇一は、時に槍で打ち払い、時に鎧で受け止めた。

 そんな訓練を二時間ほどやった後、部室に戻ると、部員たちが戻ってくるまでの間、勇一はリアスにぬいぐるみやペットのように抱き締められて、体中をまさぐられる。

 豊満な胸に顔をうずめられ、幸福感と息苦しさを覚えつつも、勇一はこんなにも猫可愛がりされる事に、戸惑いも感じていた。

 兵士(ポーン)一個分の価値もない自分を、何故こうも可愛がるのか……。

 

(俺の事が、好きなのかな)

 

 と思った事は何度もある。

 男の家に押し掛けて二人暮らしを始め、裸エプロンでご飯を作ってくれるし、何なら一緒にお風呂にだって入ってくれる(というか、一人で入浴していようものなら乱入してくる)。種族や文化の違いを考慮しても、恋愛感情なしにここまでするとは思えない。

 だがしかし、勇一には、リアスにそこまで好かれる心当たりがないのである。

 漫画では『危ないところを助けてもらって一目惚れ』というシチュエーションがあるが、はぐれ悪魔から助けたあの時のリアスは、後から冷静に考えると、ピンチでも何でもなかったのではないかと思う。現にはぐれ悪魔を倒したのは彼女なのだ。タイミング的に、拘束されてすぐに、その拘束から脱出していたのではないか?

 ──ただ、一つだけ確かな事がある。

 それは、リアスが勇一を手離したくないと思っている事だ。猫可愛がりも押し掛け女房も、家宝の一つである鎧の魔槍の譲渡も、それが理由なのだ。リアスの向ける好意がどのような意味合いであれ、時間を掛けてでも勇一を眷属に迎え入れたいと思っているのは、間違いないのである。

 そして勇一自身、リアスと離れたくないと強く思っている。ならば、答えは一つである。

 仮にリアスが、勇一をペットとか小さい親戚の子供感覚で見ていたのだとしても、それを自身の頑張りで変えていけばいいのだ。

 

(やれる限りの事は、やっていこう)

 

 顔中でリアスの胸の柔らかさを感じながら、勇一は改めて決意するのであった。

 

【3】

 

 その日、オカルト研究部は夜の10時を過ぎる頃になって、部室に集合した。

 もちろん勇一もだ。しかし鎧の魔槍を手にした彼一人だけが、緊張した表情をしていた。

 冥界からリアスにはぐれ悪魔討伐の指令が下されており、その潜伏場所を突き止めたのでこれから討伐に向かうのである。

 勇一が緊張しているのは、その討伐をリアス直々に任されているからである。

 前日までに木場祐斗を相手に実戦練習を行ったし、鎧の魔槍の細かい仕様も説明書を読み返し、実際に取り扱ってみる事で確認済みだ。それでも、やはり緊張してしまうのである。

 

「大丈夫だよ勇一くん。危険だと判断すれば、僕たちがすぐに助けに入るから」

 

 祐斗がそう言って微笑む。

 リアスが床に、魔力で転送用の魔法陣を描いた。

 グレモリーの紋章を中心に、多重円の中に悪魔文字が書き込まれてある。

 その魔法陣が強く輝いたかと思うと、一同は森の中の廃墟の前に立っていた。

 郊外の山の中腹に建てられたホテルだ。しかし経営難に陥り廃業となり、取り壊しの算段もつかぬままに放置されていた。

 

「それじゃあ、手筈通りに行くわ。散開!」

 

 リアスの号令に、朱乃・祐斗・小猫の三人がホテル内に入っていく。

 リアスは勇一を抱き抱えると、背中から翼を展開して飛翔し、広々とした屋上へと移動した。

 朱乃たち三人が、ここに潜伏しているはぐれ悪魔を屋上へ追い込み、そこで勇一が倒すという流れである。

 

「──鎧化(アムド)

 

 勇一は呪文を唱えて鎧をまとい、槍を構えると、ホテル内へと続く出入口のドアをじっと凝視した。

 

「勇一、力を入れ過ぎよ。もっとリラックスなさい」

 

 そんな少年を後ろから抱き締めて、リアスは耳元で優しくささやく。

 

「いいこと? 普段の練習で使ってる魔力弾は、威力こそ強めの静電気程度だけど、スピードやコントロールは常に本気で、当てに行っていたわ。あなたはそれをしっかり防御していた。だから大丈夫。自信を持ちなさい──敵の情報も、ちゃんと頭に入っているわね?」

「は、はい……名前はクリード。獣人タイプの転生悪魔で、ライオンに変身出来て、戦い方も噛みつきや引っ掻きがメイン……ですよね?」

「そうよ。その鎧の魔槍とあなたの技術なら、決して勝てない相手ではないわ。それに、さっき祐斗が言っていたように、危なくなったらすぐに私たちが助けるから、あなたは安心して、全力でぶつかっていきなさい」

「はい……!」

 

 勇一は、努めて元気の良い返事をした。

 それからしばらくして、階下から争うような物音が響いてくる。

 そして、出入口のドアが吹き飛ばされ、敵が月光にその姿をさらした。

 はぐれ悪魔のクリードだ。

 既に獣に変身しており、身長三メートルに届くその姿は、二本足で立つライオンそのものであった。しかし立ち方も、前足の形も、人間のそれだった。

 

「ここにもいやがったのか……くそったれがぁ!」

 

 銅鑼声で唸りながら、クリードは二人めがけて飛び掛かり、前足の鉤爪を振り下ろす。

 リアスは既に上空に退避しており、勇一は左腕の盾でクリードの一撃を受け止め──派手に吹っ飛んでフェンスに叩きつけられた。

 クリードは地を蹴って跳躍し、更に追い討ちを掛ける。

 真上から振り下ろされた右前足の一撃を、勇一は体を開いてかわすと共に、獣人の胸元に槍を突き入れた──が、クリードの(たてがみ)はその胸元まで分厚く覆っており、穂先がほとんど刺さらなかった。

 

「残念だったなぁ!」

 

 クリードは牙を剥いて笑い、勇一の腹を、左の後足で蹴り飛ばした。

 

「ぐああっ!」

 

 しかし、上がった苦悶の声はクリード。勇一は咄嗟に膝を上げて、蹴りを足回りの装甲でガードすると共に、膝当てに仕込まれたニードルを展開して膝蹴りの要領で突き刺したのだ。

 

(あっぶねえ……特訓しといて良かった……!)

 

 防御と反撃を同時に行えた事で、勇一はかえって心を落ち着かせる事が出来た。

 祐斗は様々な形・機能・特性を持つ魔剣を創造する《魔剣創造(ソード・バース)》と呼ばれる能力を持つ。勇一との特訓では、その能力で、クリードの爪を想定した四本の刃を持つ剣を二本造って攻撃役を務めていた。更に騎士(ナイト)の駒の特性でスピードもかなりのものだ。

 祐斗のその高速攻撃に比べれば、クリードの攻撃は充分見切る事が出来た。

 

「この、ガキがぁああっ!」

 

 平静さを取り戻せた勇一に対して、足から流れる鮮血を見たクリードは逆上した。

 両の前足をめちゃくちゃに振り回して、爪での連擊を縦横無尽に繰り出してくる。

 勇一はこれをかわし、槍で受け流し、かわせない攻撃は鎧で受け止めた。

 クリードを屋上へと追い上げた朱乃たち三人も、屋上へとやって来た。

 その三人の目から見ても、勇一はクリードの攻撃にしっかり対処出来ている。

 あとは如何にして仕留めるかだ。

 勇一はクリードの攻撃をかわし様、右手で左腕の盾を取り外した。

 盾の左右についているブレードが伸びる。

 勇一はそれを、クリードの顔めがけて投げつけた。

 

「おぉっと!」

 

 クリードはこれを、首を捻ってかわす。

 盾はそのまま飛んでいき、ブーメランのように弧を描いて旋回し、クリードの右後足に突き刺さった。

 

「ぐああっ!」

 

 不意を突かれた一撃で両足とも負傷したクリードは、ガックリと膝をつく。

 槍を構える勇一と、目線が同じ高さで交わった。

 クリードはその狂暴性ゆえに、咄嗟に勇一の顔に噛みつこうとした。

 そうして大きく開いた口に、勇一が渾身の突きをぶちこむ。

 後頭部を突き破って、槍の穂先が鮮血をまとって顔を出す。

 クリードは噛みつきの勢いそのままに、前のめりに倒れた。

 横にかわした勇一の見ている前で、その姿が獣人から、エラの張った厳つい顔立ちの人間の姿へと変わっていく。

 月光に照らされた凄惨な死に様に、勇一は突然吐き気を催して、咄嗟に両手で口を押さえる。

 

(吐くな──吐いちゃダメだ!)

 

 そう言い聞かせるが、体が言うことを聞かない。

 勇一はその場に膝をつき、腹の中の物を全てぶちまけてしまった。

 

「大丈夫よ勇一……あなたはよくやったわ……誰もあなたを責めはしないわ」

 

 リアスが駆け寄り、背中をさすってやる。

 朱乃たち三人も勇一を取り囲み、初陣を勝利で飾った事を褒め称え、その行為は決して責められるものではないのだと慰め、励ましてやった。

 

【4】

 

 帰宅してからも、勇一はボンヤリとしていた。

 リビングのソファに座り、自分の手をじっと眺める。

 両手には、未だにクリードの頭をぶち抜いた感触がこびりついていた。

 はぐれ悪魔クリードに関しては、能力のみならず経歴も知らされている。彼がはぐれになったのは、もらった駒が兵士(ポーン)一個である事に不満を抱き、主君の寝込みを襲って暗殺したからだ。行く先々でも残忍な殺人を繰り返し、しかしほとんどが追っ手から身を守るためではなく、殺戮の欲求を満たすためであり、悪魔や人間の民間人が犠牲になっていた。人間の法律で裁かれたとしても、極刑は免れないであろう。

 ──わかってはいても、それでも『人を殺した』という重い事実が、勇一の心を暗くしていた。

 相手は人間ではなく、悪魔だ。

 その悪魔でさえも手を焼く凶悪犯であり、極悪人だ。

 何より、殺さなければ自分が殺されていた。

 そう自分自身に言い聞かせても、最後に見たクリードの死体が脳裏をよぎると、薄っぺらい言葉にしか感じられなかった。

 

「勇一」

 

 リアスが声を掛けた。

 さっきまでシャワーを浴びていたので、裸身にバスタオルを一枚巻いただけの格好だ。

 そのまま、勇一の隣に座る。

 

「ごめんなさい、勇一……つらい思いをさせてしまったわね……」

 

 そっと少年の手を握る。

 

「だけど、それでも私は、あなたを手離したくないの……あなたが欲しいのよ……あなたを悪魔として迎え入れるためなら……あなたと添い遂げるためなら、私は、どんな事だってするわ」

「……俺も」

 

 勇一が、吐き出すように言った。

 

「俺も、部長と一緒にいたいです。離れたくないです。そのためなら何でもします……そのつもり、だったのに……」

 

 気持ちが挫けそうです──かろうじて、その一言を飲み込んだ。

 しかし今の少年の様子を見れば、言葉にせずともわかる。

 

「勇一……自分勝手でひどい事だとわかってても、それでも言うわ……どうか、気持ちを強く持って……私の眷属になれるほどの強い男になってちょうだい……つらい時や苦しい時は、私が慰めてあげるから……」

 

 リアスはバスタオルを外すと、あらわになった胸の膨らみに、勇一の手を添えて、自分の手を上から重ねた。

 

「あなたの望む事なら、何でもするわ……あなたが女の子としてみたいと思っている事の全てを、私が叶えてあげる……だから、元気を出して」

「……な、なんで、俺なんかにそこまで」

「あなたが好きだからよ」

 

 自ら胸を揉ませながら、リアスは即答した。

 

「あの夜、私を助けるために、恐怖を乗り越えて飛び出して行った時の、あの勇姿に、私は心を奪われてしまったの……あなたが望むのなら、この身体だって今すぐ捧げたいくらいよ……だから、元気を出して」

 

 熱のこもった声でささやき、潤んだ瞳で見つめるリアス。

 そのまま裸身を勇一の上に被せ、ソファに押し倒すと、少年の両頬を手で挟み、ゆっくりと唇を重ね合わせた。

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