悪魔姫と魔槍騎士 作:松山主水末吉
【1】
昼休み。
木倉勇一はオカルト研究部の部室で、リアスと二人きりで昼食を済ませたところだった。
しかし二人の表情は、暗い。
勇一は明らかに不機嫌だったし、リアスはそんな彼に対して申し訳なさそうな顔だった。
原因は、昨日新たに入部した部員であった。
兵藤一誠。
勇一と同じ二年生の男子だ。
一年生の時から、友人二人と三人で徒党を組み、女子の着替えを覗くなどの問題行動を起こしていた生徒である。
昨日リアスは、彼をオカルト研究部に迎え入れたのだ。それは当然、兵藤一誠を眷属悪魔として転生させた事を意味する。
しかも駒価値は『8』──リアスが所有する
これで勇一が眷属入りする最低ラインが駒価値『1』から『3』に上がった事になる。元々一朝一夕で達成出来るものでもないが、目指していたゴールが遠退いたのは、確かであり、面白くない。
「ごめんなさい勇一。私もまさかあんな事になるなんて思いもよらなかったの」
そう謝りながら、リアスは並んでソファに座る勇一の太股を、ズボンの上から愛撫した。
一昨日の日曜日もこうやって少年の肉体を愛撫している最中だった。だが召喚魔法陣が突然開かれたために、リアスはやむを得ずその魔法陣を潜って召喚者の元へ向かった。
そうして向かった先に居たのが、兵藤一誠だったのだ。
胸を何かしらの大きな凶器で貫かれて、血の海に沈んでいた。
しかし凄惨な現場に直面しても、リアスの表情は普段の彼女らしからぬ、冷たいものだった。
足下に倒れているこの少年とその悪友の評判は、彼女の耳にも届いている。同級生の中にも被害に遭った者がいる。
リアス自身はまだ覗かれてはいないが、それはたまたま運が良かっただけなのかも知れないし、或いは彼女が学園の経営者の身内だからと、彼等が避けていただけなのかも知れない。
いずれにせよ、兵藤一誠に対しては良い感情は持ってなかった。
その兵藤一誠がこちらに手を伸ばし、何やら口をパクパクと動かした。
『助けて』
『死にたくない』
そう言っているのだろうが、召喚者とはいえその願いを叶えてやる気には、到底なれなかった。
このまま見なかった事にして帰ろう。
そう思った。
早く帰って勇一の小柄な肉体を堪能したいのだ。
しかし、愛しい少年の顔を思い浮かべた途端、リアスの胸中に変化が起きた。
勇一はリアスを救うべく、我が身の危険もかえりみず敵に立ち向かった。
なのに自分が、今助けを求める者を『気にくわないから』という理由で見捨てるのはいかがなものか?
兵藤一誠の傷は大きすぎる。どう見ても人間同士で起きた傷害・殺人事件ではない。
少し離れた所に、黒い羽がいくつか落ちていた。
カラスではない。それどころか、自然に生息するどの鳥類よりも大きい。
このような巨大な漆黒の羽を残す存在を、リアスは一つしか知らない。
「──仕方ないわね。重要参考人でもあるし、特別に助けてあげるわ。心を入れ換えて、私の下僕として真面目に生きなさい」
リアスは吐き出すように言うと、
だが、ここで予想外の事が起きた。
大した力など持っていないと思っていた兵藤一誠の肉体に、なんと
こうして駒王学園の問題児は、リアス・グレモリーの眷属として、文字通りに生まれ変わったのである。
「あのままあの子を見殺しにしたら、あなたに顔向け出来なくなるような気がしたの。決してあなたを見限った訳でも何でもないのよ?」
愛撫する手を太股から足の付け根へと移動させながら、リアスは弁解する。
「お願いだから機嫌を直してちょうだい……何でもしてあげる……何でも言う事を聞いてあげるわ……だからお願いよ、勇一……嫌いにならないで……」
「嫌いになんか、なりませんよ」
勇一が答えた。
「ただ、あいつのせいで眷属入りがちょっと遠退いて、それが腹立っただけで……でも部長に対してどうこうってのは、ないです」
「本当?」
「はい」
短いながらも、しっかりとした返事だった。
「良かった……嬉しいわ勇一……」
リアスは安堵に声を震わせながら、勇一を抱き締め、ソファに押し倒した。
そして少年の制服のシャツのジッパーを下ろして、前を大きく開かせると、その下のグレーのTシャツをめくり上げ、六つに割れた腹筋にキスの雨を降らせた。
【2】
勇一が苛ついている理由は、眷属入りが遠退いたからだけではなかった。
もう一つの理由は、はっきり言ってしまえば『嫉妬』である。
入部初日のリアスからのレクチャーで、一誠に
一誠もまた、神から与えられた異能の力を持っていた。
十秒ごとに自分の力を倍化し、増幅した力を他者に譲渡する事も可能な《
それが一誠の持つ能力だった。
(俺は貰い物の鎧の魔槍だけだってのに……)
そんな思いが、勇一の胸中にあるのだ。
とは言え、いつまでも不貞腐れてばかりもいられない。
それでリアスに余計な、と言うよりも不要な心配はさせたくない。
明日になったら自分にも強力な
そうやって己を奮い立たせながら、今日もジャージに着替えて、旧校舎の裏庭で槍の稽古だ。
身長よりやや長い木の棒の、先端30cmほどの位置に黒いビニールテープを巻き付けた、稽古用の木槍を中段に構え、腰を落とす。
正面には景観も兼ねて植えられた防風林の木で、そこに木の板が三枚、縦に並んで針金で括り付けられている。
板には円が描かれ、中心には赤い点。
そして、その三つの的を庇うようにして、三つの輪が、枝から垂らしたロープに括り付けられて、縦に並んでいた。
輪の直径は板の面積より小さい。
この輪を通して、上段・中段・下段の三つの的を突く。
突きの精度を高めるための訓練である。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
三つの輪にかする事すらなく、勇一が繰り出した木槍は三つの的を正確に突いた。
その後、勇一は木槍で輪を横殴りに打った。
輪を括ったロープが、的の前を振り子のように行ったり来たりする。
勇一は深呼吸して木槍を構えると、突きを繰り出す。。
カンッ!
乾いた音がして、木槍は中段の的の中心にある、赤い点を打っていた──振り子のように揺れる輪を通して。
「おおっ、すげぇな!」
不意に称賛の声がした。
振り向くと、一誠がいた。やはりジャージ姿だ。
「ああ、ありがと……そんな格好でどうした?」
「いやー、俺もグレモリー眷属になって、何か将来はレーティングゲームとかいうので戦わなきゃならないっぽいからさ、トレーニングしとこうと思って」
レーティングゲームとは悪魔同士で行われる、実戦形式の競技だ。
眷属及び、それを指揮する上級悪魔の統率力を披露し合う。
リアスはまだデビューしてはいないが、このレーティングゲームへの参加には非常に意欲的である。成人して当主の座に着けば、その日のうちにでもプロデビューしようとするだろう。今からでも備えておくのは、決して早計とは言えまい。
とは言え、何の武術の心得もない一誠である。
その日は勇一の邪魔にならない場所で筋トレに励んだが、すぐにへばってしまうので、休憩時間の方が長かった……。
一時間ほどして、副部長の姫島朱乃がやって来る。
「お疲れ様、勇一くん。はい、どうぞ」
いつも通りの朗らかな笑顔で、タオルとペットボトルのお茶を差し出す。
「あざっす」
「朱乃さん! 俺の分は!?」
受け取る勇一を半ば押し退けるようにして、一誠が筋トレの疲れも忘れて、朱乃の胸に問い掛ける。
「あらごめんなさい。一誠くんもいるとは思わなかったから、用意してませんでしたわ」
朱乃はいつも通りの朗らかな笑顔で、そう言った。
「そ、そうっスか……」
一誠はあからさまにガックリとうなだれる。
「そんな事より、部長から大事なお話があるので、全員部室に集合してくださいな」
そんな一誠には目もくれず、朱乃はそう言って部室に戻っていった。
「……なぁチビ。なんか朱乃さん、俺に対して冷たくないか?」
「そうか? ちゃんと『飲み物用意してませんでした、ごめんなさい』って謝るだけ、優しいだろ」
──お前の日頃の行いを考えたらな。
勇一は心の中でそう付け加えた。
チビ呼ばわりには、敢えて何も言わない。
身長165cmほどの一誠に対して、勇一は150cm。頭頂部が何とか一誠の目線の高さを越えるかどうかだ。背中合わせになって比較するまでもなく、一誠より背が低い。
170cm 越えのリアスとの身長差は更に大きくなるが、おかげで軽く前屈みになるだけで、彼女の豊満な胸に顔をうずめられるのだから、何のコンプレックスもないのである。
二人が部室に戻ると、他の部員たちも全員集まっていた──勇一でさえ未だに紹介されていない
集まったメンバーに、ソファに脚を組んで座っていたリアスは、おもむろに告げた。
「はぐれ悪魔バイサーの居場所が判明したわ。明日の夜、討伐に向かうので準備しておくように」
【3】
翌日の夜。
オカルト研究部は転送魔法陣で、駒王町郊外の廃工場にやって来た。
勇一は鎧の魔槍を携えている。
槍の石突きを地面に立てて『
その様を見て、一誠が目を輝かせた。
「一誠、もっと後ろに下がりなさい」
しかしリアスにそう言われて、最後列に下がった。
今回の討伐も、メインアタッカーは勇一で、リアス・朱乃・祐斗の三人がサポート、小猫は一誠の護衛だ。
廃工場の奥の闇から、何かが飛んできた。
勇一が咄嗟に槍で打ち払う。
重い音を立てて地面に転がり、月光に照らし出されたのは、人間の死体だった。頭部と胸元辺りを残して、あとはなくなっていた。
続いて、闇の中から巨大な獣が姿を現す。
鉤爪を備えた太い前足からは熊を思わせたが、熊よりも何倍も大きい。そして頭部が生えているはずの箇所からは、女の上半身が生えていた。しかも一糸纏わぬ裸体で、豊満な胸が丸出しになっている。これにもまた目を輝かせる一誠だったが、傍らに立つ小猫のアッパーカットで顎を打ち抜かれた。
「頼むわね、勇一。頑張って」
「うっす」
勇一はうなずき、槍を小脇に抱えてバイサー目掛けて走り出した。
胸甲に装飾された悪魔の面の牙のパーツを抜き取ると、それが変型して投げナイフへと変わる。
それをバイサーの顔目掛けて投げ付けた。
バイサーはそれを片手であっさりと打ち払うが、その隙に勇一は彼女の前足の間に飛び込んでいた。
そしてすり抜け様に、両の前足を槍で切り裂く。
更にそのまま駆け抜け、頭上にある引き締まった巨獣の腹を、槍で貫き、切り裂いた。
すかさず横に跳んで、前足と後足の間から飛び出すと、直後に鮮血と内臓が滝のように溢れ出した。
巨獣が膝をついて崩れ落ちる。
勇一は槍を構えて、慎重に近付いていく。
バイサーは小柄な鎧姿の少年を見て、恐怖で顔を歪ませた。
「ひっ……ひいいっ! ま、待って! 殺さないで! 何でもするから!」
震える声で、命乞いの台詞を口にする。
そして何を思ったか、丸出しのままの自分の胸を、柔らかさをアピールするかのように両手で揉み始めた。
「ほ、ほら! 私の胸大きいでしょ? 助けてくれたら、この胸を好きにしていいから! だから──死ねぇ!」
直後、バイサーの両の乳首から、閃光がほとばしった。
同時に槍が、その乳房の中間に突き刺さり、穂先が背中から飛び出した。
バイサーが胸から放った閃光は、勇一の左腕の盾で防がれていた。
槍を引き抜いた勇一は、血振りした後槍を40cmほどの長さに縮めて、盾に収納した。
「お疲れ様、勇一。見事な手際だったわよ」
リアスが駆け寄り、肩に手を置く。
本当は抱き締めて顔中いたるところにキスしたかったが、部員の手前それは我慢した。
バイサーの死体をリアスの滅びの魔力で消滅させると、一同は転送魔法陣で部室に戻った。
【4】
翌日の放課後。
いつものようにジャージに着替えて、旧校舎の裏庭に向かった勇一は、そこで筋トレに励むジャージ姿の一誠を見た。顔には汗の粒が浮かんでおり、かなり早くから来てトレーニングに勤しんでいるようだった。
「精が出るな」
声を掛けると、一誠は腕立て伏せを中断して「まぁな」と返した。
「俺も早く、強くなりたいからな」
「意外だな。そういうのは興味ないと思ってたけど」
「実際興味なかったけど、昨日の戦いを見て、考えが変わったんだよ。強くなれば、後ろで見学してろとか言われなくなるだろ? それで前に出られるくらい強くなれば、昨日みたいなはぐれ悪魔のおっぱいを、戦いの
一誠は力強く答え、両手の指をワキワキと卑猥に動かす。
(あんなのでもいいのか……)
確かにバイサーの上半身はなかなかの美女だったと思うが、下半身は巨大な四足獣だったのだ。
一誠の節操のなさに、ちょっぴり引いてしまう勇一だった。
「とは言え、まだまだ遠い道のりってやつなのかね……俺の駒は一番下っ端だし、俺自身、お前と違って何の才能もねえしなぁ」
そう言って溜め息をつく一誠の頭に、勇一の木槍がゴツンと振り下ろされた。
「いってぇな! 何すんだよチビ!」
「お前が甘ったれた事言うからだ」
「俺のどこが甘ったれてるんだよ!」
「
「い、言われてみれば、確かに……」
「それと、才能がないとか言ってたけど、そもそもそんなのは誰にもわかりゃしないんだよ。才能ってのは、それさえあれば訓練なしでも何でも出来るようになる便利なアイテムじゃない。花と同じで、ちゃんと育てなきゃ意味がないんだ。たとえばマホメド・アライやアイアン・マイケルだって、ボクシングの事何にも知らないままでリングに立てば、新人ボクサーに秒殺される事だって有り得るだろ。才能ってのはそういうもんだ。
まだ何にもしてない内から、才能がないなんて決めつけるな」
「で、でもなぁ……」
「少なくともお前には、物凄く強力な
「…………あれ? ひょっとして俺、誉められてるのか?」
「ひょっとしなくても誉めてるよ。ムカつくけどお前には、俺にはない力がある。しかもメチャクチャ凄いのがな。
さっきも言ったように、才能ってのは花と同じだ。育ててみなきゃどんな花が咲くかはわからないからこそ、しっかり育てなきゃダメなんだ。そしてお前の中には、立派な花の種があるって事だけは確かなんだ。命の恩人である部長のためにも、その花をしっかり育てろ」
「──そうだな、確かにその通りだ。変な事言って悪かったなチビ。うっし! ちょっとランニングでもして、頭冷やしてくるぜ!」
一誠は自分の両頬をバチンと叩くと、「じゃあな!」と言い残して走り去って行った。
(──なんで俺が、あんな奴のフォローしなきゃならないんだ)
勇一は、自分の言動に自分で呆れていた。
とは言え、リアスの大事な駒を八個も独占していながら、そしてそれに値するだけの力を持っていながらのあの卑屈な物言いは、かなり頭に来た。
しかし自分がどれだけ恵まれているかをわからせようとすれば、結果的にフォローする形となってしまうのもやむ無しであろう。
「今度また変な事言うようなら、その時はケツ蹴っ飛ばしてやろ」
とりあえず、そう口にして苛立ちを紛れさせる勇一であった。