トレーナー 「アイルランド語を学ぶぞ!」
12月。 寒波が押し寄せ、空気が身にしみるような昼下がり……。 俺は今、トレーナー室でとある本を目の前に… 深く考え込んでいた。
『簡単に分かる! アイルランド語 入門編』……。
何故… この本を前に考え込んでいるのかって? その前に一旦、俺の身の周りの話をしよう。
俺の担当バのファインモーションは、アイルランドからの留学生だ。 だが、日本語が不得意という訳でもなく… むしろ俺より使いこなせてるレベルで……。
それに対して俺は… アイルランド語どころか、英語もろくに分からないという… トレーナーにあるまじきクソザコっぷりを発揮している。
このままではいけないと思った俺は、どうせなら英語じゃなくて… アイルランド語を話せるようになった方が良いと思い、umazonでこの本を購入したのだが……。
「う〜ん、全然分からんぞ……。」
元より、暗記系は苦手なのもあるが… これに至っては何が何だか分からない。 ローマ字読みしても全く違う発音になるから、頭が混乱する。
「大人しく英語にしとけば良かったか……?」
そんな弱音を吐いてしまうほど… 自分の決意が弱いものだと知ってしまい、少しナイーブな気分になっていると……
「トレーナー! 来ちゃった♪」 ガチャ !
驚くほど急な担当バの来訪。 今日は休みって言っておいたはずなのだが……。 持っていた本をしまうことも出来ず、覗き込まれてしまう。
「あれ……? もしかしてトレーナー、アイルランドに興味持ってくれたの?」
「う〜ん、当たらずも遠からず…… ってとこかな。」
「ファインって… 留学生だけど日本語が上手だろ?」
「ふふっ♪ 子供の頃から、日本のことに興味があったからね♪」
「 “ 好きこそ物の上手なれ ” って言うでしょ?」
「だからさ、俺もなんか他の言語を習得してみようかな… って思ったんだよ。」
「トレーナーって英語話せたっけ?」
「いや、全く?」
「えぇ… なのにアイルランド語から学ぶんだ……。」
「別に、英語が話せればだいたいの意味は通じるよ?」
えっ、そうなのか……。 てっきりアイルランド語を話せた方がいいのかと思っていたが。 さすが英語… 世界で50ヶ国以上話されているだけはあるな。
「でも、キミのその熱意…。 無駄にする訳にはいかないよね!」
「えっ?」
「それじゃ、行こ!」
「えっ……?」
⏰⏰⏰
手を引っ張られ、君に連れられるままについて行くと… そこにはプライベートジェットが止まっていて。 何が何だか理解する前に、気がついたら席に座っていた。
「えっ……!?」
「一応聞くが… 俺はどこに連れてかれてるんだ……?」
「アイルランドだよ♪」
「なんで!?」
「ほら、実践練習の方が覚えられるって言うし…。」
「それに、私みたいにその国が好きになれば… 自然と言語もついてくると思うよ!」
いやいや、だからと言って即実行すぎるだろ……。
このスケールのことを即決でき… 実際にやれる力があるということに、あらためて格の違いを実感する。
「でも俺、マジで何も分かってないぞ? そんなんで大丈夫なのか……?」
「大丈夫! あっちに着くまでに、私がいろいろ教えてあげるから♪」
「そうか……。」
最初からそれで良かったんじゃ…… なんて事は口に出さないでおこう。 実質無料で海外旅行が出来てるみたいなものだしな…。
とりあえず、ファイン講師の会話講座を受けながら… 空の旅を楽しんだ。
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前から、アイルランドに興味を持って欲しくて… キミをアイルランドに連れていく準備をしていた。 まさかトレーナーが… 言葉の方に興味を持ってくれるなんて思わなかったけど。
今がチャンスだと思い、急遽キミを連れてアイルランドへ帰ることにした。 早急すぎるかなって思ったけど、きっかけがあったなら… 掴むべきだよね。
だけど、キミは英語すらもほとんど分からないみたい。 これは私が “ いろいろ ” 教えてあげなくちゃ……♪
⏰⏰⏰
「実は向こうでは英語の方が通じやすいんだけど… 簡単な会話がアイルランド語で出来たら、みんな喜ぶと思うよ♪」
「なるほど… 挨拶とかか?」
「うん! まずは挨拶を一通り教えるね♪」
⏰⏰⏰
「それで、ありがとうって言う時は “ Go raibh maith agat ” で〜……。」
「ぐーれふまはぐっ……か?」
「そうそう! だけど、親しい人にだけは違う言い方も出来るんだよ♪」
「キミの場合は私だけ… かな。」
「へぇ、そんなのもあるんだな。」
「 “ gráim thú ” って言うんだよ♪」
「ぐらぃむふー?」
本当は “ ありがとう ” って意味じゃなくて、愛してるって意味なんだ。 けれど、キミは知らないから。 ふふっ… この背徳感、癖になりそう。
「よく聞こえなかったから…… もう一回言ってみて?」
私、欲張りだったみたい。 キミに “ いろいろ ” 教えてあげたい… って欲が抑えられない。 ここぞとばかりに愛情系の言葉を教え、私以外に使わないように念を押す。
「教えてくれて… ぐらぃむふー、ファイン。」
「ふふっ…♪ 呼び方も変えてみない?」
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多くの会話を頭の中に叩き込み、アイルランドの地へと降り立つ。 急な帰国だったが、どうやらSPが国に報告していたらしい。
多くのアイルランド国民に囲まれながら、手を振る君はまさに王女の風格があって。 少しの間、見惚れていると…
「A mhuirnín my trainer、どうしたの?」
「あぁ、今行くよ。 Mo chuisle。」
早速、ファインに教わった呼び方で君を呼ぶ。 周りの人々は驚くような表情を一瞬うかべた後、拍手をしてくれた。
もしかして、喜んでもらえているのだろうか。 そうだといいな。
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帰る途中で、国営放送の方で “ 私が担当トレーナーと一時帰国する ” という事を流してもらった。 すると当然、空港にはたくさん人が集まってきて。
そんな中、私達が恋人同士のような呼び方で現れたら? みんなは私を祝福してくれるかな…? なんて… もうキミに教えちゃったから、後戻りは出来ないけれど。
だから今、私が込められる愛を全て込めて、キミのことを呼ぶんだ。
「A mhuirnín my trainer、どうしたの?」
「あぁ、今行くよ。 Mo chuisle。」
キミはその意味を知らないけど、私にはとても響いて。 みんなの顔色をうかがうのも忘れ、余韻に浸る。 すると少し間があった後、みんなは拍手をしてくれた。
最後の不安要素の… 国民のみんなにも受け入れられたから、もう私は止まらない。
こっそりと、入国書類の束に混ぜておいた婚姻届……。 お父さまに見せに行かなきゃ。
⏰⏰⏰
「……トレーナー君か。 近頃のファインの功績は耳に入っている。 感謝するぞ。」
そういえばお父さまも、日本語話せるんだったっけ……。 まぁ、今から私がやることには… 一切関係ないけれど。
「Go mbeannaí dia duit ! いえいえ、感謝されるほどの事はしてないですよ。」
「ほう、アイルランド語を学んでくるとは……。 良きトレーナーを持ったな… ファイン。」
本当に、良いトレーナーに出会えた。 私に、“ 自由 ” を教えてくれて。 自己犠牲をいとわなくて。
だからこそ、絶対に手離したくない。
「ふふっ♪ お父さまが許しをくれたからですよ。 Go raibh maith agat ! 」
「あれは… 私の我儘に過ぎなかった。 だが… 今となっては、良い決断であったと胸を張って言える。」
「トレーナー君と、ファインの功績のお陰でな。」
「ははは、照れますね……。 ですが、そう言って貰えるように頑張ってきましたから。 とても嬉しいです!」
「ところでファイン。 どうやら今日は… 何か目的があって帰ってきたと聞いているが、何用だ……?」
本題に… 入る時が来たみたい。 心の準備は出来てないけど、精一杯言葉を紡ぐ。
「………今日はもう一つ、許しを頂きたくて帰ってきたのです。」
「えっ、ファイン? ただの俺の語学旅行だったんじゃ無かったのか!?」
「もう、A mhuirnín my trainer… 呼び方を忘れてるよ?」
「なっ……!?」
「あぁ、すまない。 Mo chuisle…。」
お父さまには… 今の会話で全てが伝わってしまっただろう。 だからこそ、畳み掛けなければならない。 アイルランドの言葉で、お父さまに許しを乞う。
『お父さま、私はトレーナーが… この人の事が好きになってしまいました。』
『だから今日は… 彼との結婚の許しを貰いに帰ってきたのです。』
『ファイン、聡明なる我が娘よ…。 あの時と同じ事を問うが……。 その先は茨の道。 必ず後悔することになるだろう。』
『トレーナー君も巻き込むことになるかもしれない。 それでも後悔は無いと言えるのかね…?』
「な… 何を話しているんだ……?」
そうだ、キミを巻き込んでしまう。 でもごめんね、トレーナー……。 私はキミを失うことに耐えられなくなっちゃったの。
『後悔は… 必ずするでしょう。 だけど、トレーナーを失うことの方が… 絶対後悔するから!』
『お願いです。 お父さま… 許しをくれませんか?』
『………そこまでの覚悟があるなら、私はもう何も言わない。 ファインの好きにするといい…。』
………やった。 やったやったやった!! お父さまの許しを貰えるなんて!
ふふっ♪ これでもう敵はいない。 本当に… アイルランドに戻って来てよかった!
「あの〜…… 何を話していたんですか…?」
『ファイン…。 何も言わないと言った直後に聞くのだが…。 トレーナー君の意思は確認したのか……?』
『その… それは……。』
ど、どうしよう。 困り果てて、トレーナーに目配せをする。
「Mo chuisle? どうしたんだ?」
『この通りです!』
「………。 トレーナー君。」
「な、何でしょうか!?」
「後は頑張れ……。 応援はするぞ。」
「え、どういう事ですか……? ちょっと、説明してくださいよ! ねぇ!」
「それじゃ… A mhuirnín my trainer、 今話してたこと… “ 教えてあげる ” から、私の部屋に帰ろ?」
「あぁ……。 しかし、お父さんのあの態度はいったいなんだったんだ……?」
ふふっ、キミに “ 教えてあげる ” 。 お父さまの態度の意味も。 話してた内容も。 私の心も。
だから、これから長い人生も… 一緒に頑張ろう?