夜…… 既にみんな、ベッドの中で寝ている時間。 隣からは規則正しい寝息がするけれど、 私は寝れてなくて。
それもこれも、私が抱いてしまった感情が原因だから… 誰にも話せなくて。
“ キミのことが好き ” …。 この感情は、私が抱いてはいけなかった感情の一つで。 片付けてたい… 忘れてたいのに……。 キミとは毎日顔を合わせるから。
キミが優しすぎるのがダメなんだ。 もっとズルくて… 汚いトレーナーだったら、好きになることなんてなかったのに……。
キミへの感情は… 顔を合わす度にどんどん大きくなっていって。 どうせ、消すことになる感情なのに。 だからこそ寝れなくなっちゃったんだ。
“ 嫌だ、忘れたくないよ… ” “ でも消さなきゃ…… ” の繰り返しで。 ずっと、私の心はぐちゃぐちゃのまま。
だから今日も一人、ベッドの中で涙を流す。 人前で涙を流すことは… いけない事だって教えられてきたから。
逃げ場もないのに… 大きくなる感情に、対抗手段なんて持ってなくて。 どうして、キミとの恋心は消さなきゃいけないのに… この悲しみは抱えこまなきゃならないの?
答えなんて見つけられなくて。 今日も泣き疲れて… 私は眠った。
夜行性な私たちは。
ぼうっとしてると、簡単に眠くなる様な昼下がり。 俺は今… トレーナー室で、今週の練習予定を打ち込んでいた。
「トレーナー……! 来ちゃった♪」 ガチャ !
「やぁ、ファイン。 後ちょっとで今の作業が終わりそうだから… 座って待っててくれないか?」
「は〜い♪」
当たり前のように、俺の膝の上に座る君。 座る場所を言わなかった俺が悪いのか……? いや、普通はソファに座るよな…。
そんなことを考えながら、君に注意をする。
「あのー、ファインさん…? そこに座られると… 少し作業がしづらいというか……。」
「ふふっ、このまま続けて?」
「そう言われてもなぁ……。」
視界の端で小刻みに動く耳と、お腹あたりで動いている尻尾に意識が行って… どうあがいても集中出来ない。
「ファイン…… 後でなんでも言うこと聞くからさ、とりあえず今は離れてくれないか?」
「えっ、いいの? ふふっ、言質取ったからね♪」
「あっ… 一応言っておくが、俺が聞ける範囲でだけどな?」
「トレーナーのケチ! それじゃ… ほぼ聞いてくれないじゃん!」
「当たり前だろ…? なんでもって言葉は便利なんですー。」
そんな冗談を言いながら、ファインの顔を見る。
「ん……? ファイン、ちょっと近くに来てくれ。」
ふと、何かが違うような気がして… ファインの顔を覗き込む。
「と、トレーナー? どうしたの……?」
「それ以上近づくと…… ん……。」
案の定、目の下にクマがあるのを発見した。
「ファイン。 もしかしてだけど… 最近、よく眠れてないんじゃないか……?」
「も、もうっ……。 そんな事?」
「いやいや、睡眠はマジで大事だぞ……?」
「もしかして… 何か眠れない理由でもあるのか?」
「いや… その、ないよ……。」
どう見ても嘘だな。 でもなんか、話したくなさそうなのに… 無理やり聞き出すのもアレだし……。
何かいい方法はないだろうか……。 目の前の機械に適当なワードを打ち込んでみる。
『夜 眠れない どうしてる』……っと。 う〜む、睡眠用BGM… 暖かい飲み物を飲む…… 色んな方法があるんだな。
おっ、これなら俺でも出来るんじゃないか……?
「話は変わるんだが、今日の夜… 寝落ち通話してみないか?」
「えっ…? 何それ?」
「夜、携帯を枕元において……寝ながら通話するんだってさ。」
「ファインが… 何に悩んでるのかは分からないけど、もし話せるなら話して欲しいし…… トレーナーとしては、君に寝不足になって欲しくはないからな。」
「ふふっ、何だか楽しそうだね♪ 私もやってみたいかも!」
「それじゃ、決まりだな。 今日の夜から始めるが… 一応グルーヴには言っておけよ?」
「うん、分かった♪」
とりあえず… 俺も今日からは、ちゃんとベッドで寝るとするか……。 こんなことを言ってる俺の方が、寝てないなんて知られたら… それこそ良くないからな。
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そして、あっという間に夜がやってきた。 担当バのメンタル面のケアをするのも、トレーナーの仕事のうちの一つ……。
ファインが何を抱えているのかは分からないが… 君の視線を “ 今まで ” の何かじゃなくて、“ これから ” の楽しさに向けないとな。
深呼吸をし、担当バとの通話ボタンに手を触れる。 一瞬で繋がって、聞こえてくるのは君のささやき声。
「トレーナー… 待ってたよ……♪」
「なんでそんな、ささやく様な感じなんだ……?」
「それは… グルーヴさんに通話するからうるさくなるかも…って話したら、『前から… 独り言でうるさかっただろう。』って言われちゃって……。」
「ほんの少し… 恥ずかしかったから、今日はささやき声でいくね……。」
「分かった…。」
なんでだろう、ささやき声の君は… いつもより大人になったみたいに感じて…。 ………いけない。 目的を忘れるところだった。
ファインの寝不足の原因を知る。 または、別の方向へと流し… 原因の影響を最小限に抑える……。 これが出来れば今回の夜行は成功と言えるだろう。
「ねぇ、トレーナー……。 ただの通話なのに、まるでキミが隣で寝てるみたいで… なんかドキドキするね。」
「ははは、ドキドキされちゃ困るんだけど…。」
「そもそも今日の通話は… 君に “ 安心して寝て欲しい ” …と思って始めた物だからな。」
「それじゃ、安心させてみてよ…。」
「キミの言葉で… 私を寝かせて?」
「実際それをやろうとしてるんだが… 言葉にされると、少し恥ずかしいな。」
「ふふっ、ほらはやく〜♪ 早くしないと寝不足になっちゃうよ〜……?」
「うっ、頼むから寝てくれ……。」
⏰⏰⏰
「何だか、眠くなってきたね……。」
「そりゃ、夜だからな…。 俺も少し眠くなってきたから… そろそろ寝るか?」
「ううん、まだ今日がいいな…。 キミと話せる時間を… 一秒も無駄にしたくないしね……♪」
「そうか……。」
さっきから、寝る方向に誘導しようとしているが…… 一向に眠る気配がない。 これはもしかして、逆効果だったのか…?
無理やり寝かせる… というのも悪い影響が出そうだし…… どうにか上手く寝かせる方法はないのだろうか…。
「ねぇ、トレーナー……。」
「トレーナーは… 一人の夜って、どうしてるの?」
「俺は… やっぱり作業をすることが、一番多いかな。」
「何時までに終わらせて寝るぞ…… って意気込んで作業をするんだけど、これが案外楽しくてさ。」
「トレーナーも、やっぱり寝てないじゃん……!」
「いや、ちゃんと終わらせてからは寝てるぞ……?」
まぁ、大抵は終わらないんだけど。 でも… そんなブラックな事情を、見せるわけにもいかない。
「ファインはどうしてるんだ?」
「私…? 私はね…… 一人だと、いろんなことを考えちゃうんだ。」
「祖国のことや…… キミのことも。」
「ホームシック… ってことか?」
「ううん、ちょっと違うかな……。」
「私、夜だと悪いことばっかり考えちゃって…… “ このまま押しつぶされて、消えられたらいいのに。 ” …なんて思っちゃうんだ……。」
……思春期だし、心が不安定な時期なのだろう。 寝不足の原因も… これだと確信する。
「別に、“ 消えたい ” って思うこと自体はおかしくないさ。」
「俺だって… そう思う時はあるしな。」
「そうなの……?」
「あぁ。 誰にだって悪いことは起こるし… 常にイヤな方向に考えちゃうのが、人間だからな。」
「一番大事なのは “ そこから、どうやって立ち直るか ” …だと思うんだ。」
気休めになるかは分からないが… ここは人生の先輩として、俺の自論を教えるとしよう。 少しでも君の心が救われるのなら… 嬉しいが。
「辛いなら、思いっきり泣いて… 全て流しちゃえばいい。」
「その日は辛いかもしれないけど… 流した涙の分だけ、きっと明日の自分が頑張ってくれるさ。」
「でも… 人前で泣くなんて、良くないよ……。」
「それは違う。 むしろ泣かないってことは… 自分の心に汚れを溜め込んでいることになるんだ。 そっちの方が良くないだろ?」
「うん……。」
「それに、君は泣いたって綺麗なんだから。」
「みんなの前で泣くのが怖いなら… せめて、俺の前では泣いていいからさ。」
「うぅ… トレーナー……。 キミは、優しすぎるよ……。」
「でも、ありがとね…。」
そして君は… 何かが決壊したかの様に泣き始めた。 そんなファインを慰めながら… 明日を迎える。
その日から、君は甘えてくることが増えた。 以前よりも… さらに心を開いてくれたようで嬉しく感じる。
もちろん、君との “ 夜行 ” は、今でも続けている。 俺も健康的な時間に寝るようになって… 作業効率が上がったのには驚いたけど。
君との時間が、だんだん日常になっていく。 だから… 新たな問題が生まれるなんて思わなかったんだ。
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“ 私の強がり ” も、 “ 私の哀しみ ” も… 全て流せたあの日。 “ 私の常識 ” が、“ 常識はずれ ” だって教えてもらったあの日から…。 私は、キミへの想いを… キミに甘える事で昇華してきた。
けれど、それも限度があって…。 しかも… “ 終わりの日 ” が近づいて来ていて。 そんな焦りを誤魔化すように… 今日も私はキミに甘える。
でもやっぱり、この温もりから離れたくないな…。
そんな想いが、私達の “ 夜行 ” にも影響を及ぼしはじめていた。
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「そろそろ寝る時間だな……。」
寝なきゃいけないんだっていうのは… もちろん分かってる……。
私だって眠たいし、気を抜いたら眠っちゃいそうだけど…… 今日が終わってしまったら、あと何回キミと話せるんだろう?
だから私は今日も… わがままを言うんだ。 まだ… 今日でいたいから…。
「まだ、あんまり眠くないや…。 あとちょっとだけ… 付き合ってくれないかな……?」
「……少しだけだぞ? すぐそこにURAも控えてるし… 夜更かしは体に良くないからな。」
キミの声を聞いて… この焦りを相殺する。 そうやってずっと保ってきたから……。
「URAかぁ…。 本当に… これで最後なんだよね……。」
「国のみんなも、お父さまも… 私に期待してくれてる。」
「少し、気負いすぎてないか……?」
「君は今まで通り、走ることを楽しめばいいんだ。 こんな大舞台で走れるなんて… それこそワクワクするだろう……?」
「ふふっ、そうだね…。」
ワクワクはしてる…。 私の中の “ 走りたい ” って気持ちが… 燃えたぎってるのを感じるから。
それでも、頭の中にずっと… “ 別れ ” がよぎってくる。 キミが居なくなるという苦しみ……。 私の心は、それに耐えられるほど… 強くはできてなくて。
「ねぇ、トレーナー…。 もし、私がURAで優勝出来たら… 一緒に国に帰ってくれる……?」
「……それは出来ない。」
「…そっか。 ……そうだよね。」
「だが、俺が出来る全てをかけて祝福するさ。 ファインなら… 絶対に優勝出来るって信じてるからな。」
「ふふっ、信頼してくれてるんだね…♪」
「あぁ、だからファインも… 君を信じる俺を信じてくれればいい。」
「最後のレースなんだ…。 どうせなら、笑顔で優勝するのが一番だろ?」
あぁ、キミの口からは聞きたくなかったな。 優しさの中に込められた、“ 最後である ” という事。
優しいはずの言葉が… 心を蝕んでいく。
「嫌だよ……。 トレーナー……っ。」
「これで… 最後なんて嫌だよっ……。」
「ファイン……。」
また… 崩れちゃった。 ずっとここまで保ってきたのにな……。 でも、止まらなくて。
「離れたくないよっ……! お別れなんて嫌だよ…!」
「キミのことを… 忘れたくないよ……。」
「ファイン。 気休めになるかは分からないが… お別れをしない方法ならある。」
「えっ……?」
「向こうに行っても… 寝る前に電話をかければいいじゃないか。」
「今だって… 距離は離れてるけど、声が届いてるだろ…?」
「でも… 向こうの夜は、こっちだと朝なんだよ…?」
そう、国を越えるという事は… 時間の差があるということで。 キミと… 同じ時間を過ごせるのは…… 日本に居られる間だけ。
「君のためなら、早起きだってするから。」
「いや、むしろ俺のためにもなるかな……? 俺だって… ファインとの “ 日常 ” が楽しくてさ…。 手放したくないんだ……。」
「……本当に?」
「あぁ、起きられてなかったとしても… 電話で起こしてくれればいいさ。」
「ふふっ、嬉しいな……。」
国に帰っても… お別れじゃないなんて。 安心したからか… 眠気が急に襲ってくる。
「言質… 取ったからね……。 おやすみ… トレーナー……。」
「ははは、おやすみ… ファイン。」
何故か、明日が怖かったはずなのに。 今は全く怖く感じなくて。
それは明日じゃなくて、キミとの変わらない日常……。 “ 今日 ” が始まるからなのかな。
ふふっ、ありがとね… トレーナー。 いつも私を恐怖から守ってくれる… 私だけの “ 夜のナイト ” 。
その後、キミとの日々は加速して… URAも難なく優勝することが出来た。
優勝出来たことももちろん嬉しかったけれど、やっぱり一番嬉しかったのは… キミに頭を撫でて貰ったことかな。
嬉しすぎて… 撫でられてる途中で泣いちゃって…… キミも貰い泣きしてたっけ。 これも大事な… 思い出の内の一つ。
私は今、実家の自室に… 久しぶりに戻ってきている。 自分以外… 誰も居ないのもあって、とても広く感じた。
キミと直接会えないのは… やっぱり辛いけれど。
それでも、声は届くし… 思いも繋がっているから。 以前の日常とは変わったようで… どこも変わっていない。 私の想いも、いつか届きますように…… なんて願ったり。
以前より広いベッドで… ウマホをセットし、キミへと電話をかける。 聞こえてくるのは、なんだか眠そうなキミの声で。 少しおかしくて… 笑ってしまう。
今日も私は、キミと変わらず… “ 夜行 ” をする。