「……ファイン。」
「なぁに、トレーナー…?」
「少し… 目をつぶっててくれないか?」
「ふふっ…♪ 分かった……。」
…夜、布団の中で。 私は夢を見ている。 それも、ただの夢ではなく… “ 明晰夢 ” と呼ばれるものだ。
明晰夢。 それは普通の夢とは違い… 自分の意思で行動が出来る。 だから、現実の世界では叶うことの無いはずの物も叶えられて。
「……んっ… ちゅっ…… とれぇなぁ……。」
夢の中で、キミとキスをする。 味は分からないけど… “ 好き ” という気持ちが私の体を満たして… 溢れそうになる。
初めはキスをされただけで、ビックリして夢から覚めてしまったけれど…… 今では、長く居られるようになった。
「ファイン… 好きだ……。」
「私も…♪ 大好きだよ… トレーナー。」
現実の世界では、絶対に伝えられない想いだけど……。 夢の中では全てが思い通りで。 そんな… “ 泡沫の幸せ ” に包まれながら、次の日を迎える。
日に日に積もって増していく… “ 好き ” という感情に気がつかないままで。
Daydream Traveler
「……見返してみると、今週のスケジュール… 大分厳しめかもな…。」
放課後、トレーナー室の中で…。 俺は、担当バが来るのを待ちながら… 自らが組んだトレーニング表を見直していた。
今月は、月末にレースがあるということもあり… 少し練習を多めに入れたのだが…。 若干詰めすぎてしまったかもしれないな…。
やる気の低下に繋がるかもしれないと思い… 頭の中で打開策を考える。
「ここは… “ アレ ” を使ってみるか…?」
“ アレ ” …すなわち、ご褒美システムのことだ。 確かこの前… 担当バのやる気を上げるのに使えると、先輩トレーナーが口にしていた気がする。
トレーニングを頑張ったら、何か一つ言うことを聞く……。 これで、ファインは頑張ってくれるだろうか…?
「トレーナー! 今日もトレーニング… 頑張ろうね♪」 ガチャ !
そんなことを思案している間に、ファインが到着していた。 もういっそ… 本人に直接 “ トレーニングの日程についてどう思っているか ” を聞いてみるか。
「あぁ… 今日も頑張ろうな!」
「ところでファイン。 今週のトレーニングの日程… 少し厳しめに組んでいるつもりなんだけど…。 このスケジュールのまま、練習をしても大丈夫か?」
「トレーニング…? ……うん、全然オッケーだよ♪」
「…信じていいんだな?」
「確かに、休みがないのは少し辛いけど… キミが組んでくれたスケジュールですもの。」
「それに… トレーナーが見ていてくれるなら、絶対大丈夫だよ…♪」
…そこまで俺を信用していてくれたのか。 なんとも言えない感覚が体中を駆け巡り… くすぐったくなる。
この信頼に答えられるように、俺も頑張らないと。 ……なんて、らしくもない事を考えてしまう。
「トレーナーはなんで、そんな質問をしてきたの?」
「いや、厳しいスケジュールを組んじゃったからさ…。 なんかしら、練習後にご褒美でも用意しようかなって思ったんだが……。」
「えっ、ご褒美…!! ありがとう、トレーナー!」
「え、まだ何も言ってな…」
「ちょうど行きたいラーメン屋さんがあったんだ♪ 終わったら一緒に行こうねっ!」
「まぁ… それくらいならいつでも…。」
「ふふっ♪ 楽しみ!」
こうして、ご褒美システムを導入した… トレーニングの日々が始まった。 トレーニングの方もより頑張ってくれるようになり、そこは嬉しいのだが……。
⏰⏰⏰
「トレーナー! 頭撫でて欲しいな…♪」
「はぁ……?」
「おねが〜いっ♪ ご褒美なんでしょ…?」
「はぁ……。」 ナデナデ…
⏰⏰⏰
「トレーナー…! 抱きしめていい?」
「どうした急に…!?」
「貴様〜! ご褒美って言ってたクセに〜!」 ダキッ
「もうハグされてるんだけれど…?」
⏰⏰⏰
ご褒美システムの方は… 段々とエスカレートしてきている。 まぁ、トレーニングの方は問題なくこなしてくれているから… 特に言及はしないけれど。
だけど言及をしなかったせいで… まさかあんな問題が起こるなんて、この時の俺は夢にも思っていなかったんだ。
────────────────────
「……トレーナー、“ おやすみのキス ” して欲しいな…。」
「あぁ…。」
頭を撫でられたり… キミを抱きしめたことにより、夢の内容も変化していった。 例えば… 前まで感じられなかったキミのぬくもりが、経験をしたことにより… 夢の中でも感じられるようになったりした。
どうやら… 夢は現実の記憶の中から、形づくられる物みたい。
「……んっ…… はぁっ… ちゅ……。」
今日も… “ 好き ” の感情が私を満たしていく。 味が分からないままのキスで、幸せを感じていく。
もし、キミとキスが出来たら… この味がわかる日も来るのかな…。 そんな “ 儚い夢 ” を抱きながら、次の日を迎える。
溜まりに溜まって、溢れそうになっている… “ 好き ” という感情に気がつかないままで。
────────────────────
「ふぅっ……。 はぁっ……!」
今日の階段ダッシュも、最後の1本になった。 これを終わらせれば… ご褒美の時間。 今日はどんなことをしてもらおうかな… なんて、走りながら考えてしまう。
いけないいけない…。 トレーニングなんだから、集中しないと意味ないよね……。 登りきった所で待っているトレーナーを見据え… 最後の力を振り絞る。
「はぁ〜っ!!」
⏰⏰⏰
「今日もトレーニングお疲れ様。 はい、タオルと飲み物。」
「ありがとね、トレーナー!」
「どういたしまして。」
「じゃあ後は… ウォーキングとかで、軽くクールダウンをしておいてくれ。 俺は先にトレーナー室で待ってるよ。」
「うん、分かったよ♪」
「それじゃ、また後でな。」
⏰⏰⏰
ウォーキングをしながら、今日のご褒美の内容を考える。
…夢の中で感じたキミのぬくもり。 現実の世界で経験した事が… 夢でも実現出来るようになっているから……。 キミとキスをしてみたら、味が分かるのかな… なんて、考えてしまう。
でも流石に… キスを要求するのは恥ずかしいな…。 そうだ、昨日は私からハグをしたから… 今日はキミから抱きしめてもらおっと。
⏰⏰⏰
「トレーナー! 抱きしめてよ♪」 ガチャ !
「うわっ! わがままプリンセスが登場したな…!」
むっ、こっちは結構勇気を出して言ってるのにな…。 そんな悪いことを言うトレーナーには、“ 伝家の宝刀 ” を食らわせないとね。
「つーんっ、そんな事言われたら… トレーニングも頑張れないかもなぁ〜。」 プイッ
ちらりと、伏せ目でトレーナーを見る。 すると、キミは仕方がないと言う顔をして… 席を立った。
ふふっ、簡単なんだから…。 …なんて思いつつ、顔は崩さないようにしてキミを待つ。
「仕方ないな… ほら、こっちを向いてくれ。」
「ふふっ、ありがとね♪」
「……こんなんでやる気を出してくれるなら万々歳だよ…。」 ダキッ
夢の中でも感じた、キミのぬくもりに包まれる。 あぁ…… 幸せだな。 幸せが体を満たしていく感覚も… 夢で感じた物よりも強くなっていて。
今週で、このご褒美の時間も終わってしまう。 そうしたら… この感覚も味わえなくなっちゃうのかな。
胸にうずめていた顔をあげ… キミの方を向く。 ちょうどこちらを見ていたみたいで、目が合った。
「ふふっ♪ 私の事がそんなに気になる?」
「いや、抱きしめてる相手の事が気にならないなんて… 普通ないからな?」
「あははっ、愛の言葉とか囁いてもいいんだよ?」
「そんな恥ずかしいこと、要求されたとしてもしませーん。」
そんな軽口を叩き、上がっていく鼓動を誤魔化す。 夢の中で… 何度もキスをしたその口……。 こんな近くにあるというのに、届かなくて。
……したいな。 知りたいな……。
キミの口から… 目が離せなくなる。 キミのぬくもりで… 何も考えられなくなって…。
気がついたら、ソファにキミを押し倒していた。
「ファイン!? どうしたんだ…!?」
「トレーナー……っ!」
……本能めいた衝動に、もはや思考すら出来ず動かされる。 したい、キスをしたい。 もう私は止まれない。
「…これ以上は良くない! 一旦落ち着いてくれ…っ!」
「………。」
ジリジリと詰まる距離。 もう息をする音すらも聞こえるような距離で。 あと少し、あと少しだけ近づいたら… 何度も夢に見ていた味も知れるのかな。
ふと、口から目を離し… キミの目を見る。
「………っ!?」
キミの目は… 恐怖でいっぱいで。 それを認識した途端、頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われる。
あぁ、私はなんて事をしちゃったんだろう。 一気に流れ込んでくる後悔と自責の感情に… 私の脳は耐えられなくて。 そのまま私は意識を手放した。
────────────────────
「ファイン!? どうしたんだ…!?」
「トレーナー……っ!」
ファインに押し倒され… パニックになる。 迫り来る君の顔。 されることはもう明確で。
抵抗しようと、手を動かそうとするも… 上から押さえつけられているのかビクともしない。
「…これ以上は良くない! 一旦落ち着いてくれ…っ!」
「………。」
もう… 聞く耳を持ってくれないみたいだ。 ……どうしよう。 ご褒美システムを導入したら、担当バに襲われましたー… なんて説明する訳にもいかないしな…。
そんな事を考えていたら… 目と鼻の先に、君の顔が来ていて。 もう… 隠し通すしかないのか……? 先々への不安感からか、頭が痛くなる。
「………っ!?」
目をつぶり… 蹂躙される衝撃に備える。 …すると何故か、バタンという音を立て、さっきまで上にあった重みが無くなった。
おそるおそる目を開けて、音の出どころを確認してみると…
「なっ……!?」
そこには… 先程まで視界全体を満たしていたはずの、ファインが倒れていた。
「大丈夫か…!?」
軽く揺すってみるも… 反応はない。 どうすればいいか分からず、右往左往していると…。
「保健室に連れていきましょう。」
「うわっ! びっくりした!」
「隊長さん… 居たなら助けてくださいよ…。」
「……私には殿下のなさる事を止める権限はありませんので。」
「倫理感とかないんですか…。」
助けを求めても、意味なかったってことだな…。 そういう意味では… 気を失ってくれて助かったとも言えるけれど……。
……さすがに不謹慎だな。 とりあえず保健室に連れていくとしよう。 倒れた原因もよく分かってないし… 聞いてみなければ。
────────────────────
「……軽度の睡眠障害です。」
「なるほど… 具体的にはどのような物なんですか…?」
「原因は分かりませんが、眠りが浅い…… つまり、悪夢にうなされてたり… 夢の中で遊んでたりするんですね。」
「……それって、解決策とかあったりするんですか…?」
「そうですね……。 基本的に、夢をよく見る人は… 欲求不満だったり、叶えたいものがあったりなど… “ 欲 ” がある人が多いんですよ。」
「ですから… 本人に何が欲しいのかを聞いてみるのが、一番だと思いますよ。」
「……分かりました。」
そう言い残して、保健室の先生は外に出ていく。 ファインがしたいこと…。 ご褒美システムでも要求しなかった何かがあると言うことなのか…?
いや、もしかしたら… “ キス ” がしたいんじゃないか…? そう考えると、なでなでやハグを要求してきたことにも納得がいく。
だとしたら、一度話し合う必要があるな…。 恋人でもない人と… ハグやキスはしないってこと……。 早めに教えておかなければ。
「んんっ……。」
そんな事を考えていると… ベッドに寝ているファインに動きがあった。 話は後にして、今はファインのバックアップに専念しよう…。
「んんっ……。」
目を覚ますと… 知らない天井。 知らず知らずのうちに寝ていたみたい。
「ファイン…。 体調は大丈夫か?」
「えっ……?」
トレーナーが… 隣にいる…? もしかして、夢の中なのだろうか。 だとしたら、物足りない。
「そんな事より… 何か忘れてない?」
「え…?」
「ほら、いつものやつ…。 キミがしないんだったら私からしちゃうよ…?」
「…なっ、ちょっやめ」
「……ん… ちゅっ………。」
キミとする… おはようのキス。 “ 好き ” の感情が流れ込んできて… 本当に幸せだ。 それに、いつもトレーニング後になめている “ はちみ〜飴 ” の味がして…………
……あれ…? 味がする…!?
「…ぷはっ!! ファイン…! 恋人でもない人にそういう事をするのは良くない…っ!」
……ふと周りを見渡すと… 棚にはガーゼなどが入っていて、まるで保健室にいるみたい。 キスの味がするという事と、トレーナーの言ってる事も加味すると… 導き出される結論は一つで。
「あ、あれ…? もしかして… 夢じゃないの…!?」
「……まさか、夢だと思っていたのか…?」
恥ずかしい…。 キミとキスをする夢を見てるなんて知られたら、必死に隠してきた “ 好き ” という気持ちも、伝わっちゃうのかな。 ……う〜ん、それも悪くないかも…。
「思春期だから… 多少の憧れがあるのは分かるが……。 普通、そういう事は恋人とする物だからな……?」
「………。」
「あれ…? ファイン、聞こえてるか……?」
「トレーナーの… バ鹿〜っ!!!」 ガチャ !
「……ファイン!? 体調は大丈夫なのか…!? 待ってくれ!!」
そんな簡単に伝わってくれるような人なら、今までの私の態度で気づいてるよね…。 想いは伝わらなかったけれど… キスの味を知れたことだけは、本当に良かった。
いつか、キミに伝わる日まで… 夢の中にキスの味を閉じ込めておこう。 いつでも旅立って… 思い返せるように。