「ふぅ…… 資料もまとめ終わったし、そろそろ休憩するか!」
今日中にやる予定だった作業も終わり、窓の外へと目を移す。 満開の桜が咲いているのが目に入り、“ もう春が来てしまったのか ” という事を実感する。
ファインモーションのトレーナーとして過ごした、この二年間…。言葉にしてみれば長く感じるけれど、光のように早く過ぎ去ってしまった。
振り返れば、どの思い出の中でも笑えていて。 ファインの周りにいたから、自然と笑顔になれたのだろうか。 ……どちらにしろ、彼女のトレーナーになれて良かったと本当に思う。
窓を開けると… 暖かな春の風に乗って、桜の花びらが入り込んできた。 気がつくと外には、お昼ごはんを食べ始めている人がいた。
「今の時間は… 11時55分か。」
作業に夢中だったとはいえ、そんな時間になっていたとは…。 ちょうどいい時間だし、食べ物でも買いに行くとするか。 そう考え、ドアを開けて外に出ようとしたのだが…。
「トレーナー! トレセンの寮が、今年度から廃止になるみたいだからさ… 今日からキミの家に泊まることにするね♪」 ガチャ !!
予想外の来訪者の登場により、その予定は狂わされることになった。
ぜんぶホントでぜんぶウソ。
「あと少しで12時かぁ… 早く行かないと。」
入学式の準備も終わり、足早にトレーナー室へと向かう。
今日は4月1日… エイプリルフールと呼ばれる日。 今日つくための嘘も、ちゃんと昨日の内に考えておいた。 ふふっ、これを言った時のキミは、いったいどんな顔をするんだろう。
そんな事を考えていたら、既にトレーナー室の前にいることに気がついた。 中にトレーナーが居るのを確認し、呼吸を整える。
「トレーナー! トレセンの寮が、今年度から廃止になるみたいだからさ… 今日からキミの家に泊まることにするね♪」 ガチャ !!
「……えっ!? いや…… えっ!?」
ふふっ、予想していたよりずっとビックリしてくれて、何だか嬉しい気持ちになる。 …って、いけないいけない。 こちらが楽しむだけじゃなくて、ネタばらしもきちんとしておかないと。
「……ところでトレーナー、今日は何の日でしょう?」
「何の日…? 今日って何かの記念日だっけ……?」
「……あっ… 通りで、そんなとんでもない事を言い出したのか…。」
「ふふっ、私の嘘… 驚いてくれた?」
「今年の理事長… ショップ開いたりウマレーター作ったりで、散財しまくってたからな……。 本当のことかと思ってビックリしたよ。」
あはは… 確かに有り得そうな嘘だったかも……。 でも、それくらいがちょうどいいラインなのかな?
「ところで、今日はやけに早いんだな。」
「うん♪ 新入生のための準備をして、午前で解散だったからね!」
「新入生…… もうそんな時期なのか。」
新入生。 新しく入って来る子達は、どんな感じなんだろう。 トレセン学園にいるみんなのように、個性豊かな子達なのかな。
「今年はどんな子たちが入ってくるんだろうね♪ 何だか楽しみかも!」
「確かに、今年の子達はチェックしておかないとな。」
「……え? どうして?」
「だって、ファインが居なくなった後… ちょうどその子達の選抜レースが始まるだろ?」
「今のうちに、出来るだけ素質を確かめておこうと思ってな。」
……そうだよね。 キミは私だけのものって、心のどこかでは思っていたけれど…。 そんな事は全然なくて、トレーナーは次の子の事も考えているんだ。
「貴様〜… 私というものがありながら、他の子にうつつを抜かすと申すか〜!」
「いやいや… ファインの事に関して、手を抜く気は一切無いよ。」
「あくまで合間に、大体の狙いを絞っておきたくてさ。」
……やっぱり、キミにとって私は一人のウマ娘で。 いつもは嬉しい扱いのはずなのに。 どうしてこんなに苦しいのだろう。
きっと私… キミに特別扱いされたいって思ってるんだ。 …キミの事が好きなんだ。 ……誰にも渡したくないんだ。
一度気づいてしまった想いは、止まることを知らずに加速していく。 どうして今、気づいてしまったんだろう。 いろいろな想いが身体を巡り、何が何だか分からなくなる。
「トレーナー、私はキミの事が大好きなの。 好きすぎて… “ 他の子の担当になって欲しくないな ” なんて考えちゃうほどにね。」
「ファイン……。」
「……来年も再来年も… ずっと一緒に、アイルランドで暮らしてくれませんか?」
……何言ってるんだろ、私は。 こんな事を言ったところで、キミが困るだけだって分かってるのに。
「……な〜んて、ぜんぶ嘘だよ!」
……耐えきれない。 こんなわがままで… キミを苦しめてる私に。 自分の事しか考えていない、恐ろしく傲慢な私に。
だから… ぜんぶ “ 嘘 ” だったことにしよう。 ぜんぶ本当の気持ちだけれど、“ 本当 ” はキミを悩ませるだけだから。
「ほら、ラーメン食べに行こうよ! そろそろご飯の時間だしね♪」
「……あ、あぁ。 俺もちょうど、何か食べようかなって思ってたんだ。」
時計の針は、12時10分を指していた。 いつか、この “ 嘘 ” も “ 本当 ” に出来ますように。 今の私には、願うことしか出来なくて。
食べたラーメンは、何故だか味が薄く感じた。