真夜中、星明かりの下… 飛行機が飛んで。 私は今… アイルランドへと帰る便の中にいる。 周りにSP以外… 誰もいないのが寂しくて、窓の外の星明かりへと目を移す。
「お別れ… しちゃったな……。」
キミと過ごした三年間の日々を思い出す。 どれもこれも、思い返せば思い返すほどに… 輝いていて。 心を開くことは難しかったはずなのに… キミの前ではわがままばっかり言ってたっけ……。
思えば、最初に心の扉を叩いてくれたのは… キミなんだよね。 私の中の憧れだった… レースに出るということ。 日本のトレセンで走れたら… という思い。 全て全て、カギをかけて閉まっておいたのに。
それでもキミは、私を陽だまりへと導いてくれたよね。 ふふっ、最初のエスコートの時… 手を繋いだっけ。 キミの手はあたたかくて……。 こんな “ 当たり前 ” の幸せを、味わえたのは全部キミのおかげで。
これが、私の初恋だったんだろう。 “ 当たり前 ” に憧れて… でもずっと、責務に反することをするのが怖くて……。 そんな時… キミは自分の全てをかけて、私に “ 当たり前 ” をくれた。
ラーメンをハシゴして… 夕焼けに照らされながら帰ったっけ。 そのまま外出届を出してキミの家に泊まったこともあったかな。
キミの家で飼ってる柴犬… “ こむぎ ” って名前なんだよね。 警戒心が強くて、最初の方は全然懐いてくれなかった。 それでも、通ってるうちに近づいてくれるようになって。
今では、キミと同じくらい懐いてくれた。 まるでキミの家の一員に成れたみたいで… すごく嬉しかったのを覚えてるんだ。 本当に可愛くて… 帰ったら、私も犬を飼ってみるのもいいかも… なんて思ってしまった。
トレーナーの家といえば… テレビで色んな番組を見たよね。 デッキに謎にストックされていたサメの映画……。 本当にシュールで、ずっと笑いっぱなしだったのを覚えてる。
バラエティ番組を見た時… 失恋するお話をやってて、気がついたら泣いちゃったんだっけ。 あの日は人肌が恋しくなっちゃって… キミと一緒のベッドで寝た。 キミの温もりで安心して、すぐに寝ちゃったのは失敗だったな…… なんて、今では思ったりもする。
でも、あのニュース番組……! あの番組だけは… いっつも人を小馬鹿にした様な内容ばかりやっていて、好きになれなかった。
そんな時… キミはいつも、 「人をダシにして視聴数を稼ぐような番組より、このサメ映画… 見てみないか?」 って言うんだ。 もちろんB級だったけど、あれはキミなりの優しさだったのだろう。
“ 真面目 ” な仮面を脱ぎ捨てて、キミと過ごす日々…。 ちょっぴり悪いことをしてる気分だったけれど… キミが “ 悪い ” ことをしていいって教えてくれたから。 キミも私と同じ位… “ 悪い ” 人なんだ。
でも、キミが連れ出してくれなければ… 陽だまりを知らず生きていただろうから。 そう考えると本当に、キミが “ 悪い ”人で良かったんだ。
私のために… “ 悪い ” 人でいてくれてありがとう、トレーナー。
………ずっと、このままでいれば… 何か変わるきっかけが訪れて来るんじゃないか…… って思っていたの。 キミと私… 二人で一緒にいれば。
でも、現実は残酷で。 いくつ同じ時を過ごしても、いくつ同じ言葉を重ねても…… キミと私は、トレーナーと担当バの関係でしかなくて。
これが私が見てしまった… 人生で二回目の淡い夢。 またキミが叶えてくれるんじゃないかって…。 甘えてたから、離れ離れになっちゃったのかな。
せめて… 私のことを覚えていて欲しかった。 だから、私が日本にいれる最後の週は… 毎日お出かけに誘ったんだ。
キミも悪い人でよかった。
こむぎのお散歩に着いてった日… 私がリードを持ったら、どうやら走りたかったみたいで… こむぎが走り出した。
「ワンワンッ!」
「ふふっ♪ 走るの楽しい?」
「ワンッ!」
私の周りをぐるぐる回り、喜びをアピールするこむぎ。 本当に可愛くて… つい撫でてしまう。
「待ってくれ…! ぜぇ… はァっ…… 二人とも速いって……! うわっ!」 ズデッ
「あっ……。」
後ろから追いかけてきたキミは… 盛大にぬかるみで足を取られ転ぶ。 もう、そんなんで私が居なくなってもやっていけるのかな…… なんて。
「トレーナー……? 大丈夫?」
「クゥン……。」
「ははは… 少し足場が悪くなってたみたいだな…。 服が少し汚れたぐらいだし… こんなん、どうって事ないさ。」
「ほんと、家の近くの道で良かったね…。」
「またこういう事があるかもしれないし、次はトレーナーのペースで走ってよ。」
そう言って私はリードを持ってない方の手をトレーナーに差し出す。
「ファイン…? その手は……?」
「ふふっ、私もキミのペースに合わせるから… リード代わりに使っていいよ?」
「いや、リードはもうあるだろ?」
「これは私とこむぎのリードです〜!」
「ワンワンッ!」
「なんだそりゃ……。 まぁ、ペースさえ合わせてくれたら良いけどさ。」 ニギッ
「ふふっ♪ 三人で手を繋いでお散歩するの… 良い思い出になりそうだね!」
「あぁ、そうだな……。」
ささやかな幸せが、最後の週は身に染みる。 キミと手を繋いだだけで調子が絶好調で。 単純すぎるかな…。 でも、今週だけは… それでもいいや。
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次の日… 遊園地、 花火を観覧車から見て。 綺麗だったから、2人で写真を撮った。 スマホで撮る… 日常のなんて事のない写真。 みんなにとっては普通でも…… もうすぐ普通じゃなくなっちゃうんだ。
嫌だ、嫌だ… なんて思っても時は止まらなくて。 時間だけはみんなにとって平等で。
また次の日、キミと映画を見に行った。 恋愛映画を見て…… 時間が余ったから、サメの映画も見た。 もちろん、B級で。 でも、キミとストーリーの事を話すのは楽しくて。
今日が永遠に続けばいいのにって思ってしまった。 でもやっぱり、次の日は来てしまう。
その日は、カラオケに行くことにした。 圧倒的有利な条件で、勝負をしかけてみる。 何故か勝負に乗り気だったのに、キミの歌は面白おかしくて。
罰ゲームでキミをくすぐってみた。 まさかくすぐり返されるとは思わなかったけれど。 くすぐられてる途中に店員さんが入ってきて… 変な事をしてるって誤解されかけたのは、笑っちゃったな。
そして、また空が赤くなり… 今日が終わる。 夕焼けは綺麗だけど… 一日の終わりを告げる合図でもあるんだ。
こんなバ鹿みたいな日常は今日までで。 あっという間に、別れの日が来てしまった。
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今日の夕方… 日の落ちる頃に、私を乗せる便は日本を発つ。
最後の日、私が欲しくなったのは… やっぱり “ 日常 ” で。 私の足は… 早朝の街を駆け、キミの部屋へと向かっていた。
合鍵を使い、部屋の中に入ると… こむぎが駆け寄ってきてくれて。
「ワンワンッ!!」
本当に愛おしい。 今日で最後のこむぎのエネルギーを、満タンまでチャージするように抱きしめる。
「ん〜……? ファインか、えらく今日は早いんだな。」
キミは、別れの日だと言うのに何食わぬ顔で出てきて。 まぁ、日常を楽しむ分にはちょうどいいけれど… 少しは感傷に浸って欲しいのに。
「ふふっ、今日は最後の日だからね…♪ キミと一緒に朝からテレビが見たかったの。」
「おっ、サメ映画もか?」
「朝ごはんを食べた後に見ようかな♪」
もう、長らく使った冷蔵庫の中身もわかっていて。 ずっとここで過ごしてきたという事を実感する。
トースターに食パンを置いて、湯を沸かし… イスに着いて待つ。 テレビには、あのニュース番組。 私が国に帰るということが放送されていて。
「やっぱり、先にサメ映画見始めようかな♪」
今は、あのニュース番組や、私が帰るという事実とも向き合わず… ただキミとの “ 日常 ” を噛み締めていたい。
「おっ、新しいの入荷したんだよ。 なんかネットで評判になってたからさ……。」
「ふふっ、それなら今日は期待できるね♪」
「今日はって聞こえてるからな?」
トースターからパンを取りだし… 何故か私の分まで作ってくれている、スクランブルエッグを皿に盛りつける。 パンにはいちごのジャムを塗って、準備万端。
「う〜ん、やっぱり美味しいね!」
「はは、俺の適当な朝ごはんで喜んでもらえるなんて嬉しいな。」
適当なんかじゃなく… この、 “ 日常 ” の味が好きなんだ。 私には、もう非日常になってしまうものだから。 精一杯、脳の全部が覚えるまで… 味わって食べた。
⏰⏰⏰
「ドラゴンシャーク……!?」
「ははは、またおかしなサメが湧いてきてるな。」
「ふふっ、現実じゃありえないよ♪ 空を飛ぶサメなんて!」
「ストーリーどうなってんだ…? これ……。」
やっぱりくだらない。 だからこそ笑えて。 このくだらなさも楽しめるのが… 日常なのかな。 “ 真面目 ” を被った非日常とは違う。 そこら中に隠れた幸せが転がっているんだ。
⏰⏰⏰
そしてまた、テレビのチャンネルをいじる。 スポーツの話ばっかりで、バラエティの番組は1個しかやっていなかった。
思いを伝えられずに… そのままの関係でいることを選んだ幼なじみの話が流れていて。 状況は同じという訳では無いのに… 心が冷たくなった。
もし、この三年間のどこかで… キミに想いを伝えていたとしたら。 結ばれる未来もあったのかな? キミは受け入れてくれるのかな……。
なんて、もう遅すぎて…。 自然と涙が出てきてしまった。
「ファイン…?」
もう、なんで気づいちゃうかな……。 いつもは何も気づかないで… 運動神経も悪くてドジで、でも他の人より何倍も優しくて……。
「トレーナー、ごめんね。 ……抱きしめていいかな…?」 ダキッ
なんて言ったけれど、関係なく抱きしめる。 待っていたら… 抑えていた気持ちが溢れ出てしまうから。
「ははっ、それぐらいなら聞くよ。」
「今日は… 俺たちにとって特別な “ 日常 ” なんだろ?」
あぁ、キミには言わなくても… 私がやりたい事が分かっていたみたい。 やっぱり、キミも私と同じ… “ 悪い ” 側の人間で。
私の初恋と、さようならしなきゃいけないのに。 どうして、こんなにキミのことしか考えられないのだろう。 いつから… 私はこんなに染められていたのだろう。
「殿下… そろそろ時間が迫ってきています。」
嫌だ、別れたくない…って “ 悪い ” 私は言う。 けれど、いつだって “ 真面目 ” な私は強くて。
「ええ、わかりました。」
「トレーナー… 着いてきてくださる……?」
でもせめて、お見送りぐらいは許して欲しい。 日本でいられる時間の最後の一秒まで… キミと居たいんだ。
「来ないで、と言われても行くつもりだったよ。」
「ふふっ、嬉しいな♪」
「では、こちらの車に… トレーナー様もどうぞ。」
そう、もう既に… リムジンという非日常が私を待っていて。 いつまでも “ 日常 ” には居られないみたい。 キミと隣の席に座り… 肩を預ける。
「トレーナーは… 私がいなくなった後…… どうするの?」
トレーナーに、私はもう居なくなるという… 現実をつきつける。
「ファインが居なくなった後か… 正直不安だな……。」
「どうして?」
「だって… 今振り返ってみたらさ……。 俺の周りにはいつだってファインが居ただろ?」
「君と過ごす日々が楽しすぎて…… 永遠に続くんじゃないかな……って思ってたんだ。」
「…………。」
私だって… 永遠に続いて欲しいってずっと思ってた……。 だけど、そう考えれば考えるほど… 時間は有限だってことを理解してしまって。
「俺は… 気付かないうちにファインに依存してたのかもな……。」
「私だって……。」
私だって… この何週間の間ずっと、キミのことしか考えてないのに。 これを伝えたところで、もう何も意味が無いことを私は知っていて。
「トレーナーと出会えてよかった!! 走りの許しだって… キミが居なかったら絶対に貰えなかったし…… 日常に隠れた幸せだって…… 犬のかわいさだって!!」
「キミのお陰で気づけたんだよ……っ!」
代わりに、今私が込められる最大限の感謝を… キミに伝えることにしよう。
「この世界は楽しいことばかりだって! キミに出会えて分かったの……っ!」
「だから…… 本当にありがとね、トレーナー……!」
溢れそうになる涙を堪えて。 笑顔を作ってキミに笑いかける。 綺麗に笑えてるかな。 キミの記憶の中に残る私が笑顔だといいな。
「ははっ、どういたしまして……」
「だけど俺だって、君に気付かされたことが沢山あるんだ。 他人のあたたかさや… それこそ、世界の楽しさだって。」
「でもその中心にはいつも君が居て。 だから正直… ファインが居なくなるのは、少し怖い。」
「それでも、君が笑ってお別れをするなら… 俺が弱音を吐く訳にはいかないな。」
そう言って、キミも笑い返す。 ダメだよ… キミが想像してるより… 私はずっと弱いのに。 湧いてくる涙を誤魔化すように… 窓の外を見る。
気がついたらもう、夕日が沈みかけていて。 空港が近いのか、飛行機が低空を飛んでいた。
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プライベートジェット用の特別な搭乗口。 SP達を除けば、キミと私以外… 誰一人居なくて。
「本当にお別れなんだな…。」
「ふふっ、向こうに行っても… LANEとか出来るけどね?」
だけど、今日と同じような “ 日常 ” をもう味わえることはないのだろう。 だから実質、キミとはもう関わることはなくて。
「だとしても… こむぎが寂しがるだろうな……。」
「ふふっ♪ 結構私にも懐いてたもんね…?」
こむぎのことは、正直心配だ。 最後の散歩でも、キミは走ってくれない人だと思われてるみたいだし…。 うぅ、未練は残さないように…… なんて出来るわけないよ……。
「トレーナー、また… 抱きしめてくれる?」
「あぁ。」 ダキッ
これが、最後のキミのぬくもり…。 忘れないように強く抱き締めてしまう。 だけどキミは… 何も言わずに頭を撫でてくれて。 あぁ、この時間が永遠に続けばいいのに。
やっぱりこの気持ちは… 消すことは出来ないみたい。
キミのぬくもりから離れ、搭乗口の前に立つ。
「トレーナー、今まで私を見ててくれて… ありがとね。」
「……どういたしまして。」
「今まで、幸せをくれてありがとね!」
「こっちだって、いっぱいもらったさ。ありがとな!」
「さようなら、トレーナー……!」
「キミを好きで良かったよっー!!」
「……っ!?」
そう言い残し、私は飛行機に駆け込む。 キミからの答えは聞かない。 それを聞いてしまったら… どんな答えでも後悔することになるだろうから。
さようなら、トレーナー。 さようなら……!
結局… 飛行機の中でもキミのことしか考えてないや。 何がさようならだ。 未練しか残ってない。 でも、不思議と涙は湧いてこなくて。
キミに伝えられたから。 私にとってはそれだけでよかったのだ。
ふと、ポケットの中で震える何かがあるのを感じる。 何だろうと思って確かめてみると、ウマホに通知が来ていたのに気がついた。 私には、今送ってくるような人物なんて… 一人しか思いつかなくて。
考えるより先に、トーク画面を開いていた。 そこには、『 迎えに行く 』とだけ書いてあって。
あぁ、やっぱりキミは、“ 悪い ” 人みたいだ……。 私の夢を叶えるために、何でもしてくれて。 いつも心を救いに来てくれる。
私の初恋も… まだ消さなくていいみたい。
本当に… キミが “ 悪い ” 人でよかった。