蒼空の乙女達 ―Maidens in the blue sky―   作:ミヤフジ1945

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第9話 答えと涙

 

画透艦長が話終えた時、アサマの艦長室には彼女の鼻を啜る音しか聞こえなかった。

 

颯華は未だ暖かいココアを一口口に含んだ。普段は別段気にならない甘ったるいココアの味が今だけは少し鬱陶しく、颯華は顔を僅かに歪ませた。

 

マグカップを机に置き、口直しと言わんばかりに再びハーブシガレットに火をつける。

ゆっくりと燃えるハーブシガレットから出る煙を一息吸って、颯華は未だ俯いたままの彼女を見た。

顔を俯かせているため彼女の顔を見ることは出来なかったが、決壊寸前のダムの様な、内から溢れるナニカをギリギリで押し留めている。そんな雰囲気を颯華は彼女から感じた。

 

 

 

 

「………ではキミの質問に答えるとしようか。」

 

 

 

颯華がそう口を開いた時、彼女は顔を上げないままビクッと体を一瞬強張らせてしまった。

 

 

 

 

「キミの質問は確か………怖くは無かったか?だったな。

 

前提として私は、恐怖は警報(アラーム)の様なモノだと思っている。物理的な痛みが身体的な異常を知らせる為の警報(アラーム)と同じようにな。

恐怖は精神を守るための警報(アラーム)なのだと。」

 

 

 

人の体というものは常に100%の力を使っているわけではない。

無意識に70~80%程に押さえており、無理に100%の力を出そうとすると痛みとしてそれをセーブしようとする。

何故ならば、100%の力を発揮すれば人の体は壊れてしまうからだ。

風邪を引いた時の熱だってそうだ。熱が出るのは原因たる菌やウイルスを除去しようとしての反応で、そこで無理をすれば更なる悪化を及ぼしてしまう。

 

この様な、物理的な痛みや熱は体を守る為の#警告__アラーム__#なのだ。

颯華は、恐怖をそれらと同じ警報(アラーム)だと思っていた。

 

身体的では無い、精神的な警報(アラーム)だと。

 

もう一息ハーブシガレットを吸って、半分近く残った物を灰皿に押し付けながら、颯華はそう言った。

 

 

 

 

「………艦長とは孤独なモノさ。

 

部下(友人)の命、飛空艦(フネ)の安全、任務の遂行……色々な重責を背負い、ましてやそれを誰かに背負って貰うことは決して許されない。

 

毎日毎日、今日の自分はこれで良かったのだろうか?もっと良い指示(最善策)が出来たのでは?

そう後悔して、思い詰めて、明日もしかしたら重大なトラブルがアサマ()に牙を剥くんじゃないかと不安になりながら眠れぬ夜を過ごす。」

 

 

 

灰皿にもみ消したハーブシガレットが僅かに煙を漂わせているのを眺めながら、颯華は溜め息と共に新たなハーブシガレットを咥えた。

 

 

 

 

「誰にも相談出来ない重責は、淀んだ泥の様な不安と恐怖を伴って、負の連鎖となって最悪の光景を何時も何度も頭に浮かんで来る。」

 

 

 

颯華は、艦長室に1つだけ飾ってある絵画を見上げた。

1輪だけ描かれた、真っ赤な彼岸花の絵を。

 

 

 

 

「恐怖は最悪(BAD END)を起こさせない(から守る)為の警報(アラーム)だ。

 

恐怖(アラーム)を感じた時、艦長(私達)は足掻かなければ成らない。自分の為じゃない、部下(友人)飛空艦()を守る為にだ。」

 

 

 

 

颯華はソファーから立ち上がると、ゆっくりと彼女の元へ歩いた。

僅か数歩の距離だが、彼女の前に立ち止まった時、颯華は涙を目尻に貯めながら颯華を見上げる彼女と目が合った。

 

 

 

 

 

「…………………私だって怖いさ。

 

何時も何時も、悩んで最善策を選んだつもりでも、必ずモット何か合った筈だと後から後から不安になって、先の読めない明日に怖くなりながら眠れぬ夜を過ごしてる。

 

今日もそうだ。私はモット上手く指揮出来た筈だ、その考えが頭からこびりついて離れない。アサマ()に怪我が無かったのは偶々運が良かっただけ。次はもしかしたら…………

 

そう恐怖して足がすくんでしまう。」

 

 

 

だから

 

 

 

 

「恐怖を、怖さを感じるのは決して間違い出はない。

 

 

寧ろ、恐怖(ソレ)は#艦長__私達__#にとって最も大切なモノ(アラーム)だ。

 

 

…………だから」

 

 

 

 

 

 

『キミは本当に良く頑張った』

 

 

 

 

そう答えると同時に、颯華は画透艦長を優しく抱き締めた。

 

初め、何をされたのか理解出来なかった彼女は目を白黒させて固まっていたが、抱き締める前に言った颯華の言葉の意味、そして颯華の行動にようやく脳が追い付くと、ゆっくりと颯華のコートへと顔を埋めた。

 

震える彼女の背を、颯華は優しく撫でる。

ゆっくりと、コートに広がる湿った暗いシミが何なのか。

それを問う必要は無いだろう。

 

 

 

 

「………今だけはそうしていると良い。

同じ辛さを持つ者としてキミの想いを私は受け止めよう。

良く頑張った、そして#艦長__入り口__#へようこそ。」

 

 

 

共に頑張って恐怖を感じて行こう。

 

 

 

 

 

それから約30分以上、颯華は彼女が疲れから寝落ちしてしまうまで優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『艦長、まで間もなく20海里になります。』

 

 

 

 

画透艦長が疲れから颯華に抱き着いたまま眠って暫く、艦内電話にてアルマから連絡が入った。

それは間もなくアサマが佐世保へと帰港する事を意味していた。

 

 

 

「わかった。直ぐに艦橋に上がる。」

 

 

 

 

『了解。お待ちしてます。』

 

 

 

 

颯華は画透艦長を抱き締めたまま素早く艦内電話の操作盤を動かしてアルマへと返事をした。

 

 

 

(さて………どうするかな。)

 

 

 

未だ抱き締めたまま彼女を見れば、安心したかのような薄い微笑みを浮かべている。

 

 

 

 

「取り敢えず…………ベットに運ぶか。」

 

 

 

 

ゆっくりと彼女を横抱き、他人が見れば所謂『お姫様抱っこ』をして起こさない様にベットに向かう。

 

白いシーツを張った部屋には不釣り合いな金属製の無骨なベットに彼女をゆっくりと降ろし、薄黄色の毛布を優しく被せた。

 

彼女が颯華のコートを付かんで離さない…………ということは幸いにも無く、彼女はそのまま颯華から離れてくれた。

 

颯華は優しく、起こさない程度に軽く彼女の頭を撫でた。微笑みを浮かべて眠る彼女を見て颯華自身も薄く笑った。

 

 

 

「行ってくる。キミが起きたらもう佐世保に着いているだろう。」

 

 

 

聞こえもしないのにそう口にして、颯華は彼女に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

「………………颯華お姉ちゃん」

 

 

 

 

歩き出そうとした時、寝言なのか彼女は小さく呟いた。

出鼻を挫かれやや躓きそうになった颯華だが、もう1度彼女に振り返って笑いかけた。

 

 

 

 

「フフッ……………お姉ちゃんか………初めて言われたぞ。」

 

 

 

 

そう独り言を呟き、颯華は艦橋へと去っていった。

 

 

 

 

もう、彼女を振り向く事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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