蒼空の乙女達 ―Maidens in the blue sky― 作:ミヤフジ1945
寝てしまった彼女を艦長室のベッドに寝かし、再び艦橋へと戻ってきた颯華。
艦長席に座りつつ、アルマから現状の報告を受ければ、どうやら風向きが南風となった事で、アサマは追い風を受ける形になり当初の予定より早く、母港たる佐世保へと入港出来るとの事だった。
「
アルマから報告を受けて暫く、颯華はレーダー員からそう報告を受けた。
『白瀬灯台』
佐世保湾に出入港するには
そして、高後崎水道を通峡する全ての船舶の指標となるのが、高後崎水道の1~2海里程沖合いに建っている白瀬灯台なのだ。
「浮遊機関出力40%。高度
「了解、浮遊機関出力40%。500ftまで降下。」
颯華の号令に、八江は素早く復唱しテレグラフを操作する。
チン………チン………
速度計と共に設置されている高度計が無機質な金属音を立て、ゆっくりとその針を動かしていく。
ウィングに通じるハッチを閉め、余圧されている艦橋内では特に高度を下げた事による気圧の変換を感じる事はない。
「ヨーソロー500ft!」
「ヨーソロー。
テレグラフ、空中速力から洋上速力へ切り替え。」
「了解、テレグラフ切り替えます。」
飛空艦というのはその性質上、洋上艦としての側面も持っている。
飛空艦専用の空港を作るより、洋上艦と同等の機能を持たせて従来の港に停泊させたほうが費用的にも、経済的にも安上がりで済むからだ。
しかし、そうなってくると大変なのが推進器の問題である。
飛空艦の推進器は水上、空中両用で使用出来る形に設計されては居るが、水中と空中とでは抵抗や機械的負担からそれぞれに適した回転数という物がある。
空中では航空機と同じように高速で回転している推進器をそのまま水中へと移すと、回転が早すぎて上手く水を捉えることが出来ず反って抵抗となって速力が出なくなってしまうのだ。
そこで、水中に適した回転数に落とす為に1度減速機と呼ばれるギヤボックスを接続するのだが、機関室との認識の錯綜を防ぐ為に速力用テレグラフは水中用と空中用で2つ用意されていた。
テレグラフを切り替える事で機関室へと電気信号が送られ、それを見て機関室乗員が減速機を作動させる仕組みである。
「テレグラフ切り替え終わり、機器異常無し。
機関室との誤差修正必要無し。」
「了解。両舷前進原速。」
「両舷前進原速、了解!」
洋上速力へとテレグラフを切り替えた為に、アサマはその速力を徐々に落としていった。
「両舷前進原速赤黒無し!」
「了解。着水する、艦内警戒閉鎖!メインインテーク、防水シャッター閉鎖!」
「了解!メインインテーク防水シャッター閉鎖。サブインテークに切り替え!」
蒸気機関は水を沸騰させ、発生した蒸気を利用して動いている。
水を沸騰させるには熱が必要であり、飛空艦はかつての軍艦と同様に重油を燃やして蒸気機関を動かす『重油専燃式』を採用している。
そして、重油を燃やすには大量の#空気__酸素__#が必要であり、アサマは効率的に空気を蒸気機関に送る為、艦底部に大型インテークを配置していた。
これは空気の薄い空中を飛空する場合には効率的に空気を蒸気機関へと送ることが出来る配置ではあるのだが、着水した際にはインテークに海水が入り、一気に蒸気機関が浸水すると言う大きな問題があった。
この為、着水する際には水圧に耐える為に厚さ100㎜の防水シャッターを下ろし、インテークを密閉する必要があった。
切り替えたサブインテークは煙突左右に1つずつ配置されており、空気の濃い洋上ではそれだけで十分に使用出来る。
「艦長、応急班による艦内閉鎖の確認終わりました。各部異常ありません。」
「メインインテーク防水シャッター閉鎖確認、サブインテーク作動異常無し。」
艦内閉鎖の確認を副長のアルマが、インテークの閉鎖を八江が颯華に報告する。
これで、アサマは何時でも着水出来る体制になった。
「よろしい。浮遊機関出力45%総員着水に備え。」
「「「「了解!」」」」
さて、粛々と工程を進める艦橋とはうって変わって、慌ただしく動き回る部署が1つだけあった。
そう、機関室である。
「いいかてめぇら、些細な異常も見逃すな!
入港したら直ぐ様ドックに入って点検と修理を行うぞ!」
「「「「了解です!姐さん」」」」
機関科飛空士に姐さんと呼ばれた少女、機関科の長たる
アサマの機関室には10基もの大きな重油専念式のボイラーが存在し、それぞれが5つづつに別れ2つのタービンを回している。
10万1050馬力もの出力を吐き出しているアサマの蒸気機関。
これを動かす彼女達機関科所属の生徒は、圭を含めて20人が在籍している。
「姐さん!3号ボイラーの蒸気圧力が下がってます!」
「なに?」
蒸気機関や各種機器の制御、監視を行う機関制御室から機器の点検を行っていた1人が甲高く鳴り響く機関音に負けない様な大声でそう声をあげた。
直ぐ様圭は機関室の隣にある機関制御室へと走って向かった。
制御室にいる部下を押し退ける様に制御盤へと向かい制御盤にある圧力計を見れば、各ボイラーを含め10個以上ある圧力計のうち3号ボイラーのみが蒸気圧力が下がり圧力計の針が規定よりも下回っているのが見てわかった。
「てめぇら!3号ボイラーの点検急げ!異常があったら直ぐ様報告しろ!」
「「「「了解!!」」」」
慌ただしく動く機関室。そんな中で圭はどっしりと構えている。
(俺の目が黒い内は釜の火は絶対絶やさねぇ。)
釜の火が消える。つまり機関が停止してしまう事は、イコール浮遊機関や推進器、艦内電源がすべて消失してしまうということである。
それは、飛空艦としての全ての能力が失われる事と等しい。
機関長という船の心臓を任されている役職としての責任、そして彼女自身の機関科としての誇りが圭のこの信条となっていた。
「姐さん!3号ボイラーの圧力調整弁付近の蒸気管から蒸気が漏れてます!」
「なにぃ!?
損傷度合いは!?蒸気管のピンホールなら面倒だぞ!」
「圧力調整弁とタービンへの蒸気供給管の接続部です!ボルトが何本か吹き飛んでます!」
圧力調整弁とはボイラーによって作られた高圧の蒸気をタービンへと送る際にある、規定圧力以上の蒸気圧力をタービンへと送らない為に存在する安全弁の1つである。規定圧力になるように、余剰蒸気圧力を艦外へと放出する役割をしている。
そして圭が面倒と言っていたピンホールとは、腐食等によって配管に穴が開いてしまう現象の事である。
これが海水管や真水管ならば一時的にバルブを閉鎖する事により多少は修理が楽なのだが、これが蒸気管の場合、高温の蒸気によって満足に修理出来ず、バルブを閉鎖してしまえば逃げ場を失った蒸気によってボイラーが損傷する可能性すらあった。
これを修理する為には、それこそ釜の火を落とさなければならない程に修理が難しかった。
今回は幸いにも、圧力調整弁と蒸気パイプの接続部のボルトが無くなり接続部が緩んだ事が原因だった。
「よぉし!ピンホールじゃ無いならまだ何とかなる!
制御室の目録から予備品の確認をしろ!
応急班は修理する際に防火服を着てモンキーや六角レンチを忘れるなよ!
手空きは他にも異常が無いか点検を怠るな!」
「「「「了解!」」」」
腕を組ながら的確に指示を下す圭。
「姐さん!予備品ありました!」
「よぉし!応急修理始め!!」
「「「「了解!!」」」」
数分後、怪我人を出すことも無く無事修理を完了する事が出来た。
3号ボイラーの蒸気圧力も規定値まで回復し、ひとまずは機関科の面目躍如と言った所であった。
「損傷場所と時間、使った予備品を記録しておけ。
入港次第、もう1度点検するぞ。」
「了解です姐さん。」
漏れた蒸気とボイラーの排熱により蒸し風呂に近い環境となった機関室で、汗だくになる機関科飛空士達。
そして再び、場所は艦橋へと戻そう。
機関科にトラブルが有り一時中断していたものの、何とかトラブルの復旧したアサマでは再び着水工程へと入っていた。
「艦長、各部の再点検終わりました。異常ありません。」
「了解、ではアサマは此より着水する。
総員、着水に備え。」
「了解。」
着水時に生じる衝撃に備える為、作業に関係の無い部署を含め、総員が何かに掴まったりして衝撃に備えた。
「行くぞ、浮遊機関、出力0%!
着水始め!」
「了解!浮遊機関出力0%
………
5………4………3………
八江の言葉と同時にアサマに小さくない衝撃が襲った。
まるでプレジャーボートの様に艦首が持ち上がるアサマ。高く舞い上がる海水のヴェールがアサマを包み込み、暫くアサマの姿を覆い隠した。
「………着水完了、現在速力21kt。」
「………艦内各部の状況知らせ。」
「
「入港進路修正、面舵5°。」
「艦内各部異常無し。」
一気に颯華の元へと集まる報告を1つ1つ処理しながら、颯華内心無事着水出来たことに安堵した。
最悪、戦闘によって何処かしらからの浸水を覚悟していたのだから仕方ないことだろう。
「雪奈、高後崎信号所に連絡。
『ワレ此ヨリ入港ス、通峡可能ナリヤ?』
以上。」
「……了解。
『高後崎信号所。
ワレ此ヨリ入港ス、通峡可能ナリヤ?』」
高後崎信号所とは、高後崎水道において船舶事故を防ぐ為に設置されている。通峡管制施設である。
この施設によって、船舶事故も無く円滑に狭い水道内を航行する事が出来るのだ。
余談であるが、出港船舶と入港船舶が同時に通峡する場合には出船(出港船舶)優先となっている。
そして、とはアサマのニックネームである。
「………高後崎信号所より返信。
『通峡ヲ許可ス、英雄ノ凱旋ヲ祝福ス。』
以上。」
「「「「「「英雄?」」」」」
高後崎信号所からの返信に艦橋内の全員が頭に疑問符を浮かべる。
その中で唯一、颯華だけは頭に手を当て舌打ちをした。
「あの馬鹿が…………情報統制はどうしたんだ………」
颯華の頭に浮かんだのは1人の人物だった。
どうやら…………入港したらやることがまた1つ増えた様だ。
颯華は溜め息を吐いた。