蒼空の乙女達 ―Maidens in the blue sky― 作:ミヤフジ1945
短い…………短くない?
ホント小説って難しい……
佐世保市内において佐病と略されている病院は3つある。
自衛隊佐世保病院と佐世保共済病院、そして佐空付属病院である。
前者は自衛隊が管理運営する病院で、基本は自衛隊員向けの施設でありあまり一般市民が受診することはない。
そして颯華が目指す場所もまた、自衛隊佐世保病院ではなく佐空付属病院の方である。
佐世保共済病院は場所こそ自衛隊佐世保病院とは離れた佐世保川にそって建てられているが、自衛隊病院とは違い基地外にあるため隊門などはなく、いたって普通の病院である。
そして佐空付属病院。
こちらは佐空付属と付いている通り、使用者は佐空生徒やその保護者が利用対象者である。
自衛隊病院のすぐ近くに建てられており、佐空医療関係者及び医療を学びたい生徒達の学習の場としての側面も持っている。
自衛隊病院が近いこともあり、自衛隊の医務官を迎えての講習も定期的に行われている。
アサマ看護長の律も定期的に佐病に行っては講習や実習を受けている。
佐空敷地内からは徒歩10分圏内にあり、例にもれず颯華もまたタクシーなどを使わず徒歩にて佐病へと向かっていた。
自衛隊立神岸壁の隊門を通り過ぎ、海上自衛隊佐世保総監部前を通り、ミニッツパークと呼ばれる公園を過ぎて見えてくるのが佐空付属病院である。
敷地もあまり広くなく建物自体もやや古ぼけて見える佐病の中へ颯華は入たった。
閑散としたエントランスは静かで、見渡しても誰の人影も見えない。基本的に佐空の生徒しか利用しないため人が少ないのは仕方のない事ではあるが、誰の姿も見えない病院というのは明るい時間帯でも薄気味悪い物を感じる。
カツ……カツ…………ザワザワ……
颯華のブーツが床を蹴る音とエントランスの裏手にある事務所から聞こえる掠れたテレビの音だけが、広々としたエントランスに響きわたっている。
(さて…………どうしたものか)
受付に行って聞こうにも、生憎『席を外しています』と書かれた札が置かれているだけで、颯華が中を覗き込んでも人の姿は見えなかった。
受付で画透艦長以下サワカゼ乗員について確認でもしようかと思っていたので、颯華としては出鼻を挫かれた形だった。
(う~む)
どうしたものかとエントランスを行ったり来たり歩き回って悩んでいると、丁度視界の端で見知った顔がエントランスを歩いているのを見かけた。
「律!」
「あれ、艦長!どうされたんですか?」
見知った顔…………アサマ看護長の律だった。
こちらに気づき、そう答えた彼女は白衣をたなびかせながらこちらへ歩いてくる。
やや早歩きで歩いてくる律を見ながら颯華は丁度良かったと安堵した。
最悪、受付が戻ってくるまで待ちぼうけを食らうところだった。
「律、丁度良かった。サワカゼ乗員の容態が気になってな。報告が終わったついでに一度寄らせてもらった。」
「そうなんですね。私はサワカゼの皆さんの付き添いでこちらに。使った医療品の補充もありましたし。」
「サワカゼの皆の見舞いに来たんだが、今会えるか?」
「残念ですけど、丁度みなさん先ほど眠られてしまって。」
どうやらサワカゼ乗員の面倒を律は見てくれていたらしい。
律の言葉を聞いて、仕方ないと苦笑しながらも颯華は納得してしまった。
サワカゼの1年生達にとって、今日1日は今までで経験したこともない緊張とストレスの連続だっただろう。2年生の颯華達アサマ乗員でもあの戦闘で疲れが出ていたのだ。まだ空へ出て日の浅い1年生には肉体的にも、そして精神的にも限界だったのだろう。
「良かったら画透さんだけでも起こしますか?」
「いや、そこまでしなくて大丈夫だ。あと他のサワカゼ乗員達にも重症者は居ないのだろう?」
「はい、擦り傷や打撲の乗員が大半ですね。艦橋要員や1分隊の何名かは破片による裂傷を負っていましたが、特に重症というほどでもありません。医務教官の診断では数日中には完治すると。」
「そうか。重傷者が居ないのは幸いだった。」
「私も同感です。艦内での初期診察でも同じ診断をしましたが…………佐病で再診するまで私の診察が間違っていたらどうしようかと思ってました。」
そういいながら眉を下げる律に、颯華は微笑みかける。
実際、颯華の視点でも彼女の診察や処置に不備がないのは素人目に見てもわかるほど手際が良かった。
「律の判断なら大丈夫だろう。寝ているなら私はアサマに戻るよ。」
「あら、お会いにならないので?」
そう尋ねる律に、颯華は肩を竦めて答えた。
「律と医務教官の判断なら間違いはないだろう?私は一服吸って仕事に戻るだけさ。」
「あら、煙草はお体に悪いですわよ?」
「煙草じゃなくてハーブシガレットだ。煙草と違って無害だから問題ない。」
「看護長としては周囲の為にも止めて頂きたいのですが。」
「ムリダナ。」
「そうですか…………まぁ仕方ありません。」
「では、彼女達をよろしく頼むよ看護長。」
「了解。」
そう言って敬礼する律に、颯華は手を振りながら佐病を後にした。
佐病の敷地を出て県道11号線、SSKバイパスと元来た道を歩きながら、この後の予定を考える。アサマに戻って状況を確認するのは確定として、乗員のメンタル面を含めても一度上陸させた方がいいだろうか……
飛空士学校の生徒はまず初めに、飛空艦は洋上艦からの伝統として船は家だと教えられる。
陸の戦車や空の航空機と違い、船の乗員は長期間を艦内で過ごすことなんてざらである。
実際、海上自衛隊の艦艇には住所があり、乗員の住所も船になっている。
佐空は流石にそこまでしてはいないが、そう言った伝統は受け継いでいる。
だからこそ、船から降りて街に行くことを下校や帰宅ではなく上陸というし、船に登校したり出勤することを帰艦と呼ぶ。
飛空士を含めた船乗りにとって、船こそが帰るべき家なのである。
颯華は乗員にメンタルケアとして、1度上陸を許可しようか悩んでいた。少なくとも数日から1週間前後は修理と補給でアサマは忙しくなるだろう。終わっても
そう考えた時、今日は早めに上陸させて英気を養わせた方がいいだろうか?
しかし、理世の話を聞いた後では少しでも早く戦線復帰出来る状態にしておきたい気持ちもある。
少しでも早く戦線復帰出来ればそれだけ余裕をもって福連の対策や実習の予定も組みやすくなる。
今、乗員に負担をかけてでも後で多少なりとも余裕を持たせるか、それとも早めに休養を取らせ、明日からの作業の士気と効率を取るか……
既に蛇島岸壁から佐空内の№4ドックへと回航、入渠していたアサマにたどりついてもなお、颯華は結論が出せなかった。
「…………しょうがない。アルマにでも意見を聞くか。」
その辺に関しては今もアサマで指揮をしてもらっているアルマの方が颯華よりも良く乗員のことを把握していることだろう。
アルマの意見を聞いた上で、改めて結論を出そう。
そう決めた颯華は、桟橋を渡ってアサマへと戻っていく。
20ⅿはある桟橋の下は深さ10ⅿ以上もある渠底だ。落ちたら骨折だけではすまず、下手をすれば命を落とすこともある。
一歩進むたび揺れるそんな桟橋を、慣れた足取りで歩く颯華は一つだけ忘れていたことを思い出した。
(しまった…………ヘルメットを持ってくるのを忘れていた。)
本来、ドック周辺は安全の為ヘルメット着用厳守なのだが、颯華はすっかり忘れていた……
(次からは忘れないようにしよう。)
バツが悪そうに頭を搔く颯華は、ひとまずヘルメットを取るために艦長室へと戻っていった。
ヘルメットは大事、はっきりわかんだね。