季節は夏になった。もちろん神樹館にも夏休みはある。
「明日から夏休みです。皆さん、体調にはくれぐれも気をつけるように」
安芸先生が話し終え、日直が神樹への感謝の言葉を伝えたあと、先生に挨拶をする。
一瞬の沈黙の後、空気が爆ぜた。
「なにする!なにする!?」
「プール行こ!」
「いや、イネスだろ!」
クラス全体が夏休みという一大イベントを楽しむために盛り上がりを見せる。どうして夏休みはここまで愛されるのか。俺もこれくらい愛されてみたいものだ。やっぱり面倒くさいから却下。
中学になる前の最後の夏休みなので皆楽しもうと躍起になっているのか、それも今回の盛り上がりに拍車をかけているんだろう。
それは勇者である少女達も例外ではなかった。
銀と須美は園子の机の周りに集まって何やら話をしている。
「明日、私の家に遊びに来ない〜?」
「マジ?行く行く!絶対行く!」
「銀が行くなら私も行こうかしら」
遊びの予定でも立てているらしい。
ちゃんと夏休みを満喫するようで、お兄ちゃん安心したよ…。
三人の楽しそうな雰囲気を邪魔しちゃ悪いかと思い、俺は静かに席を離れた。
神樹館の図書館の本の品揃えは結構いい。ミステリーや伝記、誰が借りるのかわからない郷土の本とか様々だ。
暇を持て余した俺は本を物色することにした。
ページを開いて面白そうなのは適当に脳内にリストアップしていき、中でも最も興味をそそられたものを借りることにした。
「このくらいかな」
俺は借りることにした本をカウンターへと持っていき、図書館の司書さんにバーコードを読み取ってもらい、貸し出しを完了した本をカバンへとしまった。
校舎の中にはもうほとんど生徒は残っていなかった。
教室を覗いても誰もいない。かなりの時間、俺は図書館に籠っていたらしい。時計を見ても前回教室を出てから小一時間すぎていた。けれど、中にはまだ学校に残っている変わり者もいるらしい。
隣のクラスを見ると女の子が一人ぽつんと席に座っていた。何をするわけでもなくただ座っているだけ。一瞬目があったような気もする。
だが、俺は結局その姿を見ただけで、話しかけたりすることもなくその場を通り過ぎた。
「暑い…」
外に出ると、夏の日差しが容赦なく襲いかかる。
「1番暑い時間帯に帰る馬鹿がどこにいるってんだ…」
確か夏休みの本来の目的はこの暑さを凌ぐためだとかなんとか。何かの本で読んだ気がするが思い出せなかった。
自分の馬鹿さ加減にうんざりしながら歩いていると銀からメッセージが届いた。
「珍しいな」
滅多に銀がメッセージを個別に送ってくることなどない。基本はグループチャットで連絡を取り合っているからだ。
『どしたよ』
『アタシ、今イネスにいるんだけどハルヤどこ?』
『学校出たところ』
『暇だからちょいと付き合ってくれない?』
『りょ。フードコート?』
『そそ。待ってるぜ』
他の二人はどうしたんだろうか。園子はともかく須美は家にいると思うんだが。正直なところ早く涼みたかったが、無下に断るわけにも行くまい。ついでだしいいかと割り切って俺はイネスに向かった。
「で、なんだその大量の袋は」
「いやー、そのー、ははは」
俺はイネスのフードコートに到着し、銀に合流した瞬間に全てを悟った。
「色々と頼まれた以外のものも買ってしまったというかなんというか…」
「持てと申すか」
「頼める人がハルヤしかいなかったんだよ!この通り!」
俺は便利屋とでも思われてるのだろうか。でもまあ、普段あまり人に物事を頼んでいる銀は見ないので今回はよっぽど困っているんだろう。
「そこのジェラートな」
俺は例のジェラート店を指さした。銀は「仕方ないなあ」と言いながら財布を取り出す。
しかし、急に女の子にお金を払わせる罪悪感に駆られたが夏の暑さが俺の正常な判断能力を奪っていったようだ。
これが、一夏の過ちってやつか………。絶対に違う。
「醤油味でいい?」
「メロンで頼む」
まだあの味は人類には早すぎる。銀は不満そうに頬を膨らませながら、店員さんに声をかけたのだった。
結局、銀にジェラートを買わせてしまった罪悪感に押し潰された俺はそのお詫びの品をジェラートで返した。
目には目を。歯には歯を。ジェラートにはジェラートだ。かの有名なハンムラビ王発祥のお言葉。間違いであるはずがない。実に4000年ほど前の常識。時代錯誤とかいうレベルじゃない。
俺は銀がジェラートを食べ終わるのを待ってから話を切り出した。
「その荷物、家まででいいのか?」
「え、手伝ってくれるの?」
「そりゃ困ってるなら」
困ってる人間を見捨てるほど性根は腐っていない。俺は銀の横に移動して例の荷物を持ち上げた。
「あれ?」
「な?重いだろ?」
「いや、そこまでなんだが…」
今思い返せば俺の両腕は完全に常人離れをしている。きっと重いのだろうと言うことを考えていると、銀は俺の事をまじまじと見ていた。
「ハルヤって結構力あったんだな」
「銀よ。あまり俺を見くびってもらっては困る」
冗談っぽく言い放ち、俺は立ち上がる。俺の身体に起きてる異変を言うこともできないので適当に誤魔化すことにした。
それから俺と銀はイネスを出た。空はまだ明るい。以前一緒に帰った時は暗かったのでひどく対照的だった。
「ハルヤは夏休み何するか決めてる感じ?」
「特に何もかな。本読んで寝るだけじゃないか?」
「行動パターン二つしかないのかよ!」
銀がケラケラと笑う。
「そう言う銀は決めてるのか?」
「もちろん!年に一回の楽しみなんだし、楽しまなくちゃ損だぜ?」
「そういうもんかなぁ…」
俺にとって夏休みとは事務的に宿題をやり、余った時間を適当に過ごすというのが恒例だ。自らあまり他人との関係を持たなかったとはいえ、今思い返せば無味乾燥とした夏休みしか過ごしていない。
けれど、それが俺にとっては当たり前だった。今こうして銀と並んで歩いてること自体がイレギュラーなのである。
「誰か誘って遊びに行けばいいじゃん」
「…須美でも誘おうかな」
「妹じゃん」
「家族との交流は大事だろ」
「それはそうだけど…。それ別に夏休みじゃなくても良くない?友達と一日中遊べる日っても中々作れないし」
ごもっともで言い返す言葉がなかった。
そういや銀の家族構成を俺は知らない。今度暇な時に話題にしてもいいかもしれない。
「ま、適当に過ごすさ」
それからはどうでもいいことを永遠と話続けた。気づけばもう銀の家の側まで来ていた。毎度思うが、銀とは上手いこと会話が繋がる。時間が経つのも一瞬だった。それ故に目的地に着くのも早く感じてしまうのだろう。
「荷物、家の中まで持ってった方がいい感じか?」
「おっと、ここまでで大丈夫。サンキュー、ハルヤ」
「役に立ったなら何より」
俺はそう言ったのち、銀に荷物を渡した。
「おおぅ、やっぱり重たい」
本当に何を入れたらそうなるのか結局聞かずに終わってしまった。勝手に自分の中で野菜だと言うことにしておいた。
「それじゃあまた今度な」
俺は銀に手を振って踵を返す。だが、次の銀の一言で俺は再び銀に向き直った。そして思わず聞き返す。
「もう一回言ってくれ。何だって?」
「今度って、また明日会うのに?」
何言ってるんだこのお嬢さんは。俺はこの夏休み、部屋に閉じこもる予定だと先程伝えたばかりではないか。
「だってもう夏休みだろ?学校ないじゃないか」
「明日遊ぶ約束したじゃん」
「いつ」
「今日の放課後」
「した記憶がないんだが?」
「ハルヤにはしてないだけ」
「えぇ…」
俺の知らないところで色々と勝手に決まっていたらしい。というか仮に俺に予定が入ってたらどうするつもりだったんだろうか。
「須美が『兄さんなら多分一生暇よ』だって」
「正気とは思えん。人の予定勝手に決めるとか」
とは言え、妹に罵声を浴びせるのも変な話である。一言言い返すとするならば一生暇はないだろうよ。訓練とかあるわけだし。多分、知らんけど。
「ちなみにハルヤを誘うという立案は園子」
特に理由はないが納得した。
「で、アタシが誘い役」
「あー、うん。よくわかった。とりあえず何するかよくわからないけど、行けたら行く」
「あははは!それ来ない人のセリフ!」
また銀は楽しそうに笑った。俺は銀が家の中に入るまで、その背中を見送った。その背中が遠ざかって言ってしまうのが、心のどこかで寂しくもあり怖くなった事は自分だけの心に止めておこうと思う。
「……」
翌日、俺と須美、銀は園子の家にお邪魔していた。
ただ女性陣三人はどうしても先にやりたいことがあるらしく俺は一人、それが終わるまで客間で待っていた。何をするでもなく、ただ壁をぼーっと眺め続けている。
にしても広い。とにかく広い。家の敷地はおそらく鷲尾家の倍はある。一体どんだけ土地代高いのだろう。などと想像しながら乃木家の使用人さんからもらったお茶を飲みながら待ち続ける。
「このお茶美味いな…」
偉そうだが、流石としかいえなかった。
それから数十分と待たされたのち、呑気に中庭にいた鳩に餌やりをしている所を遂に俺は呼び出され
(鳩、あと少しで仲良くなれそうだったのになあ)
残念に思いながら廊下を進み、案内された部屋の襖を開けると、そこには輝く宝石の原石があった。
「こ、これは…アタシにはやっぱり…似合わないんじゃ…って、ハルヤ!?いつの間に!?」
照れる銀を他所に俺は携帯端末を流れるように取り出して写真を撮った。
「うぉい!写真を撮るな!」
「そんなことないわよ、とても似合っているわ!」
須美も興奮した様子でカメラを取り出すと、目に止まらぬ速さでシャッターを押す。素早く角度を変えながら、様々な絵を残す須美はプロ顔負けであった。
須美の勢いに銀は押され、困惑したままやりたい放題を許していた。
「須美まで!?」
「あ〜、私も私も、撮影会〜」
園子もわたわたと端末を取り出す。だが、ここで銀も羞恥心が勝ってしまったのか園子のカメラのレンズを手で抑えた。園子は残念そうに眉を下げる。
「だぁー!はい終わり、もう終わり!」
「えぇ〜、なんで、私まだ撮ってないのに〜」
「そのっちには、あとで送っておくわ」
園子も須美から写真を貰えるとわかるやいなや、目を輝かせた。
俺は俺で、改めてまじまじと見てみる。銀の普段の雰囲気とは全くもって異なり、とても新鮮であった。しばらく眺めた後、俺はようやくここで冷静になった。
(…あれ?俺、場違いすぎでは?)
「どうかなハルスケ。みのさん似合ってるよね〜?」
「似合ってる。うん。可愛いぞ」
多分この時の俺は脳が死んでいたに違いない。冷静になったとは言え、何の躊躇いもなく恥ずかしい事を言いのけた。銀は照れてるのか俯いてしまった。
「みのさん顔真っ赤〜」
「うっ!うるさい!本当は須美を着せ替え人形にしようと思ってたのに、どうしてこうなった」
どこかでこの三人は目的の進行方向が変わっていたらしい。須美は須美で見てみたい気もする。
「次に行きましょう。次に」
どんどん銀が着せ替え人形にされていくようだ。こういう事が銀は苦手そうだった。心の中で合掌しておく。
「うん、まだ沢山あるんよ〜」
「いやいや、もうアタシはいいから!」
「えー、あんなに可愛かったのに〜?」
「そうよ、可愛いかったわ」
銀は再び顔が真っ赤になっていく。
「か、可愛い可愛い言うなー!!」
「「か・わ・い・い!!」」
俺はその様子を苦笑いしながら見ていた。
(かんっぜんに俺のこと忘れてませんかね……)
まだ続きそうだったので最後に一枚だけ写真を撮ってから部屋を出た。3人が仲良く笑顔でもみくちゃになっている至高の一枚。俺はこの一枚を生涯忘れることはないだろう。
静かに部屋の外に出ると乃木家の使用人たちがいた。
「お楽しみでしたね」
「何が!?」
凄い微笑まれた。誤解というとんでもない付録を添えられて。
休みはあっという間に過ぎていった。
イネスに行ったり、プールに行ったりと自分史上最も活動的だった夏休みだった。
プールに関しては最初行く気はなかったのだが須美に無理矢理連れて行かれた。というより騙された。
俺が訓練の日程を全く把握していないのをいいことに、訓練に行くから水着を持てと言われたことに何の違和感も持たずついていった結果だった。
結論、楽しんでいた自分がいる手前何もいえない。
以前とは違う自分がいたことに少々驚いている。数ヶ月前なら楽しむ三人を嫌悪していたはずだ。
嫌悪するまでは行かなくてもきっと冷めた目で見ていたな違いない。こうなれたのは、俺のような人間でも受け入れてくれたあの三人の優しさのおかげだろう。
夏休み中、俺は三人にずっとついて回っていた訳でもない。
一応、何故か最近やたらと話しかけてくるクラスの男子とも遊びに行ったりもした。
話してみると皆いい人ばかりだった。今までなんで話して、交友を深めなかったんだと後悔もしたりした。
今日も訓練までは暇だったので、誘いに乗ることにした。
俺を誘ったのは同じクラスの菅野颯斗と西浦優の二人。特に最近良く遊んでいる仲だった。今日は菅野の家でゲームに興じている。
「鷲尾ってゲーム上手いんだな」
「得意ってわけでもないけど、っとあぶね」
「それ避けるのかよ!?」
菅野は大のゲーム好きらしく様々なジャンルのゲームを持っていた。今日はその中にあった格闘ゲームを三人でしていた。
西浦は外で運動する方が好きらしい。この両者、対極に位置しているにも関わらずかなり仲が良かった。
西浦はかなり運動神経、反射神経がいい。体力測定などでも"守り人"として日々訓練している俺とそこまで遜色がなかった。
1ゲーム目が終わった。勝者は菅野。流石やりこんでいるだけあった。
「晴哉、チーム組んで颯斗潰そうぜ」
西浦が嫌な笑みを浮かべて俺をみる。
「その話乗った」
「俺を一人にするなぁ!」
「「問答無用!!」」
この後二人で菅野をボコボコにした。半泣きになった菅野を慰めると言う一連の流れが面白くて俺たちは自然に笑顔になっていた。
ゲームをひと段落させ、菅野が出してくれたお菓子を食べていた時、西浦が言った。
「晴哉ってあの三人とどういう関係なん?」
聞かれた事の意味が最初わからず首を傾げたが、頭が順に理解してくるとシンプルにむせた。
「あ、それ俺も気になってた。仲良いよなお前ら」
「仲がいいというか、成り行き上仕方なくというかだな」
「正直羨ましい」
「わかる」
「は?なんで?」
「俺は知ってるんだぜ?前、三ノ輪と一緒に歩いているのをこの目で見たんだ。ほら、写真」
そう言って菅野が端末を取り出し、俺に一枚の写真を見せる。以前荷物運びを手伝った時の写真だった。
「撮るな馬鹿」
こいつは文春か何かにでもなろうとしてるのだろうか。だとしたら俺はこいつの才能を認めてやらねばならない。間違いなく画角は完璧だった。
「前からクラスでも話題になってたよ?あの三人と仲良く話してるの見て、あの鷲尾晴哉が!?って」
「…そりゃ俺、学校だとボッチだもんな」
俺はここ何年かの交友関係を探る。誰もいなかった。悲しくて涙が出そうだ。出ないけど。
「鷲尾さんって家でどんな感じなん?」
「どんなって言われても、普通だぞ。学校と大差ない」
よくよく考えたら俺たち兄妹共にここ最近まで友達と言える人がいないことに気づいた。
「鷲尾さんも最近少し明るくなったって俺たち界隈では有名な話だぜ。それと少し人気も出てきた」
「え、今まで須美って人気なかったの?」
贔屓目かもしれないが須美は陰ながら人気があると思っていた。性格はともかく見てくれは良い。顔も美少女でそれこそ胸もデカい。男なら1人や2人は惚れてくれてもいいものだとばかり思っていたが、どうにも違ったらしい。
「理由は晴哉が一番わかってるだろ?」
「ま、まあ。あそこまで生真面目だとなあ。触れづらいよな」
「でも最近はそこが良いって奴が数人出てきた」
「よくわからん」
そのうち須美に罵倒されたいとかいう輩が現れてもおかしくなさそうな空気感に俺は密かに警戒感を抱く。
「そういや、鷲尾さんと晴哉ってあまり似てないよな。顔も、性格も」
「………そうか?」
「おう」
「そんなこともあるだろ」
「でも、同じ苗字なのにーーーーー」
「悪い菅野。そこから先は進入禁止だ」
無駄に首を突っ込んで来ようとしたのを俺は止める。世の中知ってもいいことと、悪いことはある。
別に知られたところでどうにかなる訳ではない。ただ、気持ちの問題だ。微妙に空気が悪くなってしまったのを咳払いで誤魔化しつつ、俺は続けた。
「とにかく、須美以外のあの2人は友達かな」
俺がそういうと二人は先程までのことなど忘れたのかニヤニヤとその口元を緩める。とても殴りたくなったのは心の奥底にしまっておこうと思う。
そして、夏休みは多くの思い出を残し幕を閉じた。