夏休みも終わり、神樹館にも活気が戻ってきた。それぞれが休みに何をしたとか、こんな事があったと夏休みの盛り上がりもそのまま新学期が始まった。新学期も始まって早々に6年生は遠足というこれまた一大イベントがある。なんとも話題は尽きない。
(夏休み前にあるはずだった遠足も何だかんだと延長で夏休み後になるってのも妙な縁がありそうだ)
今は安芸先生が遠足に向けての話をしている最中だ。
目の前に座っている須美は、うとうとしている園子を目で注意していた。相変わらず真面目すぎる気もするが、それが須美のいいところでもあり、頼もしい所でもある。
須美がチラッと銀を見る。俺もそれに釣られて銀の方を見た。
銀は珍しく行儀良く座っていた。変な薬飲まされたか?と疑ってみるが、しばらく見ていたら直ぐにそんなことない事に気づいた。聞いている体を保ってはいるが、その目の焦点は定まっていない。遠足のイメージトレーニングでもしてるんだろうか。
(そこまで浮かれるか?遠足に……)
俺は呆れ半分で視線を前へと戻した。
先生の話が終わると放課後になった。四人は須美の机の周りに集まっている。なんでも須美が不安な事があるらしい。
「私たち、本当にここを離れてしまってもいいのかしら」
「お役目に支障が出るかもしれないってこと?」
俺が聞くと須美は頷いた。やけに神妙な顔をしているものだから銀はそれを笑い飛ばす。
「アハハ、須美考えすぎ」
「でも、遠足の最中に敵が来ると思うと…」
「勇者になれば、少し離れていても大橋まであっという間に到着するから大丈夫だよ〜」
「園子の言う通りだぞ?そんないつ来るかなんて考えていたら夜も眠れないし、今この瞬間敵が来たらーなんて思ってたらこうして楽しく話せないだろ?そうは思わないかな鷲尾君ちの須美ちゃん?」
こればっかりは銀の言う通りだと俺も頷いた。
「確かにそうね。ありがとう、銀」
「いいってことよ」
ニッと銀が笑う。いつも思うが、なんとも頼れる笑みだろうか。
「だから、でーんと構えて遠足満喫しちゃおうよ〜」
「だな。園子の言う通り」
俺がそういうと須美は軽く息を吐いた。
「三人の精神力が羨ましいわ」
「というわけで遠足の班は、アタシ達四人ね」
「え、俺も?」
「どうして自分だけ違うと思ったんだい鷲尾さんちの晴哉くんよ」
その言い回し気に入っておるのね…。俺はなんと菅野と西浦に言い訳をしようか迷ったのだった。
「やった〜、四人で遠足だ〜」
ずっと一人が多かった園子にとって、今この状況はとても嬉しそうだった。
「というわけでかくかくしかじか…」
俺は菅野と西浦に説明した。
「なんだ?自慢か?このやろ!」
菅野が笑いながら俺の肩をバシバシ叩いた。
「悪い。この埋め合わせはまたどっかでするから」
「気にしなくていいよ別に。それに絶対ずっと班で固まってなきゃいけないわけではないし。途中で加わるのも有り」
西浦の提案にそういう手もあるのかと思った。
「途中参加でもいいならそうするよ。ありがと」
俺は代わりに今度の休み一緒に遊ぶ約束を取り付け二人と別れた。
その夜、俺は須美の部屋を訪れた。
「須美、お茶入れてきたから飲むか?…何してんの」
須美はパソコンの前に座ってキーボードを叩いていた。
「しおりを作ってるのよ」
「遠足の?」
「そうよ。どうかしら?」
「どうかしら?と聞かれても…お前、旅行にでも行くのか?」
そのページ数はとんでもないことになっていた。というよりこの短時間で良くここまで作ったなという衝撃の方が強かった。
俺と話している間も須美はキーボードを叩いて文字を入力していく。
何かで辞書は鈍器と見た事があるが、今それが目の前で完成されようとしていた。変に感慨深くなった自分がいる。
「頑張るのもいいけど程々にな?」
俺はお茶の入ったお椀だけ置いて、部屋を出た。
そんな出来事があった数日後の昼休み。
「二人にはこれを渡しておこうと思って」
須美はここ数日で作り上げたプリントの束を、どさっと二人に差し出した。表紙には"遠足のしおり"と書いてある。
「…須美さん。これは何スカ」
「見ての通りしおりよ。データ版は全て、二人の端末に送っているわ」
「オフゥ…これ、わざわざ作ったんすか須美」
「遠足…楽しんでいいと思ったら、予定よりつい量が増えちゃったわ」
須美が汗をぬぐう仕草をした。その隣で俺は目にクマをかかえ、あくびを噛み殺した。
「ハルヤはもうもらったのか?」
「昨日の夜に受け取った。…深夜に」
「あ、お疲れ様です」
一体何が起こったのかを察した銀は顔を引き攣らせる。そう。俺は何を思ったのか渡された時に一度全て目を通した。
せっかく須美が作ったんだし見ないとね。という甘い感情が間違いだった。直近で一番後悔した出来事かもしれない。
「わっしーは、凝り性さんというか、のめり込むタイプだよね〜」
「いやー、将来須美の旦那になるやつは果報者だけど、色々と大変そうだな」
「なんでそういう話になるのよ」
「この三ノ輪銀のような男がいればなー」
「…軽薄そうね」
「そのくらいがいいんじゃねえの?須美、ちょっとジメジメしてるところあるし、ぐいぐいリードしてくれる相方がいいと思う」
「兄さん、人をキノコみたいに言わないでくれる?」
「須美ってキノコ派?タケノコ派?」
「なんの話してるのよ…」
須美は西暦の時代に起こった一大戦争をご存知なかったようで俺は軽いショックを受けた。
「私みたいな男の子でも〜わっしーを包んで…あげられないかな〜ごめんね〜」
「ともかく、このしおりに従えば準備は万端よ!後は雨が降らないように神樹様にお願いするしかないわね」
「あ、じゃあ私てるてる坊主作っておくよ〜。それぞれをモデルにして〜」
「でもそれ、吊るされてるからシュールじゃないか」
そんなことを話しながら遠足に思いを馳せる四人だった。
神樹館の遠足場所は、街から少し離れた場所にある国内最大級の庭園やアスレチックコースがあることで有名な場所だ。
有名であるために来た人も中にはいたがそれでも皆はしゃいでいた。勇者御一行も例外ではなかった。
「勇者ならさ、遊び場のアトラクションぐらい全クリしなくちゃね」
という銀の謎理論に基づいて一番最初にアスレチックコースに行くことにした。身体も動かせるし丁度よかったというのもあるのだろう。
俺たちは最初のコースを難なくクリアし、中学生向けのコースにまで到達していた。四人の身軽な動きに周りにいた人も驚いていた。
「待ってよ皆〜。うわわ、揺れる揺れる〜!」
最も園子だけは時々苦戦していたが。
「どうしたよ園子、最初の張り切り具合は」
「うぅ〜良く考えれば、わっしーとみのさん、ハルスケが相手じゃ、一緒に戦ってるから伸び具合は同じだ〜」
「ぼやかないぼやかない。ほらもうちょい。勇者は気合と根性!」
応援された園子の目が光り、やる気がみなぎる。
「勇者は、気合と根性ーー!」
園子が、えーいと駆け込むようにゴールすると、銀がその体を抱きとめた。
「よしよし、よく頑張りました」
銀が園子をわしわしと撫でた。須美がその光景を羨ましそうに見ている。
「混ざれば?」
俺がそういうと須美はぐいぐいと二人の間に割り込んだ。
「何してんだ須美」
「仲良くしてるから私もって思って」
「犬かお前は」
「きっと、わっしーもみのさんに頭撫でられたいんだよ。うまいもんね、みのさん」
「なんだ、甘えん坊さんか。よしよーし」
「…」
須美は何も言わずに目を細めていた。きっとその感覚は二度と忘れる事はないだろう。
気づけば時間は既に昼時。予定では各班で焼きそばを作ることになっている。
「私、こうして料理するの初めて〜」
「家でやったりしないのか?」
「うん。手伝おうと思ってもお手伝いさんがやっちゃうから〜。ハルスケは料理できるの〜?」
「ほんの少しだけならな」
俺はヘラで麺とソースを合わせながら答えた。なんなら、和食であれば比較的須美に教えられているので作れないこともない。クオリティは圧倒的に須美に劣るが。
「教えようか?」
「ほんと?やった、お料理教室だ〜」
「そこまで大層なものじゃないよ」
少し教えると園子は直ぐにコツを掴んだのか、順調に作り上げた。俺は天才ってすげえなぁと声には出さずに感心していた。ただ、個人的には自分の非凡さも中々に才能だと思ってもいいのではないかと最近思い始めた。
須美と銀は既に完成していたようだ。俺も自分の分をさらに盛り付けてから手頃な場所に座る。
「自分で作ったものってこんなにおいしいんだね〜」
園子はただの焼きそばにものすごく感激していた。
「だったら今度アタシの家で料理教えてあげようか?ハルヤよりも上手く教えれるぜ?」
銀の提案に園子は目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
「うん!いく!絶対行くんよ〜!」
「なんか悔しい」
「兄さんにも悔しいって感情ができたのね」
「え、なに、俺今までロボット扱いだった?」
須美は小さく悪戯っぽい笑みを浮かべる。須美の中では俺はほぼ機械と同義であるようだ。俺は複雑な心境を飲み込むように一気に残った焼きそばを啜った。
その後もこんな感じで会話に花を咲かせていると背後に人の気配を感じ、俺は振り向いた。
「相変わらず仲が良さそうね」
そこには安芸先生がいた。生徒同様に先生も手に焼きそばの乗った皿を持っている。
「私も一緒にいいですか?」
「はい!いいですよ」
「三ノ輪さん、ありがとう」
他の二人も頷くのを確認してから先生も手頃な場所に座った。
一瞬だけ俺は目に映ったものの違和感を確認する為にチラッと先生の皿を見た。一部に緑色の野菜が退けられているのを俺は目撃。すぐさま授業中に寝ている際、頭を軽くこづいてくる仕返しだとばかりに先生に問う。
「ピーマン苦手なんですね」
俺がニヤニヤとした挑発的な笑みを浮かべながら言うと、園子や須美、銀も先生の皿を覗き込む。
「あれあれあれ〜?本当だ、先生にも苦手なものあるんですね〜」
先生は少し恥ずかしそうに「大人にも苦手なものはあるんです」と言った。言いながらも先生はピーマンを皿の隅に避ける。そんな先生の様子を見て俺たちは笑い合った。
帰りのバスの中では、めいっぱいはしゃいだ皆は寝息を立てている。
鍛えている勇者も例外ではなかった。
とはいえ俺は相変わらず眠る事が出来ずに外を見続ける羽目になった。そんな時、隣の席に座っていた安芸先生が声をかけてきた。どうして俺が先生の隣に座ってるかは聞かないでほしい。
「鷲尾君は眠くないのですか?」
「どうなんでしょう……。眠くはない、です」
「あれだけはしゃいでいる姿を私は初めて見ましたよ」
「……先生がピーマンが嫌いってこと初めて知りました」
「言ってませんしね。大人は自分の弱みを隠すものよ」
それはそれでどうかとも思うが俺は何も言わないでおいた。先生としての立場もあるだろうし。
「先生」
「どうかしたかしら。改まって」
「俺は上手くやれてるのかな。このお役目」
俺はふと、弱音を洩らした。何となく、この目の前にいる人に俺が頑張っていることを肯定してもらいたかったのかもしれない。
「自信を持っていいと思うわ。私は貴方がいれば1+1+1+1も100になると思ってる」
「それは俺のことを買い被りすぎですよ。……けれど期待に添えるように、この命をいつでも投げ捨てる覚悟でやります」
俺は先生の目を真っ直ぐに見て、そう宣言した。
「……そう。でも、鷲尾君。貴方の帰りを待っている人もいるわ。軽々しくお役目でも、命を投げ出すとは言わないように」
先生は他の誰にも聞こえないよう、俺の耳元でそっと呟いた。その時の先生の顔がとても複雑そうで、先生から目を離した後も俺の中でしばらく燻り続けた。だってそれは先生の本心のようにも、思えたから。
やがてバスは何事もなく神樹館へ。今はクラスの子達とも解散し、夕暮れの中を三人は歩いていた。
「あ〜楽しかったね〜!」
園子が珍しくハイになっている。その代わりに俺は若干の疲れも残り、微妙にテンションは落ち気味であった。寝ておけばもう少し身体は楽であっただろう。俺とは対照的に『勇者』の三人は元気一杯なようだ。
「バスの中でたっぷり寝たから元気全開だ」
「明日はお休みだね〜。半日は鍛錬だとして後、半日何しようか〜」
「そうね…」
須美は何をしようかと考えていた。
俺は菅野と西浦と遊ぶから今回はパスだな。そう思って三人に声をかけようとしたその時。
いつもの違和感が襲った。時間が止まり、樹海化が始まる前兆だ。
「バーテックスを招待したつもりはないんだけどね」
「も〜、楽しい遠足だったのに〜。最後の最後でこれなんて無粋ってやつだよ〜」
「遠足が終わったときに来た分、マシってことにしよう」
「家に帰るまでが遠足よ、銀」
「先生か!」
銀のツッコミに場の雰囲気が和む。そこを引き締めるように園子が率先して声を出す。
「じゃあ、いくよ〜!!」
本人にしてはかなり気合を入れたんだろう。申し訳ないが更に空気が緩くなってしまったように感じた。
リーダーである園子の号令で、四人は端末を取り出し、勇者に、守り人へと、その姿を変えた。
四人は、大橋の上で敵を待ち構える。いつものように世界は樹海化していた。
「なんかこの光景も見慣れたというかなんというか」
「油断しないように兄さん、そういう時が一番危ないんだから」
「わかってますよー」
「どうだか」
緊張をほぐすための、他愛の会話を須美とする。今は須美もそれが受け入れられるくらいには余裕が生まれていた。そうこうしているうちに敵が現れた。
「来たよ〜!って、え、ええええ?」
園子が驚いた理由は直ぐに判明した。向こうから敵が"二体"進軍してくる。俺はそこまで焦りはしなかったが、自分の体が力むのがわかった。
異様なフォルムをしている巨大が並び立ち、ゆっくりと進む様は、あまりにも威圧的だ。
「驚いたけど、大丈夫だよ〜。私とみのさんがそれぞれ相手をするから、わっしーとハルスケは遊撃で援護よろしくね」
園子は既に戦略を言語化、伝達していた。なんと頼もしいリーダーか。
「流石ね、そのっち。了解!」
「じゃあアタシは、気持ち悪い方と戦う!」
「どっちの敵も気持ち悪いと思うんだ〜!」
銀が突撃し、それに園子が続く。須美も弓をつがえる。
「兄さんも、早く援護に」
「あぁ。けど悪い、しばらく待つ」
俺はなんとも言えない違和感に駆られていた。バーテックスの思考と人間の思考が合わさるかはわからない。けれど、俺の予想が正しければいてもおかしくはない。あの形をしたバーテックスをそんなことはあり得ないのに以前見たことがあるような気がした。その時はあともう一体いた。
三体目のバーテックスがーーーー。
銀の敵は、尾に大きな鋏がついている。それを雷のように振り下ろすが、銀も力負けしていなかった。
「この敵いいね、シンプルで!アタシ向け!」
銀は二つの斧を豪快に操り、バーテックスとの間に激しい火花を散らしている。タイミングよく須美が矢を放つ。それを信頼して、攻撃重視で敵を押し込んでいく。
園子の敵は、やたらと長い尾と、その先端についている鋭利な針が特徴的だ。その尾をうねうねと自在に操り園子に刺さんと猛攻を仕掛けている。園子はその動きを落ち着いて観察し、針を逸らすことに注力していた。
「よっぽどその針当てたいんだね〜。じゃあ針だけは、命中しないようにするよ〜」
園子は槍で受け流し続ける。敵のトリッキーな動きにも対応して防ぎ続けた。須美の攻撃で怯んだ時のみ攻撃を与え、バーテックスを後退させていく。
ことは有利に進んでいるようにも思えた、その時。
「っ!しくった!!」
俺はそれを視認しただけだった。こちらが行動を何か起こす前に既に攻撃されていたのだ。
「須美!」
ただ叫んで注意を促すことしか出来なかった。
それは、天から降ってきたーーーー。
「!?上から何か来る!」
須美も俺に遅れて飛来する何かに気づいたようだった。幾千の光が土砂降りの雨のように降り注ぐ。
「これ広域だ!逃げられない〜!」
咄嗟に園子は槍を展開させ傘がわりにする。須美もすかさず園子の下に滑り込んだ。銀も斧を交差させ、しっかりと上からの矢を防せぐ。
俺も以前、使用した桜の花を模した盾を展開させる。
二体のバーテックスも、この矢の攻撃が直撃しているにも関わらず、その回復力を利用して、高速再生しつつ。強引に、攻撃を仕掛けてきた。
少女たちは空からの想定外の攻撃は防いだが、追撃の横からの攻撃には対応しきれなかった。
けれどもまだここに一人いるーーーーーー!!
「人間を!舐めるな!」
すぐに盾を消失させ、ぐねぐねとした針を持つバーテックスの攻撃を俺は無理やり叩き落とした。しかし完全に相殺することは出来ず俺は後方へと吹き飛ばされる。剣も衝撃に耐えられず崩壊した。
俺は勢いを殺さずそのまま樹海の木に叩きつけられた。
「かはっ…はぁ、はぁ、」
呼吸がうまく出来ない。頭の何処かが切れたのか流血しているのを感じた。
「立てよ…動けって、助けろ…早く!」
呼吸が整わず、足も痺れて動かない。前を見ると苦戦を強いられている三人が見えた。
「あっ…」
息が整い始めた矢先、最悪にも敵の攻撃が須美と園子に命中した。二人の身体が宙を舞う。
「須美っ!園子っ!」
俺は痺れが収まりつつ足を無理やり奮い立たせ、二人の元へ飛んだ。
銀も二人に近づく。
「た、立てるか?須美、園子?」
銀が二人に聞くと須美は立ち上がろうとした。だが、須美は返事の代わりに、血を吐いた。園子も同様のようだ。
痛みに苦しむ須美の目に映ったのは二体のバーテックスに合流する三体目のバーテックスだった。
自分の兄は既にあれを警戒していたのだと今になってようやく気づいた。己の再生能力を活かした、あまりに連携の取れた攻撃。
敵の姿がみるみる回復していく。須美は自分の死を覚悟した。
完全に回復した後、直ぐに攻撃されるだろう。
敵の進行方向にいる自分たちは必ず殺される。そのことに須美は恐怖を覚えた。視界の端に自分の兄が近づいてくるのが見えた。兄を視界に捉えながら、須美は自身の意識が徐々に薄れていっているのを感じた。
「ハルヤ、動けそう?」
「なんとかな。銀こそ大丈夫か?」
「頭から血を流してるのが大丈夫なわけがないと思うんだけど。アタシは大丈夫…それよりも…」
「あぁ、わかってるよ」
銀が言わんとする事は俺でもすぐに理解できた。この戦場において戦力は俺と銀に以外残っていない。須美と園子の体には先程の一撃で多大なダメージが蓄積されたはずだ。これ以上戦わせるのは無理がある。
「動けるのはアタシたち二人だけ……」
「なら、するべきことは一つしかないだろ」
二人同時に頷くとそれぞれ決められたように俺は須美を。銀は園子を抱え上げた。
「よっと…須美、前よりも重くなったか?お前」
「何言ってるの…兄さん…こんな時に」
意識がなくなっていると思っていた須美は勇者礼装の治癒能力の高さのおかげか、会話ができる程度には何とか回復したようだ。俺は軽く安心させる為に須美の頭を撫でる。それ以上は何もしない。
「俺たちが逃げたら世界が終わるからなー。引くなんて選択肢ねえよ」
銀も俺の言葉に呼応するように園子の手をぎゅっと握った。
「あとはアタシたちに任せて二人は休んでおいてよ」
「みのさん…?」
俺と銀はお互いに抱えている須美と園子を。
「待って、何しようとしてるの?」
海へ放り投げたーーーー。
「っ、え!?にいさ」
「みのさん…!!」
銀は二人に「またね」といつもの下校時のような気軽さで別れを告げた。
二人が名前を呼びながら、落ちていく。園子と須美の姿は、完全に闇へと消えた。それを見届け俺と銀は向かい合う。銀はこんな時でも不敵な笑みを浮かべていた。
「さーて、と…お兄さんの方は覚悟できてる?」
「とっくの昔に。それに…俺は絶対に誰も死なせない」
「へへっ、そっか。じゃあ、守ってくれよ?」
「ああ、任せろ。1+1だって10……。いや、100にでも1000にでもなるってところ見せてやろうぜ」
三体のバーテックスがこちらに進軍してくる。
俺と銀は互いに拳をぶつけ合い、敵を睨みつけると。弾丸のような速さで、鋏を持つバーテックスに突撃した。
先程の戦いで、この敵の弱点は分かっている。
「ハルヤ!狙うのは胴体だ!」
「了解!」
二人同時に力強い斬撃を加える。
中央のバーテックスが矢を放つ。俺は自分と銀に当たりそうな矢だけを弾き飛ばす。その後ろから銀が前に飛び出し、中央のバーテックスへ渾身の一撃を放つ。その攻撃に怯み、矢を放つバーテックスは落下した。
死角から、攻撃を行い無防備な銀に針が襲いかかる。
「次は負けないっ!」
俺は"いくたち"を使用し、敵の針を迎撃した。針に当たれば確実に死ぬ。だから狙うのは針を繋いでいる尾の節。
空気を切り裂くような轟音がし、尾が宙をまう。
ここまでは上手くいくかのようかに見えた。しかし、2人きりでは限界は近く徐々に押されていく。
たとえ一度怯ませたところでそれだけだった。徐々に二人とも傷が増えていく。けどここで止まってしまうわけにもいかない。致命傷以外のものは全て無視を決め込んだ。防御を捨て、とにかく攻撃に専念し続ける。
「化け物にはわかんないでしょう、この力!」
銀が叫ぶ。胴体にダメージを蓄積し続けながら、二人で押し込み続ける。
「これこそが!人間様の!気合ってやつよ!!」
再度激しく吼える。
俺と銀は踊るように次々と瞬時の連携で攻撃していく。常軌を逸した攻撃に異形が怯んだのか、少しずつ。少しずつ。三体はその巨体を引き返していく。
「「このままっ!出て行けぇぇぇぇぇ!!」」
俺と銀は同時に吠えて大きな鋏を持つバーテックスに対し激しい一撃を加えた。大きな鋏を持つバーテックスはたまらず後方に大きく弾き飛ばされた。
「行ける!!」
他の二体のバーテックスにこの勢いのまま追い打ちをかけようとした瞬間、突然脳裏に須美、園子、銀の笑顔が走馬灯のように溢れかえった。
2年前、
真面目で、涙脆くて、変なところに凝り性で。何をしても優秀で、何をしても叶わない須美に対して俺は須美の兄になるのに必死だった。それでも結局須美には何一つと敵わなくて嫉妬もした。でも俺は、須美に初めて出来た友達と共に笑い合っているのを見るのがたまらなく好きだ。
守るべきその笑顔には、必ず居なくてはならない者がいる。彼女は今、手を伸ばせば届くところで、小さな身体を張り、血を流していた。
(失わせてたまるか!意地でも救う!銀だけは!!)
この少女を守れなければ、俺はどうしてここにいるんだ!!
「銀!」
俺は近くにいた銀を腕をめいっぱい伸ばして突き飛ばした。その腕に光の矢が突き刺さる。
「っ!!!ぐっ!!」
続いて足も貫いた。凄まじい痛みが走る。しかし、倒れるわけにはいかない。痛みを無理やり打ち消し、踏み止まる。歯を食いしばって銀に当たりそうな攻撃を全て弾き飛ばし続ける。
それでも全てを弾くなんてことは出来なかった。銀にもかなりの攻撃が命中していた。それでも俺はダメージを最小限にするため、銀の前に桃桜の盾を出しながら残された右腕でひたすらに相手の攻撃を相殺する。
更に仕掛けられる銀一点のみを狙った矢を"いくたち"で迎撃した。
「勇者は気合と!根性!お前ら如きに負けてられるかあああ!!」
"いくたち"は矢を逸らした後に完全に砕け散った。だが、完全に逸らすことは出来ずにその矢は俺の左腕を吹き飛ばした。鮮血が樹海を濡らす。痛いはずなのに痛みなんてない。守るべき存在がいる限り力尽きるわけにはいかなかった。
血の海が広がり、その光景に銀の足が僅かに鈍る。
「止まるな!!進め!!!」
足を止めればその先待つのは死のみ。俺は痛みを吹き飛ばすように銀に叫んだ。
俺の言葉を受け、銀はこちらを振り返らず無我夢中で斧を振り続ける。俺も再度、銀が損傷を与えた部位に追い打ちをかけるように連撃をバーテックスに与える。
お互いに引いてしまえば失うものがあった。
須美、園子、家族、学校、友達。そのどれも失いたくなくて。
二人の言葉にならない咆哮が樹海に響く。
「「これが!勇者の!魂ってやつよぉぉぉぉぉ!!!!」」
血に濡れながら、赤き花と、取るに足らぬ花は、敵を押し返し続けた。
須美と園子が大橋を登ってくる。
二人の傷は動けるまでには回復していた。
須美の全身を嫌な予感が包んでいた。
敵が三体居たにしては静かすぎる。
道路のあたりまでくると、そこには目を覆いたくなるほどの凄惨な血痕と破壊痕が残っていた。
それは敵が押し戻されている揺るぎない証拠だった。
「銀!兄さん!」
「わっしー、行こう!」
二人は、痛みを堪えながらよろよろと駆けて行く。
須美も園子も二人にあったら何を言おうか考えていた。「ありがとう」「お疲れ様」「頑張ったね」きっとどれもちがう。
二人は程なくして、壁の手前まできた。
敵の姿はそこにはない。
そこにあるのは誰か1人の身体を抱え、座りこんでいる銀の背中だった。
「銀!!!」
須美はその背中を見た瞬間に自分でも驚くくらいの大きな声で銀に呼びかけた。
「ぁ…須美。園子」
銀はゆっくりと須美と園子に振り返る。銀は傷だらけになりながらも意識を保っていた。胸の中に疼いた小さな違和感を須美と園子は一度振り払う。そんな小さな違和感以上に、銀が生きている事への安堵の気持ちが須美と園子に広がった。
二人は胸を撫で下ろして親友の元へと近づいた。そして、声をかけようとした瞬間に銀は須美と園子に噛み付くように声を上げる。
「はやく、早く病院に!」
銀は二人が見たことがないほど取り乱していた。
そしてようやく二人の目に銀が誰を抱えているのかを視認する。園子が逃げ出した違和感に首元を縛り付けられ、息を呑む。
「まだ、生きてるんだ。早くしないと!このままだと!!」
須美は目の前のそれをまだ信じられないでいた。
(そんなことない。認めてなるものか。自分の兄はそんなに弱くない!)
須美の目にはあまりにも衝撃的な光景が広がっていた。片方の腕を無くし、身体中の傷から絶え間なく血を流す兄の姿は須美を絶望たらしめるには十分であった。
だが、まだ銀は生きていると言った。ならば、まだ助かる筈だ。諦めてどうする。
「…お願い……神樹様……。兄さんを、助けて……」
しかし、この状況下で須美はあまりにも無力であった。諦めたくはないのに、須美はただ神に祈ることしか出来なかった。
本来の名シーンを個人の欲望だけで汚してしまったことをお許しください。
勝手なお願いではありますが評価していただけると嬉しいです。
次回も見ていただけると幸いです。
よろしくお願いします