バーテックスの攻撃が始まる。四国は今、神樹の力で樹海と化した。戦闘態勢を整える須美の端末から卵型の精霊が、前に飛び出す。
「これが私の精霊…勇者を支援するもの」
「ほぼ卵じゃんこれ」
「まるまるしてて可愛いよね〜わっしーの精霊は。私のは〜」
園子が須美に続いて携帯端末を操作する。
「はい出ましたー。カラスです〜」
「そのっち。ちゃんと鴉天狗って言ってあげて…鴉が鴉天狗では大きな違いがあるわ」
「鴉だけだと威厳も何もないな…」
「兄さんの精霊は?」
俺も二人に倣って端末を操作する。二人と同じように画面が一回光ったかと思ったら目の前に精霊が飛び出してきていた。
「よっと…なんでもかんでも刀にすりゃいいってもんじゃないだろ」
俺の精霊は刀に目がついた不気味な精霊だった。奇妙なことこの上ない見た目である。
「確かハルスケの精霊は村正だったよね〜?」
「そうそう。見た目はあれだけど、一応信頼することにするよ」
マイペースすぎる二人を見て、須美の緊張は和らいでいた。
「よ〜し、お着替えいくよ〜」
「了解!そのっち」
須美はぐるっと手に先程園子から貰ったリボンを巻きつけた。
「うほっ!いっかす〜!」
園子のなんとも場違いな声がその場に響いたのだった。
三人は、樹海化した世界で勇者の姿へと己を変えた。同時に須美の新しい武器が発現する。それは西暦の頃、スナイパーライフルと呼ばれるものだった。弓以上の火力を求め、弓以上の正確性を求めた結果たどり着いた武器だ。使用される弾丸も勇者仕様の特殊なものだ。
「かっこいいよね〜シロガネ」
今、樹海の外で自分たちの安全を願っているだろう友を須美は思い浮かべた。園子はシロガネを頼もしげに見つめる。
「そのっち、兄さん。安心して戦ってね。二人に近づく敵は私が撃ち抜くから」
「頼もしいね。ねっ、ハルスケ〜」
「そうだな。園子も頼りにしてるよ」
「うん!任せてよ〜!」
俺は園子に頷いた。俺も須美に続いて武器を取り出す。夜桜の剣。シロガネとは対をなす色合いを持つ剣。以前使用していた量産型の出来損ないとは訳が違う力を備えている。これ以上頼もしい武器はない。
各々が新しい力に身を委ね、最後の決戦の地、大橋へと三人は勢いよく飛んだ。
「バーテックスは三体か」
移動しながら俺は何体のバーテックスが進行してきているのかを確認する。以前とは違い、勇者システムには敵味方を捕捉するレーダーがついている。そして、通信機能も追加されている。これで隠れている敵も発見できるようになった。
前述したように敵は三体。
細長く、ニョロニョロとしたウナギのような牡羊座のバーテックス。
その巨大を大きく上回る、山のような獅子座のバーテックス。
獅子座のバーテックスは、遠距離スコープを持たない俺と園子にもはっきりと視認できた。
「獅子座は、動く気がないのか?」
「そうみたいだね〜。前みたいに連携されると厄介かな〜」
「確率はゼロじゃないな」
もう一体の魚座は海の中にいるようで、壁付近をすごい勢いで泳いでいる。俺はレーダーを見ながらバーテックスの泳ぐ姿を見て突っ込んだ。
「魚じゃん」
「魚座だからじゃないかな〜」
「それにしても本当に星の名前を冠してるんだな。だから神託も星だったのかね」
一つ疑問に思っていたことがある。バーテックスは壁の外でウイルスにより生まれたとされている。それなのに何故それに星なのか。大赦に聞いても返される返事は曖昧なものばかりだった。何か秘密があるのかもしれない。
「兄さん、来るよ!」
俺は須美の声で我に帰った。牡牛座のみが、ニョロニョロと気味の悪い動きで、大橋を真っ直ぐ突進してきている。
園子が慣れた手つきで槍を構える。彼女の武器はアップデート前から変わっていない。須美も園子に合わせるように敵に標準を合わせる。俺もいつでも園子の合わせて動けるように剣を構えた。
須美がまず、近づいてくるバーテックスを狙撃する。須美の狙撃が、牡牛座の脳天と思わしき場所を正確に撃ち抜いた。その衝撃に牡牛座は侵攻を止める。
「行くよ〜ハルスケ」
「了解!」
園子の槍撃が倒れている敵を容赦なく襲う。
「関節部分はやっぱり脆そうだよ〜」
俺は園子の言う通り関節部位に狙いを定め、夜桜の剣を振り下ろす。身体能力も強化され、振り下ろす速度が桁違いになっていた。そのため、武器の元々の力も相まって威力が上がり切れ味も上がっている。
「わぁ、凄い切れ味になっているよ〜」
園子も自身の破壊力向上に驚いていた。
バラバラにした牡牛座の巨大が、ぶるぶると怪しく蠢き始めた。それぞれバラバラにした部位から、身体が生えてきていたのだ。俺はギョッとした。
「増えるのはずるいだろ!」
こうなると無理に切り続けるのはまずい。
剣を使い、増えた相手の攻撃を受け流す。片手が使えない分、力負けしないよう受け流す方法を対人戦闘をしながら身につけた。園子も、槍を振り回しながら敵の攻撃を防いでいる。
「くっ…!そんな特性まで持ち備えるとは!」
須美も狙撃して、敵を吹き飛ばす。増殖したうちの一体が、園子に強烈なタックルを仕掛けてきた。バーテックスお得意の、被弾覚悟の強引な突撃である。園子の精霊が出現し、攻撃を防ぐ。
衝撃で園子は弾かれたが、精霊の活躍で、ダメージは全く無かった。
以前なら相手を止めに行ったところだが今はそれをしなくて良くなった分、自身も動きやすかった。念のため、園子の場所へとカバーに回る。
「わぁ〜これが精霊バリア。凄いよ〜、なんともないよ?」
「これなら量産できない理由も納得だ」
ただこの精霊バリアも無敵ではい。もしかしたらこのバリアを破る敵がいてもおかしくないのだ。慢心はできない。
牡牛座が一斉に園子と俺に襲いかかる。
「もう強引にきたって、通じないよ〜!」
俺が剣を振り敵を止め、須美が狙撃をし追い討ちをかけ、園子は切り刻んだ。
だが、相手は斬られるたびに増殖する。須美の精霊、青坊主が端末を須美に見せる。その画面にはレーダーが表示されていた。その中で敵を示すマーカーは一つだけ。
「なるほど。あくまで司令塔となるべき主体は一つで、残りはパーツ。ありがとう」
須美がそのことに気づくと同じタイミングで園子もその事実に気づいていた。よくよく観察すると明らかに一体だけ、司令塔となる個体が存在していることがわかった。
「須美、あの司令塔狙えないか?周りにいるパーツは俺が退ける」
「ええ、任せて」
俺は走りながら夜桜の剣をしまう。そして一足先に力を使った。
「こい!八握剣!」
その刀身が姿を現す。かつて、天から地に落とされたと言われる神宝。十種ある神宝の一つ。
俺はそれを本体を守る敵の分身に向かって、踏み込み横に薙いだ。同時に凄まじい衝撃波と共に全ての分身が根本から消滅した。
「これなら、いける」
須美の弾が、司令塔となる本体に命中する。
「流石、兄妹〜。私も負けないよ〜」
園子は二人を頼もしく思い、槍を振るう。再度須美の援護射撃が園子の間を縫うようにして命中する。
からくりが看破された牡羊座のバーテックスは並び立つ火力の前に、押されるように壁まで後退した。
敵が後退するのを確認すると一瞬だが息を抜けた。
それにしても凄い威力だった。敵を根こそぎ消滅させるなんて諸行普通はできない。一度須美の元へ行こうとした次の瞬間
口から吐血したーーー。
「ぐっ!」
血独特の鉄のような味が口に広がる。心臓が暴れている。
一応、自分の力の限界は知っているつもりだ。その上、大赦にも確認を取り、神器を使う際身体に異常は出ないと言う話だった。神樹との回路があるからいくらでも神器を使えるというのは嘘なのか?
いや、待て。そもそも精霊ってなんだ。神樹の使い?
俺たちは生かされている?何に?精霊?
精霊は勇者を生かす者。生かす、つまりは暴論、今後死ぬことはない。
ということは…。
まだ確証はない。だけど、勇者システムに似たような理屈が通じるのならーーー。
「そんなこと考えてる暇があるか!」
頭を横に振って悪い想像をかき消す。ついでに、口もとの血を服の袖で拭った。
「兄さん、兄さん聞こえる?」
須美から端末を通しての通信が入った。
「聞こえてるよ」
「よかった、急に姿が見えなくなるから。それより獅子座が動き出した」
俺は壁の方に目を向けた。気づけば園子が魚座に攻撃を仕掛けていた。
自分があの場で考え込んでいたせいで園子が一人で前線に出る羽目になってしまっていた。
園子は魚座に気を取られており、須美も魚座に攻撃を集中させている。獅子座の狙いは魚座に攻撃を集めさせることだろうか。
俺は再度、夜桜の剣を取り出し、獅子座目掛けて跳躍した瞬間、獅子座から凄まじい大きさの火球が放たれた。
「な!?」
須美でも園子でも俺でもない、狙いは大きく輝く神樹本体。しかし、その火球は神樹に辿り着く前に霧散した。焦りを隠して俺は須美の横に着地した。
「今のは試射だと思う」
確信があった。おそらく最初から命中させる気などさらさらない。
「私もそう思う。もうあの攻撃はさせたくないわね」
須美の満開ゲージは既に満タンになっていた。園子も同様にいつでも切り札を使える。
「そのっち、私たちもここで使おう」
「うん!私もおんなじこと考えてたよ〜」
須美は一度息を吸った。そしてその力を解き放つ。
「「満開!!」」
瀬戸大橋に二つの花が咲き誇る。
「わぁ、巨大戦艦わっしーだ!」
極太の砲座を備えた須美の満開は、火力に特化していた。
戦艦に例えられたように、浮力もある。
「そのっちの満開はそのっちらしい満開ね」
園子の満開は槍の穂先にある刃の数が、明らかに増えており、須美の暴力的な力とは打って変わり、精密な動きができるようになっていた。
「で、俺は搭乗員っと。これって砲弾とか詰めた方が良さげ?」
「そんなことしなくていいわよ。」
須美は獅子座に空から近づき、砲撃の雨を降らせた。
「凄い〜これが満開。よーし私も」
園子は須美の砲撃をかわしながら、鋭い斬撃を加えていく。獅子座と魚座は二人の攻撃にたまらず、その巨体を崩し、海の中へ轟音を上げて消えていった。
「二体とも沈めたわけだけど…」
「大人しく帰ってくれるかな〜」
レーダーを眺めても沈んだままで二体に動きはない。
「再生してまた来る気だろうな」
二人の満開が解除される。花吹雪を散らして、満開前の姿に戻った。
「長時間は満開できないようね…!?」
突然、須美ががくりと膝をついた。一瞬、須美の表情が驚きへと変わったのを見て俺と園子は須美に駆け寄った。
「須美!?」
「ど、どうしたの、わっしー」
「足が、足が動かない」
「え、どうして〜?敵にやられたの?」
レーダーを見ると既にバーテックスは動き始めている。まだ距離はあった。
「園子、お前はなんともないのか?」
「私はなんとも〜…あれ?目が」
「このレーダー見えるか?」
「あれ、見えない…左目が見えない」
嫌な予感がした。これ以上、この力は使ってはいけない。取り返しのつかないことになる。
「こんな大事な時に!」
このタイミングを見越していたのか、既に敵は戦線復帰しかなり接近してきていた。
「私は再度獅子座をやるわ!満開!!」
「っ!ダメだ!須美!!」
既に時遅し、花は咲いたあとだった。
「今度は、中途半端に倒さない。全部倒す!」
俺は跳躍し、須美の満開した姿に再び園子とともに乗り込んだ。獅子座から再度火球が放たれる。
「弱い!」
火力対火力。
須美と敵の火球がぶつかり合い、大きな爆発を生み出した。
その爆発は瀬戸大橋を吹き飛ばした。
「満開さえしていれば負けることはない。ここで必ず倒す!」
さらに須美の攻撃は苛烈さを増す。もうここまできたら止められない。須美は力を振り絞り、砲撃を放ち続ける。獅子座の身体が徐々に崩壊して行っていた。
「あと、あと一息なのにっ…」
限界が来て、花びらが一枚。また一枚と散華していく。
「もう一撃、あと一撃っ!」
須美の一撃が命中する。すると獅子座の中に命の奔流。煌々と輝きを放つ太陽を見た。
「あれが…体の中心…急所なんだ…!!」
須美が苦しげに呟く。それを聞いて俺は即座に飛び出した。ここで逃がせば須美の、園子の頑張りは全て無駄になる。
自分の身体なんてここまできたら二の次だ。例え、ここで力尽きても俺はコイツを倒す。俺は園子に檄を飛ばした。
「突っ込め園子!後は俺がなんとかする!」
「わかった!いっくよ〜!!」
満開した園子と獅子座が激突する。その衝撃は園子の満開に同乗していた俺にも加わった。だがそんなもの今更気にしてられない。
園子は満開の最大火力を持ってして獅子座を壁に叩きつけた。園子の満開が解ける。俺は飛び出し、同時に天に腕を突き上げた。
「力を貸せ!天叢雲剣!」
落雷とともに右手に神器が宿る。俺が持ち得る最大の神器。その正体を本能的に察知したのか、再び獅子座は逃亡を測る。
「逃すかあああああああああ!!」
体の中心。敵の核に渾身の一撃を振り下ろした。しかし、ガッという鈍い音と共に剣が弾かれる。
「まだだ!おおおおおおおおぉおおお!!」
無理矢理体を捻り連撃を繰り出し続ける。身体中の細胞が活性化し、血液が沸騰するのではないかと思うほどに体温があがった。
一体どれほどの攻撃を加えたのだろうか。遂に核にヒビが入る。
「これで!終わりだ!!!」
最後一撃を繰り出そうとした瞬間、獅子座の核が妖しく光輝いた。
「っ!!」
今までにない攻撃にあい、対処する方法なく俺は無様に吹き飛ばされた。俺は剣を樹海に刺しストッパーにして体を止める。
「仕留め損なった…!!クソッ!!!」
悔しさのあまり、義手である左腕で地面を殴りつけると天叢雲剣は音を立てて崩壊した。
再び身体に激痛が走る。だが今回は吐血することはなかった。自分の身体を確認していると近くで園子の悲嘆な叫び声が聞こえた。
「園子、何が…」
声のした方に力を振り絞って向かう。そして俺が目にしたのはこれ以上ないまでの絶望だった。
そこには須美だった誰かがいた。
死んでいるわけではない。生きている。会話もできる。けど、それは須美ではない。
「誰なんですか貴方は、それにここは一体……」
「わっしー!!」
気づいていたはずだ。こうなる可能性があることに。
「私、貴方のような人知りません」
園子の表情が大きく歪んだ。
わかっていたはずだ。何故止めなかった。満開には恐ろしい欠陥があることを何故伝えなかった!!
「須美、お前は……」
俺が言い終わる前に須美の顔が恐怖で埋め尽くされていた。園子と二人、須美の見ている方を見る。
そこにはーーー。
21体のバーテックスが壁外に集結していた。
俺と園子の顔は同時に絶望の色に染まる。ここに来て援軍。須美は戦闘不能。俺と園子も出し得るものはほとんど出し切った。
仮にこのまま戦闘を継続した場合、俺は自らの命を。園子は身体の自由を差し出さねばならなくなる。須美も危険に晒し、統制もまともに取れないだろう。
「…ハルスケ、わっしーを連れて離れて」
一瞬の逡巡。しかし、園子は自らの役目を既に理解し終えたのか、俺の目を真っ直ぐにみつめる。
「自分が何しようとしてるのか分かってんのか!?」
「うん。だってここまでわっしーとハルスケが頑張ってくれたんだもん」
「そんなの理由になるか!」
「なるよ。ハルスケもう動けないでしょ」
「っ!」
「見ればわかるよ。満開と同じか、それ以上に危険なことしてる」
「そんなこと…」
「いいから。後は私に任せてよ。前はハルスケが頑張ったでしょ?だから今回は私の番」
そういうと園子はしゃがんで須美の顔を真っ直ぐ見る。
「私は乃木園子。隣にいるのが貴方のお兄さんの鷲尾晴哉。そして、外で私たちの帰りを待っていてくれるのが三ノ輪銀」
須美に渡したリボンを須美の腕に縛る。
「私たちはずっーと友達だよ」
園子はもう自分に起こること全てを覚悟していた。須美は既に意識を失っている。園子の姿をもう見ることはない。
「お願い」
「…わかった。けど、必ず戻ってくるから…助けに来るから」
「うん。ありがとうね」
俺は須美を抱き抱え、壁とは反対側へ飛んだ。後ろは振り返れなかった。
その日、四国では大きな自然災害が起こった。
死亡者二名、負傷者十名。
樹海が傷ついた災いが、現実の世界へと降りかかったのだ。
大赦職員であった夫婦が、民間人を避難させたが自身は逃げ遅れて死んでしまった。
「勇者・乃木が何回満開したかは不明ですがこの度合いから見るに、十回以上は…もう歩くことも出来ないと思われます」
「その甲斐あって、敵は退いたのだ。丁重にお運びしろ」
園子が、大赦の人間に運ばれていく。安芸はその光景を複雑な気持ちで見送っていた。
「…先生」
声が聞こえ、振り返ると背後に須美を抱えた晴哉が立っていた。彼は近くの神官に須美預けると怒りがこもった目で睨みながらこちらに近づいた。
「鷲尾くん、よかった。ここにいなかったからどこに行ってたのかと」
「さっきのって園子ですよね」
「…ええ。そうです」
「なんでですか」
「え、」
「なんで大赦は嘘をついた!」
その気迫は凄まじく、安芸を思わず黙らせる。
「……」
「都合が悪かったからですか?こうなることを知っていて!!」
「落ち着きなさい!」
「答えてください!園子を!須美をこうすることが!お前らの願ったことか!?だとしたら俺はお前らを一生許さない!今すぐ大赦をつぶしーーー」
異変に気づいた近くの神官数名が晴哉を取り押さえた。本来の彼ならおそらく取るに足らないだろう。しかし、それは出来ない。神器は2回使用するだけでかなり身体に負担がかかる。例え、神に身体が変わっていようとも。
それでも彼は私を睨みつけ続ける。意識があるのが不思議なくらいだ。
だが、そこまでだった。彼は激しく吐血した。おそらく様子からして2回目だと安芸は判断した。
「今すぐ彼を病院へ」
「かしこまりました」
神官は気を失った晴哉を抱え、救急車に乗せた。その救急車はすぐに発進した。安芸はそれを見届けると、自分の想いに蓋をするかのように顔に仮面をつけたのだった。
それから3ヶ月の時が過ぎた。季節は三月手前。もう少しで卒業と言うところまで来てしまった。
冷たい冬の名残りを伝える冷たさを肌で感じ取りながら、俺はノートにペンを走らせる。そんな俺の机の前の椅子に座って、ノートを覗き込む。
「何これ」
「ちょっとした状況整理だよ。今の所、何一つうまく行ってないのが現状だけど」
そのノートにはしらみつぶしに、鷲尾須美の足跡を辿ったものだ。だが、奇妙なことに鷲尾家に養子に来る前の資料がどこにもない。
恐らく、大赦も俺が探しに出ることは想定内だったのだろう。
「園子と須美、どこに行っちゃったんだろうな」
銀は戦いのことを大赦の施設で聞いていた。二人の席はずっと空白だ。
「さあな。こっちも探し回ってるけど手がかりなしだ」
急に担任の先生も安芸先生から別の先生へと変わった。俺はそのことをいまだに許してはいない。逃げただけにしか見えなかったからだ。
「ハルヤは卒業式終わったらどうすんの?ここ残る?」
神樹館は小中と一貫なので普通はここに残るのがセオリーだ。しかし、俺にはその権利はどうも与えられなかった。
「俺はまた新しいお役目だとよ。俺は便利屋かな」
「という事はもしかしてもうこっちにはいない感じ?」
「讃州市にある讃州中学に行けだってさ。そういう銀はどうするんだ?」
「アタシは一年は大赦の施設暮らしかな」
「急だな。今までそんな事なかったのに」
「アタシも急に言われて正直困ってる。今日の放課後どうする?イネス行く?」
きっと俺が気を張り詰めたような顔をしていたのだろう。銀は気遣うように提案してくれた。それでも俺は今日やることは決めていた。
「悪い。今日大赦本部に行くもりだから」
「アタシも行こうか?」
「銀の将来に影響しそうだからお勧めしない。俺一人で行ってくるよ」
俺がそう言って笑うと、銀も不安そうにしながらも頷いたのだった。
放課後俺は一人大赦本部にきていた。
「お待ちしておりました。鷲尾晴哉様。こちらへ」
巫女に奥へと案内される。正直会いたいと言って会えるものではないと思っていたので拍子抜けだった。奥に行くともう一人の巫女が立っていた。その立ち姿から俺は既にそれが誰だか知っている。
案内してくれた巫女は既に立ち去り、俺の前に残った巫女は恭しく首を垂れた。
「晴哉様に最大限の敬意を」
その形だけの敬意が気に食わなくて思わず顔を顰めてしまう。
「……須美の居場所はどこですか」
「教えるわけにはいきません」
返答を聞くやすぐに俺は巫女の目の前に夜桜の剣を突きつける。巫女は動揺した様子も見せず、じっと俺の出方を待っていた。
こんなの子供や気の短いなんの策もない人がやることだが、生憎俺にはこんな小さい真似しかできなかった。ただ、一つだけカードになるものはあった。このカードを切るためには脅迫という形に持ち込むのが最も成功率としては高いと俺は踏んだ。
須美には会えない。けれど、園子には会える可能性があるカードが。
「どういうおつもりですか」
「須美は諦めます。だけど、園子には合わせてください」
「それも出来ません」
「何故ですか」
「今の彼女は現人神だからです。限られたものしか近づけません」
「その言葉を引き出せただけでも俺の勝ちです」
俺の口元は自然とニヤリと嫌な笑みを作り上げた。初めて問答で目の前の人物を上回った。そんな不思議な優越感があったのかもしれない。
対照的に巫女は自分で言った言葉で何かに気づいたのか、仮面越しでもわかるほどに初めて動揺の色を見せた。
「なら、俺も根本的には同じだ。なら会えるよな。…先生?」
「園子、だよな」
一つの部屋に通され目に入ったのは身体中に痛々しい包帯を巻き、ベッドに横たわっている少女だったものだ。
「あ、ハルスケ〜。久しぶり」
俺は感情を押し殺した。かつての自分のようにただ無関心になれと言い聞かせた。目の前にいるのは園子であって園子じゃない。受け入れたくない。本来なら自分があの場にいるべきなんだ。俺のいる場所には園子がいるべきだったんだ、と。
「久しぶり」
「まさかこんなに早く会えるなんて思ってなかったよ」
「俺も似たようなものだからな」
「そうだね」
以前のように上手く言葉を紡げない。無理だ。自分のことを今までに以上に責めた。俺はクズだ。どうして「友達だよ」って言ってくれた園子に対してこんな対応できるだろうか。
「ごめん」
「え?」
「ごめんな、ごめんな園子…」
強く手を握り過ぎて爪が皮膚に突き刺さる。血が滲んでいるのも気にならなかった。
「大丈夫だよ。これは仕方のないことなんだから。じゃあそうだな〜。ハルスケにお願い。必ずわっしーを見つけて、みのさんと一緒にここに来てよ」
園子の唯一動く左手が俺の右手に重ねられる。
「それにしてもハルスケも泣くんだね〜。やっぱりわっしーとは兄妹だ」
園子が微笑む。ここでようやく俺は自分の頬に流れるものの正体を知った。
「今度こそ、約束は果たすよ。園子」
それで園子が救われるなら、俺は大赦を、神樹をも敵にまわそう。
俺は自分の決意が伝わるよう、少し強めに園子の手を握り返した。
卒業式も終わり、同じクラスメイトだった人に別れを告げ、俺は単身讃州市にあるアパートにいた。このアパートは大赦の管理している場所らしい。
建物の階段を登り、部屋の前まで来た。これからここが自分だけの拠点となると考えると、少しワクワクした。そんな自分とは思えない程の前向きな気持ちを抱えながら、鍵を開けて室内に入る。
「広いな」
一人で住むには十分すぎる間取りだった。正直寝る所と本を置く場所さえあれば良かったのだが、リビングに加えて寝室専用の部屋があるとは予想外だ。
荷物も先に運べるものだけ運んでしまっていたので後は夕飯を考えるくらい。とは言っても、不思議と作る気にはなれなかった。
「少し、外出てみるか」
俺はぼそりと一人つぶやいて部屋を出た。
目的もなく町を歩く。知らない道、知らない店。知らない神社。おまけに砂で作られた大きな昔の貨幣がある始末。どれもこれもが物珍しくて、退屈はしなかった。
「そう言えば一度だけ来たことあるっけ。あまり記憶がないけど……」
確か銀の発案か何かで須美を無理やり連れてこの町に一度だけ来たことがあった。だが、大してこの街並みを覚えていないのはよっぽど興味関心がなかったのだろうか。自分的には不思議で仕方がない。
思い出に浸りながら歩くこと数十分。しばらく歩くと桜並木にたどり着いた。
「こんな場所もあったんだな」
ふと、夢の中に出てきたあの夜桜と不知火幸人の存在が思い浮かんだ。
あれ以来一度も夢に見た事はない。それに何故か夜桜の剣が前回の戦い以来作れなくなってしまった。
もう花が散る時期なのかヒラヒラと花弁が一枚一枚落ちてきている。俺はその花弁を目で追った。途中、前方から来た車椅子の少女とそれを押す少女とすれ違う。
俺は不意に何かを感じ後ろを振り向いた。
「………勘違いか」
とても似ていた。誰にとは言わない。なんとなくだが、彼女達にはまたどこかで会える気がした。それもすぐに。だから心配する事はない。
俺は迷わず前に前にと歩み続けた。
いつか来る再会の日に向かって。何度でも、前へ。