第1話 わしおはるや
勇者とは無垢な少女が神樹様に見そめられ国を脅かすものから国を守る者たちである。前述した通り勇者は少女でなければならない。例外はない……はずであった。
しかし、神樹は1人の少年を勇者を守る存在として"守り人"を選んだ。大赦と呼ばれる今の国を統治する者たちはこの出来事に驚いた。何せこの神樹と呼ばれる国を守る神の集合体が出現してから300年近く、男性が神に使える大事なお役目についたことなどないのだから。
かくして神世紀298年。ここに3人の少女と1人の少年が神樹様に選ばれた。
【勇者】鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀。
そして、勇者の【護人】鷲尾晴哉。
これは本来選ばれるはずのない少年の、3人の少女の"未来"を守る物語。
俺は昔から誰かと関わる事が苦手で、おまけに無気力だった。周りが何かで盛り上がっていても「一体何が楽しいのだろう」と思ってしまうし、学校の行事に参加してもこんなことして意味があるのだろうかと思ってしまう。周りの見える景色も要するに灰色というのが文学的には正しいのだろうか。いや、文学的表現なんて『月が綺麗ですね』くらいしか知らない。そもそも灰色の景色なんてものが文学的表現なのかすら知らない。それより500年近く知られている夏目漱石に拝。
ここは神樹館。神樹の名を冠する小学校。周りにいるのは金持ちや秀才やら天才やらと軽く人間博物館の様相を呈している。
今は朝礼前だ。クラス内には友達同士で話したり、教科書を読んだりしている真面目ちゃんもいたりする。この真面目ちゃんは俺の妹でもある。
多種多様な人間模様だが、この中でも特別目立つ存在がいる。斜め前に座っている乃木園子だ。彼女は典型的なお嬢様であり、大赦と呼ばれる組織のトップの御令嬢である。彼女は少々変わっているらしく後ろに掲示してある書道の時間に書いた「内角高め」に関しては謎でしかない。
彼女は先程昼寝?から目が覚めるなり、「はわわわわわ〜!お母さんごめんなさい〜」と飛び起きていた。妹に「乃木さん。今は朝の朝礼前よ」と言われ、周りの笑いを誘っていた。
席が隣同士ということもあるのか、その流れで2人は挨拶を交わし、会話に興じている。
「すみすけ、おはよ〜」
「ごほん。おはよう。乃木さん」
妹は園子が自分を呼ぶ時の「すみすけ」というのはどうにも気に入らないようで、微妙な反応を示していた。
「あの、すみすけってのはちょっと」
「あ、じゃあ〜シオスミとか〜?」
「それもちょっと……」
などの会話が聞こえて来る。
(なんだ、いいなシオスミ。俺も帰ったら呼んでみよう)
怒られそうなものだが、一度くらいは許してくれるだろうという甘い期待を胸に抱きながら2人の会話に耳を傾ける。
この際だ。妹も紹介しておこうと思う。俺の前の席にいるのが鷲尾須美。超がつくほどの真面目。とにかく朝は和食を食べないといられないという理由で調理場をハイジャックしてしまうというとんでもない人物だ。お陰で今では毎朝白飯に焼き魚。元々洋食派であった俺は、気づけば白飯を無意識に欲している身体にされてしまった。ほとんど洗脳である。
「兄さん。何か用があるなら声かけて欲しいわ」
「……ごめん。特に何もないんだ」
じろじろと見すぎていたらしく、須美に厳しい視線を向けられる。
「全く。いつもボーッとして……」
須美は呆れたようにため息をついた。いつもボーッとしてるのは貴方のお隣の方だと思うのですが。と反論したい気持ちをグッと押さえつけ、何か適当な事を口走る。
「いや、ボーッとしてたわけじゃない。何故自分が無意識に白飯を求めているのかを考えていただけだ」
「はい?」
「忘れてくれ」
俺の不可解な物言いにこれまた厳しい視線を向けてくる。須美は眉間を揉むと「これだけ言わせて」と前置きを置いてから俺の目を真っ直ぐに見た。
「とにかく!今日の授業は真面目に受けること。いい?」
「はい……。わかりました」
自分で言うのも何だが俺は比較的不真面目な部類に入る。須美からは毎日のようにしっかり授業を受けろと言われているがどうも身が入らない。
何度目かのため息をつきながら須美が前を向くと同時に教室の扉が開いた。
「おはようございます。みなさん」
丁寧な挨拶をしながら担任の教員である安芸真鈴。通称安芸先生の入場。殆どのものはこれにしっかりと挨拶を返している。挨拶を返さないと神樹様に怒られると小さい頃から教え込まれているからだ。
「鷲尾くんもおはよう」
「おはようございます」
どうも俺は安芸先生に目をつけられているのか、挨拶の回数が皆より多い。挨拶は神樹様を抜きにしても大事なのはわかるのだが、俺はこの先生が少し苦手だ。
そんなのことを考え、改めて先生の方を見る。すると安芸先生が教室に来てからすぐ外から誰かが追いかけるように走ってくる音がした。
「はざーっす!!間に合った!」
勢いよく開けられる教室の扉。その境界線の向こうにはわざとらしく汗を拭う少女。
「間に合ってません」
そんな少女に先生が持っている出席簿で駆け込んできた生徒の頭を軽く叩いた。バシッと言う乾いた音が教室に響く。
「いったーい!先生いたい!!」
少し前の時代なら体罰がどうとかで懲戒免職待ったなしだが今は軽いものなら認められている。誰だ決めたヤツ。寝てる時叩かれるの痛いということを教えてやりたいくらいだ。
悪態を吐くのは程々にして、今遅れて登校してきた少女が三ノ輪銀。
活発な女の子を体現したかのような存在だ。彼女の周りには自然と人が集まる。人徳ってやつだろう。今も周りの子に話かけられている。あの雰囲気は乃木園子や須美にはないものだ。あと俺にも。
朝礼後も彼女は何故遅れたのかとか、昨日のテレビがどうとか他愛のない話で周りの友達と盛り上がっていた。楽しそうで何より。そんな光景を尻目に俺は持ってきていた文庫本を開いた。
気づけば時は昼休み。小学生にとっては至福の時だ。それは神樹館に通っている生徒も変わらない。いついかなる時も昼休みというものは正義なのだ。絶対悪は授業だ。断言する。以前、授業がいかにつまらないものか一度須美に説いてみたが啓蒙は失敗した。
「そんなこと考えている暇があるのなら少しは勉強したらどうなの?」
「ごもっともで」
即KOだった。
昼ごはんも食べ終わり三ノ輪銀は友達と外へと遊びに行き乃木園子は早速昼寝と洒落込んでいた。相変わらずの寝落ち速度。誠に感服せざるを得ない。今度教えてもらおう。とは言いつつ別にいつも寝ているわけでは無さそう。スローライフというやつだろうか。人の生き方なんてものはそれぞれだ。
須美はと言えばクラスメイトと楽しげに話している。本人は気にしているが別に友達がいない訳ではないと思う。付き合い方の問題のような気がして仕方がない。
(他者にも自分にも少々厳しすぎるのかもしれないね)
それが真面目な性格故のものなので否定するのも忍びない。
「俺は何をするかな」
結局、俺は読みかけの本を読むことにした。
それからしばらくした後、須美がクラスメイトと話し終え、席に戻ってきたところで地震に似た大きな衝撃が身体に走る。
(………なんだ!?)
本能的に恐怖心を煽られるこの揺れは、この世のものとはまた別の現象なのではないかと錯覚してしまう。
恐怖心を誤魔化すために、俺は須美に冗談半分でよくわからないことを口走った。
「おい須美。流石に大きくなりすぎたんじゃないか」
「な、何言ってるのよ!兄さんそれよりも………」
我ながら気持ち悪いことを言った事に対して自己嫌悪に陥いっていると世界に違和感を感じた。
「ん?」
周りを見る。先程まで元気に動いていた人たちが止まっていた。
「みんな?」
須美が問いかけるが誰も反応しない。身体を揺すってみる。しかし反応も何もない。
「これって……まさか!」
再度周囲を確認する須美。時計も落ちかけの箸も全て止まっている。この状態については既に知らされている。そして、それが戦いの始まりを示す鐘の音だということも。
「条件はそろっちゃってるけど?」
再度状況を確認をするよう須美に視線を送る。須美と俺の視線が合致し、お互いにこの状況を理解して飲みこむ。
「ええ…来たんだ。"お役目"を果たす時が…」
須美に言われてからようやく実感が湧き出てきた。どれもこれも全て大赦から教わった通りだ。
「ねえねえねえ!これって敵が来たんじゃないの!?」
校庭で遊んでいた三ノ輪銀も廊下を凄い勢いで駆け抜け、その勢いが落ちないまま扉を開け放つ。銀は血相を変えて戻ってきた。
「三ノ輪さん…動けるんだ…」
「鷲尾ブラザーズも動けるってことはやっぱり。"お役目"の時がきたんだ」
事態に気がついた二人が真面目に会話しているとーーーー。
「ふあーあ」
と呑気な声が隣からする。園子も寝てはいたが違和感を感じて起きてくれたものだと思ったが実際はそんな事なかった。
「ねみゅい…あれ〜?まだお昼休み〜?あれあれあれあれ〜。夢かぁ〜」
そうして再び眠りにつこうと頭を下げようとする園子。
「「「寝るな!!!」」」
「ひゃい!?」
園子を除く三人の見事なまでなシンクロしたツッコミ。ようやく園子も状況判断が出来たのかゆっくりと欠伸を噛み殺しながら起き上がった。
各々一度緩まってしまった気を今一度引き締める。
「確かこの後起こるのって」
「話が本当なら樹海化だな」
三ノ輪銀の質問に対して俺は自分でもわかるくらい冷静に返した。いや、少し高揚しているのかもしれない。
元から戦う準備はできている。心構えも。敵が来るには少々予定より早そうだ。俺のお役目はここにいる3人を護りつつ敵を撃破。必ず誰一人欠けさせずここに生還させること。それが大赦から、および神樹からのお役目。
「私達が"勇者"となって"敵"を迎撃するしかないーーーーー」
須美が自分を鼓舞するかのように、グッと拳を握り直した。
そして、世界が光に包まれる。