俺が友奈や風先輩、樹に合流する頃にはバーテックスはお得意の自動回復を完全に済ませていた。
確か勇者システムの新しい機能で封印と呼ばれるものが追加されたはずだ。大橋決戦の際、獅子座から現れた御霊を大赦はバーテックスの核とした。バーテックスを封印することによって御霊を引き摺り出し、完全に破壊することによって撃破が可能と相なったわけである。
ただ経験則から言って御霊は異常なまでに硬かった。神器の中でも最高レベルの【天叢雲剣】ですら貫けなかったほどだ。いくら勇者システムが強化されたからと言ってそう簡単に破壊できるものなのか。
(神器の必要性皆無になるのは俺としてもありがたいけども)
しかも俺の勇者システムは結局は『守り人』仕様なので封印の儀を行う機能がついてないない。なので、ここからは全て勇者である三人に任せざるを得ないわけだが、御霊の破壊の支援自体はできるのでこうして前線にまで出てきた。
俺は夜桜の剣の代わりに嘗てこの国を、勇者を守った人物の名前を冠した刀を自ら作り出した。
『不知火』
刀身は赤黒く、燃えるように熱い。けれど、その熱さの根源は何処となく悲しみに満ちているような気がした。
(あれ?いつの間にこんなもの、作れるようになってたっけ)
自然な流れでこの刀を握っているわけだが、俺はこれを知らない。その起源も不思議と覚えていた。
(今はそんな事は良い!早く皆の所に!)
迷いを捨て、バーテックスの攻撃を潜り抜けながら、俺は前線に滑り込んだ。その近くで、攻撃を避けながら友奈は風先輩に指示を仰ぐ。
「風先輩!この後どうすればいいんですか?」
「まずはこいつを封印するわ!その後御霊と呼ばれる弱点が出現するからそれを破壊すれば私たちの勝利よ!」
確か、大赦の人による事前講座によると封印の儀を行うには祝詞を唱える必要があった気がする。
「友奈、樹。端末に祝詞が載っているはずだ。それを敵を意識して読み上げればOKだ」
風先輩の説明を補足する。いつも思うけどあの人、説明共々大雑把である。
でもそれが人をぐいぐいと引っ張っていく原動力的なものになっているのだから不思議だ。
「えっと、これかな…え!?これ全部唱えるの!?」
友奈は端末に表示される祝詞の量を見て困惑していた。樹も困惑しながらも祝詞を唱えた。ちなみに俺もこの時初めて祝詞の内容を見た。確かにこの量は困惑する。
樹が見慣れない言葉を辿々しく紡ぎ、友奈も同じように舌足らずで続く。
「えっと…かくりよの、おおかみ…あわれみたまい、めぐみたまい…」
「さきみたま、くしみたま…」
「大人しくしろー!!!」
「「「ええ!?」」」
2人の努力を無に返すように、風先輩は武器の大剣を振り下ろしそのまま詠唱なしで敵を封印してしまった。
この人、時と場合によっては凄まじく非難されそうである。
「せ、先輩。祝詞は……」
「要は魂込めればそれでいいのよ」
ものすごい力技だった。え、恥ずかしいじゃん。友奈と樹にあからさまに知ってますよみたいに祝詞唱えろとか言ったの。
俺が恥ずかしさで顔を覆っている間に封印されたバーテックスから御霊が出現する。出て来かたがあまりにも気持ちが悪い。
「な、なんかベロンと出たー!!」
「あれが御霊よ!」
「それじゃあ私が行きます!」
友奈が御霊目掛けて真っ直ぐに飛んだ。
「くらえー!!」
気合いを入れ、友奈は御霊に拳を振り下ろす。だが、殴りつけると同時にガァンと鈍い音がなった。
「か、固ーい!」
骨でも折れたのでは。と思うくらいには凄い音がした。友奈はその場で痛さに耐えきれず蹲った。
俺は蹲る友奈を一旦回収し、次の攻撃を風先輩に託した。
「痛そうだけど、大丈夫?」
「か、硬かった…硬すぎるよお……」
相当痛かったのか半分涙目だった。俺は樹の隣に着地して友奈を離した。その背後で風先輩が御霊を斬りつけているがなかなか壊れそうにない。
「なら、ここで私の女子力全てを使った一撃を!」
風先輩は封印されているバーテックスを壁代わりにし、高く飛び上がり身体を捻って御霊のちょうど角の部分に回転切りを命中させた。
その攻撃により御霊にヒビが入る。それを見た瞬間、俺は友奈に合図を出した。
「友奈、合わせて!」
「え、うん!」
俺と友奈は再度御霊目掛けて飛んだ。狙いは友奈もすぐさま理解したのかちゃんとこちらの動きに合わせてくれた。
「はあ!」
『不知火』をヒビの部分に突き刺し、力の限り抉り取った。
「おおおおおおおお!」
さらに脆くなったそこに友奈の拳が激突する。
すると御霊は粉々に砕け散り、虹色の光が天に向かって昇って行った。
「勝ったの?」
友奈は昇って行く光を眺める。幻想的にも映るその光景に見惚れていると、風先輩が来て友奈を強く抱きしめた。
「やったね友奈!」
「お姉ちゃん!友奈さん!」
樹も友奈の元へと駆け寄ってきた。勝利の嬉しさのあまり風先輩と樹は友奈のまだ痛みの残る手を握ってしまう。
痛みがぶり返しできて友奈がまた悶え苦しんでいた。俺はその様子に苦笑いを浮かべながら、東郷の待つ場所へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「東郷、無事か?」
東郷のもとに駆けつけると、彼女は不安を抱えた瞳で俺を見る。
「晴哉くん……。友奈ちゃんは?みんなは?」
「みんな無事だよ。友奈は…ちょっと手を痛めたみたいだけど」
ようやく東郷に安堵の表情が広がった。だが、それと同時に何処か悔しいのか、それとも一人戦えなかったことに対する申し訳なさか。その表情にはまだ陰りがあった。
「とりあえず東郷に何もなくて良かったよ。それと悪いな。ここに来たのが友奈じゃなくて」
少しだけ茶化すように言った。東郷が友奈のことをいろんな意味で好きだと言うことを俺はこの一年を通して知っている。元お兄ちゃんとして、複雑な心境になったのは言わないでおく。
「ええ、そうね。友奈ちゃんだったらもっと良かったわ」
「メンタルのパラメータが上がった気がするよ」
「本当に晴哉くんはたまに訳の分からないこと言うわね」
くすくすと東郷が軽く笑った。俺もそれを見て自然と口角が上がる。勇者部の初陣は勝利に終わり、樹海は徐々に解除されて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
樹海化が解け、世界は現実へと戻る。俺は目の前に広がる光景に思わず悪態をついた。
「おい、他にもっと場所あったろ」
何故か俺は讃州市から遠く離れた大橋の見える場所に移動しているではないか。
さっきまで東郷と一緒にいたのに、東郷すらこの場にいない。もちろん友奈や風先輩、樹はいなかった。
(ここは、大橋市の大赦支部の屋上?)
俺は呆気に取られて大橋を眺めた。大橋は捲れ上がって、そこで嘗て行われた戦闘がいかに苛烈であったかを物語っていた。
そんな事はさておき−−−−−。
「どうすんだよ、これ」
単純に俺だけ樹海化解除後のリスポーン地点が一年前と変わらなかったということなのだろうか。大赦に連絡すれば迎えでも来てくれるのだろうか。
「あれあれあれ?どうしてここにいるの?」
俺がどうすれば讃州市に戻れるかを考えていたその時、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
俺は声の主の方にゆっくりと振り向いた。
「………何してんの」
何故か園子が屋上にいた。ベットに横になったままで。
「たまには日差しを浴びたくてね、大赦の人にたのんだんよ。最初はダメって言われたけど駄々こねたら許してくれたんだ」
「駄々こねたのか。それとどうしてここにいるのかって質問だが、俺もわからん」
駄々をこねたというところが少し面白くて俺は笑った。
「よっぽど私に会いたかったんだね」
「園子、お前そういうこと言うキャラじゃなかったろ」
「私なんてこんなものだよ」
俺は学校に戻ることを諦めて、その場に腰を下ろした。一応大赦には連絡を入れたがいつ来るかは未定らしい。というか大赦の屋上にいるのに未定ってどういうことだ。後で文句の一つでも言ってやろうと思う。
俺が大赦へ百通りの文句の文言を思い浮かべていると、園子はいつになく柔和な笑みを浮かべた。
「どうだった?今の勇者達は」
素直に言って良いものなのかを躊躇いつつ、結局俺は友奈達の初陣を園子に称賛する形で伝えた。
「十分強かったよ。システムが強化されたっていうのもあるけどそれ以上に個々の力が強いと思う」
これは俺の勝手な客観的な意見に過ぎないが、それでも結城友奈だけは俺を含めた中で一番特別ではないだろうか。
「そういえば、園子。お前まだ確か勇者適性残ってるんだよな」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、樹海化に巻き込まれたりしなかったのか?」
「樹海の中には嫌でも巻き込まれるね。けれど私は安全な場所から見てるだけだし、それに絶対に私たちは死なないから」
園子は満開の代償として増えた精霊の一部を具現化した。総数21体。園子の満開した数と同じだ。
俺が複雑な面持ちでその精霊の一体に手を伸ばそうとした時、園子はしれっと俺の身体の状況に触れた。
「それこそ、今一番死んじゃう確率が高いのってハルスケじゃないの?」
「………」
ガツンと頭を殴られたような気分に思わずなる。園子の言葉はあまりにも的を得ていた。
精霊は敵からの致命傷を防ぎ、勇者を死なせないために存在している。だが、身体の内部までは守りきれていない。おそらくだが睡眠薬を多量摂取したりしても精霊の力によって無理矢理生かされる。
俺の場合は全くそれと異なる。何度も言うが神器を使った代償はあまりにも大きすぎ、戦うにもかなりの制約を課される。
例えば、全力で動けるのは3分程度などだ。今回の戦闘はそのラインを越さないように立ち回っていたが今後はわからない。神器を使った際、吐血した事などを含めると身体の血管などがボロボロになり次第に使い物にならなくなるのだろう。それは精霊が何とか出るものではないことはもう既に証明済みなのだ。
「ねえ、ハルスケ、もう戦うのやめなよ」
「は?」
急に何を言い出すのだろう。聞き間違いだったと思い直し、視線を園子から大橋に向けた。聞く耳を疑う俺に園子はハッキリと言う。
「このままだとハルスケいつか死んじゃうんだよ?」
「……かもな」
戦うことへの逡巡。ないと言えば嘘になる。でも、俺は【守り人】だ。例え痛みで血液が沸騰し、自分が誰かわからなくなっても俺は最期の時まで彼女達を護るだろう。
「まあ、死ぬことは無いよ。何たって、俺は須美と兄妹に戻るまでは死ねない身体だからな」
胸に抱える様々な思いを箱に仕舞い込むために、俺は冗談混じりに言って肩をすくめた。
すると急に園子は震え出した。なんの前触れもなく。そんなに面白かっただろうか。と呑気に考え、「笑いすぎだよ」なんて言おうとした時。
「あれ?違う。貴方は別に死んでもいいんだ」
園子の絞り出したその一言に、俺は今度こそ本気で自らの耳を疑った。
何処かおかしい。園子はこんな事を言う人物だっただろうか。
「急にどうしちゃったんだよ園子」
「みのさんが死んじゃった」
「は?何言って」
銀が死んだ?意味がわからない。銀とは今朝連絡を取ったばかりだ。そんなことあるはずがない。
俺は不安に駆られ銀に連絡をすると、すぐに返事が来た。それに安心する。こうなると尚更園子の言っていることが意味不明なものとなった。
「なあ、園子。お前何話してるのかわかってるのか?」
「じゃあ、あれは誰の記憶なの?」
待て待て待て。どんどん話がこじれて行く。園子と会話が全く噛み合わない。
「園子、頼むからまとまりのある話をしてくれ。もう俺ではお前が何を言いたいのかわからない」
「ねえ、ここはどこなの?」
俺は一体何を見ているのだろうか。これは本当に俺の知っている園子なのか。しかも今、園子は自分の所在すら忘れている。話もばらつきすぎて混乱するばかりだった。
ほんの数分までは俺の知っている園子だった。それが急にネジが外れたようにおかしくなってしまった。
どこからだ、どこからおかしくなった。俺をからかっているのか。それにしては表情が真剣なものだから茶化す事も出来ない。
「ねえ、あなたは誰なの?」
その言葉を聞いた瞬間、息をすることも忘れた。
(今更満開の後遺症がきたのか?須美と同じ症状?なんで今更?)
様々な考えが脳内を駆け巡る。だが直ぐにそれは間違いだとわかることになる。
「目を覚ませ!園子!!」
俺は園子の肩を掴み、強く揺さぶった。すると園子は機械のように目だけをこちらに向けた。雰囲気が突如重圧的なものに変わった。
「な」
「……枝」
「は?」
「私たちの世界はただの枝。いくつも分かれているその内の一つ」
「だから、何を」
「貴方は剪定されるべき存在。本来いてはならぬ者。未来は一つしか無いはずなのに、貴方がいるために広がり続けている」
「……園子?」
「それは本来許されざる行為。三ノ輪銀はあの場でいなくなる予定なのに貴方がそれを歪めた」
「おい、だから…」
「鷲尾晴哉。いや、時量師神」
園子らしき人物は言いたいことだけ言った挙句、意識を失ってしまった。言われたこと全てがまったく理解出来なくて、俺は園子の肩を掴んだままその場に立ち尽くしてしまった。
そもそも誰なんだ『時量師神』って。
俺は鷲尾晴哉で、嘗て勇者を守り通したとされる不知火幸斗と同じ因子を持った人間であり、これ以上属性を盛り込む余地なんてない。
俺が呆然と立ち尽くしていると大赦の神官がようやくやってきた。
神官は園子の意識がないのを知ると、大騒ぎとなり結局俺はその日帰ることができなかった。
俺は大赦の中にある休憩室で天井をひたすら眺めていた。
『みのさんが死んじゃった』
『ねえ、ここはどこなの』
『じゃあ、あれは誰の記憶なの』
他にもetc.etc.
園子の謎の言動が俺を悩ませる。間違いなくあの時の園子は園子であって園子とは別のモノだった。演技であってくれとどれほど望むことか。
「それより、園子は何を見たんだ」
満開を繰り返し、神樹に供物となったことにより神樹の詳細な情報を知ってしまったとのことなのだろうか。と想像を膨らませてみる。
勝手な推測だが『枝』というのは神樹の枝のことだろうか。いや違う。おそらく比喩的な何かだろう。その『枝』とやらは俺のせいで無限に広がっているという。それならば『枝』=『可能性』と言う見方も出来て来た。
園子が突然見た、銀が死んだ。というのはその可能性の中の話である可能性が高い。
誰の記憶なのか、それはおそらく園子自身のものだ。だが、園子であって園子ではない者の記憶。下手なSF小説の考察みたいになってしまったのを鼻で笑う。
「というかあの数分に渡す情報量が多すぎる。俺の脳なんかに処理できるわけないだろ」
極め付けは『死んじゃってもいいんだ』だ。ため息しか出ない。そんな中ふと、今まで一度も考えたことのない疑問が湯水のように溢れ出して止まらなくなる。
「俺、誰から生まれたんだっけ」
きっとそれは考えてはならない事の類だった。そんな俺を嘲笑うかのように窓の隙間から覗き込む斜陽が俺の頬をそっと撫でた。
ここから少々話を複雑化させてしまいますがご了承ください
ちゃんと結城友奈をしながら、鷲尾晴哉のオリジナルストーリーを展開させたいと思います。
今後もどうかよろしくお願いします