朝、日光が直接目に入り目が覚めた。
あのまま、また不規則に寝てしまったらしい。
「怠い…」
身体がやけに重たく感じる。体調を崩した時とはまた違う重たさだ。
段々意識がはっきりとしてくると自分が何に悩んでいたのかを思い出してしまう。
「世の中知っていいことと悪いことがあるって本当だな…」
俺は身体に鞭を打って立ち上がる。
朝から長風呂に浸かるわけにもいかないのでシャワーだけ浴び、学校に行く準備を済ませる。俺は朝食は食べる気も起きず、適当にお茶漬けで無理矢理流し込み、歯を磨いて家を出た。
「おはよう晴哉くん。…顔色悪いけど大丈夫?」
登校すると偶然東郷と友奈と校門前で出会った。東郷が気にするほど今の俺は酷い顔をしているだろうか。
「ちょっと昨日夜更かししちゃってな。まあ、そんなとこだ」
東郷は俺のそんな反応に怪訝な表情を浮かべた。
俺はいつまで隠し事を続けるつもりなのか。これで一体どれだけのことを隠しているのか。おそらく片手の指で収まらない。
「私いつも思うんだけど、晴哉くん。勇者部の五箇条覚えてる?」
「確かにあったな。あまり意識して無かったけど」
勇者部五箇所とは去年勇者部結成当初に成立させた約束事みたいなもの
だ。それは勇者部にとっては最も重要事項であると言っても過言ではない。
「勇者部五箇条一つ!悩んだら相談。だよ!」
友奈の力強い瞳が俺の迷いを抱える瞳と交錯する。
友達にこんな悩み、打ち明けられるのか。おまけにその当事者に。
というより本当にあまりにも隠し事が多すぎて何から話せばいいのかわからない。
それに急にこんなことを話してしまえば友奈や東郷、樹に風先輩は混乱してバーテックス退治なんて所じゃなくなるだろう。なにより、こんな個人のことで迷惑をかけたく無かった。
それにあれはあくまで仮説だ。確証はない。
「ありがとう友奈、東郷。今はまだ大丈夫だから、でも多分そのうち頼ることになるから、その時はよろしく」
「うん!絶対だよ!」
友奈は笑顔で頷いた。俺は友奈のその反応を見て別の意味で胸を撫で下ろした。
「良い感じに収まったところで行きましょうか」
東郷の言葉を皮切りに再び歩き出しそのまま俺と友奈、東郷は三人で教室に向かった。
教室に入ると友奈は基本囲まれる。東郷は自分の席で何かしらの作業をするので俺はそれを横に立って見ていた。
「友奈ちゃん、今日も人気者ね」
「あれだけいい奴だとそりゃ人気だわな」
友奈は言ってしまえば聖人の類ではなかろうか。一歩間違えればイエスやそこら辺のお偉いさんと同じ運命を辿らないかと心配になったりもする。
「東郷もあれくらい囲まれたいとかいう願望ないのか?」
「私は友奈ちゃんさえいればそれでいいわ」
「そういやお前はそう言う人だったな」
俺がそう言うと同時に担任が教室内へと入ってきた。生徒は先生に挨拶をしながら自分の席に着席する。俺もそれに倣って自席につく。
幾分か朝よりは気分は良くなっていた。
その日の午後、バーテックスは来た。
「おお、なんか見慣れたやつがいる」
俺は誰にも聞こえないよう一人呟いた。
バーテックスは三体。蠍座、蟹座、そして射手座。小学生時代に対面してから実に2年ぶりの再開。全く嬉しくない。
おまけに俺の腕を吹き飛ばし、半殺しにしてくれた怨みもある。
既に風先輩と樹は勇者装束を身にまとい戦闘態勢は整っていた。
友奈は東郷に「待ってて、すぐ倒してくるからね」と安心させる言葉を東郷にかけた後、勇者装束を身にまとった。
「待って、友奈ちゃん。わ、私も」
東郷はそう言って変身しようとするも、前回の戦いを思い出したのか、また身体が強張った。
そんな東郷の手を友奈は握る。
「大丈夫だよ。東郷さん。行ってくるね。晴哉くん、東郷さんのことお願い」
「了解、気をつけてな」
友奈は頷くと敵に向かって行った。
『みんな聞こえる?まずは遠くの敵はほっといてまずは前の二体をやるわよ!』
風先輩は端末の機能を使って全員に指示をする。皆それに返事をし、戦闘体制に移る。ただ、こういう時に経験というものは良くも悪くも行動の邪魔をする。
「風先輩、あのバーテックスにその戦法は……」
その戦法は悪手だと俺が言い終わる前に射手座は風先輩目掛けて矢を射った。
相変わらず容赦のない。身体に刻まれたトラウマからか勝手に口の端が曲がる。
「うぇ!?」
情けない声を出して風先輩は後方に飛ばされた。大剣で防いだためダメージそのものは入っていないみたいだ。一応精霊バリアはあるので大丈夫だとは思うが不意を突かれたことに変わりはない。それでも風先輩は即座に受け身を取り態勢を整える。
射手座は自身の攻撃が防がれたことを知ると即座に次の手段である広範囲に矢を放った。
「い、いっぱい来るー!」
樹と風先輩は樹海の陰に滑り込み、ギリギリのところでその攻撃をかわした。
友奈は射手座に回り込もうと、風先輩と樹とは別のルートで接近する。
だが、射手座が射出した矢を蟹座が反射板のようなもので跳ね返し、友奈の背後をついた。
「友奈さん、後ろ!」
樹の声を聞いて後ろを振り向くと大量の矢が友奈に襲いかかった。
「うわわわわわわわ!」
友奈はそれを器用に手甲で殴りつけて跳ね返す。攻撃を退け、息をついた瞬間。蠍座の針が友奈を襲った。
「まずい!」
精霊バリアがしっかりと機能しているとは言え、痛みがないわけではない。
蠍座は器用に宙に舞って動けない友奈を長い尾で吹き飛ばした。友奈は樹海に叩きつけられ、衝撃からか身体がぴくりとも動かなくなってしまった。
こちらの主戦力を次々に撃破していく敵の攻撃がさらに苛烈さを増す。
「こっちに…敵が」
遂に俺たちの方に標的を変えたバーテックスはゆっくりとこちらを焦らすように近づいてきた。
生身の東郷を危険に晒すのはまずい。勇者になっていなくても精霊バリアが機能するならば話は別だが、それもわからない。なんせあの大赦の製品だ。信用できん。
俺は東郷の前に立って、脳裏に思い浮かんだ桜を模した盾を作り構えた。これである程度の攻撃からは守れるはずだ。
「あっ!」
東郷の声と共に友奈が再び蠍座から攻撃を受け、地面に叩きつけられた。友奈が落下したのは俺たちからかなりの至近距離だった。
地に落ちた友奈を容赦なく針は貫こうとする。
何度も何度も貫こうとし、押しつぶそうとした。
そんなものを東郷は黙って見ているやけにはいかなかった。大切な友達が、自分を絶望の淵から救ってくれた友達がやられているのを傍観できるわけがなかった。
「晴哉くんどいて」
「え、ちょ!」
東郷は今までにないくらいの力を腕に加えて俺を押しのけた。そして一歩前に出る。
「友奈ちゃんを、これ以上、いじめるなー!!」
東郷がバーテックスに向かって叫んだ。敵の意識が東郷に向く。
「お前、馬鹿か!」
俺はあまりのことに驚きを隠せず反応が遅れた。蠍座の針はそんな事など容赦なしに獲物を貫かんと襲いかかる。
蠍座の針が東郷を貫こうとしたそのとき。
卵型の精霊が東郷の前に飛び出して、東郷を守った。
「!?あれは」
紛れもなく須美が使用していた卵型の精霊。『青坊主』。
(なんで、東郷がその精霊を!?)
俺の中で情報が錯綜する。こんな時なのに戦闘以外の思考が加速した。
「あまりこんな場面で情報を増やさないでほしいね!」
俺は盾を消し、代わりに不知火を持ち替える。そして東郷を貫こうとする針を尾ごと切り裂いた。蠍座はたまらなくなり一歩後ろに後退する。
東郷は決意を固め、強く端末を握りしめた。
「私、いつも誰かに守ってもらってる。だから、今度は私が勇者になってみんなを守る!」
東郷は嘗て俺が見たことのある勇者装束を身にまとう。そして、その手にはあのシロガネが握られていた。
「綺麗…」
友奈が変身した東郷の姿を見て呟いた。
「見惚れるのも良いけど、一旦離れるぞ」
俺は友奈を無理やり抱き抱えてその場から東郷の後ろに引き下げる。
「私、いつも晴哉くんに抱き抱えられてる気がする」
「これしか方法が見つからないんだ。すまん」
蠍座は再度東郷を貫こうと回復させた針で攻撃しようとした。しかし、東郷はその針を攻撃される前に撃ち抜く。
「すごい…」
東郷の射撃の腕に友奈は感心したように息をついた。
東郷は相手に隙を与えず、銃を連射し続ける。
奥では風先輩と樹が射手座と蟹座の連携攻撃から防戦を強いられていた。俺はその様子を見てふと一つの事を思いついた。
「友奈、あの蠍運べたりする?」
「なんで?できるよ?」
「じゃあ次東郷が攻撃して怯んだ瞬間俺が思いっきり斬り込むから弱ったところ掴んであの反射板の敵に放り投げてくれ」
「なにそれ!面白そう!」
これを面白そうと言える人ってなかなか居ないんじゃないか。
そうこう言っているうちに東郷が敵を怯ませたのが視界に入る。それを好機と見て俺と友奈はその瞬間を見逃さず、敵へと突っ込んだ。
俺は敵の目と思わしき部分を不知火で切り刻んだ。
バーテックスに目というなの概念が存在するかはさておき、さらに敵が怯んだ。
友奈はすかさず敵の一部を掴むと、蟹座の方へと投げ飛ばす。
巨大を投げ飛ばすなど神の力を手に入れた少女たちにわけはなかった。
投げ飛ばした蠍座は見事に蟹座に命中し、二体は轟音を立ててその場に打ち落とされた。
「なんつーパワーだ」
俺は友奈の恐るべき力の強さに感動しながら友奈とその敵を追いかけるように風先輩と樹の近くに着地した。
風先輩と樹はその突然の攻撃をポカーンとして見ていた。
「風先輩ー!そのエビ持ってきたよー!」
「「いや、蠍でしょ」」
俺と風先輩が同時に突っ込んだ。その能天気さに当てられてか樹も小さくその頬に笑みを浮かべる。
「風先輩」
蠍座の横たわっている姿を見ている間に先程まで蠍座と交戦していた東郷が後ろから追いついてきた。
風先輩は東郷の勇者服を纏った姿を見て目を見開く。
「東郷、その姿」
「今までご迷惑をおかけしました。私と晴哉くんで遠くの敵をやります」
そのあまりにも頼もしい言葉を受け、風先輩もニッと勝気な笑みを浮かべると東郷に背中を向ける。その風先輩の行動は紛れもなく信頼の証でもあった。
「それじゃあ援護は任せた。私たちは近くの二体をやるわよ。散開!」
風先輩の掛け声に合わせて俺と東郷は遠くの射手座を。風先輩、友奈、樹は蟹座と蠍座を倒すために散った。
「私が御霊を撃ち抜くから、晴哉くんは封印をお願い」
東郷は普段時よりもワントーン下がった声で俺に指示を出した。
「OK任せろ。あと一分半の間にやれなかったらあと任せた」
俺は射手座に向かって力の限り跳躍する。
射手座は接近する俺に気づいたのか、広範囲ではなく一極集中型の矢を放った。
俺はそれに構わず進み続ける。なぜならその矢は東郷が落としてくれると確信していたから。
頭上で東郷の銃弾と矢が激突し、爆音が鳴り響いた。
俺は手に以前須美が使っていた弓の矢のみを作り出した。この矢は当たった場所を爆破させる的な機能が付いていた筈だ。
「俺の腕は安くないってこと身をもって味わえ!」
俺は射手座が次弾を発射する前に、その発射口に向かってその矢を突き刺した。矢が刺さった発射口が自身の矢と俺が突き刺した矢によって暴発を起こしその機能は完全に失わせる。
「まだ色々お前には怨みがあるけどこれくらいで済ませてやるよ。封印開始!」
『不知火」を地に刺し、敵の封印を開始する。
すると破壊された発射口のあたりから御霊が姿を現した。
「よし、これならって、えええぇ…」
ただ、その御霊は本体の周りを高速で回転し出した。
早すぎて残像が見えるくらいには高速だった。
正直、身体に残された制限時間は30秒もない。
「東郷、射貫けそうか?」
「任せて」
無理だと言ったら無理やり神器を使って倒すつもりでいたが、任せてと言った限り東郷はやり切るだろう。
頭上で再度爆発音がした。
東郷の銃弾が高速移動する御霊を撃ち抜いたのだ。
敵は急速に動きを失い、その身体を四散させ天に昇っていった。
「これ、俺いた必要あるのか?」
ふと考え込んでいると風先輩と樹、友奈の方もほぼ同じタイミングで敵を撃破したようだ。
天に昇っていく光を眺めていると樹海化は次第に解けていった。
「で、またここに来ると」
前回同様、俺だけ何故か大橋市の大赦支部の屋上に飛ばされた。
園子がいた場所には今日は誰もいなかった。
足音がしたのでそちらを見ると階下から神官が何人か上がってきた。俺の目の前で立ち止まると恭しく礼をした。
「鷲尾晴哉様、園子様がお呼びでございます」
「ハルスケお役目お疲れ様」
「…ありがと」
園子は前回の様子から一変して全くもって普通だった。
「それで、話って」
園子は頷くと近くに控えていた神官や巫女を部屋外に退去させた。
「私、一昨日かな。おかしかったよね」
「多分俺が今まで見てきた園子の中で一番おかしかったよ」
園子は、はははと軽く笑った。
「一応、意識はなかったんだけどさ自分が言ったことは覚えてるんだ」
「…銀が死んじゃったとかか?」
「そうそう。全くもう縁起が悪いよね。でも、私見ちゃったんだ、みのさんが全身を血で真っ赤にして何処かを睨んでその場に立ち尽くしているの」
「他には覚えてることとかないのか?」
「私が覚えてるのはみのさんの事だけ」
「そっか…」
他にも聞きたいことはまだ沢山ある。
実際、一昨日俺が話していたのは園子なのか、それとも全くの別物なのか何にも結論なんてでやしなかった。できるのは推察をして仮説を立てていく程度。
毎回そうだが、ここに来ると学校に戻る気が一切失せてしまう。
俺は再びサボることを決め、園子にもう一つだけ聞こうと思っていたことを問いただした。
「園子、一つだけ聞きたい」
「私に答えられることならいいよ」
「お前はその身体を供物として神樹に捧げたんだよな。満開の代償として。なら、その身体は神樹と同じってことか?」
園子は首を捻ってどう説明しようか悩んでいた。
「厳密には違うんだけど、大雑把に捉えるとそう言う事になるね」
これで一つの説に有力性を持たせられそうだ。現人神と大赦が言うくらいなので結論最も神樹に近いのは園子だろう。
ならば園子は神樹の神託を言語化したのだろうか?
「ごめん。やっぱり、あと一つだけ」
「なにかな。言ってごらん?」
「時量師神って何かわかるか?」
園子は真っ直ぐこちらを見据える。その目はこちらの真意を探っているかのようだった。
「園子は、いや乃木家、大赦は俺の何を隠してるんだ。頼む、教えてくれ」
もう俺は隠すことをやめた。変に探りを入れるよりストレートに聞いたほうがいいように感じてしまった。
俺はとりあえず『枝』に関する情報は排除し、とにかく園子が知りうる鷲尾晴哉の情報が欲しかった。
俺には知る権利がある筈だ。
それにこんな場所で立ち止まり続けるわけにはいかない。
「…知ったところでハルスケは何も得しないと思うけど、それでも聞くの?」
「ああ、知りたい。知って後悔するかもしれないけれどそれでも」
「わかった。けれど今から話すことはある種の御伽噺。間に受けないほうがいいよ」
そうして園子は語り出した。
神世紀288年。神樹から分離した、あまりにも弱く。脆い神の話を。