花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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幕間第3話 重なる面影

 これはまだ勇者部ができてすぐのお話。

 この日、風先輩と友奈ちゃんは依頼で部室にいなかった。

 私は足が事故の影響で動かないので、一人部室に留守番となった。この日の依頼は私は役に立たなさそうだったので部室でゆっくりさせてもらうことにしていた。学校内での依頼で風先輩も友奈ちゃんもすぐ帰ってくると言っていたので心配する必要はないだろう。

 私が部室に置いてあったお湯沸かし器で、友奈ちゃんと風先輩が戻ってきた時に喉が渇いているといけないと思いお茶を作っていたとき、もう一人の勇者部部員が入ってきた。

 

「鷲尾晴哉入ります。今は東郷だけか。珍しい」

 

 少し怠そうな声音で部室に入ってきたのは同学年の晴哉くんだった。手には数枚のプリントが握られている。

 

「今は友奈ちゃんと風先輩は依頼で職員室に行ってるはずよ」

 

「じゃあすれ違ったのかな?まあいいや」

 

 晴哉くんはいつのまにか定位置となっている部屋の端っこの席に腰を下ろした。どうしても私とは距離ができてしまう。私嫌われてるのかしら、と思わなくもないが晴哉くんに限ってそういうことはしないだろうと言う確信も不思議とあった。

 

「それ何のプリント?」

 

 やけに深刻そうな顔で晴哉くんはプリントと睨めっこしているものだからつい興味本位で聞いてしまった。

 

「答えないとダメ?」

 

 晴哉くんは気まずそうな顔をする。言おうか言わまいか葛藤しているようである。晴哉くんは葛藤の末口を開く。

 

「…赤点取った」

 

「あら。何の教科かしら」

 

 普通一年生のこの時期に赤点を取ることがあるのだろうか。決して馬鹿にしているわけではない。ないのだが、少し私には意外に見えた。

 

「数学だよ。ちょうど今先生からお叱りを受けたところ」

 

 晴哉くんは苦虫を噛み潰したような顔をした。気まずそうな顔をしたりと忙しそう。

 

「よっぽど苦手なのね」

 

「小学四年生で諦める程度にはな」

 

「早すぎないかしら」

 

「少しだけある人に見栄を張ろうと思って頑張ろうとしたことはあるんだけどな。参考書手に取って、結局手から離した」

 

 なんとも晴哉くんらしかった。けど、何となく彼は彼なりにどこで努力しているのだろうと想像はつく。

 

「それで、そのプリントと赤点が関係あるの?」

 

 何だか今日の私はやたらと首を突っ込みたくなる日らしい。普通に考えれば嫌がられるはずだが、何故か晴哉くんはそういうことを気にしない性分らしかった。それを体現するかのように私を睨まず、プリントを睨んでいる。

 

「これやっておけば追試は合格できるらしい」

 

 私は車椅子を押して晴哉くんに近づき、そのプリントを覗き込む。そのプリントには本当に基礎的なことしか書いていなかった。

 

「追試って基礎的なことしか出ないの?」

 

「応用も出すってさ」

 

 一応、このプリントが基礎的なことしか書いていないということは理解しているようだった。何だか私、すごく失礼なこと考えてるかもしれない。

 

「だったら私が教えてあげる。絶対追試を合格させてみせるわ」

 

「お、おう。いや、俺はいいよ。東郷は自分のことやりなよ。自分のことは自分でなんとかするからさ。多分合格できる」

 

 私はどこか、このやりとりをしたような記憶があった。多分勘違いだろうとは思う。仮にしたとしたらあの時は誰とこんな会話をしたのだったか。それが理由なのか今回の私は何故か強情だった。

 

「ダメよ」

 

 私は晴哉くんの手を握って、とびきりの笑顔を作った。有無を言わせぬよう威圧感を込めて。

 

「…じゃあ、頼むわ」

 

 晴哉くんは最初抵抗感を見せていたが案外すんなりと私の提案を受け入れた。そして晴哉くんは小さくつぶやく。

 

「デジャブってるなあ…」

 

「何がかしら?」

 

「なんでもない。それじゃあ東郷先生お願いします」

 

 晴哉くんはペコリと頭を下げた。段々と私も興が乗ってきた。

 私の今日の依頼は晴哉くんを追試合格させることとなったのだった。

 

 

「脳みそ溶けた」

 

「お疲れ様。これで追試に落ちることはないはずよ」

 

 私は許された短い時間で晴哉くんに数式を叩き込ませ、応用の場合どう使うのかを教え込んだ。その結果、晴哉くんは亡骸になりかけていた。

 

「東郷先生、スパルタすぎる」

 

「こんなの序の口よ?」

 

「その先の門を是非とも開きたくないものだね」

 

 私が本気を出せば今日の比ではない。100点が取れるで徹底的に教え込むなど造作もない。

 

「お陰で追試はなんとかなりそう。助かった」

 

「そう。ならよかったわ。ついでに聞くけど追試はいつなの?」

 

「明日」

 

 私は笑みに亀裂が走りかける。

 

「よく先程までの現状で追試合格すると思ってたわね」

 

「根拠のない自信が一番怖いって本当だな」

 

 先程までの自分の発言を振り返っているらしい。

 晴哉くんは突っ伏していた身体を起こして再度ペンを手に取って、ノートに教えたことを書き込み始めた。

 書きながら「我ながら真面目になったな」と一人呟いていた。

 

「昔は不真面目だったのかしら?」

 

 ついまた聞いてしまった。

 晴哉くんは動かしていたペンをとめ、どこか遠いところを見る。

 

「そうだな。超がつくほどの不真面目人間だったな。ある人に凄い怒られたっけ」

 

 私はここまでで一つまた疑問に思った。やはり今日の私はよく人の事情に首を突っ込みたくなる日らしい。

 

「さっきから出てくるある人って誰なのかしら?」

 

 晴哉くんは少々困った顔をして私を見る。私は聞いてから少しだけ後悔をした。

 

「妹だよ」

 

「晴哉くん、妹さんがいたの?」

 

 初耳だった。晴哉くんの口調からしても、本当に聞いてしまってよかったものなのかと自分を疑いたくなる。

 

「そうだよ。誰にも言ってないから、知ってなくて当然か」

 

「どんな人なの?」

 

「どんな人か…。超がつく真面目だったよ。俺とは正反対のな」

 

 だった、という過去形が気になったが晴哉くんは話を続けた。

 

「大真面目で、人付き合いが俺並みに下手くそで、泣き虫で、料理が得意で、勉強ができて、自慢の妹だったな。今思ったが俺、シスコンな気がしてきたぞ…」

 

「妹さんのこと、大切だったのね」

 

 その妹の話をしている時、晴哉くんの表情は柔らかく、とても嬉しそうだった。だから私は晴哉くんに取って妹は大切な存在だったのだと、そう思った。

 

「凄くな。ただ俺より優秀すぎてやりにくい部分はあったけど」

 

 晴哉くんは苦笑いをした。本当にやりにくい部分があったらしい。結構晴哉くんは表情に出るのでわかりやすかったりする。

 

「あとは、そうだな。…戦艦とか好きだったな。俺も影響を受けたせいで旧世紀の空母くらいなら描けるぞ」

 

「その妹さんとは気が合いそうね。国防について存分に語り合いたいものだわ」

 

 なかなか国防について語れる人員が少ないので是非ともその妹さんとは会いたいものだ。それよりも晴哉くんがその類に精通しているとは思いもしなかった。

 

「ちょっとそれは無理かもな」

 

「どうして?」

 

 晴哉くんは表情に影を落としてしまった。ここで私はようやく自分の聞いたことの愚かさに気づいた。

 

「もういないからな。気づいたらいなくなってたよ」

 

「ごめんなさい、私…つい…」

 

 聞いていいことと悪いことがあるなんて小さい頃誰でも教え込まれるものだ。それを私としたことが、そんな初歩的なことを忘れていたなんて。

 

「大丈夫だよ。東郷が気にするほどのことじゃない」

 

 そう言って晴哉くんは私の頭をぽんぽんと軽く叩く。突然のことに私は驚き、言葉が出なくなってしまった。

 

「」

「うおっ!ごめん東郷!」

 

 晴哉くんは慌てて私から手を離す。無意識で私の頭を軽く叩いたらしい。でも、その手の触れ方は優しく、その動作はまさに大切な妹に対するそれだったように感じた。

 

「すまん。気分悪くなったよな。切腹でもして見せようか?見事に散って見せるぜ?」

 

 慌てて動揺した晴哉くんは訳のわからないことを早口で捲し立てた。そんな様子が面白くてつい私は笑ってしまう。

 

「東郷?」

 

 晴哉くんは心配そうに私の顔を覗き込む。

 

「大丈夫よ。少し急で驚いただけだから。もしかして、私と妹さんが似てたとかかしら?」

 

 揶揄うように私は言う。すると案外簡単に晴哉くんは認めた。

 

「一瞬だけ雰囲気がな。ついお兄ちゃんに戻ってしまった」

 

「もっとやってもいいのよ?」

 

 また揶揄うように言ったが、我ながら大胆なこと言っているなと感じた。

 

「自制が効かなくなりそうだからやめとく」

 

「あら、それは残念」

 

 冗談めかした晴哉くんの返事に私がまた軽く笑うと晴哉くんもそれに釣られて笑った。

 

「これで最後にするわ。妹さんの名前、聞いてもいい?」

 

 晴哉くんはまた悩んだようだった。20秒程悩んだ末、その口を開いた。

 

「言うけど、すぐ忘れてくれ。それが条件かな」

 

「わかった。約束は守るわ」

 

 私が頷くと晴哉くんはその名を言った。

 

「鷲尾須美。俺の最初で最後の、大切な妹だよ」

 

 私は何故かその名を聞けてとても満足してしまった。それと、とても懐かしい響きだった。もうその名を持つ者が何者であったのか忘れてしまったけど。

 

「ありがとう、教えてくれて。約束通りもう忘れるわ。ところで晴哉くんは国防に興味があるの?」

 

「いや、ないですけど」

 

 即座の拒絶反応を私は気にせず一気に攻め立てる。きっと晴哉くんは雰囲気に飲み込まれればそれとなく盛り上がるタイプであると、私は知っている。あれ?なんでだっけ。

 

「旧世紀の日本の空母知ってるって言ってたわよね。どの空母が好き?」

 

「んーと、翔鶴型は好きだな。あのなんとも言えない地味さが好きだ。あと大型と中型の中間という中途半端でありながら、赤城と加賀に引けを取らない性能なのは感服せざるを得ない」

 

 案の定、晴哉くんはこの話題に乗っかってきた。歴史が好きだと聞いていたし、やはり好きなものは人間語りたくなるものなのである。

 晴哉くんも段々と乗ってきたのか、軍艦話に花が咲いた。私は久しぶりにここまで熱く語れたことに満足感を得た。晴哉くんにこのことを教えた妹さんには感謝しなくては。

 私はまだまだ語り足りなくて、それからずっと晴哉くんと語り合い続けた。晴哉くんはそんな私の様子を、嬉しそうに見ていた。

 

 

 

「戻ってきたのはいいけど、何か東郷が珍しく熱いわね」

 

「晴哉くんも凄く楽しそうですよ。何がともあれ仲良くなったようで何よりですね!風先輩!」

 

「そうね。あの二人、若干距離あったし。今回は私たち居なくて正解だったかもね」

 

 職員室から戻ってきた二人は、楽しげな声がする勇者部を廊下から覗き込んでいた。

 

「どうする?結城」

 

「もう少し待ってあげましょうよ風先輩」

 

「それなら、あと一つだけ依頼こなしてきましょうか。簡単なやつ」

 

 友奈と風先輩の目には一瞬だけ、部室の中にいる二人が兄妹のように見えていた。

 

 部室と廊下を、一陣の春風が誰かの名を乗せて通り抜けていった。

 

 




題名が暫定的な場合が多く変えることが多々あるので承知して下さると助かります
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