花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第11話 同じ景色を見た日

 

 さあ、早速だがここで今一度、勇者部の男女比を見てみよう。

 その割合、何と男子1割。女子9割。あまりの女性社会である。

 日頃はもうこの環境に慣れたので気にはならない。だが、場合によってはこの比率を呪うことがある。今がその時だ。

 俺は借りてきたパラソルの下に椅子を設置して座り、前を見て目を細めた。果たしてこれは水が光を反射して眩しいのか、この光景が眩しいのか。何がともあれ。

 

「気まずい……」

 

 眼前では水着姿の少女たちが年相応にはしゃいでいる。

 友奈、銀を筆頭に物凄いはしゃぎようだ。ちゃんとまだ中学生なんだなあ、と思った。完全に感想がおじさんのそれである。

 どうしてこうなったのだろうか。俺は1週間ほど前の記憶を探った。

 そう。時は遡ること1週間前…。

 

 

 

 

 

「明日から夏休みという事で、大赦からバーテックス12体全て倒したご褒美に合宿所を用意してくれましたー!」

 

 拍手〜と風先輩がパチパチと手を叩く。みんなそれに釣られて首を傾げながらも拍手する。

 

『それで合宿って?』

 

 樹が慣れた手つきで文字を書き、風先輩に問う。

 

「そうよ風。急に言われても困るわよ」

 

 夏凛の言う通り、今急にそんな話を持ち出されてもという感じである。皆、目を点にするだけで拍手したのは褒めて欲しいくらいだ。

 

「そのままの意味よ」

 

 風先輩は説明はそれ以上要らない。と自信たっぷりに胸を張った。

 なんと言うことか、そのままの意味らしい。大赦からのご褒美とか裏がありそうでついつい疑いたくなってしまう。

 鷲尾家、乃木家への満開による供物の件もあるし、一朝一夕で喜べるものでもなかった。

 

「その合宿っていつやるんですか?」

 

 疑惑の念を拭いきれない俺とは対照的に、こうなってしまったからには仕方ないと割り切ったのか、何処と無くワクワクした様子で友奈が手を挙げた。

 

「来週よ。結構近いけどみんな空いてるわよね?」

 

 有無を言わせぬ勢いで風先輩がみんなに聞く。みんなは特に予定なども入っていないのかすぐさま頷いた。

 

「ついでに聞くんですけど、何処に行くんですか?」

 

 俺はつい気になって聞いてしまった。そもそも論、何処で合宿を行うのか最初に教えて欲しかった。

 すると風先輩は真顔で「海よ」と爆弾を落とした。

 

「予定あるので、その日俺パスで」

 

 これは避けなければならないイベントなのではないかと、俺の中で警鐘が鳴る。別にここにいる人たちのことが嫌いなわけではない。寧ろ好きなまである。だけどこれとは問題が別だ。

 

「ハルヤ、来週何も予定なかったじゃん」

 

「なんでお前は俺の予定知ってるんだよ怖いよ」

 

 銀、もう少し男心を察してくれ。おまけに俺は中学二年生だぞ。そういう時期なんだぞ。

 

「何〜晴哉。私たちの水着姿を想像して恐れ慄いちゃった?」

 

 風先輩はいやーな笑みを浮かべて俺を挑発する。

 だが、ある意味では恐れているかもしれない。

 俺は夏凛のようには挑発に乗らない。心を落ち着かせろ。心頭滅却すればなんとやらだ。

 頑なに行かない姿勢を崩そうとしない俺に銀がずいっと身体を寄せる。そして、屈託のない笑みを向けた。

 

「私はハルヤと一緒に合宿行きたいな」

 

「おおぅ…」

 

 急に銀に詰め寄られ心が揺らいでしまった。こういう時、銀の頼みは断りにくい。

 

「私も行くならみんなで仲良く行きたいな!」

 

『私もです。折角だし行きましょうよ』

 

 友奈も樹も銀の言葉に乗っかるようにして、俺の心を揺さぶりまくった。おかげで合宿を拒んでいた心はものの数秒で崩壊したのだった。

 

「あ、泊まりだからよろしく」

 

 俺は似たような展開をいつか見た気がした。

 

 

 

 

 そうして今に至るのだが、やはりこの光景はは俺には眩しすぎた。目が潰れても文句は言えないだろう。頭がより一層悪くなったのか、みんな綺麗だなー。と、語彙が死滅したような感想しか浮かばなくなっていた。

 夏凛が風先輩を挑発して、競争し始めたりしているし中々楽しんでおられるようだ。夏凛に関してはここまで勇者部に慣れてくれたことが嬉しかったりする。色々といい兆候のように思えた。

 

「晴哉くんは泳いだりしないの?」

 

 砂浜用の車椅子に乗った東郷は太陽の眩しさに目を細めている。

 水色を基調とした水着は東郷によく似合っている。東郷ではなく、鷲尾須美として生きていてくれたのならベタ褒めして困らせていた所である。

 

「生憎泳ぐの苦手なんだよ。それに腕がこれだからな」

 

 感情を隠し、俺はひらひらと機械の腕を東郷に振って見せた。

 

「あら、意外ね。体育の成績良かったはずなのに」

 

「人間、水で生きるようには作られてないんだよ。それに体育は体のこと考慮してもらって別の競技で判定してもらってるから」

 

 東郷は俺の返事を聞いて軽く笑った。と言うか、どうして俺の成績は常に東郷に筒抜けなのだろうか。密告している誰かがいるのではないかと、クラスメイトを疑ってかかろうとした時、東郷が左耳に手を触れた。

 それを見た俺はつい気になって聞いてしまった。

 

「そういや、耳大丈夫か?」

 

 東郷は前回の満開の影響で左耳の聴力が失われたみたいだ。当の本人は勇者システムの連続使用による疲れだと思っているみたいだが、本当の所は違う。だが、俺はその事を東郷達には伝えられていない。

 

「ええ。片耳は聞こえるからなんとか」

 

「そっか。よくはないかもしれないけど良かったよ」

 

「変わった言い回しね」

 

 東郷はまた軽く笑った。その笑みはやはり何度見ても須美に似ている。まあ、ご本人なんだけども。

 そんなことを話していると友奈がこちらに走ってきた。

 

「東郷さん、一緒に海入ろうよ!」

 

 東郷がこちらを見る。俺はその意味を察して頷いておいた。

 

「晴哉くんはずっとここにいるの?」

 

「泳げないから、砂で何かしら作らことにするよ」

 

「それなら晴哉くん。東郷さん貰っていくね!」

 

 元気溌剌とした友奈の笑顔は俺の目を細めさせた。眩しい。眩し過ぎる。腐った心が浄化されていくような錯覚が俺を襲う。

 友奈はそんな俺の事などもう眼中にないのか、親友の東郷と遊ぶために、車椅子を押して二人で海に入って行った。

 

「あの車椅子あんな風に使えるんだな」

 

 2人の楽しそうな声を耳に挟みながら、変なところに感心した。

 俺も泳げないからと言って何もしないのもつまらないので椅子から立ち上がって砂で城でも作ることにしよう。

 

「さて、どうしたものか」

 

 知識として天守閣の形を覚えているのは丸亀城だろうか。高知城も悪くはないがやはり香川に愛着を覚える分、作るのは丸亀城のほうがいいだろう。歴史好きとしてやるなら本格的にやりたい。俺はスコップを手に取って丸亀城が嘗て全国に誇った石垣から再現することに決めた。

 それからどれだけの時間が経過したのだろうか。進捗としては6割。十分満足な出来具合。

 汗を拭ってひと段落した所に、砂浜を踏みしめる音が背後に聞こえたので振り返る。

 

「晴哉、あんた死んでない…って何よこれ」

 

 風先輩は濡れた髪をタオルで拭きながら、俺が砂で作ったものを指差した。

 

「丸亀城ですけど」

 

「凄いクオリティね。相変わらず手先は器用な事で」

 

 それは堂々たる面持ちで聳え立っている。我ながら最高傑作かもしれない。砂で石垣を表現するのはかなり難航したが、それでも満足いくできだ。とりあえず記念に一枚写真を撮っておく。

 

「無駄に多才ね」

 

「生憎友達いなくて昔からこんなのばっかり作ってたので」

 

「何その悲しい現実」

 

 俺が写真を撮り終わってカメラから目を離して、周りを見るとみんな疲れたのか海から上がっていた。

 

「もういいんですか?」

 

「休憩よ。休憩。ずっと海の中いても肌が荒れちゃうしね」

 

 なるほどそう言う問題もあるのかと思った。

 

「女子って大変ですね。色々と」

 

「他人事ね」

 

「他人事ですから」

 

 この世界で人として生き始めてこの方肌荒れなどしたことないので実感が湧かない。

 

「神様でも肌荒れってするのかしら」

 

「どうなんでしょうね。人の形を模してるならあるんじゃないですか?」

 

 不思議と先日から風先輩は俺の正体に関しての話を会話の間に挟むようになった。でも、その話をするときは決まって、目の奥は複雑な気持ちを抱えているように見えた。

 俺としても、そこのところは全くと言っていいほど知らないし、知りたくもないのでこれ以上足を突っ込まないようにした。

 俺は無理やり話題を変更する。

 

「それより大赦もよくこのビーチ貸切にしてくれましたね」

 

 風先輩は会話を切り替えた俺に対して、小さく笑った。

 

「結構広いものね。やっぱり大赦は大きい組織なんだって実感させられるわね」

 

 俺はそれを聞いてとても意地悪な質問を思いついてしまった。聞いて怒られたらそれはそれと割り切って風先輩に聞く。

 

「自分達が特別だからだって、思ったりしないんですか?」

 

「思わないわね」

 

 即答だった。何の迷いもなく、躊躇いもない。そんな風先輩を見て、こんな事を聞いてしまった自分が嫌になった。

 

「余計なこと聞いてすみません」

 

「晴哉が謝るなんて珍しい。今日雪でも降るんじゃない?」

 

 そう言って風先輩は自らの心のうちに巣食う、俺に対する名付けようのない感情を飲み込んだように見えた。

 

「俺だって謝りますよ」

 

 俺はあくまで人ですから。と最後に付け加えた。

 

 

 

 

 時刻はちょうど昼を過ぎた。

 みんな昼食を摂って体力も回復したのか各々やりたいことをしていた。

 友奈と夏凛は砂で山を作り、その山の上に木の枝をさしてどちらが先に枝を倒してしまうかと言う遊びをしている。幼稚園の砂場とかでやると結構盛り上がったりする。案の定、幼稚園の子供たちとやり慣れている友奈の圧勝だった。なんでも「砂が私に語りかけてくる」らしい。最早極地に達していた。

 

「よし!私の勝ち!」

 

「な、何で友奈そんなに強いのよ!」

 

 案の定次も勝っている。遠目に眺めているだけだが、夏凛に勝ち目は無いように見えた。多分、誰も勝てない。

 そんな中でも俺は変わらず椅子に座っていた。

 動いたのはあの丸亀城を作った時だけだ。引きこもりを遺憾なく発揮している。これでも結構アウトドア派でもあるのだけど。自分で言うのもなんだが俺はインドアとアウトドアのハイブリッドだと思っている。

 そういえば銀は何処に行ったのか。さっきまで樹と一緒にいたのは見ていた。あたりを見渡しても姿は見えない。

 隣でかき氷を食べている樹に銀の居場所を聞いてみることにした。

 

「ごめん樹。銀の居場所知らない?」

 

『懐かしい場所見てくるって言ってました』

 

「ありがとう」

 

『どういたしまして』

 

 樹は白百合のような可愛らしい笑みを浮かべる。こんだけ可愛いと思える子を手放したくない風先輩の気持ちが今ならわかる気がした。

 口を大きく開けて、大量の氷を頬張った樹をあの特有の頭痛が襲ったのか、目をバッテンにしながら頭を小突いていた。

 

「ははっ。欲張りすぎだよ」

 

『うう、痛かったです……』

 

 俺も後でかき氷を食べよう。きっと、樹には広告塔のような役割は向いている。そんな気がした。

 樹がそれからも口元をほころばせながら食べ勧めていくところを横目に、接合されていそうな椅子を引き剥がして立ち上がった。

 

「あそこかな」

 

 俺は一つ思い当たる場所があったので探しに行くために、初めて砂浜を踏みしめたのだった。

 

 

 

 友奈たちがいる場所からある程度離れた場所に銀はいた。

 

「やっぱりここにいた」

 

 俺の声を聞いた銀がこちらを振り返る。

 

「流石ハルヤ。ちゃんと覚えてたんだ」

 

「まさかここの砂浜にまた来ることになるなんて思ってなかったけどな」

 

 ここは神樹館で勇者をやっていた時にも合宿を行った場所だ。

 俺と銀、園子、須美から見れば思い出の場所。今はこの場にいるのは二人だけになってしまっているけれど、その思い出は本物で色褪せることはない。

 

「アタシ達がちゃんと友達って言えるようになったの、ここで合宿をした時からだからさ、アタシにはかなーり印象深いんだよね」

 

 銀は懐かしむように、須美が連携の訓練の時立っていた岩場を見て目を細めた。

 きっと銀の中ではあの時の光景が再生されているのだろう。

 

「ハルヤはあの時、ずっと砂浜走ってたっけ」

 

「身体ぶっ壊れてたからな。あの時」

 

 今思えば大層な勘違いだったわけだけど、あの勘違いも実は大赦が意図してついた嘘の可能性もある。

 大赦に対して悪態をつくのはこのくらいにしておこう。

 

「今思うとアタシ、結構背伸びたくない?というかハルヤ伸びすぎ」

 

「これでも小さい方だろ。願望を言うならあと3センチくらい欲しい」

 

 3センチあればかろうじて170センチに届く。是非とも来年には届いて欲しい。神にでも祈っておこう。

 

「そういや今日、髪後ろで結ってないんだな」

 

「泳いでたら流された。代わりが鞄にあるから後で取りに行くつもり」

 

 潮風に靡く、髪はあの時よりも長くなっていた。それだけで時の流れを感じる。横顔もあの時よりもさらに凛々しくなっていて、俺は思わず惹きつけられた。

 

「なに。ジロジロ見過ぎ」

 

「ごめん。なんと言うか、時の流れって残酷だなあって」

 

「老けたって言いたいの?失礼なやつ」

 

「誰もそんなこと言ってないだろう……」

 

 素直に格好良くなっていたと褒められれば良いのだが、俺の口は不器用なもので、真っ直ぐ言葉を伝えようとすると右に変化していく。なんと言う欠陥品。正直、今すぐ返品したい。

 銀は既にちゃんと見抜いているのかずるそうな笑いをして、白い歯を見せる。

 

「わかってる。わかってる。ハルヤの事は、勇者部の中ならアタシが1番わかってるつもりだし」

 

 妙に照れくさくなるような言葉と表情を平然と俺に見せつける。

 圧倒的な力の差が俺の前には突きつけられた。俺はきっと、銀に勝つ事はできないだろう。須美も園子もそれは変わらない気がした。

 

「というかもっと言うべきことあると思うんだけど」

 

「え、何」

 

 銀はこりゃダメだと言わんばかりにため息をついた。手で目を押さえる仕草もプラスして更に銀の絶望感が如実に伝わってくる。

 それで俺は一つのことに気がついた。銀は挽回のチャンスをくれたのだと。俺は一度わざとらしく咳払いをして喉の調子を整えた。

 

「あー、なんだ。あまり直接的に言うのも憚れるけど、水着似合ってるな。いいと思うぞ。銀らしくて」

 

「取ってつけた感すごい」

 

 どうしろと言うのだ。これでも相当に頑張った方だと言うのに。

 

「ハルヤ、一生彼女とかできなさそう」

 

 物凄く残念なものを見るような目を向けられ、逆に俺は開き直った。

 

「できたら俺が一番驚く」

 

「自覚あるんかい」

 

 ペシっと軽く銀に腕を叩かれた。

 なんだかこの距離感に慣れすぎてしまっているのでわからないが客観的に見たらどう見えるのだろうか。そんなことを気にするのも馬鹿馬鹿しいので、すぐに考えるのをやめた。

 

「ハルヤは須美と一緒で取り扱い説明書が分厚そうだよ」

 

「取り扱い注意の代物と言いたのか」

 

「そんな所」

 

 十分揶揄ったと言わんばかりに、銀は満足そうに頷いた。

 

「戻ろっか」

 

 懐かしの場所を一通り眺めた後、俺と銀はその場所に背を向けて、来た道を戻っていった。

 

 

 みんなの所に戻るなり、風先輩に何処か行くなら言ってから行けと忠告された。実際その通りなので素直に俺と銀は大人しく聞き入れた。猛省している。

 それから片付けをして、ついでに海岸沿いのゴミ拾いをしてから勇者部一行はこの砂浜を次の目的地に向かうために後にした。

 しばらく歩くとこれまたいつか見たことがある大赦が経営している旅館にたどり着いた。

 着替えなどの荷物は既に部屋に置いてあるらしい。俺は一応望みを捨てずに風先輩に聞いた。

 

「……部屋違ったりしません?」

 

「一緒みたいよ。大赦の人が言うには合宿なら仲間同士の交流を深めるべきだって」

 

 大赦はどうも精神的に俺を追い詰めたいみたいだった。

 

 

 部屋に案内された後、女性陣は樹の提案で先にお風呂に行くことになったらしい。朝から維持され続けるテンションの高さに、俺は唖然としている。あれだけ遊んで体力化け物だと思う。

 

『晴哉さんはどうするんですか?』

 

「俺はここら辺を散策してくるよ」

 

 まだ気分的にはお風呂に入ろうとは思えなかった。男子は俺だけなのでそこら辺は自由にできるのはいいところかもしれない。

 

「じゃあ私たち先に行くわ」

 

 良くも悪くも、荷物を全て置いて1人残されると言う事は信頼されていると言う事だろう。その信頼を裏切る事は万死に値するに違いない。

 

「俺は俺で以前来た時やれなかったことでもしますかね」

 

 とりあえず置き手紙だけ置いて、部屋の鍵を持って部屋を出た。

 

 

 

「なんで神官がいないんだ。前はいたのに」

 

 男一人しかいない分、神官とキャッキャウフフしようと思っていたのに誰もいない。前回は大赦が中心だったからいただけなのかもしれない。

 今の心境としては旅の目的が一つ叶わなかった感じに近い。

 結局手持ち無沙汰になってしまった。

 散策すると言った手前どこかに行こうとは思ってはいるが、どうしようか。外に出てもいいがまた心配されそうなのでやめておこう。

 手頃な場所に腰掛けて携帯端末を見ていると、それを見計らったかのように携帯が震えた。

 画面には母親の名前が表示されている。普段こんな時に連絡が来ることはない。何かあったのだろうかと不安になる。

 

「どうした母さん」

 

『特に急ぎのようではないのだけど、今年は帰ってくるのかと思って』

 

 そういえば去年は大橋の方に戻っていなかった。しかもこの生活に慣れてしまい、連絡などもほとんど取っていなかった。今思えばかなり心配させていたかもしれない。

 

「来週くらいには帰ろうかな。大丈夫そ?」

 

『全然構わないわよ。いつでも帰ってきてちょうだい』

 

「ありがとう。今まで連絡取らなくてごめん」

 

『それも気にしてないから大丈夫よ。連絡が来ないってことは学校生活楽しんでるってことでしょ?親としては安心してるわ』

 

「毎日部活のおかげで楽しいよ。それと父さんにもよろしく」

 

『ちゃんと帰ってきなさいよ?』

 

「大丈夫だって。じゃあ切るよ」

 

 俺は端末を耳から離して通話を切った。久しぶりに聴いた母親の声はとても懐かしいものに聞こえた。そんな長い期間聞いていなかっただろうか。

 

「お土産くらい買ってくか」

 

 母親と父親は何が好物だったっけと記憶を探りながら、旅館に併設されているお土産屋を時間が許す限り物色したのだった。

 

 

 部屋に戻るとお風呂に入って肌がツヤツヤになって満足げに息をついている女性陣がいた。相変わらずこの温泉の効果は凄いらしい。

 床に大の字になって寝転がっている友奈は今にも溶けていきそうだった。

 

「温泉どうだった?」

 

「すっごくよかったよ。晴哉くんも入ってきたら?」

 

 友奈は物凄く満足したのがその表情と言葉で容易く伝わる。

 

「俺はもう少し後でいいよ。海に入ったわけではないから」

 

 ただ温泉にゆっくりとつかったほうがリラックスできる気はする。その点では友奈に一理ある。とは言え、そろそろ食事がどうとか言う話が聞こえてくるのでやめておいた方がいいだろう。

 ぼっーと端っこの方に腰掛けて部屋全体を見渡した。と言うか今日俺ずっと座ってるな。ことあるごとに座ってる。足腰が弱りそうだ。

 

「なんでアンタ端っこにいるのよ」

 

 夏凛が俺の不可解な行動を見て声をかけた。そこまで端っこにいることって不思議なものなのか。

 

「女子の輪の中に自然に入るのむずいだろ」

 

「今更じゃない」

 

「確かにそれはそうなんだが……」

 

 いかんせんみんな今は浴衣という普段の制服とは全く違う服装だ。人によっては目のやり場に困る。

 

「確かにいつものように頭の回転は早くなさそうね」

 

 俺の調子の良さはそこで測られるのか。夏凛の中での俺の体調管理の基準は頭の回転の速さらしい。

 

「目だけは動揺しまくってぐるぐる回ってるけどな」

 

「なんだ、本調子じゃない」

 

 夏凛はそれだけ言うと風先輩と樹の下へと戻っていった。

 なんだったのだろうか一体。もしかして体調が悪いとでも思われたのかもしれない。だとしたら夏凛には余計な気遣いをさせてしまった。

 お詫びに今度うどんでもご馳走しよう。

 そんなことを考えていると、うどん以上のご馳走が部屋に運ばれてきたのだった。

 友奈と銀は運ばれ、机に並べられるご馳走の数々に目を輝かせた。

 

「本当にこんな贅沢なもの食べていいんですか!?風先輩!」

 

 二人は今にも飛びつきそうな二人を東郷がどうどうと収めていた。馬か、あいつらは。

 

「にしても流石に豪華すぎないかしら。蟹まであるわよ」

 

 ひょいと夏凛が蟹の手を持って持ち上げた。蟹の無機質な目がこちらを見ていた。

 

「この蟹、つい先日まではこんな風に殺されるなんて思ってなかったんだよなあ……」

 

「なんでそんな食べにくくなること言うのよ」

 

「なんとなく」

 

 夏凛はなんとも言えない表情でそっとその手に持っていた蟹を皿へと戻した。

 

「風先輩、友奈ちゃんと銀がもう限界です」

 

 東郷も友奈を抑えることが出来なくなったのかついに音を上げた。

 

「そうね。せっかくだし、さっさといただいちゃいましょ」

 

 風先輩が先陣をきって手を合わせ、料理に手をつける。みんなそれに追随するように手を合わせてから、料理を口へと運ぶ。

 俺は早速、蟹の鋏を掴んで持ち上げた。相変わらずその目は無機質だった。こうして人の糧になってくれることに最大限の敬意を示そう。

 

「さらば、蟹」

 

「だからなんでそんな食べにくくなること言うのよ!」

 

 なんてことを言いながら夏凛は蟹を手に取っていた。なんの躊躇いもなく前足を折る。その無慈悲さに俺は人の怖さを見た気がした。

 

 

 食事中も話題のネタは尽きないのか、マナーの話になったり、明日の話になったりと話題が四方八方を駆け回っていた。

 気づけば自分の皿は空になっている。あれだけの量、よく食べれたものだと感心した。

 そして今更になって気づいた。なんでこうも楽しい時に限って嫌なことに気づくのか。以前にも似たようなことがあったじゃないか。大赦はご褒美なんて言ってはいるが実際はそんなことはない。単純に祀られているだけだ。

 俺は誰にも気づかれないように軽くため息をついた。温泉にでも入って気を整えよう。それがおそらく模範解答だ。

 俺は食べ過ぎて苦しいのか、横になっている風先輩に温泉へと行くことを伝えて部屋を出た。

 廊下を歩いていても誰ともすれ違わないので変な気味の悪さを感じてしまう。鏡を見たら何かいる。的な展開でも起きそうと言えば起きそうではある。

 そんな特殊イベントが起きるわけもなく普通に共同浴場にたどり着いた。

 

「寧ろ何かあった方が困るんだけど」

 

 独り言を言いながら俺は湯船に浸かる。

 一度来たことのある場所というのはどうしても何かしらの記憶を呼び覚ますものだ。昼間のあの場所がそうであったように。今回も例外ではない。

 小学生の頃、確か隣の女性側の温泉では須美と銀が変なことを話していて、いかにそれを耳に入れないか葛藤していた気がする。

 

「園子もいたんだよな……」

 

 今、園子は何をしてるのだろう。いつもみたいにぼーっとしているのだろうか。園子の下へ銀と須美を連れて行く約束も未だ果たせずにいる。

 それどころか大赦からの制約のせいでそもそも園子の居場所を言うことすら銀に言えないのが現実だ。

 

「この2年間、何してたんだろ」

 

 そんな制約破って仕舞えばいい。簡単に思えるかもしれないが鷲尾家は大赦の中でも発言力を持つ一族だ。例え血が繋がっていないとしても俺の勝手な行動は両親の立場を危うくする可能性すらある。俺はあの両親が大好きだ。だからこそ迷惑はかけたくない。だけど友達との約束も守りたい。そのモヤモヤとした気持ちがだんだんと心の中で増幅していく。

 俺の場合、風呂は肌がツヤツヤになる場所なんかではなく、ただ悪い想像を働かせる場所になってしまうらしい。

 

「出よ」

 

 いつも迷って結局結論が出ないのは最早恒例行事と化している気がした。

 

 

 

 俺は部屋に戻らずにいつぞやの砂浜に立っていた。今回の合宿は俺からしたら思い出振り返り旅行に近い。

 視界は完全にその役割を放棄し、暗闇の中で波の音だけが今いる場所を知覚させた。

 問題というものは一つずつ解決していくしか方法はない。だが様々なことが絡まり合い過ぎて何から解決するべきなのか。絡まり合った糸はなかなか解くことはできない。それと同じ原理だ。

 

(俺1人で手に負えるのか?)

 

 俺たちは誰かによって決められたルートを辿らされてるのではないか。あまりにも俺の行動を先読みしているのか、何かしらの布石が敷かれている数が多すぎる。

 

(そもそも全てのその布石は誰が起点だ?)

 

 その布石を敷いた人物を起点に、物事が全て複雑に絡まり合っているのではないか?

 

「いやいや、そんなのダメだろ」

 

 仮に予測が正しいとして何でそんなことをする必要があるのかわからない。だって何一つメリットなどないのだから。

 もう思い当たる人物など一人しかいない。

 

「園子…なのか?」

 

 一連の複雑な流れを作るにはまず俺の正体を知り得る必要がある。大赦の職員は乃木家を含めた中枢以外はおそらく俺の正体を知らない。つまりその時点でだいぶ削られる。それと後もう一人。それこそ神樹から情報を得てしまった乃木園子以外にはあり得ない。

 それと後もう一つ。俺が一体何の神であったかを知る必要がある。

 それを条件に出すと、やはり一人しか有り得なかった。

 

「何する気なんだよ。園子」

 

 園子はおそらくだが、俺が『枝』を作ってしまうことを何故か恐れている。だから、決められたルートをただひたすらに歩み続けるように誘導した。またここで以前言われた言葉が引っかかった。

 

『あなたは別に死んでもいい』

 

 園子の望む未来に俺はいらないということなのか。

 

(違う。そうじゃない。園子のあの言葉に含めた考えは違う)

 

 あの時、園子は銀が死んでしまったというどこかで起こった事実を見てしまっている。だから園子は銀が必ず、どこかで死んでしまうものと思っている可能性が高い。

 そして今なら"三ノ輪銀が生きている"事実をそのままにしてしまえる。『枝』を作る俺さえ居なくなればこの世界は保管できる。それは確定した未来となり、ズレる事は二度とない。

 だが精霊のせいで俺が戦闘などで死ぬことはほぼない。だから代わりに園子は銀が生きている世界を継続するために、俺が無駄な『枝』を作り出さないように決められたルートを辿らせたとしたら。

 これは一つの正解の気がした。

 そのためにおそらく園子は神樹と結託して、以前の戦闘に参加させなかった可能性がある。

 

(神樹は園子にあんな事を言わせるほどには俺を警戒している?)

 

 俺は今現在、園子の考えを後読み後読みで推測しているに過ぎない。

 だからこの先、園子が何をしようとしているのかを俺には先読みする力はない。

 でもこれで一つの結び目は解けた。

 

「でも銀を助けたいなら、俺と協力すれば早い話だ。なんでだ?」

 

 それこそ今園子がしていることは『友達のために世界を救う』という理念に近い。

 

「矛盾してる?あの園子が?」

 

 何を迷ってるんだ。何で俺と敵対しようとする。

 今日はこれ以上、何も思いつかなかった。だが、園子に近づいたことは確かだ。確認する術はないがそれでも確信があった。

 

「お互いに酷いものだな」

 

 俺は月明かりに照らされている地平線の先に見える壁をなんとなく眺めるのだった。

 

 

 

 

 部屋に戻ると部屋内はトランプで盛り上がっていた。見た感じ東郷が最初に上がったらしい。

 

「あ、ハルヤお帰り。長かったね」

 

「ちょっと外にも出てたから遅くなった」

 

 銀に手招きされたので銀の隣に座った。俺は銀の手札を覗き込んだ。

 何のゲームかわからないが普通に詰んでそうな持ち札だった。カードの配置とかその他諸々で大富豪だという想像はついた。

 

「ここから逆転ムリ?」

 

 銀は声を最小にして俺の耳元で誰にもバレないように聞いた。

 

「銀、晴哉に助けを求めるのはずるいわよー」

 

 早速風先輩にはバレていた。そりゃバレるだろ。そんなことをしている間に先に樹が上がった。俺はもう一度銀の手札を覗き込んだ。風先輩と友奈、夏凛の持ち札次第だが、ほぼ勝つのは不可能に見えた。何をどうしたらこんな残り手札になるのか。

 

「銀、諦めろ。もう無理だ」

 

「うへえ。でも勇者は気合と根性。不利な状況も覆して見せる!」

 

 カードに気合も根性も何もない気がする。

 案の定銀は残っていた友奈、夏凛、風先輩に惨敗した。

 

「ハルヤが諦めるから」

 

「負けた責任俺かよ」

 

 何故かただ勝負を見ていた俺が全責任を取ることとなったのだった。

 

 

 

 夜遅く俺は目が覚めた。

 まだ時計の針は4を指していた。外は当然ながら真っ暗だが、月明かりが部屋に差し込んで少しだけ部屋内は明るかった。

なんで明るいのかと光が差し込んでいる方に目を向けると東郷と友奈が何か話していた。

 友奈が話をしながら東郷にリボンを結んであげている。

 盗み聞きをするのも忍びないので俺は再び布団の中に潜り込んだ。もう自分に悩みを話してくれたり、頼ってくれる義妹は居ないのだとやけに強く認識させられた瞬間でもあった。

 

 

「海が騒がしいわ」

 

 帰り際、昨日の砂浜を前にして風先輩が左眼の眼帯を軽く抑えて一人呟いている。

 

「どうしたんですか先輩。改まって」

 

 その奇怪な発言を受けて友奈が風先輩を見ながら聞いた。

 

「そのポーズは?」

 

 と東郷。

 

「意味あるの?」

 

 と夏凛。

 

「帰る前に何かやることがあったでしょ」

 

「えっと、花火?」

 

 夏凛はそう言って首をかしげた。

 

「お前の口からそんな可愛い単語が出てくるとは」

 

「晴哉うるさい」

 

「冗談だよ。睨むなって」

 

 樹が風先輩の意図を汲んで紙に書き込んだ。

 

『まだ何も話せていませんからね』

 

「そうよ樹の言う通り!文化祭とか文化祭とか文化祭とかよ!」

 

 そういえば文化祭とか言う行事があったっけ。去年は勇者部独自の出し物はできなかった。今年はやるとか息巻いていたがどうなったのだろう。

 

「演劇の配役とか決めなきゃですもんね!」

 

 銀が言った言葉に俺は耳を疑った。

 

「演劇やるなんて聞いてないんすけど」

 

「だって確か晴哉くんあの時いなかったわよね」

 

「数学の補修だーって言っていなかったもんね」

 

「マジか」

 

 またここで俺を惑わすか、数学!!やはりあの教科は早々に人類が放棄すべき事案である。されば人は救われる。

 

「まあ、晴哉はともかく車の中で色々決めるわよ」

 

『「「「「はーい」」」」』

 

「置いていかないでくれ……」

 

 こうして勇者部初めての合宿は大きな盛り上がりを残して終わったのだった。

 

 

 




日常会を書くのが好きでついつい長く書いてしまいました。
これからも多分幕間などで書いていくことになると思いますがよろしくお願いします
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