夏休みも三週目になり俺と銀は大橋市に戻っていた。
お互いに実家に帰るためだ。本当は先週帰る予定だったが色々立て込んでしまったために帰省が遅れたのだった。
およそ1年ぶりに戻る家はあまり変わっていない。
自室の隣は須美の部屋だが今でもそのままにしてあるあたり、如何に両親が須美のことを大切に思っていたかがわかった。ただ、それにはいつかここに須美が戻ってきてくれるのではないかという希望的観測があるように思えた。
結局は俺も両親と同じだった。須美の部屋を見て、まだここにいてくれているのではないかと過去に縋っていた。
せっかく前に進んだつもりがここに来て逆行し始めてしまったらしい。
部屋を見ながら、過去を振り返るのは美しいことだと勝手に自分に言い訳をして俺はその場を離れた。
「いただきます」
須美不在の間に鷲尾家の朝食は少し不可解なものになっていた。
洋なのか果たして和なのかどちらにしてくれという感じである。文句があれば自分で作れという話だが、なんというか洋食に戻そうとして結局戻せず中途半端になってしまったという感じだった。
お手伝いさん、大変だな…。多分色々と試行錯誤してるのではないだろうか。明日から讃州市に戻るまでは作るの手伝おう。帰省2日目にしてそう思った。
俺は久しぶりに大橋市を見て回ることにした。宿題?二割がた終わらせた。余裕余裕。
「イネス行けばいるか?」
一人で回るのもなんだか味気がないように感じ、一緒にこちらに戻ってきた銀を誘うことにした。
イネスに入った瞬間、冷気に晒されて身体を震わせる。
「外との温度差激しすぎるだろ」
誰にも聞こえないように呟いてからフードコートへと向かった。
イネス内に入っているお店を見ながら向かっていったらだいぶ足止めを食らい、体感で20分くらい歩いていた感じになっていた。
「銀は…いるけど家族とか」
フードコートに入った瞬間見てわかった。案の定銀はその場に居り、姿は確認できたが家族と一緒にいたため声をかけるのが躊躇われる。家族との時間は大切だといかんせんわかってる分邪魔するのは悪いと感じた。
背を向けて立ち去ろうとしたそんな時、携帯端末が震えた。画面を見ると三ノ輪銀と表示されていた。
銀の方を見るとこちらを見て手を振っている。ちゃんとバレたらしい。俺は多分諜報部員には向かないように思えた。俺は銀と銀の家族の方へと足を向ける。
「なんで帰ろうとしたんだよ」
銀は俺が近寄るなりそう言った。俺は銀の両親に先に挨拶してから銀の方に向き直る。
「家族との時間を邪魔するのも悪いかと思ってだな」
「別にハルヤならいいのに」
よくないんだよなあ…。
というか前は家族と一緒にいる所を見られるの嫌がってた気がする。以前、ここで家族と一緒にいる所を須美と園子と目撃した時は凄くそれを見られたことを嫌がっていた記憶だ。
「金太郎がハルヤのこと呼んでたからせっかくと思って」
今更気づいたが末っ子の金太郎が銀の膝の上に乗っている。
見た感じ以前会った時よりも大きくなっているように感じた。子供の成長はあっという間とは言うがまさか本当だったとは。
「よっ、久しぶりだな」
というか次男の鉄男ならともかく、よく俺のことを覚えていたものだ。鉄男と言えばうどんに夢中になっていた。わかるぞ。うどん美味いよな。
「うん」
と金太郎は小さく頷いた。おお、喋った。謎の感激。
「お姉ちゃんのこと好きか?」
膝の上に乗っているのだからそもそも論として好きでないわけがないと思うのだが。
「ぜんぜん」
「おい!?」
あまりにも衝撃的な答えが返ってきて銀自身も衝撃を隠せないでいた。銀の両親はその様子を見て微笑んでいる。
「ちゃんとお姉ちゃんのこと好き〜って言わないともう遊んでもらえないぞ?」
「それじゃあ、おねえちゃんすき」
あまりの現金度合いに流石に笑いが込み上げる。この手のひら返しの速度、嫌いじゃない。だが、次の金太郎の一言に俺の身体は硬直した。
「はるやおにいちゃんは、おねえちゃんのことすき?」
「え」
急に笑う余裕がなくなった。
いやわかっている。どういう意味なのかはわかってるのだがそれを本人の前+親の前でいうのは羞恥心が勝る。
「さあ、どうだろうな」
所詮相手は子供だ。これだけ言っておけば誤魔化せるだろうと思った。だが、それを金太郎は許さない。
「じゃあ、はるやおにいちゃん。おねえちゃんとあそべないね」
あれ?俺はめられた?二歳児に?というか二歳の子ってこんなに頭の回転いいものだっけ。
三ノ輪家の皆々様は堪えきれなかったのか吹き出して、笑っていた。
「銀、お前の弟なかなか大物になる気がするぞ」
「で、結局どっちなの?」
さっきの金太郎の質問の続きか銀はニヤニヤしながら俺に問う。なんだかそれが癪に触った。だったらもう両親の目とか気にせず逆にはっきり言って困惑させてやろう。
「すごい好きだぞ。ずっと銀と一緒にいたいって思うくらいには」
「え」
案の定、銀の表情からは先程までの余裕は無くなっていた。よし、勝った。これで何も反撃できまい。
「おにいちゃんえらい」
何故か二歳児に褒められる十四歳。というかこいつ本当に二歳かよ。
ここで銀の母親が俺がこの場に来て初めて口を開いた。
「銀、せっかくだし遊んできたら?」
その顔は『わかってるわよ』と言っているように見えた。
お母様、違うんです。仮にそうだとしたら俺、結構ヤバいやつです。確かに今一度自分の発言を省みてみる。
あれ?俺普通にヤバいやつじゃん。
俺は銀の方を見た。
「えっと…行く?」
「行く」
少々不機嫌そうに、俺には一切目もくれずに銀は席を立った。俺は銀の両親に頭を下げてから、その背中を追いかける。
「で、どこ行くよ」
「イネス」
「今イネスなんだけど」
とりあえず行き当たりばったりで適当に歩くことにした。
そう言えば銀って服とかどうしてるのだろうか。今はいつも通りの動きやすそうな、ジャージとでも言えばいいのか。そんな感じだ。
いつか園子の家で着せ替え人形にされた時はすごく嫌がっていたのを思い出した。あの時の服、悪くなかったんだけどなあ。
まだ確か端末には須美、園子、銀の三人で笑い合っているその時の写真が残っている筈だ。
「ハルヤって時折困らせること言うよね」
先程のフードコートでのことを言っているらしい。
「ごめん。本心と言えば本心なんだけど」
「話通じないと思ったの初めてかも」
「ええ…」
銀の機嫌はなかなか治りそうにない。どうしたものかと考えを巡らせるが妙案が思い浮かばない。
「ハルヤってほんと時折馬鹿だと思う」
「俺は元々馬鹿だぞ」
別に否定しようと思わないので納得しておいた。
「そういう意味じゃなくて…もういいや。須美の大変さがよくわかる」
「須美にそんなに迷惑かけてたかな」
確かに思い出す限り結構迷惑をかけていた。毎日ため息をつかれていた気がする。兄の威厳も何もなかった。
そう思うと銀はちゃんとお姉ちゃんしてるんだなあ…。
俺は過去の自分を振り返って一人反省会を開催していた。
「そういやなんでハルヤはイネス来たん?」
「銀がいるかなと思って」
「アタシ、別に四六時中ここにいるわけじゃないからね?」
それでもいたのだから普通に四六時中ここにいると思われても仕方ない気がする。説得力がない。
それから銀と俺はなんとなしに気になったお店を覗いたり、ゲームセンターで遊んだりした。その間に銀の機嫌は気付けば元に戻っていた。
気づけば時間もなかなかいい時間になり、そろそろ帰ろうかとなった。
「銀の家族は先帰っちゃったのか?」
「さっき連絡きてた。ゆっくり帰ってこいだってさ」
「なら送ってくよ」
「ん。ありがと」
イネスの外に出ると夕方だと言うのに蝉がけたたましい音を立てていた。もう正直これは公害扱いにしてもいいかもしれない。自然の生物なのでどうしようもないのだけれども。
「うるさいな」
「だね」
銀の隣に並んで帰路に着く。後ろ一歩引いた場所からついて行っていた頃に比べるとかなりの進歩のように思えた。
「ハルヤ、前と比べて大分変わったよね」
「そうだな。まあ、前が酷かっただけだ」
誰が見ても小学生の時が酷すぎた。先程の話に戻るがそれを考えると須美にはやはり結構な苦労をかけていたに違いない。なんと不甲斐ない兄だったのか。
ただ、頭の頭脳はともかく人間性は勇者部のおかげで成長したと言っても過言ではない。それだけ俺の中ではあの部活の存在感は大きい。
だから隠し事などは極力したくない。だけど何故か言おうとするたびに躊躇ってしまうのだから度胸がないと言うのかなんと言うのか。
ただ自分が時量師神であることは言えたわけだから尚更謎だ。
「銀って誰かに隠し事ってしてたりするのか?」
はっきり言って銀は隠し事とかその類のことは苦手そうに見える。
「隠し事ね。あるにはあるよ」
「意外だ」
「そりゃアタシにも隠したいことの一つや二つあるのさ」
内容が気になるが、そもそも内容を言えるようなら隠し事なんかにはしない。それは俺が一番知っているつもりだ。
「ハルヤは多そう。結構ウェイトが重たいやつ」
「それだと重たいって2回言ってるぞ。言うならウェイトが大きいだ」
多分これでも意味合いは違うのだろうとは思う。
「細かい細かい!どっちでもいいじゃん別に!ハルヤは本ばっかり読んでるからそう理屈っぽくなるんだよ」
なんかツッコミどころの多そうな発言だが、掘り返すと永遠に掘り続けなければいけなくなりそうなのでやめておいた。
「最近だいぶ軽くなった方だけどな」
それでもだいぶ重たいことには変わりがない。
ふと、園子のことが頭をちらついた。
もう今しかない。友奈や風先輩の前ではきっと言えない。だけど銀にだけなら……。
「銀、隠し事。一つだけお前にだけに言うよ」
「急だな。何?この銀様に言ってみな」
二人の足が止まる。
「園子のことだ」
「園子?園子がどうしたん」
俺は今一度深呼吸をした。
「ずっと隠してたんだけど…園子、ずっと大赦内で祀られてるんだ」
「どういうこと?祀られてるって」
「そのままの意味だ。なんで祀られてるかは…俺の口からは多分一生言えない」
信じられないものを見る目で銀は俺をみた。戯言でないことを示すために俺は銀の目を真っ直ぐ見返した。だが、次の銀の一言は俺を混乱させるには事足りた。
「…満開」
「え?」
「アタシだって何も調べないでいたわけじゃないから」
銀は大赦にかなり近づいていたらしい。だけどそれは……。
「お前どれだけ危険なことしたのかわかってんのか!?」
大赦は基本機密情報の塊だ。勇者に関することは最早トップシークレットに近い。満開なんて尚更だ。開けてはならない箱の中身を知られれば何が起きるかなんて容易に想像がつく。
「わかってる。だけど友達が頑張ってるのにアタシだけ何もせずにいるのは嫌なんだ」
「だからと言って自分を危険に晒す必要なんてないだろ!」
銀のあまりにも無謀な行為に俺は焦りを感じていた。
だが銀は引き下がろうとしなかった。
俺が焦って怒りを露わにしているからか銀もヒートアップしてくる。
「ハルヤの方こそいつも自分のことばかり棚に上げて、人のことばっかり気にして、自分が一番ヤバいって言う自覚あるのか?カッコつけてるつもり?寧ろダサいっての!」
銀が珍しく一気に捲し立てた。そのはじめての雰囲気に俺がたじろいたのを見逃さず、銀はさらに畳み掛ける。
「いつもそうだ。自分一人で勝手に色々抱え込んで、勝手に自分を追い込んで。なんで全部自分一人で抱え込むんだよ!友奈や風先輩、東郷や樹、夏凛だっている。アタシだって!」
「…」
何も言えなかった。銀に圧倒されていたのもある。それと同時にこんなことを銀に言わせてしまっている自分の愚かさを呪った。一体何度目だろうか。同じ失敗を繰り返して、繰り返して、繰り返して。その度にこうして後悔して。
「黙ってないで何か言ったらどうだハルヤ!」
その言葉を聞いて、俺の中で何かが切れた。銀はきっと俺のことを心配してくれて言っていてくれているのはわかる。だから今から言おうとしてることは完全にお門違いだ。これは単なる八つ当たりだ。そうわかっていながらも口から出た言葉はもう飲み込むことなどできなかった。
「じゃあどうすればよかったんだよ!」
「…」
銀は無言でこちらを見る。銀を見返す余裕など俺にはなかった。俯きながら手を強く握り拳を作り、その手からは爪が食い込み、血が滲んでいた。
「俺だって悩んだことを簡単に相談できてたらこんな風に一人で抱え込んでなんかいない!だけど言えるか!?これから貴方達は力を使った代償に身体の自由を失って、全て失うなんて言えるわけねえだろ!それにみんなはもうバーテックスが来ないって思ってる。けど実際は違う。あいつらは無限に沸いて出てくるんだ!友奈達からみたら永遠に地獄が続くんだぞ!」
銀はまだ何も言わなかった。
「園子のことだってそうだ。本当はもっと前に言うはずだった。けど言えなかったんだ。俺は園子の居場所を知ってるって言うだけなのに、言えなかった。言ったら多くの人を巻き込むって思ったら言えなかったんだ。銀や勇者部の皆んなを危険に晒すくらいなら俺が一人で解決すれば良いと思ったんだ。そんなことできるわけないのにな」
後半は段々と懺悔のようになっていっていた。いつか夢の中で不知火幸斗が言っていた。
『自己犠牲だけはやめろ。あれはろくなものじゃない』と。
今ならその意味がわかる気がした。
ここでようやく銀が口を開いた。
「言えたじゃん」
ここで俺はハッとなった。以前まで喉につっかえていた何かが急速にとれていくような感覚を覚えていた。
「あ」
「多分今アタシに言ったことはハルヤが抱えてるものの内の一部なんだろうけどさ、確かに満開のことは友奈達には言えないよな」
銀もなまじその内容を知っているだけに苦笑いした。
「だけどアタシならいくらでも相談に乗れる。今だけでいいからさ、ハルヤが一人で抱え込んでるもの少しだけアタシに分けてよ」
そう言って銀は俺の目の前に手を差し出した。
「勝手に大赦で動いたことは謝る。だからってわけじゃないけどアタシの手を取ってよ。少しで良いからハルヤの役に立たせてほしい」
俺はまだ迷いが残っているのかほんの少しだけ手が震えていた。この手を取って仕舞えば、銀も下手をすれば大変な目に遭う可能性すらある。
そんな俺の惨めに震える手を銀は手に取った。
「仮にハルヤが迷うようならアタシが導いてあげるからさ。この三ノ輪銀様に任せときな!」
ここまで言わせておいて当の本人の俺がまだ迷っているのは意味がわからない。かつての自分に決別を告げるように俺は銀の手を強く握り返したのだった。
それから俺と銀は近くの神社の境内に座って、俺の抱えていた問題を少しだけ吐き出した。満開のこと然り、これからの勇者部のこと然り、銀のこと然り、須美のこと然り、園子のこと然り。問題は山積みだった。
だが目下の問題はやはり園子の動きだろう。
俺は銀に先程怒鳴ってしまったことと八つ当たりしたことを謝罪してから今の園子について話をした。もちろん全て包み隠さずに。大赦にバレた時はバレた時だとたかを括った。
「カッコつけて一緒に背負うとか言ったけどアタシに理解できるかわからない高度な心理戦が行われててついてけなさそう」
銀はうへえと少し嫌そうな顔をした。だけどさっき言ってしまった手前、付き合ってくれているのだろうか。
「そう言えばさっき言ってたけどまたバーテックスは攻めてくるの?」
「今は全部倒したって言う体裁を保つために大赦が勇者システムを保管してるけど実際は、あれは復活してるのか?まあとにかく無茶苦茶いる」
大橋決戦の最後、園子が撃退した21体のバーテックスのうち数体は事前に撃退したものだった。御霊を破壊したはずの牡羊座バーテックスがその場にいたことを考えると多数いることも考えられる。
「ともかく今は園子の考えを後手に回って推測して行くしかないから結構厳しい状態ってことだ」
「なるほど?」
わかっているのかどうか知らないがわかっていることを願って話を続けることにする。
「そこで銀。さっき危険なことするなと言った手前、今から言うことは馬鹿みたいに聞こえるかもしれないが聞いてほしい」
「回りくどい回りくどい!早く要件だけ言って」
ならそうさせてもらおう。
この手が吉と出るか凶と出るかは園子の動き次第になるが、頼んでおくしか今の俺には策がなかった。
「単刀直入に言う。いざという時、俺と一緒に園子と戦ってくれ」
「は?」
俺はこの時だけは自分に課した制約を完全に無視して、本来やってはならないことに手を染めた。もうこのくらいしなければ園子に勝てる気などしなかった。
「これって…」
「ああ、見ての通り勇者システムだ。ただ精霊はいない旧式だけど」
時量師神は時の中に埋もれているモノならば無条件に取り出せる。過去も現代も未来も。つまり要するに"この世にあったモノ"ならば取り出せると言うわけだ。未来に関しては少しわけが違ってくるので割愛する。多分一生使わない。
「でもアタシ多分使えないよ。神樹様からも見放されてるっぽいし」
「なら媒体接続を俺にすれば良い」
もうこの際俺はなんでもする。自分に与えられたものは見境なしに使わせてもらう。今、友奈達が使っている勇者システムを神樹名義だとすると、無理やりだが、銀に見せたこの勇者システムは時量師神名義と言う無茶苦茶な理屈を俺は押し通した。
「あとは銀の気持ち次第だ。やりたくないならちゃんと言ってくれ。それに俺が頼んでいることは結構非道だからな」
要するに友達と殴り合えって言ってるようなものだ。銀が勇者になれなくなってしまったのは精神的な面もある。だから頼んでおいて、これも無茶苦茶な話だが正直なところ断ってほしかった。
なのに俺の願いに反して銀はその勇者システムを手に取った。
「まだ、ハルヤのいう何かが起こるまでは時間があるんだろ?」
「一応そういう風に予想はしてる。あと忘れてほしくないのは銀のそれは本当の最後の手段だから、ちゃんと無理せず考えてくれ」
銀は今一度手に取った勇者システムを見てから再度こちらを見た。まだ少しだけ銀の目には迷いがあった。
「ごめん。少し考えさせて」
「俺の方こそ悪い。少し調子に乗って変なことまで提案した」
お互いに頭を下げるという構図に、気づけば二人とも笑っていた。
「そういや喧嘩したのさっきがはじめてじゃない?アタシ達」
「言われてみれば確かに。でもあれって喧嘩っていうのか?」
「まあ、どっちでもいいじゃん」
良いのかよ。喧嘩って言ってくれた方がそれっぽいイベントだったろ。
けれど俺があんな風に言えたのは銀のおかげだった。きっと言ってくれなければ俺はさらに酷い存在になっていっていた筈だ。
「そう言えばだけどハルヤの将来の夢って聞いたことなかった」
あまりにも突拍子のない話題変更に流石に戸惑いを隠せなかった。
「急だな。将来の夢ねえ…」
ひとしきり迷った挙句俺はあの御伽噺を思い出した。
「将来の夢ってわけじゃないけど、俺は最終的に誰か一人を守れればそれでいいらしい」
それが何か機械的なもののような気がしなくはないが今のところ実際、そういう風に思っているのだから仕方ない。
「そういう銀こそないのか?将来の夢」
銀はたくさんやりたい事がありそうだ。なんだろう、保育士?いや、ちょっと違うか。
「アタシ?アタシは…た、大赦の職員でいいかなー」
「やめとけ死ぬぞ」
「そんな真顔で言われるとほんとにそうなりそうだからやめておくれよ。じゃあ宇宙飛行士とか?」
とかってなんだとかって。それとなんで急に疑問形なんだ。
「宇宙飛行士とか数百年前に消滅したろ」
大赦によって遥か昔にこの職業は消されたらしい。まあ、都合が悪かったんだろう色々と。
「えーっと、じゃあ警察?」
「いや、だからなんで疑問系なんだよ。警察自体は悪くは無さそうだけど。というかさっきから目、泳いでるぞ」
なんでかわからないが銀は酷く動揺していた。本当に将来、言ってしまえば身を滅ぼすような職業につくのだろうか。
「言っても笑わない?」
案の定、銀は嘘をついていたようだ。そもそも聞き返されることをわかっているのだから最初から俺にこの質問をしなければ良かったのに。
「笑わないよ。そうだな、笑ったら俺をそこら辺の貯水池に放り込んでくれればいい」
「放り込んでも死なないじゃんハルヤ」
こいつ多分一瞬だけ本当にやろうとしたな。精霊のせいで死なないとは言え水に放り込まれるのは嫌なので笑わないようにしよう。
「アタシ、なんというか家庭ってものに強い憧れがあるというか、まあそんな感じです」
あまりの歯切れの悪さに少しだけ口角がつり上がってしまった。なんとか必死にそれを押し殺したおかげか、なんとかバレずに済んだ。
「要するに結婚したいって事か?」
銀は少しだけ恥ずかしそうにしながら頷いた。銀にしてはなかなか可愛らしい夢に思えた。銀ならたくさん相手いそうなものだけども。
「だったら尚更守らないとな」
銀の夢に限らず、一人一人このように将来に思いを馳せている。ならば世界を壊してそれを失わせるような事はしたくない。
俺と銀は座りながら天を仰いだ。そこには幾千万の星々がこちらを睨んでいるように見えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。銀は部屋で晴哉から渡された勇者システムをじっと見ていた。銀の中では一つの迷いがあった。どうしても頭の隅で晴哉の腕がバーテックスによって吹き飛ばされる光景がちらつく。きっと晴哉のことだ。ここで自分が頼みを断っても笑顔で許してくれそうだ。でもこれはある種、自分なりの贖罪なのかもしれない。大切な友達だなんだと言っておいて自分はあの日、戦いから背を向けた。だから晴哉は一人、大きな秘め事を抱え込むことになった。それは単には言えないが自分の責任でもあるように思えた。
勇気が欲しかった。もう一度この端末を手に取って、誰かの助けになる勇気が。きっと戦う理由があれば自然と勇気も湧いてくるだろう。
だから少しだけ昔を思い出してみた。自分が戦う理由はなんだったか。
それはすぐにわかった。大切な人を失いたくなかったからだ。引いてしまえば全て失ったから、全力で前に突き進み続けたんだ。
今自分はどう思っているのか。大切な人を守りたいと思うのは当然だった。そのために晴哉はこれを渡したのだから。そう思ったから自分もこれを一応ではあるが手に取ったんだ。だがそれ以上に誰かの支えになりたいという感情が勝った。
「おおう…今日のアタシ普通に恥ずいこと言ってたぁぁぁぁぁ」
急に今日晴哉に言ったことを思い出してしまい、銀は布団の中でのたうち回った。
ひとしきりのたうち回っていると段々と羞恥心も落ち着いてきてなんとか平静を保てるようにはなった。
「何がアタシの手を取れだよはっずい」
「姉ちゃんうるさい」
鉄男に注意され仕方なく黙ることにした。
朝も朝だ。家族の前で変なこと言って、お陰で家で面倒だったのだから。そんな気など微塵もないというのに。
「ん?ありゃ?」
あれ、何かおかしいぞ。なんか顔が熱い。いやいや自分に限ってそんな事はない。
「友達に照れることなんていくらでもあるよな」
うん。どう考えても友達だった。一瞬だけおかしい感じになったがその一瞬だけだった。
でも何故かそれを思った瞬間戦う決意が固まった。
晴哉はまだ起きてるだろうか。伝えられるなら今のうちに伝えておきたい。
試しに個人でチャットを送ってみた。
『起きてる?』
すぐに返信が帰ってきた。
『寝てる』
『起きてるじゃん』
チャット内でも相変わらずの反応だった。
『で、どうしたんだよ。何かあったか?』
『アタシも戦うよ。仮にハルヤの予想が正しかったとして園子を止められるのはアタシ達だけな気がするから』
晴哉のことだ。心配事が結局拭い去れなかったのだろう。晴哉からの返信にはそこそこ時間がかかっていた。それでも夕方の出来事が背中を押したのか、一言ーーーー。
『わかった。頼む』
短い文章だが、それでも伝わるものは伝わるものだ。その後は特に会話をするわけでもなくおやすみを言って電源を切った。
「ああああ、やっぱりはずいいいい!」
「姉ちゃんうるさい!」
銀はこの日珍しく全く寝付けなかった。
数日経った夕方、俺が本を読んでいると携帯端末が震えた。
「珍しい」
相手は風先輩だった。
『晴哉、今あんたどこにいる?』
「え?実家ですけど」
風先輩の声は少しだけ焦りを含んでいた。
『今からこっちに戻ってこれる?』
「今からはだいぶきついです。すみません。代わりと言ってはおかしいけど要件だけなら聞きますよ」
讃州市に戻ってこいというくらいなのでよっぽどな事が起きたに違いがなかった。
『勇者システムがまた部室に届けられてた』
それを聞いた瞬間やはりそうきたかと思った。
今まで確証はなかったが完全に現実となった。それと同時に起こり得て欲しくなかった事が起こるような気が一気に加速した。
『友奈達が来たみたいだから悪いから切るわね。また連絡する』
それだけ言うと風先輩は通話を閉じた。
事態が急速に動いているように感じる。
どこかのタイミングで園子は誰かに満開のことを伝える筈だ。
そこからが勝負だ。現段階で俺は園子に追いつけない。
だけど今は一人じゃない。
少しの間だけ一緒に背負ってくれると言った。だから今はそれに甘えよう。
俺は再度端末を起動させ、電話をかけた。
「力を貸してくれ」
一つの世界の分岐点になる地点まで残りわずか。