銀は二年ぶりに樹海化に巻き込まれた。
別にそれに感動を覚えるわけでもない。とにかくレーダーから消えてしまった晴哉の消息が早く知りたかった。
「銀、待ちなさい!」
夏凛に腕を掴まれて銀は少しだけ我に帰った。壁の外から無限に壁内に侵入してくる星屑に無謀にも突撃しようとしていたようだと気がつく。
「アンタの勇者システム、精霊がいないんでしょ?危険だから下がってなさい。目の前で死なれるのは迷惑なのよ」
冷たい言葉だが、それでも根底では自分のことを心配してくれているのはよくわかった。それでも行かなければならない。
「だけど、東郷と園子が壁の上にいるんだ。それにハルヤだってレーダーから消えた。アタシはハルヤに言ったんだ。ハルヤが背負ってるもの半分は背負うって。だから…」
銀が夏凛に訴えかけていた時、友奈が呟いた。
「東郷さん?」
友奈も壁の上に東郷がいることを確認したようだった。
「東郷さん!」
「ちょっと、友奈!」
銀より先に友奈が先走ってしまい、夏凛も慌てて友奈を追いかけた。
銀自身、この生身の姿であそこに向かうにはリスクが高いと感じた。今だけは二人に任せよう。銀は二人を信じてなるべく星屑がいない場所を探り、晴哉を探しに行った。
星屑が美森と園子の存在に気づき、捕食せんと一気に襲いかかる。
美森は連射用の銃でそれを迎撃。園子は軽く槍を振るう。
「わっしー、ここ任せてもいい?」
「乃木さん。どこ行くつもりなの?」
「ハルスケ探して処理しとかないと後々面倒だからね〜」
それだけ言い残して園子はどこかへ行ってしまった。
「東郷さん、何、してるの?」
園子と入れ替わるように友奈が自分のもとへと来た。いつもなら嬉しいはずなのに今は全くと言っていいほどそんな気持ち生まれやしなかった。
「東郷さん!」
「壁を壊したのは私」
簡潔に事実のみを伝える。友奈に動揺が走った。
「もうこれ以上、あなたを傷つけてさせないから」
友奈は困惑して、完全に周りへの注意力を失っていた。そのせいで星屑に気付いたのは目の前に迫った時だった。
「たああああああ!」
友奈を後ろから追いかけてきていた夏凛が星屑と友奈の間に割り込み、星屑を真っ二つに切り裂いた。
「どう言うことよ東郷!壁を壊したって、アンタ、自分が何やったのかわかってるの!?」
「わかってる。けどこれ以上にもうみんなを救う手がないの」
美森はそれだけ言って後ろに飛んだ。この先はあの地獄だ。
友奈と夏凛はそのことに気づかず、ただ必死に追いかけるようにしてその地獄へと足を踏み入れた。
銀は樹海の中を駆け抜け、ようやくのことで晴哉を発見した。おそらくどこかの浜辺が樹海化したと思われる場所に晴哉は意識を失って引っ掛かっていた。
壁の崩落に巻き込まれた影響か、精霊がいるにも関わらず左腕の義手が大きく損壊していた。だが、運がいいことに今は星屑は近くにいない。おそらく、風先輩と樹の方に注意が向いてしまっているのだろう。あちらも早く助けに行かなければ。樹一人で奮戦してるはずだ。
「よっと。ハルヤ軽そうに見えて結構重たいのな」
晴哉を担ぎ上げてなるべく後ろに運ぼうとした時、正面に誰かが立ったことに気がついた。
近づいてきた人影を見た瞬間、銀は息を呑む。
「園子…」
園子も同様だったようで、唖然としている。だが晴哉を抱えている銀を見て園子の目は厳しいものへと変わった。
「どうしてみのさんがここにいるの?」
「ハルヤを助けるために決まってる。そう言う園子こそどうしてここにいるんだ」
互いに睨み合う。園子からの「どうして」の返答はなかった。
園子は痺れを切らしたのか「ハルスケのこと渡してくれないかな」と冷たい声音で言う。
親友だったはずなのに今だけはどうしても園子のことを認めるわけにはいかなかった。引けない理由が今自分の腕の中にいる。しかも尚更それを渡せと言われておいそれと渡せるわけがない。園子に晴哉を渡せば何が起きるかわからない。
「私はね、もうみのさんに傷ついてほしくないの。ハルスケがいる限りみのさんは傷つき続ける。もうこれ以上、あなたを傷つけさせないから」
「断る!」
銀は間髪入れずに園子の言葉を拒絶した。園子もすぐに拒絶されるなんて思ってなかったのか少しだけ表情が驚きへと変わる。
「アタシの人生はアタシのものだ。ハルヤのせいで傷つこうがつかないだろうとそれはアタシのした選択なんだ。アタシはハルヤを守る。絶対に!」
ここに置いておくわけにも行かずに晴哉を仕方なく再度海に放り投げ、銀はここで初めて武器を取り出した。
武器は両斧ではなく夏凛と同様の双剣へと変化していた。だが、ただの双剣ではない。『ソハヤノツルギ』と『大通連』と呼ばれる夫婦刀。数多の鬼を切ったとされる伝説の名刀だ。
今の自分には精霊バリアはない。一発でも食らえば即死亡の無理ゲー。
だけど園子に自分はやれない。その確証があった。だから自分は晴哉が目を覚まして意識を取り戻すまで時間を稼げばいい。
銀は今一度大きく息を吸った。そして正面にいる園子を睨みつけた。
「ハルヤを助けるために、園子。お前は、邪魔だ」
銀の宣戦布告を受けて園子も槍を構える。だがやはり目には先程とは違い迷いが生まれていた。
「みのさん、どうして」
銀はその質問には答えることなく、園子を止めるために。晴哉を助けるために全力で地を蹴った。
それと同じ頃、樹は一人姉を守るために奮戦していた。
もう自分は姉の背に守られているだけの存在ではないと、少しでも伝わればいいと思った。自分のためにあそこまで怒ってくれる姉を自分は誇らしかった。だから尚更、今の姿を見たくない。
今は一人で頑張るしかない。自らを奮い立たせ、ひたすらに武器を振るい続けた。
「はああああぁあ!」
「やああああああ!」
二人の少女の咆哮が樹海に響く。
園子の横払いを銀は後ろに回避しつつ片方の剣で上手いこと受け流し、もう片方の剣を園子目掛けて振り下ろした。
園子はパワー型ではあるが満開の後遺症のため身体が上手く動かない。 銀はそれを瞬時に理解してスピード重視の展開の速い勝負に持ち込んだ。
園子の槍の刃先が細かく分裂し、銀に襲いかかる。それを銀は樹海を盾にしながら回避し続ける。
刃先が再度、槍本体へと戻った時の隙を見逃さず、銀は園子の懐に飛び込んだ。
「たあっ!」
足に力を込め、園子の脇腹を蹴り込んだ。
精霊によってダメージはないだろうが園子は体勢を崩して後ろに飛ばされた。そこに更に銀は斬り込こむ。
「おおおおおぉお!!!」
銀が赤い流星となり園子に衝突した。だがやはり次も精霊バリアによって防がれる。一向にダメージが入っている気がしない。むしろ自分にダメージが蓄積していくばかりである。
「うわっ!?」
園子の反撃の突きをギリギリで回避したが次は銀の体勢が崩れる番だった。本当にすんでのところで二撃、三撃と繰り出される突きと払いのコンビネーション攻撃に銀は次第に追い込まれる側となった。
「私だって、やられっぱなしじゃ、いかないんだから!」
激しい攻撃に距離を取りたいのにそのタイミングを見失う。園子は銀の勇者システムに精霊バリアがついていないことを既にわかってはいた。だがそれでも攻撃の手を緩めようとしない。
銀は振り下ろされた槍を剣を交差させて受け止める。
「ねえ、どうしてなの。私、みのさんとこんなことしたくないよ!」
「だから言ってるだろ!アタシはハルヤの手を取ったんだ。今更裏切るなんて事できるわけ、ないだろっ!」
銀は槍を跳ね上げ、園子の身体目掛けて剣を振るう。結局そんなことは意味がないと分かっていても銀は園子が止まるまで剣を振るうのをやめる気は一切なかった。
何度でも何度でも銀は親友に武器を振るい続ける。
振るいながらも頭の隅に二年前の光景が浮かび上がり、腕が足が止まりそうになる。
それにどうして自分は大切な親友に対して、誰かを守るために振るうはずの武器を振るっているのだろう。
(迷うな、迷えばそれでアタシは負ける。今は貫き通せ、自分が信じたものを、自分を信じてくれた人を!)
園子の槍が頬をかすめ、血が流れる。痛みに顔を少し歪めるが銀はそれに構わず園子の懐に再度入り込み、拳で殴りつけた。
「ははは、マジ?」
銀は思わず声をこぼす。
銀の拳を槍の腹で受け止めた園子は流れるような動きで槍を振り上げる。
銀は避けるために大きく後ろへと飛んだが、タイミングが少し遅れ、左腕のあたりに傷を負ってしまった。
かれこれ5分以上戦闘が続いている。銀は体力的に限界を迎えつつあった。園子の速度を上回るために常に全力で動いているためだ。
疲労も蓄積し、銀は少しの段差で躓いてしまった。
それを好機と見て園子は槍を繰り出す。
なんとかこれも身体無理やり捻って剣を槍に当てる。だが態勢が崩れて身体ごと地面に滑り込む形になってしまい、その際に右手に握っていた『ソハヤノツルギ』を手から離してしまった。慌てて拾おうとするが、追撃を仕掛けてきた園子が悲痛な表情を浮かべ槍を振るった。
「この、わからずや!」
「ぐぁっ!」
一層強い攻撃が銀に加えられた。不利な態勢で、おまけに片手でその攻撃を受けてしまった銀はそれを完全には受け流せず力負けをして、吹き飛ばされた。
受け身を取ろうと態勢を取った銀の視界に、自分が飛ばされているその先に星屑がいるのが映った。星屑は銀を捕食せんと口を大きく開ける。
「あ」
避けようにも空中を舞っている銀には何もなすすべはなかった。このまま自分は食われるのか。
(まあ、本当なら一度死んでるはずなので行き着く先は変わらないのか)
簡単にこの事実を飲み込み、諦めて銀は目を閉じようとする。
だが銀が星屑に食べられることはなかった。
目を再度開くと、その姿は一瞬にして二つに切り裂かれていた。
その星屑を切り裂いた人物は、続けて銀の身体を受け止め別の樹へと着地した。銀は自分を抱えている人物を見上げて悪態をついた。同時に身体の力が一気に抜けるのを感じる。
「ハルヤ。来るの遅すぎ」
「悪い。一人にして」
晴哉はそれだけ言って銀を下ろした。ついでに自分が弟にするように軽く頭を撫でられた。何様のつもりなのか知らないし、恥ずかしかったが特段悪い気はしなかった。
「銀。あと少しだけ頼む」
「もう私だいぶ疲れたんだけど…。けど、成せば大抵なんとかなるか!」
ちょうど背後では夏凛が満開を使ってバーテックスを各個撃破しているところだった。星屑も夏凛の攻撃に呑まれ、今なら数が少ない。やるなら今だ。
「さあ、園子。ラウンド2と洒落込もうぜ」
威勢のいい言葉と共に銀が『大通連』の刃先を園子に向けた。
「そっか、みのさんは…。ううん。まだ私は諦めないよ」
園子は二人の様子を見て何かを悟り、その一言を唱えた。既に21回使用しているその力を。
「満開!!」
凄まじい力が園子一点に集中した。そして一輪の花が咲き誇る。だがその花は七分咲きとでも言えばいいのか、中途半端なものだった。
武器である槍の先端のみに力が全て集中する。
だがそれでも、その力を使うのにどれだけの覚悟が必要か今の銀にはわかった。満開して、散華して。更なる後遺症が園子を襲ったとしても、それすら許容できてしまうほどの覚悟。
銀には見ていて耐えられなかった。大好きな友達が傷ついていくのを黙って見ていることなどできようか。
「ねえハルヤ。この勇者システムって精霊がいないだけだよな?」
「おい、まさか。というか俺の寿命が消えてなくなるからやめてくれ。一人じゃあれは賄えんって」
一応理論上は可能らしい。だけど晴哉に死なれても困るので銀は自分も満開を使うことは諦めた。そんな銀に晴哉は小さく、はにかんだ笑みを向けた。
「さっきまで一人で頑張ってくれてたし、休んでおいてよ。それと名誉挽回のチャンスくれ」
「元々名誉なんてないじゃん。でも、わかった。バトンタッチって事で」
「酷い言い草だ……。でもありがと、銀」
晴哉は一歩、前に出て晴哉が持ち得る最大の神器の名を呼ぶ。
「来い!天叢雲剣!」
一筋の稲妻が落ち、晴哉の右手にその力が宿った。
勝負はこの一撃で全て決まる。
風が止む。瞬きは許されず、世界の音は隔絶された。されど音は相手の息遣いまでもが聴こえている。この瞬間、全ての意識が互いに向かい合う相手の一挙手一投足に向けられていた。
そして、合図も無しに同じタイミングで二人は踏み込んだ。
乃木園子と鷲尾晴哉、三ノ輪銀の戦いは早くも最終局面を迎えていた。
今回は少し短めですが個人的には書きたい場面が書けたので満足してしまいました。
幕間の感覚で楽しんでいただければ幸いです。
少し内容を修正しました。すみません