人では到底及ばぬ力と力がぶつかり合う。
土着の神に選ばれた勇者の満開と、神でありながら人として生きることを選んだ守り人の神器。
その威力は凄まじく、樹海の一部を吹き飛ばした。だが、現実への反動など気にする余裕など今の二人にはなかった。ここで負けて仕舞えば自分たちの思いは成就されない。いかにそれが愚かで、独善的な行為だとしても。
そんな2人の勝負は一瞬でついた。
「おおおおぉおおおお!」
俺は『天叢雲剣』を全力で振り抜いた。威力負けをした園子の槍が音を立てて崩れ落ちる。それと同時に発生した衝撃波は園子の身体を易々と吹き飛ばした。樹海に叩きつけられた園子は精霊バリアに守られ、無傷ではあったが、勇者礼装も解除され、自分を支えることのできなくなった園子はその場に仰向けで倒れ込んだ。
俺も毎度のごとく、神器を使った代償にまた身体のどこかがガラガラと音を立てて崩れ落ちるような感覚に襲われる。今度は目が弾け飛びそうな激痛を感じた。
右目を押さえるが痛みだけで血などは一切出ていない。それだけわかればもうあとは自分の身体はどうでも良くなった。
俺は倒れ込んでいる園子に近づいた。銀も後に続く。銀はそっと園子の体を腕で包むと、園子の身体を樹海の木にもたれさせた。
「あはは、負けちゃったんよ〜」
園子は悔しがることもなく、自分の敗北を認めた。
「まさか、みのさんが来るなんて思ってなかったから、完全に想定外だったな〜」
「結局、お前は何がしたかったんだよ」
俺の問いに園子は観念したように語り出した。
「ハルスケには言ったよね。私は『友達の望んだ世界』を叶えるために行動するって」
それは最後に園子のもとを訪れた際に本人が言っていたことだ。その際に俺に園子は自身を止めることを頼んだのだった。
「あれ、少しだけ嘘ついたんよ。本当は『友達のいる私の望んだ世界』。友達にこんな言い方をするのも酷いけど、わっしーは都合のいい駒だったんだ。満開のことに不信感を持っていたしね」
園子の言ったことは少しだけ夏休みの合宿の際に俺も感じていたことだった。園子は三ノ輪銀を本当の意味で救うために動いているのではないかと。だがそれは園子の言動に矛盾していたために排除していた可能性だった。
「ねえ、ハルスケ。私さ、一度おかしくなった時あったよね」
俺はそれに頷く。
「あの時見ちゃったんだ。どの道を辿ってもみのさんがいなくなっちゃう。その事実をさ。でも一つだけ助けられる方法があったんだ。それが…」
「それが、俺を殺すこと」
園子が俺の発言に小さく頷いた。銀は困惑した表情で俺と園子を交互に見た。
「ちゃんと気づいていたんだね。流石ハルスケだよ」
「だけどもうそれは精霊のせいで不可能になった。だから最後の可能性としてお前は俺を誘導した。『枝』を作らないように」
それと後一つ。これは恐らく壁に穴を開けることを手伝ったことにも関わる。
「それと俺が神器を使用すれば命を落とす可能性があることも知っていた。だから壁を破壊することを手助けして、俺が神器を使用する状況を作り出した」
園子はもう何も言うことはないと言うように無言だった。無言を肯定と俺は解釈した。ここで初めて銀が口を開く。
「待って、じゃあハルヤはさっき死ぬ可能性があったのに神器を使ったってこと!?」
「そうだけど。だってああでもしないと園子止めれないだろ」
銀はため息をついて頭を抱えた。
「そうだハルヤはこういうやつだった…」
「悪いな」
それだけ言って俺は園子の方に向き直った。銀はまだぶつくさと何か言っているがそれをBGMに話を進める。
「けど、私には無理だったな〜。今でも凄い後悔してる。どんな結果であれ、大切な友達を一瞬でも殺そうとしちゃったんだから。大切…って言うのも可笑しな話かな。殺そうとしておいて大切も何もないのにね」
最低だよ。私は。と最後に付け加えた。
大切な人を助けるために、大切な人を殺そうとした。なんと悲劇的な矛盾だろうか。
「それにもう私が何かをする必要もなくなっちゃったようだからね」
園子は俺と銀を交互に見た。
「わっしーの方も、説得されちゃったみたいだね〜」
園子が遠くにそびえ立つ壁を見ながら呟いた。俺も壁の方を見ると満開した友奈が東郷を抱き抱えていた。
「何、俺もあれやった方がいいの?」
「やるならみのさんにやってあげてよ」
「意味がわからん」
下手な冗談のせいで完全に先程まで張り詰めていた空気が弛緩してしまった。だが、まだ気を抜くことができない。まだバーテックスの大半を夏凛が撃破したとはいえ、最強の敵。獅子座バーテックスがまだ残っている。
「戻ってきたら説教だな」
「わっしーと一緒に受けることにするんよ〜」
園子は何故か怒られることを嬉しそうにしていた。やはりどこかズレているように感じる。
「それと園子。あれが止められなかったら何も知らずに消える人が大勢いるってこと忘れるなよ」
俺はそれだけを言って、獅子座のもとへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晴哉が獅子座に向かった後、取り残された銀は園子の横に座った。
銀は何から話そうか迷い、先程止めるためとは言え殴る蹴る斬るなどした事を謝った。
「ごめんな、園子。怪我してないよな」
「みのさんこそ、ごめんね。傷つけちゃって」
銀は自分の頬を触った。血が固まってもう出血はしなかったが鈍い痛みが走った。
「みのさんはどこが良かったの?」
「どこって?」
園子の謎の質問に銀は首をかしげた。
「ハルスケ」
ぶはっ!と銀は吹き出した。不意をつかれた質問に動揺を隠せず思わず咳き込む。
「な、な、な、何を急に言うんだよ園子は!」
「だってあんな風にハルスケを守るために命をかけれるんだからそうじゃないの?普通はできないよ?あんなこと」
園子は銀とこんな状況ではあるが、こうして話せるのが嬉しいのか終始ニコニコしている。それと対極的に銀は目が泳ぎ回り、赤面している。
「顔赤いよ〜」
「ううぅ…。違うってぇ…」
「みのさん可愛い〜。可愛いから白状しちゃいなよ」
銀は泣きそうになりながら園子を軽く叩き続けた。
「痛い、痛いよみのさん〜」
「うるさい。園子が悪いんだからな!」
世界が終わりかけていると言うのに、この二人はそんなことを気にせずに親友として長い間空いてしまった空白を埋めるように話し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「風先輩、樹!」
獅子座が巨大な火球となり東郷と友奈がそれを先に止めに行っているのを追いかけている風先輩と樹に合流した。
「晴哉無事だったのね」
「なんとかギリギリって感じですね。それより」
「ええ、わかってるわよ。もう私も覚悟は決めてるわ。今から満開を使って止めに行くから晴哉には援護を任せてもいい?」
樹は後遺症で声を失っているが俺の方を見て「任せてください」と言わんばかりに大きく頷いた。どこか風先輩と樹、この姉妹は大きく成長したように見える。
「いや、俺も行きます。最後の最後で、もう二度と後ろを振り向きたくないので」
二年前の大橋決戦の際、俺は最後の最後で園子を見捨てた。例え園子がそう思ってなかったとしても、あれは見捨てたと同義だ。だからもう二度とそんなことはしたくない。
友奈の満開が解除され、花を散らしながら地上に落ちていくのを見てそちらに向かいたくなる衝動を抑え、火球へと飛んだ。
「なら行くよ、樹、晴哉!」
風先輩の声に応じて風先輩と樹は満開を。俺は神器である『生太刀』を具現化させた。
「はあああああああ!」
風先輩が三人の中で真っ先に獅子座に衝突する。続いて樹も獅子座を抑えるために両手を伸ばし、俺は『生太刀』を火球へと振り下ろした。
「ごめん、東郷!こんな大事な時に!」
「風先輩…私…」
既に止めれないと心が折れかけていた東郷には風先輩の声はとても頼もしく聞こえていた。それと同時に自分がしてしまったことを悔やむ気持ちが膨らんでいっていた。
「お帰り、東郷」
その言葉で東郷は泣きそうになるのを必死に堪えながら、再度腕に力を込める。
「押し返すわよ!みんな!」
東郷と樹が風先輩の声に応えるために、さらに力を入れる。俺も片手で出せる力全てを持って止めに行った。それでもこの火球は止まることなく神樹に向かって直進し続けている。
「くっ、四人でもっ!」
東郷が苦悶な表情を見せた次の瞬間ーーーーー。
「そこかあああああああああああ!!」
もう一人の赤の勇者が感覚だけを頼りに火球へと突っ込んできた。身体のあらゆる場所に満開の後遺症を示すものがあるにも関わらず。
夏凛はさらに躊躇うことなく満開を発動した。僅かながら火球の勢いが弱まる。
「これなら!」
「行ける!」
俺と東郷の声を聞き、風先輩はここしかないと更に声を張り上げた。
「ここが正念場よ!勇者部!!」
「「「「ファイトー!!!」」」
全ての力が集まり、一輪の大きな花を咲かせた。それは大きな盾となり火球の勢いを完全に押しとどめた。
友奈は後遺症により動かなくなった足を必死に動かし、気力だけで再度満開を使用した。
「私は、讃州中学勇者部!勇者、結城友奈ー!!」
声を上げることにより自らを奮い立たせ、火球の中へと飛び込んだ。
「くっ、うう!!」
あまりの熱さに顔を歪めるがその先に御霊が見える。友奈は止まらなかった。
「届けぇーー!!!」
友奈が御霊に触れた瞬間。世界が光で包まれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハルヤ、ハルヤ!いい加減起きろってば!」
「…ぁ、銀?」
俺はボーッとする頭をなんとか持ち上げて、周りを見た。まだ樹海の中だった。何があったっけとほんの少しだけ過去を辿る。
今自分がこうしている意識があると言うことは止めれたのだろうか。
「ハルヤ気づいた!?どれだけ心配させるんだよ全く!」
「みんなは?」
あたりを見渡しても風先輩も樹も東郷も夏凛も友奈もいなかった。慌てて立ちあがろうとした俺の肩を銀は押さえる。俺の慌てっぷりに半ば銀は呆れていた。
「少しは自分の心配をしてくれよ。みんななら、ほら、あそこ」
銀が指差した方を見ると五人が仰向けになった状態で眠っていた。その姿を確認できただけで張り詰めていた緊張の糸がプツンと途切れるような感覚に陥る。
「俺なんかよりあっち見ててやれよ。園子は?」
「園子なら少し寝るって言ってさっきと同じ場所にいるよ」
銀は園子を放置してきたらしかった。せめて隣にいてやれよと思わないこともなかったが恐らく園子がこっちに行った方がいいとでも言ったのだろう。
俺は銀に肩を貸してもらって立ち上がった。比較的神器の中でもハイブリッドな『生太刀』を使ったからか身体への負担は少なくて済んだようだ。別に手を抜いたわけではない。そこだけは理解しておいて貰おう。
「悪い、銀。ちょっとだけ神樹の方連れてって欲しいんだ」
銀は理由を聞かず頷いてゆっくりと俺の歩調に合わせて歩き出した。歩いてみて、案外近くだったことに俺は驚いた。本当に間一髪だったらしい。
神樹へと近づいた俺は不敬であると知りながらも神樹に手を触れた。
「奪ったからにはどっかのタイミングで責任持って返してやれよ」
すると神樹はほんの少しだけ光を強め、既に返したと言わんばかりに樹海化を解いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから数日が経った。
勇者の満開の後遺症は日に日にではあるが改善されつつあった。それこそ日常生活を取り戻せる程度には。だが、一人を除いて。
俺は一人で友奈の病室を訪れていた。自分の身体の検査のついでだということもあり都合が良かったからだ。
ノックをして扉を開けると既に中には東郷がいた。
「邪魔だったか?」
「いえ、そんなことないわ。大丈夫よ」
東郷が頷いたのを見てから病室に入り手頃な椅子に座る。
友奈は何をするでもなく、ただボーッとどこか一点を見つめていた。そもそも意識があるのかすらわからない。目からは光が失われている。
「お節介かもしれないけど、あまり自分を責めるなよ」
東郷は黙って口を引き結んでしまった。余計なことを言ったかもしれないと少しだけ後悔。
再度友奈に目を向ける。俺は心の中で友奈に問いかけた。こういう時、友奈ならどう声をかけるのか、と。もちろん答えなんて返ってはこない。
東郷はずっと心配そうに友奈を見ている。俺はいつかどこかでまた東郷の心が擦り切れてしまうのではないかと心配になった。
「いつからここに?」
「学校が終わってからすぐに」
かれこれ2時間近くこうしてるらしかった。また会話が途切れ、病室内は静寂に包まれる。俺はこの空気にか、それとも東郷の様子にかわからないが耐えきれなくなり東郷に提案した。
「ちょっとだけ外出ないか?」
そんな俺の提案に東郷は小さく頷いた。
外に出たのはいいが、東郷の足はまだ完全には治っておらず歩くこと自体厳しいため病院の庭にあるベンチに腰掛けた。
「とりあえず良かったな。足、治りそうで」
これまた小さく東郷は頷くだけだった。
うん。やっぱり俺は会話は下手くそだ。気の利いた言葉の一つや二つ出ていいものなのに一切思い浮かばない。
どうしたものかと悩んでいると唐突に東郷が口を開いた。
「晴哉くんは、何かを失った時どうしてたの?」
それは酷く重たい話題だったが答える義務があるように思えた。
「ただ待ち続けたよ。それしかできることがなかったからな」
須美を失った後、俺は思い返せば今の東郷のようになっていた気がする。その後なんとか銀のお陰で持ち直し、色々大赦に潜り込むなどして情報を集めた。それでもダメで、ただひたすらに待ち続けた。
少し東郷は悩んだ後再度口を開いた。
「ねえ、兄さん」
「……………は?」
「私、何ができるかな」
俺はその日、結局ろくなアドバイスも出来ずに東郷と別れたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「と言うことがあってだな」
今日は学校も休みで俺と銀は大橋に戻り、園子のリハビリの手伝いをしていた。満開の後遺症が回復し出したのは園子も例外ではなかった。俺は嬉々として先日あったことを二人に話した。
「ハルヤの気持ち悪い顔久しぶりに見たかも」
「ダメだよみのさん。そんなこと言ったら。それくらい嬉しかったんだよね。そうだよね?ハルスケ」
銀に言われそんなに気持ち悪い顔をしていただろうかと顔を引っ張った。ただ痛みが走るだけで自分がどんな顔をしているかなんてわからない。普通に考えて当たり前だった。
「けど鷲尾須美には戻らないんだろ?」
「そりゃ元が東郷家の出身だからな。それでも少しでも記憶が戻ってくれて俺は嬉しいんだよ」
俺は泣く真似をした。銀の顔が引き攣ってるのを見てすぐにやめた。園子は笑顔でずっとリハビリ用のボールをにぎにぎしている。相変わらずあの辺りだけ空気がふわふわしていた。
「みのさんは、わっしーに嫉妬してるんだよね〜」
「ちょっ!園子!?」
「なんで須美に嫉妬なんか…。ついに姉に飽きて妹になりたいとか言い出すんじゃないだろうな」
銀は園子が握っていたボールを奪い俺に投げつけた。投げつけたボールは見事に俺の鼻頭に命中した。
「痛くはないけど、なんで俺ボール投げつけられたん?」
「知らない!今すぐ綾川に流されてそのまま海に出てって魚の餌にでもなっちゃえ馬鹿ハルヤ!」
なんだその独創的な罵倒は。俺はさらさら死ぬ気などないので漁船の網にでも引っ掛かって戻ってくると思う。多分。
銀は顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。
「ハルスケも、もうちょっとわかってあげなよ〜」
「いや、だから何を」
「みのさんの気持ち」
俺は少しだけ考えてみることにした。ここ最近の銀の言動その他諸々。
(………いや、ないないない)
「俺、男だよ?」
ここに来て益々意味のわからない質問をぶちかました。
「そう言うこともあるんよ〜。そう言うハルスケこそみのさんの事はどう思うの?」
「俺?俺はーーーーーー」
「たまには自分の気持ちに素直になってみるのも良いんじゃないかな〜」
園子に言われて少し考えてみる。確かに胸に熱い想いがあるのは間違いない。俺が路頭に迷いかけたあの日、かけてくれた言葉は俺を奮い立たせた。けどそれを俺が彼女に伝える事は果たして許されるのかと言う考えが蓋をする。
園子はそんな俺の思いもお見通しだったのか、小さく笑って俺の背中を押す。
「9割は私のせいだから……。私が自分の矛盾した願いのためにした過ちだからハルスケは気にしなくて良いんだよ」
「……いや、やっぱりその件は俺が半分持つ。どちらかくたばるまでは半分は持ってあげるよ」
「でもそれでハルスケがその大事な想いを伝えないのは……」
「大丈夫。ちゃんと伝えてくるよ。結果はどうなってもね」
いつになったら勇者部のみんなに対するこの後ろめたさが消えるかは想像がつかない。それでもその後ろめたさを背負いながらも前に進むのが俺に課せられた任務なように思えた。
園子は嬉しそうな、申し訳なさそうな曖昧な表情を浮かべて手を振る。
「そう言う事なら早く行かないとね〜」
善は急げだよ〜と園子がふわふわとした声音で言う。
なんだかその言葉にそそのかされ俺は銀の向かったであろう場所へと行くことにした。
「悪い、園子。また来るわ」
「いってらっしゃい〜」
いやー、青春ですな〜。と園子の声が後ろから聞こえてくるがそれを無視して俺は駆け出した。
病室を飛び出し、走って追いかけると銀はいつぞやの神社の境内に座り込んでいた。銀は俺の姿を視認するや俺から目を逸らす。
「綾川行ってきたの?」
どこか不貞腐れた声音でわけのわからないことを聞いた。
「生憎、自ら飛び込んで瀬戸内海で流される趣味はないからな」
俺は銀の許可をもらうことなく隣に座る。多分聞いてたら一生座らせてもらえない気がした。
「ちゃんとお礼言わなくちゃな。ありがとう、本当に助かった」
今回のことは正直なところ銀に救われた面が大きかった。彼女がいなければ世界は救えても、俺は完全に終わっていたと思う。
「どういたしまして」
銀は俺の方を見ることなく言葉を交わした。それ以降、昂る想いだけが先走ってそれ以外の事が気づけば考えられなくなっていた。俺は激しく音立てる心臓を落ち着かせて銀に伝える。
「なぁ。銀。俺は銀のことをーーーーーー」
言い切る前に銀は顔を赤らめながら俺の方をここに来て初めて見た。俺はその見た事のない銀の表情に思わず面食らう。もうそれが答えのように思えてしまった。
「友達だったはずなんだけどなあ」
俺が言い切る前に銀が空を仰いで呟いた。銀の視線の先には僅かに1番星が煌めいており、沈みゆく夕陽は互いの頬の色を塗り直した。
「それってどう言う……」
察しの悪い俺な対して銀は再びむすっと頬を膨らませた。それから呆れたようにため息をついて、遠くに向けていた目線を近くの俺に戻した。
「アタシもハルヤと同じ。これ以上言わせたらこの話は無かった事にするんだから」
「え、えぇ……」
人の勇気を何だと思っているのか。こちとら今にも心臓が口から飛び出しそうだと言うのに。
とやかく言う銀もずっとさっきから視線が定まっていない。お互いに動揺が目に見えていて、何だかそれはとてもおかしかった。思わず口元が綻ぶ。
「ハルヤはどうなの、アタシのこと」
上目遣いで言い寄られ、少しだけたじろいだ。それでも俺は正直に先程遮られてしまった秘めたる想いを伝えた。
「好きだよ。銀のこと」
場に沈黙が広がった。あれ、失敗したのかな。ただの痛いやつになってしまったのか?
「前もハルヤ、同じこといってるじゃん。信じられない」
記憶を辿ると確かにイネスであった日、そんなようなことを言っていた。あの時はからかってきた銀に反撃するつもりで言ったのだったか。
さて、どうすれば銀に信じて貰えるだろうか。と熟考する。
「アタシを信じさせてみてよ」
熟考する間も与えずに何か悪いことを思い浮かんだ時の顔をして、銀は目を閉じた。流石に色々と鈍感であった俺でも気づかないわけがなかった。迷った挙句、俺は意を決してーーーーーー。
銀は目を開けるなりジト目で俺をみた。
「ヘタレ」
「これが限界だ。許して」
そもそも中学生のくせになんてハードなことを要求してくるんだ。神器を使わなくても死ぬところだったぞ。
別に焦ることもないだろう。この先いくらでも絆を深める時間はあるのだから。
(色々と万事解決して、あとは、友奈だけか……)
「ハルヤ、今別の女のこと考えたでしょ」
「待て、友奈のことだから許容範囲だろ」
「わかってるって。今の言ってみたかった言葉ランキング堂々の35位」
「上位なのか下位なのかいまいちわかんないな」
とりあえず急に出て行ってしまったことを謝るため、一度園子のもとへ戻ることにした。
「お熱いですな〜」
戻るなり園子に揶揄われた銀は二度と来ないと言ってまた出て行ってしまった。多分明日くらいに来てそうだ。
「行かなくていいの?」
「んー、今日は園子の方を優先するよ。話したい事沢山あるしな」
「おっと〜?お説教タイム〜?」
「もう十分偉そうなこと言ったからもう言うことなんて一つもないよ」
俺は園子に肩を貸して車椅子に乗せた。リハビリも長いことやればいいと言うわけではない。
「あ、」
「どうしたの?ハルスケ」
「片手でどうやって車椅子押せばいいんだ」
左手の義手は壁の崩落に巻き込まれた際、壊れてしまい、今は代わりのものを探すのもめんどくさく、そのままで放置してある。お陰で片手のみの微妙に不便な生活を送っている。
俺は近くにいた大赦職員に声をかけて、園子を部屋まで送ってもらうことにした。部屋に戻ると園子は大赦職員の手によって再度ベッドに寝かせられる。
「ふー、久しぶりに生身の身体で動いたから疲れたよ」
「割りかし重たい内容なの少しは気にしてくれ」
俺は近くにあった椅子を持ってきて、腰を下ろした。
「ハルスケ、別に義手くらいなら取り出せるんじゃないの?過去にあった遺物って状態なわけだし」
確かに園子のいう通りではあるが、俺はもうあの力は使わないと決めた。勇者システムも大赦へと返還するつもりだ。既に友奈や東郷たちの勇者システムも大赦によって回収されている。俺の場合は守り人という立場であるためにまだ何が起きるかわからないという理由で暫くの間は所有権は俺にあった。だが、もう何かが起こる動きは見られない。そろそろいいんじゃないだろうか。
再び察しのいい園子様。ありがたい事に優しい言葉をかけてくれた。
「そっか、お疲れ様。ハルスケ」
「どこかの誰かさんのせいで身体もボロッカスだからな」
「あはは〜、もうあのことは水に流してよ〜。ごめんね。でも、私としてはあれだけの事をしたのにハルスケが私の事を許すのも不思議なんだよね〜」
「……許してはいないよ。ただ、まあ。俺がこの世界において異質な存在なのは事実だし仕方ないで済ませてるだけだ」
特段園子に何か言うのもおかしな話なので俺も苦笑いする程度に済ませておいた。
「でも、使えちゃうんだよね?力自体は」
「その通りだけど、意識しなければ自然消滅してくれる…と思ってる」
希望的観測なので多分そうはならない。一生付き纏うものには変わりが無さそうだ。よっぽどの事が起きない限り。例えば須美がブラックホールになって空に浮かんでしまったりしたら流石に考える。そんなことないと思うけど。逆にあったら困る。
「もしかしたらハルスケはこの先も可能性を広げ続けるわけだ」
「大丈夫。園子が心配してるようなことは起こさないよ」
「うん。信頼してる」
「こ、言葉に説得力がない」
「は、ハルスケの意地悪〜」
頬を膨らませて拗ねる園子は不覚にも可愛いと思ってしまったことは黙っておくことにする。
「あとそうそう。これだけ渡しておこうかと思って」
園子のことだ。きっと心のどこかで讃州中学に通おうとしているのではないかと思った。だからこの入部届を渡しておくのも悪くはないだろう。
「身体がもとに戻って、元気になったら、少しだけでもいいから考えておいてくれ。ここなら、俺も園子も、今一度やり直せると思うから」
それに、せめて園子が失ってしまった大切な2年間の空白をあの場所なら埋められるはずだ。あの部活の人たちといれば楽しい。園子も気に入ってくれるはずだ。
園子はまだ震える手で入部届を受け取ってくれた。
「前向きに検討させてもらうよ。ありがとうね。ハルスケ」
「また来るよ。次はそうだな。前出来なかった将棋でもしようぜ」
俺はカバンを背負い直してから園子の病室を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから数日経っても友奈はまだ目を覚さなかった。
それでも文化祭の準備等は進めなければならないらしく、勇者部はもしもの事を考えざるを得なくなっていた。
「さて、今後のことなんだけど」
風先輩がどうしようかとみんなに尋ねる。その問いに真っ先に手を挙げたのは東郷だった。
「あの、友奈ちゃんの役、そのままにしておきたいです。私の足だって、記憶だって戻ってきてるんです」
「私もなんか、もう友奈がダメだって割り切りたくない」
夏凛も東郷の提案に賛成する。2人の意見に風先輩は頷いて同意を示した。
「晴哉はどう思う?」
「…何事も最悪の事態は想定しておくべきだとは思います」
「そうよね…。晴哉はそう言う思ったわ」
風先輩の中ではあらかじめ俺の解答の予想はついていたらしかった。
「でもーーーーーー」
「わかってるわよ。何年あんたの先輩やってると思ってるのよ」
「一年です」
「わあー、感動が台無しー」
俺だって友奈が駄目だと割り切った訳ではない。だが、もう友奈の魂はそこにはない。あれは言ってしまえば抜け殻だ。もう戻って来れないことも想定するべきだと俺は感じていた。東郷もその辺りは汲み取ってくれたのか俺の方を見て頷く。
つくづく最低な発言だが、人員はいる。代役はいざとなればなんとでもなる。だから今はーーーーーー。
「今は、お、お芝居の、れ、練習をしま、しょう。友奈さんなら、き、きっと」
樹がまだ上手く声を出せないながらも必死に部員全員へと訴えかけた。それは俺の言葉足らずな部分を補強してくれてもいた。
樹の一声で勇者部の方針は固まったのだった。
「なあ、東郷」
一旦話がまとまり、各々が作業に取り掛かる。その中で俺は友奈が入院している病院へと東郷が向かう前にある提案をした。
「劇の台本。読んであげたらどうだ?」
前、何のアドバイスもできなかった代わりと言ってはなんだが一応思いついたので伝えておくことにした。
「奇遇ね。もう私もそれは思いついているわ」
東郷の手には既に台本が握られていた。
「余計なお世話だったな。悪かった」
「大丈夫。ありがとう。それと、これからは無理に私のこと東郷って呼ばなくてもいいわよ」
突然の申し出に俺は首をかしげた。
「いつも晴哉くん、私のこと呼ぶ時どこか苦しそうだから」
そんな風に見えていたなら申し訳ない。確かに最初の頃は苦しかったが今はそんなことはないと思っていただけに余計申し訳なく感じた。
「それじゃあ、須美。友奈のこと任せた」
東郷は、いや、俺の中では須美が頷いて俺に背を向けて友奈の下へと向かって行った。
「さてと、準備しますかね。何かまだ必要だったっけな……」
俺は文化祭の道具に必要なものを思い出しながら反対方向の部室へと戻っていった。
須美と別れたあと、俺は銀に手伝ってもらいながら多少未完成だった小道具の類を完成へと導いていた。
「あとはこの木?みたいなのを作ればいいんだよね?」
「木みたいなのじゃなくて木なんだが」
心配になり少し遠めに見てみたが紛れもなく木だった。不安になるような事を言わないでほしかった。
「ハルヤ、何も役ないんだっけ」
「最悪、魔王の優秀な部下的な存在で出てもよかったんだけどな」
「似合わな」
「失礼な」
指に釘でも打ち込んでやろうかと思ったがあまりにも野蛮すぎた。それと残酷すぎる。
「そういやハルヤ、みんなに言わなくていいの?あのこと」
あのこととは俺と銀のことだろうか。
「そのうちバレるだろ。どうせ銀がボロ出すに決まってる」
「アタシ!?アタシがそんなヘマをするはずがないね」
「ほな俺か……」
「認めるんかい。気まずい雰囲気にならないかな」
「その時はその時だろ」
というか、銀は知らないかも知れないが、おそらく風先輩はもう気づいていると思うぞ。さっきこっちに向かって親指立ててたし。
考えたところで意味はない問いにそう時間を使ってもいられない。俺は再度手を動かす。
「とにかく先にこっち済ませちゃおうぜ」
「それもそうだね」
そういえば銀は何かしらの役貰ってたっけか。チラッと見るとそんな事無さそうだった。
確かに小学六年生の頃にやった一年生の子とのレクリエーションでも、国防仮面になってなかったし、もしかしたらこの類のことが苦手なのかも知れない。今になって銀のそう言う一面に気づいたのだった。
それからまたさらに数日後、回復した友奈は須美と共に何の連絡もなしに突然部室へと現れた。その時のみんなの喜びようは尋常ではなかった。少しだけ友奈のことが羨ましく感じたりもした。
それから友奈は文化祭を成功させるために必死に台詞を覚え、リハビリを行ったりした。
短く、早い時が流れ文化祭当日。俺は友奈と風先輩が壇上で演じている姿を見ていた。友奈の後ろ姿を見ながら、このことは奇跡に近いことだと感じていた。
最早友奈の魂は行方不明となっていたはずだ。それこそもう二度と戻って来れないほどに。劇は終わりへと近づいていた。まだもたつく足を踏ん張りながら友奈は劇を成功へと導いていく。しかし、最後の台詞を言った後に友奈は倒れてしまった。慌てて舞台裏にいたみんなが駆け寄る。そんな奇しくも仲間との友情を描いた物語に乗っ取ったこの姿勢に観客席から万雷の拍手が鳴り響く。
俺はみんなの輪には入らず、隣にいつからいたのかわからない、謎の鴉に目を奪われ話しかけた。
「お前か?」
友奈の魂を戻してくれたのは。
俺の短い問いにその鴉は答えることなく消えてしまった。
「答えてから帰れよ。けど、ありがとうな若葉」
何故自分がその名を知っていて、あの鴉をそう思ったのかはわからない。兎にも角にも、これで全て終わった。
俺は一人、気でも抜けたのか柱の影で座り込んだのだった。
さて、ここからは300年前の話をさせてもらおう。
ワタシが誰かだって?そんなのもうとっくの昔に知っているはずだが?
今から語るのはどんな記録にも、記憶にも残されていない、一人の人物の悲劇的で救いのない結末の物語。
準備はいいだろうか。では始めさせていただくとする。ある神に見そめられ、初代"守り人"となった少年の物語を。
これにて第二章終幕となります。かなりの量の謎を残して終わってしまったことお詫びします。文才のない己が憎い。
次からは第三章と言うことで待ちに待った、のわゆ編スタートです。
タイトルは鷲尾晴哉の章のままなのでお許しください。
それでは次回も是非お付き合いください。
ごめんなさい。幕間挟みます。
感想、あわよくば高評価よろしくお願いします(笑)