嘗て東郷美森は鷲尾須美と名乗っていた。二年ほど前になるが勇者のお役目中に満開を使った代償として足の機能と記憶を失った。
失ったものは大きく、大切な友達との記憶を失ったのは辛かった。それよりも自分のことを早くから名前で呼び、優しく接してくれた兄や母、父を忘れてしまったことに嘗てないほど後悔の念を抱いた。
きっと兄はこう言うのだろう。
「頑張った結果なんだから仕方ない」と。
それでも自分は自分を許せない。おまけに色々とさらに失う事を恐れた自分は壁まで破壊し、世界を破滅へと追いやりかけた。今は元気に活動しているが、自分を止めてくれた友奈も寝たきりとなってしまった。
大切な友達や家族を結果的に不幸へと導きかけた。そんな事をした自分でも兄は、鷲尾晴哉は私のことを許してくれるだろうか…。
「許してくれ須美」
東郷家にて、それはそれは見事な土下座だった。何をどうして晴哉は土下座なんてしているのか。原因の一端として友奈が挙げられる。
「違うんだ。俺は友奈に協力してもらって来月の銀の誕生日にあげるものを選んでただけなんだ」
必死の弁解が面白くて私は少し揶揄うように言う。ちょっと拗ねてみたりした。
「友奈ちゃんと二人でお出かけ…まだ友奈ちゃんが回復してから私は行ってないのに」
「須美が友奈のことが大好きなのはわかる。けど、さっきからいつ銃弾が飛んでくるかわからなくて怖いんだ。気づけば眉間を撃たれてさようならなんて展開望んでないからな」
晴哉は私が鷲尾須美としての記憶をある程度取り戻してからは少し私に対して饒舌になった気がする。今までは何処か遠慮がちだった。私は今の方が話も弾むから嫌いではない。寧ろ好ましい。それに晴哉の表情はかなり和らいだようにも感じる。
「他の級友に頼めばよかったのに」
「一応話すようになった人には聞いてみたさ。そしたらみんな口を揃えて『爆発』しろだの『地獄に堕ちろ』とか言われて頼みづらかった」
晴哉は苦笑いをしながら私が出したお茶を飲んで乾いた唇を潤わせた。
私も釣られてお茶を口に含んだ。我ながら今日のお茶は上手く淹れられたと思う。口に含んだお茶を飲み込んでから会話を再開させる。
「だって銀、こっちに来てから男子生徒に人気だもの。それを何処ぞの馬の骨が掻っ攫っていったんだから無理もないわ」
「須美、もう少し優しい表現をしてくれると俺も救れる。…何処ぞの馬の骨って…」
晴哉はガックリと肩を落とした。よっぽどショックだったみたいだ。だけど直ぐに振り切ったようで顔を上げた。
「そういや銀ってそんなに人気だったん?」
「転校当初から兄さん、銀の連絡先教えてくれって囲まれてたじゃない」
「んなこともあったなあ。そう考えると銀、よく俺なんかと…」
晴哉の理論で行けば自分なんかよりもっといっぱい、いい人はいるのだから何故自分が選ばれたのかわからないとのことだった。
こう言うように誰かに好意を寄せられる事に対して、何故自分なのかと晴哉は自信を持てないらしい。
「私も兄さんの何処がいいか昔からわからないわ。強いて言うなら少し馬鹿そうなところかしら」
「追い討ちかけるのやめてくれ。というより須美の中での俺の評価が予想以上に酷くてお兄ちゃん泣きそう」
以前も似たような会話をしたことがあるように感じる。こう思うと言うことは多分実際あったのだろう。まだ私が思い出せていないだけで、こう言った会話を何度も何度もしたはずだ。
「ちなみに聞くけど、今は須美色が強いのか東郷色が強いのかどっちなんだ?」
言われてみれば確かに今の自分は少々東郷美森から離れているように感じる。きっと晴哉と話す時は鷲尾須美としての色が濃くなるのだろう。二重人格みたいで少しだけ面白くなった。
「なんか二重人格みたいだな」
晴哉も同じことを思ったのか、軽く笑う。
「私としては今の自分の方が好きかもしれないわ」
「昔のお前、頭硬かったし、一つの考えに固まったらそれに向かって一直線って感じだったからな。あと結構表情が柔らかくなった」
「どれもこれも友奈ちゃんのお陰ね」
「さっきの話に無理矢理戻そうとしてませんよね?」
身体が硬直する晴哉を見て、私は笑うのだった。そんな時呼び鈴が鳴った。それと同時に外から友奈の声が聞こえてくる。
「おーい、東郷さーん!遊びに来たよー!」
その声を聞いて晴哉の表情は絶望に染まった。何を想像したのか知らないが私とて例え血が繋がってなかったとしても家族であった人を痛めつける趣味はない。せめてやるとしても尋問かそこら辺までだ。
「俺帰った方がいい?」
私はそれを笑顔で止めた。
「証人尋問の時間よ?」
「公平性を欠いた裁判が始まりそうだよ…」
大人しく晴哉はその場に座り直したのだった。それは微かに被告人席の様相を呈していた。
「安心していいよ東郷さん!晴哉くんとは一緒に銀ちゃんの誕生日プレゼントの買い物に行っただけだから!」
「友奈ちゃんがそう言うなら仕方ないわね」
さっきまでの俺の必死の弁解はなんだったんだろうか。
この先、須美を怒らせたら友奈を呼ぼう。東郷が危ないとか適当な理由をつければ直ぐに飛んできてくれそうではある。
「二人で遊ぼうと思ってるなら俺帰るけど」
「ううん。今日は私が帰るよ。東郷さんも晴哉くんと話したいこといっぱいあると思うし!」
友奈が気を遣って、まだ来たばかりだというのに早々に帰宅してしまった。隣なので直ぐ会おうと思えば会えるのだろうけど申し訳なくなる。
友奈は「家族は大切だからね!」と言ってから東郷に手を振って自宅に戻って行った。
「友奈、気づいてたのか?」
「大橋の方でそのっちに会ったときに伝えられたわ」
「なるほど、あの時か」
園子はあの時、この事まで伝えていたらしい。何処から何処まで話したかは知らないが家族であったという事実は知られていたようだ。
「須美、それどんな気持ちで聞いてたんだよ」
「……ごめんなさい」
「え、なにが!?」
「その時私、あのなよなよした男の子が私の兄だった事に衝撃を受けてしまったの」
「俺、そんな?」
「えぇ。いっつも自信なさげね。あ、でも時折しゃっきりする場面はあったわね」
「もしかしたら唯一の長所かもしれないから聞いておくよ」
「兄さん、誰かの危機を救う時はかっこいいと思うわ」
「そりゃどうも。園子の事もちゃんと思い出したんだな。よかった」
「まだ完全ではないけど、思い出しつつある状況かしら。銀とそのっちの記憶はちゃんと最後まで思い出すわ」
須美はグッと胸の前で握り拳を作った。
「協力できるなら協力するから言ってくれよ」
「そうね。気が向いたらお願いするかもしれないわ」
「気が向かなくても頼んでくれていいんだが」
お互いに笑い合ってひと段落すると、一度会話も止まり、時計の秒針の音だけが室内に響いた。この静寂が俺は嫌いじゃない。須美は知らないけど。
なんとなしに部屋の中を見る。いかにも和風といった感じの作りに須美らしさを感じる。ふと机の上を見ると、あまりにも物騒なものが置いてありついつい須美に確認した。
「あれって短刀だよな。切腹とかその類で使う」
「そうね。流石兄さん。よく知ってるわ」
圧倒的存在感を放つヤツを見て俺自身一体何を気になったのか使用用途を聞いてしまった。
「いや、ちょっと待て、お前あんな短刀出して何しようとしてたんだ」
須美は少しバツが悪そうにして、言おうか迷った挙句白状した。
「腹を切って詫びようかと…」
「斜め上にお前は飛びすぎだ」
何に詫びようとしたかは想像がついたのであえて追求しないでおいた。その方が本人もいいだろう。というより時代錯誤にも程がある気がする。きっと世紀末でも終末世界でもそんな謝り方しない。
「あんな短刀何処で売ってたんだよ」
「鍛治の店に行けば作ってもらえるわよ?包丁みたいなものね」
「まさかのオーダーメイド…」
謎の凝り性発揮に俺は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
「まあ、昔から須美は凝り性だったしな」
未だに大橋の実家には辞書ほどの厚さを誇る遠足のしおりが鎮座しているはず。今度あちらに戻った時持ってこよう。
そう言えばあの時、園子は四人の顔を模したてるてる坊主を本当に作ったのだろうか。色々と思い出すとキリがないくらいに知りたくなって来た。
「そう言えば兄さんは今日どうしてここに来たの?」
「理由ないとだめ?」
「意地悪な質問ね」
「な。性格の悪さが滲み出てるよ」
「自分のことじゃない」
「ですね。まあ、理由はちゃんとあるんだ」
須美に聞かれてようやく本来の目的を思い出した。出会って早々、須美に土下座していたものだから完全に忘れていた。
カバンの中を漁ってクリアファイルを一つ取り出す。その中には一枚の手紙が入っている。
「これ渡しとく。気が向いたら読んでくれ」
「手紙?気が向かなくても読むわよ。鷲尾…え?」
「母さんと父さんからだ。あと使用人さんも少々」
須美に渡したのは内容だけざっくり説明すると「いつでも帰ってこい」というものだ。記憶を取り戻しつつあると話した時の両親の喜びようはすごかった。自分達の下へは帰って来ないと知りながらも祝福した。
だけど、どうにかして連絡をとりたい。そこで使用人さんの提案で手紙を書いてもらったというわけだ。
「今度会いに行ってみようかしら」
既にこの一瞬で読み終えた須美は嬉しそうに微笑んで再度手紙を見つめていた。そんな須美を見ているとこちらも嬉しくなる。
「その時は一緒に行くから言ってくれ」
「一人で行けるから大丈夫よ。心配しなくても」
「単純に俺がホームシックなだけだ」
「そう。なら仕方ないわね」
こうして来週の週末に須美と大橋へと戻る事になったのだった。
朝の内に讃州市を出て、お昼頃には大橋市へと着き、晴哉と共に自分の家以上に大きな門をくぐり敷地内に足を踏み入れた。
それだけで懐かしい感覚にとらわれる。こんな場所もあったなと、思い出すことが楽しかった。
「ここで護摩業してたの覚えてるか?」
晴哉に言われ私は自分の記憶を探る。まだその記憶は思い出せていないようだ。ここにいれば直ぐに思い出せそうな気がした。
「園子の机にラブレターが入ってた時だな。で、家に帰って須美のところにも似たようなやつが来て…って感じだ」
「なるほどそれを私は恋文と勘違いしたのね。今ではあり得ないわ」
「そりゃお前友奈しか見えてないからな」
当たり前だ。仮に友奈に恋文でも来るようなら全力で対処する所存でいる。そもそもそんな事をまずさせないが。
庭をぐるっと回ってから私と晴哉は玄関へと足を踏み入れた。
「ただいま戻りました。…って、あれ?誰もいない?須美、悪い。ちょっと待っててくれ」
晴哉が一人奥へと行ってしまった。もしかして連絡を入れてなかったのか。でもそれは晴哉の様子を見るとそんな事ないように思える。
それから一人立って待っていると急に後ろの扉が音を立てて開いた。
振り返ると夫婦と思わしき男女が私のことを見て固まっている。
「須美、か?」
しばらくの沈黙の後、男性の方が口を開いた。
私はその様子が少しだけおかしくて笑いそうになるのを堪える。そしてずっと言いたかった言葉を…私は紡ぐ。
「ただいま戻りました。お母様。お父様」
私はその一言と同時に、もう1人の母親と父親に強く。強く抱きしめられたのだった。
感動の再会を果たした須美と両親は居間で何か話し込んでいるようだった。あまり邪魔するのも悪いかと思い、須美の真似事で俺はお茶を淹れて見ることにした。
「片腕なのも不便だな」
園子のお陰で義手があったので生活には困らなかったがいざ片手になって見るとやはり生活が大変になったように感じる。
園子はお詫びに新しいのを作るといってくれたが流石に申し訳なく思い断った。
淹れたお茶を自分で少し飲んでみる。前、東郷家で須美が淹れてくれたお茶には程遠かった。
「何が違うのやら…」
独り言をぶつくさ言いながら俺はお盆に湯呑みを置き、片手でそれを運んだ。バランス感覚が試されている感じで面白かった。
何事もなく居間の三人のいる場所に辿り着き、机に置くことに成功した。謎の達成感に打ち震える。我ながら意味がわからない。
「すまないな。晴哉」
「いえいえ、お楽しみのご様子なので」
父親のお礼に冗談めかして答える。ここで少しだけ母親が首をかしげた。
「晴哉、前より少し柔らかくなったかしら」
「身体は硬いままなんだけど」
生憎長座体前屈は苦手だ。足の筋肉の筋とか普通に切れそうで怖い。
一時、柔軟をしていたことはあったがすぐにやめた。人間、合う合わないがあるのだとかなり思い知った気がする。
「兄さん、多分違うわよ」
須美の一言で母親は笑いが堪え切れなかったようで、それはもうお上品にお笑いになられた。
「表情の話よ。前……。夏休みかしら。帰って来た時は酷い顔してたから心配だったのよ」
「そんなに違うかな?」
自分の顔などまじまじと見ることはないのでわからないが、重たかったものが一気に取れたのは確かだった。
唐突に父親が俺の腕を見ておかしい事に気がついたのか、何があったのかを俺に聞いた。
「それより乃木家からいただいた片腕はどうしたんだ。壊れたとは聞いたが、乱暴に扱いでもしたのか?」
他人様からいただいたものを壊したことを多少、父親は怒っているように感じる。厳格な父親からすればそれは許されざる行為なのかもしれない。
そう言えば以前小さい時、一度だけ怒られたことがあったがその時も使用人さんから貰ったものを壊してしまった時だったか。
「あれは…なんというか、瓦礫の下敷きになった」
あまり須美の前では責任を押し付けるようで言いたくなかった。案の定、少しだけ須美の表情が暗くなる。父親も大赦の人間なら何があったかは把握しているはずだ。
「そうか。厳しい言い方をしてすまなかった」
何があったのかを察したのか申し訳なさそうな表情を浮かべ、理解を示してくれた。ほんの少しだけ沈んでしまった空気を元に戻すために別の話題を振った。
「そういや父さんも母さんも、須美の作った和食食べたいって言ってたよな」
これは以前から母親がぼやいていた事だ。
夏に帰って来た時、使用人さんの手伝いをしながら作ってみたが俺ではどうもあの味には辿り着かなかった。
「迷惑でなければ作ってくれないかな」
父親が須美へと頼み込んだ。須美は少し困ったかのか俺の方を向いて聞く。
「勝手に使ってしまってもいいのかしら」
「いいんじゃねえの?もう実質、須美がハイジャック済みなんだし」
俺が須美に頷くと、須美もやる気が出たのか早速準備に取り掛かるのだった。
私が腕に寄りをかけて作った料理は鷲尾夫妻、晴哉共に好評だった。
あまりにも美味しそうに食べてくれたので作った甲斐もあるというもの。片付けをしていると鷲尾家の使用人さんが手伝ってくれた。
私は手紙の事や、鷲尾家にいた時の事で礼を言ったりした。二人いる使用人さんはとても良い人だった。きっと鷲尾須美当時の私はとても幸せ者だったかもしれない。今も友奈ちゃんがいて、私は幸せだけど友奈ちゃんが私に与えてくれた優しさとはまた別の優しさを感じられる。
「今日はお泊まりになられるのですか?」
皿洗いをしながら使用人さんが尋ねてくる。
「いえ、今日は帰ります」
「そうですか。またいつでもいらっしゃってくださいね」
その言葉を聞くだけで私の心は温かいもので満たされた。嬉しくて私は大きく頷いた。使用人さんも嬉しそうに微笑むのだった。
「そうだ。お帰りになる前に久しぶりにご自身のお部屋、見ていかれたらどうですか?」
私はその提案に乗る事にした。片付けも早々に終わらせて、記憶を辿りながら部屋の前へとたどり着いた。乃木家のように広すぎるわけではないが、それでも東郷美森としてここを見るのは初見なので、少し迷ってしまった。
扉を開けると私がいなくなってからも内装はそのままなのか、東郷家の自室と同じような部屋が眼前に広がっている。名前や記憶を失おうと精神性は変わらないという少し面白い事を知った。
部屋の中をゆっくりと見ていたいものだが帰らなければならない。
また来ても良いとこの家の人たちは口を揃えて私に言ってくれた。ならそのご厚意に甘えるのもいいだろう。今日はもう満足だ。
隣の部屋から音がして、晴哉が出てきた。晴哉は私の様子が満足そうなのを見てから確認するように聞いた。
「帰るか?」
その言葉に私は頷いた。
「いつでも帰って来て構わないからね」
母親のその言葉に須美は深々と礼をしてから玄関をくぐった。
「晴哉も身体には気をつけて」
「母さんと父さんこそ。あと、ありがとう。須美のこと」
母親と父親は微笑んだ。
「当然よ。一時ではあったとしても親だもの。あとそうそう」
母親は何かを思い出したようにくすくすと笑う。その様子に俺はほんの少し嫌な予感がした。
「三ノ輪さんの家の銀ちゃん。折角お付き合いしてるのなら大切にしなさいよ」
俺は顔が引き攣った。外にいる須美が笑っているのが想像ついた。後で石の上で正座させてやる。
「ぜ、善処するよ」
「ふふ。頑張りなさいよ」
その言葉に背中を押され、俺は家を出ると、既に門の外に須美はいた。
俺は小走りで須美の背中に追いついた。
「暗くなる前に行くか」
「そうね。帰りましょうか」
「それと須美、あとで色々聞かせてもらうぞ」
「あら、なんのことかしら」
須美がとぼける様子がどこか面白くてついつい笑みが溢れる。それと対照的に須美は少しばかり表情に陰りがあった。
「どうかしたのか?」
「…なんであそこまで優しくて温かい人たちを私は忘れてしまったのかなって。それに危うく私は一時の気持ちの持ちようであの人たちを死に追いやるところだったと思うと、少し…」
「前も言ったけど、もう壁のことは気にするなよ。それに忘れてしまったことも仕方ないことなんだから。全部、須美が頑張った結果だったんだから誰も責めなかったんだしな」
俺はなんとか言葉を捻り出す。この言葉が須美に届いているかは俺にはわからない。だけど義理とは言え兄だった者として言いたい事は言えたように思える。それに須美が壁を壊そうと思ってしまったのは俺にも責任がある。満開のことを知りながらその事を伝えていなかったのだから。5割、いや6割7割は俺の責任だ。
「やっぱり優しすぎるわ。兄さんは」
「どうだろうな。単純に人間になりたかっただけなのかもしれないけど」
俺が冗談めかしていうと須美の表情は徐々に戻っていった。
「私も家族の中に神様がいるなんて思いもしなかったわ」
「俺だって未だに困惑してるからな」
『時量師神』という自覚はしたがやはり自分は人間だという気持ちの方が強い。
「そういや銀も俺がこの世ならざる者だったってこと知ってるよね?」
「兄さんが自身のことを告白したあの場にいたから知ってるはずよ」
そう考えるとあのお方、なかなかに器が大きい気がする。なんの抵抗感も示さなかったあたり感謝しなければならないと思った。
「銀、理屈とか気にしなさそうよね」
「だからこうして俺なんかと一緒に居てくれるんだから感謝しないとな」
「兄さんはもう少し自分に自信を持つべきよ。日本男子たるもの堂々としてないと」
「300年前以上の男性像持ち出されてもなあ…」
生憎、自分でもどうしてこうも自己評価が低いのかはわからない。誰か教えてくれよ。上を見上げて空に聞いてみる。
「答えたら怖いわ」
「また意味のわからないこと呟いてる兄さんの方が怖いわよ」
もう先程までの暗い雰囲気は完全に霧散していた。
そうだ。その方がいいに決まってる。須美には笑顔でいてもらいたい。これからも俺はきっと……。
「そうあれればいいな」
須美にもバレない程度に小さく呟いたのだった。
笑顔の君へ。もうしばらくだけ兄でいさせてくれ。