花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第二話 終末旅行

 幸斗が全てを失い、歩き始めてからかなりの時間が経っていた。今は高速道路の上を歩きながら移動している。標識があり道もまっすぐなためわかりやすいと考えたからだ。案の定、それは正しかった。

 この間幸斗は機械的な行動を取り続けた。敵が来たら斬って、敵が来たら斬って、その繰り返し。

 いつになったら四国に着くのか想像がつかないが今は歩くしかなかった。

 瑞樹を犠牲にして作り出した剣は鞘の中にしまい、腰の辺りに落ちていた紐を使って巻き付けてある。

 

「もう人権はないのに人剣は持ってるってね…ははっ」

 

 今思い返せばこんな訳の分からないことを言うくらいには頭が狂っていたのだろう。冷静を装っているだけで本当は最初から狂ってたのかもしれない。

 

「あ?」

 

 後方から何かのエンジン音が聞こえたのを、その耳は捉えた。

 音的に、間違いなくバイクではない。車?いや、トラック?バスか?

 幸斗は剣を鞘から出して構える。もしかしたら敵の声的なものの可能性もあったからだ。

 だが姿を現したのは紛れもなく人間の乗ったバスだった。

 幸斗の姿を確認したのかそのバスは急停車をした。というか目の前で。

 幸斗は途中まで止まろうとしないバスに戦々恐々とした。

 

「おい、誰だそんなところで突っ立ってる馬鹿は」

 

 幸斗が警戒心を強める中、バスから白衣を着た女性が出てきた。このバスの運転手だろうか。と幸斗は想像を膨らませる。

 

「久美子さん、どうしたんですか?」

 

 後を追うようにひょこっとバスの中から一人の女の子が顔を覗かせた。とりあえずこの風変わりな白衣の女性は久美子という名前なのはわかった。

 どうしたものかと迷っていると、女の子がバスから降りて幸斗の前に立った。物騒なことで手には古びた手甲が装備されている。幸斗も剣を持っているのでお互い様なのだが。

 

「友奈、コイツのことどう思う?」

 

 久美子が幸斗のことを疑いを込めた目で睨め付けた。なまじ迫力があり、幸斗は少しだけ後ろに下がった。

 

「どうって言われても…?」

 

 友奈と呼ばれた少女は幸斗のことをじーっと見た後、こてっと首をかしげた。結局判断できかねたようだった。

 

「何か話したらどうだ?」

 

 もしかしたらこの人には自分があの化け物に見えているのだろうか。

 

(だったらそんなのごめんだ)

 

 幸斗は人であることを示すためにとりあえず名乗ることにした。

 

「俺は不知火幸斗。修学旅行中のただの小学生です」

「不知火幸斗か。高速道路を一人で歩く催しでもあったのか?」

「なわけ」

 

 幸斗は何もしないし、何もできないことを示すために両手を挙げた。剣も鞘に戻す。

 久美子は幸斗の目を真っ直ぐ何かを観察するかのように見て、ニヤッと嫌な笑みを浮かべた。

 

「定員オーバーに近いが乗せてやる。面白そうだからな」

 

 それだけ言うと白衣を翻して、バスへと戻っていった。

 幸斗が展開についていけずポカーンとしていると友奈と呼ばれた少女が幸斗の方へと手を差し出した。

 

「私は高嶋友奈。よろしくね」

「ああ。よろしく」

 

 しかし幸斗はその差し出された手を取ることはせず、言葉だけを交わし、友奈の隣を通り過ぎてバスへと向かった。

 この時幸斗の中ではつい先程の光景がフラッシュバックしていた。

 手を握った瞬間、光の粒子へと変わってしまった親友の姿を。

 友奈の自分に対する印象は最悪だろうが、幸斗は人から差し出された善意に極度の抵抗が生まれていた。

 

「まずは明石海峡大橋を目指す」

 

 バスに乗り込むなり、久美子が今自分達がどこに向かっているのかを教えてくれた。

 

「任せます」

 

 幸斗はそれ以上何も言わず、指定された場所へと座る。

 他にも多くの人が乗っており、不躾な視線や興味深々といった視線を幸斗へとぶつけた。

 それが嫌になったのもあり、幸斗は目を閉じた。自分では分からなかったが心身共に疲労していたらしい。

 気づけば幸斗は意識を失っていた。

 

「あ、あの、不知火さん。不知火さん」

 

 誰かに声をかけられ、肩を叩かれたので目が覚めた。あれからどのくらいの時間が経ったのか分からない。

 幸斗を起こしたのは友奈でも久美子でもなく本当にどこにでもいそうな普通の女の子だった。

 

「起こしてしまってすみません。今ゆうちゃんがお手洗いに行ってるのでその間だけバスを守ってくれませんか?」

 

 幸斗はまだ微妙にだるい体を持ち上げて、少し動かしてからその女の子の方を向いて頷いた。

 

「ありがとうございます。それとボクは横手茉莉です。よろしくお願いします」

 

 横手茉莉と名乗った彼女は友奈や幸斗より歳が上ではあるが、友奈に比べて何処か陰があるように思えた。

 さながら自分も今はどんな顔をしているのか。窓で確認してみるとそれはそれは酷い顔をしている。特に目つきは完全に終わっていた。今一度体を伸ばした後、幸斗は茉莉と共に外へと出た。

 

「君まで出てくる必要はないと思うんだけど」

「ボクはあの白い幽霊みたいなのの位置がわかるので…」

 

 茉莉は自信なさげに下を俯いた。さらっとかなり重要なことを言ったような気がしたんだが。

 

「あれの居場所がわかるのか?」

「何というか赤い点が見えるんです。自分達の近くにあの白い幽霊みたいなのがいる時は特に鮮明に」

 

 なるほど、それを利用してここまで来たというわけか。

 この集団も彼女がいなければとっくの昔に壊滅していたということになる。

 

「でも、闘ってるのはゆうちゃんですよ。ボクは戦えないので見てることしかできないけど」

 

 茉莉はどこかまた申しわけなさそうにしているが、幸斗から見ればこの人の方がよっぽど自分よりマシに見えていた。

 幸斗はそっと腰の剣に触れた。そして思った。今の自分には何もできないと。幸斗は茉莉の横で戦う意志も示すことなく、ただひたすらに友奈の帰りを待ち続けた。

 

 友奈が戻ってきてから再びバスは四国へと向かって動き始めた。今は高速道路をおり、国道を沿って進んでいる。

 友奈も茉莉も疲れが溜まっていたのか寝てしまった。他の避難者も同様だ。

 自分も先程まで寝てしまっていたので今度は代わりにバスの護衛へと回ることにした。

 久美子は休憩しなくてもいいのだろうかと心配になって幸斗はついつい話しかけた。

 

「久美子さんは大丈夫なんですか?」

「何がだ?」

「寝たりせずにずっと運転してるようなので」

「特に問題はない。そういうお前こそ、やけに憔悴してるようだが?」

 

 久美子は視線を少しだけこちらにうつした。先程から感じていたことだが、この人とは何処か話しずらい。的確に人の心理を掴んでくるからか妙な違和感に襲われる。もしかしたらだが、もう既にこの人には自分がしたことがバレているのではないかとさへ思えた。

 

「こんな状況ですからね」

 

 捻り出した言葉は何の遜色もないただの現状確認に過ぎなかった。久美子もつまらないと感じたのか再び視線を前へと戻す。それが今の自分にはありがたかった。

 

「あの、すみません。そろそろ休憩を」

 

 二人の会話が途切れたのを見計らって医者を名乗る男性が休憩を求めた。周りの人の疲れが顕著だという。

 幸斗が改めて後ろを見ると黒服を着た、いかにも不良とかその類の人の三人組がイラついているのが見えた。他の人も同様に表情には出していないが、いつになったら着くのかという不安も入り混じり、不満が高まっているようにみえる。

 

「わかった。何処かの停まれる場所で停まろう」

 

 久美子がそう応じると医者はお礼を言って席へと戻っていった。幸斗は小声で久美子に聞いた。

 

「さっきも休憩して、またするんですか?」

「やつらの不満が爆発して暴動でも起こされては困るからな」

「なるほど」

 

 この件に関しては色々と難しそうだ。人の心理を見極めるのは相当難しい。こういう状況だと尚更だ。

 幸斗は近くに置いてある絆創膏や湿布、痛み止めなどの医療物品をなんとなく漁った。水も隣に置いてあり、その数はかなり少ない。薬も同様だった。

 

「そういうものも何処かで調達しなければならないからな。お前がそれに気づけるくらい聡明であって助かるよ」

「はあ…。お褒めに預かり光栄です」

 

 そうこうしているうちにバスは大阪府へと入った。先はまだ長そうだ。

 

 

 

 

 

 

 時折、あの白い化け物に遭遇しかけたり、道が破損していたり、通行止めになったりしていたため、迂回などとを繰り返しているうちに大阪を抜けて兵庫へと入っていた。

 比較的何故か大阪府はスムーズに事が進んだように見受けられる。

 再びバスは休憩を挟むことにした。もう途中から回数を数えるのはやめた。無駄なことだと思い知ったからだ。

 だがなんとか目的の明石海峡大橋には残りわずかな距離となっている。

 しかし物事がそう上手く行くわけがなく茉莉によって明石海峡大橋には化け物がいるとされた。

 避難者たちが悲観に暮れる中、休憩のためにお手洗いに行ったり、近くの廃墟と化したコンビニで食料や水を漁っている間に幸斗は一人バスの見張りをしていた。

 幸斗は一人になる時間が少しだけ欲しかったのかもしれない。幸斗は腰の剣を撫でながら大きくため息をついた。空は昼間のはずなのに帷が降りたように不気味な暗さをたたえ、こちらを見下ろしている。

 

「おい、ガキ」

 

 黄昏気味なところに幸斗は急に声をかけられて後ろを振り向いた。後ろから黒シャツを着た男とその取り巻きがその無駄に大きい図体を活かして圧をかけてくる。確かバスの後方に陣取っているガラの悪い人たちだったと幸斗は記憶している。

 正直、そこまで怖くはなかった。あの久美子の人を見透かしたような目の方がよっぽど幸斗には恐怖だった。

 

「なんですか?」

 

 幸斗は怯むことなく言葉を返す。子供だと侮っていたからか、少しだけ相手は面白くなさそうにした。気を取り直して黒シャツが話し出す。

 

「いつまで経っても明石海峡に着かないからよ。あの白い化け物がいるって理由だが本当にそうなのか?」

 

 そんなこと自分に聞かないで欲しかった。場所がわかるのはあの茉莉という年上の少女だけ。茉莉が化け物がいるというのだからいるに決まっている。

 リーダー格の男は幸斗が黙ったのを見るや否やその顔に嫌な笑みを貼り付けてろくでもないことを言い放った。

 

「だからよ。少し見に行こうと思ってな。お前も戦えるんだろ?腰に下げてる物がおもちゃには見えないからな。ちょっと付き合えよ」

 

 幸斗は一人を邪魔されたのと、その命令口調に少しだけ苛つきを感じた。その姿に嘗て数時間前までお人好しと呼ばれていた人物の面影はない。もう心は荒んでいた。だからこそ、次に自然と出てきた言葉は酷く磨がれた刃のようだった。

 

「死にたいならどうぞ。確かに俺は戦えますけど戦う気がないので。仲良く食われてきたらどうですか?滅多にないですよ。あんな化け物に食われる経験」

 

 まあ、食われたら死ぬんですけどね。と最後に付け加えた。やけくそ気味に喧嘩を売るような言葉を投げかける。案の定、短気そうな男たちは顔を真っ赤にして幸斗に殴りにかかった。幸斗には避ける気はなかった。殴られるならそれでいいとすら感じているからだ。

 だが、いつまで経っても幸斗が殴られることはなかった。

 

「子供の戯言に一々耳を貸してたら気が治らないだろ」

 

 久美子が幸斗を殴ろうとしていた男の腕をがっしりと掴んで止めている。

 

「そんなに見たいなら私が一緒に行こう。それならいいだろう?」

 

 男たちは不服そうに久美子の申し出を受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「お前たちまでくる必要なかったんだが」

 

 何故か幸斗は友奈に袖を引っ張られて久美子と男たちと共に茉莉が化け物がいると言っていた場所へときていた。そもそも友奈が行く必要もないはずなのに自ら名乗りを上げたのだから訳がわからない。

 茉莉は友奈のことを暗示ながらも強く引き止められなかったのか男たちに声を封じられていた。

 男たちの方も臆病なのか代表格の一人だけが同行している。

 数分歩いたところにトンネルがあった。だが、そのトンネルは途中から天井が崩落し、地上が見えるようになっていた。

 まだなんとか使えるGPSで場所を確認すると舞子トンネルと表記されており、住宅街の地下を通っているためか非常に浅い場所へと作られているようだった。

 化け物がやったのか、あるいは別の理由でトンネル坑道の真上の地盤が破壊されたのだろう。

 久美子が先頭に立ちスマホのライトで周囲を照らしながら進む。周囲にあの化け物の姿はない。あるのは瓦礫の山ばかり。

 久美子がその瓦礫を少し眺めたと思ったら、何の躊躇いもなく瓦礫の山を登っていった。

 

「どこ行くんですか!?」

 

 友奈が呼びかける。

 

「地上に出てみるんだ。この辺りにあの化け物は見えない。だが、横手茉莉の感知が当たっているとするならば……」

 

 瓦礫の山を足場にして地上を覗き込む。友奈も幸斗も久美子に続く。黒シャツの男も一人にされるのを嫌ったのか三人に続いた。覗き込むと交番や学校、奥には明石海峡大橋が既に見えていた。交番の近くには腕や足など、人だった物の残骸が散らばっている。その周りを化け物は獲物を探すように周回していた。

 幸斗はざっと数を数えてみる。目に見えるだけでも5体はいる。死角になっているところも含めるとさらに多そうだ。

 

「二人でやれるかな?」

「やるのは友奈、お前一人だけだぞ。俺は戦わない」

「え?」

 

 幸斗の発言に友奈は困惑したようだ。それもそうだろう。力になってくれると思ってここに連れてきたはずなのに、蓋を開けてみればこれだ。

 

「まずい、見つかった」

 

 久美子はすぐさま友奈の手を引いて、地上からトンネルへと戻る。幸斗も瓦礫の山から下へと飛び降りた。黒シャツの男もひぃっと情けない声を出しながら三人についてきた。走る速度は友奈の手を引いて走る久美子や、一端の少年の幸斗より男の方が圧倒的に早い。すぐに三人を追い抜いて走り去ってしまった。

 

「待ってくれ!」

 

先に行ってしまう。そう感じたからか久美子が黒シャツを呼び止めようとするが、彼は無視して行こうとする。

 

「頼む、待ってくれ!!」

 

 哀れに叫んで、久美子が男に追い縋る。

 無視して走っていく黒シャツ。

 幸斗は久美子のそれを演技だとすぐに察した。そして、その目的も。

 久美子はなんとか黒シャツに追いつき。

 

 黒シャツの襟を掴んで後ろへと引っ張った。

 

 『え』という表情をして男が仰向けに倒れ込む。既に後ろに化け物は追いついて来ていた。幸斗もこの男に目もくれず横を走り抜ける。目で助けてくれと懇願されるが助ける価値もない人間に力を貸す必要もない。

 だが友奈は違った。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 友奈が化け物へと拳を突き出す。友奈の拳を受けた化け物の体の一部が崩れるが、化け物の突進の勢いを殺しきれず、友奈は吹き飛ばされた。

地面を転がり、しかしすぐに立ち上がる。ダメージを食らったというのにまだ化け物は黒シャツ男を食らわんと再び向かう。

 動く気は幸斗にはなかった。だが、体は勝手に動いていた。男の前へと立ち塞がって、腰の鞘から剣を引き抜き、化け物へと剣を振り下ろした。

 

「はあっ!!」

 

 真っ二つとなった化け物は体が完全に崩れて空気中に散らばっていった。完全に消滅したのを確認してから剣をしまう。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 友奈が男へと駆け寄り、手を差し出した。男は不貞腐れたように目を逸らし友奈の手を取らずに立ち上がる。その様子を見ながら久美子が軽くため息をついた。幸斗は久美子に近づき、小声で話しかける。

 

「すみません。つい」

「本当だ。あと少しであの男を消せたのに」

 

 やはり幸斗が想像した通りのことを久美子はやろうとしていたらしい。

 確かに今後彼らは非常に邪魔な存在になるのは目に見えている。久美子は幸斗の到底12歳とは思えぬ面構えに花で笑う。

 

「まあ、いいだろう。この先あの男が害悪となった時、善良な高嶋友奈と横手茉莉がどうするか見てみたいからな」

 

 少女達や黒シャツの男を実験台かのような事を呟いたあと久美子は白衣を翻せ、背を向けバスへと戻っていった。

 それと最後に一言だけ言い残して。

 

「さて、お前はどっちかな」

 

 幸斗も次第にこの人の本質を理解しつつあった。小さくため息をつき、血を服で丁寧に拭っている友奈に声をかけた。

 

「大丈夫か?」

「うん!このくらい平気だよ!幸斗くんこそ、ありがとう。さっきの人守ってくれて」

「まずは自分の心配しろよ」

 

 幸斗は友奈に医療道具が詰め込まれていた場所を漁った際に手に入れておいた包帯を友奈に渡した。

 

「ありがとう。そうだ、幸斗くんは血出てたりしない?」

 

 友奈に言われ一応身体を確認してみる。傷口はなさそうだ。

 

「どうしてだ?」

「茉莉さん、血が苦手みたいで。だからなるべく気をつけてあげて欲しいな」

 

 茉莉はここに来るまでにも血を見たらしく、その際も呼吸が上手くできなくなったらしい。血に対する恐怖感が人並み以上に強いようだ。

 

「わかった。気をつける」

 

 幸斗は今一度血がどこからも出ていない事を確認し、バスへと戻った。妙な違和感を胸に抱えながら。

 

 それからまたどれだけの距離を進んだだろうか。

 明石海峡大橋にはトンネルが崩落していて道が通れない事を説明し、瀬戸大橋を目指すこととなったのだが、説明の際、茉莉のせいでもないのにひたすら茉莉が謝っていたのに幸斗は違和感を覚えていた。

 再び医者の進言で休憩することになった。

 一度外に出てから戻ってくると茉莉はリボンをつけた子に絵を描いてあげていた。それを見て声をかける。事実上、茉莉と会話するのはこれで二度目だった。

 

「茉莉さん、上手ですね」

 

 確か茉莉は地図も自分で書いていたような気がする。それを使い、化け物を避けて来たと友奈が自分のことのように誇らしげに言っていたのを思い出した。

 

「おねえちゃん、絵を描く人になるんだって」

 

 リボンをつけた子が目を輝かせて言う。

 

「いいと思いますよ。絵本でも描くんですか?」

 

 茉莉は少しだけ照れ臭そうにして頷いた。こういう時、人を笑顔にできる得意技というのはとても羨ましく感じる。

 幸斗は好きなことと言えば野球くらいだ。今となっては何の役にも立たないが。それに幸斗は壊滅的に絵が下手くそだった。瑞樹や瑠夏、光輝によく馬鹿にされたのを思い出す。胸の辺りに嫌なモヤが広がった。自分には過去を思い出す資格もないと言わんばかりに胸が締め付けられた。

 

「不知火さんは、何かしたいことあります?」

「普通に戻ったらって事ですか?」

 

 茉莉は頷いた。

 普通。普通か。もともと自分は非凡で何も持ち合わせていない。やりたい事と言えば『普通』の生活を送る事だった。だが、もう戻れない。この手は既に汚れ『普通』へと戻すことは許してくれないだろう。それ以上に幸斗の『普通』などとうの昔に崩壊している。ここ数年はその『普通』を取り繕っているだけに過ぎない。

 

「宝くじでも当てて世界一周ってのでどうですか?」

 

 今思いついた適当な事を苦し紛れに言ってみる。こんな当たり障りのない、いい加減な回答でも茉莉は笑ってくれた。そのおかげか緊張の漂っていた車内が僅かながらだが空気が弛緩する。

 だが、こうして空気が緩くなった時ほど、トラブルは起きるものだ。遠くから悲鳴が聞こえた。

 恐怖からリボンをつけた子が震える。それを茉莉は大丈夫だからと励ます。幸斗はすぐに手に納刀された剣を持つとバスの外へと向かった。

 

「ちょっと見てくる」

「ボクも行きます」

「いや、茉莉さんはやめておいたほうが……」

 

 茉莉を止める時間的余裕も無く、幸斗は車外へと飛び出した。

 

「茉莉さん、駄目!」

 

 先に外にいた友奈は茉莉を引き留める。だがそれも遅い。

 友奈の腕の中には怪我をして足から出血する女性がいた。

 それが視界に入った茉莉の心臓が大きく跳ねる。そして突然うずくまってしまった。幸斗はその茉莉の変貌っぷりに目を疑った。

 

「ぁああああ!ごめんなさい…ごめんなさい、う、ぁぁ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 茉莉はごめんなさいの一言をただひたすらに言い続け、目が虚になっていた。

 

「茉莉さん!しっかりして茉莉さん!」

 

 幸斗は茉莉に触れずに声をかけ続ける。それでも茉莉が落ち着くことはなく、声を聞きつけて助けに入った医者が来るまで幸斗は何もできなかった。

 

 

 

 それからバスの中へと茉莉を久美子に運んでもらい寝かせてもらった。ずっと寝ていなかった上に「血を見る」という苦手な行為によって体力を消耗したのだろう。茉莉は気絶するように眠っている。

 それでもバスは再び瀬戸大橋へと向かい始めた。

 

「何があったんだ?」

 

 久美子がハンドルを握りながら友奈に問う。

 

「茉莉さんが血を見てーーーー」

「それは知っている。茉莉が血が苦手なことも聞いたからな。私が聞いているのは私に出会う前に何があったかだ。あの怖がり方は尋常じゃない」

「茉莉さんは両親を目の前であの化け物に殺されたみたいで…私が行った時には虚な目のまま立ってました」

 

 幸斗は少しばかり茉莉に同情した。それは血の一つや二つ嫌になる。

 

「両親の死を目の当たりにしたってことが原因?」

「そうだな。その可能性が高い。それに茉莉は私に嘘をついた。あいつは私に両親のことなど話していない」

 

 久美子は友奈の問いに頷いた。頷いたあとチラリと幸斗の方を見る。

 

「幸斗。お前はどうなんだ?どうしてあんな場所をふらついていた」

 

 唐突に問われ、素直に話すべきなのか幸斗は迷った。自分に合った出来事を話して何かが変わるだろうか。あの地獄を一人生き残った。それは事実であり、もう変わることのない過去だ。言えば少しは楽になるだろうか。幸斗は迷いながらもその問いに答えた。

 

「一人逃げて来ただけですよ。それ以上でもそれ以下でもないです」

 

 結局、幸斗は友奈や茉莉、久美子から向けられる視線が変わることが怖かった。選んだのは軽蔑されないための誤魔化し。いつかはバレる嘘。

 

「そうか」

 

 久美子は短い反応だけを残してそれ以上幸斗には何も聞かなかった。友奈もそれで納得してくれたのか、はたまた元から幸斗になど全く興味がなかったのか久美子同様それ以上何も聞くことはしなかった。

 ふと思ったことを幸斗は久美子に尋ねた。

 

「久美子さん。普通ってなんだと思います?」

「どうしたんだ急に。そうだな。悪いが私にはその問いには答えられない。私は普通というものが嫌いだからな」

 

 この時、幸斗には久美子の表情が今のこの狂った世界を楽しんでいるように見えた。久美子の口角が上がり、僅かながら笑みをたたえている。

 

「さっきの事といい、怖い人ですね」

「お前の勘の良さは結構嫌いじゃない。早めに消したくはなるけどな」

 

 それは果たして本音なのか冗談なのか。それを考えることが楽しいと思ってしまった自分も今は狂人なのだろう。

 今一度窓に映った自分の顔を見る。その顔は微妙ではあるが、笑っているように見えた。

 

(気味が悪い。誰だ、この鏡に映る自分に似た誰かは……)

 

 幸斗は心の中で一人悪態を呟いて自分の顔を強めに殴ったのだった。

 

 

 

 

 再びバスは医者の男性の進言により休憩をとることとなった。

 この際、茶髪の女性と久美子で一悶着あった。止まるか、止まらずにそのまま瀬戸大橋を目指すのか。

 結論は現在休憩をするために止まっているので明らかだ。

 幸斗は茶髪の女性が不満そうな視線を久美子に向けていることに気がついた。黒シャツの男やその取り巻きも殺気までとは言わないが憎悪の視線を久美子へと向けていた。

 幸斗は眠たい目を擦って無理やり眠気を吹き飛ばした。自分が寝てしまえば友奈は休憩しようにもできなくなる。自分が化け物と接敵した際、寝不足で死ぬのは別に構わないが友奈が食いちぎられる瞬間など見たくもない。もう知り合いの死体を見るのは懲り懲りだ。

 幸斗は再度欠伸を噛み殺した。

 

「眠たそうだな」

 

 久美子には今の間抜けな動作を見られていたようだ。久美子はヒョイっと水の入ったペットボトルを投げて渡してくれた。久美子はペットボトルを四本ほど抱えている。このペットボトル何処から持ってきたのだろう。

 

「どうも」

 

 そんな事気にしても仕方ないと割り切り、少しだけ口の中に水を含んでから飲み込んだ。水が美味しいと思えるほど自分の喉は乾いていたらしい。そういえば先程、黒シャツの男達が出て行ったっきり、バスの中からは外に誰も出ようとしていないことに気がついた。

 

「久美子さん。俺たち以外に今、誰か外に出てますか?」

「あの黒シャツ共を除いたらゼロだな。疲れが溜まっているのか知らないが外に出るのが億劫みたいだ」

 

 二人で話していると友奈が外へと出てきた。少しだけ疲れが出ているように見受けられる。先程よりも何処か弱々しかった。それでも友奈は自分の感じたことを素直に伝えた。

 

「あの、少し違和感があって」

「違和感?まあいい。とりあえず飲め」

 

 久美子が友奈にペットボトルを渡す。友奈はそれを受け取ると少しずつ飲んでいった。

 

「で?違和感というのは?」

 

 友奈が飲み終えると久美子は再度友奈が感じた違和感を問い直した。

 

「みんな外に出るのを怖がってるんです」

「怖がっている?あの化け物がいるからか?」

 

 久美子の表情が何処か険しいものへと変わった。もしそれが本当だとしたら「疲れて億劫だから外に出ない」というのでは全く意味合いが変わってくる。

 幸斗はこのバスの同行者の本当の最初を知らない。だが、久美子の表情を見る限り間違いなく何かが進行している。自分達の知らないところで。

幸斗はバスの中へと戻る前に空を見上げた。

 

「そう言えばあの化け物、どこからきたんだ?」

 

 幸斗は最初、旅館が襲撃された際あの化け物たちがどこから出てきたのかをしっかりとは見ていなかった。地下というのも考えにくい。空気中からポンポン生まれてきたわけでもなかろう。消去法で、信じたくはないが空から降ってきたというのが正しいように感じた。

 もう一度空を見上げる。

 空からあの化け物が降ってくるところを想像した。

 ゾクリと背中に嫌な感覚が走る。これをバスの乗員も感じているというならばその理由も自ずと出て来るというもの。

 怖いのだ。空を見上げることが。というより、自分の付近に空というものが存在すること自体が恐怖の象徴となってしまっている。

 

「…この程度」

 

 この程度の恐怖、誰かを失うより遥かに軽い。復讐心に近い感情を抱きながら幸斗は嫌な感覚を押し殺し、バスへと戻った。

 

 それからまた半時間後にバスは停車した。今度は何のトラブルだ。水か。トイレか。それとも家の鍵か。どれも該当するはずもなく単純にガソリン切れのようだった。

 この時、幸斗は相変わらずバスの外で化け物が迫ってきていないかを見張っていた。友奈も疲れがまだ取れていなかったのか寝てしまい、茉莉も眠ってしまっていて斥候が機能しない以上見ている他に方法はない。腰の剣のつかに手を当てながら待機をしていると、幸斗を呼ぶ声が耳に飛び込んだ。

 

「幸斗ちょっと手伝ってくれ」

 

 久美子に呼ばれたようだ。新たな燃料を積み込む作業の手伝いをお願いされ、幸斗は久美子のもとへと走る。周りを見ると辺りには乗り捨てられた車が数台あるだけだった。

 二人で燃料補給をしていると、バスの中から茉莉が出てきた。

 

「もう大丈夫なんですか?」

 

 幸斗が聞くと、茉莉は小さく頷いた。

 

「まだ、気分は悪いですけど」

「とりあえずよかったです。無事なら」

 

 幸斗は安堵の息を吐いた。どうでもいいがこのバスの燃料はガソリンらしい。久美子は燃料補給をしながら茉莉に話した。

 

「人間のメンタルというものは予測できん。心理学や精神医学が研究の一大分野になってしまうのも仕方ないな。お前が両親の死について嘘をついたのも、どういう心理だったのかわからんしな」

「……ゆうちゃんから聞いたんですね」

 

 軽微だが空気がピリついた。茉莉は幸斗に会う前、久美子にどんな説明したのか。

 

「ああ、友奈はあまり話したくなさそうだったが、私が強く聞き出した。両親を目の前で殺されたんだって?」

 

 茉莉はもう隠せないと思ったのかぽつりぽつりと何があったのかを語り始める。

 

「あの白い化け物が現れた時…避難所を確認しに行くって言った時、夜だったからお父さんとお母さんに止められたんです。明日にしなさいって。お父さんたちが止めるのも当然でした。避難所に指定されていたのは家の近くの学校だったから、場所を確認しに行くまでもなかったし、奈良では他の地域ほど大きな災害は起こっていませんでしたから…。あんな夜中に出る必要なんてなかったんです。普通に考えればわかることなのに、あの時のボクは…どうかしてたんです」

 

 幸斗と久美子は燃料補給を続けながら、茉莉の話をきいていた。

 

「どうしてもと外に出ようとするボクに、父と母は根負けして、だったら自分たちも一緒に行こうって…三人で外に出ました」

「夜中に娘が勝手に出て行こうとするな。親もついて行こうとするだろうな。しかもその娘は、どう見ても正常な心理状態じゃなかったんだから」

 

 久美子の強い口調に茉莉は項垂れて、対照的に緩慢な口調で話を続ける。

 

「三人で外に出て…学校の近くに来た時…地震が起こって、あの化け物が現れました。化け物がボクの目の前で口を開けて…お父さんはボクとお母さんを逃すためにボクたちを突き飛ばしました。お父さんの身体は噛み砕かれて、悲鳴のような声をあげていました。あ母さんもお父さんを助けようとして、化け物に食われました。その時、両親の血をかぶって…。血を見るとどうしてもその時のことを思い出して…」

 

 茉莉は味わった恐怖を思い出しているのだろう。酷く声を震わせていた。

 

「結局、ボクだけが生き残りました。お父さんとお母さんは、ボクに付き添っただけだったのに…あの夜ボクが外に行こうなんて言わなければ、二人は死ななくて済んだかもしれないのに…ボクのせいで」

 

 茉莉が友奈と出会ったのはその直後なのだろう。幸斗は茉莉に対して何の慰めにもならないことを言った。

 

「こんなこと言うのはなんですけど、結論だけ言うと外に出ようが出まいが化け物には遭遇するんですよ」

「……」

「友奈のつけてる手甲。友奈が寝てる間に勝手につけてみたんですけど俺には何の力も湧きませんでした。あれは友奈限定でしかもそれを見つけたのは茉莉さんなんですよね」

 

 友奈にそのあと聞くと茉莉さんが見つけてくれたと言っていたので間違いはないはずだ。

 

「…はい…」

「…茉莉さんの両親が死んだから、あの武器を友奈に渡せた。そのおかげで今、こうして多くの人が生き残った。茉莉さんの両親の犠牲で大勢の人が救われたんです」

 

 自分で言っていて、どれだけ気持ちの悪いことを言っているのかと吐き気がする。自身のことを棚に上げ、言い訳をするかのように今まで以上に平気でこう言うことを言う自分が嫌いになった。

 

「でも…」

「納得できない、か?人間の命の重さを、単純に数で考える事はできないからな」

 

 久美子がこの話は終わりだと言わんばかりに割って入り、燃料補給を終えた。

 

「やっぱり…ボクが…ボクだけが、死ねばよかったんだ」

 

 そのぽつりと呟かれた茉莉の言葉は幸斗の心を大きく抉ったのだった。何故か。それはあまりにも自分に当てはまりすぎるものだったから。

 

 それからまたどれだけ経っただろう。日が昇らないので、最早時間感覚は崩壊していた。

 車内の空気が酷くよどんでいて居心地の悪さを感じた幸斗は相変わらず外にいた。

 

「眠い……」

 

 何日寝ていないのかすらわからない自分にはただ眠いと言う感情だけが残った。きっと目を閉じたらすぐにも寝てしまうだろう。

 頭もぼーっとするが近くに水道が壊れ、水が少しずつではあるが出しているところで顔を洗うとなんとかその場しのぎではあるが意識は回復した。

 顔を洗ってから戻ると何処かバスの中が騒がしかった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい」

 

 と言う茉莉の声が聞こえてくる。足を突っ込むべきだろうか。このまま外に出ていてほとぼりの冷めた時に何気なく戻れば何も言われずに済む。

だがどうしても先程の茉莉の「ボクが死ねばよかった」という言葉が幸斗の心をかき乱していた。

 

「どうかしてる…くそっ!」

 

 頭の後ろをガシガシと掻いてから幸斗はバスの中へと足を踏み込んだ。バスの中では数時間前に久美子と言い争っていた茶髪の女が「早くバスを出せ」と喚き散らかしている。

 

「何があったんだ?」

 

 近くで狼狽えていたる友奈に幸斗は小声で聞いた。

 

「女の子がいなくなっちゃって、茉莉さんが探すっていってそれから…」

「四国に全くつかないから痺れを切らしたってことか」

 

 バスの中を見渡すと先ほどまで茉莉に絵を描いてもらっていたリボンをつけた可愛らしい少女の姿が見当たらない。それだけで何事かの検討がついた。茶髪女にも少々ではあるが同情しよう。そりゃこの状況下でいつまでも安全地帯につかなければ心配にもなる。

 

「そこの君もそう思うでしょ!?」

 

 茶髪女に突然指をさされ同意を求められる。幸斗は状況把握ができていないのに頷くわけにもいかない。というフリをした。

 

「俺は何も知らないので懇切丁寧に状況を説明してくれて、それで利害関係が一致すれば同意しますよ」

 

 多分嫌な子供に見えるだろうな、と幸斗は感じていた。仮に自分が大人やそういう立場で今のようなことを言われたら苛つく自信しかない。

 茶髪女は大きく舌打ちをして幸斗のことなどもう忘れたかのように話を進めていく。

 

「多数決にしましょ!女の子を探すか、瀬戸大橋へと向かうか。女の子を助けたい人は席から立ってよ!ほら、早く!」

 

 残念なことに立ち上がる人は誰もいなかった。

 

「待ってください!」

 

 友奈がどんどんと勝手に進んでいく話を止めようと声を上げるが、それすらも意味をなさない。

 幸斗は小さくため息をついた。あまりでしゃばりたくはなかったが女の子を見捨てて四国へと向かうというのも目覚めが悪い。

 幸斗は少しだけ息を吸ってから声を張り上げた。

 

「貴方達、誰のおかげでここまで来れたかわかってるんですか?」

「何よ。あんたにはもう用なんてないの。早くバスを出せって言ってるの!見たでしょ?あの多数決を。あれがこのバスの総意なのよ」

「違うな。この場の総意はここまでバスを守り、傷つきながらも戦ってる友奈と茉莉さんだ。お前はとっくの昔に本来なら死んでるんだよ。そのくらい大人なら理解しろ。それでも納得できないのなら一人で進め」

 

 途中から敬語も忘れ、理論的に怪しいことを言うが頭に血が上った人間にまともな判断力なんてない。

 

「あんただって戦ってないでしょうが!何で命令されなきゃいけないのよ!!」

 

 幸斗は少しだけ笑いが込み上げた。

 

「戦ってない?ならそこの黒シャツさんに聞いてみろよ」

 

 黒シャツ男は少しだけバツの悪そうな顔をする。幸斗は勝ちを確信した。

 

「でも、」

「そんなに死にたいならいつでも殺してやる」

 

 腰に括り付けてある剣に手を触れる。ざわざわとバスの中がざわめいた。これで茉莉や友奈に向いたヘイトはこちらに全て向くだろう。もとより誰かを殺すことなんてするつもりはない。

 この剣は人を生かすためのものだ。殺すためのものじゃない。人を殺した暁にはこの剣の糧となった瑞樹にどう顔向けすればいいのかわからない。

 幸斗は同行者に背を向けて、女の子を探すためにバスを再度降りた。

 茉莉と友奈、久美子の三人が続いて降りてくる。久美子が僅かに笑みを浮かべた。

 

「無茶したな。波風立てずにできたはずなのにわざと自身にヘイトを集めるようなことを言って注意を茉莉や友奈から移した。見事な道化だったぞ」

「加勢してくれてもよかったんですが」

「あの方が面白そうだからな。お前は本当に小学生なのか疑いたくなる。あの場の支配の仕方といい、状況把握といい、つくづくお前は面白い」

 

 あんな風に人を陥れるようなこと褒められたものではないと思うのだが。幸斗に話終えると久美子は茉莉にあの化け物がどこにいるかを聞いていた。茉莉は怪訝そうな表情をしながらも情報を伝えていた。

 また久美子は何か危ないことでもしようとしてるのだろうか。

 それに関して特に深く考えることなく、幸斗はガソリンスタンド周辺を捜索し続けた。四人以外に自ら外に出ようとする人もいなかった。数分、友奈と共に歩いて探しているがどこにも見つからない。

 

「本当にどこ行ったんだ?あまり遠くには行ってないはずなのに」

「ルリちゃーん!どこにいるのー!いるなら返事してー!」

 

 友奈も必死に声をあげるが反応がない。

 そもそも幸斗はずっとバスの入り口が見える場所にずっといた。壊れていた水道もその近くだ。見逃すはずはない。可能性があるとすれば燃料補給の最中か。

 

「どれくらい前に出て行ったかわかるか?」

「ルリちゃんのお母さんの話だと数十分前みたい」

 

 友奈が再びガソリンスタンド裏の草むらに足を踏み入れると、すぐそこにルリちゃんとやらはいた。膝を抱え泣いていた。

 

 「灯台下暗しとはこの事か…」

 

 幸斗は謎の感動に体を震わせた。ことわざを正しいと思ったのは初めてだ。と謎の感動をよそに友奈はしゃがみ込んで視線を合わせた。

 

「戻ろうよ。ルリちゃん。みんな心配してる」

 

 ルリちゃんは泣き腫らした目で友奈を見る。

 

「帰れるの?」

「え」

 

 友奈はその一言に戸惑った。

 

「まだおばあちゃんが家にいるはずなの。お父さんは会社にいるはず。帰りたいよ。…早く帰りたいよお…」

 

 友奈はどうしていいかわからずにオロオロすることしかできないでいた。幸斗はなんとなくで頭を撫でた。きっと彼女は帰ろうとしたのだ。家のある奈良へと。家族がいるから。

 きっと思いやりの強い子なのだろう。と幸斗は思った。幸斗は少し言葉をキツくなってしまうのを承知で彼女を説得する。

 

「無謀だよ。歩いて帰ろうとするなんてな。でも、その勇気だけは凄いと思う。俺にはできない行動だよ。必ず帰れる日が来る。それまでは辛抱だな」

 

 彼女は少しだけ泣くと、腫れた目元を擦り「うん」と小さく頷いた。

 

「よし。戻るか」

 

 手を引いて立ち上がった瞬間、背中がゾクリと粟立った。嫌な汗が全身から噴き出す。

 

「友奈、今すぐバスまで走るぞ」

「え、うん」

 

 幸斗の様子を見てただ事ではないと判断した友奈も頷いてバスへと向かう。幸斗はルリの小さい体をなんとか抱えて全力で戻った。

 

「ゆうちゃん!不知火さん!よかった、ルリちゃんも無事で」

「それより茉莉さん。この辺り、あの化け物集まってたりしませんか?」

 

 幸斗と友奈が必死の形相で戻ってきて、なおかつ茉莉に詰め寄っている。それだけで何が起こっているのかを察したのか、茉莉も確認しようと目を閉じた。三人の様子がおかしいと気づいた久美子もこちらに近づいた。

 

「どうなんだ、茉莉」

 

 茉莉の肩が震えた。顔も絶望に染まっている。

 

「久美子さん、私たち囲まれてます…知らない間に…」

「長いこと休憩しすぎたか」

 

 久美子はこんな時でもやけに落ち着いていた。焦ってもおかしくないこの状況で。

 

「数は?」

「10体ほどですが、充分すぎる脅威です」

「で、どうするんだ?もちろんこのまま行けば私たちはジリ貧だが。あのバスを囮にすれば私たちでも逃げられーーーー」

「それは駄目です!絶対に!」

 

 久美子が全てを言い終わる前に友奈はその提案を全力で拒否した。彼女からすればその提案は絶対にしてはならないものだった。

 久美子も友奈の協力がなければ逃げられないことを理解しているからか、これ以上は何も言わなかった。

 幸斗は迷った末、これしかないと切り出した。

 

「俺が残ります。残って、あの化け物達の包囲してる一部を切り崩せば、バスが逃げる程度の時間は作れるはず」

 

 茉莉と友奈はその提案に面食らっていたが久美子だけは口角を吊り上げていた。

 

「それじゃあ不知火さんはどうなるんですか?」

「さあ。生き残ればマシなほうかと」

 

 幸斗は腰の剣を鞘から抜き出した。もう考えを曲げるつもりはないと言わんばかりだった。

 

「じゃあ、私も!」

 

 友奈も手甲を見せて戦う意志を見せるがそういうわけにもいかない。幸斗は友奈の手を軽く抑えた。

 

「この先バス守る人いなくなるだろ。それだとさっき言ったことに矛盾するから、大人しくバス乗って瀬戸大橋目指してくれ」

 

 友奈はまだ何かを言おうとしたが、幸斗の揺るがない気持ちに折れ、最後に一言「待ってるね」とだけ伝えバスへと戻って行った。

 

「早く行ってくれ。足手まといだ」

 

 幸斗はまだ外に残る茉莉に吐き捨てるように言う。彼女は彼女で「幸斗さんは不器用な人ですね」と微笑みを幸斗に向け、バスの中へと戻って行った。初めて名前で呼ばれことに気付かぬまま、幸斗は臨戦体制へと移る。

 茉莉も友奈も善良すぎる。下手なことを言えばまだこの場に留まろうとするだろう。こういう言い方をするしかないように思えた。それにどうして今の自分はこんなやり方しかできないのだろう。相手を傷つけるようなことを言って、何がしたいのか。幸斗は改めて自分の醜悪さに軽く戸惑った。

 最後に久美子だけがこの場に残った。

 

「お前といい友奈といい、どうしたらこんな奴が出来上がるのか私にはわからないよ」

 

 久美子は少し呆れ気味にリアクションを取って、背を向けた。幸斗はその背に向かって最後に話しかけた。

 

「久美子さん。最後に言っておきますけど、貴方の対極に位置するのは友奈じゃなくて茉莉さんですよ」

 

 幸斗は久美子が何に恐れ、憧れを抱いているかに気づいていた。久美子は最後にこちらを向いて少しだけまた口角を吊り上げる。

 

「私の本質まで見抜いているとは、末恐ろしいやつだな」

 

 それだけ言い残してバスへと戻っていった。その姿を見送り、幸斗は今一度覚悟を決めた。

 

「さてと…十体くらいならなんとかなりそうな気もするけどなあ…」

 

 今の幸斗は身体能力が向上しているのは確かだが、それでもあの化け物の集団を相手できるほど強くなったわけではない。

 

「無双ゲームの主人公並に動けたら良いのかね」

 

 自分もあれくらい強ければ格好でも付くだろうが生憎そんな力など持ち合わせてない。この勝負は一部の化け物さえ削れればそれで勝ちだ。とにかく目的はバスを逃すこと。かつ、瀬戸大橋側を目指せる道を開けること。運転する久美子もそれは理解しているはずだ。

 一緒にいたのはほんの少しの間だったが友奈と茉莉には会えてよかった。二人のことを深くは知ろうとしなかったが多少の信頼関係は気づけたように思えた。あの善良すぎる二人はこの先、久美子と衝突するだろうがそれでもなんとかなるだろう。

 別に久美子も悪い人ではないのだが。少しだけズレていると言うのが正しいように思える。

 幸斗は深呼吸をして武器を構えると、化け物がいるであろう方向へ全力で斬り込んだ。

 同時に久美子もバスのアクセルを目一杯に踏み込んだのだった。




やっぱり己の文才の無さが恨めしい。 
初めて書くのが難しいと感じました。お世辞にも今回の文は上手いとは言えないですが、次も頑張るので是非読んでくれると嬉しいです。
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