丸亀城に幸斗達が集められてはや3年が経とうとしている。
それは人類があの絶望的な状況に陥ってから長いのか短いのか、今の幸斗にはわからない。
まだ今のところ四国には神々の集合体。神樹のお陰で敵が来たことは一度たりともない。
幸斗は丸亀城に併設されている寮の庭で鍛錬用の木刀を振っていた。
もうかなり前に日課になったことだ。若葉に影響された、というのも少しはあるのだろう。それ以上に心に燻り続ける罪の意識がこうしている間は少しは和らぐというのも一つの理由となっている。
それに、早朝ということもあり、空気が澄んでいて幸斗はこの時間が好きだった。
「はあっ!」
最後に締めの一振りを気合を入れて行う。ブンッ!と空気を切る音に満足して幸斗は木刀を下ろした。幸斗はタオルで顔を拭いていると後ろに誰かがいるのに気づく。
「おはよ、ひなた。今日もお早いようで。若葉は?」
「幸斗さんも鍛錬お疲れ様です。若葉ちゃんならすぐ来ますよ」
幸斗個人としては若葉とひなたはセットという感覚でいるので二人一緒にいないと少し変な気分になるようになってしまっていた。
「すまない、ひなた。待たせてしまった」
ひなたに追いついた若葉は、朝だというのに凛とした表情でひなたの横に並び立った。
「相変わらずお似合いだな」
「嫌だ幸斗さん。お似合いだなんて」
いつもの反応に幸斗は安心感を覚えながら、二人に背を向けて自室に戻った。
昼になり、幸斗は腰に『瑞炎』を括り付けたまま、毎朝鍛錬している庭で何も考えずに街並みを眺めている。
『瑞炎』は幸斗が名付けた剣の名前だ。若葉の刀にも『生太刀』という名前があり、各自の武器にも名前がある。なら名前がないというのはあまりにも不憫だ。なので瑞樹から一字を貰い、剣の特徴を含めて『瑞炎』という名前にした。
「若葉とひなた、友奈とは上手くいってるんだが、他の三人がなかなか難しいんだよ。何か方法ないかな」
その言葉に反応するように少しだけ剣が熱を帯びた。『自分で考えろ』と言わんばかりだ。幸斗は苦笑いをしながら腰の剣を撫でる。ちなみにだが、あの心臓の付近にできた謎の痣はまだ健在だった。
昼休みも終わりに近い。身体を今一度上へと伸ばしてほぐしてから幸斗は丸亀城内へと戻ることにした。
丸亀城内の教室への道中、放送室の前を通ると若葉はまだ諏訪にいる勇者と通信をしているようだった。確か名前は白鳥歌野だったはず。
幸斗自身は一度も話したことはない。だから、どのような人物かはわからないが、結界が不十分な諏訪を三年間近く一人で支えているのだから恐ろしく戦闘面、精神面共に強いのだろう。
「俺はそうはなれないな」
幸斗は戦闘面はともかく、精神面は悪い方向でたがが外れている。自分がおかしい事には自覚があった。なので幸斗は自覚があり、それを治さない最もタチが悪い人間と成り果てている。
放送室も通り過ぎ、気づけば教室の前にいた。次の授業はなんだったかと思いながら扉を開けた。
「何処行ってたの?幸斗くん。急にいなくなっちゃったから驚いちゃった」
友奈が千景の隣に座った状態で幸斗に聞いた。千景はこちらに目もくれずゲーム画面に没頭している。
「外に行ってただけだよ」
二人に背を向けて一番端の席に座る。杏と球子は相変わらず仲がお宜しいようで、二人でイヤホンを共有して音楽を聴いている。
幸斗はまたぼーっと外を眺めていると段々と眠気に襲われ、やることもないのでその眠気に身を委ねた。
「授業開始三分前に爆睡する馬鹿が何処にいるんだ」
「言っとくが若葉。寝るのは生物学上重要な事だ、俺は一生物としてだな…」
幸斗はあの後、授業が終わるまでずっと寝ていたようでそれを今、若葉に咎められているという訳だ。というかそもそも気づいていたのなら起こしてくれても良かったのに。と幸斗は口と端を曲げる。
若葉は俺の屁理屈にもなっていない言葉を聞いて大きくため息をついてから自身の眉間を揉んだ。
「朝の鍛錬といい、努力する事は重要だ。だけど必要最低限のことをやれなければ、勇者として実戦に立った時に足下を救われてしまう。だからーーーー」
そのまま長々と幸斗への若葉のお説教は続いたのだった。
「酷い目にあった」
一人で廊下を歩きながら寮への道を戻る。今回のことは寝た自分にも非があるので何も言えないのだが。幸斗は欠伸を今一度噛み殺す。その際、視界の端に何かが映った。
「ん?」
廊下の端に一枚の紙が落ちている。好奇心に駆られ、幸斗はそれに近づいて紙を拾い上げた。
「しおり?」
実際に近くで見てみると紙なんかではなく、綺麗でありながらもかなり使い古されたしおりだった。幸斗はすぐに誰の持ち物なのかを理解した。
「けどなあ…出てきてくれるやろか」
最悪出てこなければ明日渡せばいい。そう割り切って持ち主のいるであろう場所へと向かった。
妙に緊張しながら部屋の扉をノックする。返事がしたあと、少し経ってから伊予島杏が部屋から出てきた。表情は少しだけ暗い。
「幸斗さん、珍しいですね。どうしたんですか?」
「これ、違う?」
幸斗は杏の目の前に先程見つけたしおりを差し出す。
それを見た杏の表情は安心したものへと変化した。恐る恐ると言った感じで幸斗の手からしおりを受け取った。
「このしおり、どこにあったんですか?」
「廊下に落ちてたよ。よく本読んでるからもしかしてと思って」
日常的に周りを見ておくことは重要だと痛感した。そもそもこの施設にいる人自体少ないので見つけ出すのは簡単のように思える。
「ありがとうございます幸斗さん」
小さいしおりを大切のそうに抱えて「それでは」と杏は扉の向こう側に消えていった。
その様子を見てある昼時の会話を幸斗は思い出した。
勇者たち全員で昼食を取っていた時うどんを食べながら球子はボヤいた。
「……毎日訓練訓練って、なんでタマたちがこんなことしなくちゃいけないんだろうーな」
「バーテックスに対抗できるのは勇者しかいないからな」
幸斗の一言に球子は大きくため息をついた。
「今は有事だ。自由が制限されるのは仕方ない」
若葉の追い討ちのような言葉にも球子は納得できなかったのか腕を組む。
「我々が努力しなければ、人類はバーテックスによって滅ぼされるんだ。
私たちが人類の矛にならなければーーーー」
「わかってる!わかってるけどさあ…」
球子は声を荒げると、すぐに俯いてぽつりと呟いた。
「……ごめん…」
「たまっち先輩…」
杏が球子の服の裾をそっと握り、彼女を見つめた。その目は不安に揺れている。場が沈黙する。幸斗自身、球子が何を言いたいのかは理解している。球子は不平を言っているわけではない。要するに不安なのだ。バーテックスとの戦闘には下手をすれば命に関わる。寧ろ死ぬ確率の方が高いかもしれない。
事実、幸斗自身それを体感している。奇跡的にここまで辿り着いたが本来ならあの日に死んでいてもおかしくはない。
それに、球子は杏が傷つくことを恐れているのだろう。それは杏を見る球子の表情で容易に想像がついた。戦闘訓練でも杏は控えめに言ってもこのメンバーの中では一番運動能力が低い。つまりはいざとなった時一番命を落とす確率が高い。そうならないために幸斗はいるはずであったが、幸斗自身、戦闘訓練の成績は若葉、友奈につぐ三番目だ。下手すれば球子にも負けそうな弱さである。『守り人』なんて呼ばれてはいるが期待なんて一切されていないのだろう。
こんな重苦しい沈黙を破ったのは友奈だった。
「ごちそうさま!今日も美味しかったー!」
汁まで飲み干して、満足そうに手を合わせると、異変を感じ取ったのか周りをキョトンとした表情で見回した。
「どうしたの?みんな深刻そうな顔して」
「友奈、さっきまでの話聞いてなかったのか?」
「えっと…ごめん幸斗くん。うどんが美味しすぎて、周りからみんなへの意識が飛んじゃった…」
その場にいる全員がため息をついた。
「なんでみんなため息つくの!?」
心外だと言わんばかりにみんなを見回して、
「私たちは強いし、みんなで頑張ればなんとかなるよ!」
笑顔でそう言ったのだった。
後半の回想はついでだとして、確かに球子が杏を心配したくなる気持ちは痛いほど理解できた。
彼女自身、自信がないというのか、なんと言えばいいのか。
杏は小さい頃から病弱でそれが原因で一年留年していたようだ。そのため、本来なら同学年であるはずなのに一つ下の学年という事になっている。それが自信の無さの理由なのかは知らないが。
ああやって本にのめり込むのも自分の日常というものを忘れないためなのかもしれない。と幸斗は感じた。
「……自信がないのは俺も同じか…」
才能も何もなく、努力が実ったことなど生まれたこの方一度もない。残るのは努力したという中身のない殻のみ。そればかり見せられてきたものだから何も期待しないようにしているのが不知火幸斗という人物の一側面だ。朝の鍛錬だって若葉のように強くなりたいと憧れてはいるがそれが何処かで身を結ぶなんて考えもしていない。
「ほんと、こっちに来てから自分の本性がどんどん炙り出されてる気分だよ」
幸斗は様々な入り乱れる感情を誤魔化すように首筋を軽く掻いてこの場を後にした。
日々は変わらなく続いた。
何事もなく、義務教育を受けつつ訓練をする。それぞれから不満や不安は出ることはあったが、大きな問題になることはなかった。
夕方、幸斗は今日はいつもと趣向を変え、丸亀城本丸から海を眺めていた。水平線の向こうへと太陽が沈んでいく。空も次第に茜色から暗紫色に変わっていく。
そうしていると隣に誰かが立った。雰囲気ですぐに若葉だということに気づく。
「深刻そうな顔してどうした。若葉さんよ」
「……諏訪との連絡が途絶えた」
それが意味することはただ一つ。どうにかして幸斗は言葉を絞り出した。
「そっか…よく諏訪も耐えたな。三年間も」
若葉の手に力が入り握った刀がカチャリと音を立てる。それはまた大切なものを奪ったバーテックスへの怒りだった。
「若葉、あまりーーーー」
突如、幸斗の言葉を遮るようにして二人の携帯が耳障りな音を立て始めた。
「「ッ!?」」
次の瞬間、何の前振りもなく時が止まった。
遠くの海、海を走る船、風に揺れる木々。鳥の鳴き声、全てが停止する。携帯をみると『樹海化警報』という文字が大きく表示されている。
「…もう来たのか」
勇者達は時が止まったのは敵が襲来し、神樹によって樹海と呼ばれる結界が作り出される合図だと大社に教えられている。敵は諏訪を潰し、早々にこちらに攻め込んできたようだ。
幸斗は四国を囲んでいる壁を睨んだ。若葉も同様に来るであろう敵を睨みつける。
「来いよ。バーテックス!」
「人類を守る御役目、諏訪より確かに受け継いだ。我ら四国勇者が、この丸亀城で迎え撃つ!」
幸斗と『瑞炎』を若葉は『生太刀』を同時に腰の鞘から引き抜いた。
世界を守る戦い、後に終末戦争と呼ばれる人類の存亡をかけたバーテックスとの戦争がここに始まる。
『全く、あちらも長いこと焦らしたものだ』
四国内へと攻め込むバーテックスとそれを迎え撃とうとしている勇者たちを見ながら神樹の一部を成している【時の神】はほくそ笑んでいた。
『諏訪は残念だったが、ワタシとしては誰も死んで欲しくはないね。ここまで良質な人間が揃うというのも珍しいし』
時の神は何度も何度もこの世界を覗いてきた。そして何度も善良という名を冠する人種を目撃している。今、見ている勇者たちはその中でも特に善良な人間たちだ。
「それでもまだ穴だらけの欠陥品だがな。ここから信頼を深め、その穴を埋めていくか、それとも…ふふ、面白い」
時の神は視点を少女たちから少年へと移す。
『さてと、ワタシとしては早く君自身が契約している神とは縁を切って欲しいものだよ。でないと、ワタシが君に干渉できないじゃないか』
それも時間の問題だと、時の神は考えている。そのうち呪いの苦痛に耐えきれなくなって拒絶する時が来るだろう。それまでの辛抱だと。
『不知火幸斗。いつまでその苦痛に耐えられるかな…。ああ、そうだ。仮に干渉できた際の代償、考えておかなければ』
樹海の中を走る勇者たちを尻目に時の神はその時が来るのを待ち続けている。