花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第五話 開花

 若葉は先んじて携帯端末の勇者専用アプリを起動させた。身体が光に包まれ、纏う衣服が変化していく。

 それは勇者装束と呼ばれるもので、神樹の力を借り受け、使用者の運動能力を格段に引き上げる。

 『大社』と呼ばれるバーテックス対策組織が、神樹の力を解析し、それを科学的、呪術的に利用する方法を編み出した。それが若葉が今身に纏った勇者装束だ。

 勇者装束は人によって異なるが若葉の装束は桔梗を思わせる桔梗の青と白の混交が特徴的だ。それに比べて幸斗の『守り人』の装束はあまりに質素なものだった。特徴という特徴もなく、装束の色も曖昧で黒なのか紺なのか、それとも赤と黒の中途半端な色とでも言えばいいのか、とにかく全てにおいて中途半端だった。

 ちなみにだが、勇者達のリーダーは若葉と決められている。

 

「さて、皆来ますかね」

 

「来なかったら問題だ」

 

 幸斗の軽口に答えつつ、若葉は刀を地に突き立て、敵が来るであろう瀬戸内海を睨んだ。

 

「若葉ちゃーん!」

 

 声に釣られて後ろを振り向くと友奈と千景がこちらに駆けてきた。友奈は手甲、千景は大鎌を持っている。幸斗と若葉同様、それが二人の武器だ。

 

「はぁ、はぁ、急に時間が止まって、おっきな蔦がぐわーってなって出てくるし、びっくりしちゃったよ。地図のおかげでみんながどこにいるかわかったけど…って、幸斗くんと若葉ちゃんもう変身してる!?」

 

「常在戦場。刀をいつも所持しているのは、すぐに戦えるようにするためだからな」

 

「そういう真面目さと責任感の強さ、若葉ちゃんらしいね!私も見習わないと!」

 

 友奈が息を整え終わり、拳を強く握り若葉へ感心の目を向ける。

 

「…高嶋さんは、今のままでいいと思う…」

 

 千景が独り言でぽつりと呟いた。

 

「幸斗くんも前とは違ってやる気だね!」

 

 2年前の話をしているのなら、凄い記憶力だ。生憎、自分ですら戦うことを放棄していたのを忘れていたくらいなのだから。

 

「あの時は気持ちの整理とか色々な……。迷惑かけたと思ってるよ。それにしてもすごいな。これ神樹様が作ったんだっけ?」

 

 幸斗は近くにあった自分の倍以上もある蔓を軽く叩いた。この行き先を辿っていくと遥か彼方に光り輝くシルエットにたどり着く。

 

(あれが土地神の集合体……神樹様、か……)

 

 四国を取り囲む壁を作り、人類を守護していると同時に若葉達勇者に戦う力を授けた存在。そして、幸斗達が守り通さねばならないものでもある。

 

「そうみたいだな。とは言えこの防御壁も完璧ではないが」

 

「樹海自体にダメージが入れば現実世界にフィードバックされるわけだからな。気をつけないと」

 

 本当かどうか試しに傷つけてみようかと思ったがあまりにも愚かな行為のように思えて途中でやめた。普通に考えてそんなことしない。

 しかもこの樹海は長時間は発動できないようでなるべく迅速にバーテックスを撃破する必要性がある。

 

「おおーい!みんなー!」

 

 最後に遅れて大きな声と共に球子が走ってくる。その後ろには球子に手を引かれる杏がいた。その顔色はどことなく悪い。

 

「悪い!遅くなった」

 

 球子は手に武器である螺刃盤を、杏は手にクロスボウを握っている。

 

「これで全員揃ったな……。これが私たちのの初陣だ。我々の手でバーテックスを討ち倒す」

 

 仲間の勇者たちに若葉が告げる。人類が舐めた辛苦を、やつらに思い知らせてやろう。と。

 

「それはいいけど…当然、あなたが先頭に立って戦うのよね。…リーダーなんだから」

 

 千景は試すように若葉へと視線を向ける。そして言葉に場の空気が濁る感覚を幸斗は覚えた。おそらく他の者も一緒だろう。

 

「誰かが先頭とかじゃなくて、みんなで戦えばいいでしょ。それがチームワークってものですよ」

 

 呆れたように球子は反論する。

 

「チームワーク……」

 

 咀嚼するように呟いて、千景は杏に目を向けた。杏は恐怖からか、身体が小刻みに震えている。

 

「伊予島さんは、戦えるのかしら」

 

「………」

 

 千景の責めるような言い方に杏は俯いたまま、何も言わなかった。何も答えられなかった。

 

「それにあなた達二人が遅れたのも伊予島さんが、怯んで動けなかったからでは?そんな人と一緒にいるような人がチームワークを口にするなんて笑えるわ」

 

「………」

 

 きっとそれは事実だったのだろう。球子も何か反論しようかと言葉を探すが、突きつけられた事実を前に俯いて黙ってしまう。

 

「ましてや…」

 

「そこまでにしてください千景先輩。言い過ぎです」

 

 幸斗が追い討ちをかけるようとする千景を手で制した。

 

「今は味方同士で争う必要性はないかと」

 

 千景は幸斗の言葉と、若葉の鋭い視線を受けて面白くなさそうに目を逸らす。

 だが千景の言い分にも一理はある。そこは否定しない。

 

「伊予島、怖いのはわかる。だが、私たちが負ければ大勢の人が死ぬ。世界が終わる。だから顔をあげろ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 若葉の言葉にさらに杏は萎縮してしまった。これ以上は杏の精神的にも良くない。

 

「若葉、もういいだろ」

 

 杏を守るように球子は二人の間に割って入った。そんな三人を千景は皮肉そうに目を細める。

 

「兵の指揮高揚もリーダーの務め…あなたにリーダーの素質が足りないから、今こうなってるのでは?」

 

「……!?」

 

 若葉がその言葉を聞いて苦悶の表情を浮かべた。ひなたから聞いてはいたが若葉は自分がリーダーに相応しいのかどうかということで悩んでいる。今の一言は若葉には痛いほど刺さった。

 幸斗は頭を抱えたくなった。初陣でこれなら後々どうなるんだろうか。頼むから仲間割れだけはやめて欲しい。

 そんな勇者達のギスギスした空気を吹き飛ばすように声を上げたのは友奈だった。

 

「みんな、仲良くするのはいいけど話し合いは後にしようよ!」

 

「「「「仲良し?」」」」

 

 若葉、球子、千景、幸斗の声が重なり、友奈の方を見る。

 

「うん、喧嘩するほど仲がいいって言うしね!」

 

「「「「それは違う(わ)」」」」

 

 四人が同時に友奈へとツッコミを入れる。

 

「即答された!?」

 

 それにショックを受ける友奈。

 

「えっと、あの友奈さん。…私も違うと思います」

 

「アンちゃんまで!?」

 

 杏の追い討ちをうけがっくり項垂れる友奈。

 幸斗には友奈が意図したのかはわからないが作ってくれたこの空気を逃す理由などなかった。

 

「ともかくだ。喧嘩?する原因を作ってるのはバーテックスなんだし、そいつらが近くに来てる。喧嘩しようが何をしてもいいとは思うけど、少なくとも相手はあいつらだ」

 

 若葉、球子、千景の三人が視線を交わし、気まずそうに順に視線を逸らした。

 

「ま、確かにそうだな」

 

「不知火さんに言いくるめられるのは癪に触るけどその通り…ね」

 

 どうにか納得してもらうことができたようではある。

 

「話もまとまったところで私たちも行こう!」

 

 友奈、千景、球子の三人が勇者装束を身に纏う。

 

 友奈の装束は、山桜を思わせる桜色。

 千景の装束は、彼岸花を思わせる紅色。

 球子の装束は、姫百合を思わせる橙色。

 

 その勇ましくも可憐である姿に幸斗は少しの間目を奪われた。

 しかし、杏だけはやはり変身できなかった。勇者の力は精神面に左右される。戦う覚悟を固めなければ、勇者装束は身に纏えない。

 千景は変身できなかった杏を無言で見つめる。

 

「ごめんなさい…私……」

 

 涙を浮かべる杏の方を球子は軽く叩いた。

 

「心配するなっての!タマたちで全部倒してくるから!」

 

「うん…」

 

 悲しげに杏は頷いた。

 

「幸斗には伊予島のこと見ていてほしい」

 

 若葉の提案に幸斗は微妙な反応を示した。

 

「前線は?」

 

「私が先頭を切ろう。幸斗にはまず、伊予島の護衛を頼みたい」

 

「了解。リーダーの頼みとあらば」

 

 幸斗は若葉に頷き返して、作戦を承諾した。

 勇者達の視線にバーテックスが映る。距離はおよそ3キロ、いや、2キロか。

 

「郡さん。先程は生意気を言ってすみませんでした。言動ではなく、行動で示すべきですね」

 

 若葉は千景にいい、一人大きく跳躍した。一キロほどの距離を一度で詰め、敵集団に肉薄する。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 鞘から抜き出された一閃は、先頭にいたバーテックスを真っ二つに切り裂いた。切られた死骸を足場にして再び跳躍。さらに二体、撃破する。

 若葉の動きには無駄なものが何一つとなく、洗練されていた。

 群がって若葉を食いちぎらんとするバーテックス達へ斬り込みながら若葉は叫んだ。

 

「勇者たちよ!!私に続け!!」

 

 

「若葉ちゃん、凄い…」

 

 単騎で敵軍に飛び込み、次々に屠っていく若葉の背中を見て、思わず友奈の口から声が漏れ出た。

 

「よーし!私たちも行こう!」

 

 友奈が跳躍して敵軍へと向かう。

 

「杏はここにいろ。タマ達が全部倒してくるからな!幸斗!杏は任せたぞっ!!」

 

 そう言って友奈の背中を追いかけるように球子も飛び出した。

 

「どうして私だけ変身できないのかな……」

 

 杏はぽつりと自分を取り残して行われている戦闘を見ながら呟いた。

 

「これはこじつけっぽいんだけど」

 

 幸斗は杏の前でいつでも敵に攻撃されていいように剣を構えながら、彼女の問いに持論を交えながら答えた。少しでも心の支えになってくればと願いも込めて。

 

「理由があればいけると思うんだ。例えばそうだな…若葉には、この世界を守り、取り返すと言う明確な意志がある。友奈は…悪い。謎だ。でも、球子に関しては一番良くわかってるんじゃないのか?」

 

 球子の戦う理由。はっきりと俺は理解しているかは怪しい。それでも杏ならそれを理解しているだろうと幸斗は考えていた。

 

「私の戦う理由……っ、タマッち先輩!危ないっ!」

 

「!?」

 

 戦いの最中、旋刃盤を遠くに投げすぎた球子は、旋刃盤が戻ってくるまでの隙をつかれてバーテックスに彼女は取り囲まれた。急速に球子に死が迫る。

 

「ーーーーちくしょう…!こんな所で!」

 

 球子は目を瞑った。

 だが、球子の命がそこで途絶えることはなかった。

 目を開けると、自分を取り囲んでいたバーテックスは半分は剣で斬られ真っ二つに。半分には幾本もの金色の矢が突き刺さっていた。

 致命傷を受けたバーテックスは光となって消滅した。

 

「幸斗…それに杏!」

 

「変身できちゃった。タマッち先輩が危ないと思ったら、助けないとって思ったら、アプリが起動して」

 

 杏の目には涙が溜まっていた。だが、もう震えていない。

 球子はようやく戻ってきた旋刃盤を掴み、杏へと笑顔を向ける。

 

「本当に助かった!杏が戦えるようになったら百人力だっ!タマが前で戦うから、杏は援護してくれ!幸斗も行くぞ!」

 

「え、俺も行くの?」

 

 守るように言われていた杏を見る。杏が強く頷いてクロスボウを構えたのを見てから、幸斗は頷き返し、球子の背中を追いかけていった。

 

 戦局は比較的、上手くいっていた。いつのまにか千景も戦闘に加わっている。隣には友奈が千景に寄り添うようにしている。

 千景の表情も先程よりはマシになっていた。

 

「あまり他人も気にしてはいられないけどな」

 

 襲いかかってくる敵を一撃で屠る。三年前は三撃ほど入れなければならなかったのに比べれば訓練の成果は出ているようだ。

 訓練の成果を実感しながら幸斗はある種の高揚感に包まれていた。

 やってきた事が無駄ではなかった。今、この時だけは幸斗は自分に自信が持てた。

 『瑞炎』に導かれるように背後から襲いくる敵にも対応する。

 

(いける。これなら!)

 

 杏が遠距離で敵を狙い、杏が打ち漏らし襲いかかる敵も球子が倒し、旋刃盤を投げて隙のできた球子を幸斗がカバーすると言う連携を見せながら順調に敵を倒し続ける。

 

「幸斗、タマ達はもう大丈夫だから若葉のところに行ってくれ。一人じゃ若葉が大変そうだ」

 

 確かに若葉は強い。だが、多勢に無勢。いずれ数で押されてしまうだろう。

 

「了解。ここは任せた」

 

 球子と杏が大きく頷いたのを見て、幸斗はかなり前で一人で敵を抑えている若葉へと向かっていった。

 二、三回跳躍して、若葉の隣へと着地する。

 

「幸斗、伊予島は?」

 

「元から心配する必要なんてなかったよ」

 

 その一言だけで理解したのか若葉は刀を構え直す。目の前にはまだ数十体残っている。

 

「相変わらず、よくもまあこんだけの数抑えてたものだ」

 

「リーダーとして、姿で示さなければならないからな」

 

 バーテックスは敵が二人になった事を認識したのか、残りの数十体が集まり融合し始める。『進化』を始めたのだ。

 幸斗は三年前、遭遇していないが若葉は既に進化型と接敵はしていたらしい。そのため、強さも知っている。

 そして今、融合したバーテックスは一本の巨大な棒状へと変化した。

 

「友情合体ならもう少しカッコいい姿になってくれてもいいのに」

 

「馬鹿な事を言っている場合か。やるぞ!」

 

 若葉と幸斗が同時に斬り込む。バーテックスの身体と刀身がぶつかり、鈍い音がして両者の攻撃が弾き返される。

 

「それなら、私が!」

 

 杏が遠方から金色の矢を放つ。だが、敵は赤い反射板のようなものを作り出し、矢を跳ね返した。

 

「うそ!」

 

「危ねえ!」

 

 球子が旋刃盤を盾がわりにして、跳ね返ってきた矢を防ぐ。刀の攻撃も通らず、矢の攻撃も通らない。

 敵の攻撃を避けながら倒す方法を思案していた幸斗の横を、拳一つで敵に突っ込んでいく少女が駆け抜けた。

 

 高嶋友奈である。

 

 友奈は拳を進化体バーテックスの反射板に叩きつける。

 しかし、通常のバーテックスなら一撃で粉砕する拳が、この敵には傷ひとつつけられない。

 

「一回で効かないなら…十回、百回、千回だって叩き続ければいい!」

 

 友奈は自分の内側に意識を集中させる。強力な進化体と戦うために勇者たちが編み出した切り札を使うためだ。

 神樹の中には概念的記憶として、様々なことが蓄積されている。その記録にアクセスし、抽出し、力を自らに顕現させる。

 友奈が記録の中から選び出したのは『一目連』。暴風を具現化した精霊だ。友奈の勇者装束にも変化が起こる。

 

「千回ぃぃ…連続勇者パーーーンチ!!」

 

 友奈の強力な拳が竜巻の勢いの如く何度も何度も敵の板状組織に打ち込まれる。八百を超えたあたりで板状組織に亀裂が入る。九百発で亀裂が全体に亀裂が広がり、千発目で進化体は粉々に砕け散った。

 

「すご」

 

 この一言で完結できるほど友奈の攻撃は苛烈だった。敵が跡形もなく消え去ってしまったのだ。その威力は説明するまでもない。

 だがその代償とばかりに勇者の『切り札』は肉体に大きな負担がかかる。ゆえに、できる限り使わないように大社に言われていた。

 ちなみに幸斗の『切り札』は勇者たちとは異なる。言ってしまえば幸斗の場合、精霊を一々身に宿す事はせず『切り札』は常時展開されている。 

 神の力によって人を糧に作られた神が作りし兵器、『瑞炎』を鞘から抜き出す事が発動条件。つまり、今幸斗はこの戦いの間、永遠に危険とされている『切り札』を使用している事になる。

 幸斗は疲れからかぼーっとしながらいつのまにか離れてしまった若葉の背中を見る。若葉はどこか物思いに沈んでいた。

 その背後に、バーテックスが襲いかかる。

 

「若葉!」

 

 幸斗の声により、背後に敵がいる事に気がついた若葉は反応が一瞬で遅れーーーー。

 

 ギリ、ブチィ!と肉が噛みちぎられる音が樹海に響く。

 

「……まずいな。食えたものではない」

 

 食われたのは若葉ではなく、バーテックスだった。幸斗はその光景を目を点にして見ることしかできなかった。言葉通り開いた口が塞がらない。

 

「は?」

 

 若葉はバーテックスの突進を最小限の動きで避け、同時に敵の体の一部を歯で噛みちぎって見せたのだ。

 バーテックスの肉を飲み干し、そして敵を一刀両断する。

 それが今回、四国に攻め込んだバーテックスの最後の個体だった。

 

「タマ、これから若葉をあんまり怒らせないようにするよ…」

 

「う、うん…それがいいと思う」

 

 少し遠くから聞こえてくる球子と杏の声を聞いて、幸斗も密かに小さく頷いたのだった。

 

「若葉ちゃん!変なもの食べちゃダメでしょう!」

 

 バーテックスを掃討し、戦いが終わった後、若葉は丸亀城の城郭で、正座されられていた。ひなたのお説教である。

 

「だが…」

 

「だがじゃありません!」

 

「奴らは昔、私の友達を喰らったんだ。だからその仕返しをだな…何事にも報いをというのが…」

 

「お腹を壊したらどうするんですか!」

 

「う……むぅ…」

 

 先程まで鬼神の如き戦いぶりをしていた若葉がひなたによって何も言い返せなくなっていた。

 その様子を周りで見ている友奈、球子、杏、千景。

「一番怖いのは、ひなただったか…」

 

 球子が腕を組んで呟いた。

 この一連の様子を幸斗は一切と言っていいほど見ていなかったし、会話も聞いていなかった。聞けなかったと言うのが正しいか。

 異変を察した友奈が心配そうに小声で声をかける。

 

「幸斗くん大丈夫?」

 

「え?あ、ああ。大丈夫だ。…悪いけど先戻るな」

 

 この時、既に幸斗の地獄は始まっていた。

 

 

 

 幸斗は自室に戻るなり倒れ込んだ。

 

「が、ッ!ぁあぁああああああ!」

 

 心臓の辺りに走る激痛を胸を押さえて必死に抑え込む。目から涙が、身体からは汗が大量に噴き出す。

 この痛みは人に耐えられるものではない。寧ろ戦闘が終わってからこの激痛を耐え続けた幸斗は並みの精神力ではなかった。普通なら人格が破綻してもおかしくないレベルだ。

 痛みに悶えながら、幸斗は地面をのたうち回った。

 身体が痛みに耐えかねたのか、意志に関係なく勝手に舌を噛みちぎらんとする。幸斗はそれを残り僅かな理性で腕を口元まで持っていき、噛ませる事でなんとかそれを防ぐ。

 それから少し経ったのち、痛みは徐々に引いていった。

 身体中は汗だくになり、服の裾は唾液と血が混ざりぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 完全に痛みが引いた後、急激な倦怠感に襲われる。

 幸斗は残り僅かな体力を振り絞って、服を脱いでからベッドへと倒れ込んだ。

 目を閉じると、意識は一瞬で落ちた。

 

 

 瞼の裏で光を感じ、目を開けると既に日が昇っていた。

 あれが夢だったのか現実だったのか幸斗は区別がつかなくなっていた。幸斗はまだ異変が残る身体を起こし、周りを見渡す。

 

「夢であってくれたらどれだけよかったか……」

 

 ベッドの近くに脱ぎ捨てられた服を見て、バーテックスとの戦闘終了後にあった事が全て現実であると言う事が証明されてしまった。

 これから自分は戦うごとにあの痛みを毎回味合うのだろうか。

 幸斗はこの戦争が終わった後、自分が自分でいられるのかと言う事が不安に思えた。

 

「原因は……まあ、大体わかるんだけどな……」

 

 自分の側に落ちている一本の剣。元友人。

 

「…腹いせか?」

 

 瑞樹はそんな事しないと頭では分かっていてもそう思ってしまう程度には幸斗は憔悴していた。

 

「いや、多分あの大鎚だろうな…」

 

 根本的な原因はあいつだと、幸斗は落ち着いた思考で考えればすぐに辿り着いた。だが、今の自分にはあの力を借りる以外に戦いを続ける方法はない。

 実際、大社にも幸斗の身体に何が起きるかを説明されていた。大社は想定した上で戦わせている。幸斗もそれに同意した上で御役目に挑んでいるのである。何より痛いのが嫌だからと言って捨てられるものでもあるまい。

 大きくため息をついてから、幸斗は汗だくとなってしまった身体を洗い流すためにシャワーを浴びようと立ち上がった。

 ついでにと思い、以前と同様に鏡の前に立つ。

 

「ん?」

 

 異変は眼に見える形で既に現れていた。

 

「なんか痣広がってんだけど」

 

 以前は花のような形のみだった痣が花の痣を起点にして、蔓のような変な痣が右腕の方へと伸びていた。

 

「気持ち悪すぎんだろ。これが大社の言う危険なこと、なのか?」

 

 幸斗はまた大きくため息をついてから、この不可解な痣を視界から振り払うようにしてその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

『原因を知り、気づいてもなお、その力を手放さないか。よっぽど死にたいのか?あの不知火幸斗という人間は』

 

 一連の様子を覗きながら時の神は首を傾げた。早速自分の出番かなと用意をしたのだが無駄に終わったようだ。

 

『よっぽどあの友人の剣がお気に召すのだろうね。ワタシには理解できない事だな。なんせ、こうして直ぐに取り出せてしまうんだからね』

 

 時の神の手には刀身が赤く輝く剣が握られた。それは紛れもなく、本物だった。時の神にはある一つの特権として時の流れの中から、神樹に概念的に登録されたものならば無尽蔵に取り出せる事になっている。

 まあ、そんなもの取り出した所で使う機会などないのだが。

 時の神は取り出した剣を後方へと放り投げる。床のような空間に激突すると、それは音を立てて崩れ去った。

 

『それにしても……金屋子神ねえ。未だに天なのか地なのかはっきりとしない。少し前のワタシみたいじゃないか』

 

 時の神はクツクツと嫌な笑みを浮かべる。

 

『ワタシ自身、仕方なくこちらにいるが…天の神に付き合ってやるほど、ワタシは人間が嫌いなわけじゃないんでね』

 

 とは言っても時の神は地の神々のことも好ましく思ってはいない。

 寧ろその逆だ。

 

『…少しだけでいいからワタシも人間の世界とやらに行ってみたいものだな。実に興味深い』

 

 いざとなればこの地の神々の集合体である神樹を離反するつもりではいるが当分ないだろう。

 今現在何事もなく、時の神が人間に正規ルートで干渉する方法はただ一つ。不知火幸斗に接触することのみ。

 

『待ちくたびれそうだよ全く……』

 

 まだ、自分の出番は当分なさそうだ。時の神は、結局勇者たちの観測へと戻るのだった。

 

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