花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

45 / 94
第七話 暗雲

 幸斗が目を覚ますと、まず最初に白い天井が目に入った。

 目が覚めたばかりだというのに、頭だけはやけに冴えていたらしく、すぐに自分の状態を把握した。場所だけ端的に言うと病院だろう。

 確か、自分は二足歩行のバーテックスと戦い勝利した後に倒れたのだったか。あの時感じた体調の悪さはもう何処かに行ってしまったらしく、今はそれほど辛くはない。

 一本だけ腕に管が通っている事を除けば、普通に動ける程度にはなっているようだ。

 幸斗は、ここで今になって自分が寝ているベッドの隣に誰かがいることに気がついた。首だけ動かしてその人物を見る。

 

「久美子…さん?無事、だったん…ですね……」

 

 そこには意外な人物がいた。三年前、バスをバーテックスから逃すために殿を務めた時以来だろうか。望まぬ形での再会に幸斗は思わずため息をつきそうになった。

 

「やっと目が覚めたか。長く待たされたものだ」

 

 幸斗は久美子の発言に苦笑いを浮かべた。それよりも幸斗の中では疑問があった。それもすぐに久美子によって明かされる。

 

「どうしてここにって顔をしているな。大声では言えないが簡単な話だ。

私が茉莉の代わりに高嶋友奈の巫女として大社に入った。それだけだ」

 

 単純明快でわかりやすい説明に幸斗は合点いった。どうしてそうなったのかの経緯は長くなりそうなので幸斗は聞くのをやめた。

 久美子は椅子に座り、足を組んだまま、話を続けた。

 

「友奈も大概だと思っていたが、お前も大概に狂ってるな」

 

「狂ってる…なんて、心外…ですね…」

 

 幸斗の途切れ途切れの言葉を聞いて、久美子は一段と口角を釣り上げる。

 

「気づいているんじゃないのか?三年前はともかく、今は」

 

「…………」

 

「無言は肯定と受けとらせてもらう。お前のその痣は呪いの類だ。しかも命を刈り取るタイプのな。何をどうしてそこまでお前は自分を犠牲者とするんだ?」

 

「自分が、生き残るくらいなら…、自分が死んだ方が、マシだからに決まってるじゃないですか…」

 

 言わずもがな、幸斗の心はとうの昔に死んでいる。三年前のあの日から。丸亀城に来て、勇者達と出会って、少しは傷は癒えた。だが、死んだ人間の傷が回復するなど、それこそあり得ないのである。

 幸斗は自分を責め続けている。と言うより、この終末戦争が始まり、戦闘を重ねるたびに幸斗の心は大分不安定になっていた。心が今以上に荒んで行くような、今はそんな感覚を抱いている。

 

「俺が死ねば、傷付けば…誰も苦しまない、誰も痛い思いをしなくてすむ…だから、俺が…」

 

「馬鹿げた話だな」

 

 幸斗の言葉を久美子は鼻で笑い一蹴した。

 

「私は悪いが一方的にお前のことを知っている。殺したからか?親友を」

 

 幸斗は衝撃を覚えた。何故この話を久美子は知っているのか。幸斗は三年前も丸亀城に来てからも一度もこの話だけはしていない。

 

「一度だけお前の武器が呪いがどうとかで回収された時があるだろ?そこで大社はお前の剣が神によって作られ、基本骨子を成しているものが人間だと言うことに気がついた。当然、巫女である私の耳にも入ったわけだ」

 

 幸斗は動揺を隠せず、言葉が一切出てこない。ならば、ひなたはこの事を知っているのかと幸斗の不安など意に返さず、一方的に久美子は話を続ける。

 

「クラスメイトを見殺しにし、親友を殺し、それをお前は後悔してるんだろう?なら一つ言っておこう。その親友は犠牲になるべくしてなったんだ。神の力を受け入れたのはお前だ。仮に無能な人間を逃したところで何の役にも立たない。寧ろ、その親友が生き残っていた場合、その親友は私たちには絶対会えない。四国にもたどり着かない。ましてや、お前のように敵と戦う力もない。生き残るべきだったのはお前だったんだ。断言してやる」

 

 久美子は一気に捲し立て、一息つくと立ち上がった。

 

「私はこんな事を言う人間ではないが、あまりにもお前が可哀想だから伝えといてやる。あの日、バスに乗っていた奴らはお前に感謝していたぞ。運転手であった私以上にな。まあ、私の言葉はお前には響かないのだろうな。あの日の茉莉の友奈への言葉のように」

 

 久美子は今でも惰性で着続けている白衣を翻して、扉の向こう側へと消えていった。病室が唐突に静寂に包まれる。幸斗は久美子に言われた言葉を反芻する。久美子の言う通り、一切と言っていいほど久美子の言葉は幸斗には響いていない。寧ろ、反発心すら生まれている。ならば、言葉が響かないとわかっていながら、あの人は何を伝えに来たのだろう。幸斗には何一つと理解することなどできなかった。

 医者によると幸斗の身体に特に異常は見当たらない。あの気味の悪い痣を除けば、だが。それも除き、唯一、異常が見つかった場所がある。

 

 心臓だ。

 

 幸斗の心臓は短期間に大きなダメージを三回食らっている。医者曰く、この短期間で幸斗の命はかなり擦り減ったらしい。

 それもそのはずだ。と、幸斗は全て納得していた。

 通常戦闘を繰り返すたびに幸斗は呪いによって身体を蝕まれている。それにプラスして、前回の戦闘で幸斗は自分の命とうどん玉を犠牲にして、長槍を作り出したのだ。原因など分かりきっていた。

 ついでにと言ってはなんだが、あの痣は既に右眼のあたりにまで侵食を伸ばしている。幸斗の風貌は完全に厨二病のそれだった。

 

「あはははははは!なんだよ幸斗、お前もついに目覚めちゃったのか!?あははははは!」

 

「………」

 

 幸斗の病室へと勇者達がお見舞いに来てくれて早々、球子が幸斗の顔を見て大爆笑していた。

 

「タマっち先輩。ダメだよ、病室で騒がしくしちゃ。それに、幸斗さんだってそう言う年頃なんだから笑っちゃダメだよ」

 

 球子を落ち着かせようとする杏。さらっと勘違いされていた。

 

「それにしても、幸斗。大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だよ。もう動けるくらいには。それと右眼だけは無視してくれると助かる」

 

 若葉に答えたのち、幸斗はまだ笑い続けている球子に対して苦笑いを浮かべながら頼み込んだ。正直言って恥ずかしい。痣なことが気になるのが若葉はまだ何かいいたげだったがグッと堪えてくれたみたいで幸斗にこれ以上痣のことを聞くことはなかった。

 

「幸斗くんのおかげで、あの変態さんを倒せたよ。ありがとうね」

 

 友奈が幸斗の手をガッチリと掴んで上下に揺らした。何故だろうか、千景からの視線が痛い。

 

「あなたもあの二足歩行のようになりたいかしら?」

 

「お断りいたします」

 

 幸斗は恐怖心でそっと友奈から手を離した。

 それにしても、いつもそうだが幸斗がいない間に五人の距離感が徐々に縮まっていっている。若葉も知らない間にみんなの事を名前呼びしていた。

 

「というか、俺以上に痛々しい姿をしている球子は大丈夫なのか?」

 

 球子の腕はアームホルダーで固定されている。かなり目立つのに幸斗の目は節穴だったのか今になって気がついた。

 

「窮屈すぎて取っちまいたいくらいだよ。うどんも食べられやしない」

 

「それは大事だな」

 

 実際取ろうとしたらしく、杏に叱られて泣く泣くつけっぱなしだとか。

そろそろ面会時間も終わりだと若葉が皆に伝えて、また明日。と声をかけて勇者達は病室から出ていった。

 最後に若葉とひなたが残った。

 

「幸斗、大社から通達だ」

 

 去り際に、若葉が懐から一つの封筒を取り出す。それを幸斗に手渡した。宛名は大社からとなっていた。

 若葉は手紙を手渡すと、先に出ていった四人を追いかけるように、ひなたと共に病室を出ていった。

 幸斗はその場で手紙の内容に目を通す。

 

「次の戦闘には参加するなと言われてもなあ…」

 

 大社は一つの駒が消え去るのが怖いのだろうか。元から消える前提の駒だというのに変な話をするものだ。

 

「そう言えば、『守り人』って何のためにいるんだっけ」

 

 天から襲いくる敵を討ち払うためだと聞いた気がしたが、幸斗自身もっと優先すべき事があるように感じた。『守り人』という程なのだ。ならば、何かを守るべきだ。それが何なのか。

 

「世界…とか?」

 

 一人残された病室にその声はよく響いた。だが、幸斗は世界を背負えるほど強くない。その声は空間に響いただけで、自身には何一つと響くことはない。

 

「…勇者達の未来を守るくらいならできるか……」

 

 幸斗はその自身の言葉を反芻した。言ってしまえば、今までで、一番しっくりとしているように感じた。

 

 この時、幸斗の中で『守り人』というお役目の理念が決まったのだった。

 『守り人』は一つ一つの大事な命を未来へと繋げるためのお役目。『勇者』は世界を守るためのお役目。

 この二つのお役目がはっきりと分かれた瞬間でもあった。

 

 

 気づけば年も明け、今は1月中旬。

 大社の提案で、勇者たちは高松市の温泉旅館へと来ていた。

 巫女に神託が下り、しばらくは敵が来ないとの事でこの際、たっぷり休養してもらおうということだろう。

 そのため、大社は権力を行使し、勇者たちに貸切にするというある種の暴挙に出たようで、幸斗はこの話を聞いた時、呆気に取られたのだった。

夜、勇者たちが温泉に入っている間に、唯一の男性である幸斗は気まずさを抱えながら同行していた神官と卓球に興じていた。

 卓球台に気持ちの良い音を響かせてボールが跳ねる。

 

「……強くないですか?」

 

 幸斗の後方にボールが落ちた。

 幸斗は神官相手に0勝5敗と大きく負け越している。今、ちょうど負けたので負け星を伸ばし、0勝6敗という無様な結果を残した。というかこの神官、動きが普通に卓球選手のそれだった。

 

「鷲尾さん、卓球やられていたんですか?」

 

「いえ、全くと言っていいほど卓球はやった事がありません」

 

「えぇ……」

 

 幸斗はこの時、誘う神官を間違えたと初めて感じた。

 

 

 

 才能というものを見せつけられ、絶望に打ちひしがれながら部屋に戻ると幸斗を除く六人はトランプで遊んでいた。

 

「どうしたんですか?幸斗さん。そんな顔して」

 

「鷲尾って言う神官には気をつけろ」

 

「「「「「「?」」」」」」

 

 一斉に首を傾げる六人。当たり前だ。幸斗は六人の反応を無視して、トランプをやっている彼女たちの輪から少し離れた場所に座った。

 何故大社は幸斗を一人この場に放り込んだのか。気まずいことこの上ない。普通に考えたら思いつかんだろ、こんな事。幸斗は心の中で大社に悪態をついた。

 ぼーっとその様子を見ていると、気づけば隣に杏と球子が体育座りをしていた。すごい落ち込みっぷりだ。

 

「いや、何があったよ」

 

「…もうタマ、千景にゲームで勝負挑まない」

 

「私もタマッち先輩に賛成…。千景さん、強すぎます…」

 

 そんなに強いのだろうか。幸斗はTVゲームを少しだけ千景とやった事がある。その際、ボッコボコにやられたがカードゲームがTVゲームと同じとは限らないだろう。それこそ運という要素も絡まってくる。百パーセント負けるなんて事はないはずだ。

 幸斗は立ち上がって、友奈に褒められて嬉しそうにしている千景の前に立った。そして、近くにあったカードを適当に拾って千景に当たらないように突きつける。

 

「……なにかしら」

 

「宣戦布告させてもらうぜ」

 

 千景が珍しく、勝ち気な表情を浮かべたのを幸斗は見逃さなかった。

 

 

 

「馬鹿な…」

 

 勝負は幸斗が最も得意としている『スピード』というゲームで挑んだ。

だが、蓋を開けてみればどうか。

 

「まだまだね。もう少し楽しませてくれると思ったのだけど」

 

 千景のあまりにも強者すぎるセリフは幸斗の耳にグサリと刺さった。三回勝負をして、幸斗は一勝も手にする事なく敗北した。幸斗はこの日、久しぶりに泣き崩れそうになるくらいには自信を喪失してしまった。

 

「…その『スピード』というゲーム。私でもやれそうだな」

 

 若葉が少し自信ありげに呟いた。確かに『スピード』は札を出す速さを競うゲームだ。武術によって鍛え上げられた、凄まじい反射神経と集中力を持つ若葉ならいけるかもしれない。

 ゲームが始まる。

 こちらも先程同様、三回勝負。二回戦目が終わり、一勝一敗。普通にいい勝負をしていた。

 最終勝負、千景が少し前のめりになる。

 

「……負けない…あなたには…」

 

 千景が小さく呟く。

 その呟きには戦意とは、また別の意味合いがあるように若葉には聞こえていた。

 幸斗が客観的に見た感じ、次の勝負は若葉にあるように見えた。二回戦目の時点で若葉が千景の動きを殆ど把握していたからだ。

 二人の手が、目にも止まらぬ速さで次々に札を出していく。僅かに若葉の方が速いか。

 勝った。若葉も見ていた周りも確信した時だった。

 

「うひゃあああぁ!?」

 

 唐突に若葉が奇声を上げて手持ちのカードをばら撒いた。

 

「な、何をするひなたぁ!?」

 

 ひなたが若葉の耳を甘噛みしていたのだ。

 幸斗は見てはならないものを見てしまったように感じ、そっと視線を逸らした。

 

「勝者、郡ちゃん!」

 

 友奈が千景の手を上げて、勝利宣言。若葉はどこか不服そうにしている。それを見て、ひなたが叱るように言う。

 

「ダメですよ、若葉ちゃん。ゲームなんですから、怖い顔せずに楽しんでやらないと」

 

「だからといって、くすぐったいだろう…!」

 

 若葉は、ひなたを警戒して身構える。

 

「若葉ちゃんの弱点は全て把握済みですから」

 

 ひなたが再度、若葉の耳を甘噛みする。

 若葉は再び奇声を上げて、その場に倒れ込んだ。……完全に事後だった。幸斗はその光景から絶妙に視線を外しつつ、折角だからと皆に提案した。

 

「一つ提案なんだが、今巷で大流行のゲームをしないか?」

 

「どんなゲームなんですか?」

 

「勇者ゲーム」

 

「「「「勇者ゲーム?」」」」

 

 

 

 

 

 

「ただの枕投げじゃないか!」

 

 球子が場所を宴会場に移し、幸斗が用意して持ってきたものを見て、若葉が声を上げた。

 

「馬鹿いうな。ただの枕投げじゃない。白い枕をバーテックスに見立てて遊ぶんだ。割りかしガチになるぞ」

 

「……やった事があるように口振りね」

 

「少し前に街に出た時に、ちょっくら…」

 

「…あなた、本当に外で何やってるのよ」

 

 結局、幸斗はゲーム大会の前半の方を知らないが友奈曰く、このゲームが一番盛り上がったとか。

 

 

 

 

 その夜は遊び疲れてしまったのか部屋に戻るなり、皆倒れ込むようにして眠った。幸斗は寝付きが悪かったのか、月の光で目が覚めた。

 まだ誰かが起きている気配を感じ、目をこすって見ると若葉が窓から、夜に沈む街並みを見下ろしていた。

 幸斗はなんとなく身体を起こして若葉の隣に並ぶ。

 

「何してるんだ?」

 

「すまない。起こしてしまったか」

 

「単純に寝付けなかっただけだよ」

 

 幸斗も窓から街を見下ろす。今では一大都市となってしまった高松市は、深夜になっても所々灯りがともっていた。

 この一つ一つが生き残った人々の命の営みそのもの。

 奥に目を向けると四国を敵から守る、『壁』がシルエットになって見える。

 

「諏訪はどうなっているだろうか」

 

「…さあな。心苦しいけど普通に考えたら全滅だ。何かしらの遺物くらいは残ってそうだけど」

 

 幸斗は若葉の様子を見て、少しだけ疑問に思ったことがあった。

 

「どうして若葉は毎日、瀬戸内海を眺めてるんだ?」

 

「三年前のこと、壁の向こうの世界を忘れないためだ」

 

 若葉の目は常に遠くに遠くに向けられていた。幸斗はそれを見て、感じた。ああ、次は失敗するな…。と。遠くを見過ぎで近くの存在が見えていない。ひなたのあの行動はそう意図があったのかと今になって気がついた。

 

「……若葉は、少し遠くを見過ぎかもな」

 

「どういうことだ?」

 

「こればっかりは自分で気づいた方が良いと思う。多分、ひなたも同じこと言うぞ?」

 

 若葉は少しだけ考え込むように俯いた。だが、それでも幸斗の言った意味を理解する事はできなかったようだ。

 幸斗はそれから、何も言わずに六人から少し離れた自分の布団へと戻った。

 その後も若葉はずっと夜の街を見下ろしながら、幸斗に言われた言葉を咀嚼し続けた。しかし、答えは見つからない。

 だが、若葉はすぐに理解することになるーーーー。

 

 

「…多すぎる」

 

 マップに表示された敵の数を見て、若葉は険しい表情を浮かべた。

 バーテックスの襲撃が起きたのは、勇者たちが丸亀に戻ってから半月後だった。

 

「今までの十倍くらいはいるか?」

 

 幸斗もその数の多さは完全に予想外だった。ここまで、襲来したとしても百体近くだった。それが一点、マップを埋め尽くすほどの赤い点が示されている。バーテックス一体一体は今の勇者たちにとっては取るに足らない相手と言ってもいい。だが、それは単騎で攻められた場合だ。数で押し込まれれば、かなり危うい。

 

「私が先頭に立つ」

 

 そう言い残すや、若葉が地面を蹴って、真っ先に敵軍へと突っ込んだ。

 

「待ってください!若葉さーーーー」

 

 杏が静止の声を上げるが、若葉は既に動き出している。若葉はすれ違いざまに刀を抜き放ち、数体を撃破。しかし、敵は丸亀城を一人突出している若葉を取り囲んで行く。

 

「………」

 

 幸斗はその様子を静観していた。

 周りではバーテックスがこちらに一切目もくれず、若葉を取り囲んでいる事に焦っていた。

 これまでのバーテックスは恐らく、圧倒的強者である故に、力技で人間を殲滅できると考えていたのだろう。だが、バーテックスには知性がある。負け戦が続き、バーテックス側も戦術を使うようになったのだ。

 

「厄介だな」

 

 幸斗は軽く舌打ちをした。

 

「バーテックスは、若葉さんを、先に潰す気です!」

 

 杏もバーテックス達の狙いに気がついたのか、そう叫んだ。

 

「…行こう!」

 

 当初はバーテックスの戦術に困惑していたが、若葉を除く勇者たちも、友奈の掛け声ですぐに行動を開始した。

 若葉を取り囲んでいた敵の一部が神樹へと向かい始めた。

 

「……厄介ね」

 

 千景が状況の悪さを見て、苛立ちを込めて呟く。奇しくも幸斗が呟いた言葉と同じものだった。

 そもそも一部と言っても攻めてきた数が多すぎた。普段なら全員で迎撃している数を、今は一人欠けた状態で捌かなければならない。

 一体でも辿り着き、神樹が破壊されれば、四国は滅ぶ。

 それが分かっていたから、勇者としては若葉を助けにいく事より、神樹を守ることを優先せざるを得ない。

 幸斗は迷っていた。若葉の所へ向かうべきなのかどうか。

 神樹を守りながら戦うにはそれなりの人員がいる。それこそ、今は若葉を除く五人で迎撃しているがそれでも手一杯なのだ。

 幸斗は決断を迫られた。

 若葉を助けるか、若葉を除く五人を守りながらも神樹を守るのか。

 迷う幸斗の目に、離れた場所で戦う若葉の右腕にバーテックスが食いついたのが映る。

 その瞬間、もう迷う必要はなくなった。

 自分に食いつこうとするバーテックスを一刀両断した後、幸斗は若葉の下へと駆け出した。

 それともう一人、幸斗とは別に若葉の下へと向かった人物がいた。

 

 若葉は痛みに意識を持っていかれそうになりながらも、バーテックスによって奪われた命を思い出し、それを怒りに変えて無理やり意識を引き戻す。

 

「どれほどの痛みを、苦しみを!貴様らは、罪なき人々に与え続けたああああああああ!?」

 

 若葉は左手に刀を持ち替え、右腕に食いついたバーテックスを両断する。そして怒りのままに、周囲の敵を次々と切り裂いていった。

 幸斗が遠目から見て、それは鬼神のごとき戦いだった。若葉の瞳には憎悪と憤怒をたぎらせ、刀を振るたびに右腕から流れる血の飛沫が空中に散る。

 しかし、圧倒的な戦力差は、なお覆らない。

 若葉は眼前から迫る敵軍に集中し、背後から迫る白い巨大の気配には気づかずーーーー。

 

「若葉!」

 

「若葉ちゃん!」

 

 幸斗と友奈がバーテックスの包囲網を打ち破り、若葉との間に割って入ってバーテックスの突撃を受ける。

 友奈と共に幸斗は吹き飛ばされ、樹海の植物の茎に友奈を庇う形で叩きつけられた。

 そしてすぐさま、大量のバーテックスが二人に群がる。

 すぐに立ち上がった友奈が、拳や足蹴りをバーテックスに加え、なんとか近寄らせないように奮闘する。

 幸斗も痛む身体を無理やり動かして、剣を振るう。

 だが、それでも体勢が一度でも崩れて、立て直すことが困難となった二人は徐々に押し込まれた。

 友奈の肩にバーテックスが食いつく。

 肉が裂け、血管が破裂した音が幸斗の耳に入った。

 幸斗はすぐさま、友奈に食いついたバーテックスを斬り殺し、彼女を抱えて跳躍し、敵軍の中から強引に抜け出した。その後、なんとか敵がいない場所へと着地する。

 

「ありがと…幸斗くん」

「喋るな、傷が広がる」

 

 幸斗は、自身の勇者装束の使い道のないと思っていたマフラーを引き裂いて、友奈の肩に止血するために強く縛った。友奈が痛みで顔を歪める。

 この包囲網に突入してくる際にも、既に友奈は多くの傷を負っていた。勇者装束は各所が引き裂かれ、肩や腕、脚は血に染まっている。

 友奈と幸斗は途中で合流した。それまでにも無数のバーテックスと戦ったのだろう。

 若葉も自身を囲っていたバーテックスを一部倒し切り、友奈と幸斗の場所へと辿り着いた。

 

「なぜ……ここに来た!?」

 

 若葉の戦闘スタイルは、自分が一番に敵軍に入り、最も多くの敵を相手取る。追従する者も、共闘する者も必要とせず、最も大きな負担は自分だけで負うスタイル。

 しかしーーーー。

 

「……友達を放っておくなんて、やっぱりできないから…」

 

 幸斗の簡素な治療を受けた友奈は、そう言いながら傷ついた体で立ち上がる。

 

「幸斗も、どうしてお前はそこまで……」

 

 幸斗は若葉に言われて初めて自分の身体の様子を知った。幸斗も二人に負けず劣らず、装束は赤く染まっていた。

 

「決めたからかな。自分のすべき事を」

 

 幸斗も再び剣を握り、バーテックスに相対する。若葉は忘れていた。友奈は、他人の苦しみを黙って見ている事などできない人間だと言う事を。

幸斗は、自分を犠牲にしてでも何かを守るために足掻いている人間だと言う事を。

 こうなって仕舞えば、若葉も二人を逃すことはできない。いかんせん覚悟が既に決まっているからだ。

 若葉、友奈、幸斗は三人で背を預け合う形で立つ。

 

「……必ず生き残れ」

「若葉ちゃんもね…。大丈夫……私たち勇者は、みんな強いんだから……!」

 

 疲労と苦痛を押し殺し、三人は武器を構える。満身創痍の三人は、周囲の無数のバーテックスへ武器を振るうーーーー。

 

 かつてないほどの大規模なバーテックスの攻勢だった。

 その戦いは、止まった時の中で行われたが、勇者たちの体感時間にして6時間以上に及んだ。

 しかし、勇者たち全員の負傷と疲労はひどく、特に友奈は、戦いが終わった後、すぐに大社管理下の病院へと搬送されることとなった。

 

 樹海化が解け、友奈が丸亀城から病院へ運ばれていった後。若葉の頬に千景の平手打ちが入った。

 

「乃木さん…どうしてあなた、あんな勝手なことを、したの…!?」

 

 今回のことに関しては幸斗も若葉を庇うつもりなど一切なかった。千景の言い分は正しく、球子も杏もそれに共感してしまう気持ちがあるからか、実際に止めに入ろうとすることはなかった。

 それこそ、千景が怒鳴っていなければ幸斗が代わりに怒鳴っていたかも知れない。

 

「自分勝手に特攻して、…高嶋さんを巻き込んで…!せめて神樹の精霊の力を使って戦えば、高嶋さんの負担は減ったのに…あなたはそれもしなかった…!」

 

 若葉も、千景が言っていることは全て事実だと分かっていた。そのため、無言で何も言い返さない。

 

「あの場に……不知火さんがいなければ、高嶋さんは死んでいたのかもしれないのよ!?あなたは…周りが何も見えていない…!自分が、勇者のリーダーだってこと、もっと自覚するべきよ……!!」

 

 千景の言葉を受け、ただひたすらに俯いている若葉の背を幸斗は、ただ無言で見つめていた。

 

 その日の夜、幸斗は寮の自室でいつか久美子に言われた言葉を反芻していた。

 若葉の戦いの原動力は、バーテックスによって殺された人のために、その殺された人々の代わりにバーテックスに報いを受けさせる事だ。

 それは若干、幸斗とは異なるが、近いように感じた。

 幸斗は自分が殺してしまった親友のために、自分が見殺しにしてしまった人々への罪の意識で戦いに身を投じている。そのために、自分の犠牲を厭わない。

 両者共に、死者のために戦っている。それは本当に正しいのだろうか。

 ここに来て、幸斗の戦う理由の根幹が揺るがされていた。

 本来ならば、今、この四国という地で生きている人々のために戦うべきなのではないか?

 ならば久美子があの日、最後に伝えた言葉はそれに気づかせるためなのか?

 

「……わっかんねえな。何もかも…」

 

 今の幸斗の心は、僅かながら揺れ動いていた。

 外は、雨が降り出していた。

 

 

 




明後日くらいに投票を締め切りたいと思います。
アンケート、可能な限りよろしくお願いします。
あと、評価もどんなものであれ、受け入れるつもりなので、評価していただけると嬉しいです。
次は幕間かな?お楽しみに。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。