幸斗が自分の意識をしっかりと把握した状態で目を覚ましたのは倒れてから数ヶ月近く経った頃だった。数週間前に一度、意識は取り戻したがすぐに再び倒れたそうだ。
その間に季節は冬から春へと変わっていた。以前、一度倒れた時と比べるとかなり重症であった事は誰の目にも明らかだった。腕や足は、少し使わなかっただけで機能を失ってしまったのか、それとも忘れてしまっただけなのか、まともに動く事ができないでいた。
幸斗が目を覚さない間に、一度大きな襲撃があったそうだが、そればっかりは詳しい話を聞かない事には何もわからない。誰も怪我はしていないだろうか。と不安になった。
それと、結局若葉は自分の弱さに気づくことができたのだろうか。目を覚ました幸斗は自分のことを気にせず、真っ先に他人の心配ばかりをしていた。
幸斗はそれから数日間で、自分が眠ってしまっていた際のとてつもない量の情報をひなたに伝えられ、処理する事となった。
一つ目に、大規模な襲撃があったという事。
二つ目に、『勇者』たちは壁の外の調査へと向かったという事。
三つ目に、不知火幸斗の寿命が既に残り僅かだという事。
一つ目の大規模な襲撃は、若葉が己の弱点を認め、千景や球子、杏と和解をした形で今まで以上に結束を固め、進化体すら容易く打ち破ったようだ。杏の頭脳を使った作戦もかなり刺さったようで、『切り札』を使う場面も多かったが、適材適所の良い戦いだったとか。
二つ目の壁外調査は数日前に帰還したばかりらしい。大規模な襲撃がないという神託が巫女に降ったので、壁の外がどうなっているかを調査しに『勇者』が派遣されたとのこと。話だけを聞くと成果は芳しくなかったようだ。ただ、ひなたには懸念点があると言う。千景の様子がその日以来おかしいのだとか。
三つ目の幸斗の寿命は持って後、数ヶ月。夏まで持てばいい方だ。そう主治医に伝えられた。それこそ、今生きてることが奇跡だ。とも伝えられ、幸斗はそれを「ああ、そうなんだ」程度に受け止めていた。特に悲壮感も何もない。ただの業務連絡を聞くような、そんな感じだった。
「俺が知らない間に色んな事がありすぎて、もう正直ついていけない」
休日を返上して、わざわざ見舞いに来てくれた若葉に幸斗は苦笑いしながら伝えた。
「とりあえず良かったよ。ようやくチームっぽくなったようで」
「お陰様でな。……それより幸斗。身体は」
「若葉も伝えられてる通りだよ。実感はないけどな」
幸斗の命が残り僅かなことを知っているからか、若葉は少しだけ表情を曇らせた。
「……幸斗、お前はもう戦うな」
「寿命が残り半年だからといってバーテックスと戦わない理由にはならないと思うんだけど」
若葉は幸斗の発言に眉を顰めた。この時まで、若葉は幸斗の思想は友奈と似ていると思っていた。だが、実際には違った。友奈も大概だが、幸斗のそれは完全に常軌を逸していた。この時、若葉は幸斗の異常性に初めて気がついたのだった。
「……私は勇者のリーダーとして、お前を戦わせる訳にはいかない」
「誰かを守って死ねるなら本望だ」
「ッ!!」
何故か、この時の若葉は感情がコントロールできていなかった。若葉は怒りのままに幸斗の胸ぐらを掴み上げる。
「どういうつもりだ?」
「引け」
「無理だな。俺は既に決めてるし、自分の異常性にも気がついてる。今の
現状もな。それでも俺は命ある限り、『守り人』という与えられた役目を真っ当する」
幸斗は胸ぐらを掴まれたままの状態で若葉を睨み返した。
『守り人』を通して勇者達を必ず守る。それは幸斗が自身にかした制約だった。それを幸斗は裏切れない。
若葉も納得がいかないのか、歯軋りをして幸斗を手から離した。それから何も言わずに背を向けて病室を後にした。
ここからだろうか。若葉と幸斗が決別の道を突き進む事になったのは。
幸斗はそれからリハビリを繰り返し、何とか身体を動かせる程度には回復した。勇者システムの力の恩恵か、以前も感じた事だが回復能力が格段に向上していた。それでも歩くことや物を掴むことに苦慮する機会は増えた。
数日後には丸亀城に戻る事が許された。久しぶりに教室に入ると若葉を中心に五人は会話に花を咲かせている。だが、幸斗はそこには加わらなかった。
数ヶ月という長いようで短い月日が幸斗と周りの環境を変化させてしまっていた。恐らく勇者達にその気はない。だが、幸斗は六人の視線をどこか腫れ物を触るかのようなものに感じていた。
ただ、それも当然のように思えた。彼女達がいくら善良な人間だからといって、いつ死んでもおかしくない人間が近くにいたらそういう反応もしたくなる。なんと声をかけていいかわからないのだから。
それでも話しかけてくれる人はいた。
「幸斗さんも、今度お花見しませんか?」
杏が教室の窓から見える桜の木を見て、幸斗を誘った。
「……俺はいいよ」
それから幸斗は孤独になった。いや、それは間違いだ。友奈や、球子、ひなた、あの千景ですら気にして声をかけてくれた。
だが、幸斗はその善意すらドブに捨てた。幸斗は自ら望んで一人になったのだ。誰かと関わる事に苛立ちを感じたのだ。
何故そうなってしまったのか、説明はできない。
気づけばそうなっていた。としか説明ができない。
だからだろうか。次の日に起こる悲劇すら、予測できなかったのは。
勇者装束に身を包んだ勇者達は、植物に覆われた四国の地に立っていた。瀬戸内海の向こうから押し寄せてくる敵が確認できた。
「どうして来た」
若葉が棘を含んだ言葉で戦闘に加わろうとする幸斗を牽制する。
「お前に答える義理はない」
この時でさえ、何故幸斗は自分がこんな事を言っているのか理解できなかった。だが、チームの輪を乱しているのが自分だと言う事は自覚していた。若葉は唇を強く噛んで感情を押し殺す。二人の間の空気が険悪となった。そんな中、杏が声を上げる。
「この戦いでは切り札を使うのはやめましょう」
「それは…なぜ?」
納得がいかない様子で千景は会わずに聞いた。
「元々、大社からも切り札を使う事は推奨されていませんでした。…もしかしたら本当に危険なものかもしれません」
「状況次第では…使わざるを得ないかもしれないわね…」
千景の言葉に杏は反論できなかった。幸斗は気を失っていたために知らないが、進化体バーテックスと戦闘するたびに勇者達は『切り札』を使用している。だが、確かに強力な『切り札』も安全が保証されているわけではない。
「杏の言うことにも一理ある。君子危うきに近寄らずだな」
若葉がうんうんと頷いて杏への賛同を示す。千景もそれ以上何も言わなかった。幸斗も何も言わずに『瑞炎』を抜いた。
幸斗は一人、感覚を取り戻すためにバーテックスの通常個体を倒し続けた。一応、狙いはあった。とにかく、相手を進化体にさせないこと。幸斗は周りを見渡す。
杏と球子は共に行動しており、杏が精密な射撃で敵を撃ち抜き、球子が旋刃盤を投げて敵を切り裂いていた。
若葉は相変わらず容赦ない強さでバーテックスを駆逐していた。幸斗が眠っている間に精神的にも強くなったのか、以前よりも頼もしく見えた。
友奈も千景も危なげなく戦っている。
(このまま融合させなければ…)
幸斗は事が上手く運ぶ事を願いながら剣を振り続けた。
その頃、杏も祈る気持ちで矢を放ち続けていた。
もし、進化体が現れれば球子は精霊の力を使う。四国外を調査していた時も球子は精霊の力を使った。おまけに勢い重視の正確なため、精霊の力を使う事を躊躇う事はない。
そして、幸斗の事も杏は気がかりだった。本音を言うのなら杏も若葉同様、幸斗を戦わせたくなかった。幸斗の場合、教えてもらった事が正しいのならば、戦うたびに精霊の力を使っているようなものだ。突然の幸斗の豹変ぶり。あれは恐らく『切り札』使用による悪影響、杏が想像しているのならば他の人にも似たような、もしくはもっと酷い事が起きる可能性がある。
(大丈夫…このまま、このままいけば!)
しかし、杏の願いとは裏腹に事態は次第に悪い方向へと突き進んで行った。必死に倒し続けていたはずなのに、星屑たちはいつのまにか進化体に近い形状へと変化させてしまっていたのだ。
「そんな……。こうなったら私が!」
杏は心の中でみんなに謝りつつ、使わないと宣言したはずの力をその身に顕現させたのだった。
幸斗は視界の端にバーテックスが一箇所に集まっているのを捉えた。
「クソ、遠い!」
幸斗と進化体の距離はかなり離れていた。若葉も、友奈も千景も遠い。最も近い勇者は杏と球子だった。
「またあの二人か」
狙われているのではないかと思えるほど、毎回彼女達と進化体バーテックスの距離は近い。幸斗は近づいて来た敵を斬り殺すと、二人の下へ向かおうとしたが、既に杏は『切り札』である雪女郎を使用している。
極寒の冷気が、周辺にいたバーテックスの通常個体もろとも、進化体バーテックスを氷漬けにする。次々に氷によって浮力を失ったバーテックス達は落下していき、粉々に砕け散った。
「……人に使うなと言っておいて、自分が使うか?普通」
幸斗は杏の切り札の範囲に入らないように気をつけながら範囲外の通常個体を倒し続ける。
「でも、これな、ら?」
勇者達から離れ場所で交戦を続ける。そんな中、さらに幸斗の視界の端に大群を引き連れながらこちらに向かってくる、もう一体のバーテックスが目に入った。
幸斗はその姿を見た瞬間、自分の顔が青ざめるのがわかった。
以前の『丸亀城の戦い』の最終局面でも似たような大きさのバーテックスが現れたと聞いたことがあるが、それは未完成だったようだ。だが、今回は違う。あれは紛れもなく、完成体に近い。
幸斗はその未完成の姿すら見た事がないため、他の勇者よりも一層恐怖の感情が強く表に出ていた。
幸斗は攻撃するかどうかを決断しかねた。幸斗以外も巨大バーテックスを警戒してか、攻撃をするか否か、決断しかねていた。
不気味な液体を貯蔵した腹部と、サソリの尾を思わせる器官と巨大な針を持つ化け物。
「一回で倒さなければ…ダメだ」
幸斗は自分の中で覚悟を決める。この場で死んでも構わない。『瑞炎』を鞘にしまい、右手に意識を込める。そして代償に再び、自分の命を賭けようとした。カタカタと自分の手が震えるのが幸斗にはわかった。
結果、右手には何も生まれなかった。
「!?何でだよ!何でこんな肝心な時にお前は力を貸さないんだ!!」
幸斗は太もものあたりに拳を打ち付ける。
「くそっ!!」
そして、悔しさもそれきりにして幸斗は大きく跳躍した。
「凍れ!!」
遠くで、雪女郎の力を使った杏が、地面を蹴ってサソリ型のバーテックスの方へと跳躍し、クロスボウを向けた。クロスボウから凄まじい冷気と吹雪が、巨大バーテックスに向けて射出される。今度は広範囲ではなく、一旦集中ゆえ、威力は前回よりも高い。
サソリ型の側にいた数体の通常個体は冷気の余波だけで凍りつき、砕け散っていった。
しかしーーーー。
サソリ型には全く効果がなかった。体表に霜がつく程度で、凍らせる事ができない。
「そんな……っ!」
杏の顔に驚愕と恐怖が浮かぶ。次の瞬間、サソリの尾が杏に襲いかかった。鋭い針が、少女を串刺しにせんと突き出される。杏は上空から攻撃していたがために回避行動ができない。
針が杏を貫こうとした瞬間、杏は後ろに思い切り引っ張られ、後ろに放り投げられる。そして目の前で針と鉄がぶつかる音がした。
巨大バーテックスの針が僅かに横に逸れている。
「幸斗さん!?」
「早く下がれ、馬鹿!…ぐっ!」
幸斗は衝撃で後ろに飛ばされて、樹海に叩きつけられた。こんな状況でも、敵はこのサソリ型だけではない。杏が仕留めきれなかった通常個体が集合し、進化体となっていく。
「…切り札…使うわ」
そんな中、真っ先に決断したのは千景だった。若葉も友奈も、もう迷えないと思ったのかその身に精霊を宿す。
「幸斗さん!」
樹海に叩きつけられ、倒れている幸斗に杏が駆け寄る。
「来るな!早く逃げろ!少しでも距離を…!」
幸斗は痛みを堪えて必死に声を張り上げる。杏は完全に幸斗に気を取られていた。だから、後ろから襲いくる針に気がつかない。
「あんず!危ない!」
「!?」
球子の声で我に返った杏は、顔を上げるとすぐ近くにサソリ型バーテックスの針が迫っていた。今度こそ避けられない。そう確信した。だが、次も間一髪で、精霊の力、輪入道の力によって巨大化させた旋刃盤乗った球子が助けに入った。
球子は杏の手を取り、旋刃盤の上に引っ張り上げる。狙いが外れた針は、倒れる幸斗の頭の上を通過していった。
幸斗は息を呑んだ。今、一番恐れている事は何もせずに死ぬ事だ。今一度、自分の心臓を確かめる。
「ちゃんと動いてる。なら、まだ戦える。背中の痛みなんて、あれに比べればよっぽど」
幸斗は痛みを堪えて立ち上がった。
幸斗が立ち上がっている間に、杏と球子が同時に攻撃している。『切り札』による同時攻撃。普通ならばそれで敵は消滅する。
だがーーーー。
「これでも、ダメなの?」
一切敵には損害が与えられなかった。輪入道と雪女郎。言ってしまえば現在の『切り札』の中でも最高峰の攻撃力を持つ二つの『切り札』でさえ、傷がつかなかった。つまり、今現在、サソリ型バーテックスの力は勇者が持ちえる力を完全に上回っていた。
次の瞬間、杏と球子は巨大な尾によって、トラックと激突したような衝撃に襲われた。
精霊による強化は解除され、二人は空中から落ちていった。
「頼む。瑞樹、多分、ここが正念場だ。力を貸してくれ」
あたりを見渡すと、若葉も友奈も千景もバーテックスの準進化体に囲まれて身動きが取れなくなっている。杏と球子を助けられるのは自分しかいない。幸斗は全力で地を蹴った。
「起きろ!あんず!」
杏は落ちた衝撃で気を失っていた。球子は杏に声をかけるが、目を覚さない。
「くそっ!」
サソリ型バーテックスは球子と杏を見逃してはいなかった。球子と杏へと再度狙いを定め、尾を振るう。
「くそおおおおおおおお!」
輪入道の力を失い、元の大きさに戻った旋刃盤を楯形状にして、球子は尾の針を防ぐ。
「ぐっ、うう……っ!」
サソリ型バーテックスの攻撃は重く、執拗で、おまけに一撃では終わらなかった。何度も何度も針を突き出す。絶対に殺すと言わんばかりの攻撃だった。
ガン!!
ガン!!
ガン!!
「ううううううぅぅ!!」
重たい一撃、一撃を球子は歯を食いしばり、足を踏ん張って耐える。
ガン!!ガン!!ガン!!
一度防ぐたびに骨が軋み、いつ壊れてもおかしくない。足も地面にめり込んでいる。だがそれでも球子は逃げない。彼女の背後には気を失って倒れている杏がいる。球子が防ぐのをやめれば杏が串刺しになる。それは球子にとってそれは許されざる事だった。
「……う……タマッチ先輩?」
杏はようやく意識を取り戻し、この光景を見た。ただひたすらに、自分を守るために敵の攻撃を防ぎ続けている球子を。
「目、覚ましたか?」
「タマッチ先輩?」
「早く逃げろ…あんず」
「何言ってるの!?タマっち先輩こそ逃げないと!」
しかし、球子は首を横に振る。
「タマは無理だ…」
「どうして…」
「……足が痺れて動かないんだ…。多分、骨が逝っちまってる…」
「…………!」
杏が言葉に詰まる。その間にもサソリ型は絶え間なく針を突き出す。
「はやく、にげろ、あんずだけでも!!」
「ダメだよ!できるわけないよ!」
「このままだと…二人とも…死ぬ」
「嫌!絶対に嫌!!また、そんなことって、そんなことって!」
前にも同じような事があった。杏を庇って球子が怪我をした。球子はどんな事があっても自分を犠牲にして杏を守る。そんな球子を置いて自分だけ逃げるなんて、杏にはできなかった。
「あんずのぉ……わからずや!」
球子の旋刃盤に亀裂が入る。
「わからずやでもいい!私は何があってもタマっち先輩を置いて逃げない!」
杏は立ち上がり、クロスボウを構えた。だが、やはりどれだけ命中しようとも敵に傷がつくわけでもない。
ガン!!ガン!!ガン!!ガン!!!
あと一撃でも入れば壊れる。
そんな時、球子と杏の目の前に桜の花弁をかたどった盾が現れた。
杏は後ろを振り向く。
そこには、本当に今度こそ自分を支えていてくれたものを失った少年がいた。
「ごめん。瑞樹。…ありがとうな。ここまで俺を導いてくれて」
幸斗は既に自分の命もかけられない事を知り、球子と杏を守るために、ここまで自分を支えてくれた『瑞炎』を糧にして桜の花弁を模した盾を作り出した。これ以上の代償は存在しないだろう。
「本当に、全部……。いや、まだだ」
まだ何もかもを失ったわけではない。
幸斗はサソリ型の攻撃を一身に受け続けている球子の下へと再度跳躍し、ギリギリのタイミングで盾を展開する事ができた。
球子の正面に、エネルギーを集合させ、編み込まれた盾が展開される。
だが、所詮その場凌ぎで作った鈍。
一回目の突きで五枚あるうちの一枚が崩壊した。
ガン!!
二回目の突きで四枚あるうちの一枚が崩壊した。
「何やってるんだ!早くにげろ!」
ガン!!!
三回目の突きで三枚あるうちの一枚が崩壊した。
「違う、違うの幸斗さん!タマッち先輩も、私もここから動けない!」
「ここまで来たら根性だ!とにかく動け!」
ガン!!!!
四回目の突きで二枚あるうちの一枚が崩壊した。
「なんで、どうして動かないの!っ!せめてタマッち先輩だけでも!」
必死に動こうとする杏を球子は止めた。球子はそっと杏の手に自分の手を重ね合わせた。
「もういいよ、あんず。…タマ、察したかも。多分さ、ここでタマたちはいなくならなきゃいけないんだよ」
球子に杏は何も言えなかった。もしかしたらもう杏も、身体が動かない時点で全て察していたのかもしれない。球子は杏に小指を向ける。
「もう持たない!早く動け!」
幸斗の言葉はもう二人には届いてなかった。杏は向けられた小指に自分の小指を絡めた。
「もし、生まれ変わったら、今度は、ずっと一緒にいられるといいな。今度は、姉妹だったらいいな…」
球子の言葉に、杏は涙を浮かべながら頷いた。
そしてーーーー。
幸斗の盾が砕け散る音と共に、二人は針に貫かれた。
口から、耳から、目から、身体から。全身から血を溢れ出し、二人は宙を舞った。
宙を舞い、他に落ちた杏と球子。二人の貫かれた身体からは絶え間なく血が流れ出た。
「なに、やってんだよ」
幸斗はその光景を茫然自失としながら見ていた。責めることは間違いだとわかっていた。だが、心の支えであった友の剣を捨ててまで盾を作り出し、二人を守ろうとした。結果はどうか。最悪な形で全て跳ね返って来た。
「はははは、ははははははははははははははははは!!!!!」
幸斗はあまりの馬鹿馬鹿しさに笑いが込み上げた。
もう、心はこれ以上にないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
元々弱かった心は自分が想像していたより、さらに弱くなっていた。
幸斗はしばらく、二人の遺体を見ながら笑い続けていた。