花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第10話 新たなる契約

 幸斗はただ笑い続けている。

 目の前には腹部に大きな穴が開けられ、全身から血を流し、血に塗れている二人の姿があった。どんな治療を施そうと、奇跡が起きようと治らない。

 自分を犠牲にしてでも守り通すと誓った。だから、自分の心の支えとなっていたものを代償に、二人を守る…はずだった。

 

「それが…それがッ!このざまかよっ!!ははははははははは!!!」

 

 理想はなく、奇跡もなく、希望もない。ついには幸斗は心の支えまでも失った。自分の薄っぺらい覚悟が招いた結末がこれだ。

 

「金屋子神……こうなる事がわかっていて、どうしてお前は、お前は!俺に力なんて与えたああああああ!!」

 

 声を上げ、樹海化した地面を何度も何度も殴りつける。

 他者を殺し、誰かを守るために自分を殺し続けた不知火幸斗という人間はどうしようもなく、愚かだった。

 視界の端では若葉と千景が二人の仇を取らんと、雄叫びを上げながら何度も何度も精霊の力を使い、さそり座に攻撃をし続けている。だが、傷という傷は与えられていない。

 あれは『進化体』などではない。もはや『完成体』と言ってもよかった。その敵は、これまで戦ってきた敵とは全く異なるものだった。

 

「もういらねえよ。こんなの」

 

 幸斗はゆっくりと立ち上がると金屋子神の力を宿した携帯端末を足元に落ちていた球子の旋刃盤の破片で真っ二つに叩き割った。『瑞炎』がなくなった以上、この力に固執する必要もない。それに、幸斗が契約していたこの勇者システムはある種独立したもので神樹は殆ど関係がなかった。

 真っ二つになった携帯端末が地に落ちると同時に勇者礼装が解除される。次に勝手に契約を破棄したことに怒るかのように、心臓の辺りにある痣が燃えるように熱くなった。それと同時に不知火幸斗を焼き殺さんと激痛が走る。

 だが、もう既に幸斗の身体はその激痛すら感じなくなるほど完全に壊れていた。金屋子神は幸斗が裏切ることも想定済みだったのだろう。その為に二度とこの先生きれぬ身体にしてしまったかのようだった。

 神は気まぐれ。怒りも傍観するも、悲しむのも全て。それを幸斗は痛感した。

 幸斗は二人の遺体から力無く立ち上がると、フラフラとおぼつかない足取りで離れる。

 死にたいと思いながらも、まだ心のどこかで抵抗心が、否。これは復讐心が芽生えている。

 

(倒す……。あの化け物だけは何が何でも……!)

 

 死ぬのならまだみっともなく足掻いて、あのさそり座だけでも屠る。それが今の幸斗が、せめて何もできずに見殺しにしてきてしまった人たちや、失わなくてもよかった命を失わせてしまった二人の為にできる唯一のことだった。

 二人の遺体の近くから友奈の叫び声が聞こえる。それと同時にとてつもない力が友奈に宿った。

 『酒呑童子』三大妖怪の一鶴。妖怪たちの王。

 その力を宿した友奈が怒りのままにさそり座に激突する。それとは対照的に幸斗は丸腰でさそり座に近づく。丸腰で歩く幸斗の傍らに突如、一つの懐中時計が現れた。まさに幸斗が金屋子神との契約を一方的に破棄するのを待ち侘びているようなタイミングだった。

 

『死ぬ気か?』

 

 その懐中時計からはいつか聞いたのと似たような声が聞こえる。

 

「いずれ人は死ぬ」

 

 幸斗はただ前だけを見て進み続ける。

 

『怖くないのか?』

 

 自分が死ぬことなど怖くない。だけど、目の前で何かが失われる方がもっと怖い。

 

『生きようとは思わないのか』

 

「思わないね」

 

 懐中時計は笑うはずはないのだが、幸斗にはこの懐中時計がニヤリと笑ったように感じた。

 

『力を貸してやると言ったら借りるか?』

 

「もうごめんだ」

 

 幸斗は拳を握りしめた。幸斗は既にわかっていた。この突如傍らに現れた懐中時計は金屋子神とは違う種類のものである。神樹の一部をなす、正真正銘人類の味方であると。

 

『ワタシとしては君に死なれるのはかなり不都合なのだよ』

 

「そんな一方的な話、聞いてられるか」

 

 神の都合など、今の幸斗には考えられない。今の目標はただ、あのさそり座を殺すことだけ。だが、この懐中時計はそんな幸斗の様子を意にかいする事なく、一方的に話を進める。

 

『そう怒らないでくれよ。君にこんな時で悪いがいい取引を持ちかけようと思う。君はそろそろ寿命が終わるのだろう?ならば、その命が尽きる前にその肉体、というより人間的には肉体のデータと言えば分かるかな?それをワタシにくれないだろうか。そのかわり、君の寿命が完全に終わるまで、ワタシは無条件で君に力を貸し与えよう。どうだ?」

 

「何言ってるのか全くわかんねえけど、肝心のお前の力ってなんなんだよ。というか、もう俺は神なんて信じない」

 

『話だけでもーーーー』

 

「うるせえ!黙ってろ!!」

 

 ついに幸斗は怒りの限界を超え、懐中時計を掴むと地面に叩きつけた。それでもこの懐中時計は懲りずに話し続ける。懐中時計には人の心などわからなかったのだ。

 

『時の流れから、過去にあったものを君の手の内に映し出す。とでも言えばわかるかな?ワタシはその依代を見て分かる通り時の神でね。未来はともかく、過去の遺物であればなんでも取り出せる。しかもそれには代償が伴うことはない。どうだ?あまりにも優良物件に思えるが?』

 

「いい加減にしろよ!!」

 

 幸斗はついに堪えきれなくなり激昂した。燃えるように全身が痛む身体に加えて脳が沸騰するような怒り。幸斗自身も分からなかった。何故、自分はここまで怒り狂っているのか。

 

「お前は何がしたいんだ!神がなんだか知らねえけどな!こっちはお前らに振り回されてんだ!!過去の遺物が取り出せる?そんなのどうでもいいんだよ!!だったらせめて、せめて!あの二人の命を返してやれよ!!お前らが自分達のことを神だと言うのならば、そのくらいやって見せろよ!!!」

 

 幸斗は息をつくのも忘れて一気に捲し立てた。元々弱っていた身体にさらにダメージが与えられてしまったのか目眩がして、膝をつく。

 

「頼む…頼むよ……。俺の命なんてどうでもいい。だから、あの二人を。杏と球子を返してくれ…」

 

 だが、そんな幸斗の願いも一蹴された。この時ばかりは冷酷な声音だけが幸斗の耳に残り続ける。

 

『死んだ命は戻らない。それは君だって分かっているだろう?いくらワタシが神だからと言えどもそれは禁忌だ。だけど、もう二度と失わせないために努力はできる。君は、それができないと感じたからあの神とは契約を切ったのではないか?切ったところで呪いは解けないし、むしろ酷くなっているまであるが』

 

 結論として幸斗の行く末は決まっていると宣告されたようなものだった。それでも僅かな光すら掴める可能性があるのなら今の幸斗に掴まない手は無かった。

 

「……お前の力なら、もう誰も失わないのか?」

 

『さて、どうだろうね。ワタシは君に残された時間も、体力もわからない。君が何を守りたいのかはワタシには計りかねる。だが、力だけなら無限に貸そう』

 

「裏切るかもしれないぞ」

 

『別にワタシはそうされても仕方ないと思っているからなんとも思わないさ。君がワタシを信頼できず、金屋子神にしたように一方的に切ってもらっても構わない』

 

「好条件すぎる」

 

『じゃないと君はワタシを受け入れてくれないだろう?あと、そうそう。君が先程まで精神がかなり不安定だったのは君が固執していた剣が擬似的な精霊だったからだ。精霊は使いすぎると精神に支障をきたす。ちなみにワタシにはそのような代償はないから安心したまえ』

 

 言われてハッとなる。確かに今の幸斗は怒りと悲しみ。復讐心に支配され、何も見えていなかった。この不思議な時計が現れていなければ、無謀に突撃してその命を意味もなく散らしていた事だろう、

 さそり座を殺すことだけを考えていた幸斗の心は大きく揺れた。意味のある死を遂げられる。ましてや生きられるかもしれないと言う未来は幸斗には夢物語でも説得に応じるには十分すぎた。

 

『それと今から三十秒後にさそり座の尾がこちらに向かってくる。契約はあの日と同じようにワタシに触れ、願え』

 

 さそり座と戦っている友奈がさそり座の尾によって大きく吹き飛ばされる。しばらく戻って来れないと判断したのか、さそり座の攻撃目標は幸斗の方に移った。

 球子と杏を串刺しにした針がこちらに向けられる。幸斗は息を大きく吸った。コンマ数秒で自分の気持ちに整理をつける。

 

(壊れて、壊れて、壊れて、壊れて、壊れて、押し殺して、救われて、壊れて、壊れて、壊れて、救われて、間違えて、失って、失って、失って………)

 

 過去を瞳の奥に宿し、目を開くと全てが止まって見えるような錯覚を抱く。幸斗はその緩やかな時の流れに身を預けた。

 

「間違い続けてきた俺だから、今回も間違いかもしれない……。だけど、わかった。残ってしまったこの命、お前に全て賭ける!!」

 

 幸斗は懐中時計を心臓のあたりに押し付けた。

 

『契約完了だ。さあ、行こうか。亡霊くん』

 

 時の神の皮肉に幸斗の口角が上がった。身体中に前回までの力とは異なる別の力が宿る。三年前とは違う。誰の犠牲もなく、自分を犠牲にする必要もない。あまりにも都合のいい話。信ずるに値しない。

 どんなに夢物語でも、もう誰も失いたくない。きっと、今までの自分は正解でも不正解でもなかった。ただ、中途半端に駄々をこね続けた子供だ。自分を犠牲にして誰かを守る。そんなものただの理想論であり、間違いだった。

 自分を犠牲にしたところで何も産まない。産んだのは争いのみだった。いらない心配をかけ、輪を乱し、自分の都合に縋り続けた。

 挙句の果てに、失わせてしまった。

 

(だから、今度こそ俺は……!)

 

 怒りを、痛みを、苦しみを、悲しみを。喜びを。

 物や、感情を幸斗は与えられてばかりだ。与えられてばかりだから間違え続けたのだ。自分の意志を持たない。それが何よりの過ちだった。

 力は借りたと言うのに、身体に力が入らない。足で踏ん張るのでも限界に近い。だけど、倒れるわけにはいかない。幸斗は歯を食いしばって堪える。

 

「まだ、死ねるかぁぁぁああああ!!」

 

 さそり座の針が幸斗を串刺しにしようと、凄まじい速度で幸斗に迫る。

その針は幸斗の腹をーーーー。

 

『適応能力がやけに高いな。君は』

 

 貫くことはなく、むしろさそり座は吹き飛ばされた。

 さそり座は自分の武器がなくなるなど想像をしていなかったのかその正面の人に似た顔の部位は動揺しているようにも見え、後退りして距離をとった。そこに友奈がすかさず追撃を与える。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 怒りに濡れた友奈の拳はさそり座の無表情な正面部分が一撃で吹き飛ばされた。新たな精霊を宿した友奈の力に若葉は驚愕していた。そして、もう一人の死に体にも。

 

(あれはなんだ?幸斗は何をした?)

 

 幸斗の攻撃は今の友奈と同等、いや、それ以上かもしれない。

 酒呑童子。精霊の中でも大赦に危険視され、決して使わないように忠告を受けるほどの力だ。

 だが、その酒呑童子を超える威力を持つ攻撃は事実上無力となっていた幸斗からもたらされた。若葉が驚くのは無理のない話なのである。

 

「あの馬鹿は!」

 

 この時、若葉は幸斗がまた自分の寿命をすり減らして攻撃をしていると思っていた。球子と杏を助けられなかった責任感からか、元からあった自己破壊衝動からか。元々壊れていた心がさらに粉々に打ち砕かれて、極限状態になったのではないかと。

 だから若葉は戦うなと言ったのだ。友奈も大概だが、幸斗も必ず無理をする。その理由も『誰かが傷つくくらいならば自分が』という友奈と、『二度と誰も失わせない』という幸斗では似て否なるものではあると言うことに本人は気が付いてすらいないのだから。

 若葉も戦列に加わろうとするがまだ自分の周りを準進化体によって包囲されている。

 

「精霊の力を使ってもまだ打開できないのかっ!」

 

 若葉は客観的に見れば強かった。それは誰の目にもそれは明らかだ。だが、若葉はそれでも自ら死を選ぼうとする仲間を止められない自分の未熟さを呪った。

 そんな若葉の苦悩の中、幸斗もまた激しい戦闘に身を置いていた。

 

『ワタシと君はなかなか相性がいいらしい』

 

「いいのか悪いのかはさておき、お前いつまで俺に話しかけてくるんだよ。戦闘に集中させてくれ」

 

 幸斗は友奈が追撃していったさそり座に追いつくために疾走しながら、このあまりにも距離感が近すぎる相棒?に困惑していた。それでも視界に友奈とさそり座が入ると幸斗は気を引き締める。

 だが、さそり座は目の前で消滅した。

 

「もう、倒したのか?」

 

『みたいだが?』

 

 幸斗は一度、足を止める。敵はもういない。だが、まだ何かを殴り続ける音が樹海に響いていた。そして、一つの鬼の影が幸斗の上空に現れる。

 

「!?」

 

『後ろに飛べ』

 

「言われずともっ!!」

 

 幸斗は全力で地を蹴った。轟音。砂煙。

 そして、元々幸斗が立ち止まっていた場所に大きなクレーターが出来上がっていた。そのクレーターの中心には全身を血で濡らした友奈が立っている。幸斗はその姿を見て全身が硬直した。あまりにも強大で、視界に入るだけで他者を圧倒するその力は紛れもなく『鬼』だった。

 

「ああああああああああああああああ!!!」

 

 友奈は幸斗を睨みつけると叫び声を上げながら再び地を蹴った。

 

「やめろ!友奈!」

 

 幸斗は友奈の拳を間一髪で避ける。だが、衝撃波で頬が軽く切れた。友奈の目は幸斗の事を完全に敵だと認識していた。その目は、先程までの自分と同じ目をしているように感じられた。

 

『精霊に飲み込まれる前に彼女を助けろ。死ぬぞ』

 

「さっきからわかり切った事ばかり言ってるんじゃねえ!有用な情報出しやがれ!」

 

『さっきから君、ワタシに文句が多いよ。集中しなよ』

 

 軽口を叩きながらも幸斗はひたすらに攻撃を避け、友奈を止めるための方法を探る。

 

(無理矢理押しとどめる?)

 

 一瞬の自問自答。しかし、今の幸斗はもう人間としての力はほぼゼロに近い。けれど今はそれを補える能力を幸斗は手にしていた。

 

「どのくらいの強度までの武器なら出せる!?」

 

『現状、君の体力だとこれだろうな』

 

 幸斗の頭の中で一つの設計図が思い浮かぶ。それは二つで一つを成していた。『ソハヤノツルギ』と『大通連』と呼ばれる夫婦刀。数多の鬼を切ったとされる伝説の名刀。幸斗は二本の剣をその手に宿す。

 そして、その二本の剣を友奈を止めるために、そして傷つけないように腹の部分を向けて振り下ろした。

 だがーーーー

 

「なっ!」

 

 幸斗の剣と友奈の拳がぶつかる寸前、友奈が先に力尽きた。それと同時に友奈の勇者礼装が解除される。

 幸斗は動いてしまっている腕を全力で止めに入った。だが、それも遅かった。ザッという音共に、鈍い感覚が幸斗の手の内で広がった。

 

 

 

 全ての敵を打ち倒し、友奈を止めに入ろうとした若葉は信じられないものを見た。

 幸斗が友奈に剣を振り下ろしている。そして、その剣は友奈を血に染めた。若葉はそれを見た瞬間、激昂した。

 もう戦いは終わった。仲間割れをしている余裕などない。それに、まだもしかしたら球子と杏は助かるかもしれない。助からないかもしれない。

 だが、それでもやっていい事と悪いことがあるのは誰でもわかる。

 

(何故、何故何故何故何故何故何故何故!!)

 

「乃木さん!こちらもようやく終わったわ。早く高嶋さ、んを…」

 

 千景もようやく全ての敵を倒し切り、若葉に合流したが若葉の様子がおかしいのを確認して若葉の見ているものを千景も視界に入れてしまった。千景は驚愕のあまり、声も出せなかった。

 

「幸斗おおおおおおおおおお!!!」

 

 若葉は『生太刀』を鞘から再度抜き出すと、幸斗に向かって跳躍した。

止血の作業に入っていた幸斗はこちらを見ていない。若葉は激情を抱いたが故に、幸斗の驚愕にも似た焦りに気づかない。

 球子や杏を失い、突然の幸斗の乱心っぷりに、冷静さを欠いた若葉には幸斗の友奈を治療するその様子すらわざとらしいものに見えた。若葉が『生太刀』を振り下ろそうとした瞬間タイミングよく樹海化が解除された。

 

 

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