最初のバーテックスの侵攻から数日後。
「乃木さん、鷲尾さん!イネス行こう!」
という銀の呼びかけにより今四人はイネスに来ている。四人で行動を共にするのはあの戦い以来だ。
神樹館では原則四年生を超えると買い食いが許可される。お金と使い方を知れ!的な思惑もあるのかもしれない。多分ここまで命令形ではないと思う。
六年生になる須美と園子と銀と俺は堂々とおやつを買って食べることができる。今回は第二次祝勝会といった所だろう。
イネスについた俺たちは早速銀の案内に従って地域最大級のショッピングモール。イネスに立ち寄った。
何気に遊びの目的でここに立ち入ったのは初めてだ。妙に真新しく見えるものだ。黙って3人の後ろについて行くと、たどり着いたのはフードコート内のジェラートや。そこで銀は慣れた手つきで商品を購入。俺は初めてで迷っていた園子の分も購入して席に着いた。
「どう?どう?ここのジェラート美味しくない?イネスマスターのあたしのオススメ!」
なんだイネスマスターって。と思わず突っ込みたくなるのを抑える。すごく目が輝いてる。余計なことは言わない方がいいだろう。
「うん!うん!すっごく美味しいよ〜。最高だよみのさん、クレープもいいけどジェラートも美味しいよ〜」
早速一口運んだ園子はあまりの美味しさに目に涙を浮かべながらジェラートを食べ進めている。泣けるくらい美味しいのかと思い俺もジェラートを口に運んだ。
「!?」
(なんだこの不思議な味はっ!クセが強い!)
俺が食したのは銀おすすめの醤油味ジェラートだった。決して不味いというわけではない。これは人を選びそうだ。
「鷲尾兄、お口にあったかい?ここの醤油味ジェラートは」
「お、おう。独特な味だな?」
「あれ?ウケが悪い?」
「ハルスケ〜わたしにもちょうだい〜」
何故か園子は俺の食べている醤油味ジェラートが気になるようだ。
「別にいいけど……ってハルスケ?」
「晴哉くんの呼び方〜。いつの間にかミノさんと名前で呼び合う中になってたから対抗しようと思って〜」
「そ、そうなの?俺に似合わず可愛らしいあだ名なことで」
「気に入った〜?」
「まあ、嬉しいのかな」
「やった〜!それならそれなら、私のことはそのっちって!はい!」
「園子」
「わっしーもハルスケも冷たいんよ〜」
そうまでガックリと肩を落とされると申し訳なさが勝つ。ただ、なんとなく俺が最初にその呼び方をするのは違う気がした。
「けど、乃木呼びよりかは良いからOK〜」
「なんだそりゃ!」
銀は俺と園子の2人の会話を見守って、ケラケラと笑う。
どうにも心の中で飼っている自分の嫌な部分が返答の歯切れを悪くさせた。俺はそれを誤魔化すように話題を元に戻す。
「食べるのは良いけど覚悟してくれよ」
この味を食べてジェラートを嫌いになってほしくはない。俺はスッと醤油味ジェラートを園子の目の前に差し出した。だと言うのに、なかなか自分の口元にスプーンが来ないので園子は首を傾げている。
「あの、乃木さん?」
「食べさせてくれないの〜?」
「自分のスプーンあるんだし、それで食べてくれよ……」
俺が変な緊張感のせいでぶっきらぼうに言ってしまった。
「こうすると友情が深まるって本で見たんよ〜」
「なんて本を読んでるんだ」
俺とて生粋の本好きであるが、そのようなことが書いてある本は滅多にお目にかからない。
兎にも角にも、俺は諦めてスプーンでジェラートを掬い、園子の目の前に差し出した。園子はそれにパクりと食いついた。
「確かに変わった味かな〜?不味くはないよみのさん」
「不味くはないって…くっ!今度こそこの美味しさを伝えてみせる!!」
俺は一生伝えられない方に一票を投じておくことにした。
そしてこの会話の最中、ただ一人ジェラートを見て固まっている者が一人。須美はずっとジェラートと睨めっこをしていた。
「わっしーは何味だっけ?」
「私は宇治金時のジェラートよ。とても美味しいわ」
神妙な面持ちで須美は答えた。
「じゃあなんでそんなに難しい顔がしてるの〜?」
「私はせいぜいおやつなんて、和菓子かところてん派だったから…この味に揺らいだ自分の信念が、情けなくて…」
須美はもともとカタカナの物が苦手だ。昔の大日本帝国の敵の言葉がどうとかと説明されたことがあるが、いまいち理解できなかった。
俺が唯一、須美の事がわからないことでもある。今、必死に歩み寄っている最中である。
「じゃあハルヤもジェラート食べたの初めて?」
「いや?普通に食べたことあるぞ。家では須美に合わせてるけど」
別にお菓子ごときに優劣をつける気なんて全くない。みんな違ってみんないいというやつだ。
「園子のやつは、メロン?」
「そうだよ〜。はふぅ。メロン味大正解〜」
「うまそうだな。俺も今度それにしよ」
失礼ながら醤油味ジェラートより幾分か美味しそうだ。
須美は隣で「このほろ苦い抹茶とあんこの甘さが織りなす、調和が絶妙だわ…うん。うん」と頷きながら食べていた。年相応の笑顔を浮かべながら。
(ここを教えてくれた銀には感謝だな)
「ふふ、なんだか鷲尾さんって面白っ!」
「ね〜。私、もうちょっと怖い人だと思ってたよ〜」
確かに初期イメージはそうなるよなあ。俺だって未だに怖いもん。
あまりにも須美が美味しそうに食べるものだから、園子は須美の抹茶ジェラートが気になったらしく物欲しそうな目を須美にむける。
銀が「一口貰えば?さっきみたいに」とけろっと言った。
「そうだね〜、それじゃあ一つお言葉に甘えて…いただきます〜」
一方的に言って、園子はあーんと口をあけた。
(…!?)
須美はフリーズした。言葉通りしっかり固まったのだ。
やばい。笑いそう。
園子は既に目をつぶって、待ち受け体制に入っているではないか。
須美は意を決したのかスプーンでジェラートをすくいとって、それをおそるおそる園子の口に運んだ。
「…もむ……もむ…んむ。うん。美味しい〜!」
園子はぱあっと顔を輝かせた。
「じゃあ、じゃあ、私のも食べてみてよ、わっしー」
そう言ってメロン味のジェラートが乗ったスプーンを、須美の前に差し出した。
(…!?)
須美の思考は再びフリーズした。
色々と人生初経験のことが多すぎて頭の中がショートしたのだろう。ならばここは兄として背中を押してやるのが道理。
「大丈夫だぞ。別にはしたなくないし、それに俺としては目の保養になる」
次の瞬間足に衝撃が走った。
「いっ!!??」
須美の踵が静かに俺の足へとめり込んでいた。俺は声を押し殺して悶絶する。
(べ、別に何も悪いこと言ってないじゃないか!!)
と俺は心の中で反論した。そんな俺の様子など意に返さず園子は終始笑顔である。
須美はメロン味のジェラートが魅力的に映ったのか、なにより園子の嬉しそうな顔を見ていると断れなかったようで。
「あ、あーん」
須美はこうして公衆の面前で餌付けされた。顔を真っ赤にしてすごい照れていた。
「なんだか初々しいじゃん、ガチの恋人か!」
と銀は笑いながらツッコミを入れていた。
「二人ともお似合いだぞ〜」
と俺も適当に二人をからかった。改めて自分の状況を俯瞰したのか、須美は少々恥ずかしそうだった。
さて、ジェラートも食べ終わり、これからどうしようかとなった時携帯の音がなった。
「悪い。俺のだ」
俺は須美たちから一旦離れて電話に出た。後ろから園子の「誰からかな〜」という間延びした声が聞こえるのを聞きながら通話ボタンを押した。
「はい」
「安芸ですが、鷲尾くんの携帯で間違いないでしょうか」
完全に予想してなかった相手からの電話だった。
何か学校でやらかした記憶もない。戦々恐々としながら返事をする。
「はい。そうですけど。えーっと…要件は……。俺、課題出しましたよね」
「残念だけど提出してるわ。それより、申し訳ないのだけど、今すぐ学校の保健室に戻ってください。そこで詳しく話します」
「わかりました。すぐ行きます」
それから俺は三人に断りを入れて学校へと戻った。今頃三人仲良く絆を深めているくらいだろ。
何を言われるのかと覚悟を決め、扉をノックし保健室へと踏み入る。
「失礼します。先生、何があったんですか?」
電話の口調ではなかなか深刻な事態が起きてそうな感じだたった。勇者システム関連だろうか。
「わざわざ戻ってきてくれてありがとう。そうね、単刀直入に聞くわ。鷲尾くん。どこか身体に以上はない?」
「いえ、ないと思います。まだ先日の怪我は完治してませんけど」
「そう…まだ影響は出ていないのね…」
「影響?」
なんか不穏な空気になってきた。数日前に初陣を済ませたばかりなのに異常が見つかって戦線離脱とか言われたら溜まったものではない。
「えっと、俺の身体で何が?」
「結論だけ言うわ。貴方はこの勇者システムを使い続けると、もう人には戻れない」
「は?」
要するにそれは……。俺は人ではない何かになると言うことだろうか。
安芸先生の答えはそれに近しいものだった。
「貴方はそのうち、その勇者システムの根底を成している何かに取り込まれる」
「仮に取り込まれた場合、どうなるんですか…」
「貴方はこの端末無しで勇者の礼装を見に纏う事ができるようになります」
「それっていい事なんじゃ……」
いつでもどこでもバーテックスと戦える。常に勇者達を守る立場からしてみれば願ったり叶ったりではないか。
そんな淡い願望を先生はことごとく粉砕した。
「取り込まれた最初はね……。けれど、回数を重ねるたびに内側から身体は崩れていくわ」
絶句するしかなかった。
言われている内容を理解しようと何度も反芻させるが理解できなかった。
「死ぬんですか?」
「まだ私たちにもわからないの。ただ、危険であることには変わりはないわ」
それから更に一言二言言われた気がする。だけれど、俺はその内容を噛み砕くことが出来ず、ただぼーっとしながら帰路に着いた。
それは帰宅してからも変わらず、俺は何も覚えていない。ただ、言われたことだけを反芻し続けている。
最後に先生はこう言った。
「もう、"守り人"のお役目から外れてくれても構わないわ。それくらいのことなの」
お役目から外れることなんてできるのだろうか。
お役目というものは神樹の意思であり、それを人が覆すのはあまりにも不敬だ。いくら俺が神樹が嫌いであっても大赦が許すはずがない。安芸先生のあれはせめてもの配慮の一言だろう。
それに、このお役目を降りるということは須美、園子、銀を見捨てることになるような気がした。
まだ交流を始めて日は浅いが三人はいいチームになるのは想像に難くない。それに、きっとあの三人以外にこの過酷なお役目は果たせない。
絶対一人も欠けさせてはいけない。
再度確認するが一人も欠けさせないことが俺のお役目。つまり、俺が欠けたところで支障は何一つとてない。
そもそもこのお役目は俺がどこかで欠けることを前提としているのではなかろうか。
実際迷う必要なんてなかった。決心はすぐについた。
時刻は午後10時に差し掛かろうとしている。きっと先生も寝ているだろうと思いながらも、この決意を無駄にはしたくなかった。
「夜分遅くにすみません。鷲尾です」
先生は俺の予想に反してまだ起きたいた。俺は思わず笑いそうになりながら、自らの思いをぶつけた。
「やります。俺は自分自身の最期まで、あの三人を守り通します」
この頃から既に大赦は一つのシステムを構築しようとしていた。
今はまだ未完成ではあるがこの先、バーテックスを容易に撃破可能になるであろう切り札を。
しかしそれは、"守り人"の勇者システムと同等、それ以上過酷なものになるとはこの時、大赦の人々は誰も想像していない。