花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

50 / 94
第12話 救いなき心

 友奈は精霊の力に身体が耐えきれず再入院となった。

 若葉と千景には大型バーテックスに傷ひとつつけられず、唯一の攻撃手段であった友奈は戦闘不能。今の大型バーテックスは体を整える事に集中していて、四国内に攻めてくることは恐らくない。その間に何か対策を取るというのが、今の大社の結論だった。

 

(杏が生きていれば…何かいい作戦を考えてくれただろうか……)

 

 若葉は勇者達の中で軍師となっていた、今は亡き杏を思い返す。若葉の中で悔しさと悲しさが渦巻いた。この現状を打破できる方法が、今のところ何一つと見つかっていなかった。

 

(それに、あの背中…)

 

 撤退する際、最後に見た後ろ姿。それは紛れもなく不知火幸斗の姿だった。2ヶ月近く、姿を見せていなかった幸斗がようやく人前に姿を見せた。一体、何処に隠れていたというのだろうか。

 しかも何が不可解と言えば、わざわざ若葉達を助けに来たことだ。

 若葉達の行動は大社に通じていなければ知ることはない。偶然、あの場に居合わせるなんて事は不可能だ。

 

「大社の中に通じている人がいるのか?」

 

 若葉は疑った。疑ったからと言ってどうにもなるわけではない事は若葉にも理解できる。若葉はひとつだけ幸斗に対して後悔していた。若葉は幸斗の事を信頼していない。それは紛れもない事実。

 あの幸斗の在り方を、若葉は許容できない。

 それでも、どんな思想を持っていようが幸斗は結果は伴わなかったが杏と球子を全力を守っていた。

 それに、友奈を斬ったのだって理由があるかもしれないのに、話を聞かず、勝手に一つの考えに縛られた。結果的に幸斗が望んで一人になったとは言え、それに自分が関わっているのは事実。

 少し冷静になって考えてみれば、自分にも非があるのではないかと思わされる。

 

(戻って来てくれ。そしたら、ちゃんと話し合おう。きっと自分達は誤解を招いている。すれ違っている。お前が眠ってしまっていた時間分、私はお前を知り得る機会を失った。許されるなら、その時間をくれ……)

 

 若葉は今になって渦巻く遅い後悔の念に駆られ自室の天井を仰いだ。

 

 幸斗は天井を仰いでいた。

 段々と自分に残された時間が少なくなって行くのを自覚しながら思考に浸る。

 ついでに現状を言っておくと、幸斗は鷲尾家に密かに匿われていた。既に大社の中で格式の高い家となっていた鷲尾家は情報を隠蔽してもらうには打って付けであった。

 しかし、二ヶ月近く世話になっており、迷惑をかけるのも気が引けるため、そろそろお暇しようと考えている。

 

「……出かけるか」

 

 鷲尾家の人に声を掛け、外に出る。

 昔のように、ふらふらと外を放浪する。既にかつてのような痛みはない。父親に殴られる痛みも、母親から罵られる声も、兄に嘲笑されるのも少し思い出せばあとは勝手に消えていく。

 何故突然、そのような事を思ったかは謎だ。疲れているのかもしれない。と思った。

 外にいても声をかけてくる人は誰もいない。何となしに大橋の付近の公園のベンチに腰掛ける。すると耳に主婦だろうか。二人組の会話が入ってきた。

 

「そう言えば、勇者っているじゃない?なくなったそうよ。二名も」

 

「聞いた聞いた。しかもそのせいで一般の人まで亡くなったそうじゃない。私たちの税金を使っておいて、何も守れないなんて無能よね」

 

 ついつい耳を塞ぎたくなる。その言葉は幸斗の心も強く抉った。大社は二人の死の隠蔽に失敗したらしい。

 

『君たち人間はよくそこまで亡くなった人のことを悪く言えるな』

 

「……何かに当たらないと、やるせないんだろ」

 

 幸斗は座って間もないのに、立ち上がってその場を立ち去った。独りになってからは周りの人々から情報を集めている。そこで判明したのはやはり、大社は厳しい情報統制を敷いているということ。以前、丸亀城にいた時のように正確な情報は何一つと入ってこない。憶測が一人歩きしていたりするのもしばしば。

 

『あの鷲尾という家の者達はそう考えると良心的だな。ワタシも困ったらあそこを頼ろう』

 

「どう頼るんだ。それに、お前が頼る日なんて来ないだろうよ。その前にこの終末戦争に片をつける」

 

『君、ちょっと性格変わった?』

 

「……さあな」

 

 幸斗は今日も独り、孤独に街を歩く。自分に恐れを抱きながら。

 

 千景は勇者が特集された新聞記事や、雑誌を積み上げた。心の支えになっていた友奈には今は入院しており出会えない。

 「勇者である」というのが今の千景にとって唯一の心の支えとなっていた。勇者である自分の存在価値を認めてくれる人々の声だけだ。

 今まで発刊された雑誌や新聞記事には勇者を称賛する声だけが載せられている。基本的には若葉を中心とした記事だが、千景も勇者の一人として讃えられている。

 それらの言葉はかろうじて、千景の心を繋ぎ止めていた。千景はノートパソコンを開く。さらに勇者の関連記事を探していく。勇者は四国の人々にとって群像的存在。自分達は恐ろしい敵と戦っているのだから崇められて、讃えられて当然。

 そう、思っていた。

 

「っ!!」

 

 匿名掲示板。そのページにも勇者を讃えるものもあった。だが、それ以上に異なる声もあった。

 

『役立たず』

『無能』

『所詮この程度』

『使えねえ』

 

 ネット上の書き込みを見ながら千景の手は震えていた。自分は、自分達は命を晒して、命懸けで戦ってきた。

 

 なのにーーーー。

 

「おかしい、でしょ」

 

 次の瞬間には千景の目には憎悪の暗い光が宿っていた。

 

 幸斗は勇者達とは行動を別にしたとは言え、嫌でも樹海化に巻き込まれる。眼前では若葉と千景が二人で星屑を相手に戦っていた。

 千景が七人御崎の力を使い、最後の一体を真っ二つに切り刻んだ。遠目から見ても、二人は力を使った代償に疲労が溜まっているようだったいかんせん、今月に入ってから敵の侵入数は格段に増えた。

 大量の敵を相手にするのに対して、人類はたった二人。倒すのにも時間がかかってしまい、樹海は侵食が進んでいる。

 

「で、こちら側も何も出来ず。と」

 

 幸斗は背後に圧倒的な威圧感を放っている大型バーテックスを振り返る。ここに来て、大社はこの大型バーテックスに対して何一つと対策を打てていない。

 

『流石にこの神器で何一つと傷つかないのでは太刀打ちできないな』

 

「だな」

 

 手に握っていた『布都御魂』を手の内から消し去る。少しずつ削っていければ何とかならないかと考えたが、そこまで甘いものではなかった。

 どうにかしなければ、と言う焦燥感に駆られる幸斗とは対照的に、身体に寄生する自称神は何やら冷静に郡千景の戦いぶりを観察していた。

 これまでと比較して、その妙に穏やかな太刀筋。立ち振る舞い。その全てが人の心を知り始めた神は訝しむ。

 

『……君。少しだけ郡千景を見ておいた方がいいかもな』

 

「どういうことだ?」

 

 幸斗は突然告げられた名に目を見開きながら、千景がいる場所を見る。その姿は疲労困憊しており、それだけで特に問題は見受けられない。

 

『とりあえず忠告はした。地獄絵図を描きたくなければ気をつけろ』

 

「……了解」

 

 幸斗は首を傾げながら、その場を後にした。

 

 千景は最近、よく命について考える。

 球子と杏の死以来、考えるようになった。いつ、自分もあの二人のようになるかわからない。それは現実味のない話ではなくなっていた。

 それと同時に勇者への批判の声が脳裏をよぎる。様々な言葉が浮かんでは消えることなく、心の中に澱みとなって残り続ける。

 なんのために戦っているのだろうか。千景は、段々と戦う意義を見失いつつあった。

 

 ひなたは病室前で若葉と千景の検査が終わるのを待っている。勇者ではなく巫女の彼女は何もできない不甲斐なさを抱えていた。そんな時、若葉が病室から出てきた。

 

「大丈夫ですか?若葉ちゃん」

 

「ああ、なんとか。だが、精霊を使うのはやめろの言われた」

 

「そうですか…」

 

 若葉とひなたが話している間に千景も部屋から出てくる。ひなたは千景の顔を心配そうに覗き込んだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫なわけ、ないわ。それと乃木さんと同じで精霊は使うなと言われたわ…」

 

「千景もか」

 

 若葉は眉を顰めた。

 

「あいつら…何もわかってないのよ。なんのために…身体をボロボロにしてまで……精霊を使っているのか。少しでも、被害を減らそうとしているのに」

 

 千景は俯いて苛立たしげに言う。

 

「だったら、もう二度と切り札なんて使わないわ!そしたら、どれだけの犠牲が出るか…あいつらは一度、身をもって体験するべきなのよ……!」

 

「千景、もう言うな」

 

 若葉が千景の声を妨げる。ひなたが悲しげな表情を浮かべていたからだ。千景の言葉は自分の立場に罪悪感を持っているひなたの心を傷つける。しかし、ひなたは千景の手を優しく握った。

 

「いいんです。全部吐き出してください。私でよければ全て受け止めますから。だからー」

 

 千景は言葉に詰まって無言となる。数秒の後、千景はひなたの手を振り払った。

 

「……放っておいて。巫女の貴方には、関係のないことだわ」

 

 千景はそう言い捨てて出口に向かう。

 

「待て千景!その言い方はないだろう!」

 

 若葉が千景の肩に手を当て、千景を引き止める。

 

「こんな状況だ!苛立つのもわかる。だが、だからといって人を傷つけていい理由にはならない!」

 

「あなたは、正論しか言わないわね」

 

「何?」

 

「正論で生きていけるのは、強くて、無神経な人だけよ!私はあなたほど強くない…無神経でもない!あなたには、私のような弱い人の気持ちなどわからない……!」

 

「こんな時に弱音を吐くな!」

 

「うるさいっ!!」

 

 千景は若葉を突き飛ばした。突き飛ばした先には観葉植物があり、若葉は勢い余って床に観葉植物ごと倒れ込む。赤い雫が、床に斑点を作る。

 

「ぐっ……!」

 

「若葉ちゃん!」

 

「あ……」

 

 若葉の怪我を見て、千景に動揺が走る。衝動的に突き飛ばしはしたが、怪我をさせるつもりなどなかった。千景は逃げるように出口に向かって走る。

「待て、千景!お前はーーーー」

 

 若葉が千景を追いかけようとするのをひなたは止めた。

 

「怪我の手当てが先です!」

 

「……」

 

 ひなたに強く言われ、若葉は留まざるを得なかった。それからが、二度目の悲劇の始まりとなる。

 

 幸斗は千景の動向を見越して、先に高知県の千景の出身地に潜り込んでいた。大社が千景に対し、実家に戻るように提案したという話を聞いたからであった。

 それを渋々受け入れた千景はその頃、少し前に特急列車に乗って高知県に入っていた。

 千景は武器である鎌を持ちながら、自分の中から聞こえる声に耳を澄ましている。

 

『乃木さんはあなたの敵よ』

 

「……」

 

 この声はこうして、千景をずるずると悪い方向へと引っ張っていっている。それに千景も自然に引き込まれていた。

 夢の中だけに出てくるくせに、ついには現実にまで口出しを始めた。

 

(うるさい。うるさいうるさいうるさい!)

 

 今は自分は夢を見ているのか、現実を見ているのか、千景はわからなくなり始めた。思考がまとまらない。

 

 そして、この声は最後に言う。

 

『不知火幸斗。彼だけはあなたの味方』

 

 

 千景が地元に戻った日の夕方。幸斗はベンチに腰掛け、携帯端末を見ながら送られてきた情報に目を通す。

 以前、脳内に響く声の忠告を受けて千景が戻ると言う一報を聞き、張り込んでいたわけなのだが案の定千景の家は幸斗が一度来たことがある場所だった。家の壁には様々な罵詈雑言が書かれた紙が無造作に貼られている。

 

『無法地帯だな』

 

 時の神はその様子を見てつぶやいた。

 

「人はやっぱり怖いよ。一応それは置いておいて……杏はかなり前から気づいていたのか?」

 

 精霊の使用による精神の不安定感。杏はそれをノートに自ら書き留めていたらしく、そのノートのおかげで大社は精霊運用を見直し始めたようだった。

 

「千景も見失うし、なんのための追跡なんだ」

 

 実を言うと幸斗は千景の行方を見失っていた。千景が戻ってから丸一日近く。一体どこから家の外に出たのか。

 

「お前の力で探せたりしないのか?」

 

『探せないからこうなってるんだよ』

 

「……役立たず」

 

『言っていいことと悪いことがあるよ。君』

 

 知ったことではない。と幸斗は鼻で笑う。神様であるには違いないのだが、この時の神は威厳も何もない。大して敬意を示すべき相手でもないと幸斗は捉えている。

 そんな存在などどうでもいいと言わんばかりに幸斗は身体を伸ばしてベンチから立ち上がった。

 

「探しに行くか」

 

『むやみやたらと歩き回る方が非効率的だと思うが』

 

「む……。確かに」

 

 結局時の神のアドバイスに納得してしまった幸斗は迷った挙句、この場で千景が家に戻ってくるのを待つことにした。

 その数分後、悲劇は起こった。近くから悲痛な叫び声がしたのを幸斗の耳はとらえた。

 

「なんだ?」

 

『子供の喧騒の一つでは?』

 

「意外に悠長だな。お前。今のがそんなのに聞こえたのか?」

 

『……まさかとは思うが』

 

「互いに嫌な予感はしてるってことね」

 

 幸斗は手に名もない刀を握ると少ない情報を頼りに千景を探し始めたのだった。

 走って走って走って。嫌な予感はどんどんと増幅していった。悲鳴は次から次に場所を変えている。それが何を意味しているのか、幸斗は考えたくもなかった。最初の悲鳴が聞こえてから数分後、遂に幸斗は血まみれになった人であった何かを目撃してしまった。

 

『……まさか、本当に』

 

「嘘、だろ?いや、だってこの一線だけはーーーー」

 

 超えてはならない。いくら幸斗でもそれは言われずとも理解していたことだ。千景は易々とそのデッドラインを超えてしまった。

 

「遅かった……!また、俺は!!」

 

『とりあえず行くぞ。このまま虐殺が続けば大変なことになる』

 

「……わかってる」

 

 眼前では人の遺体が山を作っていた。その中心には、血に濡れた千景が立っている。幸斗は魔女と化した千景を見据え、その目は覚悟を決めていた。

 

「止まらない以上、千景はここで殺す」

 

 事件の少し前。

 千景は田舎道を歩いていた。きっとこうやって歩いていれば、自分の顔を見た人々は寄ってきて賛美の声をかけてくれるだろうと期待した。

だが、そんな事はなかった。聞こえてくるのは千景が望んだものとは対照的なヒソヒソとした陰口。それも悪質なもの。

 

「あの子、よく戻ってこれたわね」

 

「あの人達のせいで死人が出てるって言うのに」

 

 千景は自分の耳を疑った。

(

私たちの……せい?)

 

 何を言っているのだろうか。あの人たちは。

 自分達は安全な場所から見ているだけで、少し劣勢になった瞬間この手のひら返し。

 千景は大鎌を握りしめて、その場に立ち尽くした。

 

『ああ、酷い。なんて酷い。あんなに勇者様、勇者様と言っていたのにすぐ手のひらを返す』

 

(うるさい…うるさい!)

 

『小さい頃を思い出しなさい。あなたにはこの地に味方なんていないのよ。みんな、あなたを傷つける』

 

(うるさい…うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!)

 

 千景は早足でその場から逃げた。

 家に帰っても環境は同じだった。父は自分の帰りを受け入れることもなく、天空恐怖症で寝たきりの母は何も喋らない。

 自分を罵倒する張り紙、「勇者は無能」だとする張り紙。「村の恥」とスプレー缶で壁に落書きされていたり。「死ね」などの直球なものまで多種多様だった。

 家の中からは父が発狂している声が響いている。

 先程も父親は自分に対して「死ね」や「ゴミクズ」と罵詈雑言を浴びせたばかりだった。

 そして、いたずらの紙を処理している際、目にしてはならないものを見てしまった。

 

「伊予島杏と土居球子は無価値。無能。役立たずなら死んで当然』

 

「何よ、それ…」

 

 球子と杏はこんなことを言われるために戦っていたのか。心身を削り取るようにして、その果てがこれかーーーー。

 

『ふざけてる…』

 

「無価値なのは」

 

『お前達だ』

 

 千景は湧き出した衝動に身を任せ大鎌を持って、家を飛び出した。

 

 幸斗が千景の追跡を開始して、見失ってから少し遅れた頃、若葉は友奈から千景と連絡がつかないと言う事を聞きつけた。嫌な予感がした若葉は、勇者礼装を身に纏い高知へと向かった。

 

 

 悲鳴が聞こえる。叫びが聞こえる。

 

(無価値な人間なんて、殺してもいいわよね)

 

 千景は無造作に鎌を振り下ろす。また一つ、血の花が咲いた。

 

「お願い!助けて!…誰か!」

 

 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら元クラスメイトの少女は懇願した。だが、その願いなど聞き入れられるはずもなく、足の肉を抉り取られ、断末魔のような悲鳴が上がる。

 

「戦いなさいよ……」

「えっ…」

 

 言葉の意味がわからず、キョトンと首を傾げる。その所作が気に食わなくて、千景は再度鎌を振り下ろした。

 再び悲鳴が上がる。

 

「伊予島さんは、土居さんは命を落としてでも、絶望的な敵と戦ったのに、私も怖かったけど、全力で戦ったのに……。あなた達が私たちのことを蔑むのならば、絶対的な強者と戦ってみなさいよ……!」

 

 再び鎌を振り下ろす。少女に赤い線が走った。

 

「戦いなさい……!」

「ひいいい!」

 

 少女の髪が何本か、パラパラと地に落ちる。

 

「戦いなさい…!」

 

 どんどん、少女に傷が増えていく。狂ったように少女は泣き叫んだ。千景は怒りに身を任せて、腐っていく心地よさに浸った。

 

「戦うことができない人は無価値なんでしょ?じゃあ、もういいじゃない……」

「や、やめつ」

 

 少女は首を掻き切られ、命を落とした。

 人を殺したと言うのに千景は何の抵抗感も覚えてなかった。ズブズブと崩れていく自分自身に酔う。それはとても心地がいい。

 

「そう言えば、不知火さん。どこにいるのかしら…」

 

 千景が心のどこかで、友奈ほどではないにしろ信頼していた人物。

 自分の敵である若葉と対立したことによって姿を消してから誰も消息を知らない。

 恐怖で地面に這いつくばる下等生物を薙ぎ払い、足蹴にして千景は村の中心へと進んでいく。

 その姿は死神そのものだった。

 

 

 村中が悲鳴に包まれ、死体の山が積み上がっていた頃に遅れた若葉は村に到着した。

 

「遅すぎたっ……!」

 

 その光景は地獄絵図。もう引き戻さない場所まで来てしまった。これは絶対に避けなければならないことだった。

 

(何故だ。どこで間違えた。もっとやり方があったのではないか)

 

「千景ーー!!何処だー!!」

 

 若葉は必死に人を掻き分けて千景を探す。村の中心に近づくにつれて、ようやく視界が開けた。そして、その姿が目に入る。

 

「ちか、げ……?」

 

 千景の手から鎌が離れる。音を立てて、地面に鎌が落ちる。次に、身体を支える力を失って千景の身体も崩れ落ちた。

 

「千景ーー!!」

 

 若葉は千景に駆け寄る。

 腹部を串刺しにされており、止血しようにも、血はおそらく止まらない。そのくらい深い傷だった。

 

「のぎ……さ…ん?」

「千景、喋るな!何があったかも言わなくていい!」

 

 若葉は無駄だとわかっていながらも千景の傷跡に布を当てる。

 

「私、ばか…だった…わ。なんで、もっと…はやく…気づけなかったのかしら……」

「やめろ!やめてくれ千景!反省は後でちゃんと聞いてやる!!これ以上は!!」

「ごめんなさい…のぎさ…ん。私のせいで…めい、わくを。たかしまさんにも……」

 

 千景の目から光が失われる。その目にはもう何も写っていなかった。

 

「あ、ああ…う、あああああああああああああああああああああ!!!」

 

 千景の身体を抱きながら、若葉は天に吠えた。

 この事件での死傷者は数えられるだけで二十名を超えていた。

 そして、郡千景という勇者が何の釈明も出来ず、完膚なきまでに存在を否定された瞬間でもあった。

 郡千景は自分の弱さに、乃木若葉への想いに気づく前にこの世を去った。

 

 千景が命を落としたのと同時間。幸斗は勇者礼装を解除し、騒ぎの中を抜け出した。その顔は返り血で濡れている。

 

『やはり君は変わりすぎだ。あそこまで簡単に人の命を奪うとは思わなかったよ』

「俺がやらなかったら後何人死んでた?今の十倍は死者が出ていた。責められる言われはない」

『……一体、君はどれが本性なんだ』

「知らん」

 

 幸斗は手に残っている感覚を振り切りたくて、ただひたすらに前に進み続ける。後ろを振り返って仕舞えば、幸斗は立ち止まってしまう。もう自分も、若葉も引けない。

 

「一つ言っておく。俺は、殺したくは…なかった……!!」

 

 唇を強く噛んで、目の奥から湧き出してくるものを無理やり押さえ込んだ。自分にはその資格はない。と言い聞かせて。

 

「あははははははははは!」

 

 千景は完全にタガが外れてしまったのか狂気に満ちた笑みを浮かべながら鎌を振るう。死神を連想させる彼女の様相に、人々は逃げ出した。

 逃げ遅れた数人を仕留めるとさらに千景は恍惚な表情に変わる。

 そんな自分の間違った強さに酔いしれていた千景の前に一人の影が立ち塞がった。

 

「もうやめろ。千景。こんな事しても意味はない」

 

 幸斗は勇者礼装を身に纏い、千景と相対する。

 

「意味?意味はあるわよ。これで、ようやく私の強さをみんなが知ってくれる。強いから、私の方が、価値があるのよ」

 

 そのあまりにもズレた価値観を語る千景に幸斗はもうどうにもならない事を悟った。

 

「ねえ、あなたは私のことを認めてくれる?これだけ倒したんだから、認めてくれるわよね」

 

 幸斗は無言で、「はい」とも「いいえ」とも言わず、正面から千景の目を見据える。

 千景の心の支えは自分が勇者であるということ。敵を倒せば、自分を褒めてくれる。存在価値を認めてくれる。そんな感情がここに来て、こんな仇になるとは。

 

「……止まる気はないのか?」

「何かしら。あなたも、私を否定するの?あなたは私を認めてくれないの?」

 

 幸斗はここでも肯定も否定もせず、ただ無言でいた。そして、右手を強く握る。こうしなければ千景は止まらない。精霊に心を奪われ、死神になってしまった千景の姿を、若葉に、ひなたに見せたくない。そして、幸斗は自分の手を汚す事を決め、最もしたくなかった事を選んだ。

「出来ることなら…したくなかった……」

 

 幸斗は名もない刀を千景に向けて投げつけた。千景はそれを鎌で弾く。だが、それは陽動。幸斗は『瑞炎』を時の流れから取り出し、千景の懐に入り込むと一思いに、千景を貫いた。

 

「ぐ、え?」

 

 千景の目は困惑に満ちた。そして一瞬、正気に戻る。

 

「ごめん…ごめん……」

 

 幸斗はひたすら謝りながら、千景の体を貫いた『瑞炎』を引き抜いた。その瞬間に、千景は膝から崩れ落ちた。千景は最後にどうして?と口を動かす。

 

『乃木若葉が来るぞ』

「ああ…わかってる…」

 

 幸斗は若葉がこの地にたどり着くと同時にその場を後にしたのだった。

去る前に幸斗は千景の影に向かって呟いた。

 

「俺と千景はきっと似てる…。お前は、俺が辿るかもしれなかった姿だよ……。さよなら…」

 

 

 

 事件のことは一瞬で四国中に広まった。

 勇者によるこの事件によって大社は勇者の神聖性について危機感を覚えた。そのために、郡千景を勇者から除名処分とすることが決まった。

郡千景は勇者ではなくなった。勇者である事を誇りに思い、戦い、死んでいった。

 若葉は、定期演説の際、千景の事について少しだけ話した。「彼女は紛れもなく勇者であった」と。

 その声は一体どこまで響いたのか。想像に難くない。

 だが、数日が経つ頃には、郡千景に関する悪い噂は不思議と次第に消えていった。

 そして、最終的には人知れず、葬儀も執り行われることもなく、この世界の枠組みから外されていった。

 

 幸斗は大橋の人目につかない場所に佇んでいる。聞こえるのは水が橋に打ち付ける音のみ。勇者を「守る」ために戦っていたはずの幸斗は自身の矛盾した行動によって、ついに戦う理由を完全に失った。

 そして、自分の寿命も残り数週間になった。

 せめて、千景が死後にも被るであろう仕打ちを少しは代われないかと考えた。それでも結論、今の幸斗には何もできなかった。

 まだ手の内に残る感覚。おそらく二度と忘れる事はない。大橋の向こう側にいる巨大バーテックスも完成に近づきつつある。気が休まることがない。

 幸斗は小さくため息をついてから、天を見上げたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。