気づけば季節は移ろい、夏になった。
初夏の暑さが肌に突き刺さるのを無視して、幸斗は今日も今日とて巨大バーテックスに攻撃を仕掛けている。
今回は今まで試したことのない攻撃方法として弓を選択した。弓を引いて矢を放つ。矢が着弾した所を確認してもやはり傷ひとつついた様子はない。
『いい加減諦めたらどうだ?』
相変わらず脳内から響く声に幸斗はうんざりしながら答える。
「これをやらなければ人類に未来はない」
『さいですか』
この脳内に響く声も段々と幸斗のものに似通ってきていた。
その逆もまた然り。
「そう言えば、友奈は退院したんだっけ…」
幸斗はまたあれ以来姿をくらまし、今のところ若葉や大社には見つかっていない。友奈にも勿論会えていない。
それに何より、幸斗は友奈が千景の事を乗り越えられたのかが心配だった。
友奈は誰よりも千景の事を気にかけていた。それだけに今回のことは辛かろう。とは言っても、その命を奪ったのは自分なわけで。どんな理由であれ、あれは許される行為ではない。
「虐殺か…、一人の命か…。お前ならどっちを選ぶ?」
幸斗は大橋から離れ、近くの公園のベンチに腰掛けてから自分の脳内に響いている声に問う。
『今回ばかりは状況が特殊すぎだ。ワタシにもその問いの答えは出せまい』
「神様ってのも案外役立たずなんだな」
『ようやく気がついたか。神が神話通り何もかもできるのであれば、ここまで追い込まれることもない』
声はあれはただの人間が都合よく作り出した御伽噺のようなものだ。と吐き捨てた。散々な評価である。
「お前にも神話、お前風に言えば御伽噺か。それはあるのか?」
『ワタシのはない。いや、あるにはあるのだが、どれも微妙なものばかりだ』
「可哀想に」
『ほっとけ』
急にこのような現代風な言葉を使うのも最近の声の特徴であった。
「結局、千景に全責任が押し付けられちゃったし何というか…やるせない気持ちになるな」
『後悔しているのならばその感覚を忘れない事だな。そしてついでに言うとワタシに引き継いでくれると助かる。一から人間の感情を研究するのはめんどい』
「お前、本当に俺の身体コピーするつもりなのか」
『当然だ。下手をしたらそれが第一目的なまである』
「作用でございますか……」
乗っ取られてばかりだな、と幸斗は苦笑いする事しかできなかった。それでもこの『時量師神』ならば信じても良いと言う気持ちは既に生まれていた。
「あと、半月ほど…か」
幸斗は自分の心臓に手を当てる。何の問題もなく動いている心臓。これがあと半月もすれば確実に止まる。
「若干面白いな……」
『君、気が狂ってるよ。あまり自殺願望を持たないでくれ。引き継がれたらたまったものじゃない』
今度は想像ではあるが、響く声が苦笑いを浮かべたように感じた。
幸斗も乾いた笑いを浮かべる。
こんな状況でも何度も何度もフラッシュバックするはあの血に濡れた大地とそこに立つ千景。その千景を精霊に完全に乗っ取られた。このままだと被害が拡大する。だから仕方ないと自分に言い訳して幸斗は千景を貫いた。
そして、千景の遺体を抱え天に向かって吠える若葉。
病室で話を聞き、泣き崩れる友奈。
自殺願望を持たないでくれと言われた。でも、それはちょっと厳しい。危うく一回でも気を抜けば自分の喉を掻き切っている。
ただでさえ存在価値がない自分は、さらに自分を嫌いになり、どうしようもない場所にまで堕としていく。
杏と球子の最期も不意にフラッシュバックする。
当代勇者の死には全て自分が関わっている事に嫌気がさした。
「悪い、お前が仮に俺の身体というか心というか使う時、尋常じゃないくらい自分のことを卑下する人間が生まれそうだ」
『そうなったら止めてくれよ』
「気分次第だな」
幸斗は『時量師神』の頼みに結論づける事をせずはぐらかす。
下手をすれば自分は助長しかねないだろう。
「人の命を奪ったんだ。その分の報いは受けるよ」
『そうか。あと、悲報だ』
「何の話…だ…」
幸斗は声に釣られて前を向いた。
「若葉、ひなた……」
「ようやく見つけたぞ。幸斗」
幸斗の表情は急激に強張ったものへと変化した。
「千景さんは、勇者システムの機能の仕様から完全に精神を精霊に乗っ取られていたそうです」
「……そんな事になるまで気づかなかった私の失態だ」
「仕方ありません。それよりも幸斗さんの消息ですが。似たような人物がいたと言う証言があります。こんな事を言うのは心苦しいですけど、千景さんを刺したのは幸斗さんで間違いないかと」
若葉とひなたは友奈が退院する前、教室にて二人でこれからの事を話し合っていた。そこで、ひなたは折角だからと幸斗の話を持ち出した。
「……ひなたはどう思う」
「理由がなく、人を傷つける事ができるほど、幸斗さんは非道な人ではないと思います」
「私もそう思う。確かに、幸斗は性根は腐っていて、信頼には値しない。
だが、誰かを守ろうとする気持ちに嘘偽りはないはず。でなければ、私たちを助けようと思わない」
若葉は数々の戦闘に於いて、幸斗に人知れず助けられていた事を再確認した。以前の大型バーテックスとの交戦時も助けに来てくれていた事を若葉は背中を見ただけであったが知っている。
「……探そう。今は、幸斗の力が必要だ」
「若葉ちゃんがそう言うのなら、私は巫女として、若葉ちゃんの幼馴染としてついていきます」
それから若葉とひなたは友奈の退院日を期限に、幸斗の捜索へと乗り出したのだった。
そして、案外自分達の近いところに幸斗は居た。
幸斗は一人で若葉、ひなたと相対する。
若葉とひなたの表情とは打って変わって幸斗の表情は険しいものへと強張ったものから徐々に変化していった。
「……誰から聞いた」
「そればかりは言わない約束だ」
幸斗の圧が込められた言葉に、若葉は臆せずに答える。
若葉とひなたが目立てないなりに情報を集めるには、やはり大社関係者しか頼れるものがない。そこで、幸斗の消息を知っていそうな人にひたすら聞き込みをし芋蔓式に情報を仕入れたというわけだ。
それでもかなりの時間がかかってしまった事は否めない。
「戻ってきてくれ幸斗。今はお前の力が必要だ」
幸斗の眉間に皺がよる。
「それは、俺が何をしたのか分かった上で言ってるんだな?」
「……やはり、千景はお前が」
「そうだ。俺が殺した」
場が沈黙に支配される。幸斗のみならず若葉も、あのひなたでさえも険しい表情に変わる。
「それは、何か理由があったからですよね」
ひなたはなんとか普段の調子に戻ろうと努めるが、それでもぎこちない表情、聞き方になってしまった。幸斗はひなたの問いに少しだけ悩む。
そこで幸斗は敢えて、疑問に疑問で返す事にした。
「じゃあこちら側から聞かせてもらう。あのまま千景を放置しておいたら何が起きた?」
ひなたの代わりに若葉が答える。その手は強く握りしめられていた。
「……あの時、私はあの場にいた。止めれたはずだ。誰も犠牲にせずに」
幸斗はそんな若葉の様子が気に食わず、間髪入れずに若葉に畳み掛ける。
「私なら。ってか?ふざけるな。お前があの場に来た時点で殆ど事は終わってたんだ。一人が死ぬか、あの村に住んでいた住人、全ての命が消えるか。天秤にかけた結果だ。どれだけあの村の住人がクズだろうが、ゴミだろうが、生きている限りは助ける義務がある。それが勇者ってものだろ。ここまで言えば流石に理解できるよな?俺はお前がそこまで馬鹿な人間だとは思ってない」
幸斗は敢えて厳しい言葉を若葉にかける。それを言う権利はないと自分に言い聞かせながら。
「若葉、ひなた。お前らは何のために戦ってる」
幸斗は二人の目を真っ直ぐに見据えた。
二人の姿を目にしていい権利すらないと自分に言い聞かせながら。
偉そうに何か言っている。
心に小さな澱みができてしまったように感じた。
『あまり自分を否定するな。また壊れるぞ』
響く声は、かろうじて幸斗を繋ぎ止める。
幸斗は二人にバレない程度に唇を噛んだ。
「戦う理由は…ある。私は……世界を、今を生きる人たちの為に戦う。それ、だけだ」
若葉も悔しそうに顔を歪める。
内心、幸斗は自分のことがとんでもなく嫌になっていた。
若葉にこのようなことを言わせる自分の器量の小ささを。誰だって仲間が亡くなるのは悲しい。それを分かっていながら、敢えて千景から意識を遠ざけるような事を言わせた。
だが、若葉はそれきりでは終わらなかった。
「けれども、千景は仲間だ。忘れることは出来ない。球子も、杏も」
「そうか」
幸斗はそれっきり何も言わずに、若葉の言葉を待った。
若葉は変わった。あまりにも仲間思いになりすぎたかも知れない。
幸斗は思い返してみれば、以前の復讐のために戦い続ける若葉の方が好みだった。あちらの方が幸斗的にはやりやすかった。
なのに、幸斗は若葉が変わることを望んだのだから不思議なものだ。
「私は、お前の事を信頼できない。それに千景の事はどんな理由があろうと許そうとも思えない。だが、先程も言ったがお前の力が必要だ。都合の良い話をしているのを承知で頼む。一緒に、戦ってくれ」
若葉が頭を下げる様子を、幸斗は複雑なものを見る目で見ていた。今回、明らかに悪いのは幸斗自身であって若葉に頭を下げさせるなど論外。お門違いにも程がある。
「……俺が悪かった。もう、やめてくれ」
遂に幸斗は耐えられなくなった。
自然と情けないと分かっていながら勝手に目の奥から熱いものが込み上げてきて、それは頬をつたった。
「幸斗さん……」
ひなたはグッと胸が締め付けられた。振り払おうとしていた悲しみが再び胸に去来する。
「何もかも俺が悪いんだ。勝手に無理して、勝手に倒れて、心配してくれた人たちの善意を無視して勝手に場の空気を壊して、勝手に行動して、球子や杏も助けられず、挙句の果てに千景を……殺したんだ…。そりゃ、これだけ色々とやってたら、信頼も何もないよな…」
自分が行ってきた数々の愚かな行動が幸斗の中で再生され、それを正しいと思い込んでいた自分がとてつもなく惨めで、救いようのないものだと何度目かわからないくらいに気付かされる。
「幸斗、お前はもう十分すぎるくらいに自分を戒めた。それ以上は…もう、やめておけ」
若葉はそう言うと、幸斗に手を伸ばす。
「もう一度だけ言う。私たちと共に、その命果てるまで戦ってくれ。そして、ちゃんと話し合おう。私とお前はすれ違いすぎた。それに気づくのも、互いに遅すぎた」
幸斗は涙を拭うと、若葉の差し出された手を取った。
先程まで自分の中に渦巻いていた、若葉への不信感が急に消え去っていくのを感じた。思ったより自分は単純な奴らしい。
「俺も残り二週間したら死ぬぞ。それでもいいのか?」
「仕方ない。それが幸斗なりの生き方だと言うのなら私はもう否定しない」
「…ありがとう。助かる」
それから幸斗は若葉とひなたと沢山話をした。
悲しい話ばかりではなかった。笑い話もあった。
その中で、幸斗は若葉に一つのお願いをした。
「俺は丸亀城へは戻らない。それだけは、許してくれ」
幸斗は友奈と顔を合わせる事は二度としないと心の何処かで決めていた。
友奈の気持ちを恐らく幸斗は汲み取れない。そして、友奈は幸斗の事を気遣い、空気を壊すことを嫌がるだろう。それは友奈への負担に他ならない。おまけに友奈は自分を許してしまいそうだった。幸斗はそれには耐えられない。
「幸斗さんは、やはり難しい人ですね」
ひなたが微笑む。
「そうだな。もしかしたら私以上に性格に難があるのではないか?」
ひなたの言葉に若葉がうんうんと頷いているのを幸斗は苦笑いして見ていた。
「でも、本当は誰よりも皆のことを考えいるとても優しい人です」
ひなたはそう言うとニコリと笑った。幸斗はそんなことない。と首を横に振る。
「それより、幸斗。お前はずっと鷲尾家にいたのか?」
「さっきお前それ言わない言うてただろうが。まあいいや。そうだよ。二ヶ月近くお世話になってる」
とは言っても最近はあまりお邪魔になるのも悪いかと、時間の殆どを外で過ごしていた。
「大型バーテックスにちょっかいをかけてるのもその一環だな」
最早、大橋に出向きちょくちょく打撃を与えるのが日課になっていたりする。危険極まりない行動に若葉とひなたは同時にため息をついた。
「どうしてお前はそうまでして危ない橋を渡るんだ…。それより、最近は体調の方はどうなんだ?以前より、顔色は良さそうに見えるが」
「ああ、それはちょっと諸事情があって…なんと言えばいいかな。俺が生きてる間だけ、痛み等々を代行してくれてる奴がいてな」
若葉は首を傾げた。何を言っているだコイツは。と言う目で幸斗を見る。
「他に説明のしようがない。でも、体調が良いのは間違いないかな。死ぬ前とは思えん」
「笑えない事をそう言うものじゃないですよ。幸斗さん」
「……うす」
ひなたに咎められ、幸斗はそれに大人しく同意する。
以前、若葉がひなたに言いくるめられていたのを思い出した。
「これからは気をつける」
「そうしてください」
こうしている間に、時は過ぎ、気づけば夕方を告げる音楽が街中を流れている。子供たちが、横を走って通り過ぎていった。
その姿が、いつかの自分とその親友たちに重なった。
若葉とひなたも似たような事を感じていたのか、しばらくの間子供たちが駆け抜けていった後に見入っていた。
「帰りましょうか」
ひなたの声によって、全員の意識が再びこちらに戻ってくる。
「そうだな。ならば幸斗。頼んだ」
「了解。それなりには働く…って、友奈。お前、なんでここに」
バッと若葉とひなたが後ろを振り返る。そこには「えへへ、来ちゃった」と照れながら、笑みを浮かべる友奈がいた。
「友奈。もう大丈夫なのか?」
まだ包帯が巻かれ、痛々しい雰囲気を醸し出している友奈に若葉が駆け寄る。友奈は「うん」と力強く頷いた。
「友奈……」
「久しぶりだね。幸斗くん」
「ああ。久しぶり。…返す返すになるが、身体は大丈夫か?」
「うん。元気いっぱいだよ!すぐにでも動きたいくらい!」
「そうか。ならよかった」
幸斗はそれだけを言うと口をつぐんだ。そして、ゆっくりとこの場を去ろうと後退りする。
『ここで逃げてどうする。全く、お前はどれだけ臆病で愚かな奴なんだ。同じことを繰り返すのもそう言う所だぞ』
脳内に説教垂れる声を受けて、幸斗はそれもそうかと後退りする足をなんとか止める。
幸斗はもう一度、友奈を見据えると頭を下げた。
「すまない、友奈。俺はお前に怪我までさせて、おまけに俺は千景を、守るべきだった。なのに……」
「え?何のこと?」
「は?いや、お前…ええ…」
幸斗は友奈の言ったことの意味が分からず、顔を上げて首をかしげた。
友奈は笑いながら幸斗に答える。
「今日、私がここに来たのは幸斗くんを責めるためじゃないよ。単純にひさしぶりに顔を見たかっただけ。怪我は私を止めようとしてくれたわけだし、郡ちゃんの事は確かに…うん。そうだね。あまりに言いたくないかな。でも、幸斗くんは誰もやりたくない事を代わりにやってくれただけ。あの場に私がいても何も出来なかったと思う。私としてはあの件でお願いしたいのは、郡ちゃんの事を忘れないで欲しいって事だけかな。で、そうそう!今日来たのはね、幸斗くんがどっか行っちゃわない間にこれに誘おうかと思って!わかちゃんとひなちゃんも一緒に」
こちらに憂慮を与えないよう、一息に友奈は話終わると、一枚の紙を取り出して幸斗と若葉、ひなたの目の前にかざす。
「夏祭り?」
「うん。前はお花見出来なかったから今回くらいは許されるかなって思って」
友奈なりにあのお花見計画は楽しみだったらしい。
幸斗は心が荒んでいて、あの時誘ってくれた友奈や杏、球子になんて答えたのだったか忘れてしまった。
酷い言葉をかけたと思う。
「私のリハビリもすぐに終わりそうだからさ」
若葉は顎に指を当て、小さく唸った。何か懸念材料があるらしい。
「……変装なりなんなりしてけばいいだろ。お二人さんは」
「なるほど。その手があったか」
若葉が納得したように頷く。それをひなたが止めた。
「若葉ちゃんダメです。夏祭りに行くのなら浴衣を着てください。でないと、私の写真フォルダーが埋まりません!」
ひなたの言葉には端々に自分の欲望が見え隠れしていた。いや、一切隠れなどしていない。見えまくっていた。
「で、この夏祭りいつなんだ?」
「えっとねー。あと三週間後かな」
「三週間ね……頑張るよ」
「?何を?」
余計な事を言ったと反省し、友奈に心の底から謝りながら友奈の疑問に答える事をせず、話の方向を軌道修正する。
「とりあえず、楽しみにしてる」
「そうだな。私もだ」
「私もです」
三人ともが賛同を示した事に安心したのか、友奈は胸を撫で下ろした。
「それで、三人ともどうやって帰るんだ?俺はこっちにいるからいいとして…電車か?」
「え、幸斗くん丸亀城に戻らないの!?」
友奈が驚きの声を上げる。
「流石にな。俺も、あそこに戻る権利は無いと思ってる。悪い」
「そっか。じゃあ、リハビリがてらまた来るね」
「ありがとう。待ってる。で、どうやって帰るんだ?」
幸斗がもう一度聞くと、ひなたが指差した方向に一台の車が止まっている。
「いつ手配したんだよ」
「今さっきです」
「大社怖すぎないか?」
幸斗は大社の行動の速さに感動半分、呆れ半分のよくわからない感情に襲われた。
この日は、ここで別れる事となった。
幸斗はこの日、何ヶ月ぶりに深い眠りに就くことができたのだった。
それから幸斗はカレンダーをよく見るようになった。
自分のタイムミリットと夏祭りの日。その差は一週間近く。
「耐えれそうか?」
『ワタシとしては君のために何とか耐えたい所ではあるが…、若干厳しい。あの数日もすれば君は衰弱し始める。ワタシができるのは、痛みを取り除く事だけで、衰弱していくのを止める事はできない』
「そっか。痛みがないだけでも感謝してる」
『君、また性格変わった?急に素直になるじゃないか』
「人間って諸説あるけど、死期が近づくと性格って変わるんだぜ?」
どうでもいい豆知識を披露した所で幸斗の携帯端末が音を立てた。
これまた久しぶりの連絡。送信者は若葉だった。
【神託が下った。あと数日で来る】
それはあまりにも非情な宣告なようにも思えた。
幸斗自身、次の進行はバーテックスが総力を挙げて勇者を潰しに来ると予想している。それこそ、あの巨大バーテックスは間違いなく進行してくる。
【了解】
と、短い返信だけをする。
若葉が天井を見上げている姿が容易に想像ついた。
「本当にあの巨大バーテックスどうすっかな」
『君の目にはあいつしか入っていないようだから言っておくが、他にもまだ沢山いるぞ。勝手な予想だが、合計で六体ほど来ると思っておいた方がいい』
「そんなにか……」
計算上は一人二体倒せばそれでいいのだが、若葉と友奈は精霊。幸斗は神器と身体は持つのだろうか。おまけに幸斗自身はもう下手をすれば動く事すらままならないかもしれなくなっている可能性すらある。
『今、乃木若葉と高嶋友奈は新しい精霊を降ろす為に特訓中なのだろう?』
「らしいな。友奈はともかく、若葉は大天狗とかいうとんでも精霊を宿す準備に入ったとか何とか」
『ならば、君も敵を撃ち砕くための武器を持とうじゃないか』
突然の提案に幸斗は「は?」と間抜けな声を上げる。
『神代の頃、天の神に献上され知名度ならば神器の中でもトップクラス。ワタシならばそのくらい取り出すなど造作もない』
「というと?」
幸斗はさらに首をかしげる。
幸斗の事などお構いなしに、その声は神器の名を告げた。
『天叢雲剣。間違いなく、最強の神器だ。天の神が本来持ち得るもので自分達が派遣した尖兵がボコボコにされると考えると中々面白くないか?』
「お前…性格悪いだろ」
幸斗のツッコミに、声は笑うのだった。
「あと、そうだ。一個だけやっとかないとな」
幸斗は紙とペンを机から取り出すと、何やら怪しげな文を書き始めたのだった。
それから数日後、幸斗は起きるのも億劫になり始めていた。
食事も喉を無理矢理通しているが、食欲は一ミリも湧いて来ない。
今は横になりながら、身体を休めていた。
『恐らく、明日が最後の戦いだ。何とか持ってくれよ』
「なんで明日来るってわかるんだよ。まあいいや。とりあえず、成せばなるだろ。知らんけど」
会話することも疲れるようになってしまった。幸斗はため息をつく。
そして、その日は目を閉じた。深淵にも似た景色を夢に見ながら、幸斗は明日という日をひたすらに待ち続けた。
次の日、宣告通り本当に敵はやってきた。
若葉と友奈は丸亀城付近に。幸斗は丸亀城にも大橋の方へも向かえる場所に布陣した。
幸斗は虚勢を張って、無理矢理身体を起こし戦闘に備える。
「祭り、行けないかもな。いや、勝てばいいんだ。そうすれば。まだもしかしたら……!」
幸斗は自身に気合を入れ、前を見据える。
バーテックスを睨む幸斗の耳に友奈の大きな、張り上げられた声が聞こえてきた。若葉だけではなく、幸斗にも聞こえるように。と。
「私は高嶋友奈ー!血液型はA型!趣味は……えっと、空手!!小さい頃はよく自然の中で遊んでいて、男の子と間違えられたよー!!えっと、それから、それから。とりあえず、以上!!」
それは自分をあまり語らない友奈なりの今更の自己紹介だった。そして、それは友奈の後悔の一つでもあったのかもしれない。
友奈は本人が語ったわけではないが、言葉の端々に誰かと気まずくなったり、言い合いになったりするのを嫌い避ける傾向があった。だから、自分自身をあまり表に出さないようにしていた。
その結果、自分自身を知ってもらう前に仲間たちは次々と命を落としてしまった。
「友奈も、後悔することがあるんだな」
友奈もやはり人間であるらしかった。その事に安心感を覚える。
「なあ、時量師神さんとやら」
『どうした?』
「お前は、俺のこと覚えていてくれるか?」
『急に何を言い出すかと思えば。そうだな、君はワタシにしてみればかなり好印象の人間だ。よっぽど、一般市民や、あの大社とか言う組織に属している奴らに比べればね。君は覚えておく価値はある人間だとワタシは思っている』
「そっか…安心した」
幸斗の口角が自然と上がった。
各々、心に様々な思いを、覚悟を秘める。
そして、勇者二人は自分が持つ勇者システムにアクセスし、精霊を身に宿す。
樹海に凄まじい威圧感と風が吹き荒れた。
「降りろ!大天狗!!」
「来い!酒呑童子!!」
若葉が宿すは、神にも比肩する大妖。魔縁の王。伝承によれば天上世界を一夜にして灰に帰したという『大天狗』。若葉の勇者礼装が変化し、背中から漆黒の巨大な翼が生える。
友奈が纏うは酒呑童子。数々の敵を打ち破ってきたこの力は、今回も比類無き力を発揮するだろう。
そして、一人の守り人はその手に力を宿す。
「力を貸せ!『天叢雲剣』!!」
一筋の稲妻が飛来する。
雷を握りしめた右手にはしっかりと一本の剣が握られていた。
日本神話においてスサノオが出雲国でヤマタノオロチを退治した時に大蛇の体内から見つかった神剣。
三種の神器が一鶴。
力を纏った少年、少女は閉じていた目を見開き、人類を滅ぼさんとする天敵を睨みつける。
「「「行こう」」」
喜びを、痛みを、苦しみを乗り越え、自分達が守りたいと願ったもののために、迎えたいと思った明日のために。少年と少女はこの終末戦争に於いて最大の戦いへと身を投じる。
かなーり端折ってるし、ご都合主義ですよね。
実際、現実で幸斗くんのような事をすると誰も許してはくれません。皆さん気をつけましょう。
次で第三幕は最終話です。見守ってくださると嬉しいです。
アンケートに答えてくれた方、ありがとうございます。
四幕0話以前の話、書かせてくれる事に感謝です。
また次回お会いしましょー。