戦闘が始まり、1分弱。まだ、戦いは始まったばかりだと言うのに敵からの攻撃の苛烈さは過去に類を見ないものとなっていた。
だがそれに怯む事なく若葉は凶悪な角を持つバーテックスや、幾多の節を持つ異形のバーテックスに挑む。
友奈は地に潜り、神樹を攻撃せんとする魚を模したバーテックスを地を駆け抜けて追撃している。
そして幸斗は二つの水球を持つ異形のバーテックスと相対していた。
『次、来るぞ』
「わかってるって、毎度毎度うるさいなお前!」
水球から打ち出されるレーザーのような水を幸斗は樹海の影に滑り込んで避ける。轟音が先程まで自分のいた地点に鳴り響く。
『ワタシとしてはアドバイスをしているだけなのだが』
「脳に響くの結構辛いんだ。もう少し静かにしてくれ」
幸斗は悪態をつきながらも、接近戦を仕掛けるために徐々に距離を詰めていく。天叢雲剣は最強。故に、一度でも命中すれば威力は絶大。
恐らくこの程度のバーテックスは一撃で屠ることができる。だが、その前に近づくことが大前提のため、その間に攻撃を一度でも喰らえば身体はオジャンだ。押し潰されてぐちゃぐちゃになるか、レーザーカッターのように飛んでくる水に全身バラバラにされておしまいだ。
だというのに……。
『ワタシはそこらのスピーカーとは違うんだ。少しは憂慮してくれよ』
「緊張感のかけらも無くなるから本当に静かにしてくれ。契約切るぞ」
敵の突進を、前転する形で再び回避する。
一見、余裕があるように見えるが、幸斗はかなり必死だった。
以前からそうだが、この時量師神とやら。中々にお喋りであった。
それに幸斗が一々反応するので余計に、というのもあるのだが。
この間にも幸斗はかなりの距離を詰め、水球を持つバーテックスの真下に潜り込んだ。
「ここから、出て行け!!」
幸斗は天叢雲剣を振り抜いた。
衝撃波がバーテックスを包み込み、一瞬にしてその身体を崩壊せしめた。その凄まじまい一撃は、文字通り一つのカケラも残さない。
「次!」
『後方、六時の方向。高嶋友奈の方だ』
幸斗はその声に従い、その方向を見る。その瞬間、友奈が地面から飛び出してきた魚のようなバーテックスに打ち上げられた。
その華奢な身体は軽い紙のように宙を舞う。
「友奈!」
幸斗が友奈の名前を叫んだ瞬間、友奈は樹海の蔓に叩きつけられ、その身体はピクリとも動かなくなった。
その上空を、友奈が取りこぼしたバーテックスが通過していく。
天秤なような構造を持つバーテックス。棒のようなものを無数に従えたバーテックスはこのままいけば、神樹を破壊するだろう。
「行かないと!」
『駄目だ!今の君ではあの二体すら相手取るのは出来ない。自分の身体に聞いてみろ!このままだと、君は…!』
「誰かが欠けたら意味がないんだ。俺は大丈夫だ。絶対に死なない。友奈も死なせない。もう誰も…苦しませたくない!!」
幸斗は時量師神の静止を振り切って、友奈の下へと向かう。
若葉は一人で二体のバーテックスを相手取っていた。幸斗の下へ来たのは一体だけだった事を考えると、友奈は三体を相手に一人で戦っていた事になる。精霊の力を時間制限ギリギリまで使いながら、その痛みに苦しみながら。
幸斗はその光景を想像した瞬間、顔が苦痛で歪んだ。
「せめて、あと一人。いれば…」
そんなどうしようもない事を呟いて、幸斗は友奈が倒れている場所に着地した。その姿は悲惨なものだった。全身から出血しており、火傷も酷いものだった。
「友奈!目を覚ませ!友奈!!」
友奈の手を取り、何度も呼びかける。だが、反応は一切返ってこない。
脈も段々と弱くなって行っている。
幸斗は出血だけでも止めようと必死の手当てをする。
「ゆき…と、く、ん…」
「友奈!?よかった!気がついた!」
幸斗は友奈が反応を示したくれた事に一安心した。
それでも出血は酷い。幸斗は「止まれ、止まれ!」と心の底から願い続けるが、無情にも友奈の怪我が少しも落ち着く気配がない。
「ゆき、とくん。最後のお願い」
「最後だなんて言うなよ。言うなよ……」
幸斗にもわかっていた。友奈はもう駄目だと。信じたくなかった現実を、こうも突きつけられると流石に理解もする。
「私は、諦めたくないよ…。だけ、ど、ね。そう、だ。私、の戦う理由、それは、勇者だから、だ、よ。だから…最後まで、勇者らしく生きていたい…。連れてってよ…。私も、最後まで…戦い…たい…」
友奈は声を切らしながらも言い終わると、口から激しく血を吐いた。
そして、最後の力を振り絞って幸人に微笑む。
その瞬間、幸斗は迷いを捨てた。
それが友奈の望みなら叶えよう。
どちらにせよ、もう自分も後を追う事になりそうだ。
幸斗は友奈の手を今一度強く握る。友奈は幸斗の反応に満足そうに頷くと、その目を閉じる。
幸斗は涙を堪え、祈る。
『君は相変わらず無茶をする。そう望むのなら、いいだろう。悪いが残りの寿命全て貰うぞ』
過去にある遺物ならば、取り出せる。それが意味することは単純明快。
ならば、勇者システムすらも取り出せる。
詳しく言えば、勇者システムではなく守り人システムとでも言おうか。
金屋子神の力が宿った端末。球子と杏を守れなかった事に嫌気が刺し、完全に破壊した前システム。使えば身体は完全に破壊されるだろう。
そんな事お構いなしに、幸斗は瑞樹の時のにしたように友奈の手を今一度強く握る。
「その思い、その願い、その記憶を形に…!」
友奈の身体が光に包まれる。光の粒子になった友奈の体は再び形を得て幸斗の手に宿りこれ以上ない勇気を与えた。
友奈は最後に一言。幸斗に「ありがとう」とだけ呟いた。姿を完全に変えた友奈を視界に捉える。
剣となってしまった友奈に幸斗は涙を堪え、バーテックスを睨みつけた。
握られた剣は漆黒でありながら、柄に桜の花があしらわれている。
それは後に、『夜桜の剣』と命名されるが、それはまた別の話。
『タイムミリットは五分だ。それ以上は持たない』
「了解」
幸斗は顔に笑みを浮かべる。
「次に繋ぐぞ。若葉」
幸斗は右手に天叢雲剣。左手に夜桜の剣を握り、単身、三体のバーテックスに立ち向かう。
最後に幸斗は時量師神に微笑みかけた。
「これでちゃんと契約も果たせそうか?」
『ああ……。何百年後になるかはわからないが、借りさせてもらう。さよならだ。不知火幸斗』
それから先、その姿を見たものは誰一人といない。
それから先の話を少ししようか。
不知火幸斗によって、合計四体のバーテックスは退けられ乃木若葉によって二体のバーテックスが退けられた。
そして、あの大型バーテックスも乃木若葉の奮戦によって何とか退けられた。その際までは身体中に致命傷を受けながらも不知火幸斗は生きていた。最後の最後で幸斗同様、傷だらけであった乃木若葉を助け、神樹の根元に夜桜の剣を床刺してその隣で短い生涯を終えたのだった。
不知火幸斗は終末戦争を最後まで生き残り、勇者を守り続けた。
だが、その名は世間には知られる事はない。
戦後、大社から大赦へと名前が変更された。
トップにまで登り詰めた乃木若葉と上里ひなたによって、不知火幸斗はいた事になっては都合が悪い人物だとして完全に大赦の資料からも姿を消した。
時が経つにつれ、不知火幸斗を知っている者は一人、また一人と消えて行った。
誰の記憶にも、記録にも残らない。
それが命を張り、誰かが背負う羽目になるものを一身に背負い続けた不知火幸斗という少年の行き着いた果て。
ちなみに、不知火幸斗が残した怪文書を覚えているだろうか。
中身はざっとこんな感じである。
『遠く遠い離れた先で、またここに戻る』
それは誰にも見つかる事なく、鷲尾家が改修される際にある巫女によって人知れず回収された。その怪文書はその日が来るまで、何故かその巫女の家系によって受け継がれる。
それからまた更に百五十年近くの時が経つ。
神樹からある一つの神が離反したと言う神託が巫女に降る。
その巫女は直感的なものを感じ、雨の中を自身の直感を信じて歩き続ける。
どれだけ歩いただろうか。どれだけ探しても見つからない。そのことに諦めを感じて帰ろうとしたその瞬間。
「う…あ」
倒れ込む、小さな影が目に入った。まだ三歳ほどだろうか。小さくもありながら、不思議な雰囲気を纏っているその姿に巫女は確信した。
倒れている場所。その場所は、鷲尾家の目の前だった。
その巫女は形式上のみ、引き取り手を探す手続を取った。
最初からそんな気などさらさらないというのに。
案の定、子供に困っていた鷲尾家は快く彼を受け入れた。
その少年は名前も、歳も、出身も、親の顔も何も覚えていない。そのため、鷲尾夫妻によって名前が付けられる。
「今日から貴方の名前は晴哉よ。鷲尾晴哉。よろしくね」
すくすくとその少年は時を重ねて成長した。
そして成長したその小さな少年はある一つの思いを抱えていた。
家族は大切にしなければならない。仮に妹や弟が出来たのならば、どんな形であろうと愛そうと決めた。何故そう思ったのかはわからない。
きっと、前世かどっかで家族にでも酷い目にあったのだろう。
そして、この少年は間違える事を極端に嫌った。誰かを傷つける事を極端に避けた。
自ずと人との付き合い方は下手になり続ける。それでも構わなかった。 その姿はかつて誰かが起こした事と同じことを二度と繰り返さないようにしようとしているように見える。
だと言うのに人々の事はどうでもいいと思っている。しかし、困っている人がいたら放っておけないという矛盾した人物になってしまった。
それが鷲尾晴哉という一人の人間になった者の話である。
まあ、説明はかなり大雑把でわかりにくいと思うがこういう事だ。
何がこういう事だって?自分で考えてくれたまえ。その方が面白いのではないか?
口調?いや、あいつの真似をしていたら少し移ってしまってね。
ちょっと待っててくれ。戻すから。
よし、戻ったな。
これで長いようで短い俺の過去の話は終わりさ。
相変わらず説明が下手だって?
こんな複雑で、訳の分からない話の説明なんて誰がやっても難しくなるものだぜ?知らんけど。
いいよな〜。あいつ、俺よりいい生活送ってる。
時代が時代だけにどうにもならないってのもあったが……流石に羨ましい。
俺の代わりに人生楽しんでると思えばどうって事ないか。
あー、でも神器使う時だけは気をつけた方がいいぞ。
その身体には地味〜にだけど呪い残ってて身体に負担かけると再発するから。
とは言えもう遅いか。そんな事今更言ったところで。
段々とあいつも人として生きる過程で勇者云々のせいで神に戻りつつある。結局どっちを取るのやら。
さーてと、暇だし、見守りますかね。昔、俺は奴からめっちゃ見られていたらしいからやり返してやろう。
それと、俺のようにはならないように祈っておこう。
どんな道を選ぶのだろうね。
鷲尾晴哉は。
終末戦争から数十年後……
大赦のとある場所で若葉とひなたは邂逅していた。最近、若葉が再び各地を飛び回っているために久しぶりの再会であった。再会の感動も程々にひなたは若葉に対して今日の本題に入った。
「若葉ちゃん。お疲れ様です。今日は若葉ちゃんに見せたいものがあるんです」
「なんだこれは」
ひなたは若葉に一つの封筒を差し出した。封筒に入っているために中身は依然としてわからない。ひなたは若葉に優しく微笑みかける。
「大赦の人々に検閲される前に入手できてよかったです。流石に権限を殆ど私が掌握しているとは言え、幸斗さんの物は消されかねないですからね」
「幸斗の?何故今更」
若葉は首をかしげる。既にあの終末戦争から十年近く経っている。若葉自身、苦渋の決断をし各員に指示して不知火幸斗の生きていたという証拠をこの世から全て消したはずであった。寧ろこんな事を言ってしまっては申し訳ないが自身の中からも不知火幸斗の存在は消し去っていた。言われるまで思い出す事もない。
「実は丸亀城の寮を出る時、この封筒だけ私が回収していたんです。よければ読んでみてください」
「……ああ」
若葉は迷った末、その封筒を手に取った。大事に保管されていたからか対して日焼けなどは見受けられない。中にも一枚の紙が入っていて、それが手紙であると気づくのにそう時間はかからなかった。若葉はその内容に目を通す。そこである事に気がついてその紙から一度目を離す。
「ひなたはもう読んだのか?」
「いえ。私は後で構いません。これ、若葉ちゃん宛ですから」
「そうか」
ひなたが頷いたのをみて、若葉は再びその手紙に目を落とす。
『拝啓 乃木若葉様
とりあえず、この手紙を若葉が読んでる時は何もかも終わったって事でいいかな。いい意味でも、悪い意味でも。手紙なんて書いた事がないからこれでいいのか分からないけどこのまま続けさせてもらうよ。まず最初に謝らさせてくれ。俺があまりにも未熟なあまりに本当に色々と迷惑をかけた。きっと、俺がもっと卓越した人間だったのなら俺は若葉をちゃんと支えられていられたんだろう。避けられたことだってあったはずだ。それが出来なかったことを今は前以上に悔やんでる。俺は悔やむ事だらけだ。ここからが本題だ。俺の『守り人』のシステムを探し出してくれ。おそらく
何処かにあるはずだ。それが今後、かなり重要になってくる。探し出して丁重に保管してくれると助かる。悪いな。死んだ後も迷惑かけて。それと後一つだけ。若葉、ひなた。俺はきっとみんなと同じ場所にはいない。けれどみんなは待っていてくれる筈だ。友奈も千景も球子も杏も。だからこちら側に来るのはゆっくりでいい。あった出来事を忘れる事なく、自分を戒める事もあるかも知れない。それでも、幸せになってくれ。どんな形でもいい。厳しい事に直面してそんな余裕もない事もあると思う。とにかく自分なりの幸せの形を見つけ出して欲しい。あとはそうだな。仮に家族が出来たなら大切にしてあげてほしい。俺は正直、もう二度と自分や千景のような経験をする人を見たくない。俺からの願い事はそれだけだ。なんか偉そうだな。気分を害したらすまない。長くなった。それじゃあ、元気で』
手紙はここで途切れていた。まだ何か書こうとして消した後が見られるが若葉とひなたが読めるのはここまでだった。
「……なあ、ひなた」
「なんですか?若葉ちゃん」
「あの男は本当に馬鹿だったな」
「ええ…。とても」
そうは言いつつ、二人の表情には微かに笑みが含まれていた。
「幸せになれ…か。出来るだろうか」
若葉はこれからの自分の使命を考えた結果、その願い事はどうしても叶えられるか微妙なところなもののように感じた。
「幸斗さんも言ってるじゃないですか。自分なりの幸せを見つけてくれって。確かに今の私たちには難しいかも知れませんが、見つける努力はできますから」
ひなたの意見に若葉は頷いた。ひなたが言う言葉にはいつも説得力があり、若葉は基本それを信頼している。
「あ、でも私は既に幸せですよ。若葉ちゃんと居られればそれで構いません」
「ず、ずるいぞひなた。わ、私だって」
若葉が詰まった所をひなたは追い打ちをかけるように、揶揄うように若葉へと問う。
「私だって、なんですか?」
「……そのうち答える」
「ふふふ。若葉ちゃんの方がずるいですよ。…ただ、やはり私は自分のことを許せないと思います。友奈さんが、球子さんが、杏さんが、千景さんが、幸斗さんが死にました。私の代わりに犠牲となった巫女の方々もいます。私はその人達の為に自分の決めた事を貫き通さなければなりません」
「ああ、私もだ」
二人は互いに落ち着くまでその手紙を眺めていた。どのくらい経っただろろうか。若葉は遂に意を決っしたのかその手紙を真っ二つに引き裂いた。
「幸斗、その言葉受け取ったぞ。だが、お前の存在をこの世から抹消する。これは私たちが課した制約だ。しかし、お前の存在は私たちが必ず最後まで連れて行く。それは友奈も千景も球子も杏も変わらない。お前は大人しく次の機会まで待ってろ。それまでは私たちの役目だ」
若葉は真っ二つになった手紙に対してすっきりとした表情で告げる。ひなたは若葉がこのような表情を浮かべるのが久しぶりな事であると知っている。
「それにしても、幸斗さん他にも何か残してそうですよね。意外にしぶとそうですし」
「そうだな。私は不知火幸斗という存在はもう既に忘れたが、『守り人』のシステムを探し出さなければ」
「ふふっ。そうでした。でも、私既に検討ついてるんですよね」
「なに?何処だ」
「あの謎の桜の紋があしらわれた剣があった同じ場所。神樹様の根元です」
それからしばらくして特別な儀礼という名目を貼り付け、ひなたは若葉と共に神樹の付近を捜索した。そして、目的のものはすぐに見つかった。
「まだあれより下にあったんですね。というより勇者の方々は地下に何か埋めるのがお好きなんでしょうか」
ひなたはそんな事を考えながら端末についた土を払う。
端末の画面には大きな亀裂が入っており、電源は付かない。ただ、修復自体は可能だろう。あとはこれを隠して置く場所だが…。
「それは後から決めるとしますね。幸斗さん」
ひなたはその端末を誰にもバレないように鞄の中に厳重に保管すると、全ての目的を達成し帰路に着いたのだった。
雑な最終回に我ながら驚きを隠せません。
所々加筆修正するかもしれません。とりあえず無事にこれにて第三部閉幕でございます。
次は四幕の0話以前を書きつつ、美遊がいなくなった後の話でも書いていこうかと思ってます。
もう一シリーズ。いや、二シリーズ程お付き合いください。
それでは