私は昔、お父さんに酷く怒られたことがある。記憶にある中で、あそこまで怒られたのは初めてだったからというのも、記憶によく残っている一つの要因かもしれない。
お父さんと同じ事が出来ると気がついたのはかなり早かった。多分、幼稚園の頃には気がついていた。お父さんの正体をお母さんに聞いたのもこの時だった。
過去にあった物を取り出す、実際に自分が視認した物を取り出す。それは小さい私には魔法使いになったようでとても面白かった。
小学生に上がった頃、私はこの力で大勢の人を救うんだと考えていた。きっと自分は選ばれた人間なのだ。物語の主人公なんだ。と。
だから私は将来の夢は『勇者』にした。
きっとお父さんもお母さんも、この力の正しい使い方だと褒めてくれるだろう。そう、期待していた。
ーーーーー実際はそんな事はなかった。
私が『勇者』になりたいと言った時、お父さんの纏う空気が一変した。それは、六歳の私でも容易に理解できた。
「そんなものはやめておけ。ろくなことにならん」
その時のお父さんは私が産まれて初めて見る、とても冷たい目をしていた。普段は仏頂面をしているが、温厚でとても優しいお父さんがだ。
「教科書にも載ってるだろ。人類は負けたんだ。結城友奈という犠牲を払ってまで。勇者だ、英雄だ、なんてバカバカしく持て囃されてるけどな」
結城友奈の話は私も小さい頃からよく聞かされていた。人類を救った英雄。一人、身を犠牲にして、敵を討ち払ったとされている。
だが、お父さんはその伝承を一蹴した。
「あんなの作り話だ。敵すら、討ち払えてなんかいない。一方的にボロボロにされて、最終的に助けを乞う事でここまで人間の社会を保っているだけ。生活範囲も残されたのは香川のみだ。寧ろ、香川だけでもよくもまあ残してくれたものだよ。普通に考えて、あそこまで抵抗されれば完全に消滅させるものなのに」
「……どうしてそんなにしってるの?」
子供ながらの好奇心というものもあったし、何よりお父さんは博識だった。聞けばなんでも答えてくれた。だから、今回も聞けば教えてくれると思っていた。
「……当事者だったからな。俺も、お母さんも」
お父さんの表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。なのに、私は……。
「それなら私も『勇者』になれるんだよね!?力だって使えるんだから、選ばれた子なんだよね?私は!」
今思えば何故、お父さんの気持ちを察してあげる事ができなかったのか。勿論、言い訳なんていくらでも出来る。小さかったから、まだ何も世界を知らなかったからとか。
そんな私を意に介さず、お父さんは机に拳を思い切り叩きつけた。
壊れるのではないかと思うくらいの勢い。この時の私は、既に泣きそうだった。本当にこの時だけだったと思う。お父さんが声を荒げたのは。
「お前は自分を特別な人間とでも思ってるのか?それなら、二度と自分が特別な人間だなんて思うな!二度と力を使ったりする事も許さん!『勇者』という単語も二度と出すな!!」
そう言い切り、肩で息をしながら私を見ると、私が目に涙を溜めているのを見て、お父さんはようやく落ち着きを取り戻した。
「………すまん。取り乱した」
本当に申し訳なさそうな表情でお父さんは私の涙を優しく拭った。
「それと、あまり外では友奈という名前は出すな」
お父さんはそれだけ言うと「外で頭冷やしてくる」とだけ言って部屋から出て行ってしまった。
それが、私が見た最初で最後のお父さんの怒っている姿だった。
「何かあったの?お父さんのあんな顔、久しぶりに見た」
お父さんと入れ替わる形でお母さんが部屋に入ってきた。私は、どうしても先程の話をする気にはなれなかった。
だから嘘をついた。
「ううん。何もないよ。私が問題を解けなかったから怒られちゃった」
今思えば下手くそな嘘だ。お父さんは一度もそんな事で怒ったことはない。私がわからないと言えば、理解するまで教えてくれて、お父さんが苦手だという算数も一緒に解いてくれた。
一応補足をしておくと、決して甘やかされていた訳ではない。厳しい所は厳しく、甘やかす所は甘やかす。そんな感じだ。きっとこの嘘もその場でお母さんは知っていたと思う。お母さんは次々に話題を変えて行った。
すると張り詰めた空気が弛緩して行った。話題はそのうち学校のことへと変わっていった。お母さんは料理の準備をしながら学校の事を聞いた。
「お友達できた?」
「うん!たっくさんできたよ!百人までは行かなかったけど」
お母さんは私の話を聞いて笑ってくれた。自分の話を聞いてくれた事が嬉しくて、私は学校の事を沢山話した。
「そう。楽しそうでお母さん安心した。今度、家連れてきてもいいよ」
「本当に!?」
「仏頂面の怖ーい顔をした、片腕がないおっさんが居てもいいならだけどね」
歳に似合わず悪戯っぽい笑みを浮かべるお母さんを見て、私も自然と笑みが溢れた。
「誰が仏頂面のおっさんだ。……おっさんだけども」
外から戻ってきたお父さんは、完全にいつものお父さんだった。先程の雰囲気など最早そこには存在していなかった。
「ハルヤはお友達が来たら外に放り出されるかな」
「誰に」
「アタシに」
私はお父さんとお母さんの会話が好きだった。聞いてて、よっぽどテレビとかに出ている漫才師よりも面白い。
だが、それもやはり時と場合による。今日の話題はいつものような能天気なものではなく、ちょっとしたシリアス路線らしい。シリアスの意味、知らないけど。
「そういやハルヤ。**の誕生日すぐじゃん。お墓参り行かないと」
「またあの英霊の碑みたいな場所行くのか?」
お父さんは嫌そうに口の端を歪めた。
「**は血が繋がってなくても妹だったんだから行かないと。昔の妹好き好きだったハルヤはどこにいったんだい?」
お父さんに妹がいたというのは聞いていたが、血が繋がっていないとはどう言う意味なのだろう。そんな私の疑問を他所に、話はあれよあれよと進んでいく。
「とっくの昔にその俺は死んだ。気づいてやれなかった時点で、俺には**に合わせる顔がない」
お母さんは困ったなと言わんばかりに首のうなじあたりを掻いた。お母さんは私とは違ってお父さんの気持ちをうまく汲み取ったみたいだ。流石、近所でも有名なご夫婦な事で。
「園子も来るってさ」
「園子は、また大量の焼きそば作ってきそうだな…」
「ははは、あれはアタシも勘弁願いたい」
そのシリアスな会話もそこで終わり、またいつもの雰囲気に戻る。今日も鷲尾家は平和だ。
だけど、その平和は続いたろうか。その辺りの記憶はまだ曖昧だ。それでもわかることはある。
(あー、これ夢か)
私のあちらでの生活を振り返っている。
きっと内容を覚えていられたらお父さんやお母さん、勇者部のみんなの役に立つ。だけど、夢の中の会話なんてすぐに忘れた。
それよりなんで私、こっちに来たんだっけ。
あれ?そういえば**って誰?
美遊が来てから一週間の時が経過した。
最初の間は美遊を中学校の部室まで送り届けるたびに遅刻をして、その罪悪感に駆られていたが、三日目くらいでそんな罪悪感も消えて失せた。
だが、そのおかげで美遊は今のところ一度も見つからずに済んでいる。今は部室で、友奈が地元新聞に載る勇者部の紹介文を書いている。俺は風先輩の要請で、友奈が書く文章を推敲していた。別に推敲なんてする必要ないように思えたが、実際見てみたらそれはそれはとても面白い文章だった。
「……『〜今日も勇者部しゅっぱーつ!』ね。小学生の文かな?」
「中学生だよお」
「けど、最初よりはマシか…。それよりもなんで俺なんですか。風先輩」
「だってあんた、理系科目壊滅な割に国語と社会はやたらと出来るじゃない。この部活のホームページの紹介文書いたのも晴哉だし」
「俺は単に読み取りが得意なだけで、自分で文を構成するのは大の苦手なんですけどね。報告書は得意ですけど」
「典型的な社畜タイプね」
夏凛が劇などの小道具が入った箱を運びながらもツッコミは欠かさなかった。これがプロ意識というやつか。
「ねえ、美遊。晴哉って大人になってもこんな感じなの?」
風先輩が美遊に聞く。風先輩の言う、こんな感じ、と言うものが何かは知らないが耳を塞いでおいた方が良いかもしれない。
「お父さん、ニートですよ。あ、違う。自宅警備員です」
「あの話、嘘だと思ったら本当なんかい…」
「前言撤回。そっちの世界の銀、苦労してそうね」
夏凛もどこか可哀想な物を見る目で俺をみた。一応言っておくが、俺は労働というものには興味がある。多分、何か心がおかしくなるような事があったんだろうな。美遊の方の俺は。
「それより、美遊ちゃんも完全に勇者部の部員ですね」
「樹さんにはいつもお世話になってます」
笑顔で会釈する美遊。樹も今までこの中では一番下の学年だったという事もあるからか、年下の美遊を常に気にかけてくれていた。
風先輩はその樹の様子を見て、感動していた。
「あ、樹さん。今度もう一度、一緒にカラオケ行きましょうよ。私、樹さんの歌大好きなんです!」
知らない間にファンになってるし。樹は「わ、私なんかでいいのかな」と言っている。歌上手いんだから自信を持てばいいのに、と偉そうに思ってみたりする。
「そのカラオケのお金出すの、俺って事忘れるなよー」
俺はとりあえず美遊に釘を刺しておいた。
「お父さんのそのお金、本当はお祖母様とお祖父様からのものじゃん」
「はい、そうですね」
生活費を毎月渡してくれる母親と父親には感謝しなくては。最初はそのことに感謝していたが、それがさも当然のようになっていた。
また一つ、大切なことを美遊に気がつかされた気がする。
「ふーみん先輩〜、頼まれた事、終わったよ〜」
「園子が蟻の行列に気を取られたお陰でちょっと長引いた…」
俺が華々しく論破されたところで園子と銀が簡単な依頼を一つこなして戻ってきた。というか、今秋なのに蟻の行列に遭遇することなんてあるのだろうか。多分、それ蟻じゃない。
「お疲れ様、とりあえずこれで全員揃ったわね。二人には早速で悪いけど今週の部会、始めさせてもらうわ」
「わかりました〜」
「了解です!」
全員、黒板の前に移動して風先輩の話を聞く態勢に入る。
「えっと、まずは今週末の幼稚園でのイベントね。時間はーーーーー」
要約すると、幼稚園での劇の依頼の詳細だった。なんと園子が木の役を全力でやると盛り上がっていた。
彼女はそれでいいのだろうか。俺にはまだ乃木園子の心中を察するほど、彼女のことを知らないようだった。
俺と銀、美遊は三人で帰路に着いた。
今更だが美遊の今日の服装は完全に私服だ。よくも、これで見つからずに学校から脱出できたものだ。
「本当に私も出ていいのかな?」
「幼稚園での劇か?ゲスト出演って事でなんとかなるだろ」
美遊は劇の説明がされている時、「私もやってみたいなあ…。一度でいいから……」と呟いた。多分、誰にも聞かれないと思っていたのだろう。
確かに凄く小さな声だった。俺だって隣にいたが聞こえなかった。
だが、それを聞いた友奈は風先輩に提案したわけだ。
「市民Aとかだろうし、気楽にやればいいよ」
「それでも、私そもそも中学生じゃないのに……」
「変なところで遠慮するなよ。美遊らしくない」
「お父さんが私のことどう思ってるかちょっと分かった気がする」
美遊は俺のことをジト目で見る。俺はその視線に無視を決め込んだ。
「そういやハルヤ、美遊の服とか買いに行くの付き合ってくれない?」
「今からか?」
「家帰って、着替えてから」
「りょーかい。それより、父さんと母さんに何て説明しようかなぁ…」
美遊の事を誤魔化すのも限界がある。その内バレるだろう。いかんせん、食費とかその他諸々の値段が一週間前と比べてとんでもない額になっている。
「お祖父様とお祖母様元気?」
「それさっきから思ってたんだが、なんで俺と銀はお父さんとお母さんで俺の父さんと母さんに関してはそこまで畏まった言い方してるんだ?」
俺は部室でのなんてことのない会話の一部分を思い出した。
「お父さんの実家行く時だけはそう言えって教えられて、それ以来染み込んじゃった」
どういうわけか、美遊には他所行きの格好と言うものが必要となった。そう言う事だろう。ならば、初日に見せたあの綺麗な御辞儀はその賜物というわけか。やたらと中途半端な格好になったのも納得だ。
「とりあえず、行くのは任せろ。銀も行くのか?」
「そりゃアタシも行きますよっと」
家に残りわずかと近づいた時、俺は足を止めた。
「了解。それな…ら、……おい」
「どったのハル…ヤ。あ、」
突然、『やっちまった』と言わんばかりの表情を浮かべ、黙り込んでしまった二人に美遊は首を傾げた。
「美遊、隠れろ」
「え?どうして?」
「いいから。銀、任せた」
俺は銀が頷いたのを確認してから自分も物陰へと滑り込んだ。
「ここで何する気?」
「何もしねえよ!?……ちょっと待ってろ」
何故、俺は美遊を建物の物陰に引き摺り込んだのか。
それは銀が相手をしている人を見ればすぐにお分かりいただけるだろう。少し離れた場所で銀は自分の母親と話している。
「一応言っとくが、お前は銀に似すぎだ。何も知らない人から見れば完全にドッペルゲンガーに見える。普通に恐怖対象だ」
「おばあちゃんいるの?」
「あっちの家はおばあちゃんなんだな。マジで意味がわからん」
使い分け、大変なのではないだろうか。
「お前さ、気づけば記憶を取り戻してるのやめてくれない?」
「え?あ、本当だ」
驚いている美遊を見て、俺はため息をついた。その内、大切な情報さえも自然な流れで話して聞き逃してしまいそうだ。
今回に関しては完全に思い出すトリガーがなんだったのか把握する事すら出来なかった。もしかしたら、美遊自身、記憶を取り戻してる事に気がつかなかったという事はふとした瞬間に思いついて話した事が過去の記憶である可能性は捨てきれない。
「………余計に面倒になってないか?」
下手をすればこれから美遊の発言全てに注意を払わなければならない。
「ごめん。お父さん」
「謝られるのも困る。今のに関しては美遊は悪くない。俺が余計なこと言ったせいだな」
俺はそれだけ言って陰から銀がいる場所を覗き込んだ。まだ、銀は自分の母親と話しているようだ。
それを見て、完全に俺は油断していた。そのため、背後から近づくもう一人の存在に気が付かず、目が覚めたら……。なんて事はない。ないのだが……。
「あれ?晴哉の兄ちゃんと姉ちゃん、こんな場所で何してるの?」
「「!?」」
首から錆びた鉄の音がしそうな具合で俺と美遊は後ろを振り向いた。
(やばい。やばいやばいやばいやばいやばい。なんでそれを想定してなかった!!)
動揺しながらも鉄男にあくまで平静を装う。無理やり貼り付けた笑顔はちゃんと形になっているだろう
「よ、よお。鉄男。久しぶり。お母さんについて来たついでに探検でもしてたのか?」
「そうだよ。なーんもなかった」
「ははは、だろうな」
俺はこの時、俺は全速力で頭を回転させていた。
知られたら消す。一瞬だけ、そんな危険思想が芽生えるほどには焦っていた。
「それより、なんで姉ちゃんはこんな場所に隠れてるの?かくれんぼしてたの?」
恐らく、まだ鉄男は銀の姿を視認していない。それならば、まだ回避はできる。
「そうなんだ。今、学校の人とかくれーーーーー」
「ふーっ…。何とかバレずに済んだかな。ハルヤ…………あ」
視線を交わすこと数秒。全てが終わった瞬間だった。
「………」
「………………………悪い、アタシの弟!ここで消えてくれ!」
「ちょっ!馬鹿、早まるな!!」
俺は鉄男の頸椎を締めようとする銀を、全力で止めたのだった。そして、案の定騒ぎを聞いた銀の母親も来たわけで。場は混沌としたものとなった。
銀の家族が帰った後、俺と銀は部屋で突っ伏していた。
「………あはは」
「銀、お前は悪運が強すぎる…」
クラスメイト達のように「親戚が〜」という誤魔化す方法が使えるわけもなく、結局美遊の事を全て包み隠さず話した。
その結果ーーーーー。
「受け入れられるなんて誰が思うんだよ」
「アタシも驚いた」
「……お前の家族寛容すぎんだろ」
何故か受け入れられたのだった。正直、訳がわからない。当事者の美遊は「ドンマイ」と俺の肩を叩いた。
(……ドンマイじゃないんだよなあ)
思い出すだけで冷や汗と胃の痛みがぶり返してきそうだ。顔を顰めそうになる俺を他所に美遊は心底嬉しそうに身体を揺らしていた。
「やっぱり孫は可愛いんだね」
「多分恐怖の感情が最初勝ってたぞ」
実際、倒れかけてたし恐怖ではないにしろ、驚いた事には変わりない。
それに、受け入れてくれる交換条件として、鷲尾家にもこの事を伝えるというのが条件となったわけで、俺はそれを飲み込んだ。
「早めに言っとくか…」
「アタシもそれがいいと思う」
「私、電話したい」
「お前さんはもう少しだけでいいから当事者意識を持ってくれ」
胃痛の次は頭痛が襲ってきそうな予感を背に、俺は早速鷲尾家に電話をかけた。この時間帯ならば母親もいるはずだ。ちょうど良いタイミングではあるのだが、変に緊張してきた。
ワンコール。ツーコール。スリーコール。フォーコールとなったところで誰かが受話器を取った音がした。
『はい、鷲尾です』
声は母親のものだった。その事に安堵したのは何故だろうか。とは言え、口の中が乾いていくのが嫌でもわかった。
「あの、母さん。俺だけど」
『あら、晴哉。どうしたのかしら?』
「ちょっとお話がありまして」
『珍しいわね。晴哉がそこまで他人行儀になるの。何かあったの?』
俺は一旦携帯端末を耳から離して大きく息を吸った。
「倒れないでほしい」
『どういうこと?』
「子供できた」
受話器の向こう側で何かが倒れる音がした。そして、誰かの足音が聞こえた。続いて、お手伝いさんの『奥さま!?』という声が耳に入ってくる。
俺はもう一度、携帯端末を耳から離して銀と美遊を見た。
「伝え方ミスった」
「やっぱり、ハルヤは肝心なところで馬鹿だと思う」
「というわけでして…信じてくれとは言わないけど」
『事情はわかった。伝え方には気をつけなさい』
「あ、そっち?」
倒れた母親に代わって電話を取った父親には「神樹様が−」と言ったら簡単に信じた。神樹すげ〜となった初めての例がこれとは。写真もとりあえず信憑性を高めるために送っておいた。両家共に寛容すぎないだろうか。プラスで神樹への信仰心が怖い。どこかで間違えた道に進まなければいいが。
電話の向こうは父親へとバトンタッチされており、その声音は何処と無く低いのだが、いつも以上に落ち着かない様子である。
『彼女はいつまでいる予定なんだ』
「美遊?あー、未定かな」
『そうか。美遊というのか』
この人案外嬉しそうだぞ。
「仮名だけどね。それで、折角だから交渉させてもらうと彼女の分の生活費、食費代とかかな。少しだけ俺の生活費に加えてくれると助かる」
「わかった。無駄遣いはするな」
(とおった!?)
その事に俺は驚きを隠せなかった。あの厳格な父親がすんなり許したことは衝撃だ。よほど孫(仮)の力は強大と見える。
「あ、ありがとう。またかけ直す」
俺は動揺を隠せぬまま携帯端末を耳から離して通話を切った。
「この世界、その内終わるぞ」
何故だろうか。俺はこの先の人類の行く末が多少不安になった。
茶番の連続だった週の週末の幼稚園での劇の日。俺は何故か園子と共に大橋に隣接している【英霊の碑】に来ていた。
突然誘われたのでついてきたが、生憎こんな場所に用はない。
「園子、何でここに来たんだ?」
「何でって、みのさんのお墓が……」
「はあ?何言ってんだ園子。銀なら朝会っただろ」
先行する園子についていき、ある碑の前に立つ。
そこには何も書かれていなかった。
何も書かれていない石碑をみて、園子は正気に戻ったのか目を何度も瞬かせた。その表情は珍しく混乱していた。
「あれ?何で私、こんな場所に」
「聞きたいのはこっちだ」
園子は自分がどうしてここにいるのかを理解できていないようだった。
「でも、私…。絶対ここに来なきゃって思って…。そうだ、一昨日に美遊ちゃんに言われて」
「誰の墓でもない石に焼きそば添えようと思ったのか?」
俺はただの石を突きながら園子の返答を待った。だが、いつまで経っても園子は口を開かない。
俺は園子の顔を覗き込んだ。園子は泣いていた。
「おい?園子?」
「思い出した。全部」
「はあ?だから何を……」
「思い出してよハルスケ。あなたが好きだった妹の事を」
俺は園子に言われた瞬間、頭の中で何かが弾けた。
『全く、兄さんは』
呆れてため息をつく姿。
『美味だわ』
美味そうにジェラートを食べる姿。
『来たんだわ。お役目を果たす時が』
勇者装束に身を包む姿。そして……
『今まで、ありがとう』
巫女や神官によって神輿に乗せられ、壁の外へと向かう一人の少女。俺はそれに何て答えたのだったか…。多くの思い出が、頭の中を駆け巡った。絶対に失いたくなかった人。絶対に守り通すと決めたうちの一人。それを何で俺は……。
「………須美?」
俺は辺りを見渡した。だが、当然だがどこにもいない。
「あいつ、どこ行ったんだ……!?」
渦巻く記憶と未知の感覚。その中心で俺と園子はその場に立ち尽くした。
私は二人の様子を柱の影から見ていた。昨日になってようやく思い出した。私のなすべき事を。どうしてこちらの世界に来たのか。その目的を。
鷲尾須美、東郷美森が存在しない場合、結城友奈は、『勇者』達は確実に敗北する。この世界の終着点は私の世界だ。それは同時に世界が更なる絶望的な状況に陥る事を意味する。
お父さんは三ノ輪銀がいる世界を望んだ。だが、それは同時に乃木園子が鷲尾須美を、東郷美森を思い出すきっかけが無くす行為でもあった。
結城友奈一人が気がついたところで、それは何の意味もなさない。何もかもが遅くなる前に……。だから、私は自分の記憶を一つずつ供物にして、時の『枝』を見た。
その『枝』はお父さんが介入する事なく、三ノ輪銀が死亡している世界。そして、唯一天の神の迎撃を成功させた世界。
その世界では唯一、勇者部の全員が東郷美森の存在が消えている事に気がついた。
他の『枝』では乃木園子が亡くなっていたり、代わりに鷲尾須美が亡くなっていたり、お父さんが植物状態になっていたり、勇者部がそもそもなかったり。
だから私はなんとかして天の神を迎撃した世界の真似事をした。そのために無理やり、乃木園子をあの場に連れて行く必要があった。そうして、なんとか上手くいったようだ。お父さんも乃木園子も鷲尾須美を、東郷美森を思い出した。
「まだ、見ないと。この先のことも」
今の私は無限ループ状態にある。この供物の制約もあまり厳しいものでもないのか、失ったものは何かしらの要因があれば思い出す。
だから何度でも私は自分の記憶を供物にして、この先の正しい未来を導き出す。
必ず、私が叶えてみせる。もう二度と、お父さんのあんな表情も見たくない。
お父さんも、お母さんも、友奈さんも、風先輩も、樹さんも、夏凛さんも、園子さんも、美森さんも誰も欠ける事なく、全てがハッピーエンドで終われる世界を。
例え、その先の未来に自分の存在がないとしても。
「……それが私の正義なんだから。私は皆んなを救って『勇者』になってみせる」
決意を固めるように呟いて私は『枝』を見る。
そして、また、何か大切なものを失った……。