花を咲かせ、未来に繋ぐ [加筆修正中]   作:まんじゅう卍

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第四話 失って、失って、取り戻して、失って

 私が七歳の頃の話だ。

 私はお父さんに似たのか、一人で街を歩くのが好きだった。

 そしてその度に、トラブルに巻き込まれるのは置いておいて、とにかく一人で歩く事が趣味の一つだった。七歳の趣味とは到底思えまい。学校の先生にも自分が想像している通りのことを言われた。

 私は散歩の延長線上でよく瀬戸大橋跡地の【英霊の碑】を訪れる。ここは以前までは一般人が入る事は許されて居なかったが、数年前から一般人も入れるようになったとのこと。

 ここに祀られている人々は過去にバーテックスと呼ばれる神の尖兵と戦い、この国を守ったと伝えられている。そして、神樹様の神託を受けることができた巫女も同様に祀られている。本来なら公開される情報ではないのだが、ある人がこの事を隠すのをやめたため、香川の全員がバーテックスという存在を知っている。おまけに今や、神樹様は虫の息らしい。

 本当に、今の世界は天の神に生かされていると言っても過言ではない。

 それはいいとして、多くの石碑が並ぶ中、私がいつも供えものをする二つの石碑がある。

 その二つ石碑にはそれぞれ『結城友奈』、『東郷美森』と書かれている。ただ、結城友奈の石碑は英雄であるにも関わらず、端の方へと追いやられていた。仕方ないから置いておこう。そう感じる配置だった。

 しかも誰も手入れをしないから結城友奈の石碑のみ、他の石碑に比べてかなり汚れていた。

 それは何故か。結城友奈の石碑に近づくと呪われるという言い伝えがあったからだ。私のクラスメイトたちはそれを信じているのか、絶対に近づかない。

 

「そんな事ないのになぁ…」

 

 私は呟きながら、石碑に近づく。磨いてあげたいが今の私には生憎掃除道具はないのでお供えものをして、手を合わせるくらいしかできない。

 

「私、あなたがどんな人か知りたいよ…」

 

 英雄でありながら呪われた存在。その矛盾は小学二年生の私にも違和感を与えた。一体、何があればこのような扱いを受けるのか。

 お祖父様の話によれば『友奈』という名は、嘗て選ばれた人のみ付けることが許されていたという。

 お父さんは何を聞いても答えてくれるのに結城友奈の事だけは答えてくれない。だから、私には彼女がどんな人間だったのかわからない。

 でも、きっと私の勝手な予想だが、とても優しい人だったに違いない。でなければそもそも神樹様が力を貸すはずがないのだから。

 

「また来るね」

 

 何様のつもりなのか、私はそう呟き、結城友奈の石碑を後にした。それから次に向かうのは東郷美森の石碑。

 彼女は数年前まで存在自体忘れ去られていた。だが、ふとしたきっかけで世間に再度認知されたらしい。私の産まれる前だそうだから何があったかは知らない。

 ただ、お父さんがここに来る事を嫌がっているというのは分かる。お母さんは特にそんな事なさそうなのに。私はお供えものを先程同様に供える。

 そして手を合わせようとしたその時、肩を軽く叩かれた。

 

「ひゃい!?」

 

 急な事で私は飛び上がった。

 

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、誘拐犯!?」

 

「人聞き悪い事言うな。自分の娘を連れ去る人間がどこにいるってんだ」

 

「えっ?」

 

 振り返った私の目には、苦笑いしているお父さんが写っていた。

 

「一人でどこ行ったかと思ったら」

 

 私はまだ動悸が治らず、心臓が激しく音を立てていた。落ち着け、私の心臓。

 

「つ、ついて来てたの?」

 

「違う違う。偶々俺もここに用事があっただけだよ」

 

 お父さんもしゃがんでお花を供える。その花は何故か朝顔だった。季節に合わない。だけど、私は疑問に思いつつも何も聞かないでおいた。

 

「お父さんはさ、全部何があったのか知ってるんだよね」

 

「……またその話か。好奇心旺盛なのはいい事だけどな…」

 

 お父さんは迷っているように見えた。伝えるべきか、伝えないべきか。

 

「何をどうしてそんなに知りたいんだ?お前は」

 

 お父さんが困った表情を浮かべながら私を見る。何故知りたいのか。そう聞かれても私に大それた理由なんて思い浮かぶはずもない。自分に存在する思いはただ一つ。

 

「私は……『勇者』に、なりたいから!」

 

 私はお父さんの目を真っ直ぐに見る。やはりお父さんは困ったような表情を浮かべている。お父さんは軽く眉間を揉んでからため息をついた。

 

「何の役にも立たないぞ」

 

 優しく諭すようにお父さんは言う。

 それでも私は……。

 私の譲らない思いに根負けしたのか、お父さんは再度諦めたようにため息をついた。

 

「わかった。でも条件がある。流石にその歳でこの現実を知るのは辛すぎる。それくらいのことなんだ。だから、*****が十二歳になったら少しだけ話そうと思う。十二歳になった時、まだ聞きたいと思う気持ちがあるのならね」

 

 お父さんはそれだけを言うと立ち上がって私に背を向ける。それは、これ以上は何も言わないという意思表示だった。お父さんは背を向けたまま顔だけこちらを向けて聞く。

 

「どうする?一緒に帰るか?」

 

 私は迷ったが、結局ここに残ることにした。

 

「まだもう少しだけここにいようかな」

 

「そうか。帰り、気をつけてな。……あと関係ないけど一つだけ言っとく。何があっても生きるのを諦めるな」

 

 お父さんはそれだけ言ってその場を去っていった。私はもう一度石碑に向き直る。

 

「……どゆこと?」

 

 そして私は首を傾げた。

 だけどこの日から私は早く十二歳にならないか待ち遠しくなった。それまでの過程なんてどうでもよくなった。

 結論だけ言おう。私は、この上なく愚かだった。

 

 

 

 

 

 

 俺と園子は5分ほど茫然自失とその場に立ち尽くしていた。自分達に何が起きているのかを確認するのにかなりの時間を要した。

 

「わっしーは…」

 

(……俺は知ってる。いや、知っていた。なんで忘れてたんだ…)

 

 俺は壁の上で須美が神輿に乗せられ、壁外へと向かう所を見ていた。その時、俺は須美とすれ違い様に言ったんだ。

 

『今まで、ありがとう。兄さん』

 

『必ず助けだす。だから、待ってろ』

 

 俺は悔しさと不甲斐なさをぶつけるように手を強く握り締めた。

 

「ハルスケ、行こう」

 

「ああ。今ならまだ、間に合うはずだ」

 

 俺と園子はすぐに来た道を戻って、今から行われる勇者部の活動場所である幼稚園へと向かった。

 

 幼稚園へとたどり着くと既に劇は始まっていた。息を切らしながらなんとかたどり着いた。だが、俺と園子は息を整えることもせず、躊躇うこともなく扉を開ける。まず最初に目に入ったのは友奈が泣いている姿だった。

 

「晴哉さん、園子さんも……」

 

 樹が突然扉を開けるなり肩で息をする俺と園子を見て呟いた。

 

「乃木…?」

 

 風先輩も突然のことに戸惑いを隠せないでいる。園子が友奈にゆっくりと近づく。

 

「そのちゃん。晴哉くん。私…覚えてるって……ちゃんと、約束したのに……」

 

 嗚咽を堪えている友奈を園子が抱きしめた。それを合図に友奈は堪えられなくなったのか涙が止まることを知らなくなっていた。

 

「……す、み?」

 

 奥の方で子供たちを抑える役目をしていた銀も気がついたのか呟いた。

その日はもう劇どころではなくなってしまった。

 

 夕方になり、劇どころではなくなってしまった勇者部は部室へと戻ってきていた。先程まで何処にもいなかった美遊もここに全員が集まることを知っていたかのように、先に部室へと来ていた。

 友奈はずっと俯いたままでいる。それは劇を途中棄権してしまったことに対しての申し訳ないという感情なのか、それとも大切な人を忘れてしまっていた後悔のなんだろうか。どちらにせよ、やはり俺は人の心はわからないらしい。

 

「乃木、説明お願いしてもいいかしら」

 

 席に着いた風先輩に促され、園子は頷いてから何が起きているのかの説明を始めた。

 

「まず最初にこの記憶は作られたもの。嘘ってこと」

 

「うえ?」

 

 風先輩の間抜けな声。樹や夏凛も混乱している様子が見てわかった。

 

「何かとても悪いことが起きていて、私たちはそれを無かったことにしようとしている」

 

 銀はその何かとても悪いことというのを即座に言い当てた。その上で銀は皆に問う。

 

「東郷美森という一人の少女がいない。風先輩、夏凛、樹。アタシたち本当に7人だった?」

 

「銀ちゃんの言う通りだよ。皆んな、思い出してよ!ここに、本当は東郷美森って言う子がいたんだよ!」

 

 友奈が必死に訴えかける。二人に問われた夏凛は確認するように指を折りながら確認していく。

 

「友奈、風、樹、晴哉、園子、銀。あと私でしょ?…他にだ、れ…!?」

 

 夏凛が信じられないとばかりに目を見開いた。

 風先輩と樹もそれに釣られて、波紋を広げるように次々と伝播していった。

 

「東郷は!?東郷は何処よ!」

 

「…消されてるんだ。世界から」

 

 もうこの問題の答えははっきりとしていた。いかほどの力なのか、俺たちの記憶から、東郷美森という一人の少女が消えている。

 そのことを再確認したのか、風先輩は自分の唇を強く噛んだ。

 

「私、部長なのに…また……!」

 

「でも、これで思い出した……。なんで?何が起こってるの?」

 

 友奈が虚空へと問う。答えは返ってこない。

 

「わっしー、今、どこで何をしてるの?」

 

 園子も、友奈につられるように何もない場所に答えが返ってこないと知りつつも、問うことしかできなかった。

 

 その日は、各々動揺が激しく、これ以上はまともな判断ができないということでその場で解散となった。

 帰宅したあと、銀は今日は落ち着いて考える時間が欲しいとの事でこちらの部屋に来ないことになった。

 美遊と二人きりで、俺は自宅の椅子に腰掛けたまま、美遊に問いかける。

 

「……なあ、答えたくなければ答えなくていい。美遊、お前は知っていたんじゃないのか?この事を」

 

「……うん」

 

 美遊はゆっくりと頷いた。

 

「やっぱりな」

 

 俺はどうしてか、その事をすんなりと納得することができた。

 

(……でも、そうなるとどうして美遊だけは覚えていられたんだ?)

 

 須美の事を俺ですら忘れていたのだ。

 

(仮に考えるとして、美遊だけは記憶操作範囲外だった?でも待てよ?美遊は記憶喪失だったじゃないか。しかも、勇者部のことを知っているかを聞いた時、美遊は東郷美森という名は出していない……。辻褄が合わないな……)

 

「いけないいけない。悪い癖だ…」

 

 俺は一度大きく深呼吸した。段々と気持ちにも落ち着きが生まれた。その上で俺は一度、何が起きているのかを一人で考えたかった。

 自分が動けばいいのだが、今はこの場所から動こうと思えなかった。よっぽど、今日は疲れているらしい。

 

「美遊、疲れたろ。先に風呂入ってきていいぞ」

 

「ありがとう。お父さん。…あまり無茶しないでね」

 

 美遊は俺を気遣う言葉をかけて、その場を離れた。俺は部屋から美遊がいなくなったのを確認してからため息をつく。

 

「こうも考えることが多いと流石にパンクしそうだ……」

 

 目を閉じると、俺は唐突に襲ってきた睡魔に意識を持って行かれた。

 

 

「お父さん…もう気がついてるのかな……」

 

 私はお湯に浸かりながら天井を眺めて呟いた。

 昔からお父さんは鋭かった。特に隠し事や嘘には敏感だった。本人は『人を疑う事しか出来なくなるから何もいい能力ではない』と言っていたっけ。だから、もしかしたらもうお父さんは私の目的も知ってしまっているかもしれない。

 お父さんは口数が少なくなると自分の思考の世界に入った合図だ。だから、こうして私にお風呂に入れと言ったのも、きっと一人で何が起きているのかを考えたかったのだろう。

 

「世界の軌道修正はできたとして……。でも、このままだとお母さんは」

 

 東郷美森が戻ったとして、その先は考えたくもない。でも、それを防ぐために私はいるんだ。

 私は何かを決意するかのように、お母さん譲りの綺麗な、銀色の髪を軽く掬った。それから私は身体を洗って、少し長めにお湯に浸かってからお風呂を出た。髪を乾かしてから部屋に戻る。

 

「お父さん、先お風呂でたよ」

 

 お父さんは机に突っ伏して眠っていた。規則正しく背中が上下している。私はお父さんの顔を覗き込んだ。その寝顔は、まだ幼さの残るものだった。

 

「そう言えば、お父さんまだ中学生なんだよね」

 

 てっきり、私の勝手な感覚でお父さんはもう大人だと思っていた。

 私は大人のお父さんしか知らない。そのかわり、お母さんは子供の時のお父さんも、大人のお父さんも両方知っている。それはお父さんも同様だ。だから、互いに意思疎通もできるし、互いに気遣えあえる。

 片方しか知らない私は、そりゃお父さんの抱えていた悩みも理解せずに無神経に色々聴きまくるわけだ。

 

「ちょっと反省しないと。…あっちに戻って、この先私の存在があるのなら謝らないとね」

 

 私はお父さんの肩にブランケットをかけた。こんな重要局面で風邪を引かれても困る。

 

「きっと大丈夫だから。私に任せて。お父さん」

 

 私は自分の寝床に入ってから直ぐに目を瞑った。

 思い出されるのはお母さんに頭を撫でてもらった記憶。優しくて、温かい……。

 そうしてまた、私は大切な何かを失った。

 

 

 気がつけば机の上に突っ伏して寝てしまっていた。空も完全に明るくなっている。

 座ったまま寝ていたためか、身体中がとても痛い。美遊はいつもの場所で寝息を立ててすやすやと眠っている。

 

「……須美…」

 

 俺は美遊を尻目にようやく思い出した大切な妹の名前を呟く。

 やっと近くに戻ってきてくれたと思っていたのに、また何処か遠くに行ってしまった。しかも、それに気がつかない。俺はあまりにも愚かだった。

 

「考えていても仕方ないし、行くか」

 

 俺は美遊へ書き置きだけを残して部屋を出た。

 

 まず最初に向かったのは鷲尾家だ。というより、須美を助けに行くためには勇者システムが必要となることは間違いない。いかんせん、壁の外にいるのだから。

 

「そう言えば、この事伝えてなかったな…」

 

 かなり重大なミスをしている事に気がついて、俺は風先輩に連絡を入れた。即座に連絡が戻ってくる。

 返信には『何でもっと早く伝えないのよ……』と当然の反応をされた。

 

「『すみません』っと。……今思えば伝えることが正しかったのか?」

 

 正直な話、もう二度と彼女たちを戦わせたくなかった。

 満開の後遺症を味わった以上、それなりの恐怖があったとしてもおかしくはない。自分一人が勇者システムを受け取り、助けに行けば良かったのではないかと思ってしまった。そんな事、無理だと言うのに。

 そんな事を考えながら鷲尾家の玄関をくぐる。そのまま、通路を進み、突き当たりの部屋にノックをしてから入る。

 

「ただいま戻りました」

 

「おや、珍しい。連絡もなしに帰ってくるとは」

 

 珍しく仕事に出向かず、父親が椅子に座って本を読んでいた。流石に休暇は必要だと言う事だろう。

 

「ちょっとだけ急用があって帰ってきたんだ」

 

「前の電話の件か?」

 

「前?ああ、美遊?ごめん。今回はそっちじゃないんだ」

 

 俺の返答にどこか残念そうな顔をする父親。この人、何を期待していたのだろうか。

 

「父さん。鷲尾家って何人家族だったっけ」

 

 俺の唐突な質問に父親は首を傾げる。

 

「私と母さん。晴哉だけじゃないか。どうしたんだ?急に」

 

 やはり、父親は須美の事を忘れてしまっていた。

 

「鷲尾須美って人、知らない?」

 

 少しだけ期待していた。思い出したと言ってくれるのを。だが、その思いはいとも簡単に砕け散った。

 

「わしおすみ?そんな人はいないはずだが」

 

「やっぱり……」

 

 俺は父親に聞こえないように呟いた。やはり、思い出しているのは勇者部だけか。

 

「戻ってきて早々だけど、俺戻るよ」

 

「ゆっくりして行けば良いじゃないか。母さんも喜ぶ」

 

「そう言うわけにも行かない用事があってさ」

 

「そうか。気をつけてな」

 

「ありがとう。母さんにもよろしく」

 

 俺の言葉に父親が頷いたのを確認してから俺はこの場を後にした。

 

 次に向かったのは大赦本部。一応父親経由で連絡は入れておいてもらったので殴り込みにはならないだろう。

 

「お待ちしておりました晴哉様」

 

「相変わらず慣れない呼び方しますね」

 

 俺は巫女と対峙する。大赦の中でも信頼に値する人で、俺が勇者達を除いて最も罪悪感を感じている人。そして、俺がヒトになった際、神託を受けた人物。

 

「もう少し前くらい砕けてくれてもいいんですけどね」

 

「貴方が砕けすぎなのです」

 

「ははは、違いないですね」

 

 適当な話をしてから俺は本題を切り出した。

 

「唐突ですけど、奉火祭ってご存知ですか?」

 

「……300年前の話を貴方はしているのですか?」

 

「300年前?」

 

 どうも噛み合わなかった。俺が話しているのは数週間前に行われた奉火祭だ。なのに急に300年前と言われても何がなんだか。

 

「貴方は私に何を聞きにきたのですか?」

 

「質問を変えます。鷲尾須美……。東郷美森は知ってますか?」

 

「いえ、知りません」

 

 即答だった。仮面で顔が覆われているため、表情はわからないがそれでも本当に知らないことは確からしい。

 

「用がないのならば早々にお引き取りを。私は別件があるので」

 

「……最後に一つだけ。勇者システムを出してください」

 

「何のためにですか」

 

「大切な家族を助けるために、どうしても必要なんです」

 

「鷲尾夫妻はご健在のはずですが」

 

「いいから出せって言ってんだろ!!ッ!!」

 

 口に出してからから後悔した。言い訳をしてしまうと、多分俺はとても焦っていた。残された時間が少ないことが頭から離れなかった。口から出た言葉は二度と取り消すことなどできないと言うのに。感情に任せて、お門違いな怒りをぶつけた。何度目かの俺は酷い罪悪感を覚える。

 

「……すみません。取り乱しました」

 

「貴方が何に対して焦りを感じているかはわかりませんが、勇者システムに関しては私の方で何とかしましょう。貴方の分だけでいいのですね」

 

「はい。お願いします」

 

 巫女は立ち上がって俺に背を向けた。

 

「貴方は変わりませんね。感情に素直で真っ直ぐすぎます。そのおかげで助かった人物は多くいます。……そんな貴方を、私は尊敬します」

 

 私には出来なくなってしまった生き方を貫いて行きなさい。

 去り際にその巫女は背を向けたまま俺に言って部屋を出ていった。俺は後悔の念と言われた言葉を噛み締めるしかなく、その場をしばらく動くことができなかった。

 

 結局、この日は勇者システムの話をつける以外に何の成果もなかった。

 おまけに暴言まで吐くと言うとんでもない事をしでかしたということも足枷となって気分は完全に右肩下がり。暴言に関しては完全に俺が悪いんだが。

 

「ただいま」

 

 玄関をくぐると疲れがどっと出てきてその場に座り込んでしまった。

 

「お帰り、ハルヤ」

 

「ああ、いたのか。銀」

 

 美遊が出てこずに何故か銀が顔を出した。

 

「整理はついたのか?」

 

「一応ね。それに、美遊に『お父さんに育児放棄された』って泣きつかれたから」

 

 何を言ってるんだあいつは。確かに眠っている美遊に書き置きだけをして、昼ごはんも作らずに出ていったのは悪いとは思うが。

 

「それとちょうどさっき、大赦の人からアタッシュケース渡されたんだけど……」

 

 銀の顔は笑っていたが、その裏にとんでもなく怖い何かを潜めているように感じた。言うなれば『何か言うことは?』的なニュアンスだろうか。

 

「まーた、一人で勝手に動いてる。いい加減反省したまえハルヤ」

 

「……悪かったよ。銀には隠し事はできないな」

 

 俺は最後の力を振り絞って立ち上がり、部屋まで何とか辿り着いた。部屋の中に何故か美遊の姿がない。

 

「美遊は?」

 

「寝てるよ。お昼ご飯食べてからずっと昼寝してる」

 

 布団の置いてある隣の部屋を覗くとすやすやと美遊は眠っていた。

 

「で、何で勇者システムがここに来るのさ」

 

「中身見たのか?」

 

「大赦の人が言ってた」

 

 いや、言うか?普通。大赦もよくわからん。

 

「一人で須美のこと助けに行こうとしたん?」

 

「流石に鋭い」

 

「これでも長い付き合いだからね。アタシだってある程度ハルヤのことはわかるんだぜ?」

 

「絶妙に照れ臭い事を言うな」

 

 俺は軽く咳払いをして、若干逸れてしまった会話を元に引き戻す。

 

「一人で行こうと思ったわけじゃない。ちゃんと勇者部のみんなには話すつもりだった。けど、その前に確証が欲しかったんだ。本当に須美が俺の想像している場所にいるかって事を」

 

「というと?」

 

 首を傾げる銀になるべくわかりやすいように、簡潔に説明する。

 

「須美は奉火祭と呼ばれる祭事で、天の神の怒りを収めるために生贄にされた。俺の記憶が正しければ壁の外に向かっていったはず。それを確かめたかった」

 

 ただ事実のみを伝える。確かに勝手に何も言わずに行動したが、銀や勇者部の人たちには嘘や隠し事は二度としないと決めたばかりだ。

銀は納得してくれたのか腕を組んでうんうんと頷いてくれている。

 

「相変わらず須美ほどではないにしろ突っ走るんだから。ハルヤは」

 

「悪い」

 

「謝らなくても大丈夫だよ。とりあえず……はい」

 

 銀が一つの携帯端末をアタッシュケースから取り出して、俺に手渡した。

 

「アタシが偉そうに言うのもなんだけど、須美のこと任せた!」

 

 俺は携帯端末を受け取ると、銀に大きく頷いた。

 

 

 

 

 

「壁まで来たのはいいけど、よく考えたら割りかし自分勝手な行動してるなあ……」

 

 外と内との境界線に立って独り言つ。夜なので暗くて視界が悪い。気をつけて行こう。とは言っても一歩進めば地獄のような光景なのだが。覚悟を決めて俺は足を一歩前に踏み出した。

 

「おおう。相変わらず酷い光景」

 

 そんな凄まじい光景に見惚れるのもほどほどにして俺は携帯端末を見る。レーダーには東郷美森の文字があった。

 

「記憶はあってた…のはいいんだけど。……あれをどう助けろと言うんだ!?」

 

 確かかなり前だが、一度だけ冗談半分で須美がブラックホールうんぬんと考えた事があったが、何がどうしたらそんな事が現実になると思うのだろうか。

 

「戦略的撤退するしかないじゃない」

 

 あわよくば…なんで考えていたが、俺は諦めて壁の内側に戻った。内側に戻った後に園子に連絡を入れる。

 

「園子、急で悪いけど、全員分の勇者システム明日中に手に入れてくれると助かる」

 

『ハルスケも、もしかしたら同じこと考えてたかもね〜。私も元からそうするつもりだから大丈夫〜。任せて〜」

 

「了解だ。頼んだ」

 

 着々と、東郷美森救出に向けて勇者部は動き出していた。

 

 

 

 歌が聞こえた。

 昔、よく聞いた歌。

 誰が歌ってくれていたのかすら私はもうわからない。

 だけど、とても聞き覚えのある歌。

 それと合わせて軽く撫でられる頭。

 もう私に残された記憶は少ない。

 本能でお父さん、お母さんと言ってはいるが、本当の顔などもう忘れてしまった。

 私は『枝』を見過ぎた。でも、そのおかげで世界は若干ズレつつもいい方向へと向かっていっている。後悔はない。

 だけど、せめて思い出したい。

 一番最初にこちら側に来る際に代償にした大切なもの。

 自分勝手な思いだとはわかっている。だけど、お父さんとお母さんがくれた大切な名前だけでも……。

 

 お願い……。

 

      お願い………。

 

 

 

 

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