これは鷲尾家でのなんてことのない。二人の義兄妹のただの日常。須美が鷲尾家に来てからはや、一年。
この一年、色々な事があったなー。と感慨深い気持ちになりながら、お茶と須美の好きなお茶菓子を持って俺は須美の部屋を訪れる。
「俺だけど、入っていいか?」
須美の部屋のドアを何回かノックする。だが、反応がない。もしかして何かあったのだろうか。俺は心配になって、強行突入を試みた。
部屋に入ると部屋着の須美がパソコンの前で、難しい表情を浮かべながら画面に齧り付いている。
俺は何をそんなに真面目に難しそうに見ているのかと気になって覗いて見た。
「なあ、須美。お前何見てるんだ?」
「ひゃあ!?に、兄さん!?」
須美は必死に自分の部屋のパソコン画面を隠す。
なんだか予想していたのとは全く異なる反応をされて若干困惑した。見られては困るものでも見ていたのだろうか。お兄ちゃん。気になる。
「な、何しに来たの?それより、部屋に入るときはノックをして欲しいわ。全く」
何やら凄い勢いで誤魔化そうとする須美は珍しく、ついつい悪戯心が刺激されそうになるが一旦その気持ちは仕舞い込んだ。
とりあえず俺は近くのデスクにお茶等々が乗っているお盆を乗せる。
ノックをしてないことに関しては弁明をしたい気分ではあったが、このまま俺が悪者になった方が面倒ではない気がしてしまって、弁明するのをやめてしまった。
「勝手に覗いた事も謝るよ。ごめん」
「いえ…、私も気づかなかったのが悪いわけだし。ごめんなさい」
どこか気まずい空気が部屋に満ちる。どうにかして打開しなくはならない。何をとち狂ったのか、俺は隠された画面の端に映る文字をそのまま読み上げた。
「なんで須美はパソコンで『友達の作り方』とか調べてるんだ?」
それを言った瞬間、空気が完全に凍りつき、会話の選択肢を完全にミスったのだと気づくのに一秒も要らなかった。
そしてその二秒後には戦艦長門のプラモデルが顔面に突き刺さった。
「おま、これ大切なやつだろ。投げるなよ。というか俺の顔で座礁する長門が可哀想だ」
顔に刺さったプラモデルを抜いて須美を見ると、顔は笑っているが目は笑っていなかった。
「この後、四時間私の算数の授業ね」
「そ、それだけは……」
俺は結局、全力で謝り倒し、みっともなく須美に縋ったのだった。
「そこで掛け算を使えばいいのよ。待って、私今掛け算って言ったのにどうして足し算してるの?」
まさか本当にやらされるとは思っても見なかった。
折角持ってきたお茶も、さぞかし冷たくなっている頃だろう。いいお茶だったのに……。とお茶に涙を隠し得ない。
問題を解きながら、せめてもの抵抗でぶつくさ文句を言ってみたりする。
「なんで兄が先に出てって、弟がそれ追いかけてるんだよ。目的地一緒なのに別々に行くなよ、めんどい」
「そういう問題だからよ」
「人間的には間違いだろ。効率を求めるならば一緒に行くべきだ」
「どうして急に兄さんは理屈っぽくなるのかしら」
こればっかりは算数が出来ないものの常套句?なので仕方がない。これを言ってこそ、真の算数マスターになれると俺は信じている。
「私、教え方が下手なのかしら」
須美は何故か俺が出来ない事を自分の責任だと感じてしまっている。がっくりと肩を落としている須美の肩を俺は軽く叩いた。
「大丈夫だ。俺が馬鹿なだけだから」
「そうね。確かにそうだったわ」
「その俺に対しての切り替えの速さ、異常ですよね。須美さん」
今度は俺がガックリと肩を落とす番になった。
あまり自分は不真面目さも相まって勉強は苦手だが、ここまで出来ないとなると流石に心も折れる。
「兄さんは極端なのよ。色々と」
「思想が?俺は中道を心がけてるんだけど」
「はあ……。そういう事じゃないわよ。兄さんが中道なのは教育し直すとして、そうね…。鎌倉幕府第三代将軍実朝を殺害した者の名前は?」
「公暁」
「流石ね。ちなみに言っておくとそれ、高校生の範囲よ」
つまり、須美は何が言いたいのだろうか。
「兄さんは自分が歴史が得意だ、好きだってのがあって自信を持ってるからそういう風に答えられるのよ。他の教科だって、兄さんが思ってるより難しくないんだから、自信を持って解けばできるはずよ」
俺は感心した。確かにそんな捉え方もあるのかと。須美の言っている事は当たっているように感じる。
実際、自分が自信を持って解ける国語と社会は我ながら点数は高い。神樹館のテストは須美曰く、なんだかんだと難しいそうなのでそれも自信の一環を担っていそうだ。
だが、対照的に全てを諦めた理系科目。とは言ってもまだ小学生で基礎中の基礎ではあるが、こればかりは何をしてもうまくいかないので何もやりたくない。これまでの事を見てわかるように自信のかけらもない。
「真理だな」
「でしょ?なら、もっと頑張らないと」
「そのうちな」
俺は適当に須美をはぐらかし、ノートと教科書、筆箱をしまった。須美も疲れたのかそれを止める事をしなかった。というより、どうしてこんな事してるのだっけ。
まあいいや。
「それより須美。なんでさっき『友達の作り方』なんて見てたんだ?」
「兄さんの頭の中、私は覗いてみたいわ」
「見る?」
「見たら見たで混乱しそうだからいいわよ」
確かに同じことを繰り返している自覚はあった。多分、俺の脳内アルゴリズムは壊れているんだろう。
「……兄さんに友達がどうとか聞いても意味ないわよね」
「ちょっと待て。俺は友達がいないわけじゃない。作らないだけだ」
いかんせん、誰かといてもあまり楽しいとも思わないからだ。家族は別だけども。
不思議と何故か家族は大切にしなければならないという感覚が俺にはある。本当に不思議だ。
「須美は多分、あれだな。知り合い以上、友達未満で終わってしまう悲しい関係ってやつだ」
「私は別にそれで満足しているから大丈夫よ」
「現状に満足してるならあんなこと調べないと思うけどな」
俺が少し揶揄うと須美は頬を膨らませた。どうにも正論を言われて不服らしい。
「ち、違うわよ。私はお願いされたのよ。学校の子に」
「ほお」
とりあえず聞いてみることにする。無言で須美に続きを促す。
須美は聞き返されるなど思ってもいなかったのか、少し狼狽えた。そんな様子が面白くて俺はさらに揶揄いたくなった。それが顔に出ていたらしい。
「兄さん性格悪いわ」
「俺ほど妹想いの兄はいないと思うけどな」
「はっきり言って気持ちが悪いのだけれど」
「なんて事言うんだ」
俺に対して引いた視線を向けてくる須美にショックを受けながら、席を立って既に冷めてしまったであろうお茶を湯呑みに入れる。
案の定、二時間近く経っていたのでちゃんと冷たくなっていた。
「ほれ」
「ありがとう」
鷲尾家に須美が来てからというもの、俺はほぼ永遠にお茶を毎日飲み続けているかもしれない。というか、事あるごとに飲んでいる。
小さい頃、自分が何を飲んでいたのかすら忘れてしまうくらいには飲んだらしい。
「……変な薬物とか入れられてなかったよな」
謎の中毒性にその類のことまで疑い始めてしまう。仮にそうならば毒殺よりもよっぽどタチが悪い。須美はそんなことしないと思うけど。俺は信じてる。
「そう言えば兄さんって料理ってできるの?」
「何を持ってして料理と言うかだな。お湯を沸かす事は料理か?」
須美は目だけで「それは違う」と言ってきた。何というか、呆れられすぎて言葉すら交わしてくれなくなったらしい。見捨てられるまで秒読みかもしれない。そうなったら俺はどうなるのだろう。……とりあえず泣いておこう。
「兄さんの会話中の頭の回転の仕方どうなってるのか私は知りたいわ」
「見るか?」
「見ないわよ」
「そりゃ残念」
先程も似たような会話をした覚えがあるが、まあいい。
須美は「どうしてそこまで人を呆れさすことができるのか」と言いたいのだろう。俺だって真面目に喋ってこれなのだからどうしようもない。
「人間誰しも弱点があった方が可愛らしいだろ」
「人によると思う」
その通りすぎた。
「本当の事を言うと料理は全くできない。包丁を振り回して魚を切り刻むくらいはできるかもしれないけどな」
実際、包丁だけはやけに使える。茹でる、煮る、焼く、蒸すなどの調理方法は全くと言っていいほど知らないが、切るだけなら何も考えなくてもいいので簡単だと思う。
「兄さんは将来、何になるつもりなの?」
須美は何もできない俺の将来を憂えているらしい。
「何になるつもりはない。できる事なら放浪していたい」
「何よそれ」
「宝くじが当たったら世界一周とか良いだろ。俺はやってみたいなあ」
そんな俺の夢に須美は軽く笑った。よっぽど放浪していたいと言う夢はおかしいようだ。単純に俺に目標がないだけなのだが。
「にしても美味いな。このお菓子」
「そうね。美味だわ」
須美も満足そうに頷いた。こんな美味しいものを探してきてくれた使用人さんには感謝しなければ。神樹なんかよりよっぽど崇め奉りたい気分。
「今度、何か作るもの教えてあげる」
「どうした急に」
「兄さん、このまま行くと自立出来なさそうだもの。早いうちから叩き込むのが良い気がするわ」
「花嫁修行かよ……」
表面上では嫌な顔をしつつも、料理くらいできるようになっておいてもいいかもしれないとは思った。いつか役に立つ日が来るかもしれない。
というより、やって役に立たないことの方が世の中少ないのではないだろうか。
「そのうちな」
「いつもそればっかり」
須美はまた軽く笑った。あまり学校にいる時は思わないが須美は意外に表情豊かだ。今になってそれに気がついた。
「学校の時が堅物すぎるんだよなあ……」
「何?」
ボソッと独り言を言ったつもりだったが普通に聞こえていたようだ。聞こえてしまったのならば隠すのも気持ちが悪い。
「そのくらい学校でも表情豊かなら友達もできるだろうし、可愛いのにな。お前」
「え、、、」
須美は急に身体を硬直させ、顔を赤くすると手からぽろりと爪楊枝が落ちた。俺は爪楊枝が落ちていく様子を目で追いかける。見事に爪楊枝の先が絨毯に刺さった。そんなこと起きるのか。
「まあ、あまり焦らなくても須美ならすぐに出来ると思うぞ」
「そ、そうかしら?」
「ああ。俺が保証する」
須美はまだ若干動揺しているようだが、段々と本来の自分に戻ってきたようだった。
「兄さんに保証されてもって感じはするけど」
「それはそうだろ」
「私たち、兄妹でとても悲しい話をしているように思えてきたわ」
「思えるというか、事実悲しい話してるからな?」
俺と須美はその結論に行き着いた末にお互いに苦笑いするしかできなくなっていた。
そんなことがあった次の日。
今日も元気だ神樹様に拝。朝から毎日恒例のお祈りに嫌気がさしつつも表面上だけ体裁を取り繕う。
この日も授業を適当にこなし、気がつけば昼休みとなっていた。
俺はこの日、珍しくグラウンドに出ていた。特に理由などない。下級生も上級生も仲良く元気に外を駆け回っている。
それに相反するように俺は一人でうろうろと歩き回っていた。
今、こうして見るとこの学校のグラウンド、かなり広かった。流石の投資っぷりである。
しばらく歩き続けていると、後ろで誰かが豪快にすっ転んだ音がした。俺は首を少しだけ後ろに向ける。
茶色がかった髪を持った『私、元気です!』を体現したような感じの活発そうな女の子が綺麗に倒れ込んでいた。見事な大文字。
この女の子を俺はどこかで見た事があるような気がした。思い出そうとしている間に彼女は起き上がって、自分の膝を見る。
「いったーい!ああ!擦りむいてる」
彼女の膝の辺りからは血が滲んでいた。膝に限らず、肘のあたりも擦りむいているようだ。
「いや、大丈夫か。このくらい」
どう見ても傷口は平気そうには見えない。このまま行くと怪我をしてるというのにまた走り出しかねない。
余計なお世話だとは思ったが怪我している人間を無視するのも忍びなく思い、声をかけた。
「何が大丈夫だ。その傷、そのままにしておくと足なくなるぞ」
流石にただの冗談だが、こちらに気を向けさせるには適当に変な事を言っておくのが一番良い。完全に変人扱いではあると思うが。
「え、マジ!?って誰?」
彼女は間に受けたようだった。とりあえず誰かと聞かれたので答えるのが世の情けとなんとやらだ。
「五年、鷲尾晴哉。名前はまだないよ」
「はい?本当に誰?」
とことん失礼だなと思いながらも俺は彼女の傷を見る。何ともまあ酷く転んだものだ。流石に縫うとかその次元ではないだろうなとは素人目に見てもわかる。
「立てるか?」
「ちょっと痛いかも」
なんて言いながらも彼女は自力で立ち上がる。歩けないほどではないにしろ痛む事は痛むらしい。
「よくそんなんでまだ遊び続けようとしたな」
「あ、ばれた?」
見ていて危なっかしいと思ったくらいなのでそりゃわかる。
とりあえず水道がある場所まで向かい、水で傷口を洗い流させた。
「うう…沁みる…」
「あれだけ派手に転んだらそうだろうな」
彼女は苦悶の表情を浮かべている。気分を紛らわせる事ができれば幸いだが、生憎そんな心理士かマジシャンのような事はできない。
「ちょっと待ってろ」
俺は近くの保健室へと向かい、勝手に絆創膏と消毒液を拝借する。なるべく早く戻ると彼女は大人しく座っていた。
「痛くてやれないなら俺がやる。やれるなら自分でやってくれ」
「あはは。これくらいはやれるよ。ありがとう」
彼女は俺の手から絆創膏と消毒液を受け取ると手際良く自分で処置を終わらせた。
「何から何までごめん!」
彼女は申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせる。別に俺が勝手にやった事なので寧ろ相手が迷惑じゃなかったかが心配だった。
気まずくならない間に退散するとしよう。
「乗りかかった船だからな。じゃあ」
俺は彼女に片手を上げて簡単な別れを済ます。彼女もニッと勝ち気な笑みを浮かべて手を振った。
独善的なものかもしれないが、手助けして正解だったと感じた。
気づけば昼休みも佳境を迎えていたので俺は教室に戻ることにした。
「……あの子は須美の友達には…ならないかなあ…」
結局、名前を思い出せずに俺はこの日の残り時間を悶々と過ごすことになった。
彼女が三ノ輪銀であると知ったのはそれから数ヶ月後。勇者としての初顔合わせの時まで待たねばならない。
その時ばかりは人生不思議な事が起きるものだと感慨深くなったのは良い思い出だ。
また別の日。俺は須美となんて事のない会話をしながらその思い出し話をする。今日も今日とてお茶を飲みながらの談笑。そろそろコーヒーとかに変えても面白そうだ。とか考えつつ、多分次回もお茶を淹れているんだろう。
「という事が先日あってだな」
「兄さんはそういう事にちょくちょく首を突っ込みたくなるみたいね」
「そういう須美こそ誰もやらない事率先してやってるだろ。それと変わらん」
俺と須美は互いに軽く笑った。そこに部屋の扉が開いて母親が入ってくる。母親は俺と須美の様子を見て微笑んだ。
「貴方達、相変わらず仲が良さそうね」
「お帰り母さん。おつかれ様」
「お帰りなさいお母様。今日も一日お疲れ様でした」
挨拶の丁寧さが対照的な二人を見て、母親はまた笑った。普通に考えれば俺と須美は正反対の人間だ。噛み合う事自体珍しいのではないだろうか。
何故か上手く噛み合ってしまっている俺と須美、それが母親には面白いのだろう。
「二人なら何があっても大丈夫そうね。互いに支え合っていけそう」
「兄さんは頼りになるのかならないのかわからないわ」
「前も言ったかもしれないが念のためもう一度言っておく。俺はやる時はやる人間だぞ」
「どうだか」
母親はまた俺と須美の会話を聞いて頬を緩ませた。
俺も母親に同意だった。俺たち兄妹は互いに支え合っていけると信じて疑わなかった。お互いに恥ずかしながら友人と呼べる友人はいない。だが、二人ならばどんな壁でも越えていける。そう思えた。
それに今思えばきっと、俺は須美がいなければ……。
人にはなれなかった。
またそれから数日が経った別の日。
放課後、俺は家に帰ってもする事がなかったし、遊ぶような相手もいなかったので学校内の図書館に寄ってから帰る事にした。
「珍しく混んでるな。なんでだ?」
図書館に入ると、普段では考えられない人の数がそこにはいた。
その場にいる多くの人が教科書やノートと睨めっこしている状態を見て、俺は納得がいった。
「テストとかあったか?この学校」
もしかしたらあるのかもしれないが、俺はまともに考えて行動した事がない。プリントが回ってきたな〜。解け?何を?ああ、これか。程度にしか思っていなかった気がする。
俺は空いている席に適当に座った。隣の子はスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
俺は思わず二度見した。
(いや、寝る?普通。図書館に来てまで)
ノートも教科書も開かれていない。なんだかとても面白そうな人の隣に座ってしまったようだ。
それでも一度本の世界に入り込んで仕舞えば、その隣の子も気にならなくなった。
それから俺は最終下校時刻のチャイムがなるまで本の世界に没頭していたらしく、声をかけられるまで気が付かなかった。
「もうチャイム鳴ってるよ〜」
俺に声をかけたのは、俺が図書館に来た時、スヤスヤと眠っていた子だった。とてものんびりとした雰囲気を纏っており、その子の周囲だけが別空間のようになっていた。
「よっぽど面白いんだね〜。その小説〜」
「そうだね。久々に当たりだった気がするよ」
この、のんびりとした空気感のおかげからか、初対面であるにも関わらず、あまり緊張せずに話せている気がした。
この子の第一印象は俺の中で纏っている空気感や喋り方で変わった子という扱いになった。
「鷲尾君は、何組〜?」
「三組だけど、何で苗字を?」
そもそもこの子は同学年なのだろうか。多分、あちらはそのつもりで話しているんだろうけど。それよりも何故この子は俺のことを知っているのか。少し怖くなった。
「やっぱり〜。有名だからね〜。三組には変わった兄妹がいるって〜」
「何だその不名誉な覚えられかたは」
俺はこの子が俺のことを知っている事を怖がる前に、そんな風に思われている自分が怖くなった。俺、そんなに変だろうか。
「いい意味でだよ〜?」
「そ、そうか」
何の慰めにもなっていないように感じた。
「と言うか、鷲尾君は私を知らない〜?」
「……ごめん。何処かで会ったことある?」
「わぁ〜。この神樹館で私のこと知らない人初めて見た〜」
それの何が嬉しいのか、彼女は嬉しそうに手を叩く。
「それよりもう帰らないと〜。また怒られちゃうよ〜」
「あ、おう」
隣の子は素早く身支度を済ませると、「またね〜」とその場を去って行った。
「……嵐のような子だな」
俺も彼女に追随するように席を立った。
俺がその子の名前を知ったのは家に帰ってからだった。夕食の席で変わった子がいた。と言う話をした時だ。
「兄さん。その子、あの乃木家の人よ」
「え」
「晴哉、お前まさか知らなかったのか。これまで何度か会っているだろう」
須美にも父親にも呆れ顔をされ、俺の立場は何処かに行ってしまった。
「兄さん、どれだけ他人に興味がないのよ……」
「俺に言われてもなあ」
これが乃木園子との出会い。これまた勇者として同じ志を持つ仲間になるとは思いもしなかったが。
勇者の初顔合わせにて。
「あ」
「あ〜」
となったのはいい思い出だ。
銀のことといい、人生何が起きるかわからないと痛感する事になった。
過去を振り返って懐かしい感傷に浸っているついでに俺は美遊に聞いてみた。
「美遊は友達っていたのか?」
「いたよ。酷いこと言うね」
美遊は馬鹿にされたと捉えたのか、不満そうに頬を膨らませた。
「心配なんだよ。いかんせん、俺の娘なんだろ?そりゃ対人関係スキルはほぼゼロだ。友達なんてできるわけがない」
「多分、コミュニケーションに関してはお母さんの色が強いかも」
「なるほどな。それなら安心だ」
俺と美遊はこの会話がどこか面白くて、二人で軽く笑った。
それから数日後。
「前言ってた誰だっけ。結衣ちゃん?その子との話、何かないのか?」
「私、そんな子の話したっけ?」
「えぇ……」
美遊から友達の記憶は無くなっていた……。