俺は須美が壁の外にいることを確認した次の日の放課後、風先輩に頼んで勇者部に招集をかけてもらった。早速、俺は珍しく全員の前に立って話を始める。
「須美の場所がわかった」
「「「「!?」」」」
俺と銀を除いた四人は目を見開いた。
「本当なの?晴哉くん」
「そうよ。私たちだって探し回っても、誰も東郷の事なんて覚えてなかったわ」
夏凛の言い分も最もだった。実際、俺の父さんや母さん。大赦関係者ですら何も知らなかったのだから。
「疑いたくなる気持ちもわかる。けど、本当だ」
風先輩、友奈、夏凛、樹には信じようとしても、まだ何処か信じられな
い様子だった。あと一押し、説得できる要素があれば…。
「ハルスケの言っていることは本当だよ。それに、みんなが感じている事も全て」
園子が遅れて部室に入ってくる。その手には見覚えのあるアタッシュケースが握られていた。
「許可出されたのか?園子」
「私が話せる地位の神官さんに詰め寄ったらすんなりOK貰ったんよ。前例がいたからかな〜」
園子がチラリとこちらを見たので苦笑いで返しておく。園子は机の上にケースを置くと、中身を全員に見せるように蓋を開けた。
「勇者…システム…」
園子が何を持ってくるのかをわかっていた俺は特に驚かなかったが、先程同様、少し情報において置いてけぼり気味な四人は息を呑んだ。
「ハルスケが『いいから出せって言ってんだろ!!』って言ってくれたおかげだね〜」
「やめてくれ園子。俺はあの事を後悔しかしてない」
俺が顔を顰めたのを見て今度は園子が苦笑いする。
「ハルスケはハルスケだね〜。それは置いといて、これで助けに行こう」
「助けに行くって言ったってどこによ…」
夏凛が首を傾げる。
「見て。ハルスケの分は除いておいて、一つ勇者システムが足りないの。これが意味してることは?」
「東郷さん?」
「正解だよ。ゆーゆー。そして私の勇者システムのレーダーにわっしーの反応はない」
ここまで言えば、今の勇者部の面々は全てを理解したようだった。
「っ!まさか!」
「壁の外!?」
「なるほど。それを晴哉は先に見に行っていたってこと?だから私たちよりも先に知っていた。そう言うことね」
風先輩が腕を組んだ状態で俺を見る。それに対して俺は頷いた。
「本当は……一人で解決する予定だったんですけど…。銀に怒られまして。それにあれは一人ではどうしようもないかと」
「アンタ、東郷よりかはマシだけど割りかし勝手に突っ走るわよね」
「兄妹だからな」
「誇ることじゃないと思うんだけど、アタシ」
銀が呆れた感じで、やれやれと首を横に振った。
「分かるは晴哉。妹は大切だものね」
風先輩はうんうんと頷いてくれた。樹が引いているのはさておき、話が逸れてしまったのを軽く咳払いする事で元の路線に戻す。
「それで、みんなに協力して欲しいんだ。須美を助けるために」
俺は指をぱちんと鳴らして精霊を呼び出す。一体いつぶりに出してだろうか。『村正』はフヨフヨと空を浮遊している。園子も鴉天狗を呼び出した。
「精霊…」
先程まで冗談を言っていた風先輩でさえ、精霊の姿を見た瞬間に一瞬たじろいだ。それもそうだ。あれだけ酷い目にあったのだから。正直、勇者システムを見せた時点で拒絶されるものだと思っていただけにここまで耐えてくれたのはありがたかった。
「また、戦うと言うことは力の代償を払わないといけないんですか?」
風先輩の不安が伝播したのか、樹も不安そうに尋ねる。園子は安心させるように樹に微笑みかけてから勇者システムの説明を簡潔に行う。
「今回はバージョンアップして散華する心配もないんだって。ハルスケの勇者システムだけは別みたいだけどね〜」
「相変わらず俺のだけ危険な状態らしい」
とは言え、そんなこと省みている暇などない。俺は元から止められようと行く気ではある。
「アンタ、前の戦いでもかなり負傷していたじゃない。大丈夫なの?」
「心配どうも夏凛。俺は大丈夫だ」
強がってなどいない事を態度や表情で伝えると夏凛は簡単に引き下がってくれた。俺と夏凛が話している間に友奈は勇者システムに手を伸ばす。
「東郷さんを助けるためなら私は!」
親友がどこにいるかもわかったからか、早く助けたいという気持ちが先走ってしまい、友奈は何も考えずに勇者システムを手に取ろうとする。その手を風先輩が止めた。
「待ちなさい」
「っ!でも!」
「初めての時とは違うのよ。私は部長としておいそれと戦いに身を投じて欲しくはない。勢いで、なんていうのはやめて」
風先輩の言葉を受けて、友奈は親友を助けたいという気持ちが変に空回し、自分が何も考えなしに決断をしようとした事を自覚したのか、一度俯いてしまった。
「晴哉、乃木。あんた達もよ」
「ありがとう、ふーみん先輩。私たちはたくさん酷い目にあった。だけど、勇者が体を供物にして戦わなければ世界は滅んでいた。仕方なかったんだよ。大赦はやり方がまずかっただけで、誰も悪くない。大赦は勇者システムについて何も隠し事はしないと約束してくれたよ。私はそれを信じようと思う。前とは違う。今度は納得してやるから、私は行くよ」
俺も園子に同意するために頷いた。俺と園子の様子を見て、覚悟が決まってしまっており、止められないと感じたのか風先輩はそれ以上何も言わなかった。友奈も考えがまとまったのか、「よし」と呟いて再び前を向いた。
「大赦の人たちの事はよくわからないけど、そのちゃんや晴哉くんのことは信じる。風先輩、私はよく考えました。その上で、私も行きます」
友奈は覚悟が決まったようだ。顔つきも先程までの中途半端に焦ったものではなく、落ち着いて、真っ直ぐ前を見据えている。
「全くもう。仕方ないわね」
風先輩も友奈に続いて勇者システムを手に取った。続いて樹と夏凛も勇者システムを手に取る。それぞれの顔には、もう迷いなど残っていない。
「ごめんみんな。アタシは申し訳ないけどここで見守られせてもらうよ」
銀は申し訳なさそうに手を挙げる。
実は昨日、以前と同じ勇者システムを出してくれと頼まれたが、俺はそれを拒否した。あまりにも無謀で危険すぎると判断したからだ。俺が取り出せる勇者システムには精霊バリアは搭載されていない。何より、今回は独りではない。信頼できて、信頼してくれる仲間がいる。前回は俺があまりにも未熟で、銀を危険な事に巻き込んでしまっただけだ。
「大丈夫よ。銀。アンタがいなくても東郷は私たちが助けてくるから。安心して待ってなさい」
「ありがとう。お願い、夏凛。みんな」
銀が親指を立てる。勇者部はそれに力強く頷くと、それぞれ勇者礼装を見に纏い、部室の窓から外に向かって、地を蹴り、大きく跳躍した。
アタシを除く全員が、東郷美森救出に向かい、アタシは一人になった。一人になった教室はとても静かで、落ち着かない。
椅子に座りながら、もう戦うことができない自分には何ができるだろうかと考えた。
「ここから語りかけたところで須美に聞こえるわけないよなあ…」
なんたって、須美は壁外にいる。相変わらずぶっ飛んでいるなと感じる。けど、それが鷲尾須美であって、アタシはそんな須美の事が大好きだ。だから、きっと聞こえるわけがないとわかっていても、語りかけてしまうだろう。
「弱気になるなんて、アタシらしくないな」
絶対に届くと信じよう。
須美、園子、晴哉とアタシの絆は間違いなく世界のことわりなんかよりも強い。勇者部だって。絶対にそうだ。必ず、みんなが助けてくれる。だからーーーーー。
「だから、諦めるなよ。須美」
「定員オーバーかな〜」
「そんなことある?」
壁外にて、敵の第一陣を退けた俺たちは、園子の満開であのブラックホール周辺に突入しようということになった。
だが、何故か俺は乗れない。というか乗れなかった。
「悪いなハルスケ。この船は五人用なんだ」
「乃木、あんたこの状況でかなり余裕ね」
俺は今一度、ブラックホールを見上げる。
前回も見た時もそうだが、あれには何かしらの結界が貼られているように感じた。自然と避けたくなるような、そんな感じだろうか。
「なるほど、そういう…」
既に天の神も対策済みとみえる。
「園子、俺はあそこには近づけない。任せていいか」
「私も理解したよ〜。あれは仕方がないかなあ〜」
俺と園子だけが状況を理解して、ほかの四人は置いてけぼりを食らっていた。しかしそう長く、立ち止まって入られない。
園子も敵が近づいてきているのを感じたからか、俺に頷いてから四人のみを乗せ、救出へと向かっていった。一人残された俺は片手に武器を取り出す。それはかつて須美が使っていた弓。悪いが、ちょっとばかしカッコつけさせてもらおう。失われた左腕に光が宿る。光の粒子が塊となり、疑似的な腕を形成する。
「最近弱くなったけどな、まだ流石にお前らに負けるわけにはいかないんだ。終わった後、須美に格好がつかないのは嫌だからな」
弓の弾き方を手取り足取り教えてくれた須美の声が脳内に響く。俺は導かれるように弓の弦を引いた。
「失せろ!」
放たれた一本の矢は園子の船の周りに纏わりついていたバーテックスを一掃する。
「頼んだぞ、みんな」
俺はただ、彼女達を見上げることしかできない。この時初めて、俺は『守り人』として、勇者達のそばにいて、彼女達を守り続けるという役割を全うできなかった。今は祈ることしかできない。
改めて、自分の無力さに打ちひしがれることになった。
それから数分後、上空のブラックホールが消滅するのを見て、何もかもが上手くいったことを察した。
「やっぱり、みんな凄いな」
助けると言ったら本当に助けてしまった。正直に言おう。俺は須美を助けることを半分以上諦めていた。元兄として、最低な考えではあったと思う。今だけは、須美に合わせる顔がない。でも、友奈が須美を抱えて戻ってきた時、俺はみっともなく涙を流した。
須美が目を覚ましたのは、それから数日後だった。
俺たちは交代制で様子を見るようにしており偶々俺のいる時に目が覚めたらしい。
「ん、」
「やっと目覚ましたか、馬鹿。ちょっと待ってろ。みんなを呼んでくる」
俺は読んでいた本を閉じて、座っていた席から立ち上がった。
「兄さん…私…」
俺はこの様子に既視感を覚えた。俺が銀を庇い、昏睡状態から目覚めた後だったか。
「二年前とは逆だな。心配させやがって」
「ごめんなさい…。私、本当に生きて…」
須美は目に涙を浮かべている。当然だろう。なにしろ、もう助からないと言う前提で外に放り込まれたのだから。おまけに、大切な人たちに別れさえ告げられなかったのだから。
「説明は後でする」
俺はそれだけ伝えると須美に背を向けて、病室の外に向かった。扉を開けると、既に病室前に全員集合していた。
「何も言ってなかったはずだけど」
「友奈さんの勘ですよ。そろそろかなーって言ったら晴哉さんが本当に出てきたのでびっくりしました」
流石としか言えない。もう意識とか繋がってるんじゃなかろうか。外で会話をするのも程々に、全員が病室に入る。
「無茶しすぎよ。東郷」
「ごめんなさい。風先輩…。私にはこれくらいしか思いつかなくて…」
それぞれが東郷と会話をしているのを尻目に、俺は再度病室の外に出た。そして俺は一度大きく息を吸った。なんとかして気持ちを落ち着ける。おそらく、あのままあの場にいたら俺は友奈に掴みかかっていたかもしれない。
「ここにいる人たちは無理をしないといられないのか……!」
仮にだ。仮に『あれ』が自分に移ると分かっていてやったとしたのなら、あまりにも善人。いや、善人とは言わない。それに、俺は型式は違うとは言え、似たような呪いを抱え、自分を殺し続けた人物を知っている。
あの人はどのような結末を迎えたのだったか。
なぜ、『あれ』がわかったか?そんなの単純明快だ。俺が最も嫌うものの一つ、そして同質なものが近くにいたら嫌悪感は自然と湧き出す。
「はあ……。こればっかりは誰にも言えないな…」
言うならば本人の口から出なくてはならない。折角一つの事態を乗り越えたと言うのに、再び壁にぶち当たった。
今度ばかりは越えられないかもしれない。そして俺はもう一つ、心に引っかかる何かがあった。足りてしまったから、いらなくなってしまった。世界から爪弾きにされたような、変な感覚。だが、今回はすぐに思い出すことが出来た。
「美遊?……美遊!?」
俺はあたりを見渡した。美遊は俺の隣に立っていた。
「ここにいるよ」
美遊は俺の服の裾を軽く握る。その手は軽く震えていた。
(なんでだ?なんで俺はこの距離にいる美遊の事に気が付かなかった?)
俺は須美を忘れていた時以上に、自分自身にゾッとした。
それから数日後の部室。
須美も復帰し、ようやく元の活気が戻ってきたところだ。そんな中、俺は風先輩の国語の勉強を手伝っていた。主に古文。正直、須美に聞いたほうがわかりやすいと思うのだが。
先程までは園子が数学を見ていて、今は丸つけをしている段階だ。
「うう…後輩二人に世話される先輩ってどうなの…」
「いつも俺たち風先輩を頼ってばかりなんで、今回くらいはいいと思いますけどね。先輩、そこ訳し方違います」
風先輩は泣きまねをしながら、消しゴムを手に取って間違えた部分を書き直す。
「予想以上に晴哉が賢い…。あんた勉強嫌いなんじゃなかったの?」
「大嫌いですよ。割りかし本気で。話してるからまた間違えてますよ。そこの正しい訳ならさっきも似たような事やってます。覚えてください、そろそろ」
「そして予想以上にスパルタ!!」
流石に数学、国語と連続でやりすぎかもしれない。俺なら余裕で死んでいる。二度、いや、三度は間違いないだろう。
「そろそろ休みますか」
「そうね…そうしてくれると助かるわ」
俺は視線を風先輩から、友奈へと向ける。周りが楽しそうにクリスマスの事で談笑している中、一人浮かない顔で勇者部五箇条を見上げている。
「友奈、体調悪いのか?大丈夫?」
銀も少しおかしい友奈の様子を見て、声をかける。
「あはは、違う違う。何でもないから大丈夫だよ」
そしてまた、ぼーっと勇者部五箇条を見上げる。
触れたいが、触れてしまってはならない。そう思うと、自然と友奈に話しかける気力が次第に失われていった。
「あのね、みんな」
意外な事に何かしらの決心がついたのか、友奈は談笑している園子達に話しかけた。
「どうしたのかな。ゆーゆー」
「友奈ちゃんも健康になりたいのかしら」
一体何の話をしていたのだろうか。それは置いておいて、友奈は自然と注目を浴びた。
「えっと、アリとキリギリスがいて、キリギリスがアリの借金を肩代わりしたら次にどんな事が起きるでしょう!」
勇者部一同、謎の暗号に首を傾げた。
「何かの問題かな〜?」
園子は真面目に考え込み始める。風先輩も樹も、夏凛も銀も須美も特に何も深く考えずにただの謎々だと思って考え始めた。
「あ、わかった!簡単だよ。黒服スーツが来てからの資産差し押さえ、次にコンクリート固め!どお?正解でしょ、友奈」
銀がしたり顔で答える。銀さんや、君、なかなか怖い事言いますね。そんなにドヤる事でもないですけども。そんな銀の答えに友奈はガックリと肩を落とした。
「あはは、単純に学校クイズの内容を考えていて…」
友奈がそう言うと風先輩は納得したのか「なるほどね」と頷いていた。周りの人もそれで納得したみたいだ。
「…言いたいことは言っておいた方がいいぞ」
俺は表情に迷いが残っている友奈にそう伝えた。一か八か。何かあれば精霊という存在に縋るしかないわけではあるが……。
「え、…うん。そうだよね。あの、みんな。私、あの日…!?」
「?」
折角何かを伝えようとしたのに、言葉に詰まる友奈に俺は首を傾げた。その目は信じられないものを見たように見開かれていた。
結局この日、友奈は何も言えず、部室も不思議な雰囲気に包まれて、各自解散となった。
その日の夜、家で料理をしている時だった。
銀が包丁で肉を切っている時、手を滑らせて自分の指を軽く切ってしまった。
「大丈夫か?」
「このくらい平気平気。けど、さっきもハルヤ皿落として、その破片で自分の足切ってたじゃないか。そっちの方こそ大丈夫?」
実際、そこまでの深い傷ではないので大丈夫だとは思われるが、こうも互いにミスをし続ける言うのも珍しい。
「アタシ達、疲れてるのか?」
「かもな。ここ数日、色々ありすぎた」
「確かに」
銀は軽く笑ったあと、自分達が調理している物の量を見て首を傾げた。
「アタシ達って、いつもこんなに食べてるっけ」
「さあ。なんで三人分も作ったんだ?」
二人して首を傾げる。
「夏凛でも来る予定だっけ」
「今日は用事があるって言ってたから来ないはずだけど…」
「「……………んん?」」
やはり何もわからずに二人して首を傾げるのだった。
次の日も、友奈の様子はおかしかった。
それよりももっと奇妙だったのが、それぞれ各員に何かしらの悪い出来事が起きていたと言うことだろうか。
まあ、結論だけ言おう。一か八かの賭けに俺は既に負けたと言うことだ。これ、このまま行くと大変なことになる気がしてならないが、まだ園子が何も言い出さないので静観を貫ぬくことにした。
「それより兄さんの皿を割ったら、その破片で自分の足を切るってどう言うことかしら」
「知らん。気づいたら足裏に刺さってた」
夏凛が若干引き攣った笑みでありがたいご忠告をくれた。
「晴哉、アンタはもう少し気を引き締めて生きてくべきだと思うわ。流石にそれは馬鹿よ」
あまりにもその通り過ぎたのでちょっと気を引き締めて生きようと思った。今日は何をしようかなと部室奥にある段ボールを漁っていると、目の端に銀と風先輩、友奈が外に出ていくのが映った。
新しい依頼でも舞い込んできたのだろうか。こんな時間に。隠れて様子を見ようとした俺は遅れて部室を出ようとした。しかし、奇妙なことに服の裾を後ろから引っ張られた気がして思わず足を止めてしまう。
「何だったんだ?まあいいか」
俺は結局、何も深く考えずに段ボールからけん玉を取り出すと、園子と一緒に何か技をできるようになろうと言う話になり、意味もなく取り組む事にした。
ちなみに、園子は一発で須美曰く、最高難易度の技を決めていた。それとは対照的に俺はあまりにも下手くそだった。
部活も終わり、俺は銀と共に帰路についた。なんて事のない事を話しながら横断歩道に差し掛かる。横断歩道を銀が一歩前を進んでいた。
あまりにも自然だった。だから、俺は何も気がつかない。
気がついたのは、目の前で何かと何かが衝突する音を聞いた時だった。銀が車とぶつかったと理解するのにかなりの時間を要した。
「な、嘘だろ!?銀!?」
俺は倒れている銀に駆け寄る。
「おい!銀!」
銀を少しだけ揺らすと、銀は目を開けた。
「ハルヤ、あれ?アタシ生きてる?」
「よかった…無事だったか…」
俺は安堵のあまり、急に身体の力が抜けた。
だが、俺の目には銀と車がモロにぶつかったのが見えた。だが、銀は少し頭を強く打ったからか、頭から血を流している程度で怪我の状態は済んでいた。骨折や、死なれるよりよっぽどマシに思ってしまったのは無視してほしい。
「アタシ、何かに押されて」
「押された?」
俺はあたりを見渡す。そこには誰もいない。
いや、居た。
まただ。また見えていなかった。俺は完全に存在を忘れていた。なのに、どうして……。
銀の目にもその姿が映ったのか、目を見開く。俺は来ていた制服を丸めて簡易的な枕にし、銀をそこに寝かせて、その場から立ち上がり、血を流し、横たわっている「人だった」ものに近づいた。
どうして、俺は、俺たちは自然の流れで完全に忘れ去っていたと言うのに。なんでそんな薄情な人たちを助けたんだ。
まだ、話したい事が沢山あったのに…、まだ何もしてやれてなかったのに…。なんでお前は……。
その手には彼女なりの『勇気のバトン』が握られている。俺は半分泣き笑いの状態で愚痴をこぼした。
「それは、勇気なんて言わねえよ……」
きっと俺は、彼女を。美遊を忘れてしまった事を一生許さないだろう。本当に何が起きているのか、それを必死に理解して噛み砕こうとしても今は不可能だろう。怒涛の出来事の連続を前に、俺は何もできなかった。
お父さんとお母さん。私はここにいるのに、どうして気づいてくれないの?私を見てよ。気づいて…。気づいてくれないと…、私、何のためにここに来たのか、わからなくなっちゃうよ………。
でも、これでお役目は終わったよね。
世界がこのまま崩壊せず、希望を繋ぐ最後の条件。
私の存在の消滅。
元から記憶を供物にしていたが、ついには足りなくなって自分の存在という概念までを差し出した。
でも、寂しい。最後の最後まで、私はお父さんやお母さん。他のみんなに気がついてもらえなかった。
ああ、そうか。これが、忘れ去られるって事なんだ。
誰からも見られないのは、一人は、怖いよ。
そういえば、名前も思い出せなかったな……。
あれ、もう、何も見えないな……。
暗いの、嫌だなあ…。
最後に誰かの手が触れた。
あったかい。